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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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異世界かき氷頭痛

 竜候祭七日目。


 この世界の基準からしても随分長い祭り期間となっていたが、未だ飽きるということを知らないかのように楽しむ人達でこの街は賑わっている。

 試練が終わりを見せないことで、今年の試練の成否を賭けとしている姿が街のあちこちで見られるようになってきた。

 本来であれば取り締まりの対象になりそうなこれも、役人側は祭りの熱狂の一つだと見て見ぬふりをしたため、中弛みしそうな祭りでの一種の刺激となっている。


 それもあってか、祭りの目玉とも言えるこの試練の人気は七日目にしても衰えることはなく、この日も朝から会場は人でギュウギュウだ。


 いつもなら壇となっている場所でディースラと挑戦者が向き合い、観客達からの歓声も投げかけられる光景が見られるのだが、この日は違っていた。

 壇上でディースラと挑戦者が対峙しているのは普段通りだが、その片方の様子がこれまでとは大違いだ。


「ぐっ…バカな。こんな結末などっ」


 膝をついて口から赤い液体をこぼし、歯を食いしばって悔しそうにしているディースラと、それを冷めた目で見つめる挑戦者という図に、観客達も驚きと困惑の目を向けている。

 誰一人として口を開くことのない広場は、恐ろしいほどの静寂に支配されていた。


「アンディ、貴様、ようも謀りおったな!」


 いつぞや海で遭遇した時のような、険しい顔のディースラが睨んでいるのは、この日最初の挑戦者として登壇した俺だ。

 既に試練の開始と共にディースラには一撃を加えており、その結果が二人の立ち姿の差となって表れている。


「謀ったなどと人聞きの悪い。俺はちゃんとルールに則り、試練に臨んだだけですよ。まぁ多少意表を突いた手段だったことは認めますが、それでも何ら問題はなかったはずです。何せ、あなた自身が言ったんですよ?あらゆる手段で挑めと」


「ぐぬぬぬっ……くそっ!」


 今にもブレスを吐きそうな凄い表情のディースラだが、彼女もこの結果を認めないとは言えないようで、汚い言葉を吐き出すのみだった。

 見届け人として周りにいる役人達も、その様子から試練は達成されたという認識のようだが、ここまで荒ぶっているディーラは見たことがないのか、戸惑いから動けないでいる。


 これにより、俺の挑戦で試練は突破という見方で固まったのだが、それにしては他の人間達のリアクションが薄いのには理由がある。

 こうなった経緯について語るため、少し時を戻そう。






 シャスティナの協力を得たことで、試練の突破に向けて二日間、動き回ってようやく準備が整った。

 試練に参加するため、広場の役人にその旨を伝えたところ、翌日の挑戦者がまだエントリーされていなかったこともあり、朝一番での挑戦権を手にすることができた。


 当日は午前から見回りの仕事があったのだが、ラトゥに事情を話すと見回り組から外してもらえた。

 試練に挑むということで激励の言葉をもらい、改めて結果を残そうという気持ちが強くなる。


 パーラは俺がいない分、鑑定などで負担が増えるだろうが、話した感じではやる気に満ちていたので、心配することはないだろう。

 どうもディースラに一泡吹かせるのを期待しているようで、広場で見届けられないのを残念がっているが、パーラも日々の糧のためにはぐっと我慢できる子だ。

 試練が終わったら、結果如何にかかわらず面白おかしく語って聞かせてやるとしよう。


 そして一夜明け、本番の日を迎えた俺は、朝霧漂う中を広場に向けて移動していく。

 今日は太陽が昇る前から気温が高く、少し歩いただけで汗が額を伝いだす。


 この日のために借りた荷車には大量の荷物を積み、それを引いて通りを歩く俺は、傍から見たら夜逃げに出遅れた間抜けにでも見えるのかもしれない。


 広場に着くと、もうすでにそこには大勢の人が犇めきあっており、荷車を引いた俺が現れると訝しさと迷惑そうな顔が向けられたが、それらを無視して人混みをかき分け、なんとかステージの傍へと到着する。


