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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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321/463

死亡確認!…え?違う?

 クレインの弟が馬車で死んでいるという報を聞き、詰め所へと向かった俺達は事情を知る兵士から簡単に話を聞いた後、すぐに現場へと向かった。


 噴射装置も人工翼もおいてきていたため、急遽こちらも馬車を用立てて移動したが、目的地までの距離がそれなりにあることと馬車の移動スピードがそれほどでもないこともあり、逸る様子のクレインを落ち着かせるために色々と話しかけてみる。


 さしあたり、今こうして俺達が駆けつけている先にいるクレインの弟について尋ねておく。


「ハインツ…それが弟さんの名前ですか」


「ああ。歳は七つほど離れているが、兄弟の中でも母親が同じ私によく懐いていた。大人になってからも、私を公私で支えてくれる、出来た弟だ」


 死んだと聞かされている弟のことを話させるのは少し酷かとも思ったが、逆にそういう話をさせた方が精神的には安定すると何かで聞いた気がする。

 今乗っているのが箱馬車だということもあって、外の寒さは幾分和らいでいるが、それでも時折体を震わせていることから、クレインが抱いているショックの大きさがうかがい知れる。


「そのハインツさんが人工翼の件で学園に向かっていたとは聞きましたが、具体的にはどのような?」


「それが…実はよくわからない。なにせ、学園長からの招聘が来てから急に同行すると言い出したのだ。人工翼について、ラサン族の今後がかかる話をしたいと。どんなことかと尋ねても、その場になってから話すとしか言ってくれなくてな。あんなに頑固な弟を見たのは久しぶりだ」


 よくわからないまま同席を認めたクレインも中々だが、ラサン族の未来を掛けた人工翼にハインツが一体何を言うつもりだったのか。

 クレインにも明かしていなかった以上、死んでしまった今では知ることはできないのかもしれない。

 その旨を書いた文書でも残っていれば別だが、それも現場に行ってからだな。


 半日ほど走り続け、日暮れが迫った頃にようやく目的地へと到着した。

 最低限馬車が走られる程度に整えられた街道で、脇に避けられるようにして横倒しとなった馬車が見える。

 その周りには兵士が数名、車体を守るようにして立っていた。


 彼らはディケット所属の巡察隊で、報告に戻らせた人員以外の残りとなり、遺体と馬車を回収してディケットへ戻る作業を行っている最中だ。

 日本人としての感覚としては、現場保存もなしですぐに移動させるのに抵抗感を覚えるが、この世界では鑑識や損害調査員などはいないので、これが普通の光景だったりする。


「…ん?なんだ、貴様らは!」


 馬車を降り、クレインと一緒に指揮をとっている男性へと近付いていくと、不機嫌丸出しといった声が投げかけられた。

 他の兵士に比べて身なりがいいため、この男だけは正式な騎士階級だと推測する。

 恐らくこの集団の隊長格だろう。


「ここは事件のために調査中だ。用がないないのなら早々に立ち去れ」


「事件?…見たところ、馬車が横転したように見えるが、事故ではないのか?」


「調査中だ。関係のない者にこれ以上言うことは無い。さあ、とっとと行け」


 クレインの問いかけにも素っ気なく返し、シッシッと犬でも追い払うように手を振られたが、ここで帰るなら来た意味がない。


「待ってくれ。私達は何も興味本位で来たわけじゃない。私はクレイン、こっちのはアンディ。ともにディケットから来た。その馬車の遺体の一人が私の弟だと聞き、ここまで駆け付けたのだ」


