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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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アンディ裁き

突然の暴露によって広場に集まっていた人たちは騒ぎだした。

ジネアの町の近くに未発掘の遺跡があり、しかもその存在を隠そうとしている人間がいたのがショックだったようで、町の偉い人らしき者達も焦ったように周りに声を飛ばしていた。

どうやら事実確認をさせるつもりだと漏れ聞こえた声で理解できる。


このジネアの町は一応アシャドル王国に属するのだが、既に王都からかなり離れたこの町ではどちらかというとペルケティアの気風に左右されることが多い。

アシャドルの王国法では遺跡の発見者に所有の優先権が認められるが、ペルケティアで発見申請を出した場合は、一旦国が遺跡の所有権を預かり、その後何らかの形で対価が払われることとなっている。


今回ザルモスがシペアの父親の土地を欲しがったのもそこにあった。

現在ザルモスが管理している件の放牧地だった場所だが、シペアの父親が正式な引継ぎをしないうちに死んでしまった為、ザルモスが借金のかたに押さえられる期間はシペアが成人するまでというのが法で定められている。

シペアの成人と共にそれまでの減価償却資産の不足分をシペアが支払う意思を示した時点でその土地は返還されるのだ。

そこで今回のレースでシペアを自分の奴隷にすることで所有権を確実に自分のものとすると決めたのだが、そこに俺が現れて優勝までしてしまい、慌ててレースの運営をする者達に異議申し立てをしたというわけだ。

だが、なぜザルモスがその土地に遺跡が埋まっているのに気付いたのか。


「シペア、こっちに」

突然俺に呼ばれて、一瞬キョトンとした顔をしたが、素直に俺の横に並んでザルモスと正面から対峙した。

「ザルモスさん、あなたが遺跡の存在に気付いたのはシペアが父親から貰ったこの腕輪の存在があったからですね?」

そう言ってシペアに目で断りを入れて、右手を目線の高さまで上げさせて腕輪を周囲に見やすくさせる。


そこにあったのは一見すると木で出来た特に装飾も無い簡素な腕輪だった。

だが俺はこれの本当の姿に気付いている。

ザルモスも同じようで、腕輪が周囲の目に触れられると苦虫を噛み潰したような顔をしだした。

いまひとつ話についていけてない群衆を代表してオーゼルが疑問を口にする。

「見た所ただの木の腕輪ですわね。特に芸術的な価値もあるようにも見えませんし」

シペアの横に立ってそういうオーゼルの口ぶりから、彼女の身分がかなり高いがゆえの審美眼を持っていることを思わせる。

やんごとなき身分の令嬢という線が強まってきたな。

まあ今はそれは置いておこう。


「確かに見た目は普通の木の腕輪に見えるでしょう。ですが、こうすると…」

俺がシペアの腕輪に手をかざして魔力を放射すると、腕輪の様子が一変する。

ただの木の質感でしかなかった物が金属のような見た目へと変わっていき、その表面からジワリと染み出すようにして可視化された魔力の粒子が輝いて辺りに舞い飛んだ。

昼間であるにもかかわらず、エメラルドグリーンに強く輝く光の粒子が広場に集まった人々の頭上に降り注ぐ光景は実に神秘的に映る。

その場にいた全員がその光景に感嘆の息を吐いて見入っている。

いや、ザルモスだけは険しい顔を崩してはいない。


「教会の資料によると、魔力の燐光発色という現象だそうです。長い時間強い魔力に晒されて育った木に外部から魔力を当てるとこういう現象が起きるんです」

これはヘスニルの教会で見た教科書に載っていた情報で、魔道具職人が原理を知りたがっている今一番ホットな現象らしい。

「つまり、この腕輪はそういう木から作られているんですが、さて、ジネアの町の周りにその条件に当てはまる場所はあるでしょうか?すなわち、魔力が自然と放出されるほど豊富な場所に木が育ち、なおかつシペアの父親が足を踏み入れることが出来る程度に町に近い場所。…そう、例の放牧地です」