「来たか。今日最初の挑戦者となるアンディだな?…随分荷物が多いな。まぁいい。ディースラ様はもうじきいらっしゃる。すぐに試練に挑めるよう、準備をしておくように」


 そこでは偉そうな役人が俺を待ち受けていたが、荷車を見て一瞬眉を顰め、しかし時間が押しているのか俺へ準備を急かしてくる。


「俺自身の準備はすぐに終わりますが、それよりもシャスティナさんから伝言とか荷物を預かってませんか?今日の試練にはシャスティナさんの力が必要なんですけど」


「ヤムゥ卿から?あぁ、そう言えば何やら木箱が送られてきたな。妙に冷気が漂うものだから、ヤムゥ卿が氷雪魔術で何かをした品だとは思うが。そら、そっちの方に置いてある」


 役人が顎でしゃくった先には、一辺が二メートルはあろうかという大きな木箱が置かれており、気温が上がり始めている空気の中、そこからドライアイスのような白い霧が漏れ出ている。

 どうやらシャスティナは俺が頼んだ仕事をしっかりと果たしてくれたようで、木箱の蓋を開けてみると十キロはあろうかという氷塊がおがくずに包まれて収まっていた。


 今回、試練に必要だとしてシャスティナに協力を要請して用意してもらったのは、飲用の水を凍らせて作った氷だ。

 氷雪魔術の使い手だけあってカチンカチンの見事な氷だが、箱におがくずを敷き詰めたこの対策でも亜熱帯のこの地方では力不足のようで、幾分か溶けて小さくなってしまっているようだ。


 それでも十キロの氷塊は俺の目的には十分使える量なので、おがくずを払って氷を取り出す。


「それは何の氷漬けだ?」


 興味があったのか、役人が木箱を覗き込んで尋ねてきた。

 この大きさの氷となると、普通は中に何かを閉じ込めて保存していると考えるのが普通で、しかもわざわざシャスティナの協力を得てとなれば、よほど大事なものが氷漬けになっていると考えてもおかしくはない。


「いえ、これはただの氷で中に何も入ってません。試練でこれを使うんですよ」


 期待を裏切って悪いが、何か特別な氷というわけではなく、本当にただ水を凍らせただけのものだ。


「なに?そうなのか?試練で使うとは、一体どういう…」


「それはその時までのお楽しみにしてください」


 首をかしげる役人を放っておいて、荷車の中から道具を取り出し、その中身を確認する。

 本命である氷は確保したので、後は添え物となる細々としたものを用意していく。

 皿に木のスプーンに鉋、昨日作っておいた、苺に似た果物のジャムに薄いワインを合わせた真っ赤なシロップと、準備に不足はない。


 そうしていると、広場の方から大きくなったざわめきが聞こえてきた。

 見ると、いつものようにディースラがやってきたところだ。

 俺も役人に促されてディースラと共にステージへと上がる。

 勿論、荷物を持ってだ。


「よう来たのぅ、アンディ。あれだけでかい口を叩いたお主とこうして相見えるのを、我は楽しみに…おいなんだ、その荷物は?これから試練だとわかっとるか?」


 不敵に笑うディースラだったが、台詞の途中で俺が抱えている荷物に気付くと、一転して不審なものを見るような目を向けてくる。

 確かにこれから試練を行うという時に、俺の荷物は邪魔にしかならないものばかりだ。


「分かってますよ。俺は試練にこれを使って挑むんです。ちょっと準備がいるんで、お待ちください」


 それだけ言ってステージ上に荷物を広げていくと、ディースラ以外にも観客達からの困惑も伝わってきた。

 これまでの試練では、まずディースラと挑戦者が対峙し、開始の合図で挑戦者が攻撃を始めるというものだったのが、俺の場合はまるでピクニックでもするかのように荷物を広げているのだから、奇妙に思われることは承知している。


