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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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323/463

真相解明

「まったく!お前は昔からそうだ。あの時も古くなった干し肉で腹を壊したな。今度はキノコか?」


「勘弁してくれ、兄者よぉ。まだガキの頃の話をするのか」


 眉をしかめるクレインの小言に、ハインツがうんざりとした顔になっていく。

 一応まだ病人扱いであるためハインツはベッドで横になっており、その傍でグチグチと言い続けているクレインはその言葉のわりには嬉しそうな雰囲気を見せている。


 一度は死んだと思われた弟の生きている姿を見れたことに安堵を覚えたのだろう。

 あの小言も、そういう思いからきているのかもしれない。


 ここで兄弟の再会がなされていることからわかるように、俺達に遅れること一日、クレインとマークレーの二人がサッチ村へやってきた。

 クレインは流石に馬車ではなく単騎に乗り換えていたが、それでも馬車で二日かかる道を僅か一日で踏破したということは、意外と飛ばしてきたようだ。


「…それで、あの馬車の車軸の傷は、誰かが仕組んだものではなく、事故であったと?」


 兄弟がいちゃいちゃしているのを眺めていた俺達だったが、マークレーが少し声を張って話の続きへと戻す。


「ええ。俺とパーラが調べた限りでは、村に入った馬車が放置されていた器具と接触し、車軸に傷が入ったと判断できました」


 既に前日のうちに聞き込みを行い、証言と現場の状況から事件の全容は掴んでいた。

 シュトー男爵の嫡男を狙った暗殺者などいないというのも、判明している。


「そうだという確たる証拠は?」


「あそこに。馬車の車軸が削れた際に出た金属の破片です」


 俺が指さす先にあるテーブルの上には、細い金属片が置かれている。

 あれこそが、馬車の事故を起こした原因となった物証だ。

 事故の瞬間を目撃していた子供達が、この金属片を拾っておもちゃにして遊んでいたのを回収したものだ。


「確かに、車軸の素材と同じ様だな。劣化具合も大体こんな感じだった」


「回収した金属片はそれで全部なので、後で馬車の車軸と合わせてみて検証するといいでしょう」


「そうか。では詳しい話を聞かせてもらえるか?聞き込みを行った内容と、そこから導かれた真相を」


「ええ」





 事件の真相はこうだ。


 ハインツが乗った馬車はサッチ村へと到着すると、いつも馬車を停めている場所へと向かう。

 その時はもう夕暮れ迫る頃で、辺りは少し暗かったらしい。

 そして、車体を停車させたとき、車軸に硬くて重量のある金属がぶつかり、この時の傷が、あの車軸についた傷というわけだ。


 この日は偶々物置の整理で一時的にあの大殴りを停留所に置いてしまい、そこへ馬車が大急ぎで滑り込んだことで接触事故が起きてしまった。

 これは村の子供達がしっかり目撃しており、削れて地面に落ちた方の金属片と相まって信憑性は高い。


「ちょっと待て。あの車軸の傷を見た限りだと、相当な勢いでぶつからないとできないものだ。馭者はその瞬間に馬車を襲った衝撃に気付かなかったのか?」


 ここで話を遮ったマークレーが口にした疑問は、俺達も抱いたものと全く同じだ。

 そう、馭者は馬車の状態を管理する役目もあるため、普通ならあれほどの損傷が出るほどの衝撃を受けたら、状態を確認する行動に出る。


 そうしていれば、車軸の傷が分かって事故を未然に防げていたはずだ。

 だが実際は事故を起こした以上、この時に確認を怠ったということになるのだが、これにはちゃんと理由もある。

 決して馭者の手抜かりだと責められない事情がだ。


「通常なら気付いていたでしょうね。しかし、その時はそれどころではなかったのですよ。馬車には体調を崩したハインツ殿が乗っていましたから」


「あ…そうか、そういうことか」


 マークレーも察しの悪い質ではないため、俺の言葉を聞いて凡その展開を想像できたようだ。


 話によればハインツは馬車での移動中に容体が激変したという。

 そのため、馭者は村についてすぐ馬車から担ぎ出して休ませようとしたため、車体の状態の確認を後回しになったのだと、村の子供達の目撃証言からも分かっている。


 結局後で事故を起こしているので、この馭者は車体の確認を怠ったわけだが、運転中に乗客が具合を悪くしたことと村でひとまず安心したことで、強い緊張から一転して気が緩んだせいだとも言えなくもない。