先程ザルモスに交渉を持ち掛ける前、シペアに話を聞いた時に腕輪を調べた結果、魔力の伝導が不自然に高いことに気付き、色々と深く話を掘り下げていったところで遺跡の存在が匂わされた。

この腕輪の様に魔力で変質する物質の見つかる場所というのは実は多くない。

大概は人跡未踏の地であったり、極端に強力な魔物の生息地であることが殆どだが、近年の発見では古代の魔導文明の遺跡近辺でも条件次第ではこの現象が起こる場合もあるらしい。


幼い頃に母親を亡くしたシペアは父親だけが唯一の家族であり、よく仕事を手伝っていた。

父親もそんな息子に愛情を注ぎ、誕生日の日には手作りのプレゼントを贈るのが毎年のことだった。

当然遺跡の存在など知らない父は、そんな現象で特質性を持って育った木とは知らず、ただ放牧地で見つけただけの木で作った腕輪を贈ったのだそうだ。


「恐らくあなたは何らかの形でこの腕輪から遺跡の存在に気付き、その土地ごと手に入れるためにある企みを立てた」

魔燐光現象は魔力が放射さえされれば発生するため、稼働している魔道具に近付ければ発生することもあるだろう。

その時にシペアの腕輪がそれと気づき、情報を集めて遺跡を探したのではないか。


「遺跡を自分のものにしようとするにはシペアの父親が邪魔だった。そこで手っ取り早く死んでもらおうとしたのでは、と俺は考えました。ですが、証拠がない以上はあくまでも飛躍した推理にしかすぎません。遺体もすでに埋葬されて真実はわからないまま」

こうは言うが、俺の推理はほぼ真実だろうと思っている。

話を聞いているザルモスはすっかり顔色が悪くなっていたのだが、証拠が無いという俺の言葉を聞いて薄ら笑いを浮かべ、顔色も大分持ち直しているようだ。

だが、果たしてこの先を聞いてもまだ笑っていられるかな?


「ですが、一つだけ確かなことがあります。シペアの父親の病気ですが、詳しく聞くとある毒物の急性中毒の症状に非常に似ていました。それはアシュヴィウスの根と呼ばれる毒で、この辺りのごく限られた水辺で見つかったそうです。ザルモスさん、その場所はあなたの所有する土地だそうですね。更に言うなら、その土地への立ち入りを厳しく禁じているとか」

どうやら核心を突いたようで、びくりと一度大きく体を震わせた様子から確信した。

シペアに確認したところ、確かに父親は少し体調を崩した時に薬を貰って飲んだと言ってた。

その後あっという間に吐血と発疹に襲われ死亡したとのこと。

薬の入手先に関してはわからないとのことだったが、恐らくザルモスから複数人の手を介して渡されたのだろう。

薬の服用方法とその後の症状から、以前教会の文献で見たアシュヴィウスの根と酷似するという答えに行き付いた。


このアシュヴィウスという植物は常に流れのある澄んだ水のほとりで、なおかつある種の水草が生えているという条件の下でしか自生しないため、非常に限られた場所でしか見つかっていない。