「いやしかし、どう見てもそれは食器だろうに。そっちの氷は…なるほど、シャスティナに用意させたものか。アンディよ、一体何をするつもりだ?」


「まぁまぁ、それはこれからのことなんで。あ、立ち会い人の方、開始の合図はもう出してくれてかまいませんよ。これを準備したらすぐに試練を始めますんで」


 氷が解け始めていることからもここからは時間の勝負とし、立ち会い人には試練のスタートを宣言してもらい、俺のタイミングでディースラに一発喰らわせるという場に整えたい。


「…よろしいですか?ディースラ様」


「ぬ…うむ、構わん。これが望むのならそうせい。我はいかなる時・状態でも挑戦を受ける」


 プロレスラーかな?

 中々タフで男前なことを言うディースラだが、これによって試練の開始が宣言された。

 仁王立ちしているディースラに、俺はいつでも好きなタイミングで攻撃を仕掛けてもいいということだが、そんなつもりは毛頭ない。今は。


 大勢が見守る中、まず深皿の傍にシャスティナが用意してくれた氷の塊を置くと、その表面に鉋を当てて一気に削る。

 流石港町だけあって船の修理から造船まで手掛ける場も多いため、質のいい大工道具も普通に売られており、この鉋も質のいいやつを見繕ってきた。

 おかげで氷を薄く細かく、理想的な削り方が出来ている。


 何をしているのかは日本人ならすぐに分かっただろうが、俺がやっているのは原始的なかき氷作りだ。

 かき氷の起源は欠けた氷から来ているそうで、現代人がよく知る形になったのは鉋で削ったのが始まりだという説がある。

 それを俺はこの世界で再現してやろうというわけだ。


 シャシっという小気味よい音を立てて、皿には雪の粒が少しずつ溜まっていく。

 気温が高いせいで削った端から溶けるものもあるが、それ以上に供給される雪のおかげで見る見るうちに皿一杯の雪山が出来上がる。


 亜熱帯の地方ではこの氷を食べるだけでも贅沢だが、ここに用意したシロップをかけるとあら不思議。

 若干黒めではあるが、白一色に赤い汁が染み込んでいく絵と漂う甘い匂いとでもうこれは一種の芸術品と呼んでいい品へと昇華された。


 ゴクリと、誰かが鳴らした喉の音が俺の耳に届くが、その発生源は確認するまでもない。

 目の前に立つディースラが、目を輝かせて口の端から涎を垂らしているのだ。

 あまりにも分かりやすい。


「ア、アンディよ。お主、なんちゅうもんを作っとるのだ…。しかも今は試練の場ぞ。こんな時にそんな美味そうなもの…実にけしからん!これは我が食わねば!」


「どういう理屈でそうなるんですか。慌てなくてもこれはディースラ様の分ですよ」


 フラリと幽鬼のように近づこうとするディースラに、掌を向けて制止する。


「ほ、ほんとか!?ほんとに我が食うてよいのだな!?」


 俺に止められて一瞬恐ろしい表情を見せたディースラだったが、かき氷が自分の分だと知ると一転して嬉しそうな顔へと変わる。

 尻尾でもあったら激しく振っていそうな態度だ。


「ええ、最初からそのつもりで用意してましたから。…さあ、どうぞ。今日は暑いですからね。美味しいかき氷でも食べましょう」


 生暖かいほほ笑みを浮かべ、かき氷の入った皿とスプーンをディースラに差し出す。

 試練の最中だというのに、当事者二人がこうしていることで、観客達からは呆れた視線が向けられるが、今はそれを無視する。

 これもちゃんと考えがあってのことなので、今は静観していてほしい。


「ほう、かき氷と申すか。ただの氷ならともかく、このように美味そうな汁をかけて食うのは初めてだな」