「―以上のことから、車軸に細工をした人間はおらず、原因をあげるなら馬車の停車時における接触事故が、その後の死亡事故へとつながったと結論付けます」


「偶然が重なったうえでの事故だった…と」


「はい」


 幸いなことに暗殺犯はいなかったものの、事故の原因を作ったのは大殴りを放置したサッチ村の人間という見方もまたできるので、これ以上俺からフォローすることは無い。

 村人にも悪いところはあったし、死んだ馭者にも悪いところはあった。

 だがこの結末に至った今なら、居合わせた誰もの運が悪かったと思うしかない。


 マークレーが俺達の報告を聞いてどうするかは分からないが、これ以降は司法の判断となる。

 貴族の倅が死んだというのは決して小さなことではなく、下手をすればサッチ村の人間が何らかの責任を負わされることもあり得る。

 俺達が生きてるのはそういう世界だからだ。


 俺自身、特にサッチ村へ思い入れがあるわけではないが、少し滞在して分かっただけでも、ここは善良と言える村人ばかりだ。

 シュトー男爵が罰を与えるにしても、なるべく穏便に済むよう願わずにはいられない。


 暗殺の疑いから始まり、事故という結果に着陸するという何だか尻すぼみのような感じだが、世の中、万事がサスペンスドラマのようにはならないということなのだろう。





 ここまで俺達の報告を受け、マークレーはしばらく考えをまとめたいと言って小屋を出て行った。

 貴族の息子を暗殺した犯人を捜してきたというのに、結論は事故となったため、彼の上役やシュトー男爵へ上げる報告など、想定が変わって色々やることも増えるはずだ。

 大変だろうが頑張れとしか言いようがない。


 マークレーが去り、小屋に残されたのは俺とパーラ、そしてクレインとハインツの兄弟だ。

 とりあえず今後のことについて、この兄弟に混じって話をすることにした。


「念のため、もう一日は休ませてもらうつもりだ。出発は明後日を考えている」


 容体はもう安定しているが、大事をとって一日余分に休ませることをクレインは決めたようだ。

 ここでハインツではなくクレインが決定権を持っていたのは、兄だからということもあるが、ディケットまでの移動手段を用意するのがクレインだからに他ならない。


 ここまで馬車で来たハインツだが、その馬車が事故で使えなくなり、残された方法はタイミングよく偶然乗合馬車がサッチ村を通りがかるか歩くかの二つしかない。

 この時期は馬車の往来があまり頻繁ではないため、今のままだとハインツは回復しても徒歩でディケットを目指すことになる。


 だが、今日クレインはマークレーと共に馬でやって来たため、ディケットへはハインツとクレインのタンデムで向かうことができる。

 鳥人族は成人男性と比べても体重がずっと軽いため、この二人で乗っても馬を潰すことはないという強みもあった。


 兄としての立場と移動手段を握っているということから、ハインツの今後の行動はクレイン次第となったわけだ。


「そうですか。俺達はどうしましょうか?お望みならお二人の護衛をしますが」


「いや、それには及ばん。ディケットまでの移動には、後詰でやってくるマークレー殿の隊から護衛を回してもらう約定を得ている。それより、アンディ達は先にディケットへ戻り、学園長殿に此度の件の仔細を説明してもらえるか?」


 一応、ディケットを離れる際には学園長への伝言を託しているが、それは馬車の事故やハインツの生存を知らなかった段階でのものにすぎず、今となっては事情が大きく違っている。

 事の顛末を調べ上げた捜査官本人であり、移動速度も馬より速い俺達を学園長へのメッセンジャーにしたいというクレインの考えは順当なものだ。


「わかりました。そういうことなら、俺とパーラは先に戻らせてもらいます」


「うむ、よろしく頼む」


 今後のことはもう決まったので、じゃあ後は兄弟仲良くご歓談をと小屋を離れてもいいのだが、何となく縁を持ったハインツとここであっさりと別れるのも味気なく思い、もう少しだけ話をしてみたい。


