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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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またまたまた精霊

 カリカリカリという乾いた音が小屋の中に響いていく。


 音の正体は、先程唐突に表れた大地の精霊であるリスが木の実を齧って出しているものだ。

 リスとしての体の本能からか、木の実を齧っていると落ち着くそうで、話をしながらの合間合間にそんな姿を見せてくる。


 仮初の肉体のはずだが、動物の姿をとるとこうなるというのはなんとも面白い。

 パーラなんかは、この小動物を構いたくてソワソワしていたほどだ。


「…とまぁそんなところか。結局のところ、君達の魔術が暴走したのは、幽星体が魔力と馴染みやすくなっていたせいだね。それ自体は悪いことではないけど、やっぱり慣れるまでは魔術を扱うのも慎重にならないと」


 そう言って、リスが再び木の実を齧るのに没頭していく。

 かわいい。


 大地の精霊に、今俺達の身に起きていることを尋ねた答えが先の言葉だ。

 やはりというべきか、こちらへ来た際に起きた幽星体の変化により魔術が暴走した、という推測が当たってしまった。


「はぁ…やっぱり、魔術は時間をかけて訓練しなおすしかないってことか。私らのこの歯とか耳もどうにもなんないのよね?」


「それに関しては、天人回廊を使った代償だというアンディの見解に僕も同意するね。急いでどうにかするのがむしろ危険だ。もう幽星体がそういう形で定着してるみたいだし、下手にいじるとより悪くなる可能性もある。ここはひとつ、パーラは獣人族の、アンディはエルフかハーフリングの血が遠い祖先で混じって、最近になって急に特徴が強まったとかそんな話にしたらいいさ。まぁ見た目の方は深刻にとらえることはないよ。…ところで、君達の体が魔力と馴染みやすくなった原因は知りたくないかな?」


 さらにリスが言うには、天人回廊を使ったことによる幽星体の変質はあくまでも俺達の肉体に起きた牙や耳といったもののみで、そもそもの魔術の暴走に係わる変質に関しては、別のところに原因があるという。

 口ぶりから、無窮の座での何かだと分かる。


「そりゃあ知りたいけど、原因ったって…なにかあったとしたら無窮の座でってことでしょ?けど、私達、向こうじゃ普通に過ごしてただけよ?…まぁあっちに行ってる時点で普通とは言えないにしてもさ」


「いや、君達は確実にある条件を満たしている。二人とも、天上の果実って聞いたことはないかい?」


「あ、それって、御伽噺に出てくるっていうあれ?」


「聞いたことぐらいはあるが、それがなんだってんだ?」


 御伽噺として知っているパーラと、以前ちょっと調べて知っている俺とでは天上の果実に対する熱は違うが、今はこのタイミングでそれを大地の精霊が口にしたことを訝しむ。


「君にしては察しが悪いね、アンディ。僕が言いたいのは、君達が天上の果実を食べたからこうなってるってことだよ」


 呆れたようにそう言われたが、俺とパーラは揃って首をかしげる。


「天上の果実…なんか食べたっけ?」


「さあ?…いや、食ったって言えば食ったか。ほら、グッコの実をさ」


 基本的に腹が減らない無窮の座では、ちゃんとした食事を摂るということはしてなかったが、唯一口にしたものとしてグッコの実があった。

 あれもまた果実ではあるので、もしかしたら大地の精霊はあれのことを言っているのかもしれない。


「あぁ、あれね。え、でもあれって無窮の座ならどこにでも生えてるって話でしょ?そんなのが天上の果実なの?」


 パーラの言いたいことも分かる。

 俺が伝承で聞いた天上の果実とは、天界に生えている特別な木にのみ生る実だという。

 食べれば不老不死になれるとか、神の力が手に入るとも言われていた、まさに神話の中の果実だ。


 一方でグッコの実は、俺達が借りていた小屋の裏手で普通に自生していた、無窮の座では珍しくもない木の実だ。

 毎朝の朝食に数個を食べていたし、何だったら果物茶にして飲んでもいた。

 そんなありふれたものが天上の果実だと言われても、俺もパーラも素直には頷けない。


「君達人間が伝承で残してる天上の果実ってのは、そもそもこれっていうのを指していないんだ。単純に、無窮の座に生えている木の実なら、全て天上の果実って扱いになる。神秘や伝承は、時に事実ではなくその過程をなぞることで力を与えてきた。今回も、天上の果実を口にしたっていう過程が君達の幽星体に変化をもたらしたってわけさ」


