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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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大漁、ご期待ください

 冒険者という仕事は、世間的には多少ましなチンピラという程度の認識ではあるが、実は意外と需要が多い職でもある。

 日々張り出される多種多様な依頼の中から自分の実力に合ったものを選び、時には依頼のために新しい技能を習得したりと、専門の人間には劣るものの、ある水準までの仕事を任せるには冒険者というのも常に選択肢として挙げられるほどだ。


 ランクにもよるが、下は郵便配達から上は強力な魔物の討伐まで、様々な仕事が宛がわれる中、季節によって仕事の内容には偏りも出てくる。

 冬に雪が降る土地では雪かきの依頼、夏に雨が多い土地では川辺の見回り等、季節毎の特色が濃く出るもので、そういった依頼は割りがいいことも多く、低ランク帯の冒険者には人気が高い。


 俺達が滞在中のこのビシュマは、現在祭りの開催を控える中、各地から旅行や商売で多くの人間がやってくることによる食料不足を警戒し、冒険者ギルドと商人ギルドでは食料調達の依頼がマシンガンのように連日張り出され、この街の冒険者は誰もが食料調達に走り回っていた。


 俺とパーラも、滞在中の費用と船代を稼ぐために、毎日日が昇るとともにギルドに顔を出し、この食料調達の依頼で日銭を稼ぐ日々を送っている。

 一日の食事と宿代、依頼内容によっては必要となる道具や消耗品を揃える費用にと、人は生きていくだけでも金がかかるのだ。


 今日もまた、早朝の掲示板で依頼を他の冒険者と奪い合い、手にした依頼書に導かれるまま、仕事へと勤しむ一日が始まった。


 手にした依頼票を眺めながら、未だ騒がしい掲示板から少し離れて待つと、俺と同じように人の群れから吐き出されるように出てきたパーラへ声をかける。


「ようパーラ、お前どれにした?」


「私は街の近くの森での狩猟だよ。前も受けたやつで、勝手も分かってるからね。そっちは?」


「俺は近海で魚獲るってやつ。前に受けたことがあるんでな」


 ここ数日は俺もパーラも食料調達の依頼ばかり受けてきたため、今手にしている依頼も何度目かという慣れているものとなる。

 未知の依頼で仕事を一から覚えていくのも面白くはあるが、日々の糧を手にするための仕事としてなら、既に経験のある仕事を繰り返すことほど安心感が強いものはない。


 現在、俺もパーラも魔術の使用を制限している身ではあるが、身体強化だけは問題なく使えるため、普通の人間よりも膂力や知覚で有利に立っている。

 特に聴覚と嗅覚を獣人並みに鋭くできるパーラは、森の中でその能力を存分に振るい、少し前にはイノシシ型の魔物の群れを探し当てて、大量の食肉を確保するのに貢献していた。


 恐らく今日も、依頼で集められた人間で臨時のパーティを組んで森の中を獲物を求めて彷徨うがために、パーラの探知能力が大いに頼られることとなるはずだ。


 一応依頼に出向く者の嗜みとして、二人ともなけなしの金で買った質の悪い剣は提げているが、それを使う機会はないだろう。

 魔力で強化した拳で殴った方が早いし、威力があるからな。


 受付で依頼の受諾を処理し、街門へ向かうパーラと別れ、俺は港の桟橋の一つへと向かう。

 依頼書に書かれていた集合場所がその桟橋の近くだからだ。


 ビシュマは大型船の接岸に耐えられるよう規模が大きく、石と木で組んだ桟橋が採用されているため、複数ある桟橋同士の間隔も相応に広い。

 運悪く今日の集合場所がギルドから最も遠い位置にある桟橋だったこともあって、歩きの移動は途中から駆け足となってしまう。


 朝も早くから港は賑わっており、その中を突っ切っていくと、目当ての場所に大勢の人間が集まっているのが見えた。

 すぐそばの桟橋には、今日の漁で乗り込む漁船も停泊している。

 港に停泊している他の商船に比べると、帆柱が一本のみの中型船といった感じだが、陸地を遠く離れなければこんなもので十分だ。


 ギルドの依頼で漁をする場合、いくつかの船を漁師ごと借り上げてそれぞれに冒険者を割り振るのだが、どうやら俺が乗る船以外は既に沖に向かっているようで、桟橋から離れていった中型船が何隻かまだ見える。