「なんと!ではアンディがあの人工翼を開発した人間だったのか」


「いえ、正確には俺ではなく、学園の生徒がそうなんですが」


 話は自然と人工翼についてのものがメインとなり、クレインが俺のことをそう紹介したことにより、驚いたハインツは俺が当の開発者だと思われてしまった。

 大本の提案をしたのは俺だが、完成形までもっていったのはヒエスの力によるところが大きいため、そうだと認めるのはなんだか後ろめたさを覚える。


「そうは言うがな、危険な実験を買って出たのはお前だそうじゃないか。そういう点でも、十分開発の進捗に寄与したと誇ってもよかろう」


 俺の謙遜をどう思ったのか、若干苦言めいた形でクレインからそう言われては、それ以上俺は反論する舌を持たない。

 なんだかんだとクレインも人工翼については俺とヒエスに次いで詳しくなっているから、彼にそう言われてはこれ以上謙遜するのも嫌味になりそうだ。


「…ふむ、丁度いいな。ハインツよ、ここには人工翼の開発に携わったアンディもいることだし、どうせならお前が学園で話そうとしていたという件、少し明かしてみないか?私にも言わないのだから、よほどのこととは思うが、いい加減気になって仕方ない」


 元々そういう話にもっていきたかったのか、クレインがハインツのディケット行きの目的についてを話させようとしだす。

 そういえば、実の兄にも明かさず、学園で人工翼の関係者を前にして話すとだけ言っていたらしいが、それがどんなものか俺も気にはなる。


 クレインの言葉に、それまでの楽し気だった表情を一転させ、険しい顔つきとなったハインツが腕を組んで何やら悩む仕草を見せる。

 わざわざディケットまで足を運んで話そうとしていたものを、今この場で明かすべきかという迷いがあるようだ。


 しばらくそのまま、誰も一言も発することなく時間が過ぎ、これは無理かと俺が話を変えようと思った時、ハインツがゆっくりと話し出した。


「本当なら学園で、人工翼の研究と製造をしている者達全員に向けて話したかったが、致し方ない。こんな状況になってしまっては、次に何があるかわからんしな。兄者にも、知っておいてもらおう」


 今回はキノコの食中毒で済んだが、ハインツは下手をすれば馬車の事故で命を落としていた可能性がおおいにあった。

 それにより、件の人工翼に関する彼自身が秘めたものを永遠に失われることの危うさに気付いたのだろう。

 今この場で話しておくのも保険の意味合いで必要だと思ったに違いない。


「しかしその前に、まずはアンディに俺の村で起きた事故について話しておこう。この事故があったからこそ、俺はディケットへ向かうことを決めたのでな」


 そこからハインツが語りだしたのは、人工翼に関する危険性についての、彼と彼に賛同する者達の意見をまとめたものだった。





 ハインツの話は、ラサン族の村にクレインが人工翼を持ち帰った時にまで遡る。


 クレインは早速村の人間を集め、彼らの目の前で空を飛んで見せ、道具の手を借りてではあるが鳥人族の悲願を達成することができるという可能性を示したことを、ラサン族の誰もが喜んだそうだ。


 未だ子供には使わせられないが、大人には人工翼の使い方をレクチャーし、それで何人もが空を飛び回るという体験をすることとなった。

 普通ならちょっと高いところを滑空するだけで恐怖と満足を覚えるものだが、鳥人族はその遺伝子に飛行に関する本能が刻まれているのか、誰もが命の危険がある高さまで飛び上がっていく。


 そうして村人達が空へと戻る感覚を体験していたその時、事件が起きた。


 現在は人工翼も一つだけで、それの使い方はクレインが飛ぶ前に教えるしかなく、実際に飛んでからは装着者の判断に全てがゆだねられる。

 そのせいで、空中で操作を誤ってもアドバイスや補助が地上からでは到底間に合わない。


 村の青年が人工翼で飛行中、操作を誤ったか風を読み違えたかして、高高度から地面に真っ逆さまに墜落してしまった。

 青年は首の骨を折って死亡。

 人工翼はその日のうちに使用禁止が決められた。


「人工翼を使って事故が?しかし、クレインさんはそんなことは一言も…」


 ここまで聞いて、俺は人工翼によって死亡事故が起きたことを初めて知った。

 先日のディケットでも、クレインは人工翼がいかに素晴らしいかを語りはしたが、人死については何一つ話してくれていないし、そんな気配すらも感じさせていない。


 どういうことかとクレインを見れば、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「…確かに、人工翼での飛行中に落下したのは事実だ。しかしそれは、あくまでも個人技能の未熟さゆえの操作不能による事故だと結論付けられている。人工翼に関した不具合などはなかった」