「今日は珍しく朝から気温が高く、冷たいものがさぞおいしいでしょう。ささ、溶けないうちに一気に召し上がってください」


「であるな!」


 いっそ不自然なほどにかき氷を勧める俺だが、目の前で輝くかき氷を見て抑えられないディースラはまずひと掬い、シロップの濃い部分を口へと運んだ。


「ぬぬぬ!これはまたなんとも美味い!暑いときに食うとこれほどか!氷とは!甘い、酸っぱい、冷たい、いずれも舌の上で刺激となって踊っておるようだわ!」


 一口で虜となったのか、ほっぺを抑えて蕩けた顔を見せるディースラは、すぐさま二口目を口へと運んでいく。

 あーらら、そんなに急いで食べると…。


「いやはや、こんな美味いものを用意するとは、アンディよ。お主もやるのぉ。だがよもや、これで試練を甘く見ろというわけではあるまいな?いくらなんでも、そのような……ん?なんだ…頭…いたっ!あ痛!いたたたたたた!な、なんじゃこりゃあ!?い、いでぇええよぉおおっ!?」


 上機嫌に猛烈な勢いでかき氷を食べていたディースラが、突然頭を抱えて苦しみだすという光景に観衆は騒然とするが、その直後に口にした言葉で辺りの空気が止まる。

 彼女は今、決定的な言葉を吐いたのだ。

 ついでにかき氷も口からこぼれており、赤いシロップが吐血のように見える。


 そのことに、俺はニチャリとした笑いがこらえきれない。


「…今、言いましたね?ディースラ様」


「つーっつつ…何がだ?アンディ」


「おや、それはとぼけておられるのか、それともまだ気づいていないのか。立ち会い人の方は聞きましたよね?」


 この反応だと本当に気付いていないようだが、ここで立ち合い人の方へ話を振る。

 試練において成否が決まるのはディースラ以外に、この立ち合い人の判断も関係してくる。

 同じステージ上にいた以上、先程の言葉を聞き逃しはしていまい。


「だから何を言って…」


「あの、ディースラ様?本当にお気付きになられていませんか?先程確かに仰られましたが。痛い、と」


「え」


 おずおずとした口調で立ち合い人が言うと、ディースラは目を丸くして固まってしまった。

 そしてそのまま待つことしばし、自分が口走った言葉を思い出してきたのか、手に持つスプーンが狼狽したように震えだした。


「あ、あわわ、あばばばば…た、確かに言った、か?……うむ、言ったな」


「…思い出されましたか?ディースラ様。痛みを与えよという試練に対し、あなた様は確かに痛いと言っています。これは立ち会い人として、達成と見なすべきかと」


 本来、試練の突破を望むスワラッド商国側の人間である立ち会い人としては、ディースラが痛いと口走ったのを見逃すわけにはいかない。

 例えまともな手段ではなかったとしても、試練はクリアされさえすればそれでいいのが彼らのスタンスなのだから。


「いやいやいや!待て待て!それは違っておろう!?我はただ、かき氷を食っただけで―」


「『あらゆるものの使用を認める』、これはつまり、武器を用いずともよいという意味でもあるのでは?すなわち、剣でも魔術でもない、料理で俺は戦ったということになります。よもや!剣や魔術で戦わねば認めないと、前言を覆すおつもりで!?誇り高きドラゴンであるあなたが!?」


「ぬぐぅ…っ!」


 少々煽りが効いた言葉になってしまったが、歯ぎしりをしながらも反論がないということは色々と大丈夫そうだ。


 まぁ予想はしていたが、やはりディースラは自分の身に振りかざされた攻撃以外での決着を認められないようなので、ディースラが祭りのスタートで宣言した言葉を引用させてもらった。

