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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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お祭りドラゴン

『ビシュマにて竜候祭始まる』


 この知らせは瞬く間に近隣へと広まり、祭りの開催を待っていた人間がビシュマの街へと詰めかけてきた。

 祭りに商機を見出す商人、一目ドラゴンを見ようとやってきた隣国の人間、純粋に祭りを楽しむ地元民など、一年の中で最も人と物が集まるのがこの竜候祭だと、ビシュマで暮らす人は言う。


 竜候というのは、大昔に詩人がディースラのことを歌でそう詠んだところから来ているらしい。

 特にディースラから咎められることも嫌がられることもなかったため、そのまま祭りの呼び名として冠されて今日まで残ってしまったわけだ。


 各地からやってくる商人は手ぶらでやってくるわけもなく、この時期のビシュマは珍しい品物も集まってくるため、そんな中から至極の一品を探すのも祭りの楽しみ方の一つなのだとか。


 同時に、この機に乗じて一稼ぎを狙い、詐欺同然に物を売る者が現れるのも祭りの特徴だ。

 色々な品が各地から集まる代償とでも言おうか、不届きな商人は産地や来歴を偽っての不当な価格で暴利を得ようとし、物をよく知らない田舎者や観光客が餌食になるのをビシュマの行政側は問題視している。


 それに対処するべく衛兵は全人員をフル稼働して市中を見回ってはいるが、広いビシュマの中をカバーするには人員が足りていない状況だ。

 突発的に起きるトラブルに対処しつつ、悪徳商人を取り締まるのは困難と言える。


 そこでビシュマの行政は、商人ギルドや冒険者ギルドに協力を求め、ギルドは適切な人材に指名依頼を出すことで、祭りの期間に不足する衛兵の数を補おうと考えた。

 腕の立つ冒険者や傭兵でいくつか隊を組み、そこにギルドが身元を保証する商人が加わって売り物を吟味するというスタイルで、取り締まりの強化を図る。


 祭りの期間に限り、この集団は衛兵と同等の権限を与えられ、怪しい人間を逮捕するために動き回ることとなるのだが、実はその中の一つに俺とパーラも加わっている。

 勿論、ギルド側からの要請を受けてだ。


 これは今日まで受けてきた依頼で、俺の食材に対する目利きとパーラの元商人としての経験をギルド側が評価されたことにより、自衛できる鑑定役として見回り組に同行している。






「店主さんよぉ、この値付けは本当に妥当なものか?ちぃっとばかし高くはねぇかい?」


「勘弁してくれ、旦那ぁ。そいつはあっしが遥々北の辺境から仕入れてきた逸品ですぜ?こっちだと貴重な香草だってんで、この値付けにさせてもらってまして」


 ギルドからの指示を受け、俺達は昼前のビシュマの市場へと足を運んでいた。

 そこにいた露店商が売っていた、一束が銀貨二枚という値の香草に目を付けたのは、俺達に同行していた傭兵の男だ。


 早速品物の値段に関して商人に聞き取りをしてみると、言い分は尤もながらソワソワとした態度を見せる商人のまぁ怪しいことったらないね。

 実際、品を手に取ってみてみればお世辞にも品質はいいと言えず、またある部分に偽装の跡が見られ、これを買う人間は粗悪な偽物をつかまされることとなるだろう。


「ほぉー…そうかいそうかい。アンディ、どう見る?」


「黒ですね。こいつは一見するとリギットという香草に見えますが、実際はそこらの雑草にリギットの葉をくっつけただけです。リギットは茎の部分が最も香りが高く価値があるので、恐らく茎の部分は別に売って、葉っぱを他の草に張り付けることで利益を狙ったんでしょう」