「お、来たか!待ってたぞ、アンディ!」


 俺の姿を見つけ、声を上げて大きく手を振る男に、俺も手を振り返す。

 ここまでくればいいかと走る歩幅を緩めながら、僅かに乱れていた呼吸を整える。


「どうも、ルディさん。お待たせしたようで」


「なぁに、待ったとは言ったがそれほどでもない。お前が来るってんで、それまでは船を出すつもりもなかったしな」


 そう言って俺の肩を軽く叩く目の前の男はルディといい、ギルドに出される漁業絡みの依頼を専門に扱う者だ。

 冒険者というよりはギルドに登録している漁師といった方が正しく、普段は仲間と共に漁をしている。

 この時期は食料調達の依頼をギルドから斡旋され、普段の漁師仲間に加えて冒険者も雇い、ビシュマの近海で大規模な漁を行うらしい。


 年齢は恐らく四十代かそこらで、漁師に相応しく逞しい体をしており、腕力だけならそこらの冒険者などよりよっぽど凄そうだ。

 危険な海での漁をして負ったであろう傷が顔をはじめとした全身に刻まれており、日に焼けた肌もあいまって海賊と言われても納得できそうな風貌をしている。


 ルディとはこれまでも何度か一緒に仕事をしており、前に初めてルディの船に乗った時に、依頼でたまたま組んだ他の冒険者が次々と船酔いでダウンする中、平然としている俺を面白がって話をしてきたのをきっかけにして親しくなった。


 その後、船の上で網を引き揚げる際にも、漁師に劣らない膂力を見せたことを驚かれたが、以降、俺がギルドの依頼で漁をする時には必ずルディの船に割り振られるほど気に入られてしまったらしい。

 船上で酔わず、漁師並に動ける俺はしっかりと人手として勘定されている。


 普通は冒険者を指名して自分の船に乗せるということはしないのだが、ルディは漁師としてギルドへの貢献度もそれなりにあるようで、そういった方面に限ってだが多少の頼みなら聞くこともある、というのを受付嬢からコッソリ聞いた。


「よーし、これで全員揃ったみたいだし、出発しよう。…が、その前に行っとく。俺達が割り当てられてる海域だが、今日は特に風が強くて荒れてるはずだ。沖に出た瞬間から、船は揺れが収まることはなくなる。俺の経験上、慣れてる奴でも音を上げてもおかしくはない。だから、船酔いするやつは船に乗るな。近場で漁に出る別の船を紹介してやるからそっちに行け」


 今日は少し風が強く、港のすぐ外は白波が何重にも連なってこちらへ押し寄せてくるようだ。

 湾になっているビシュマでこれなのだから、沖に出たらどうなのかは簡単に予想できる。


 熟練と言っていい漁師のルディがああ言うのだ。

 沖合は船に慣れていない人間には地獄と言っていい状態なのだろう。

 そういうのも織り込み済みでこの依頼は他より高額なのだが、船酔いでヘロヘロな人間が船上に溢れると船の航行にも係わることを考慮し、比較的安全な漁船を斡旋しようとするのはルディなりの優しさだ。