「ああ、そうだな。兄者の言う通りだ。だが村の老人達はそう思わなかった。道具に頼ったことによる油断で死んだとな」


 クレインとハインツ、どちらも淡々とはしているが、その根底には人工翼にかける思いの違いによる認識のズレがあるように思える。


 ラサン族の悲願を叶えるための手段として、人工翼を推していきたいクレインに対し、人死にを出した人工翼にハインツは危機感を覚えているのかもしれない。

 そういう点から、兄には真意を明かさずにディケットを目指したのだろうが、だとしても兄弟なのだからもっと話をしておけと思ってしまう。


「使用者が死んでる道具なら、使うのも躊躇うってのは分からないでもないね。私だって、アンディが作った物でもとりあえず疑ってかかるもの。…話を聞いた感じだと、ハインツさんは人工翼の危険を訴えるために学園に行こうと思ったの?」


「まぁ、そんなところだ。実際はもっと色々とあったが、今はそう思ってくれていい」


 人工翼推進派の兄にはきっと止められると思ったのか、ならば開発元である学園に直接乗り込んで直談判をしようと、そんな感じだったのだろう。


「それで、学園に行ってどうするつもりだったのだ?まさか死人が出たから償えとでも言う気か?」


 その場合、賠償責任は学園と開発者であるヒエスと俺に発生する可能性はあるが、すぐに首を横に振るハインツの様子だと、そうではなさそうだ。


「村の連中の中には、そう言いだした奴もいたがな。それも悪くはないが、別の話をするつもりだったさ」


「ほう、どんなだ?」


「兄者が持ってきたあの人工翼は大人が使うもので、子供は使えない…というより、使わせないものだろう?」


「そうだな。風を掴む力が安定していない子供のうちは使わせられん」


 人工翼はそれ単体で空を自在に飛べるという道具ではない。

 どちらかというとグライダーに近い道具なのだが、鳥人族がもつ種族特性とでも言おうか、自分の周りの風を操ることで翼を体の一部のように扱えるらしい。

 そして、その能力は大人になってようやく安定するため、子供のうちは人工翼を使わせないと決めている。


「そこだよ、兄者。今回死人が出たのはそこに問題があるんじゃないか?もし仮に、子供の頃から人工翼に慣れていれば、今回のような事故は起きなかったと俺は考えているんだよ」


 なるほど、ハインツの言うことの意義は俺にもわかる。

 人工翼が生み出されたのはごく最近で、供給されるであろうラサン族は、習熟度のしの字もない状態でいきなり空を飛ぶのを強いられる。


 クレインはセンスがあったのか、最初からほぼ完ぺきに使いこなしていたが、全員がそうだという訳ではない。

 そのため、やはり子供の頃から人工翼に触れて、慣れる時間というのが必要だという考えは実に正しいものだ。


「確かにお前の言うことはもっともだ。だがな、人工翼を扱うには鳥人族の大人でなくてはならないというのはお前も分かっているだろう?」


「ああ、十分にな。そこで俺が言いたいのは、子供用の人工翼を作ってもらえないかという話なんだよ」


『子供用!?』


 サラっと言い放ったハインツだが、その発想には俺もクレインも驚かずにはいられなかった。


 死亡事故があったから出てきた発想なのか、人工翼が大人にしか扱えないなら、子供用のものを新しく作ってしまおうというのは真っ当なものでもあり盲点でもあった。


 大人になってからいきなり人工翼を使わされる前に、扱いやすさを重視して性能を落とした人工翼で子供のうちから練習させようという魂胆なのだろう。

 ある程度機能をオミットして、製造時間と費用を抑えた量産性にも優れた練習用の人工翼というのは、中々着眼点がいい。


 ハインツはラサン族の将来を見越して、子供達のための人工翼を用意すべきと、そういう話をしようと学園へ出向こうとしたわけだ。


「お前…そんなことを考えていたのか。しかし、なぜ私に相談しなかった?何も秘密にすることでもあるまい」


 クレインの言う通り、これぐらいの話ならなにもハインツだけの内に収めて臨む必要はない。

 相応の理由があるはずだが。


「あ、ちょっと待って。私分かっちゃったかも!」


「ちょっおいパーラ、今は兄弟で話してんだから」


「ハインツさんはさ、きっとクレインさんを心配したんだよ」


 それまで大人しく聞いていたパーラが、兄弟の会話をぶった切るようにして声を上げた。

 あまりにも急なことで、驚いた俺は制止しようとするが、お構いなしにパーラも兄弟も話を続けていく。


「私を?どういうことだ?」


「だってその子供用の人工翼を作るって話をしたらさ、クレインさんは今以上に忙しくなるんじゃない?ただでさえ村と学園を往復して忙しいのに、これ以上負担が増したらって考えて、兄を助けようと思ったんだよ、きっと。私も兄さんがいたからわかるもん」