 何をしてもいいと言ったのは彼女の方で、そこには攻撃をしないという選択肢もまた含まれていたはずだ。


 そもそも、あらゆる攻撃が通じないディースラだ。

 馬鹿正直に魔術や剣で挑むなど愚の骨頂。

 この試練の肝は、いかに高いダメージを与えるかではなく、ディースラに痛いと感じさせるかにある。


 そこで俺が思いついたのは、例え超常の生物であっても備えているであろう、神経のリアクションへのアプローチだった。


 今日までディースラを観察した俺は、彼女が生物として熱い冷たいを感じているということは確信していた。

 人間形態で普通に飲み食いをし、味や温度に対しては人間とほぼ同じような反応をしていたことから、程度の違いはあれど、五感も人間同様に持ち合わせている。


 こうなると、アイスクリーム頭痛も起こり得るのではないかという可能性にたどり着き、それに賭けてみようという気になるのが人間というもの。


 飾らないで言えば、かき氷を一気食いさせて、頭が痛いと言わせようと、まぁそんな感じ。


 そもそもアイスクリーム頭痛とは、夏場に冷たいものを勢いよく食べると頭がキーンとするあれのことだ。

 この辺りのように外気温が高いと、先程のディースラのようにかき氷を掻き込めば、速攻で激しい頭痛を引き起こす。


 ドラゴンは人間とは違う生き物であるため、アイスクリーム頭痛は起きないという可能性もあったが、結果はこの通り、見事にディースラに痛いと言わせることに成功した。


 この世界では頂点に君臨する生き物であるドラゴンが、武器や魔術をものともしない強さを誇っていながら、アイスクリーム頭痛には弱いというのもなんだか奇妙な気もするが、逆にそれほどの強さを持ちながら生物としては真っ当だからこそ、かき氷に屈服したとも言える。


「料理…?ではさっきの頭の痛みはなんだ!あんなもの…我のこれまでの生きてきた中でも感じたことがないものだった!まさか毒とは言うまいな!?」


「さて、人間が扱える毒程度で、ドラゴンを害することができますかね?まぁ種明かしをすると、さっきディースラ様が食べたのは、まぎれもなく普通のかき氷でした。誰が食べても冷たくておいしい、かき氷です。ただ、食べ方が悪かった」


「食べ方、だと?」


「ええ、先程かき氷を勢いよく食べてましたよね?ああすると激しい頭痛が出るんですよ。アイス…いや、かき氷頭痛とでも言いましょうか」


 アイスクリームが存在しない世界で、流石にそのまま使うのはどうかと思うので、ここはかき氷頭痛という呼び名を使わせてもらおう。


「かき氷頭痛…そんなもの、聞いたこともない」


 まぁ今俺が考えたしな。


 しかし未知の現象に慄くディースラの顔は、絶対強者として君臨するドラゴンが見せることはまずないほどに、強い恐怖に満ちていた。

 ドラゴンとしての長い生で、初めて遭遇したアイスクリーム頭痛に相当ビビっているようだ。

 それほどにさっきの痛みは効いているのかもしれない。


「先程ディースラ様は、かき氷を初めて食べると仰いましたね?ではこれでかき氷とは食べ方で頭痛が起きるものだと知ったことになります。世の中にはまだまだ、知らない食べ物に知らない現象というのが多く存在するものですよ」


「くっ、この世は我にもまだ知らぬことばかりということか。しかしその知識、一体どこから…」


「…そこは企業秘密ということで」


 まるで得体のしれない物を見るような目を向けられるが、俺のこの手の知識など精々が日本のテレビやインターネットから仕入れた程度のものだ。

 こういう時、はっきりと言えないのが面倒くさい。


 しかし、これで試練の達成は決まったな。

 ディースラ本人も立ち合い人も、周りの空気でさえもそうだと言っているようだ。






「…いつからだ?いつからこれを狙っていた?」


 時間をさかのぼっていた俺の意識は、絞り出すようなディースラの声で再び元の時空へと戻ってくる。


「はて、いつから、とは?」


「とぼけるでない。かき氷頭痛とやらで痛いと言わせると、そう企んだのはいつだと問うておる」


「ああ、それですか。ははは、おかしなことを聞きますね。いつから?最初からですよ」


 嘘である。

 アイスクリーム頭痛を使おうと考えたのは、シャスティナの氷雪魔術を見てからだ。

 本当にただの思いつきで、ダメだったらそれまでという程度の意気込みだった。


 さも全てを己の謀の内のように言ってしまったが、こればかりは許してほしい。

 なにせここまでうまく事が運んでしまって、かなり気分がいいのだ。


「なん…だとっ。まさか、あの海での遭遇からッッ」


 流石にそこまで遡らんでも。

 けど、そっちの方がなんだかかっこいいのでそう思わせとこう。


「よもや初めて会ってから今日まで、全て貴様の掌の上だったとは。ここまで完璧に謀られてはいっそ気持ちがいい。我が想像した決着と違うのは些か不本意ではあるが、結果は結果として…認めよう。この者、アンディは我が試練に見事打ち勝った!皆、喝采をくれてやれ!」