 なんだかわかったようなわからないような、しかし説明を聞いて一応の納得はできる。

 こっちの世界でも魔術にしろ儀式にしろ、成功させる条件として過程が重要視されている。

 正確な結果を得るにはきちんと正しい手順と状況をなぞる必要はあるが、強大な力を用いて大まかな過程を経れば、望むと望まざるにかかわらず、何かしらは起きるという事例が古今東西には数多く存在していた。


 今回の俺達も、こちらの世界から見た天上、つまり無窮の座に生えている木の実を食べるなら何でもよかったわけで、その過程を踏んだことで伝承にある強い力が手に入った、と。

 もっとも、神の力ではなく、扱いきれないほどに魔術が強くなっただけではあるが、それでも恩恵と呼ぶには十分だろう。


 思ったよりも壮大な原因だったことに驚くが、同時にこれは俺の手には負えないレベルの問題だと分かる。

 もうこの体とは仲良く付き合っていく未来しかないと、諦めとともに現実を受け入れるとしよう。


「そういえばさ、私らが無窮の座にいた時、大地の精霊もあそこにいたの?」


「いや、僕はずっとこっちにいたよ」


「なんで?精霊ならあっちにも普通に行けるだろうし、会いに来てくれてもよかったんじゃない?」


 パーラの言う通り、こっちの世界で普通に暮らしている精霊なら、無窮の座にも行けるはずだし、せめて光の精霊がしでかしたことの弁明でもしに来てほしかったところだ。


「そりゃあ行けないことはないけど、僕達こっちに根を張る精霊ってのはあんまりあっちに行かないんだ。いや、別にあっちとこっちで仲が悪いってわけじゃないよ?ただねぇ…」


 大地の精霊が弁解するように加えた言葉によれば、元々下界にいる精霊は大昔に無窮の座からやってきて、さらに長い時間をかけて定着した者ばかりだそうだ。

 精霊が言う大昔なのだから何百年、下手をすれば何千年も前から下界で過ごしていたことになる。


 そんな下界の精霊と無窮の座の神や精霊では、何事にも感覚のズレというものがある。

 無窮の座からも時折やってくる精霊や神とは、それなりに交流がある者もいるため、誘われれば一緒に無窮の座に行くこともあるが、大地の精霊から言わせれば無窮の座は退屈すぎるのだとか。


「居心地は悪くないどころか、むしろいいんだ。元々いた場所だからね。けど、やっぱりやることが酒を飲んで騒ぐだけってのはどうにも…。こっちの方が面白いことは多いからどうしてもね」


「だから私らがあっちにいた時も、姿を見なかったんだ?」


「まぁね。そもそも無窮の座に行ってたとしても、会えてたかは分からないよ。あそこも無駄に広いから」


 俺達にはわからない事情があって、大地の精霊は顔を見せなかったのかとも考えたが、こうして聞く限りではそれほど重大な理由でもなさそうだ。

 俺達には精霊同士の関係や感覚というのはよくわからないので、その辺りの機微についてはあまり追及する気にもならないな。


「話は変わるが、俺達がいなくなってからのことについて聞いてもいいか?具体的には、巨人のその後についてだが」


 ここまで俺達のことについて話を聞いてきたが、帰ってきた答えのどれもが手放しで喜べるものではなく、そろそろ別の話をしたくなった。

 おあつらえ向きに、聞きたいことはまだまだある。

 その中でも、特に気になっていたのは、やはりあの後巨人がどうなったかについてだ。


 精霊核晶を破壊し、動力となっていた光の精霊がいなくなったのなら、巨人は確実に活動停止となったはずだが、それでもそこそこの期間を戦っていただけに、その後を聞かずにはいられない。


