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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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ユノツァルの壊し屋

 マクイルーパ王国にユノツァルと呼ばれる地方がある。

 そこには西方の国境と定めている大森林を睨むように、かつて対アシャドル王国に備えた巨大な要塞が存在していた。


 ユノツァル要塞とも呼ばれていたそれは、戦乱の気配が感じられなくなった時代においても侵攻の野心を育むように改築と補強が続けられ、一時はマクイルーパで最も堅牢な砦と謳われるほどだったという。


 最後に戦争らしい戦争が起きてから百年以上経っても、準戦時と定めて大勢の兵士がその砦には詰めていたというのだから、マクイルーパの防衛意識の高さはかなりのものと言っていい。


 ある時、砦に常駐していた兵士が近隣の村で暴れるという事件が起きた。

 兵士は酒に酔っていたようで、村娘を攫おうとしたところを村人達に止められ、それに怒って剣を抜いたという。

 これにより村人にも少なくない死人が出たのだが、砦側は兵士の責を問うことは無く、むしろ村人達に治安を乱したという理由で罰を課してしまう。


 当時のマクイルーパ王国は民に重税を課して砦の維持と改修を行っていたため、戦争もないのに軍備を増強するばかりの国に、クーデターが起きる一歩手前まで国民の不満が溜まっていたという。

 そこにこの事件が起き、国民のそれが一気に噴き出すこととなる。


 事件のすぐ後、ユノツァル砦の周辺にある村の代表達が、件の兵士を正しく裁くようにと砦へ直訴に訪れた。

 ここで兵士に厳しい処罰をしていれば、砦の責任者の株も上がったかもしれないが、あろうことか、集まった人間を王国への反逆者だとして皆殺しにしてしまう。


 何故そうしたのかはいまだにわかっていないが、当時の砦を取り仕切っていたのは貴族ではなく、病死した将校に代わり、促成で下士官となった、いわば一般兵に毛が生えた程度の人間がトップに就いていたそうで、その下の兵士達も統率は酷いものだったようだ。

 そもそも指揮官のモラルが欠如していたのか、ほとんど山賊の集まりと変わらないと、周囲からは見られていたらしい。


 そんな人間達だから、物事を深く考えずに暴力で解決しようとして、罪もない人間を殺してしまったわけだ。


 元々兵士による狼藉に怒っていた村人達は、これでさらに怒りを増して砦へ殴り込む姿勢を見せると、砦側は怒れる村人がやって来る前に門を閉ざしてしまう。

 この時、義憤からか村人に同調し、近隣から集まった人の数は砦にいる兵士の数を優に超え、砦側に防衛を選択させるほどだったという。


 堅牢さで名が知られるユノツァル要塞は、当然防衛用の装備も充実しており、一度内に籠ってしまえば人間程度では外からはどうにもできず、よもや攻城兵器など持ち得ていない村人たちは、ただ見ているしかなかった。


 そのまま砦と村人によるにらみ合いに移り、マクイルーパ王国の上層部が事態を察知するまでは進展はないと思われていた所に、一人の少女が立ち上がる。

 城壁から顔をのぞかせる兵士と村人の視線が向き合う中を悠々と歩き、砦の前へとたどり着くと、何を思ったか、その小さな拳を一つ振り、目の前の重厚な門へと叩きつけた。


 巌のような門とおもちゃのような拳、見ていた誰もがその行動の意味を計りかねていたが、次の瞬間、そこにいたあらゆる人間の予想を裏切る光景が生み出される。


 天と地を恐れさせた揺れ、世界の終わりを告げる大地の悲鳴、様々な表現が人伝に残されているが、辺りに響き渡った轟音と空気の波に、皆一様に尻もちをついたという。


 音の正体は少女の拳が砦の門との衝突によって起こされたもので、その衝撃は城壁にまで罅を刻むほどの被害をもたらした。


 後の調査では、この門は老朽化してはいたものの、破るには破城槌で最低でも八度は叩く必要があると判明し、このことによって少女の拳は、一撃で破城鎚八発分に相当すると結論付けられている。