「…失礼した。馭者と乗客、どちらのご遺族か?」


 こっちの素性を明かすと急に神妙な態度に変わったが、それだけ職務に忠実に臨んでいた証拠で、少しピリついたような感じだったのも真剣さのせいだったと今なら思える。


「乗客の方だ」


「む?ということは、あなたもラサン族の方か?」


 ハインツの身元を確認したために、クレインに話が伝わってこうして来れたわけなので、彼らもすぐにハインツの遺体とクレインを関連付けることができたようだ。


「いかにも。乗客の名前はハインツだな?…せめて一目遺体を見たいのだが」


「やめておいた方がいい。見つけるのが遅かったのか、動物か魔物に荒らされて酷いものだ。ギルドカードで身元が確認できなければ、今頃我らも途方に暮れていたかもしれん」


 一歩踏み出そうとしたクレインを、男が手で遮るようにして止めたのは、身内と損傷した遺体で対面させることへの思いやりからだろう。


 ハインツが遺体となってどれくらい経ったかはまだ分からないが、この場所はディケットからは馬車で通常一日の距離がある。

 俺達は急いできたために半日程度で着いたが、これだけの距離は血の匂いを嗅ぎつけた動物が遺体を食い散らかすのに十分な時間を与えるものだ。


「構わん。たとえどんな姿になっていようが、私の弟だ。頼む」


「…分かった。付いてきてくれ」


 ジッと目を見て話すクレインの様子に、男も折れて馬車の方へと歩いていく。

 俺達もそれに続くと、馬車の周りにいた兵士達の視線が集まるのを感じた。

 自分達が仕切っている現場に突然現れ、指揮官自ら遺体の下へと案内する俺達を訝しんでいるのだろう。


 特に止められることなく馬車まで来て分かったが、遠目に見えていたのは車体の底の方で、どうやらこいつは幌馬車だったようだ。

 横転した衝撃か、それとも別の要因かで幌はズタズタに破けていて、少ないながら散らばっている荷物の中に、血まみれの遺体が一つ見えた。

 そして同時に、鉄錆びと生臭さの混ざった匂いが俺の鼻へと届けられる。


「そっちのは馭者だ。所持していた人記証で身元は分かっている」


 遺体に向けられた俺の視線に気づいてか、何者かを解説してくれたのは有難い。

 正直、見た目で分かることはほとんどない。

 しいて言えば小柄だというぐらいか。


 まず間違いなく獣の牙でやられたと思われる傷が全身にあり、内臓は花が咲いたように外へ広がり、手足は勿論、首すらもちぎれかけている姿は凄惨という以外に表現のしようがないほどだ。


「馭者の方とは面識が?」


「いや、ない。ハインツは馬車を使うとは言っていたが、どこで調達するのかまでは知らなかった」


 もしかしたら同郷の人間が馭者だったということも考え、少し声を抑え気味に尋ねてみたが、とりあえず馭者の方のショックは最低限に抑えられたようだ。


「そういえば、馬車を引いていた馬はどこへ?」


 車体はあるが馬はおらず、目に見える範囲にあるのは巡察隊が乗ってきたと思われる馬だけ。

 その数も兵士の数とぴったり合っていることから、彼らが保護しているわけではなさそうだ。

 少し気になった俺はなんとなしに尋ねてみた。


「あぁ、ここから少し離れたところにある木の下で死んでいた。恐らく、馬車が横転した衝撃で驚いて逃げ出し、いくらか走ったところで力尽きた、といったところか。あれだけの惨状だ。辛うじて死にはしなかったが、致命傷は負ってたんだろう」


 なるほど、荷物が当たりに散らばるほどの事故にあいながら、何とか即死は免れはしたものの、長くは生きられなかったということか。

 惜しい馬を亡くした。

 知らんけど。


「ハインツ殿は馬車の中だ。そっちのほどじゃないが遺体が大分傷ついてる。…気を確かにな」


「気遣い、痛み入る」


 それだけ言って車体の横に立った男に礼を一言告げ、車体の中へその身を滑り込ませるクレインに続き、俺も中へと入ろうと試みる。

 しかし、幌が破けたとはいえ横倒しになった馬車の中は広くなく、自然と俺は奥の方へと進むことは出来なくなった。


 だが、ここからでも中の様子は十分にうかがえ、クレインの背中越しに見える奥の方には、かなり歪な形の遺体が横たわっているのが分かる。


 遺体は全身の骨がまんべんなく折れているのか、手足はぐにゃぐにゃで所々から骨が皮膚を破って突き出ているし、首はクランクのようにズレていて、あらゆる方向から強烈な衝撃を加えられたらこうなるという見本を見せられているようだ。


