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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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刃の下の再会

 突発的に学園の空をアクロバットショーで飾った俺達は、それで騒ぎを起こしてベオルに叱られるという一幕もありつつ、人工翼のクレインへのお披露目は成功したと言える。

 その日のうちに、人工翼はそのままクレインへと譲渡され、ホクホク顔でクレインが学園を飛び去り、ラサン族への恩をいくらかは返せたとレゾンタムも喜んでいた。


 今後はラサン族のみならず、他にも人工翼が普及していくことになるだろうが、そうなった際の細かいあれこれはヒエスが卒業するまでは学園が取り仕切ることで話はついた。

 ちなみに、仮称だった人工翼という呼び名は、そのまま正式名称として採用された。


 こう聞くと学園がヒエスの研究を横取りしているように思えるが、実際はヒエスが卒業するまでの窓口役を買って出てくれているだけのことだ。


 それに、ラサン族へと供給する人工翼も、当分はヒエスが一部指揮を執って学園が製造を受け持つことにもなり、学生としての本分である勉強の機会と時間を幾分かでも守るためにも、この措置は必要なことだと分かる。


 しかも、ヒエスが卒業後の進路に人工翼の発展研究を希望すれば、すぐに学園で研究者として雇用するという。


 今回のご褒美として、ヒエスには卒業までの必須単位の便宜と、卒業後の就職先の保証が与えられることになり、個人の学生としては異例ではあるが、研究者待遇での作業室まで提供する準備が進行中だそうだ。

 順当ではあるが、その場所は人工翼を組み立てたあの倉庫がそのまま割り当てられる。


 この辺り、鳥人族に限ってだが飛行を可能とする道具を開発したヒエスを囲い込みたい一心でのことだが、卒業後も研究者として残るかどうかはヒエスの意思に任されている。

 ヒエスとしては、卒業後の進路としてはそれもいいと思っているようなので、多分学園側が期待するとおりにはなるだろう。


 こうして技術が発展していって、いずれは俺が宇宙遊泳出来るぐらいに技術が発展して欲しいところだが、俺が生きている間に実現するかは未知数なので、期待せずにその時を待つとしよう。


 さらに今回、ヒエスとは別に俺にもボーナスが出た。

 と言っても、金銭とかではなく、今後学園へ来訪した際に、俺が敷地内へ入るのを基本的に禁じないというものだ。


 大事な生徒がいる場所に関係者以外を入れたがらない性質の学園としては、これは大分凄いことだと言える。

 今は臨時講師としての身分のおかげで、パーラともども敷地内へと出入りは比較的自由だが、その身分もあくまでも臨時のものに過ぎず、いずれ無くなるものの代わりとしては十分だ。


 これで俺は今後、学園の知識を欲した時には研究者や蔵書室を頼ることが容易になり、望外の報酬だと言える。

 それだけ、今回のラサン族への対応が学園にとって評価されているという証拠でもある。


 俺としては人工翼の件は個人的な興味を満たしてくれたものなので、報酬は別にいらなかったのだが、こういうやつなら話は別だ。

 有難くいただこう。






 それからしばらくして、ディケットでは例年より少し遅い初雪が降った。

 ラサン族へ供給する人工翼は、学園側がディケットの街に住む職人にパーツを発注し、それを学園に新しく作った専用の工房へ運んで組み上げるという方式が試験的に採用された。

 ヒエスもこれには関与しているが、基本的に学業優先であるため、作業に従事するのは学園が新たに雇った人達などがメインとなる。


 あくまでも試験的な試みだが、生徒の中からこれに興味を持った人を技術者に育てるという目論見も兼ねていて、ゆくゆくは外部からの職人も招き入れた上で、人工翼の研究と製造を一分野として確立していくのだとか。

 まぁ本格的な製造ラインの稼働は当分先の話になるだろうがな。


 色々と動き始めているが、ヒエスはとにかく卒業までは勉学にいそしむことになるので、今のところは平凡な学園生活に戻っている。


 …いや、平凡と言うのは少し間違っているか。

 実はヒエスが研究室を与えられたことで、その立場が少し複雑なことになっていた。


 在学中の生徒がその研究を認められ、研究室を与えられるという例は過去にもあったそうだが、それは格別の功績を成した生徒集団へ対しての物で、個人へ与えられたのはヒエスが初めてだそうだ。