「おいおい、何を言ってやがんだ。船酔いだぁ?んなもんが怖くて冒険者やってられっか」


「そうそう!俺達ゃあ魔物倒してなんぼって仕事で命かけてきたんだ。船酔いなんかにいちいちびびるかよ!」


 だがそんな優しさをむしろ侮辱と受け取ったのか、冒険者達は露骨に顔をしかめてルディへ強い言葉を吐く。


 元々冒険者などは荒くれ者揃いとくれば、多少脅かされた程度で引き下がるわけもなく、何の根拠があるのか船酔いを軽視した発言を自信満々で口にしている。

 恐らくだが、今口を開いた冒険者達はまだ本当の時化というものを知らない。


「へっ、そうかよ。まぁ忠告はしたし、くれぐれも邪魔にだけはならないようにしろよな。そんじゃあ全員船に乗れ」


 どこか冷めた目のルディに促され、他の冒険者に混ざって俺も船に乗り込んでいく。


「おいアンディ」


「はい?」


 桟橋と船の間に渡されていた板に足をかけた俺に、ルディから声がかかる。


「さっきはああいったが、多分あいつらは船酔いで使い物にならねぇ。大丈夫そうなのはお前ぐらいだと信頼して言うぞ?もしあいつらがぶっ倒れてお前が動けそうだったら、世話を頼んでもいいか?甲板に動けないのがいるのも邪魔だしな」


「はあ、それは構いませんけど、もし俺も船酔いで倒れたらどうするつもりで?」


 比較的船酔いには強いと自負する俺だが、これから行く先でもピンピンしてられるかは未知数だ。

 世話を頼むと言われても、俺がダウンするという可能性もある以上、安請け合いはできない。


「そん時はお前も他の奴もまとめて船倉に放り込むだけだ。居心地は最悪だが、とりあえず海に投げ出されるってことはない」


「俺達は荷物扱いですか」


「はっはっはっはっは!航海中に船酔いでぶっ倒れてる奴なんざ、荷物以下さ。荷物は喚かねぇし、吐いて汚すこともしねぇ。まぁなんとなくお前は大丈夫って気もするし、あいつらの世話の話はよろしく頼むわ。ほれ、乗った乗った!もう出すぞ!」


 豪快な笑い声に尻を叩かれ、全員が船に乗ったところで出航となった。


 中型の船と言えど港から出てすぐはまだ帆を張らず、まずはオールを使って少し進む。

 岸からいくらか離れたところで、帆柱にとりついた漁師の操作によって帆布が降ろされる。

 ななめ右後方から吹く風を帆が捉えて膨らむと、船は勢いよく沖へと向かって走り出す。


 以前乗った時に聞いたが、この規模の船であれば最低でも甲板に四人もいれば問題なく走らせることはできるそうだ。

 ただ最低限の人員だけでは操船だけで手一杯となり、漁にまで手が回らなくなるため、同乗する漁師の数には余裕を持たせてあった。


 ところが沖へ出て海が荒れ始めると、暇な漁師などいなくなるほど船の制御は忙しくなっていく。

 ほんの少し前までは船体が軽く上下していただけの動きが一変し、まるで山を登るような傾きで船首が天を突いたかと思うと、そのすぐ後には舳先が真下を指しているような角度で船が傾き、その繰り返しで、船は木の葉のように波に翻弄されていく。


 操船を担当しているルディはもうずいぶん前から怒号で指示を飛ばしており、船の向きや帆の張り具合を一瞬ごとに切り替えながらなんとか船を転覆させずにいるといった様子だ。


「なんだ!船が引っ繰り返…ひぃぃいい!」


「お母ちゃぁあんっ!」


「うっ、気持ち悪―うぐぇオロロロロ」


 操船に役に立たない冒険者達は、このジェットコースター並みの動きによる恐怖で船の縁にしがみつくことしかできない。

 小一時間前の啖呵はなんだったのかというほどにひどい姿だ。


 かくいう俺も何かに掴まっていなければすっ飛ばされそうで、帆柱から延びるロープの一本から手が放せないでいる。

 幸いにしてこれだけの時化でも俺自身は船酔いをしておらず、出航前にルディから頼まれていた他の冒険者達の様子を気にするという仕事は今のところ問題なくこなせている。


 じわじわと船酔いが深刻化している者も増えてきているようで、耐え切れずに胃の中身を吐き出している姿も見られるが、とりあえずまだ元気はあるようなので、何か特別に処置をする必要性は感じない。