 たった一発、それも軽く振るわれた拳で門を破壊された砦の兵士達は恐慌状態に陥り、少女が二度目に放つ拳の構えをとった瞬間にあっさり投降したという。


 門を開け放ち、粛々と砦から出てくる兵士達だったが、その内の一人がごく自然な動きで少女へ近づくと、突然剣を抜き、その凶刃を振るわんとした。

 投降を偽り、卑怯な手で少女を害そうとしたのは完全にこの兵士の暴走なのだが、小さな体が鮮血と共に両断されるのを誰もが想像しながら、ついぞその瞬間は訪れることはなかった。


 なぜならその兵士は、剣を振り上げた瞬間、少女の振るった拳により、液体と肉片に姿を変えて辺りに散らばったからだ。


 破城鎚八発分の威力が一瞬に込められているパンチだ。

 たとえ鎧を身に着けていようが、普通の人間が食らえばそうもなろう。


 これにより、要塞側の兵士も戦意を完全に喪失。

 兵士達の身柄と砦を村人達が抑え、その後決して短くない月日が経った頃に、ようやく国の中央から派遣されて来た役人によって、ユノツァル要塞における騒動は一応の終焉を迎える。


 その役人は真っ当な人間だったようで、この騒動における原因と結果を正しく判断し、砦の責任者は周辺の村へ行っていた非道に加え、砦の資金を横領していたことも発覚して即座に処刑された。


 その際、一緒になって悪事を働いた兵士達も厳罰に処され、多くの欠員が出たことと、門の破損を理由にユノツァル要塞は放棄が決まる。

 村人達はお上に逆らったということでは罪に問われかけたが、情状酌量の余地を認めたらしく、厳重な注意で済んだという。


 このあたり、村人を厳しく罰することで本格的な反乱に発展するのを嫌った、現場の判断もあったのかもしれない。


 砦を破壊した少女の方も、国の防衛設備を破壊したことに対する罪に問われるはずだったが、どういうわけかマクイルーパ王国は少女の罪を一切不問とした。

 裏で何らかの取引があったのか、あるいは少女が罰せられることのない身分にいたのか未だに分かっていない。


 しかし、この事件を境にユノツァル周辺で賊や魔物から民を守るために戦う少女の姿がたびたび見られたことから、マクイルーパ王国が少女を味方に取り込んだのだと言われだした。

 こうして、『ユノツァルの壊し屋』という名前が畏敬の念で広まっていったそうだ。







「というのが、今から六十年前の出来事。で、そんなことがあって彼女についた二つ名が『ユノツァルの壊し屋』ってわけだ」


 飛空艇の停泊所へ向かいながら、グロウズからイーリスについての説明を受けた。

 隣に並んで歩くアルベルトが特に異論を挟んだりしないことから、このとんでもない逸話はそこそこ有名なものであるようだ。


 セインの反応も見たいところだが、この陣地で最上位の責任者である彼女はやることも多く、一緒には来れなかった。


「話を聞く限りだと、壊し屋って言うか殴り屋って感じだな」


「まぁ壊し屋ってのは、あくまでも砦を壊したことで付いた二つ名だしね。実際、イーリスは武器と呼べるものは使わず、常に体一つで戦う。使う武器が彼女の力に耐え切れず、どれもすぐ壊れてしまうらしい。だから殴り屋という呼び方も間違っちゃいない」


「あのユノツァルの壊し屋をもってしても、巨人は倒せないのだな」


 俺よりも壊し屋について詳しいアルベルトには、イーリスが加わっていながら未だ活動を続ける巨人に驚いているのが声からわかる。


「いや、実はイーリスの拳撃はかなり有効なんだ。剣や槍なんかじゃすぐ回復してしまうけど、打撃に関してはよく効くらしい。あくまでも巨人の様子から見ての話だがね。けど、そのせいであの巨人はイーリスを警戒するようになった。彼女の姿を見つけたら、他の人間よりも優先して、近付かせまいと手足を振るってくるそうだ」