 リギットという香草は俺も大分前に買ったことはあるが、本物は安くても銀貨五枚からの取引が妥当で、銀貨二枚はあり得ない。


「スンスンスン…ほんとだ、私もリギットは知ってるけど、これは匂いが大分弱いよ。これで銀貨二枚なんてあり得ない。精々銅貨三枚ってところじゃない?」


 俺の隣にいたパーラも鼻を鳴らして匂いを確かめ、本来の値段を提示する。

 元商人の感覚でその値をつけたのだろうが、俺もそれでハンマープライスとしたい。

 茎こそが最も高価であり、葉っぱは二束三文な香草には、その値段が妥当だろう。


「ぐっ…けどよ!こいつは元々ちゃんとした品だったんだ!ただちょっと…そう!運んでる途中に茎の部分が虫に食われちまったんだよ!だからほかの草をくっつけてなんとかしようと―」


「リギットの茎は虫が嫌う匂いを出しています。虫が食うはずがない」


 証言の矛盾に異議アリと声を上げてみれば、一瞬で商人の顔色が悪くなる。

 恐らく、この商人は香草にあまり詳しくはないのだろう。


 店先においてある品はどれも日用品ばかりで、香草は手籠の一つに盛られている程度しかない。

 本来は日用品を専門に扱っていたが、どこかでリギットを手に入れてニコイチの手口で儲けようとでも考えたか。

 丁度近くで露店を広げている他の商人にも、香草を扱う者がいないことから、偽物とバレないような場所を選んで商売をしているのも悪質だ。


「だ、そうだ。こっちの二人は元商人と料理人でな。この手の品の目利きはしっかりしてるんだよ。ちょっと詰め所まで来てもらうぞ。色々と聞かないとな」


「待った!な、なぁ旦那方、あんたらの言うことはわかるが、あっしも生活が懸かってたんだ。ほんの出来心ってやつさ。どうか、こいつで見逃しちゃくれねぇか?へひ、へへへ」


 そう言って目の前の商人がこちらへ小袋を差し出してくる。

 微かに鳴った音で中身は貨幣だと分かり、賄賂でこの場を切り抜ける腹積もりのようだ。


 生活に困ってなどと情に訴えかけるようなことを口にしているが、すぐさま袖の下を寄越してきたあたり、この商人の本性が透けて見える。

 当然、この時点で商人は詐欺と贈賄で罪が決まり、一緒にいた傭兵達に連れられて最寄りの詰め所へと連行されていった。


「まったく、なんでどいつもこいつも連行するって言った瞬間に賄賂を差し出してくるのかねぇ」


 去っていく商人の背中を見つめながら、悲し気に溜息を吐くこの男は名をラトゥといい、今俺達が行動を共にしているグループのリーダーだ。

 所属は商人ギルドの黄二級というそこそこベテランの傭兵で、大柄な体格に赤毛のモヒカン、顔に大きく走る傷跡のせいで見た者を怯えさせるのに十分な条件が揃っている。


 本人は決して悪人ではなく、むしろ真面目で気遣いもできるというのはここまでの仕事ぶりでわかっているのだが、いかんせん風貌が怖すぎるせいで、商人もそういう人種だと勘違いをして、摘発すると必ず賄賂を差し出してくる。