 空は快晴でありながら、吹く風は台風並み。

 時折船の縁を越えてくる波飛沫は、暑さで火照る体を多少は冷やしてくれるものの、頻繁に被っては流石にうっとおしい。


 迫る波は城塞かと見紛うほどの高さを作っているこの沖の状況は、とても漁に向いているとは思えないのだが、そんな中でも引き返すこともなくどこかを目指して船を進めるルディには、きっと今日の獲物が見えていたのかも知れない。


「全員聞け!いい知らせと悪い知らせがあるぞ!どっちから聞きたい!?」


 操船で忙しいだろうに、どこか楽し気で皮肉さも籠ったルディの声は、強風の中でも不思議とよく通った。

 こういう聞き方をされた時は、どちらから知るかは前世から決めている。


「悪い方からで!」


 どうせここにいる冒険者は今、恐怖から歯がかみ合わない状態なので、代表して俺がそう声を上げる。


「よぉし、悪い方だな!いいか!今俺達が遭遇してるこの嵐だが、想像してたのよりだいぶでけぇ!普通なら海には出ないってほどにだ!だから、あんまり長いことこの海域にはいられん!」


 多少の時化なら平気で海に出るこの世界の漁師が言うのだから、それは相当危険な嵐だということになる。

 それを聞いて、他の漁師達は冷静なものだが、冒険者の方は途端に怯えた様子に変わった。


「だ、だったら陸に戻ろう!」


「バカ野郎!ここまで来て手ぶらで帰れるか!」


 命の危機を感じた冒険者が引き返すことを提案するが、他の漁師が恐ろしい剣幕で黙らせた。

 安全を考えれば冒険者の提案が一番真っ当なのだが、俺達はギルドの依頼でやってきている。

 何の収穫もなしで陸に戻ると報酬は出ないため、ルディ達漁師も船の出し損で終わってしまう。


「まぁ聞けよ!いい知らせってのはこっからだ!海はこんな状況だが、こういう時にも大物は海面近くまで上がってくる!左舷を見てみろ!」


 ルディに言われ、船にいる全員が左舷の向こうに広がる荒れる海を見てみると、そこそこ大きい魚が水中から飛び出してくるのが見えた。

 距離があるせいで正確には分からないが、鰹のような丸々と太った魚体は一メートル近くあるようで、かなりの大物だと思われる。


 なるほど、ルディが言っていた大物とはあれかと思った次の瞬間、その魚を追ってきたのか、水面を割るような勢いでジャンプして現れたのは、太刀魚のようなフォルムのシャープな魚だった。

 しかも、とにかくでかい。


 最初に飛び出した魚など比べ物にならない大きさで、見えている部分だけでも恐らく十メートルはあろうかというほどだ。

 水面下にある体を予想するなら、二十メートル超えも十分あり得る。


「見えたろ!あいつは大剣魚(だいけんぎょ)っつってな、あの通りのでかぶつさ!一匹獲れれば今日の割り当て分におつりがくる!陸にもすぐに戻れるぞ!俺達はあいつを狙う!」