 こちらも獣が齧ったと思われる傷はあるが、外の馭者に比べれば比較的軽度と言ってよく、顔はほぼ完ぺきに残っているため、若い男性だということぐらいは判別出来る。

 しかし、クレインの弟にしてはあまり似ていないように思えるのは、死んでしまった顔を見ているからだろうか。


 遺体を見ているクレインの顔を後ろから覗き見てみると、その険しさは先程より増しており、やはり血を分けた弟の遺体を前にした悲しさは相当なものかもしれない。


「クレインさん、ハインツさんのことはご愁傷―」


「―違う…」


「え?」


 慰めの言葉を掛けようとした俺の声を、押し殺すようなクレインの声が遮る。

 違うとは?


「ハインツじゃない。誰だ?こいつは」


「―なんだと?」


 俺が答えるより一瞬早く、背後から今の気持ちを代弁する言葉が投げかけられた。

 馬車の横に立っていた隊長格の男が、しっかりと中の様子に気を配っていたがために出た声だった。


「そんなはずはない。その遺体のそばにあったギルドカードには確かにハインツと…。だからこそ、私はディケットまで報告に人を走らせたんだ」


 ラサン族に多大な恩のある学園としては、ディケットを目指して馬車で移動中のハインツには無事に到着して欲しいという思いがある。

 そのため、街の衛兵や巡察隊とは情報を共有し、何かあったら共同歩調をとれるようにとしていたと聞く。


 この巡察隊の兵士達も、ギルドカードでハインツという名前を見た時点で街に報告を急がせた程度には、火急の事態という認識はあったはずだ。


「そうは言うがな、顔が違うのだ。そもそも、見た目の年齢からして違う。ハインツは今年34歳になる。アンディ、君から見てこの遺体はそれぐらいに見えるか?」


 言われてクレインの肩越しに遺体をよく見て、無事な顔立ちからおおよその年齢を推測する。


「…とても30代には見えませんね。高く見積もっても20代前半といったところでしょう。下手をすれば、10代かも」


「うむ、私も同じ意見だ。顔も年齢も違うとなれば、全くもってこれをハインツと同一には見れないのだがね」


 ラサン族の寿命は普人族より長いが、外見での歳の取り方はほとんど変わらないと言われている。

 それに則ってみてみれば、目の前の遺体はクレインの弟というよりも、むしろ息子だと言われた方が納得できてしまう。


「そうなると、そもそもこの遺体はラサン族じゃない可能性もありますね。えー…失礼、まだお名前を窺ってませんでしたね」


「え?あ、あぁ、俺はマークレーだ。マークレー・バフマン、ガンドンシャ騎士団の所属だ」


 考え込んでいたマークレーだったが、俺が尋ねることでようやく名前を教えてくれた。

 出来れば初対面の時に教えてくれれば楽だったのだが、まぁ今知れたのでよしとする。


 それにしてもガンドンシャ騎士団とは、聞き馴染みのない名前だ。

 ガンドンシャという名前の貴族家が抱える騎士団の一員なのだろうが、ディケットを拠点として巡察隊を組織しているあたり、学園とのつながりもある大身の貴族なのかもしれない。