「ほう、あの巨人、脅威度の優先順位を付けられるのか。でかい図体のわりには考える頭があるようだ」


 巨人から見れば俺達人間は取るに足らない存在かもしれないが、その中で特にイーリスを脅威とみなすとは、それだけ彼女の強さが飛びぬけている証拠だ。

 そして、それを理解するだけの思考をあの巨人が行えるということでもある。


「だからさ、なにも飛空艇を寄こせって言ってるんじゃあないのよ?ただちょっぴり中に入って、どんなのか見せてもらえればそれでいいだけなの」


 飛空艇の近くまでやって来ると、人だかりの中から女性の声が聞こえて来た。

 どうやらあそこでひと悶着起きているようで、俺達をここまで先導してきた副官の女性も、困った表情で声の発生源を手で指している。


 飛空艇を中心にしてテントが並ぶ中、ソーマルガから来た兵士を背にパーラが、眼前に佇む緑髪の少女に相対している。

 恐らく、あれがイーリスだろう。


 聞いていた通り、鮮やかな緑色の髪の毛をしており、おまけに身長もかなり低い。

 セミロングの髪型に、前髪を斜めにパッツンと切りそろえている奥に見えるその顔は、釣り目気味なせいか勝気そうな性格に思える。

 八重歯が覗く口元のせいで、一層幼くも見えてしまう。


 冬ということで厚手の布をふんだんに使った服を纏っているせいか、体の起伏は分かり辛いものの、見た限りでは女性らしさはやや弱いシルエットに見える。

 少し表現は失礼になるが、いわゆるお子様体形という奴だ。


 十人が十人、イーリスを可愛げのある少女だと言うだろうが、あれで砦を拳一つで降伏させたというのだから、必ずしも強さは見た目に依存しないという、この世界における一つの例だな。


 グロウズは彼女を見た目通りの年齢ではないと言っていたし、あれで成人しているとしたらハーフリングという可能性もある。

 少なくとも六十年前にも少女と呼ばれていたのだから、彼女も長命な種族なんだろう。


 見た所、エルフのような特徴もなく、普人種と変わらないようだが。


 そのイーリスの方は大勢の兵士に半ば囲まれている状況でも平然としており、その点だけ見れば肝の据わり方は大したものだ。


「いやでも、飛空艇の中には色々見せられないものもあるし。それにここの責任者は今出払ってて、私の一存じゃ…」


 グイグイと来る相手に対し、パーラは自分が責任者ではないことを盾にして断っているが、その判断は正しい。

 飛空艇の貨物室には、先遣隊の面々が使う道具や武具が詰め込まれており、そこに他国の人間を勝手に入れていいわけがない。


 ここに到着した時点で貨物の管理はソーマルガの人間に引き継いだが、それでもまだ搬出していない分に関しては飛空艇の持ち主である俺達が責任を負うべきだろう。

 そうしろと言われているわけではなく、気持ちの問題でだ。


「こらイーリス!君はまた、どうしてそういつもいつも騒ぎを起こすんだい!」


「あら、鞭男(むちおとこ)。あんた、いっつも私のとこに来るわね。なに?好きなの?」


 ニヨニヨとした笑みを浮かべるイーリスの、なんとまぁウザい顔だこと。


「君が騒ぎを起こすたんびに、僕が抑えに駆り出されてるんだ。それとその鞭男ってのはやめなよ。ちゃんと名乗ったんだから名前で呼べ」


「えー?鞭を使うから鞭男でいいじゃない。分かりやすいでしょ?」


 俺達の中からまずグロウズが一歩踏み出し、険しい顔でイーリスを叱りつけるが、彼女はそれを受けてもどこ吹く風といった様子で、憎まれ口を叩かれたグロウズの方が呆れてしまっていた。