 魚の名前を叫ぶルディは、武者震いからか体を一度大きく振るわせた。

 口元には凶悪な笑みを浮かべており、獲物を定めた捕食者としてのやる気に満ちているようだ。


「あんなのをか!?この船よりでかいじゃねぇか!」


「お、俺は知ってるぞ!大剣魚って言えば、ちょっとした船なら平気で狙ってくるやつじゃあねぇか!こんな船なんかやられちまうぜ!?」


「ごちゃごちゃうるせぇ!俺達はあんなのを何度も相手してきたんだ!ビビってんならすっこんでな!」


 完全に腰の引けている冒険者に対し、漁師達はもう大剣魚を獲る気満々のようで、喚く声を一喝して網の用意を始めた。

 何度も魔物を相手にしてきたと語った冒険者が恐れ、海で魚を獲るのを生業とする漁師が平然としている様子というのは、冒険者側の情けなさが際立ってしまう。


 今も網の用意をしている漁師をただ見ているだけで、陸に戻ったらこのことをルディからギルドに報告がされれば、彼らの報酬は大きく減額されることになるだろう。

 まぁ大した仕事をしていないのだから、それもやむなしか。


「ルディさん!俺は何を!?」


 そんな冒険者の中でも、特に嵐にも大剣魚にもビビっていない俺。

 今日のパンのためにも働かないという選択肢は選べない。

 網の準備の方は人手も足りているようなので、何かできることはあるか聞いてみる。


「今はいい!他の冒険者に気を配ってやれ!ただ、大剣魚が海面に姿を見せたら、お前にも銛を打ってもらうことになるかもしれん!その時は頼む!」


「分かりました!」


 船の上では船長の言葉は絶対だ。

 とりあえず今は引っ込んでろと言われたも同然なので、言われた通りに他の冒険者の様子を窺う。

 どいつも陸での威勢はすっかり失せ、自分の体をかき抱いて恐怖に耐える者や、神に祈りを上げる者など、この航海中はもう使い物にはならないと思える。


 しかしこいつら、たった一度の嵐で心を折られすぎだろ。

 なんでこの依頼を受けたのか理解に苦しむ。

 いや、報酬がいいからなんだだろうけども。


 そうしているうちに船の上では準備が完了し、左右の舷側にそれぞれ三人ずつが配置され、銛をもって海面をにらみつけている。

 さらに漁師の一人が帆柱を登って頂点に居座った。


 帆柱の上で海面を監視し、大剣魚が出たら銛で付いて仕留めるという布陣だ。

 しかしそうなると、大剣魚が俺達の乗る船を目指して突っ込んでくることが前提となるわけだが、どうやってこちらへと引き寄せるつもりなのか。


 そんな疑問に答えるように、ルディが近くの樽から小魚を数匹取り出し、その腹に切り込みを入れるとエラに紐を通して鈴なりにすると、それを海面へと放り投げた。

 あれは撒き餌だろう。


 腹に切り込みを入れたのは、血と臓物、糞の匂いで大剣魚を誘うのが狙いだ。

 勿論、大剣魚以外がやってくる可能性もあるが、こればかりは仕方ない。


 撒き餌を放って暫く待つ。

 轟轟という風と船を削り取らんばかりに荒れ狂う波の只中にあって、奇妙な落ち着きが船上を満たしたほんの一瞬の後、帆柱から声が降ってきた。


「出た!右だ!撒き餌に惹かれたぞ!このままいけば船尾側に抜ける!」


「全員、右舷に立て!銛を構えろ!アンディ!お前もだ!」


『おう!』


 ルディの指示に従い、俺も他の漁師から投げ渡された銛をキャッチすると船の縁に立つ。

 すると、陽の光を反射して輝く大剣魚の体がすぐそばまで来ているのが見えた。

 船の周りには撒き餌がまだ残っており、それを目指して泳いでいるのだろう。