 勿論受け取ることはしないが、おかげでグレーだった商人を黒にもできているのはいいのか悪いのか悩みどころだ。


「やっぱり、ラトゥさんの悪人顔のせいじゃないですかね。もっと優しそうな顔をしてみた方がいいのでは?」


「うるせぇ、この顔は生まれつきだ」


 俺に言われて憮然とした顔をするラトゥだが、その際の表情があまりにも凶悪だったせいか、道行く人が怯えた顔で離れていく。

 本当に悪い人ではないんだが、顔で損をしているなぁ。


「しかし、これで今日は四件目か。こう言うのもなんだが、順調だな」


「そうですね。今のところ、いずれも未遂で終わってますし、抵抗らしい抵抗もないので楽ですよ。やっぱり顔が怖い人がいると…」


「やかましいわ。お前、いちいち俺の顔をイジってくるのやめろや。いい加減泣くぞ」


「すいません。ルディさんの言ってたのがつい移ってしまったようで」


「ったく、兄貴はろくな事しねぇな。んなもん忘れちまえ」


 不機嫌そうな顔で舌打ちをするラトゥにより、また俺達の周りから人が離れていく。

 こんな感じでラトゥがいれば祭りの混雑から解放されて楽なのだが、腫れ物扱いで遠巻きに見られるのは居心地がいいとは言えない。


 今の言葉で分かる通り、ラトゥはルディの弟だ。

 前日に指名依頼を受けた者には、今朝方にビシュマの役所で依頼内容の説明と顔合わせが行われたのだが、その際にルディと一緒にいたところを紹介された。


 兄と違って商人ギルドに所属しているのは、元々ルディと共に漁師をしていたが、海産物の取引を自前で行うために商人ギルドへ入り、腕っぷしがよかったこともあって船の護衛をしているうちに傭兵としての活動に比重が傾いていって今に至る。


 ルディは指名依頼を受けていなかったので、あくまでもたまたま居合わせただけだったが、その時にラトゥが俺とパーラと一緒のグループになっていることを知り、縁もあって急速に親交を深めることができた。


 いかんな、人の見た目をあれこれ言うのはよくないとは分かっているが、つい口に出てしまった。

 ラトゥはあまり気にしていない風ではあるが、気をつけねば。


「それにしてもお前達、若いのに物をよく知っているな。パーラの方は元商人だそうだが、アンディは冒険者にしては料理人顔負けの知識があるしよ」


 詰め所に行った人達が戻ってくるまで暇なのか、ラトゥがふと感心したような言葉を零す。

 今のところ俺達が摘発で知識を披露したのは二度のみで、いずれも食品絡みの偽装だったのだが、幸いにして見知った食材だったこともあって、品物と商人の言い分との矛盾を突いて摘発できた。


「そうなんだよ。アンディってば食べ物にはとことん拘ってるから、ああいう変なのもすぐに見抜いちゃうの」


 パーラが何故か呆れた口調で、さも俺が海原何某かのような表現をするが、流石にあそこまでではないはず。

 確かにこっちの世界の食材に関しては調べまくっているが、不味いものよりも美味いものを求めるのは人間としては当然の欲求であり、舌に魂が宿っている日本人としての性だ。

 仕方ない…そう、仕方がないんだ。


「ほう、そういうものか。しかしそれ以外に、農産物にも詳しいようだったぞ」


「そっちに関しては、色々とやってた時期がありまして、その経験ですよ」


 元農家としての視点から、植物に施されたあからさまな工作には大体気付けるし、食材の多くは農作物であることから、今のところ運よく知識を生かせているに過ぎない。


 本来なら一グループには一人目利きの商人が同行することになっているが、人手不足は商人ギルドでも起きており、足りない商人の枠に俺とパーラが宛がわれたのも、こういった知識を当てにされたからだ。


 反対に、この国独自の民芸品や特殊な金属なんかを扱っている商人に関しては、詐欺を働いているかを見抜くのは難しい。

 この後の見回りで、俺とパーラが見抜けないレベルの品が出てこないように祈るしかない。


「ふむ、人にはそれぞれ歩いてきた道があるというが、たまたまお前達がそういう経験を積んでいたとしても、こうまで的確に役立つと巡り合わせに何かを感じてしまうな」


「そうですかね?商人ギルドが人手不足だっただけでは?」


「それすらも何かの導きかもしれんってことさ」


「あれ、ひょっとしてラトゥさん、ヤゼス教に熱心な人?」


 スワラッド商国は意外とヤゼス教の信者が多い。

 海を挟んだ別大陸にもヤゼス教が広まっているのには驚いたが、頻繁とは言えずとも船の行き来はあるし、歴史が長い宗教であることを考えれば、布教活動が長く熱心に行われた結果だとも言える。