「ではマークレーさん、ギルドカードを遺体の傍で見つけたと言いましたよね?」


「ああ。丁度、そこの腰掛けに引っかかるようにしてな」


 マークレーが指さす先は、本来なら馬車に乗る時に乗客が腰かけるベンチのような席があった。

 ここまで車体が横になっても壊れた様子がないのは、それだけ頑丈な作りなのだろう。


「ギルドカードは遺体が持っていたわけではない?例えば手とか懐とかに」


「いや、そういったことではないな。これだけの惨状だ。何かの衝撃で車内に滑り出たと考えている」


「ふむ…であれば、そのギルドカードの持ち主とこの遺体は別の可能性がありますね」


「しかし、こいつは他にギルドカードや人記証といったものは持っていなかった。だから……あぁ、そうか、だからハインツと思い込んでしまったわけか、俺は」


 最後の方は震え交じりの声になったマークレーは、順序立てて思い出すことで遺体をハインツと思い込んだことを自覚したようで、頭を抱え込んでしまった。


 遺体の傍にギルドカードが落ちていて、身分を証明するものを他に持っていなければそれが誰のものかは想像するまでもない。

 クレインが遺体をハインツじゃないと言わなければ、そのままハインツは死亡したと処理されていたことだろう。

 決してマークレー達が悪いわけではなく、そう勘違いさせる要素があっただけの話だ。


「もしかして、この馬車には最初からハインツさんは乗ってなかったんじゃないですか?変わりにこの謎の人物が乗っていて、ハインツさんはどこかで生きているとか」


「そうであるなら私には喜ばしいが、ではハインツはどこにいる?ギルドカードだけを残してどこかには行くまい?」


「まぁ普通はしませんね。となると、何かの事件に巻き込まれているかも。…マークレーさん、先程事件とおっしゃいましたが、もしかして誰か攫われた形跡があったんじゃないですか?」


 ギルドカードは偽造も不正使用もできない、この世界では異質なほど高度なセキュリティを備えた本人認証装置だ。

 所持者は紛失しない様に気を付ける以上、カードだけが残されている場合は何かしらのトラブルに巻き込まれている場合が多い。

 ハインツもそうである可能性は高い。


「いや、確かに事件と言ったが、誰か攫われたとかじゃない」


「え…違うんですか?」


 俺はてっきり、馬車にはハインツのほかにも人が乗っていて、移動中に何者かの襲撃を受け、ハインツだけが拉致されて残りが殺されたというシナリオを想定していた。

 マークレー達もその事件の調査をしているかと思っていたのだが、きっぱり否定されてしまった。

 自信たっぷりに言い放っただけに、ちょっと恥ずかしい。


「ああ。…まぁ本当は部外者には教えないんだが、お前達は無関係でもなさそうだしな。少し説明しよう。外へ出てくれ」


 軽くため息を吐きながらマークレーに促され、クレインと共に馬車の外へ出てみると、車体のある部分にマークレーが近付き、車軸のあたりを指さしながら口を開いた。


「ここは馬車の車輪があった場所だが、見てくれ。本来なら荷台と繋がっているはずの車軸のある部分が人為的に破損されているのが分かるだろ」


 言われてよく観察してみると、確かに金属製の車軸の一部分がやすりで削られたように細くなっており、車輪へと伸びる部分は引きちぎられたように断裂していた。

 走行中に段差に乗り上げたりして強烈な力が加わり車軸が破損、コントロールを失って横転となる絵が容易に思い描ける。


 通常の使用で摩耗するには明らかに不自然な様子に、馬車に事故を起こさせるための工作が施されたと分かる。

 つまり、二人の人間が死体となった馬車の横転は、事故ではなく仕組まれた事件だったという訳だ。


「これを見る限り、車軸の摩耗によって馬車が起こした事故ではなく、完全に人の手による事件だ。だから我々はこの馬車と遺体を持ち帰り、詳しいことを調べようとしていたのだ」


 DNA検査などないこの世界で、遺体と車体を持ち帰って何が分かるかは疑問だが、明らかに人為的に起こされた事故となれば、何も調べないわけにはいかない。

 それが彼らの仕事だからだ。


「殺人事件という訳ですか。狙われたのは馭者?それとも乗客でしょうかね?」


「それもこれから調べる。しかし、もう一つ調べなくてはならないことができた」


「弟の…ハインツのギルドカードだけが何故あったか、だな?」


「そうだ」


 この事故、いやもう既に事件と言っていいだろう。

 乗客が何者で、誰を狙ったかなど色々と謎はあるが、さしあたって知るべきはハインツがどうなったかだ。


「こっちの馭者台に、印が付けられた木の板があった。この馭者は丁寧な仕事をしていたようで、乗客が何人乗って何人降りたかをしっかりと木の板に記録していたらしい。それによると、最後に乗った人間は一人、つまり遺体となっている者だけだ」