 言われてみれば、クレインは人工翼に関して色々と忙しいと以前こぼしていたし、ここに子供用のものを作る話が加わると、確実に忙しさは増す。

 それを心配してハインツが負担を引き受けようとするのはおかしくはないが、しかしそんな単純な話があるわけ……いや、どうやらそうらしい。


 ここまで聞いて照れくさいのか、視線を大きくそらしたハインツの様子に、パーラの話したことが図星だったということが分かる。

 他人にいきなり心の内を明かされては、そうもなるか。


「ハインツ、お前…」


「……兄者は何でもできちまうから、俺が助けることなんてほとんどないだろ。だから、これぐらいは俺がやろうと思ってな。気付いてねぇかもしれねぇが、兄者は最近痩せたよ」


 ぶっきらぼうにそう言いながら、最後の方はクレインを気遣うようだった。

 俺は気付かなかったが、兄弟であり一緒の時間が長いハインツだからこそ、変化に気付いていたのかもしれない。

 それゆえに、クレインをそうさせている心労の元を幾らかでも引き受けようと思ったのだろう。


 ここで改めて兄弟の絆のようなものを確認したようで、感極まった様子のクレインとハインツの姿に、麗しき兄弟愛と思わなくもないが、今回に限ってはどちらにも問題があった。


 クレインは族長としての責任もあるのだろうが、何かも抱え過ぎだ。

 立場があって人には明かせないものもあるだろうが、偉くなったのだからこそ、誰かに任せたり頼ることもした方がいい。


 ハインツは相談をせずに突っ走る質なのか、こちらもコミュニケーション不足の感は否めない。

 自分なりに兄を支えようとしてのことなのだろうが、あまりにも不器用すぎる。


 要するに、もっと兄弟同士で話し合えと、そういうことになる。


 とはいえ、ここでハインツがディケットへ持ち込もうとしていた案件を知れたのは不幸中の幸いとでも言おうか。

 俺はどちらかといえば人工翼の開発者側の人間ではあるため、いきなり向こうで顔を合わせて寝耳に水となるよりはましだと、前向きに思おう。


「うぅ、兄弟っていいねぇ」


 今の何に感動してか、目に涙を浮かべるパーラを一歩引いて眺めながら、今後のことを考える。


 子供用の人工翼をどうするかは俺が決めることではないが、そういう目的でディケットへ行くと分かった以上、学園長やヒエスへこのことは伝えておいた方がいい。

 人工翼に関することは、今やこの二人を通さないわけにはいかないので、なるべく早く知らせてやりたい。




「―てことなんで、俺とパーラは先に学園へ戻ります。クレインさんはどうしますか?」


「私はこのままハインツについて、ディケットまで同道する。よって、お前達はここでした話を学園へ持ち帰り、学園長やヒエスに子供用の人工翼を検討するようによく伝えてくれ」


「分かりました」


 俺はあくまでもクレインについてここまで来たようなものなので、クレインからしたらわざわざ留め置く理由もない。

 それならと、ハインツに関した諸々の件を携えたメッセンジャーとして送り出そうとも考えたのだろう。


「ではハインツさん、俺達はこれで失礼します。病み上がりになることと思いますが、ディケットまでの無事の旅をお祈りします」


「おう、なんか色々と面倒を掛けたみたいだな。向こうに着いたらなんか奢らせてくれ」


「じゃあ私がどこか美味しいとこ探しとくね。キノコ以外で」


「はっはっはっはっは!そうだな、もう当分キノコはよそう。そういう方向で店を頼んだぞ、パーラ」


「うん、任せてよ」


 別れの挨拶としては少し豪快な笑いもありつつ、俺達は小屋を後にする。

 村を発つ前にマークレーにも一声かけようと思い、しばし村の中を歩き回ってみるが、その姿を見つけられなかった。


 そこらにいた村人に尋ねてみると、どうやら村長宅で重要な話し合いをしているそうで、それならと伝言を頼んで俺とパーラは村の外へ向かう。

 本来なら急いで村を出る必要はなかったのだが、さっきハインツから聞いた話を学園へ伝えるには、なるべく早い方がいいと判断し、今がまだ明るい時間ということもあっての旅立ちとなった。