そのため入手は非常に困難で、研究目的や裏の取引で高値で売られるらしい。

アシュヴィウスを手に入れることのできる土地を所有し、そしてその毒で死んだ人間に金を貸していて、死亡したあとでその人の土地を手に入れた人物。

どう考えても裏がないとは思えない。


名前を聞かされてもピンと来ていない群衆とは違い、現物を知っているだろうと思われるザルモスは惚ける必要もあるので、知らないてい(・・)で話を進める。

「…仮に!そのアシュヴィウスの根とやらを俺が手に入れたとして、それをどうやってそいつに飲ませたってんだ!怪しげな粉を飲めと勧めて馬鹿正直に飲む奴がいるかよ!」

まだ確たる証拠が示されていないため、そう強く言い放つザルモスだが、今言った言葉で彼は自分の首を絞めてしまったことに気付いていない。

これもシペアから聞いたが、確かに飲んだのは粉薬だったが、それをザルモスが知っているのはおかしい。


「おや、使われたアシュヴィウスの根が粉末状だとよく知っていましたね。普通、毒というと液体を想像しませんか?」

もう少しステップを踏んでから追い詰めるつもりだったのだが、あっさりと馬脚を現したのがおかしくて、つい笑みが浮かんでしまう。

何を言われたのか一瞬理解できない風だったが、ついさっき自分の言った言葉を反芻して、己の迂闊さに気付く。

「使われた毒が粉末状であることを知っているのは飲んだ本人か用意した人物のどちらかでしょう。この場合片方は亡くなっていますから、あなたは用意した側の人間のはず」


この世界では毒や薬というと一般的に液体であることが多く、粉末の物も確かに存在するのだが飲みやすさを考えて水に溶かされることが多い。

にもかかわらずザルモスはアシュヴィウスの根が粉末状で飲まれたと知っていた。

これはアシュヴィウスの根の毒が水に溶かすと毒性が弱まるという特殊な性質を持つため、どうしても粉のまま飲ませる必要があるのだが、それを理解しているということは当然アシュヴィウスの根を知っていることの証左だ。


止めに一つブラフを仕掛けてみた。

「いっそのことザルモスさんの家にある隠し戸棚の中を調べさせてもらえれば現物も一緒に見つかるんですがね」

「きさっ!貴様が何故それを知っている!」

するとこれまたあっさりと俺の適当に打ち上げた設定に食いついてきて、自分から証拠のありかを教えてくれた。

「あ、本当にあったんですね。となれば大事な物も一緒にそこに隠してあるんでしょう。調べてもらえば潔白も証明できるかもしれませんよ?」

「ぐっ!…小僧っ…、俺を…ハメやがったなっ…!」

見事に俺のはったりに乗せられたことに気付き、額に血管を浮かせて唸りだすザルモスは既に物を言うことすらできないほどにカンカンの様子である。


すっかり悪事のばらされたザルモスに、周りで聞いていた人々から向けられる視線は非常に険しいものになっており、俺の横にいるシペアなどは目に涙をためながらまさに文字通りの親の仇を見る目で睨んでいる。

「ザルモスっ、あんたが俺の父さんをっ!」

今にも殴りかかろうとして飛び出したシペアの肩を掴み抑えたが、怒りで我を忘れたように体をよじり、俺の拘束から逃れようとする勢いはかなりのものだ。


「ザルモスさん、どういうことか話を聞かせてもらえるかね」

町の偉い人と思われる老人がザルモスの方へと近付き、そう尋ねる。

向けられている目はきついもので、その視線に晒されているザルモスは呻きながら思わず一歩下がってしまうほどだ。

「ち、違うんだ町長!俺はなにもっ…!あんな奴の言うことと同じ町の仲間の俺とどっちを信じるかなんざ考えるほどのことか!?お前らだってそう思うだろ!」

周りの人達にもそう言って味方につけようとするが、既にこの場で味方など存在するわけもなく、何人かは怒りに染まった眼を向けており、今にも飛び出しそうなのを周りの人間に抑えられているぐらいだ。

この場にはシペアの父親の知り合いだったものもいるだろうし、何よりも卑劣な手で子供を不幸のどん底へと叩き落したザルモスに慈悲を掛けようなどという思いは微塵も抱かないだろう。