「つまり、元々ハインツさんはこの馬車には乗っていなかった?」


「恐らくはな。念のため、我々はここに到着してから辺りを見回ったが、この馬車以外に人の遺体や血痕などは見当たらなかった。三人目はいないと断定できる」


「しかし、ギルドカードは残ってましたよね?本人が乗らずにギルドカードだけが車内に運ばれたと?」


 俺はてっきり、この馬車にはハインツのほかに遺体となった何者かも同乗していて、事故を起こしてからハインツだけがどうやってか姿を消したと思っていた。

 しかし、馭者が残した記録を信じるなら、そもそもハインツは乗っていないことになる。


「さて、それは俺には何とも言えんな」


「…こう考えてはどうだろう」


 今のやり取りに何か思うところがあったのか、マークレーと俺のやり取りを聞いていただけのクレインが口を開いた。


「ハインツは確かにこの馬車に乗ったが、何らかの理由で途中の村か街で一旦降りた。その際、ギルドカードを落としてしまった。そして、新しい客を乗せて馬車が出発し、こうして事故を起こした」


「ふむ…筋が通らんことはないな。しかしそうなると、この乗客の身元が一層謎だ。ギルドカードも持たずに馬車へ乗り、どこへ行くつもりだったのだ?」


「確かに。大抵の街や村にはギルドカードや人記証を見せないと入れませんからね」


 よっぽどの大貴族やその町の長とかなら話は別だが、基本的に身分証を提示せずに街中へ入るのはまず無理だ。

 規模の小さい村なら誤魔化す手はあるそうだが、この馬車はディケットを目指して移動していたのだから、身分証を持たずに乗車するわけがない。


「どこから乗ったのかは馭者の記録にあるし、まずはそこから探ってみる。とりあえず、最後に立ち寄った村で聞き込みだな。クレイン殿、よければ一緒にどうだ?弟を探すのなら行動を共にするのも悪くはないぞ」


