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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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バイク再生への道

 冬のペルケティアは、屋根なしの馬車で走ると体の芯が凍るような寒さだったが、山脈を超えてソーマルガへ入ると、とても冬とは思えない光景が待ち構えていた。

 白が多数を占める冬の景色から、見るもの全てを砂が埋め尽くすような砂漠へやってくると、まるで別世界へと飛ばされた気分になる。


 ペルケティアからソーマルガへの航路は、ディケットからそのまま南へと飛んで国境を超えるため、途中にある山脈でも飛竜の縄張りを避けて慎重なルート選びが大事だ。

 以前、ソーマルガからアシャドルへと行く途中、飛竜の縄張りをかすめてしまった時は生きた心地がしなかったものだが、今回はエリー経由で安全な航路を知れたのは有難かった。


 俺達以外の帰郷組も同じルートを使う予定だが、飛空艇の性能の差から俺達が最初に国境を越えた形となる。

 エッケルド達からは二日ほど先んじて皇都に着く予定だ。


 そして、ソーマルガに入ったことで休憩をとることにし、飛空艇から降りてみると、ディケットを発った時とは正反対の、灼熱の風が俺達を出迎えた。


 飛空艇を使っての高速移動の賜物とは言え、この短い期間での寒さと暑さの落差が急転直下で入れ替わったような環境の変化は、普通なら体を壊しかねないものだが、エリーは生まれついて体に慣れている環境に戻ってきたからか、ボックスを踏むぐらいには喜んでいる。


 対して俺とパーラはというと、正直寒いのも暑いのもどっちが得意ということもなく、このソーマルガの暑さも懐かしくはあるが、正直なところ、体は春や秋のちょうどいい塩梅の気温を求めてやまない。


「この風!この肌触りこそ故郷よ!」


 ギラギラと照り付ける陽の光の下、妙にテンションの高いエリーが大袈裟なことを口走っている。

 確かにエリーにとってはここはもう故郷であり、肌で感じるものもあるのだろうが、正直皇都まではまだ大分距離があるので、その感動は早いと言わせてほしい。


「久々の故郷ではしゃぐのは分かるが、あんまり長いこと陽の下にいるなよ。山一つ挟んでくそ寒い場所からきたんだ。体調を崩すかもしれないからな」


「大丈夫、私はこの国で生まれ育ったのよ?この太陽こそが私に元気をくれるの」


「そりゃいいな。けど、人間ってのはあんまり頑丈な生き物じゃないぞ。ま、気が済んだら中に戻れよ」


「はーい」


 人体では日光浴をすることである種のビタミンが生み出されるそうだが、嬉しそうなエリーの姿からは、それ以外の何かが生み出されているようにも見える。

 さしずめ、故郷の風と太陽によって魂の栄養が補われているとでもいうのか。

 出発まではまだしばらくあるし、それまでは好きにさせてやろう。


 そのまま俺は貨物室へと足を運び、そこで作業をしているパーラに声をかける。


「どうだ、パーラ。バイクの部品は纏めたか?」


「うん、まぁなんとか。やっぱり長いこと隅っこに置いてたから、埃やらなんやらが凄いね。ほら見てよこれ」


 クレイルズに会えたらすぐにバイクを引き渡せるよう、ディケットで調達した台車にバイクのパーツを乗せていたパーラは、顔や服に汚れをつけたままの状態で、手に持っていた布を俺へと見せてきた。

 何の汚れなのか、真っ黒になった雑巾は、その身にバイクの汚れを引き受けてくれた功労者だ。


 泥などはなるべく拭き取って保管していたが、そこそこ長い時間を貨物室でほったらかしにされていたバイクは薄っすらと埃を被ってしまっていた。

 それを綺麗にしながら台車に固定しなくてはならないので、パーラのやるべきことは意外と大掛かりだったりする。


「でも、今朝方見た時より大分綺麗になってるじゃないか」


「そりゃあずっと磨いてたからね。結局台車に乗せるところは昼までかかっちゃったけど。ま、あとはクレイルズさんに託そうよ。…そういえば、クレイルズさんってまだこっちにいるの?」