「誰か、警備隊に連絡に走ってくれ。犯罪者がいるとだけ伝えてくれればいい」

「そんな…バカな…俺は…-」

町長のいっそ冷徹ともいえる口調に肩を落として俯いていたザルモスだが、突然顔を跳ね上げるように起こし、血走った眼で俺の方を見てきた。

既に後がないことに気付いたザルモスの怒りは当然俺に向くわけで、恨みの籠った視線を向けられる。


「テメェがいなけりゃこんなことにはっ!殺す…殺してやる…殺してやらぁあ!!」

俺達の方へと走り寄ってくるザルモスの右手には光る物が握られている。

ナイフかそれに類する刃物だと判断した俺は、すぐに肩を掴んでいたシペアを脇へ放る。

狙いは俺だろうが、シペアにも危害を加えないとは限らないからな。


とりあえずこれでシペアに危険は無いはずだ。

だがここで予想外なことが起こる。

ザルモスの突進に気付いたオーゼルが右手側から俺の前に割り込んで庇う姿勢を見せた。

子供を凶刃の前に晒すことを嫌っての行動だろうが、今はタイミングが悪い。

いつの間に抜いたのか右手にはサーベルのようなものを握ってはいるが、どうもザルモスを殺してしまいかねない。

簡単に死なせてはシペアの気が済まないだろう。


本来なら武器を持って突っ込んでくるザルモスを電撃で痺れさせてお縄にするつもりだったのだが、これではオーゼルにも電撃が当たってしまうかもしれない。

一応気絶する程度に抑えるつもりだが、万が一ショックで死んでしまうことも考えると、ザルモスはともかくとしてオーゼルに被害が出るのは避けたい。


止むを得ず電撃での攻撃は諦めて、ザルモスの武器を無力化する方向で行く。

だが、丁度うまい具合にオーゼルが盾になっているおかげで武器だけを狙うのが困難だ。

ここに至っては俺も覚悟を決めるしかないか。


そう決めて腰に下げていた剣を鞘から引き抜く勢いのままザルモスに向かって振るう。

居合い抜きじみた抜き方になってしまったが、魔術で強化した腕力と、剣自体に通した電気によって白熱化した刃はザルモスの刃物の握られている右手に延びていき、豆腐を切る様にその腕を切断してしまった。


腕を切り飛ばされた反動で大きく後ろに倒れ込んでしまったザルモスは一瞬何が起こったのか理解できず、自分の右手を見てから絶叫を上げた。

「ぎゃぁああっあ゛あ゛ぁぁぁあ!!手ぇっ!俺のてっ手が!!」

「生きてるだけで丸儲けって思えよっと!」

すっかり錯乱してしまったザルモスを殴りつけながら電撃をたたき込んで気絶させることで静かにさせた。

一応切った腕の様子を見るが、見事に傷口を焼かれていて血がほとんど出ていない。

失血死の心配はないが、これでは腕の接合は絶望的だろう。


この世界では一応、治癒魔術というものがあるのだが、基本的にそれらを扱えるのはヤゼス教の神官か教会の庇護下にある一握りの魔術師だけで、気軽に利用できるものではない。