 実利を好む商人が、験を担いで宗教を信じるというのもなくはないので、パーラにしてみればラトゥもその口かと気になったのだろう。


「いや、そうでもねぇな。兄貴なんかは漁に出る前は熱心に祈ってたがな。どっちかってぇと、俺は縁の妙の方を信じてる質さ」


 そういえば、ルディは船を出す前に、海に対して軽く祈る仕草を見せていたな。

 海に生きる者は信心深いというのもどこかで聞いたことはあるが、己の腕一つで漁をしていても、結局最後は神頼みになるというのもなんだかおもしろい。


 そんな他愛もない話をしつつ時間を潰していると、先程商人を連行していった人達が戻ってきたので、再び見回りを開始した。

 時刻はもうじき昼という頃で、そろそろ午後の見回り組と交代になる。


 午前中は広場でディースラの試練が行われていたのだが、午後からはその警備に回されていた人員も見回りに加わる予定だ。

 今日の俺達は午前の担当で、明日は午後という風に、依頼が有効な期間中は一日おきに見回りを任される時間帯は変わる。


 人の流れが増えてきたことで、広場での試練も終わったと見ていい。

 悪徳商人が稼ぐなら、人の増える午後からと思いがちだが、同時に見回りの兵が増えるのも午後になることは少し考えればわかる。

 勿論全くいないわけではないので、午前と午後、どちらの見回りも大事なことには違いはない。


 その後は特に悪徳商人も見つかることなく、俺達の所に来た交代要員に、今日見回った場所と摘発した人数などを口頭で告げて引き継ぎを行い、今日の俺の仕事は終わる。

 実働は午前のみではあるが、その稼ぎは並の冒険者が依頼で得るものよりもずっと多い。


 これは悪徳商人から提示される賄賂に靡かないように報酬が高くセットされていることと、俺とパーラは鑑定人まがいの仕事も兼ねる手当も含まれるため、正直、ここ数日の中ではトップクラスの稼ぎとなる。

 この稼ぎだけで当分慎ましく生きるのに苦労はしないだろう。


 俺とパーラは午後から自由に動けるため、昼食を適当に取ったら祭りを楽しむとしよう。

 祭りの目玉であるディースラの試練も、今日はもう終わっているので出店を適当に冷やかして回ることにする。


 指名依頼がなかったらディースラの試練を見学したかったところだが、日の出から太陽が真上に来るまでという時間制限があるため、今日は諦めるとしても明日の午前には見に行くつもりだ。

 幸いと言っていいのか、道行く人達が交わす会話の内容から、今日の試練は未達成で終わったとわかっている。


 例え相手が悪竜ではないとしても、人がドラゴンに挑むなど、正にファンタジーの醍醐味と言えるのだ。

 見ものであることは間違いない。

 これを見ずして何とする。


 パーラにも既にそのことは伝えており、一緒に来ることも決まっているので、明日は早起きして広場に足を運ぶとしよう。


「それにしても、腹が―減った」


 そんな明日のことを考えつつ、空腹を訴える胃に急かされ、直近の昼食について思いをはせる。


「ほんと、お腹すいたねぇ。今日は朝抜きだったし」


「お前が起きるのが遅かったせいだろ」


「アンディだってギリギリまで寝てたじゃん」


 指名依頼があることから、そこそこ朝早く出ようと思っていたのだが、昨日ギルドから帰る際に飲んだ振る舞い酒が効きすぎたようで、俺は寝坊してしまった。

 つられるようにしてパーラも寝坊したせいで、朝食を摂る暇もなく急いで宿を後にしたため、これから口にするのが水以外では今日最初の食事となる。


 周りには食べ物を出す屋台も多く、どれを選んでもいいが、それ故にどれを選ぶべきかも迷う。

 俺もパーラも腹で猛獣が唸っているのを隠す気にもならず、いい匂いを辿るようにしてフラフラと歩き出す。


 ビシュマの街にもそこそこ詳しくなった今なら、行きつけとまでは言わないが美味い飯屋ぐらいは知っているが、祭りの間はやはりこの時限りの料理に手を出したい。

 美味しそうな匂いを出す屋台を一つ一つ吟味していると、人混みの中に妙な空白ができているのに気づく。


 そこには誰かいるようで、周りの人間はそれを避けるようにして動いている。

 まさかラトゥか?と思って見てみれば、なんとそこには少女の姿をしたディースラが、店先で美味そうな顔で何かを頬張っていた。


 なるほど、祭りのメインであり誰もが正体を知っているだけに、下手に近付かずにいようという判断がこの空白地帯を生み出していたわけか。

 とはいっても、周りの人間も避けてはいるが、恐れているというわけではなく、むしろ見守ろうという空気がほとんどなのは、その可憐な見た目がそうさせているのかもしれない。