「ふむ、あれか。まぁ教えてもいいけど、あまりいい話じゃないよ?」


 リスの姿のまま、吐き出された言葉はどこか冷たさがある。


「…どういうことだ?」


「君だって考えなかったわけじゃないだろう?今のこの世界の文明にとって、動かなくなった巨人の体がいかに貴重な遺物足りえるか」


「そう言うってことは…」


「うん、想像通りだと思うよ。君達がいなくなって暫くして、アシャドルとソーマルガ、それに後から援軍としてやってきたマクイルーパが、巨人の体の所有権をめぐってもめたんだ」


「ちょっと待て。マクイルーパが?あそこは戦闘に参加してなかっただろ。何で所有権でもめる?」


 アシャドルにとっては古代文明の結晶ともいえる巨人の体は研究用にもぜひとも確保したいところだし、ソーマルガも援軍を送った見返りとして、巨人の体を一部でも持ち帰りたかったはずだ。

 ここでアシャドルが共同研究でも申し出ればよかったかもしれないが、ただでさえ技術格差が大きい相手だけに、自国の優位を狙って独占しようとしたのだろう。


 そこにマクイルーパも絡んできたら、きっと色々と話がややこしくなる。


「僕もちょっと聞いた程度だけど、アシャドルはソーマルガにしていたように、マクイルーパにも援軍は要請していたらしいんだ。けど、ソーマルガと違って移動の速度がいまいちだったから、やってきたときにはもう戦いが終わってたってわけ」


「あ、私分かっちゃった。そのマクイルーパからの援軍の人達、『わざわざやってきたんだからお礼を寄越せ、丁度いいところに巨人の体がある、よし、これをもらう』ってなったんじゃない?」


 ピンときたという顔で横からパーラが口を挟んだが、それを聞いて俺もその可能性は高いだろうと考える。

 いざ援軍でやってきて気が高ぶっているのに事はもう終わっていて、不完全燃焼でしかも損耗もしていない兵士を抱えているとなれば、でかい気持ちになってそれぐらいは言いそうだ。


「パーラ、大体正解。僕が聞いたのも、そんな感じだったよ。あのマクイルーパの指揮官、若いけど中々野心的な男だと見たね。まぁ頭でっかちで世慣れしていないのが残念ではあるけど」


 姿を消してでもして直接見たのか、その人物評は実感がこもっており、どうやらその指揮官は良くも悪くも大した人物のようだ。


「かー!やだねぇ~。危機が去った途端、今度は人間同士で揉めるなんて。私ら、何のために戦ったんだかわかんなくなるよ」


 国家が国益を追求するのは仕方のないことだとはいえ、実際に命を懸けて戦った立場からすれば、パーラの言いようはまったくもって正しい。

 しかし同時に、一つの戦いが終わったら戦果を巡って争うのもまた人の業というもの。


「そう言うなって。戦後処理で国が揉めるってのはよくある話だ。少なくとも、巨人との戦いに居合わせた連中の志は高かったろ」


「それはそうだけど…でもさ、マクイルーパはともかくとして、ソーマルガが揉めてるってのはなんか変じゃない?巨人の体を巡って他国で揉めたりするかな?あのミルリッグ卿がよ?」


 パーラの中ではマクイルーパの評価が随分低いようだが、あの国とは過去にちょっと揉めたのだから仕方ない。


 それはともかくとして、俺もパーラも、アルベルトとは共に飛空艇で旅をしてきた間柄、その為人を多少なりとも知っている。

 そのアルベルトならそれなりに政治的なセンスもあるだけに、国益のためにというより、国家間の友好関係を優先し、現場でのもめごとは避けようとするはずだ。


「君が言っているミルリッグ卿って、確かあの巨大な飛空艇でやってきた指揮官だっけ?彼なら国に帰ったよ」


「え?そうなの?」


「うん、巨人を倒してからしばらくしたら、ソーマルガから代わりの人間が来てね。それまでは君達の行方を捜してたらしいだけど、帰国の命令が下ったみたいで、ソーマルガ号と一緒に帰っていったよ」