一応金を出せばやってもらえるそうなのだが、そもそもあの状態の腕を元に戻せるかは疑問である。


目の前で起きた刃傷沙汰に反応できずにいた群衆の中から、真っ先に正気に戻った人が飛び出してきてザルモスを拘束していく。

そこに駆けつけてきた兵士が加わり、気絶したザルモスを引っ立てていく。

それを見送ってから、放心状態のオーゼルに声を掛ける。

「オーゼルさん。庇って頂いて言うのもなんですが、あまり危険なことはしないでくださいよ。仮にも冒険者が無抵抗でやられたりはしませんから」

「え、あ、ええ、そうですわね。ええ、そうでしょうとも。もちろんわかってましたわ。ただあの場合はわからなかったので前に出ただけのことでしてよ」

なんだか取り繕った話し方だが、一応庇ってもらった恩があるので深く追及はせずにおこう。


「アンディ~、いきなり突き飛ばすなんて酷いって~」

「ああシペア、悪かったな。あの場合はああするのが一番だったんだ。許せ」

体についた汚れを払いながら近づいてくるシペアに謝りながら、今起きたことを説明してやった。

切り落とされた腕の話で一瞬顔を顰めたが、それでもやはり怒りはまだ収まらないようで、冷たい言い方をしている。

「ふん、いっそ殺してやった方がよかったんじゃないか?あんな奴っ」

全身で怒りを表そうとして頬をプクーっと膨らませるが、それではただ微笑ましいだけで怒りの程は伝わりにくい。

シペアの怒りや無念といったものはまだ晴れないだろうから、一応ザルモスが置かれた状況の説明をして多少は和らげようと試みる。

「まあそう言うな。これから取り調べで絞られて全部吐いたらあいつもただじゃ済まないんだ。死ぬよりももっとつらい目にあうことになる。それで少しは怒りも収まるって」


実際これから行われるのは拷問もためらわないほどに苛烈な尋問になるだろう。

俺が切り落とした腕の分だけ拷問を加える箇所が少なくなったが、そこは諦めてもらうしかない。

ザルモスには殺人罪と窃盗の罪に加え、町の近くにある遺跡の存在を隠蔽したことも罪に問われる。

古代魔導文明の遺跡には時として危険なものが保管されている場合があり、発見の申請をすることで調査が入り危険の早期発見がなされるため、意図して発見を妨げる行為は罪に問われるのだ。

これだけの罪が重なると最後に待っているのは処刑しかない。


そのことを説明すると多少は溜飲は下がるようで、憮然とした顔ながら何度か頷いていた。

「まあそれなら父さんの無念も少しは晴れるかな」

そう言って目の端に僅かに浮かんだ涙がシペアに新しいスタートを切るための呼び水になるといいのだが。

「ですが、アンディ。あなたのやり方はあまり褒められたものではなくてよ?あんな詐欺紛いの追い詰め方は私はあまり好きではありませんわ。…まあ、今回に限っては胸がすく思いではありましたけど」

オーゼルのそんなツンデレのような言い方だが、刃物を持った成人男性に襲い掛かられて正面から剣一本で対峙するという機会はそうそう無かったのだろう。

本人は気付いていないようだが、微かに震えている手がオーゼルの受けた恐怖感を伝えてくる。


「いや、俺はもっと段階を踏んでいって追い詰めるつもりだったんですけど、勝手に自分で吐いてくれたんで、あれはただの自白ですよ。詐欺師だなんて人聞きの悪い」

「あれを自白と言えるその図々しさが恐ろしいですわね」

溜息と一緒に吐き出された言葉は中々辛辣なものだった。

むぅ、俺はただ少し憶測で物を言っただけなんだが。

「それに関しては俺もこの姉ちゃんに同意する」

シペア、お前もか。


「お話の所失礼します。少々よろしいですかな?」

横合いからそういわれて声の元を見ると、そこには先ほどザルモスに町長と呼ばれた人が立っていた。

いかにも老紳士という姿は町を治める者としての雰囲気も持ち合わせており、どこか老練な政治家のようにも感じた。

この中では一番年長に見えるオーゼルではなく、俺に話しかけてきたということは先ほどのザルモスとのやり取りを見て、対等に接するに値すると判断されたとみていいだろう。

「ええ、構いませんよ。町長さんですよね?何か御用がおありで?」

「ありがとうございます。用件はそちらのシペアに関してです」

そう言ってシペアの方を見て、何やら複雑な感情の混じった眼をしだした。


先程のザルモスの罪の暴露により発覚したのだが、本来町の責任によって行われる遺産・権利の相続が捻じ曲げられて処理されていたようで、現在町の衛兵から役人に至るまで、不正に関与した人物の洗い出しを一斉に捜査を行っているそうだ。

そのため、町の住民にも遺跡の件と併せて発表をしたいらしく、丁度都合よくレースの表彰式にシペアが優勝者として参加するため、その場で大々的に話をしたいとのことで、町長直々に俺にシペアが壇上に上がることの断りを入れに来たのだ。