「どうかな。飛空艇の研究は皇都でやってるんだから、いるとしたらそこだと思うが」


「もうアシャドルに帰国してるってことは無い?」


「飛空艇の開発に関する技術習得だからな。一年二年で引き上げるってのは無いと思うが」


「そうじゃなくて、一旦帰国する可能性の話。その技術習得の報告とかで、アシャドルに一旦戻るってこともあるんじゃない?」


「…ないとは言えんが、その場合はどうしようもないな。もしそうだったら、バイクを見てもらうのは次の機会になるか」


 パーラに言われ、俺は自分の考えが浅かったと思い知った。

 クレイルズは飛空艇開発を任されている一人なんだから、進捗状況をアシャドルへ伝えるために一時帰国するぐらいはあり得る。


 密な手紙のやり取りでもしていれば話は違ったが、それをしてこなかったので今のクレイルズがどうしているかは流石に分からない。

 ソーマルガで会えればいいが、無理だったら諦めよう。

 もう二度と会えないというわけでもないんだし。


「そっか。できればこっちにいる間に直したいね」


「ああ。やっぱり移動の足としては、まだまだバイクが便利だからな」


 最近は噴射装置がメインの移動手段となりつつあったが、飛空艇を使うほどではないが徒歩では遠く、噴射装置だとダルいという微妙な距離を移動するのに、バイクのありがたみを痛感することが何度もあった。

 噴射装置では賄えない小回りの利く運搬力は、やはり俺達の活動には欠かせない。


「…そろそろ出発するか。パーラ、エリーを呼び戻してきてくれるか」


「わかった」


 そう長い時間を休憩に充てるつもりもなかったので、バイクのパーツを全て台車に固定し終えたところで出発を決める。

 急ぐこともないが、できればもう少し皇都へ近付いて今日を終えたい。


「エリー、出発するよー。置いてかれたくなきゃ早く乗りなー」


 ―太陽を愛し!太陽に愛されし女!そう!我こそは!ミーエーリースータ……ィイィエエェイ!


 パーラが外へ繋がるハッチを少し開け、そこから顔を出して外にいるはずのエリーへ声をかける。

 すると、その向こうから暑苦しい声が聞こえてきた。

 どうやら俺がいなくなってからも、大袈裟に騒ぎ続けていたようだ。


 きっと上半身を仰け反らせた姿から、一気に身を起こして叫んでいるに違いない。

 どんだけテンション上がってんだよ、鬱陶しい。

 今の姿をハリムにでも見られたら特盛の説教コース行きだぞ。






 季節柄の風の向きを考え、少し大回り気味に皇都を目指したため、途中で二泊挟みはしたものの、正午を大分過ぎたあたりには皇都近郊へと到着できた。

 相変わらず俺達が飛空艇で近付くと、スクランブルでもかかっているように二隻の小型飛空艇がエスコートで付く。


 その際、発光信号でやり取りをし、こちらにエリーが乗っていることを伝えると、一隻が速度を上げて飛び去って行った。

 恐らく王女が帰ってきたことを地上に伝えに行ったのだろう。

 前と変わりがなければ、飛空艇を着陸させたところに姿を見せるのはあの人になるはずだ。


 ディケットへ派遣された迎えの飛空艇に乗って帰ってくると思われたエリーが、それらとは別に、しかも明らかに早い日程でやって来たことで、彼らを慌てさせてしまったかもしれない。