 しかも、卒業後はそのまま研究者としての雇用もほぼ約束されているというのも何故か知れわたってしまい、羨望と嫉妬の視線にさらされる毎日を送っているという。


 おまけに、上級生は自分達の進路候補としてヒエスの研究室に目をつけ、その将来性を計ろうと頻繁に接触してくるし、研究者達も自分の派閥へと勧誘してきたりと、学園の人間が生み出すうねりにヒエスは巻き込まれていた。

 この学園にも派閥があったのかという意外な驚きを覚えるが、生徒間ですら派閥があるそうだし、ディケット学園ほどの巨大な組織となれば不思議でもないか。


 そのせいで、最近のヒエスは大分お疲れのようだが、そこはチャムの献身的なフォローで学生生活を送れているといった感じだ。

 もう結婚すればいいのに。


 そんな状態なのに、飛行同好会の活動はしっかりとやろうとするのがヒエスという人間だ。

 人工翼を作った以上、同好会の目標は達成したと思えるのだが、それはそれ、これはこれなのだそうだ。

 あくまでも人工翼は鳥人族が使うもので、普人族であるヒエスが目指すところの誰もが自由に空を飛ぶという目標には未だ届いていないと熱弁していた。


 だが、ヒエスの多忙っぷりからチャムが同好会の活動には待ったをかけている状態なので、ここ最近は休止状態だ。


 こうしてみると、ヒエスだけが身の回りの変化に振り回されているようだが、エリー達にも変化は訪れていた。

 もっとも、ヒエスのようなエグさはなく、あの料理対決以降、学園内でちょっとした美食ブームが来ているという程度のものだ。


 美食と言っても、別に海原☆山みたいな大げさなものではなく、生徒同士で自慢の料理を披露しあい、お互いに批評をしあうという感じだ。

 生徒達の間では、自分の生まれ育った土地や国、家庭の味といったものを自慢できるいい機会ともなり、他国出身の生徒間での交流にも一役買っている。


 学園に存在が認められている同好会には調理を活動目的にしているものもいくつか存在しており、このブームのおかげで入会者がグンと増えたとも聞く。

 そのせいで、ついこの前には料理系の同好会の会長達が俺を尋ねてきて、お礼を言われたことがある。

 なんでも、今までは細々とした活動を続けていたのが、急に脚光を浴びたことで後輩から尊敬の念を受ける機会が増えて、ここ最近の学園生活が楽しくて仕方がないんだとか。


 チェルシーやエリーも、あの料理対決で名前が売れ、時々同好会主催の料理対決もどきの審査員に呼ばれるようになっている。


 そして、俺もその審査員に呼ばれることが多くなった。

 というか、ほぼ毎日駆り出されていると言っても過言ではないかもしれない。


 理由としては、単純に俺が一番暇そうにしているからだ。

 現状、臨時講師の仕事がほとんどない俺は、日がな一日蔵書室にいることが多く、捕まえやすいがために他の教師達よりも審査員として呼びやすいらしい。


 まぁ生徒達が作る各地の料理を味わういい機会だし、断る理由はないと気軽にホイホイついていくのだが、批評をするということは時にその相手を怒らせることもあるものだ。


「納得できねぇぜ!俺のサラダのどこが劣ってるんだよ!」


 バンと俺が座るテーブルに手を突き、怒りが籠った声を吐き出しているのは、とある同好会で行われた料理対決で、俺がダメ出しをした男子生徒だ。

 ちょっとキツい言葉をかけたとは自覚しているが、それでこの剣幕になるあたり、よっぽど自信のある一品だったようだ。


 親が貴族御用達のそこそこ大きい料理屋を営んでいるという男子生徒と、親がごく普通の商人だという女生徒が今回料理対決をしたわけだが、サラダというくくりで一品を作り、どちらが美味いかを俺が審査するということになっている。


「食材だって最高のモノを選んだし、調理だって間違いはなかった!対して、向こうのは今頃ならどこででも見かける食材に平凡な調理法!劣っているとしたら向こうの方だろう!?」