 元々巨人討伐のための援軍として来ていただけに、用が済めば帰国するのは当然なのだが、普通ならアシャドル王国と協力してそのまま復興支援に移ったりという展開もあったりする。

 しかし、近衛騎士の本業は王族の守護だ。

 アルベルトも戻れと言われては、他国に残るという選択肢は取りにくかったのだろう。


 しかしそうか、アルベルトは俺達を探してくれていたのか。

 あの時、巨人との戦いの最中に姿を消したとなれば、戦闘中の行方不明として死亡認定がなされるものだが、それでも生きている可能性を信じてくれていたことには胸が熱くなる。


「あ、思い出した。ちょっとさぁ、私ら、言いたかったことがあるんだけど」


 アルベルトの思いやりに感謝していると、パーラが眦を上げて大地の精霊へと詰め寄っていく。

 絵面としてはリスを虐待しているように見えかねない危険な構図だ。


「おや?なにかな?」


「精霊核晶のこと!あれを壊したら巨人は死ぬってアンディに言ってたけど、実際は急に出てきた光の精霊が、私らを無窮の座に飛ばしたんだよ?ああなるって言わなかったこと、騙してたんじゃないでしょうね」


 あの時は、光の精霊がああいう行動に出るなど微塵も教えてもらっていなかったせいで、あそこで死ぬとも思ったんだったか。


「あぁ、あれか。いや、あれに関しては僕も予想外だったんだよ。まさか、光の精霊がまだ自我を保ってたとは思わなくってさ。ただ言い訳をさせてもらえば…」


 大地の精霊の見立てでは、光の精霊は巨人の動力として存在しているのみで、精霊核晶を壊せば解放されるというのは本当に嘘ではなかったらしい。

 予想外だったのは、最後の最後に、光の精霊が自我を蘇らせたか残していたことだけだった。


 つまり、俺達をだますつもりは最初からなく、あくまでもあれは光の精霊が勝手にやったことだという。

 原初の精霊として絶大な力を持つだけに、弱まっていても人間二人を無窮の座へと送り込むことぐらいはでき、やってしまったことはどうしようもなかった。


「ああなる可能性は全くないってことはなかったけど、まずありえないほどに低い可能性だ。予測はできなかったから、あえて言わなかっただけなんだよ。まぁ結果として起きた以上、悪かったとは思うけどさ」