 二人の掛け合いを見た感じだと、この手のトラブルはもう何度も起こしていて、その度にグロウズが止めに走るという関係がもうすっかり定着しているようだ。


 考えてみれば、人間離れした強さを持った者を止めるなら同じく人間離れした者でなければならず、必然的にお互いをよく知るような付き合いが積み重ねられているのだろう。

 力で築く信頼というのは、なんだかかっこいいが、そこに羨ましさは一切感じない。


「パーラ、もういい」


「あ、アンディ」


「…誰?」


 グロウズの前に割り込みながらそう声をかけると、パーラとイーリスの注目が俺に集まる。

 パーラの方は安堵の表情を浮かべ、イーリスは訝し気にこちらを見ている。

 急に現れた俺の正体を計りかねているといった様子だ。


「俺はアンディ。パーラ…あんたがさっきまで詰め寄ってた奴の仲間だ。こちらはソーマルガ皇国第一近衛騎士団副団長にして、この隊の長を務めておられるミルリッグ卿だ」


 こういう時には一番偉い人に前に出てもらい、事態の収拾を図るのが手っ取り早い。

 近衛騎士という肩書を示せば、向こうも変な行動には出ないはずだしな。


「アルベルト・ジャール・ミルリッグだ。何やら飛空艇がどうのともめていたようだが、いかがした?」


「へぇ、じゃああんたが責任者?なら話を進められそうね。さっきからこの子にも言ってたんだけど、ちょっとこれの中を見せてくれないかしら?」


 アルベルトを前にしてもデカい態度のままのイーリスに、ソーマルガから来た兵士の中には顔をしかめる者もいたが、当のアルベルトが気にしていない様子で口を開く。


「ふむ、まぁ他国ではまだ飛空艇自体は珍しいからな。中を見たいというのは、そちらの興味本位でのことか?」


「それもあるけど、この飛空艇が巨人との戦いで使えるんじゃないかと思ってさ。あんた達は来たばかりで知らないかもしれないけど、あれは魔術が効かない―」


「あぁ、それはさっきセレス殿とグロウズ卿から聞いた」


「あらそう。まぁそういう訳だから、私らは物理的な攻撃手段ってのを今求めてるんだけど、この飛空艇ってのはまさにうってつけかもしれないのよ」


「ほう、それは興味深いね。けどそう思ったなら僕らにも相談して欲しかったものだ。そうすれば、こんな騒ぎを起こすことなく、穏便にミルリッグ卿へ頼んだというのに」


 鼻息の荒いイーリスに、グロウズが愚痴めいて呟く。

 この冷たい言いようは、これまで被った迷惑からそうさせているのだろう。


「仕方ないじゃない。飛空艇が飛んでるのを見て、さっき思いついたんだもの。それに私の寝床からだと、あんた達に相談するより、こっちに来る方が早かったんだから」


「…いろいろ言いたいことはあるけど、君が思いついたものってのは何だい?巨人への対抗手段なら、僕らにも教えて欲しいものだね」


「いいけど、それなら今からあんたの方でもこの人達に頼んでよ。私の案がいけるかどうかってのも、まずは飛空艇を見てみないと」


「だそうだ。どうかな?」


 俺の顔を見ながらグロウズが問いかけると、その場にいた全員の視線が俺に集まる。


「…ミルリッグ卿」


「飛空艇はアンディ殿のものだろう。私が決めることではない。君が判断しろ」


 何となく注目されるのが嫌で、アルベルトに矛先をずらそうと思ったが、すげなくされてしまう。

 飛空艇をイーリスに見せないとパーラが言っていたのは、ソーマルガから持ってきた荷物が貨物室にあるからで、それを管理する立場のアルベルトがいいのならいいのだろう。


「…わかりました、じゃあちょっとだけなら」


「いいのね!?よーし、言質は取ったよ!はいお邪魔しまーす!」


 俺が許可を出すや否や、止める暇もなく貨物室へと突撃するイーリスを、俺達はただ見送るしかできなかった。

 行動力の化身か。


 イーリス一人を飛空艇の中にいさせるわけにはいかないので、アルベルトに視線で了解を取り、俺とパーラは貨物室に続くハッチをくぐった。

 あまりあちこち触られないよう、監視役は俺達がしなくては。





「いやぁ、あの飛空艇ってのは凄いもんだわ。古代文明の遺物だって話だけど、最新の魔道具より洗練された雰囲気がある。あれはいいものだ!」