「そうだな。ここで弟に関する何かがわかるとは思えんし、同行させていただこう。マークレー殿、よろしく頼む」


 ハインツの行方を探すのなら、この馬車のルートを逆にたどるのが現状では一番だと思えるので、マークレーの申し出はクレインにとっては有難かったことだろう。

 俺もクレインに同行することになるだろうが、そうなるとこの現場はこれで見納めとなる。


「ん?」


 何か見落としはないか見回してみると、馬車の傍にある藪に引っかかっていた外套に目が行く。

 馬車から散らばった荷物のひとつなのだろうが、多少汚れているが仕立てのよい群青色の外套は、成人が着るには幾分小さい。

 決して安物とは言えないその外套は、馭者が身に着けるには不釣り合いなものだと言え、それゆえに身元不明の方の遺体が持ち主だと予想する。


「どうした……その外套は?」


 クレインが俺の背後から覗き込むようにして、外套へと目を向ける。


「そこの藪に引っかかってました。恐らく、馬車の中の人のものかと」


「ふむ、まぁこの荷物の散らかりようだ。外套の一つもそうなるだろうな」


 乗客と積載物の場所は一応分けられてはいるが、幌馬車という性質上、事故で幌が破ければ客も荷物も等しく外へ放り出される。

 今回、遺体が馬車内にとどまっていたのは恐らく偶々だろう。

 幌の破損が及んでいない部分で遺体が受け止められたとかそんな感じの。


 ふと、外套のポケットに手が触れ、そこに何か硬くて小さい物体が入っているのに気付く。

 中を検めてみると、そこから金属の指輪が出てきた。


「…なるほど、そういうことか」


「どうした?」


「この外套はあの遺体のものとみて間違いないでしょう。そして、ポケットの部分に指輪が入ってました。この指輪があるから身分証がいらない、持つ必要がなかったわけです」


 ソーマルガでもそうだったが、貴族は家を表す紋章が刻まれた何かを持ち歩き、自国内であればそれをギルドカードの代わりに使用することもできる。

 この指輪も恐らくそれで、刻まれている意匠は普通の装飾品に比べて精緻で、貴族家の何かを象徴する紋様だと分かる。


「どれ、見せてくれ。……シュトー男爵家だな。素材からして嫡男といったところか」


 クレインに続いてマークレーが俺の傍に近づいてきて、指輪を欲したので差し出された手に乗せてやる。

 巡察隊所属の騎士だけに貴族家の見分け方は心得ているようで、すぐに紋章の正体を見抜く。


「貴族家の嫡男が一人で馬車に乗りますかね?」


「色々と遊びまわりたい年頃なら、外出する際に供周りをつけないのも珍しくはない。俺も騎士になる前は、よく一人であちこちに行ったものだ」


 基本的にこの世界の騎士は、王からの叙勲による当代限りの身分とされている。

 だが、国に申請すれば子の適性や強さを審査した結果として、騎士としての身分を引き継がせることは可能だ。

 実際多くの騎士はそれを見越して子を育て、結果として優秀な騎士だけが残ってきた。


 しかし、騎士を目標として過ごす日々の中、たまには羽目を外そうとする若者も当然それなりにいて、マークレーもその口だったのだろう。

 しみじみと話すマークレーは、騎士爵という立場から貴族の嫡男がとる行動に共感を覚えているようだ。


「遺体の一つが貴族とはまた厄介だな。シュトー男爵が騒ぎそうだ」


「おまけに、馬車に細工をされて起きた事故となれば、犯人捜しで死人が出かねませんよ」


 仮に貴族が私兵を総動員して犯人を捜すとなれば、とうてい穏やかな捜査とはならず、疑わしきは罰するというこの世界の常識からして、無実の人間にも厳しい取り調べを行うことだろう。