「…どう思う?」


 疑うように目を細めながら、俺へそう尋ねてくるパーラだが、返す言葉はもうとっくに決めている。


「ま、嘘は言ってないし、実際、ガルジャパタも同じようなこと言ってたが」


 俺達が無窮の座へと飛ばされたことに関しては、大地の精霊に責任はないというのはガルジャパタからそれまでの経緯を聞いて俺の中では結論が出ていた。

 こうして本人の口から直接聞き、話の整合性も確認できたし、謝罪の言葉も聞けた。

 だから、この件はこれでもういいだろう。


「とりあえず、あんたが俺達を騙そうとしてなかったってことは分かった」


「当然だろう。騙す理由がない」


「騙さない理由もないけどね」


 大地の精霊の言葉にパーラがもっともなことを言う。

 精霊はその前提として嘘をつかないと言われているが、それは必ずしも騙さないということにはならない。

 世の中、真実さえ言わなければ騙せる仕組みの方がずっと多いのだ。


 パーラの言葉を受け、一瞬息を呑んだ大地の精霊だったが、それを受け流すようにして木の実を齧るのに集中していく。

 かわいい。


 この仕草が、結果として騙したことへの後ろめたさからだと考えると、精霊も意外と人間臭いもんだ。


「…話を戻そう。あと聞きたいことは…そうだな、俺達の飛空艇がどうなってるかってことと、ギルドが死亡認定をしてるかってことか」


 アルベルトが現地にいれば、俺達の飛空艇も預かってもらえていただろうが、帰国しているならどうなったのかが気になる。

 俺達が死んだと思われているなら、ソーマルガに持ち帰ったのかもしれない。

 元々そういう約束でレンタルしている、という体でもあったしな。


 さらに、冒険者として俺達が現状、どう扱われているのかも知りたい。

 ギルドが死亡認定をしているのなら、届け出がされたギルドに直接行って生存の報告をする必要がある。

 今手元にあるギルドカードも、仮に死亡認定がされていれば使い物にならないため、なんとかしなくてはならない。


「なるほど、その二つは僕もちゃんと調べてるから安心してくれ。じゃあまずは飛空艇から」


 それまでリス然としていた大地の精霊も、こちらへ視線を戻して一つ一つにしっかり答えてくれた。


 飛空艇に関しては、アルベルトの帰国と共に、ソーマルガへと持っていかれたそうだ。

 これは接収とかではなく、俺達が行方不明とされたことによって、所有権が一時的にソーマルガ皇国へと戻ったがための措置になる。


 未だ機密の塊であり、性能は現行の飛空艇の中でもトップクラスとなる俺達の飛空艇は、そのままアシャドルに残しておけるわけもなく、アルベルトが持ち帰ったのも当然の判断だ。


「とはいえ、君達は無事に戻ってきたんだし、ソーマルガに行けばすぐに返してもらえるだろう。ただし、ギルドで受理された行方不明者の認定を撤回させた上での話だけど」


「えー…受理されちゃったんだ」


「僕は直接見たわけじゃないけど、丘合いの陣地にいるセイン、彼女がそう処理するように指示してたからね。死亡届じゃないってところが泣かせるじゃあないか」


 精霊が泣くなどと殊勝なことを。

 そんな感情と最も遠い存在のくせに。


 丘合いの陣地では最高責任者と言っていいセインが手配したのなら、きっと問題なく受理されたはずだ。

 セインのことだし、そうして俺達の死亡を認めたくがないために、死亡届ではなく行方不明者としての処理をしたのかもしれない。

 役人として冷徹な面を見せることも多いセインだが、心根は愛情深いため、きっと悲しませてしまっただろうな。

 本当に、済まないと思う。


 無事だということを彼女にも早く知らせたいものだ。


「てことは、その受理されたギルドに私らが行って、撤回を申し出なきゃならないんだよね?行方不明者から死亡認定に確定されるまでって、どれぐらいの猶予があるんだっけ?」


「確か三十日ぐらいだったか?行方不明者として捜索が続けられてればまだ延びるはずだが」


「三十…え、それってもう過ぎてない?だって私ら、無窮の座に結構いたけど…」


「ああ、かなりまずいな…」


 パーラの言う通り、俺達は無窮の座に二カ月弱は滞在していた。

 アルベルトが俺達を捜索していた時間を加味しても、時間の経過を考えれば死亡認定はとっくになされていて、登録情報も抹消されているだろう。


「心配いらない。君達の死亡認定はまだ確定していないよ」


 冒険者としての実績が水の泡となっていることに青ざめていた俺達だったが、大地の精霊のその言葉で顔色が変わる。


「それってどういう…ギルドの決定に精霊のあなたが口を挟んだってこと?」


 信じられないという顔でそう言うパーラだが、それはあり得ないと俺は思っている。

 精霊は人間との関りを極力避ける傾向にあるため、ギルドに俺達のことで干渉するわけがないのだ。

 そんなことをしたら、伝説やおとぎ話でのみ語られる精霊の存在が大々的に知られ、大きな混乱を招くことになるだろう。


「そんなわけないだろう。単純に、まだ探している人間がいるんだよ」


「まだ探してって、誰がだ?ミルリッグ卿はもうソーマルガに帰ったんだろ?」


「もしかして…セインさん?」


「いや、セインはまだあそこでやることが山ほどある。君達を探す暇なんかないさ。そうじゃなくて、イーリスだ。彼女、未だに君達を探して、巨人の周りを掘り返したりしてるよ」