 男子生徒が言う通り、確かに食材はこの時期には手に入りにくい、普通なら珍味美味と持て囃す野菜のオンパレードだ。


「…確かに君の言う通りだ。食材は素晴らしいものを揃えていた。この時期ではまず見かけないほど、貴重な品だ」


「当然だ!そういうのを選んだからな!」


「だが時期がな…。このサラダ、使われている野菜のいくつかは旬をとうに過ぎたものだ。それに対し、あっちのサラダはこの時期に手に入るだけあって、どれも旬のものを揃えていた。サラダという単純な料理だけに、いかに旬の食材を使うかが大事なのは君にもわかるだろう?」


 使われた食材は恐らく、どこかで保存していただろうが、採ってから時間が経つとどうしても味が落ちるものがほとんどだ。

 全体で見れば食材はどれも悪くはないのだが、それだけにごく少しだけ混ざる旬を過ぎた食材の雑味が際立ち、料理の出来を貶めている。


 唯一、この中で季節外れの新鮮さを見せているのはカブで、これだけは十分な味を見せていた。

 というか、このカブは多分俺がここの商人ギルドに卸したやつだな。

 保存がよかったのか、瑞々しさは他の野菜よりも頭一つ抜けているが、それでもサラダ全体をフォローできていないのが残念でならない。


 それに対し、女子生徒の方は今の季節でも少し野山に分け入れば手に入る、目新しさこそないが鮮度と旬で文句のない食材を揃えてきたため、その点で男子生徒を圧倒した。


「バカな!この時期はこれが美味いと、主都でも…」


 料理屋の倅として、旬を見誤った食材を選んだことにだろうか。

 足元が覚束なくなるほどにショックを覚えた男子生徒は、今にも頽れそうな体をテーブルに着いた手だけで何とか支えている状態だ。


「主都とディケットの周りでは食材の旬は微妙に変わるわ。多分、あなたは街中で食材を手配したんでしょうけど、余所から運ばれてくるものも手に入りやすいから、あなたの旬を見る目が惑わされたのよ」


 説明をしだした女子生徒だが、その顔は勝利に彩られた明るいものではなく、男子生徒へ向けた憐れみが濃く見られた。


 なまじディケットの流通が活発なせいで、各地の色んな食材が手に入りやすいのも男子生徒の敗因だったと言える。

 手に入るのだから旬を外していないと、そう思い込んでしまったのだ。


 恐らく、食材を手に入れただけで味見をしてなかったのだろうな。

 料理人としては失格だが、彼はまだ幼いと言えるほどに若い生徒なので、それ以上を言うのは酷というもの。


 ペルケティア教国は決して国土が広大という訳ではないが、土地土地の標高差や地形によって気候が大きく変化する特色を持つ。

 そのせいで、主都とディケットでは旬の食材が異なるというのは十分にあり得ることで、この男子生徒は主都での常識のままに食材を選んでしまったがために、今回の結果へと至ってしまったわけだ。


 ここまで聞いて、ついには膝を屈した男子生徒の姿で、料理対決の勝者はこの女生徒側となる。


「今回は私の勝ちね。けど、決して約束された勝利という訳じゃなかった。場合によってはあなたが勝っていたかもしれない。この勝敗にはそれぐらいの差しかないのよ」


「…俺を憐れむつもりか」


 これにてこの場は解散となるはずが、何故か急に語りだした対戦者達。

 急に何が起きた?


「そんなわけないでしょ。けど、私はもっと料理の腕を上げるわよ。あなた、それをただ見てるつもり?」


 徴発染みた言葉を受け、ゆっくりと立ち上がった男子生徒は女子生徒を睨み付ける。

 つい一瞬前の灰になりそうだった様子から、完全に立ち直ったと分かる姿には闘志のようなものが幻視できた。


「…立てたなら次は歩くだけね。付いてこれる?私の背中に」


「へっ、付いてこれるかだぁ?お前が付いてきやがれ!」


 そう言って、共に揃って不敵な笑みを浮かべ、音が聞こえてくるほどの力強い握手を交わす。

 奇しくも、もしくは順当にか、俺はライバル関係発生の瞬間を見た。


 やだ、なにこれ。

 この二人、かっこいい。


 二人とも俺より年下のはずだが、今のやり取りはまるで漫画のような熱さと美しさがある。

 この場には同好会員も多くいるが、誰もが感動からか温かい笑みを浮かべて、ついには拍手まで沸き起こった。


 この二人が料理対決をした経緯を俺は詳しくは知らないが、戦ってライバルになるというこの流れには、青春を感じてしまう。


「アンディ君、ちょっと」


「ん?」


 眩しいものに目を細めていると、同好会の代表である女生徒が俺に手招きをして、部屋の外へ連れ出してきた。

 料理対決をしていた調理室から出ると、そこには教師が一人立っており、どうやら彼が女生徒に言づけて俺を呼んだらしい。


 面識はあるが特に深い付き合いをしているわけではないその教師に、何用かと尋ねると、学園長から俺を連れてこいと命じられてきたそうだ。

 前回はベオルだったが、学園長がわざわざ俺を呼ぶとなれば、また人工翼絡みだろうか?