 揺れる船の動きに合わせ、微調整をしながら銛を構えてその時を待つ。

 相変わらず絶叫マシン染みた揺れだが、それでもルディが必死に船を制御してくれているおかげで、辛うじて甲板から放り出されることもなく、銛を構えていられる。


 巨体が十分に船に近づき、銛が刺せる距離まであとほんの少しという所で、漁師の一人が焦りからか銛を放ってしまう。

 それは俺から見ても早すぎたと分かるほどで、事実、銛は少し潜りはしたが大剣魚には届くこともなく、海面にプカリと浮かび上がってきた。


「バカ野郎!早すぎだ!」


「くっ、すまん!」


 逸ったのは今いる漁師の中では一番若い男だ。

 迫る大剣魚の姿にプレッシャーを感じ、つい我慢が出来なくなったのだろう。

 逃げ出さなかっただけ肝は据わっていたと言えるが、若さゆえに発射も早かったというところか。


 しかしこの銛が大剣魚の警戒心を煽ったのか、それまで撒き餌に誘われていた動きから船を狙った動きへとあからさまな変化を見せる。

 さっき獲物を捕食する一瞬に見えた限りだと、口にはびっしりと鋭い歯も生えていたようだし、船ごと俺達を食い殺そうとしているとしても不思議ではない。


「仕方ねぇ!全員銛を打て!すぐに仕留めろ!」


 やられる前にやれと、近づいてくる魚体に向けて次々と銛が打ち込まれていく。

 不幸中の幸いか、あの巨体が進路を船に向けたおかげで銛での狙いがつけやすくなり、放たれた銛の全てがその体に突き立った。


「よぉし!十分刺さったぞ!ロープを握れ!全員で引け!」


 後端には太いロープが結び付けられている銛は、これが突き立った獲物に対して船側の人間がロープを思いっきり引くことでその動きを著しく制限していく。

 さらに大剣魚の魚体を絡めとるように、網も投げ込まれる。


 屈強な男達がロープに群がり一斉に引くと、大剣魚もそれに対抗して暴れだし、船上と水中ではロープで結ばれた、まさに人と魚の格闘戦といった様相となっていた。

 なお、この綱引きには俺は加わっておらず、未だに銛を手に大剣魚を睨みつけている。

 俺には彼らとは別の役目がある。


 その役目とは、以前の漁で俺が見せた膂力を期待され、大剣魚にとどめの一撃を喰らわすことだ。


 バカげた腕力の漁師をもってしても、大剣魚のような大物は手に余るようで、ロープは徐々に水面へと引っ張られていく。

 このままだと先に力が尽きるのはこちらの方となり、ロープを持っている漁師はそのまま海中に引きずり込まれて魚の餌となる恐れがある。

 この状況をどうにかする手はたった一つ、大剣魚を完全に殺す以外にない。


「アンディ!やれ!」


 ルディに言われ、大剣魚のエラと目の間めがけて、力の限りに銛を突き込む。

 これだけ的が大きければ、外す心配もない。


 強化魔術によって人並外れた腕力を有している俺の一撃だ。

 音速に迫る勢いを与えられた銛は爆弾のような威力で頭部を吹き飛ばした。

 同時に、海面にもその勢いの余波が伝わったようで、船の帆柱を超える高さの水柱も生み出す。


 その水柱もすぐさま強風で散らされ、甲板上に豪雨となって降り注ぐ。

 漁師達は大剣魚を倒したことで、冒険者は突然発生した水柱と大量に被った海水でそれぞれ毛色の異なる絶叫を上げている。


「どうだ!?アンディ!」


 ルディに尋ねられた意味を理解している俺は、大剣魚の様子を窺ってみるが、頭を吹っ飛ばされて生きているわけもなく、波以外で大剣魚の体を動かしている力は存在していない。