 鼻息荒く言い放ち、イーリスが調度品の壺を指で一つ弾くと、カンという音がテント内へ響き渡る。

 飛空艇はともかく、あの壺はあまりいい品ではなさそうだ。


 飛空艇の見学を終え、場所をセインがいるあのテントへと移し、そこでイーリスが思いついたという巨人に対抗するという件の話を聞くことになった。

 今このテントには巨人との戦いで中心的な働きをする、いわゆる幹部連中が集まっている。


 全体の雰囲気から察するに、やはりセインをトップとした集団のようで、指揮官級の何人かにグロウズとイーリスが混ざるのはその強さを見込まれてのことだろう。

 そして、ここに今日新しく並んだ顔として、アルベルトと俺が同じテーブルについていた。

 記憶に残るかどうかはともかく、簡単な名乗り合いは終えている。


 パーラも来たがったが、何かあった時に飛空艇を動かせる人間がいないのはまずいので、今回も飛空艇の番をしている。

 別に俺が向こうに残ってもよかったが、アルベルトによる人選なのだから仕方ない。


「そりゃよかったね。で、君が考えてる妙案ってのはについて、そろそろ僕らに説明してくれるかな」


 うっとりするイーリスに、グロウズが冷たい目で言い放つ言葉はこの場の総意のようで、テーブルに着く面々も興味深そうにイーリスへと視線を注ぐ。


「別に妙案ってほどじゃないって。単なる思い付きよ。…いい?現状私達はあの巨人に対して、あまり効果的に戦えてるとは言えない。私は殴るためにとにかく近付かなきゃならないし、鞭男は射程が長いけど威力がいまいち。しかもあいつはちょっとやそっとの攻撃じゃすぐ回復しちゃう」


 その言葉に、同席している誰もが苦い顔に変わる。

 巨人との戦いに臨んでいる彼らにとって、今の言葉は言われるまでもないほど身に染みているものなのだろう。

 どうにかしたいとは思っていても、有効な手立てを思いついていないからこそ、今日まで巨人は倒せていないわけだ。


 しかしグロウズの鞭の威力がいまいちとは、結構なものだと思っていただけに彼女の評価が辛いことを驚いてしまう。


「そこでだ、諸君。私は考えたわけよ」


 イーリスはパンと両手を叩き鳴らして注目を集めると、一人一人の顔を見回して、最後に俺の方で視線を留める。


「あの飛空艇、空を飛ぶということは、地上を走るよりは楽に巨人の上半身へ近付けると思わない?」


「そうね。あの巨人は飛べないようだし、手が届かない高ささえ維持すれば、これ以上なく安全に近付けるでしょうね」


 セインが同意するように口を挟むと、それが嬉しいのか笑みを深めるイーリス。


「そういうこと。セインさん分かってるぅ。つまり、飛空艇なら巨人の頭や心臓と言った部位への攻撃ができるかもしれないってわけ。これなら、今日まで下半身をチマチマ攻めてたしょぼい戦いを一転させられるかもしれないのよ!」


 しょぼいて。

 下手をすれば、命を懸けて戦っていた兵士達への侮辱にも聞こえるが、他の人達は思うところがあるようで、大きく頷いている姿がちらほらと見える。


 彼我の高低差がありすぎては仕方のないことだが、やはり攻撃をするなら足ではなく頭か心臓を狙いたいというのはあるのだろう。


「言いたいことは大体分かったわ。要するに、飛空艇を使って巨人の頭上から攻めるということかしら?」


「まぁそれがまず一つね」


「まず一つ?まだ他にあるの?」


「うん、もう一つ考えてたことがあってさ。あれには魔術が効かないってのはもう分かってるけど、正直普通の攻撃を続けててもダメだと思うわけよ」


「あら、グロウズ卿もイーリスさんも、結構よくやってくれてると私は思うけど」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、結局は決め手に欠けてるのが現状よ。でね、魔術以外であの巨人に威力の高い攻撃は出来ないかって私は常々考えてたの。そこに来てあの飛空艇でしょ?もうパララーラッタッターって閃いちゃった」


 閃くときに音楽が鳴るとは、イーリスも中々独創的な頭をしているな。

 レベルアップでもしてんのか?