 嫌そうな顔という見本として後世に残したいほど、渋い顔でディースラが宣言したのは、俺の試練突破を正式に認めるというものだった。


 その瞬間、広場にいた人間が一斉に歓声を上げる。


 祭りの目玉であり、国が力を注ぐ試練の突破が成されたことで、まさに我が事のようにという勢いの騒ぎ方だ。

 実際、この国に暮らす人間にとって、試練の達成は国益につながり、ひいては自分達の生活にも影響があるので、我が事ではある。


 広場の周りにある店舗は、早朝から開店の準備をしていたところに歓声が上がったことで、何事かと店主が顔を見せ、観客から試練の達成を教えられると、早速酒や料理の振る舞いの準備を始めた。


 試練の達成には概ね喜ぶ姿が見られるのだが、一方でどうやって決着がついたかというのには首をかしげる人も多い。

 全てがステージ上で行われたことで、俺とディースラのやり取りを完全に理解した人間というのはほとんどおらず、削った氷を食べたディースラが何故か負けを認めたと、よくわからない決着という認識のようだ。


 亜熱帯のこの地域で暮らす人間は、かき氷など食べたことのある者はほとんどいないはずで、アイスクリーム頭痛というものとは縁遠い。

 冷たいものを食べて痛いと言ったディースラを、果たして理解できる日が来るかどうか。


 とはいえ、これまでの挑戦者との戦いとは違って派手な決着ではく、不思議な終わり方だということで印象には残るだろう。


「えー…正直、この手の試練を料理で突破するのは前代未聞ではありますが、ディースラ様がお認めになられた以上、この度の試練はスワラッド商国側を勝ちとします。よって、今後一年間は、ディースラ様の支配領域にて、我が国の船の通過が認められるということでよろしいでしょうか?」


 喧噪の中、立ち会い人は確認事項を検めるように、ディースラへそう告げる。


「うむ、全ては約定通りに、な。これより一年は、スワラッド商国の旗を掲げた船の通過を許す」


「はっ、格別のご高配、誠に感謝いたします」


 普通は試練に打ち勝ったのならご高配も何もないのだが、相手は国単位で対峙しても超がつくほどの格上であるため、こういう形式をとるのだろう。

 もしかしたら、人間はドラゴンの温情で縄張りを通らせてもらうというスタンスだからこそ、今日までの友好があるのかもしれない。


 挑戦者としてそのやり取りを眺めつつ、使った道具を片付けていると、不意にディースラが俺の方へと歩み寄ってくる。

 心なしか、その顔は不機嫌そうにも見えるが、まさかいきなり殴ってきたりはしないだろうな?


「まったく、お主はとんでもないことをしてくれたな。本来、我は人の持つ力をこの身で感じ取るためにこの試練を設けたというのに、食い物で突破するなど予想すらしておらんかったわ」