 周りに護衛の一人もおらずに不用心だと一瞬思ったが、あれは見た目は少女だが実体は正真正銘のドラゴンなので、護衛など必要ないか。

 とはいえ、人混みや建物に紛れて護衛するような気配の人間が見られるため、完全に放置しているというわけではなさそうだ。


「うん…うん、正解」


「いや何が?」


「ん?おぉ、アンディではないか」


 食べ物を食べて正解とは何なのかと、思わず突っ込んでしまった俺の呟きが察知されたようで、ギュンとこちらを向いたディースラの顔に見つかってしまった。

 昨日のことがあって少し苦手意識があるのだが、向こうはそんなわだかまりなどないようで、朗らかな声で手招きをしてくる。


「え、アンディ、あの人と知り合いだったの?ディースラ様よね?」


「ああ、昨日漁の時にちょっとな」


 相手が相手なので無視するわけにもいかず、訝しがるパーラにそれだけ言ってディースラの下へと近付いていく。


「なんだお主、広場にはおらんかったからまた海に行っていると思っておったが」


「いや、俺達は指名依頼で見回りしてたんですよ。…広場にいなかったって、俺を探してたんですか?」


「阿呆、そんなわけがなかろう。我は広場で見た顔を全て見分け、覚えておるのよ。今日いた中にお前の顔がなかっただけのことよ」


「覚えるって…広場にいた全員を?結構人集まってたみたいだけど?そんなことできるの?」


「なめるなよ、小娘。我は竜。その程度のこと、余芸ですらないわ。…そういえば、お主は何者だ?見たところ、アンディの仲間のようだが」


「あ、うん…じゃなかった、はい。私はパーラって言います。お察しの通り、アンディと同じパーティを組んでます」


 神や精霊相手にもため口だったパーラだが、こうして生身でドラゴンと対峙すると流石にかしこまるようで、口調もわざわざ丁寧なものに改めて答えている。

 ガルジャパタやエスティアン達からはへりくだる態度を不要と言われたのであの接し方だったが、スワラッドではVIP待遇のディースラには、初対面でいきなりフレンドリーにとはいかないようだ。