「イーリスさんが?なんでまた…いや、そのおかげで死亡認定されてないからありがたいが、俺達は死んでる可能性の高い行方不明者だぞ?未だに探すのはなんでだ?」


「簡単さ。君達の遺体がないからだよ。それこそ、体の一部どころか装備の一つもないからね。流石におかしいと思って、彼女らもあちこち調べたってわけ」


 巨人が倒れてから、戦死者や行方不明者を探す作業が行われた中、俺とパーラが最後に目撃された巨人のうなじ付近を、アルベルトとイーリス、グロウズの三人は真っ先に探したらしい。

 死んでいるにしろ、せめて遺体ぐらいはと思ってのことだが、そこにあったのは砕けた精霊核晶の破片のみで、俺とパーラの死体はもちろん、噴射装置に代表される特殊装備類が欠片一つとして見つからなかった。


 他の人間は原形をとどめていないにしろ、体の一部や個人の判別ができる程度には遺体が残っているのに、俺達が何一つ残っていないのはおかしいと、三人は探索を切り上げられずにいた。

 アルベルトとグロウズは国に呼び戻されていなくなったが、比較的自由に動けるイーリスは捜索を今でも続けているのだそうだ。


「戦友としての友情のなせる業かねぇ。彼女が今日まで探索を続けてくれていたおかげで、君達の死亡認定は先延ばしにされて、冒険者としての情報は抹消されていないんだからさ」


「確かに…。こりゃあイーリスさんに心底感謝しないとな」


「感謝もだけど、早いところ私達が無事だって教えてあげようよ。心配してるだろうし、意味のない捜索も早くやめさせないと」


 俺もパーラも巨人の近くで眠ってなんかいないので、徒労を重ね続けるイーリスを早く解放させてやりたい。


「なら、イーリスさんとセインさんに宛てて、こっちの状況を書いた手紙を出すか」


「うん、そうしよう。後は誰かに届けてもらえば…」


 俺達が直接行ってもいいが、飛空艇はもちろん、バイクも噴射装置もない今の状態では移動速度は並の旅人と変わらないため、伝達が多少は早い手紙をまずは出したほうがいい。

 差し当たり、誰に託すかを考えた時、俺とパーラは揃って目の前にいる超常の存在に目が留まる。


「…ねぇアンディ、精霊って色んな所にあっという間に移動できるんだよね?」


「そうだな。ソーマルガからアシャドルまで、一瞬で姿を現せるって話だ」


「だったら、手紙を預ければすぐに相手に届くよね」


 同じものを見て、同じことを考えた俺達は、ズバリ、この精霊をメッセンジャーにしようと、そんなことを考えたわけだ。

 あちこちにほぼ時間をかけずに現れることができる精霊なら、この世のどんなものよりも速いスピードで届け物をしてくれるに違いない。


「……え、もしかして、僕が手紙を運ぶの?あーダメダメダメ!」


「なんでよぅ!ちょっとくらい協力してもいいじゃない!」


「あのね、何度も言ってるけど、僕らは人間とあんまり深いかかわりを持っちゃダメなの!『お手紙を届けに来ましたー』なんて人前に現れたら、僕が他の精霊に叱られるんだから!」


「お前、叱られるのか…」


 これだけ力を持った精霊が叱られるとは、なんとも世知辛いな。

 いや、同じ精霊に叱られるのなら、さほどおかしくもないか。


「うっ…だって、最近人間と付き合い多いって、他の精霊にも言われちゃっててさ。ここで手紙の配達までして他の人間の前に姿を見せたら、次は何を言われるか…。もう小言はいやなんだよ」