「それに関しては、ディースラ様がそういうルールにしなかったのが悪いとしか…。何を使ってもいいのなら、戦闘技術以外での突破も想像しておくべきでしたね」


「ふん、そんなことは普通考えぬものだ。料理と戦闘を同じ鞘に入れて持ち歩く者などおるかよ」


 それはどうだろうな。

 料理にも使われる唐辛子は立派に目つぶしとして凶悪な性能を発揮するし、よく研がれた包丁は生き物を殺せる。

 ちゃんと料理に使える鉄鍋は、粗悪な盾に勝る防具になる。

 意外と料理と戦いは相性がいいというのは、俺の秘かな持論だ。


 とはいえ、普通はそれらは別物と考えるのがこの世界の常識なので、ディースラのこの考えはおかしいものではない。


「…ところで、お主が作ったあのかき氷だが、その、あれだ。あのー」


 それまで俺を非難するようだったディースラだったが、急に視線を彷徨わせだし、挙動不審になってそのやあれだのしか言わなくなった。


「かき氷がどうかしたんですか?」


「う、うむ。あれをだな、まぁそのー…も、もう一回食べたいのだが、どうにかならんか、とな」


「は?…あぁ、そういうことですか。気に入ったんですね、かき氷。まぁ食べたいというのなら作りますが、それには氷を用意しないと」


 どうやらディースラはかき氷をいたく気に入ったようで、また食べたいということらしい。

 先程までの堂々とした態度はどこへしまい込んだのか、バツが悪そうにしているのは、恐らくアイスクリーム頭痛で転げまわった姿が恥ずかしいのだろう。


 ドラゴンとしてのプライドもそれなりに高く、しかも今回試練で自分を下した代物だけに、複雑な思いで告白したというのは想像できる。

 見た目相応、可愛いところもあるじゃないの。


「ほ、本当か!?作ると言ったな!よーし、ならば…おい、そこの!すぐにシャスティナに言って氷を用意させよ!我の命令で、最優先だと伝えい!」


 そうと分かると笑顔になるディースラは、シャスティナへの伝言を傍にいた役人へ掴みかかる勢いで伝えると、そのまま投げ捨てる勢いでステージの外へと役人を追いやった。

 相変わらずの我が儘っぷりだが、それだけかき氷への思いが強いという証拠でもある。


 ディースラのこの様子だと、すぐにかき氷を作ったとして一杯や二杯で収まるのかと少し不安になる。

 シロップはまだ余裕はあるが、三杯目四杯目と続くと少し心もとない。

 ドラゴンの胃腸の強さを考えると、十杯ぐらいはいく可能性もなくはないので、どうにかしてシロップを用立てる算段を立てねば。


 幸い、今広場は試練突破で沸いており、あちこちの店舗では料理や酒が次々と用意されているため、少し探せば手配できるかもしれない。

 ここはディースラのためにも役人に手伝ってもらうとしよう。


「それにしても、まさかお主がこれほど美味いものを作る妙手だとはな。初めて会った時、我の顔に大層なもんをぶっかけてくれた時には殺してやろうかとも思ったが、そうせんで正解だったわ」


 かき氷を食べれると分かって上機嫌だったディースラが、とんでもないことを口走った。


「え、や、ちょ、言い方ぁ!」


 こいつは何を言っているんだ。

 俺が何をぶっかけたって?

 いやまぁ、初対面で雷魔術をドラゴン形態の顔に撃ったことを言っているのだろうが、だとしてもその言い方はまずい。


 ―ぶっかけ…顔し―


 ―ディースラ様になんてことを!罰当たりな!


 ―ひぇっ、変態…


 ―衛兵さん、この人です


 見た目美少女の顔面に何をぶっかけたのかと、想像力逞しい人々からのキツい視線が俺に注がれてくる。

 せっかく試練も突破してお祝いムード一色だったのに、ディースラの余計な言葉で一転して俺をつるし上げかねない空気となってしまった。


 あぁ、衛兵達が俺を指さして何か話し合っている。

 まさか、逮捕する気か?

 ディースラの言いようが悪く、完全に誤解なのだが、果たして弁明する暇はあるものだろうか。


 かき氷を作ってやろうとしている人間に対し、このドラゴン、本当に余計な真似をしてくれたな。

 許せん。

 いっそ、とびきり変な味のかき氷を食わせてやろうか。


 そうだな…唐辛子とめちゃ苦い草のトリコロールかき氷はいかがかな?

 俺は味を想像できんが、きっと食ったら飛ぶぞ。

 勿論悪い意味で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かき氷は思い付かなかった [一言] 自分はキャロライナ・リーパー的な物を目に刷り込むくらいしか…
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