 まぁ電球がペカッという表現は地球限定のものだし、これが妥当と言えば妥当か。


 周りを見渡し、自身に向けられる視線の多くが続きを促すものだと確認したのか、イーリスが一度深く呼吸をして口を開いた。


「閃いたって言っても大したものじゃあないわ。あの飛空艇に油とか干し草、火の魔石なんかの燃えやすくて爆発しそうなものを詰め込んで、巨人にぶち当てるのよ。これなら魔術じゃないから効かないってことは無いし、あの飛空艇の大きさを考えれば、載せられる爆発物もかなりの量になる。それが爆発したらって考えると、凄いことになると思わない?」


 その光景を想像してか、無邪気な笑みを浮かべるイーリスに、他の面々は困惑した顔を見せるが、ここにいる人間で二人ほど、他とは違う反応を示している者がいる。

 俺とアルベルトだ。


 アルベルトの方は、希少な飛空艇をそういう風に使うことに対しての忌避間を態度に表しており、不機嫌そうな顔をしている。

 対して俺はというと、感心するとともに、このイーリスという人間に対する評価を引き上げていた。


 この飛空艇を使った特攻は、俺がソーマルガでグバトリア達に示したものとほとんど同じで、飛空艇というものを実際に見たのは初めてのはずのイーリスが、これをすぐに思いついたというその発想に驚きを覚える。

 巨人を相手に有効な手立てを模索するという環境にいるが故の考え方なのかもしれないが、それにしてもこの過激で大胆な思考は、彼女の非凡さの一つだと言えるかもしれない。


「で、どう?この策のためにえー…アンディだっけ?あんたの飛空艇を提供してもらえない?」


 力強い目でそう言われ、目の前に手を差し出されるとつい『YES』と握手をしてしまいそうになるのが日本人だが、ここで返す答えは決まっている。


「悪いが、お断りします。あの飛空艇は俺達の大事な家でもあるんですよ。爆破させるために提供するなど、承服できかねます」


 俺も一度はグバトリア達に提案しただけに、その有効性には理解できそうだが、それに使うのが俺達の飛空艇となれば話は別。

 あれは俺達の足であり家でもある、代えの利かないものだ。

 使い捨ての作戦で消費するのは御免被る。


「そうよねぇ。いや、私もさっきまでは強行する勢いだったんだけど、あの飛空艇を見ちゃうとこの案は実行する気になれないわ」


 きっぱり断ると、イーリスも相好を崩し、こちらの意見を尊重する態度を示す。

 もっと強く迫って来るかとも思ったが、あっさりと引き下がったのにはこちらも肩透かしを食らった気分だ。


「俺の飛空艇では、巨人にぶつけても効果は期待できないと?」


 飛空艇が爆破されることがないとなれば素直に喜ぶところだが、それと同時に俺の飛空艇が性能不足だと言われたような気がして少しムっとしてしまう。


「そうじゃないわよ。素人目に見ても、あの飛空艇は一種の芸術品と言っていい。単純に、使い捨てにするのがもったいないってだけ」


 なるほど、そういうことか。

 イーリスが船内を見学していた時、俺とパーラも側に付き添っていたが、最初は飛空艇の最高速度や限界高度、頑丈さなどを尋ねられたものだが、途中からは居住性に注目した質問が多くなっていた。