「であるか。まぁそうあまりかしこまるな。お前達もどうだ?ここのボロロは美味いぞ。城の食事も悪くはないが、やはり祭りで食う物は格別よ」


『ボロロ?』


「ぬ?知らんのか?これだ、これがボロロだ」


 そう言ってディースラが手に持っていたものを目線の高さまで上げる。

 さっきまで食べていた何かだというのは分かるが、妙に黄色い塊に串が刺さったとしか形容できないそれは、見ただけではどんな料理なのかよくわからない。


「それは…肉ですか?」


「いや、魚だ。ボロロというのは、魚の切り身を特製の壺で焼いたものを指す。ほれ、あそこにあろう」


 指さされた先を見ると、店の奥に煙を上げている大きな壺があった。

 どうやらあそこでボロロが焼かれているようだ。

 ここまで届く香ばしい匂いと、微かに焼けたマスタードのような刺激が鼻をくすぐる。


「ここのボロロは我が知る限り、国一番の名物よ。それに歴史も長い。覚えているところでは、百三十年は前からやっているのではないか?のう、女将よ」


「はい。うちは曾祖父の代からボロロを焼いております。ディースラ様には先々代の頃からご贔屓にしていただき、光栄でございます」


 女将と呼ばれた壮年の女性は、ディースラの言葉に心底嬉しそうな顔を見せる。

 もう何百年と祭りが行われる中、変わらず贔屓にしてもらえるというのは商売人にとっての誉れだ。

 特に、ディースラのお気に入りともなれば喜びは一入だろう。


「うむ、女将が子供の頃も覚えておるぞ。どれ、もう一本くれ」


「はい、喜んで。どうぞこちらを」


 食べ終えた串と入れ替わりに新しいボロロが差し出される。

 先ほど見たのは食べかけだったが、新しいボロロは予想よりも大きいもので、これなら一本で十分腹が膨れそうだ。

 それに勢いよく齧り付くディースラの顔は、実に幸せそうな笑みで彩られている。

 ドラゴンといえども、美味いものを食って喜ぶ様は人間とそう変わらないようだ。


「…ディースラ様もお金を払って買い物するんですね」


 意外と言ったら失礼だが、ボロロが渡された際、ディースラは女将に金を手渡していた。

 それが俺には結構な衝撃だったりする。


「当たり前だ。何かを手に入れるには対価を支払う、お主等人間の常識であろう」


「いや、そりゃそうなんですが、てっきりディースラ様ならお代は結構です、みたいな感じになるかと思ってたもので」


「確かに、以前は我から金を受け取るのを恐縮していた者も多かったが、商売には商売の法というものがある。竜だからといって勝手気ままに振舞うなど、無粋の極み。それに、人の街で過ごすのならば、その土地の法に従うのが実に面白いのだ」


「そういうもんですか。ちなみにそのお金はどこから?」


「スワラッド商国からだ。我がここに滞在する間、自由に使えるものとして一日大銅貨四枚のお小遣いをもらっておる」


 ドラゴンがまさかのお小遣い制!

 しかも子供のお小遣いより多少ましな程度の額だ。

 そしてなぜ胸を張る?

 羨ましく思う要素など一つもないのだがな。


 生物としての性質上、金銀財宝をため込むドラゴンであるディースラに、この額を与えているスワラッドは適当なのか慎重なのか図り切れない。

 試練という行事がある以上、ディースラにあまり大金を与えてもよくはないが、足りなければそれはそれで問題になりそうな気もする。


 まぁ本人は不満には思っていないようだし、食べ歩きをする分にはこの額でも十分と言える。

 流石に出店の食べ物だけで、ドラゴンの腹を満たそうとはしないだろうしな。


「そういえば、今日の試練はもう終わったんですよね?差し支えなければ、どんな感じだったか聞いてもよろしいでしょうか?」


「ふむ…まぁよかろう。祭りの中でも勤労に努めておったようだし、我からも褒美をくれてやる」


 美味いものをを食べて機嫌がいいのか、ディースラは俺が尋ねたことに意外なほど快く答えてくれた。

 昨日の海での不幸な遭遇はもう、完全にわだかまりのないものとなったとみていいのだろうか。


 ディースラが言うには、今日の試練に参加したのは、他所から来たと思しき鬼人族の男二人と普人種の男女五人、エルフの男が二人にドワーフが一人と、まずまずの充実した人数だったそうだ。


 その中でも鬼人族とエルフの男達からは高い実力を感じ取れ、善戦を期待して試練を開始したが、始まってみると拍子抜けもいいところで、少女姿のディースラに武器や魔術をつかっても痛みどころか痒さすら与えられないぬるい攻撃ばかりだったという。