「大丈夫だって。ちょちょっと行って手紙を置いてくるだけでいいから。何も人前に姿を見せろとか言わないよ」


「急にどこからか紛れ込んだ手紙で、君達の無事を知らせて信用されるとでも思ってるのかい?」


 言われて、俺もパーラも言葉に詰まる。

 確かに伝達速度を考えれば、精霊に配達を頼むのがいいのだが、手紙の信頼性という点では問題がある。

 誰かが足を使って届けたものと、煙のように突然現れたものでは、明らかに後者の方が胡散臭い。

 しかもその内容が、現在探している行方不明者の無事を知らせるものだとすれば、俺なら何かのいたずらか罠だとして破り捨ててしまいそうだ。


 これでセインかイーリスにでもわかる何らかの符号や、俺達の字の癖が把握されていれば話は違うがそんなわけもなく、これでは精霊郵便は使うのはあまりよろしくない。

 やはり真っ当な方法で手紙を送ったほうがよさそうだ。


「その顔だと分かってくれたみたいだね。まぁそんなわけだし、君達も早いとこアシャドル王国を目指すといいよ。あ、ちなみにここがどこかは分かってる?」


「いや、どっかの山だってぐらいだ。ただ、南に人が住んでるかもしれないってとこは突き止めてる」


 日が暮れる前に、南に見える水辺近くで複数の煙の柱が立つのを確認している。

 恐らくそこに集落でもあるのだろうから、明日になったら、山を下りてそちらへ向かうつもりだ。


「まぁあっちに村があるのは確かだけどね。そもそも、ここが君達が知っている、ソーマルガやアシャドルがある大陸とは別の大陸だってことは?」


「え、ここ、違う大陸なの!?」


 大地の精霊が口にした言葉に、パーラが驚いて大声を上げた。

 俺も驚いてはいるが、その可能性を全く考えていなかったわけではないので、パーラほどの驚きはない。


「やっぱり気付いてなかったんだね。ここは君達の知っている大陸から東にある別の大陸さ。この辺りは開拓の手もまださほど入っていないけど、一応スワラッド商国の支配域に含まれてる」


「スワラッド商国…ってどこだっけ?聞いたことはあるんだけど…」


「前にソーマルガ号のお披露目の時に来てたろ。ほれ、あのでかい帆船の」


「あぁー…ごめん、覚えてないや」


 パーラも首をかしげる程度には、スワラッド商国の名前に聞き覚えもあるようだが、その存在を知ったのは俺と同じ、ソーマルガ号のお披露目パーティでアイリーンから少し教えてもらっただけなので、そんなもんだろう。