俺としては初めから表彰台にはシペアを登らせるつもりだったので快諾した。

「え、いいのかよ。優勝したのはアンディだろ?俺はただ依頼しただけで―」

「いや、それは違う。依頼ではあくまでも『レースに代理で出場する者』を募集していただけで、その後の表彰式には一切触れられていない。つまり、表彰台に上るのはシペアでも問題ない」

こうは言っているが、単純に面倒くさいというのと、少し今はそんな気分じゃないというのもあって、シペアに譲るのが俺としてもありがたいという面もあった。


「アンディがそう言うなら…。…本当にいいのか?このレースで優勝ってすげーことなんだぜ?後からやっぱなしとか言わないよな?そうなったら俺、泣い―「いいからはよ行け」…うん、ありがとう!アンディ!」

町長に連れられて行く笑顔満面のシペアに手を振って見送り、隣に立つオーゼルに声を掛ける。

「オーゼルさん、あなたも行ったらどうです?準優勝だって名誉な物には変わりないでしょう?」

「んま!それは嫌味かしら?私には準優勝がお似合いだとでも?」

いかにも憤慨してますといった風に言っているが、目が笑っていることからじゃれているんだろうと思う。

「そういうのはいいですから。俺は少し疲れたので一旦宿に戻りますから、オーゼルさんもシペア達と一緒に行った方がいいですよ」

疲れたというのは半分嘘だが、宿に戻りたいのは本心であるため、オーゼルに向こうへ行くことを勧める。


「あら。意外と体力が無いんですのね。あの程度を走ったぐらいで疲れるなんて。大の男がだらしないのではなくて?」

「いや、俺子供ですから」

実際体力的な疲れは無いのだが、精神的な疲れというのは深く、顔に浮かぶ疲労感は説得力はあるはずだ。

「…そういえばそうでしたわね。大人びた雰囲気と先程の裁きの見事さから、すっかり失念してましたわ。…いいでしょう。本当はもう少し話したいことがあったのですが、それは次の機会としましょう。では失礼」

ローブの裾をつまんで持ち上げて膝を少し折って軽いお辞儀をするその姿は様になっており、オーゼルが礼儀作法の教えをしっかりと学んだ証拠だ。

惜しむらくはドレスではなく着ているのがローブだったため、少し滑稽に映ってしまったことか。


オーゼルと別れて宿に帰ってくると、すぐに部屋に戻った。

ちなみに宿のカウンターには店員の若い男性が入っており、どうやら店の主の方は表彰式を見に行ったらしい。

部屋に入ると早速身に着けていた物を外し、ベッドに横になる。


今日俺は人を殺傷する明確な意思を持って刃を向けて、重傷を負わせた。

その事実に恐怖心が沸き起こり、少しずつ体の震えが大きくなり、とうとう体を抱くようにして身を丸くした。

唇が渇き、目がギンギンに冴えているのに焦点が合わなくなったり、鼻の奥にツンとしたものが感じられ、しまいには胃の辺りが酷く冷たいように思えて、何度も摩ってしまう。


今もあの時のザルモスの腕を切り飛ばした瞬間の皮膚を裂く感触と筋肉の一本一本を断絶させるようなプチプチとした手ごたえに、骨と金属が直接ぶつかる時のゴリっとした重い抵抗感、その全てが鮮明に思い出された時に口の中が酸っぱい味で一杯になり、吐きそうになるのをこらえるのに必死だ。


この世界に来て初めて動物を殺した時も同じような感覚に襲われたが、今回はその時よりもずっと激しい。

生きるために殺した動物には命の感謝を捧げることで一晩で気持ちの整理はつけられたが、人を傷つけただけでこんなにも恐ろしくなるなんて思わなかった。


自分で選んだ冒険者としての仕事の先には、いずれは人を殺す機会というのもあるかもしれない。

そうなった時、果たして俺は立ち直れるだろうか。

この恐怖にもいつか慣れるときが来るのだろうか。

今はただ、訳もなく襲ってくる震えに、身を縮こまらせて耐えることしかできなかった。

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[一言] 吐かないだけでも凄いだろ。
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