「…あれ?ねぇエリー、あそこって建物あったっけ?」


「んー?……さぁ?私はこっちに来ないから分からないわ。でも、飛空艇関連の研究施設は頻繁に拡張を行ってるって話だし、最近増えたのかも」


 暇だからと操縦室に詰めかけていたパーラとエリーが、窓から外を眺めているとそんなことを口にした。

 俺もその視線の向く先を見てみると、以前に見た研究施設の全容からは、新しく加わったいくつかの建物で大分様変わりしているのが分かる。


 俺達は大分前に来たのが最後だし、エリーも学園に来た時期を考えるとここにいる誰もが見覚えがないのは仕方ない。

 エリーの言う通り、今ソーマルガでは飛空艇関連の研究はガンガン推し進められてるし、施設や用地の拡張も活発に行われている。

 そのせいで、見覚えのない建物も増えているのだろう。


 何度も来ていたおかげですっかり降ろし慣れた駐機場に飛空艇を停め、エリーを先頭にして外へ出ると、そこでは懐かしい顔が待っていた。

 文官と護衛の兵を何人も従えて立つダリアだ。


「おかえりなさいませ、ミエリスタ殿下。無事の帰郷、祝着至極に存じます」


「出迎えご苦労様、ダリア。あなたも変わりないようね。早速だけど、城までの移動を手配できるかしら」


 ダリアもソーマルガではそこそこ偉い立場になるため、エリーを前にしての振る舞いは様になっている。

 一緒にいる俺とパーラにも一瞬目線を寄こしたが、まずはエリーに応対するのを優先したわけだ。


「は、ただちに城への馬車をご用意いたします」


「お願いね。あと、この二人がダリアに頼みたいことがあるそうよ。私の方はいいから、二人の話を聞いてあげてちょうだい」


 エリーにはバイクの修理でクレイルズを尋ねると伝えてあるため、それをダリアに引き継ぐように言ってくれた。

 飛空艇の研究でソーマルガにいる以上、ダリアがその所在を知らないわけがないしな。


「かしこまりました。では部屋を用意させますので、馬車の到着まではしばらくそちらでお寛ぎください。…君、殿下のご案内を」


「はっ!」


 流石に王女を炎天下の中に待たせるわけにはいかないと、護衛兵達がエリーと共に建物の方へ歩いていく。

 その際、こちらへ小さく手を振るエリーに、俺とパーラは恭しさたっぷりに礼の姿勢を返すのだが、それを見て一瞬頬を膨らませる王女様。

 仕方ないだろ、これだけ人がいると俺達が気安く声をかけるのはまずいんだ。


「…さて、ミエリスタ殿下もいなくなったし、そろそろ楽にしようか。久しぶりだね、二人とも。見たところ、元気そうで何よりだ」


 残ったのは俺とパーラ、ダリアと数名の部下といった形になり、今この瞬間に一番偉い人間が言うので、俺もパーラも伸ばしていた背筋を緩める。


「どうも、ご無沙汰してます」


「ダリアさんも元気そうでよかったよ。相変わらず忙しい?」


「ああ、もう随分家に帰れてないぐらいにはね。特に、飛空艇の技術習得に来たアシャドルの人達を受け入れてからは一層だよ」


 ソーマルガとアシャドルでどういうやり取りがあったのか、機密とされている飛空艇関連の技術を習得するために、クレイルズ達アシャドル側の職人達がやって来たことで、ダリアの忙しさも増したようだ。

 気遣わし気なパーラの声に応えるダリアの表情には、少し疲労が覗いている。


「そのアシャドルの人達なんですが、クレイルズという人はいますか?」


 ここに来た目的の一つである、バイクの修理に欠かせない人物の所在をダリアに確認してみる。


「クレイルズ君なら、丁度今第五研究所にいるよ。なんだ、彼に用事か?」


 よかった。

 どうやらちゃんとソーマルガにいるようだ。

 俺達がソーマルガに来るタイミングは間違っていなかった。


「実はバイクを修理してもらおうと思ってまして」


「あぁ、そう言えば君達のバイクは彼が作ったんだったか」


「あれ?私達、ダリアさんにその話ってしたっけ?」


「いや、クレイルズ君から聞いたんだ。最初に面通しをしたとき、共通の知り合いに君達がいると分かってね。それから色々とした話の中に、君達のバイクのこともあっただけのことさ」


 少し聞いた程度の話だが、ソーマルガに飛空艇の技術を学びに行く対価に、アシャドルからはバイクの技術を交換に教えるということになっていて、その繋がりで話をすることもあったのだろう。

 先程、ダリアがクレイルズの名前を聞いてすぐに所在を言ったことからも、ただ職人の一人という以外にも気にかけてはいるようだ。


「聞いていいのかわかりませんが、第五研究所でクレイルズさんは何を?」


「第五はアシャドルからの技術者を受け入れるために急遽改編された部署でね。魔力で駆動する車両、つまりバイクのようなものを研究している。あそこでソーマルガの技術者が、日夜バイクを作るのに必要な技術を習得中だ」