「ねぇアンディ、今から村を出たとして、ディケットまでは今日中には着かないよね?途中で野営する場所に見当はついてるの?」


 噴射装置を装着しながら、パーラがそんなことを口にする。

 ディケットからサッチ村までは、馬を潰すつもりで飛ばしたとして二日は軽くかかる距離だ。

 空を飛んで一直線に行けばもっと早く着けるが、それでも夜を挟むことになるため、野営は必須だろう。


「見当も何も、適当なところでいいだろ。食料も多少は持ち合わせてるし、土魔術で家も作れるんだから。そう言うってことはお前、なんかあんのか?」


「んふー、実はさっきちょっといいお肉貰って来たんだ。今夜はこれでなんか美味しいものを作ってもらおうかと思って」


 そう言って背嚢からくすんだ葉っぱに包まれた肉の塊を取り出したパーラの顔は、それはそれは嬉しそうな笑顔だったそうな。


「なんだよ、夕食を心配して野営の話をしてたのか」


「だって、場所によったら調理に火も使えないじゃん。せっかくのお肉なら美味しく食べなきゃ」


 まだそう雪が積もっていない今なら、活動している凶暴な動物もそこそこいたりする。

 今の時期は火を使わなければ野営は厳しいが、だからといってその火で肉を焼いてしまうと、匂いで魔物や肉食動物をおびき寄せてしまうこともあるため、場合によっては貰った肉をこの日は食べられなくなってしまう。


 パーラはそれを危惧して、野営の場所を気にしていたわけか。

 つくづく食い意地のはった女だ。


「それで、何の肉なんだ?」


「猪だよ。村の近くで猟師が仕留めたそうだけど、いっぱいあるから少し持ってけって」


 少しとは言うが、見たところ三キログラムはありそうだ。

 食いでのある量だけに、今夜は肉祭りとなることだろう。


「まぁ行きがてら何作るか考えておくわ。んじゃ、そろそろ行くぞ」


 噴射装置に圧縮空気が十分に充填されたのを確認し、パーラを先に飛ばせるためにそう声をかける。

 何となくだが、二人で空を飛ぶときはその都度交互に先頭を交代しあうようになっていて、サッチ村に来た時は俺が先頭だったので、今回はパーラが先に行くことになる。


「はーい、一番おいしいのを頼むねー…っと!」


 夕食へ思いをはせ、涎をたなびかせそうな勢いでパーラが飛び上がり、それに少し遅れて俺も噴射装置を一気に吹かす。

 冷たい空気が顔を叩き、一瞬目を瞑ってしまうが、すぐに少し先を飛ぶパーラを視界にとらえ、噴射装置を操作して編隊を組むように位置を微調整していく。


 そうしながら、パーラからのリクエストにこたえるべき今夜のメニューを頭の中で考えていると、不意に俺の目の前へキラキラした何かが飛来して来た。


「…?っ汚ねっ!?」


 その正体は、俺の十メートルほど先にいるパーラの口からこぼれた涎だ。

 寸でのところで回避したが、あいつめ、飛びながら涎を垂らすとは何事か。


「おいパーラ!てめぇ、後ろに涎飛ばすなよな!もう少しで当たるとこだったぞ!」


 少し速度を上げ、パーラの横に並びながら先程のことを注意する。

 当たっても怪我はしないが、それでも人の涎を浴びて穏やかでいられる人間はいないだろう。


「ごめーん!お腹減っちゃって!」


 これほど心のこもっていない謝罪がこの世にあるだろうか。

 パーラの言葉に思うところはあるが、今は飛行中ということもあってそれ以上言わず、飛行へと集中していく。


 ただ、ハインツ死亡の誤報に端を発した今回の件も、これで終わりと思えば、今のことも許せるぐらいに俺の心は満ち足りている。

 この後はディケットへ戻り、学園長達に諸々の報告をするが、それが終わったらゆっくり休ませてもらおう。


 まさか冒険者になって刑事の真似事をすることになるとは思わなかったが、中々変わった経験をしたと今なら言える。

 街に戻ったら、ギルドでこの手の依頼を探してみるのも悪くないかもしれない。

 もっとも、司法の及ぶ仕事だけに、依頼としてはそうそうあるとは思えないが。

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