 しかし、あれに関しては俺はもう関わることはないと思っている。

 ラサン族への供給は学園の仕事だし、アフターケアはヒエスが行う予定だ。

 いや、一応俺は開発者の一人だから、アフターケアの際の意見を求められるぐらいはあるか。

 まぁそれも人工翼が量産されてからの話だし、今はまだ関係ないはず。


 一体何の用で呼ばれたのか、怪訝な思いを抱えたまま、俺の足は学園長室へと向かって動き出した。






「視察、ですか」


 学園長室にやってきて、いきなり言われたのは、人工翼についての視察が主都から来るということだった。

 それを俺に教えたレゾンタムが困った顔をしていることから、視察自体は今の彼女が望むところではないらしい。


「ええ。ラサン族に例の模型が知られたように、主都の方にも情報は行っていたんですね。どうやら空を飛ぶ魔道具が開発されたという風に伝わったらしく、真偽を知るために人を派遣すると、今朝方使者が手紙を携えてやってきました」


 人工翼は厳密には魔道具ではないが、情報がいくらか歪んで伝わってしまったがために、現物を確認するための人が派遣されてくるわけか。

 ここと主都の距離を考えれば、今頃使者が来たタイミングから逆算しても、恐らく飛行同好会で飛ばした模型飛行機の段階での情報が伝わったのかもしれない。


 しかも手紙が単体ではなく、使者が持ってきたというあたりに、主都では人工翼がかなり大げさな話になっているように思える。


 この世界でも、手紙での伝達は普通に行われるわけだが、手紙を使者に預けて送り出すというのはとりわけ重要な手紙であることが多い。

 使者と手紙をセットにするのは、相手が受け取ったのを見届けるという目的もあるが、同時に手紙に書ききれなかったことや補足などをあらかじめ使者に教えておき、届け先からの質問などにもその場である程度答えられるようにというためでもあった。


 長々とした手紙を送るよりも、自分の代弁者としてある程度事情を知った人間を使者に仕立てるのは、情報伝達速度がまだまだ遅いこの世界では、よく考えられている仕組みだと思う。


「近頃のペルケティアはソーマルガの飛空艇に対抗しようと、独自の飛空艇開発が急がれています。学園も要請があって技術協力はしていますが、自国の技術だけでは遅々として進んでいないのが現状です」


 ソーマルガで各国に対してお披露目パーティを行った影響で、飛空艇の脅威を考えたペルケティアの偉い人達が飛空艇に並ぶものを手にしようと動いているのだろう。

 アシャドルもそうだったのだし、ペルケティアだけが動きを見せないということはあり得ない。


 とは言え、技術者をソーマルガへ送り込んだアシャドルと違い、ペルケティアは自国だけでどうにかしようとしているのか、こうして一生徒の成果にすがる程度に捗々しくはないと見える。

 飛空艇は古代の技術の中でも特に高度なものであるため、既存の魔道具技師や研究者だけで一から作る難しさには流石にもう気付いているはずだ。


「そこに来て模型とはいえ、人が空を飛ぶことができる可能性は、主都の方々をさぞや喜ばせたことでしょう。実際、ラサン族限定とはいえ、先日には飛行には成功していますから、勇み足でもないのですが…」


 そこまで言って、レゾンタムが深く溜息を吐く。

 疲れがたまっているか、もしくはこれからやって来る何かに憂鬱さを覚えているかのどちらかと分かる様子に、俺も声を掛けずにはいられない。


「何か問題が?」


「ええ、まぁ……視察自体は構わないんですが、人工翼は正直、まだ生まれたばかりの技術でしょう?それをこれから来る視察人の方は、自分の身で体験させろと強く要請してきてまして」