「つまり、クレイルズさんを教師に、そこでソーマルガの技術者がバイクの勉強をしている、と」


「そっか、バイクを作ったのはクレイルズさんだから、人に教えるのもあの人が一番適任だね」


 飛空艇とバイクの技術を交換する形になるため、一番バイクに精通しているクレイルズが教師役となってソーマルガの技術者に教えているわけだ。


「そういうことだ。じゃあどうする?今から行くかね?」


「俺達が行っていいんですか?」


「構わんよ。ただ、君達には見せられないものもあるから、絶対に私の視界から隠れないという条件付きだ」


 クレイルズが教師をしているのなら、今から俺達が押しかけてもいいのか悩むところだが、ここらの責任者であるダリアがいうのならいいんだろう。

 付けられた条件も、これだけの規模を誇る研究施設内を歩くのなら、全くおかしなものでもない。

 特に、新しく研究を始めたバイク関連ともなれば、まだ見られたくないものもそれなりにあるはずだしな。


 俺達とダリアの間にどれだけ信頼があろうと、そういうところはしっかりするから責任者というのは務まるのであり、俺達も安心して頼ることができるというものだ。


 ダリアの出した条件に特に否もなく同意し、クレイルズのいるというその第五研究所へ向かう。

 衛兵やいくつかの厳重な扉を通り過ぎて足を踏み入れたそこは、前にダリアと一緒に来た飛空艇の研究施設とさほど変わりない通路だった。

 隣接している施設、しかも新設とはいえそこで行われている研究の毛色的にも、他と違うものにする理由はないので、似ていて当然だ。


 今の時間的にはまだ研究所も活発に動いている頃で、見回りの兵士や研究員とすれ違いながら、目的の場所へとダリアに導かれて到着する。


 そこは大小様々な工具が用意されている、さながらカスタムカー工房のような場所だった。

 広いスペースには、製作途中と思われるバイクの部品が等間隔に並べられており、ここで整備士を育成していると言われれば納得できる光景だ。


 そんな中、七割方出来上がっているバイクを教材にして、大勢の大人に取り囲まれて熱弁をふるう子供の姿があった。

 当然、こんなところにいる時点でただの子供なわけがなく、子供のように見えるその人こそが、俺達が今探しているクレイルズだ。


「こことここ、それからここの三点で衝撃を分散させるんだ。前後輪のそれぞれには、衝撃吸収装置が取り付けられてるわけだけど、ここは従来の螺旋型バネと置き換えてもいい。どちらも良し悪しがあるから、前後輪でそれぞれ異なる方式の装置を採用するのも一つの手だね」


 どうやら今はバイクに搭載するサスペンションについて説明をしているようで、クレイルズの話に真剣に耳を傾けている周りの人間の様子を見る感じだと、ソーマルガにおけるバイク普及の将来は明るい。


「クレイルズ君、少しいいかな」


 講義を行っている集団の中に、特にタイミングを計ることもなく平気で切り込めるダリアは素直に凄い。


「おや、ダリアさん。僕に何か?」


 外部から急に話を中断されても、クレイルズが嫌そうな顔をしていないのは、ひょっとしたらこういう中断がよくあることなのかもしれない。


「ああ、君に客だよ。もしかしたら、久しぶりになるのかな」


「客って…アンディにパーラじゃないか!なんだ、わざわざ僕に会いにソーマルガまで来てくれたのかい?」


 ダリアが少し身をずらし、俺とパーラの姿がよく見えるようになると、クレイルズが嬉しそうな声を上げた。

 クレイルズとはアシャドルで会って以来になるが、別の国で再会すると懐かしさが一層大きいのは不思議な感じだ。


「まぁわざわざというのなら、その通りですよ。クレイルズさんに用がありましてね。俺達のバイクのことを頼めるのは一人だけなんで」


 俺達が来たことで、クレイルズも今日の講義はここまでとし、他の技術者達がいなくった頃に訪問の目的を告げた。


「なんだ、また壊したのか。しょうがないな、君達は。どれ、見てあげようか。ダリアさん、ここの設備を使わせてもらっていいかな?」


「ああ、勿論だ」


 ダリアから聞いた話だと、バイク関連の施設は主にクレイルズ達アシャドルから派遣された人間が主に使っており、バイクの製造と改造をそれぞれ得意な人間が教師役となって各所を好きに使わせているという。


 今俺達がいるここも、バイクを一から作る基礎的な技術を学ぶための場所で、重量物を吊り上げるクレーンや金属加工の台に小型の炉といった様々な用途に使える設備が揃っており、俺達のバイクを修理するのに不足はなさそうだ。


 ダリアの許可も得たことで、早速俺とパーラは壊れたバイクを乗せた台車をここまで運んだのだが、変わり果てた自分の作品を見たクレイルズの悲痛な叫びに、俺とパーラは自然と視線を逸らしてしまう。