 ちなみに、試練の際にはディースラに人間形態のままかドラゴンの姿に戻るかを挑戦者が選択できるが、今までも今回もドラゴン姿に挑む者はいなかった。

 流石に人として、ドラゴンの姿には恐怖心を覚えないわけがないので、実力を十分に発揮するにはやはり人間形態が選ばれるのだろう。

 ディースラは人間形態でもドラゴン形態でも強さは変わらないそうなので、多少の心理的な効果しか望めない選択肢ではある。


「我は何を使ってもいいと言ったのだが、どいつも自前の武器か魔術にこだわっておったわ。全く、せめて破城槌でも用意しておれば見どころがあったものを…」


「え、破城槌を使ってもいいんですか?」


「一向にかまわんッッ!非力な人間なら、それぐらいの工夫を見せい。もっとも、破城槌ごときでは、我に毛ほどの痛みも与えられんがな。痒いぐらいよ」


 破城槌が痒いって、どんだけ化け物なんだよ。

 いや、ここは流石ドラゴンと感心するべきか。


「せっかく今年は優しい課題にしたというに、初日がこれでは今一盛り上がらぬわ」


「優しい課題…ですか」


 俺の雷魔術でも傷一つ与えられなかったのだから、魔術は効果が薄いと見て、せめて物理攻撃ならあるいはという願いも、破城槌クラスが効かない。

 そんな相手に、痛みを与えるというのはかなり厳しいとしか思えないのだが。


「優しかろう?何も倒せと、傷をつけろとも言うておらん。ほんの少しの痛みでいいのだぞ?過去には我の鱗を貫通させるという課題も出したことがある。あれに比べれば鼻くそみたいなものよ」


 うーん、比較対象が難しくて素直にはうなずけないな。

 しかし、確かにドラゴンの鎧と言える鱗を貫くよりは、内部にダメージを浸透させる方が楽と言われればそんな気がしないこともない。


「まぁ祭りの初め三日は外部からの参加が主であるし、しばらくはつまらん試練になろう。お主らも、派手なものを見たければ四日目から広場に来るとよいぞ」


「へえ、そうなんですか」


「うむ。スワラッドも祭りの目玉をいきなり終わらせるのは忍びないのだろう。最初の三日間は外部からの参加者を押し立てるのだ。そういった連中は、強者としての質はあまり期待できぬな。ゆえに本命は四日目からのスワラッドが推薦する者達だ。過去にもこういった形の試練の際は、四日目以降にとんでもない猛者を寄越したものよ」


 スワラッド商国としては、ディースラの試練に打ち勝つことができればそれでいいが、だからと言って祭りが早く終わってしまうのもよろしくない。

 そのため、あまり期待しない人員を試練の最初に持ってきて、様子見と前座をさせるという狙いは分かりやすい。


 ディースラの言葉を信じれば、明日の試練も面白くはないということになるので、俺達の明日の予定も考え直すべきか。


「まぁスワラッドの企みも分からんでもないが、無駄な事よ。たとえ誰が来ようと、我が鱗と肉を傷つけることなど不可能!この千年、ただの一度たりとも我に痛みを与えた者はおらぬ!同じ竜を相手した時でもな!」


「えー…じゃあ誰も試練に合格できないじゃん」


 あんまりなことを声高に言うディースラに、パーラも引いているようだ。

 最初からクリアさせる気がない試練に、何の意味があるのかと。


「無論だ。そうやすやすと突破させては面白くない。今年は諦めて、来年に希望を託すがよい。祭りの最後にでも、スワラッドの役人共が悔しさでいい顔でも見せてくれれば、次は手心を加えた試練を考えてやらぬこともない。ぬはははははは!」


 このドラゴン、性格が腐ってやがる。

 性格ドラゴンゾンビと秘かに呼んでやろうか。


 しかしクリアが絶望的となれば、大陸へ船を出せるルートが使えなくなり、俺達も困る。

 これはやはり、俺も参加して試練のクリア率を少しでも上げたほうがいいのだろうか。


「そうさのぅ…八日目を迎える前に試練を突破されでもすれば、我はなんでもやってやるわ!ぬはははははは!」


 何がそうさせるのか、テンションが高いディースラは周りの目も気にすることなく高笑いを続けている。

 試練のことをこれだけ言っても、周りからは悪感情を向けられていないところに、ディースラの特別扱いというのも改めて感じられた。


 まぁそれはそれとしてだ。




 ―今、なんでもするって言った?

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― 新着の感想 ―
[一言] あーあ。アンディに何でもするなんて迂闊なこと言っちゃだめだよ…w 竜の姿になって貰って、電磁加速砲でも逆鱗に撃ち込みますかね? キレるから別の意味でだめか
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