「あぁ…なるほど。一応聞きますけど、その視察人の方はラサン族だったりとかは…」


「しませんね。普人種かそれ以外かは分かりませんが、少なくとも鳥人種ではないのは確かです」


「もしかして知り合いですか?」


「いいえ、直接の面識はありません。ですが、向こうは有名人ですからね。鳥人種ではないことぐらいは分かりますよ」


 レゾンタムが有名人というあたり、これから来る視察人はよっぽどの大物ということになる。

 ペルケティアの偉い人なぞ俺はろくに知らないので興味はないが、鳥人種じゃないということだけが分かればいい。


「だとすれば、とんだ死にたがりになりますね。人工翼は鳥人種に合わせて作ったものです。普人種に扱える代物ではない…こともないですが、普通は無理でしょう」


 一瞬断言しかけ、人工翼で試験的に空を飛んだ唯一の普人種である俺はとりあえず言い直したが、視察人は依然死亡予定リストに名前が載ったままだ。


 噴射装置が使えれば人工翼もオプションパーツとして使えるが、あれ単品で飛べるようになる代物ではない。


「そうなんですが、それを言ったところで分かってくれるかどうか…。手紙の文面からもかなり熱意がある様子でしたし、言って聞いてくれるのならいいのですが」


 国の威信がかかってると言っていい飛空艇開発だ。

 やってくる視察人も相応の立場の人間が務めているだろうし、飛空艇開発に活かせる何かを得ようと気が逸ってもいるのかもしれない。


 学園側も本当は断りたいところだが、飛空艇開発で技術協力をしている以上、断りづらいところもあるのだろう。


「まぁその視察人を人工翼で実際に空へ飛ばすかどうかはともかく、しっかりと説明はするべきでしょう。またヒエスに頼むことになりそうですね。あいつにこの話は?」


「一応話しました。ですが、今回はヒエス君なしで視察を進めるつもりです。ですので、説明役はアンディ君にお願いします」


「…何故です?」


 一瞬、レゾンタムの言葉が理解できなかった。

 こと人工翼に限っては、この世界で説明役に最も適した開発者であるヒエスにそれをさせない理由が分からない。


 俺を呼びだしたのは説明役を頼むためだったようだが、何故今回はヒエス抜きにするのだろうか。


「単純に、ヒエス君の負担を考えてです。ここしばらく、ヒエス君は多忙ですから、視察に突き合わせるのは酷に思えまして」


「確かに、最近のヒエスは一気に老け込んだような疲れ具合を見せてましたけど、人工翼を説明させるなら最適任なのはあいつですよ」


「それはわかっています。しかし、今朝方見かけたヒエス君のやつれっぷりを思うとどうしても…」


 最新のヒエスを見たからか、レゾンタムが沈痛な面持ちを浮かべた。

 周りが心配するほどに、ヒエスの疲れがたまっているというのは俺も理解している。


 生憎今日は顔を見ていないので、俺には分からないが、レゾンタムがこうまで心配する今朝のヒエスって、どれだけなんだ?


 しかし、そういうことならヒエスの負担を減らすためにも、ここは俺が動いてやるべきか。

 レゾンタムには了承の意を返すと、彼女もホッとしたようで、幾分か表情も和らいだ。

 その様子には、俺に断られたら、ヒエスに無理を頼むことになっていたかもしれず、生徒を苦しめることになった未来を回避できた喜びが見て取れた。


 視察人には説明すれば人工翼の使用者が限定されることは分かってもらえるだろうし、専門的な部分はヒエスの残した取説的なものを参照して臨むとしよう。


 気がかりなのは、その視察人が俺を司教の屋敷爆破犯だと見抜いて騒ぎにならないかということだが、多分大丈夫だろう。

 今日までかけて色々調べたが、主都の方でもアンディという魔術師を探しているという話はないし、勿論指名手配犯に俺が加えられているということも一切ない。


 何故なのか俺には分からないが、もしかしたらガイバ辺りが上手くやってくれたか、あるいは神は俺の味方をしたかのどちらかか。

 まぁ後者はまず無いだろうけど。


 それでも万が一に備えて、こっそりと武器を持ち込んでおくとするか。

 最悪、逃げるとなった時には武器があるとないとじゃ大違いだ。

 噴射装置は問題ないが、あからさまに武器と分かるものは流石に視察人の前で持てないので、そうと分からないものを用意しよう。

 幸い、俺の手元には適した武器があるしな。


「あぁ、そうだ。色々と準備しておきたいんで、視察人の方がいつ来るかだけでも知っておきたいんですが」


 流石に今日明日にということはないだろうが、人工翼の説明に使える模型飛行機はとんもかく、秘かな逃亡の準備には余裕が欲しい。


「それでしたらもうだいぶ近くまで来ていると、使者の方から聞いてますよ。なにせ、手紙を持たされてほぼ同時に主都を発ったそうですし。早ければ三日後には到着すると聞いてますね」