 見ちゃいらんねぇわ。


 分かる、分かるぞ、その気持ち。

 前にクレイルズは自分の作ったものは子供のようなものだと言っていた。

 それがこういう姿になって戻ってきたら、そういうリアクションにもなろう。


 その後、呆然としたクレイルズが正気を取り戻すまで少しの時間を要したが、気合十分で作業に取り掛かったのを見て、安心して任せる気にはなれた。

 時折、目元にキラリと光るものがあるのは見なかったことにしよう。






「これはダメだね。元通りには直せないよ」


 小型のクレーンで吊るされたバイクを見ていたクレイルズが、無念さを込めたため息とともにそんなことを言う。


「なんで?無くなってる部品もないし、壊れたとこを交換したらよくない?」


「チッチッチッ、甘いねパーラ。サトウニンジンの薄干しぐらい甘すぎるよ」


「お、クレイルズさんあれ食べたんだ。おいしいよね、サトウニンジンの薄干し」


「ほんとだよ。僕もそれなりに年とったつもりだったけど、まさかあんなに美味いのと出会うなんて思いもしなかったね」


「ねー。あ、じゃあさ、大通りにある青色の屋根の店にさ―」


「ちょっと待て、パーラ。美味いもの紹介は後にしろ。で、なんで直せないんですか?部品が足りないなら、俺がアシャドルまでひとっ飛びしてとってきますけど」


 急に話がサトウニンジンの薄干しとやらに脱線しかけたが、強引に打ち切って軌道修正を試みる。

 今は食い物よりも、バイクについて話を進めたい。

 しかし、こうも盛り上がるとはそんなに美味いのか?その薄干しとは。

 今度探してみようかな。


「いや、同じ部品はもう手に入らないね。動力部分が真っ二つになってるんだから」


「…あぁ、魔石ですか」


「そ。君が提供してくれたこの魔石は、純度も大きさも最高のモノだ。仮にまたアプロルダを倒したとして、この品質以上のものが手に入るかどうか…」


 クレイルズが指さす先には、エンジン部分に動力として組み込まれていた魔石が見事に両断された形で残っている。

 基本的にバイクというものは、この魔石が性能を左右していると言っても過言ではなく、最高速度とトルク、省エネ性といった点でこれと替えの利く代物はそうそう見つからない。