 兵器として見ていた飛空艇より、それ以外のところの価値に気付くとは、いい感性をしている。


「ただ、飛空艇を使って巨人に接近するって言う案の方は、出来れば協力してもらえると助かるんだけど?」


 そう言って、真摯な目で俺を見つめて来るイーリス。

 見た目だけは可憐な少女に、そういう風な目を向けられると少しドキリとしてしまう。


 対巨人で考えた戦術として、空から攻めるというのは俺も期待したいところであるため、イーリスの言葉は理解できる。

 一応、俺とパーラは派遣部隊の一員の扱いなので、アルベルトの許可さえあれば積極的に協力していきたいと思う。


 そこのところを視線で尋ねると、それを受けてアルベルトが口を開く。


「…貴重な飛空艇を消耗品とすることは気が進まぬが、有効に使った作戦であれば、このアンディが拒まぬ限りは私も否とは言わん」


 今度はアルベルトが俺へ視線を寄こしたので、それに頷きを返す。

 元々巨人を倒すのを見届けるために来たのだ。

 それをなそうとしている集団があるのなら、手助けするべきだろう。


「では?」


「飛空艇を使った巨人への攻撃、悪くないだろう。そういった作戦を立案するのなら、私は支持しよう」


 その言葉を聞いて、イーリスを始めとした他の面々も空気が緩む。

 遥々ソーマルガからやって来た援軍で、しかもこの後もまだ兵力が増強されるアルベルト達に対し、彼らも要求したいことはありながら、あまり強くは出られないという歯がゆさを覚えていたのかもしれない。


 改めて共同歩調を匂わせるアルベルトの発言には、同志に抱くような安ど感を覚えたといったところか。


「じゃあその作戦についてだけど…セインさん、ソーマルガからの先遣隊の所属ってどこか決まってる?」


「まだよ。今日来たばかりだもの」


「ならうちの隊に回してよ。どうせ明日は私が出るんだし、まずは巨人との戦いがどういうものか肌で感じさせるべきでしょ」


「そうねぇ、ソーマルガ皇国の方達がいいのなら構わないけど…いかがでしょう?ミルリッグ卿」


「是非もない。我が隊の者達にも、巨人の脅威を早々に体験させたいと思っていた」


「左様ですか。ではそのように手配しましょう」


 サクサクと話は進んでいく中、俺は口を挟まずにいるのだが、セインとアルベルトが時折俺を見て来ることから、俺も戦力として見込まれているのだろう。

 正直、魔術師の俺は巨人相手に攻撃手段のほとんどを封じられることになるのだが、何かよくわからない期待をされているようだ。


 なお、ついでというわけではないが、セイン達に光の精霊の関連で情報が渡っているかそれとなく尋ねてみたが、首を傾げられてしまった。

 どうも、アシャドル王国の上層部はソーマルガから伝えられているはずの、光の精霊が巨人の力の源だという情報を持て余しているようだ。


 今はまだセイン達に伝えていないだけなのか、それとも今後も伝えられないのかはわからないが、俺からそれを伝えるのはどうなのだろうか。


 …まぁいいか、今後の状況で考えるとしよう。


 さて、これで俺達は明日の巨人との戦いに参加することが決まったわけだが、そうなると色々と準備も必要だ。

 差し当たってまずは先遣隊の連中にこのことを説明し、明日の戦いに備えさせなくてはならない。

 まぁこの辺りはアルベルトの仕事なので、彼に任せればいい。


 俺の方はパーラと相談して、飛空艇による急襲作戦に必要なあれこれを考えるとしよう。

 そう言えばパーラには魔術が通用しないという話は伝えてなかったな。

 それも込みで対策を立てなくてはいけない。

 何か魔術に頼らない攻撃手段を模索したいものだ。


 魔術が効かないということは、俺の手札の中で最大威力のレールガンもどきもきっとだめだろう。

 可変籠手の砲撃ならあるいはという可能性はないこともないが、楽観視はしないでおこう。


 しかしこうなると、爆薬を満載した小型飛空艇での特攻なんかも、益々有効な手に思えてくる。

 投石器も悪くないが、ミサイルの代用と考えれば威力と使い勝手は小型飛空艇に軍配を上げたい。


 流石に俺の飛空艇を特攻兵器にする気はないが、後からくるソーマルガ号に小型飛空艇を積んできていたら、そういった方向での意見具申も考えておくべきか。

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プラズマ弾ならそもそも核となるモノは鉄や鉱物なのだから物理攻撃なのでは? 魔術で集めた土でも無いし単に物体が飛翔してぶつかるのだから有効な攻撃にならないのかなぁ 試しもしないのは主人公の性格と噛み合っ…
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