 陽の光を浴びて銀色に輝く魚体は、もう死んでいる。


「…死亡確認!このままロープを引いてください!」


「わかった!野郎ども!一気に引き上げろ!おい冒険者!お前らもただ見てねぇで、上がってくる魚を切り分けるのぐらいは手伝え!そんぐらいはできるだろ!」


 船に対して大剣魚の体は幾分か大きすぎるため、海から引き上げながら切り分けるしかない。

 相変わらず人手は足りておらず、大剣魚が死んだのなら解体に加わってほしいというルディの願いが先程の叫びとなったのだろう。


 大剣魚という目に見える脅威が一つ去り、そして獲物として見れるものがあるのなら動くのが冒険者の性というもので、おずおずとだが漁師の輪の中へと加わっていった。

 この世界の海は船よりもでかい獲物と遭遇することも少なくないので、船には解体用の刃物も揃っているため、それらを手にした冒険者は解体を進めていく。


 船酔いでヘロヘロだったとはいえ、冒険者としての経験からか手際は悪くない。

 まだ揺れは激しいが、なけなしのプライドが原動力となって彼らを動かしているようだ。

 着々と甲板に積みあがっていく魚の切り身を、船倉へと運ぶのも冒険者の仕事なので、それもそちらに加わろうかと思ったが、視界の隅に見逃せないものが映った。


「ルディさん!大剣魚がもう一匹います!」


 深い位置を泳いでいるのか、魚影が見える程度だったが、その大きさから大剣魚がもう一匹いると気付く。

 いや、深度から推測する大きさを考えれば、ひょっとしたら今獲ったやつよりも大物かもしれない。


「んだとぉ!?こいつは一匹で動く奴だぞ!間違いないのか!?」


 大剣魚の生態を多少は知って居るルディが、俺の見たものを疑うような問いをするも、実際にこの目で見ているのだから間違いはない。


「ひょろ長い影が深いところを泳いでます!このまま通過……いや!浮上してくる!」


 今船上では大剣魚の解体で大忙しなので、二匹目を相手取る危険と手間を鑑みて、うまいこと船から遠ざかっていくことも期待したが、船に狙いを定めたような軌道の変化を見せ、急激に浮上してくるのがわかる。


 仮にこの魚影が大剣魚だとして、この勢いで船に当たったら船底は破損し、沈没の危険もある。

 それどころか、サイズから考えると口を開いて船ごと丸呑みということも考えられる。

 どちらにせよ、恐らくあと数秒の猶予しかなく、今すぐに対処しなくては。


 これだけのサイズで、しかも水中の相手を攻撃するなら雷魔術の出番だ。

 銛では威力が足りないだろう。

 だが、俺の魔術は暴走の危険をまだ拭えておらず、この狭い船の上でうかつに使えば、周りの人間に被害が出かねない。


 火種をつけるのですら集中してようやくなのだから、全力の雷魔術が果たして俺に制御できるのか不安はある。

 しかし、今やらねばいつやるというのか。


 うまく大剣魚の口から逃れられたとしても、船を沈められればどのみち俺達はおしまいだ。

 足搔けるのなら足搔くのが人間というもの。


 暴発を覚悟しながら、掌に電撃を発生させていく。

 以前の俺が出せる最高出力をあっさり超え、俺史上最大の雷が掌サイズに収まっているのは、恐ろしさと頼もしさを同時に覚えるが、形状と圧縮を維持する上でとてつもない集中力を要している以上、早いところ撃ってしまって楽になりたい。


「全員、目と耳をふさげ!」


 発射までもう一秒もないタイミングで、周りに警告をする。

 このレベルの雷ともなれば、音と光は尋常ではなく、他の人間にとってはフラッシュバンを焚かれたような刺激となることだろう。

 素直に従うかどうかは彼ら次第だが、一応警告だけはしたという事実を残しておく。


 そして、海面から飛び出さんとする所まで浮上して来ている大剣魚……じゃない!?


 てっきり大剣魚だと思っていたが、こいつはそんなちっぽけな生き物じゃない。

 厳めしさと邪悪さが極まったトカゲといっていいこれは、まさしくドラゴンそのもの!


 いかん、もう電撃は発射を止められない段階にある。

 このままだと、海面から顔を出したドラゴンに最高出力の電撃を浴びせてしまう。

 それで倒せればいいが、もし怒らせるだけとなってしまえば、俺達は海の藻屑となる。


 あぁ、何で俺はもっと確認しなかったのか。

 まさかこの世界で最も愚かな行為である、ドラゴンを攻撃するというのをやってしまうとは。

 後世にバカな行動として、この出来事が諺とかに残ったりしたらいやだなぁ。


 時間の感覚が圧縮れていく中、自分の迂闊さを呪いながら、スローモーションとなった俺の視界に、極大の雷が弾ける光が広がっていった。

 この光が晴れた時、果たして俺はどうなっているのか想像するのも恐ろしい。


 願わくば、この閃光の時が永遠に続いてくれないものだろうか。

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