 俺だって言われて初めて、頭の隅から記憶が蘇ったぐらいだ。


「しかしスワラッド商国が海洋国家とは聞いていたが、まさか別の大陸に国があったのか?」


 てっきりソーマルガに船で来れるぐらいには近い場所にある国だと思い込んでいたが、別の大陸から来ていたとは驚きだ。

 なんとなく、どこかの島国をイメージしていた。


 なにせこの世界の大陸間は、荒れ狂う海と強力な海の魔物によって航行の危険が陸の比ではないため、大陸同士の交流はないものと思いこんでいたぐらいだ。


「いや、スワラッド商国って国は、二つの大陸に国土があるんだ。こっちの大陸とあっちの大陸、二つを行き来して商売をしているのも、そういう特徴を生かした結果だろう」


 なるほど、そういう事情ならソーマルガに来た船も、こっちの大陸からではなく向こうの大陸にあるスワラッド商国の領地から出発した口だったのかもしれない。


「さて、もうわかってるとは思うけど、君達がソーマルガに戻るなら、海を渡らないとダメだ。だからまずは大陸へ船を出してる港を目指すといい」


「そんな港あるの?」


「あるさ。国土が海を挟んで離れてる国だからこそ、必ず船を行き来させる必要がある。どうにかその船に潜り込むかできれば…」


「おい、まさか密航しろってか?」


 俺は犯罪に手を染めたことが…ないとは言わんが、なるべくなら避けてきた男だ。

 まさか精霊に犯罪をそそのかされるとは、この世界もひどいものだな。


「やり方は君達次第さ。正攻法でも絡め手でも好きにしたらいい。けど、ソーマルガに戻るにはそれが一番手っ取り早いと思うけどね」


 現状、飛空艇もバイクもない俺達は、船を使ってドンブラコとソーマルガを目指すしかない。

 まさか大陸からして異なるというのは驚きだが、同じ星、同じ空の下だと思えば悲観するのはまだ早い。


 とりあえず、大地の精霊に言われた通り、港を探すしかないか。


「さて、そろそろ時間だ」


 港の位置を詳しく聞こうとしたその時、名残惜しそうな様子で大地の精霊が言った。


「は?いや、まだ聞きたいこと―」


「ごめんよ、こっちに僕が顕現するのも結構無茶しててね。この小動物の姿で何とか消耗を抑えようとしたけど、ここらが限界みたいだ。僕はしばらく君達の前に出れなくなるけど、無事の航海を祈ってるよ」


「ちょ」


 俺が手を伸ばしたのと、早口で言い切ったリスの姿が掻き消えるのはほぼ同時だった。

 小屋の中には俺とパーラだけが残っており、大地の精霊は去ってしまったようだ。


「…行っちゃった。来るのも急なら、帰るのも急だったね」


「まったくだ」


 図らずも、俺とパーラの溜息が重なる。


 まだまだ聞きたいことがあったというのに、あっさりといなくなるとは。


 まぁ去り際に言っていた通り、大地の精霊というだけあって海を跨いで顕現するのが大変なようだし、時間切れならどうしようもない。

 今回、リスの姿だったのも省エネのためだったらしいし、そこまでしてでも俺達の所に来てくれたのは、素直に感謝すべきか。


「せめて港の位置ぐらいは教えてほしかったな」


「あー、確かに。でも、港なら海を目指せば見つかるんじゃない?もしかしたら、南に見えてる水面って海かもしれないよ」


「その可能性はあるな。こうなると、せっかく見つけた人の住処の痕跡より、港を探すのを優先したほうがいいのか迷うな」


「えー?そう?まず今日見つけたところを目指して、そこに人がいたら港の位置を聞いたらよくない?」


「普通に考えるとそうなんだが、なんだかなぁ……まぁいいか。そんじゃあ、明日は山を下りるし、今日はもう休もう。色々と話を聞いたりして疲れたし」


「そうだね。見張りとかどうする?」


「見張りな…この薪で交代の時間を計ろう。一本ずつくべて、五本燃え切ったら片方を起こすって感じ」


 確保していた薪を何本か寄せ、タイマー代わりに使うことにする。

 太さと長さ、水分の残り具合から、大体一本燃焼しきるのに三十分ぐらいか。

 交代で仮眠をするにはいい時間だ。


「いいんじゃない?最初はどっちから寝る?」


「俺が先でいいか?小屋を作るのに魔力を結構使っちまってさ、もう大分へとへと」


 暴走していたとはいえ、小屋以外にも土のオブジェを失敗作として大量に作ってしまったため、実は魔力が結構カツカツだ。

 パーラには悪いが、回復のためにも先に眠らせてもらいたい。


「わかった。じゃあ時間が来たら起こすから。あ、これ使う?」


「お、悪いな。借りるわ」


 無窮の座で来ていたトーガ風の服をバラし、一枚の布として使えるようになったそれをパーラが借してくれた。

 焚火があるとはいえ、山の高さもあって肌寒さを覚えている中、これなら毛布替わりにして暖かく眠れる。

 衣服以外、寝具すら持っていなかった俺達は、そのありがたみを今夜かみしめることになるだろう。


 横になって目を閉じると、すぐに眠気がやってくるが、同時に空腹も思い出してしまった。

 一応、近くを探索して食べられる野草や低木から木の実なんかを採取して口にしてはいたが、量的には満足がいくものではなかったため、どうしても腹が減ってしまう。


 しかし、眠気の方が今は勝っているので、空腹の中でも、閉じた目の内側は暗さを増していった。

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