 魔石というのは大体魔物の種類ごとに大きさや純度は決まっているが、稀に他よりもずっと質のいい魔石を保有する個体がいる。

 俺が以前倒したアプロルダもこれに該当し、そこから手にいれば魔石のおかげでバイクはあれだけの性能を見せていたのだ。

 完全に両断されてしまった以上、この魔石は前のようには使えない。


「てことは、このバイクはもう直らない?」


 淡々と告げられた事実に、パーラが沈んだ様子でそう口にした。

 長く一緒に旅をしてきただけに、愛着のある道具だ。

 直らないと分かって落ち込むその気持ちは俺も共有できる。


「全く同じにはね。一応、新しく魔石を用意すれば、バイクとしては使えなくもない」


「しかしその場合、性能は大幅に落ちることになるんですね?」


「そういうこと」


 市場に出回っている魔石はそれなりに数はあるのだが、その中で高性能な魔道具に使えるほどの品質となると、本当に数える程度だ。

 その数少ないものも、大抵は金と権力でどっかの偉い人に持っていかれるのだから、俺達が手に出来る可能性はほとんどない。

 このバイクはもう、元の性能には戻らないと思うしかないのか。


 別にこだわらなければ他のバイクに乗り換えるというのも手ではあるが、ここまで一緒に旅をしてきた愛着から、それを選ぶのは少し躊躇われるのも事実だ。

 なるべくなら、元の部品を活かして修理できないものだろうか。


「ちょっといいかな。その動力とやらは飛空艇に使うので代用できないのか?アンディ君には前に、低出力用の主機をあげただろ。あれを使ったらどうだい?」


「へぇ、そういうのがあるんだ。飛空艇を動かすほどなら、出力は期待できそうだね」


 困っている俺達に助け船でもと思ったのか、ダリアがソーマルガで開発した低出力のエンジンの流用を提案して来た。

 クレイルズはまだ知らないのか、そういうのがあることを知って期待するような目を向けてきたが、それに俺は首を振らざるを得なかった。


「いや、無理でしょう。確かに動力としてはいけそうですが、バイクに乗せられる大きさじゃありませんよ」


 バイクが飛空艇より優れている点は、そのサイズにあると俺は思っている。

 航続距離や積載量は飛空艇に劣るものの、取り回しのよさは駿馬に劣らず、しかもメンテナンスを欠かさなければ性能を維持するのも難しくない。

 これだけのメリットがこの大きさで収まっていることこそが、バイクの真骨頂だと言える。


 俺がダリアから貰った装置は、そのままだと間違いなくエンジン部分に収まりきらず、バイクというよりは車に近い形になりそうだ。

 それはそれでありかもしれないが、大型化すれば飛空艇に積めなくなるかもしれないので、できれば今のバイクのサイズを維持したいところだ。


「そんなに大きいのかい?」


「少なくとも、この動力部分の五倍はありますね」


「そりゃでかいなぁ」


 飛空艇の技術習得でソーマルガに来ていながら、クレイルズはまだソーマルガ製の動力を実物として見たことがないため、その大きさも想像しにくいのだろう。

 分かりやすく、目の前にあるバイクのエンジン部分を基準にして教えてやった。


「そりゃ流石に積めないね。小型化は難しいのかな?」


「そもそもバイクに合わせて作っていないんだ。より大きくして出力を上げる方向で研究が進んでいるくらいでね」


 ダリアの言う通り、元々バイクに搭載することを想定しておらず、しかも作られてまだそれほど時間が経っていないこともあって、小型化はまだまだ先の話になりそうだ。


「となると、多少の性能低下を覚悟して、他の魔石を使うしかないんですかね」


 しかし、このバイクは他よりも性能が高いからここまで使ってきたのだ。

 移動手段としては噴射装置もある以上、性能を落としては使うのに意味はあるのか。


「そうなるね。バイクの動力に流用できる遺物とか見つかれば話は違うんだけど」


「遺物、ですか」


「飛空艇ほどじゃなくていいんだ。現行のバイクに使える、小型で高出力の動力が見つかれば、それを使えないかと思ってね」


 そうは言うが、古代の乗り物に関して見つかっていると言えば、飛空艇と巨大船ぐらいしか―


『あ』


 図らずも同じことを考えたようで、俺とパーラの上げた声が重なった。


「アンディ、あの船の…」


「俺も同じことを考えてた。クレイルズさん、バイクとは違いますが、動力付きの車輪で動く遺物について心当たりがあります」


「本当かい?」


「ふむ、そう言えばあれもそうか」


 どうやらダリアも俺達の考えていることに気が付いたらしい。

 それもそうか。

 あれを解析するなら、古代文明に精通した人間は欠かせないため、ダリアも触れる機会があってもおかしくはない。


 俺達が思いついたのは、以前海底から引き揚げた巨大遺物船に収められていた、あのフォークリフトやクレーン車とよく似た重機だ。

 使われている動力はクレイルズのバイクと似ているところがあり、そのまま転用できるかはわからないが、新しい選択肢として考えてはどうだろうか。


「ダリアさん、例の巨大船で見つかったやつですが…」


「ああ、もう研究所に運び込まれているよ。保管場所はここから少し離れているが、私の権限で実物をすぐに見せることは可能だ」


「へぇ、そう言うってことは、遺物の解析はもう終わってるんですか?」


 ソーマルガでは、発掘された遺物の解析が完全に終わるまでは外部に公開はしないことになっている。

 しかしダリアのこの言いようだと、クレイルズという他国の、しかも有能な技術者に見られても構わないという判断をしたと思える。


「解析自体はとっくに終わってるさ。使われている技術も、一部を除いて再現が難しいものはなかったよ。あれの何をバイクに流用できるのか、実に興味深い」


 ダリアも一研究者としての探求心からか、与えられた権限を使ってでもバイクの復元を見届けたいようだ。

 飛空艇に関することはともかく、バイクではダリアもまだまだ知らないことが多い。

 解析済みの重機に使われている技術がどう活かされるのか、またそれによって自国の技術がどれだけ向上できるのかも図るつもりだろう。


「ふむ、よくわからないが、ひとまずその遺物を見てみたいね。使えるかどうかはともかくとして、もしかしたら動力の件で何かいい案を思いつくかもしれないし」


 ひとまず実物を見ようというクレイルズに、俺達も賛同して件の保管場所へと向かう。

 どうもこの感じだと、修理というより改造の方向に話が進みそうではあるが、また以前の様に乗れるようになるならそれでも一向に構わん。


 要はバイクの復活が肝要なのだが、どうせならギミックを追加してバイクのグレードアップも試してみるのも悪くない。

 以前、巨大船から頂戴して来た細々とした遺物が大量にあるので、それを何かに使えないだろうか。


 クレイルズも忙しいかもしれないが、きっとこれは彼の探求心をくすぐるいい材料となるに違いない。

 保管所に着いたら、その辺りを提案してみるとしよう。

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