 罪を認めれば犯人、認めない奴は訓練された犯人だなどと、結局皆殺しという例は少なくはない。


「…しばらくはこちらで止めて、言い回しを考えてから上へ報告をあげるか」


 俺の危惧はマークレーも抱いたようで、騎士としてはよろしくないが、情報の精査をもって貴族の暴走を防ごうとするところで、人の良さが見えた。


「まぁとにかく、まずは馬車が最後に寄った場所へ行って色々調べるとしよう。マークレー殿、どこになるだろうか?」


「ここから最寄りってことならディケットになるが、馬車が来た方向を考えると、俺達が行くのはサッチ村だな」


「近いのか?」


「いや、馬でとばしても二日はかかる。馬車ならもっとかかったはずだ」


 馬車は人と荷物を積んでいくため、歩きに比べて楽で速い移動手段ではあるが、単騎の馬に比べてどうしても一日のうちに走れる距離は短い。

 二日三日は余裕でかかる道のりを、野宿を繰り返して町や村へと到着する乗り物だ。


 マークレーの見立てを鵜呑みにするなら、そのサッチ村とやらは馬車だと四日か五日はかかるとみていいだろう。

 俺とクレインは馬車で来たので、サッチ村にも当然馬車で行くしかないのが気がかりだ。


 ―ぉーまたせっ!」


 そんなことを考えていると、突然俺達の目の前に何かが降ってきた。

 地面ギリギリで噴射装置をふかしたせいで土煙が舞い上がったが、それもすぐに晴れるとそこにはパーラの姿があった。


「うぉおおっ!?空から女の子が!?」


「あ、ご心配なく。敵とかじゃありません。俺の仲間です。早かったな、パーラ」


 マークレーは噴射装置を使って飛ぶ人間を見たことがなかったようで、空から降ってきたパーラにかなり驚いていた。

 腰の剣に手をかけていたので、敵じゃないことをしっかりと伝えておく。


「全力で飛ばしてきたからね。はいこれ、頼まれてたやつ」


 そう言ってパーラは背負っていた背嚢を下ろし、俺の方へと押し出す。

 早速中を検めると、頼んでいたものがしっかりと詰め込まれていた。


「アンディ、それはなんだ?」


「実は街を離れる時、衛兵に仲間への伝言を頼んでいたんですよ。馬車で移動することになるから、色々と道具を持ってきくれって。野営道具や武器とか、あと噴射装置も」


 身一つで移動することになるだろうから、色々と道具を揃えて後から合流するようにとパーラに伝え、そのおかげでこうして装備が届けられたわけだ。


「なんだ、それなら私の人工翼も持ってきてもらえばよかったな」


「流石にそれは無理でしょう。人工翼は今、学園が厳重に保管してますから。クレインさん本人ならともかく、パーラが言っても簡単に預けてはくれませんよ」


 噴射装置を羨ましそうに見ながらそうつぶやくが、今や重要度が跳ね上がった人工翼だ。

 クレイン以外には持たせてはくれないだろう。


「そっちの人がクレインさん?初めましてだよね?」


「ああ、初めましてだな」


 パーラにはよくクレインのことを話して聞かせていたので、初対面ではあるが親しみを持って話しかけていた。

 クレインも、娘とそう歳の違わないパーラには柔らかい表情で接している。


「よし、これで宿場まではひとっ飛びできますよ、クレインさん」


「ひとっ飛びとは言うが、私は噴射装置を使えんぞ」


「ええ、ですから俺とパーラがサッチ村に先行して、色々と捜査をしておきます。クレインさんはマークレーさんと一緒に後からゆっくり来てください」


 パーラが合流したことで噴射装置が使えるようになり、サッチ村までは馬より速く向かえる。

 予備捜査を俺達でしておくので、クレイン達は馬なり馬車なりでくればいい。


「ふむ、まぁ足の速い者が先に行くのも道理か。マークレー殿、それでよろしいか?」


「…なんだかよく分からんが、空を飛んでいけるというのだろう?なら先行調査の協力者という扱いにしておこう。俺程度の身分では捜査権を与えることはできんが、何かあったら俺の名前を使え」


 マークレーは噴射装置をまだよく理解してはいないが、先行できる俺とパーラに調査を一部代行するようなことを口にする。

 騎士にしては融通の利いた判断を下せるとは、マークレーも現場の指揮官としては優秀だ。


「しかし今日はもう日が暮れる。ここで我々と夜を明かし、明日出発するといい」


 彼の言う通り辺りはもうだいぶ暗くなり始めている。

 今から飛び立ってもどうせ途中で野宿することになるし、マークレーの言葉に従うのが妥当だろう。


 当たりを見回すと巡察隊の面々はもう野宿の準備に入っており、ここに俺達が加わるのも悪くない。

 久しぶりに土魔術の家が活躍しそうだ。


「あのー、アンディ?ちょっとこれどういう状況なのか教えて欲しいんだけど。なんなの?サッチ村って」


 そういえばパーラは今ここに来たばかりで、ハインツのことや貴族の遺体のことは何も知らないんだったな。

 クレインの弟が遺体となって見つかったという情報だけは伝わっているはずだが、それ以上のことはついさっき現場で分かったに過ぎない。

 サッチ村に先行するという話も自分抜きでされて、疑問と不安を抱いているようだ。


「その辺りのこともちゃんと話すよ。とりあえず、野営の準備だけしちまおう」


 野営とは言え土魔術で家を作るだけだし、食事も簡単なものでいいだろうからさっさと終わらせて、夜はパーラへの説明の時間に充てるとしよう。

 どうせだし、マークレー達の分も家を用意してやるか。

 今日は世話になったし、それぐらいはさせてもらおう。

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