「そ…うですか。意外と早いですね」


 早すぎる。

 レゾンタムの言葉に、何とか落ち着いて答えることはできたが、逃亡の方の準備は少し急いだほうが良さそうだな。

 パーラにも事情を放して、手伝ってもらうとするか。


 タイムリミットは近いし、早速今からアミズのところに行くとしよう。

 確か今日は実験もないと聞いたが、まだ研究室にいてくれればいいのだが。





 あっという間に時間は過ぎ、視察人がやってくる日となった。

 きっかり三日後、昼を少し過ぎた時間に先触れが視察人の到着を知らせ、少し経って学園へ視察人を含めた集団が入ってきた。


 やはりそれなりに偉い人が視察人を務めているようで、学園長室から見える限りでも結構な数の随行員を伴っており、その中に混ざる修道騎士の数もかなり多い。


 今回は俺も普段よりは小奇麗な恰好をし、レゾンタムとベオルと共に学園長室で視察人を出迎えた。


「ようこそおいでくださいました。ウィンガル卿」


 扉が開かれて姿を見せたのは、ヤゼス教の高位司祭に見られる、華美な修道服に身を包んだやや太り気味の壮年男性だった。

 もう寒いと言っていいこの季節に、額に汗を浮かべている様子からは、運動不足の気も見られる。


 レゾンタムにウィンガル卿と呼ばれた彼は、鷹揚に頷いて一番上座に当たるソファへどっかりと腰かけて、一度呼吸を整えてから口を開いた。


「久しいな、学園長。今回は急な要請を聞いてくれたこと、深く感謝する」


 意外にと言えば失礼だが、バリトンの利いた威厳のある声は、伊達で偉い地位についているわけではないと思わせるものがあり、一瞬だがメタボ野郎と侮った俺の襟を正させる何かを感じた。


「とんでもございません。ペルケティアのためになることであれば、我が学園は協力は惜しみませぬゆえ」


「うむ。貴公も知っておろうが、飛空艇開発はまさに我が国の総力を結集した一大事業ともいえる。その一助になれるのだから、学園も鼻が高かろう」


「は、まことに」


 かなり上から目線の言葉だが、この世界での偉い人間というのは大体こんなもんだし、レゾンタムも特に気にはしていないようだ。

 ただ、俺からすれば勝手に来ていきなり何を言ってんだという思いである。


 そもそも人工翼は飛空艇とは異なるアプローチで作ったものだし、ペルケティアのために開発したわけでもない。

 単純に、ヒエスの空への思いから生まれたものを、後から来て見せてみろと上から目線で言うのだから、もうちょっと労ってやって欲しいというのは俺の我儘だろうか。


「おぉ、そうだ。伴の者を二人、学園長に紹介しておきたい。今回の視察に直接関りはないが、面通しをせずにおくほど扱いの低い者達でもないのでな。二人とも、中へ入りなさい」


 扉の外へそう呼びかけるウィンガルの口調は、学園長へ向けるものよりも丁寧なもので、それだけでこれから紹介される者がウィンガルにとっても下にも置かない扱いをする相手だと分かる。


 一体誰がと思っていると、まず最初に見えたのは、ウィンガルほどではないが普通よりも装飾の凝った修道服を纏った若い女性だ。

 若干着崩した服の裾から覗くスラリとした足と、服の上からでも分かる豊かな胸元は、見る男性にとっては生唾ものの色気がある。


 一応修道服を纏っているが、こんなエロい聖職者がいたら、そいつはもう悪魔の誘惑を疑ってしまうレベルだ。


 高級シャンパンのような透き通った長い金髪を無造作に背中へ流した姿に、トロンとしたたれ目がちの表情には柔和さを感じるが、同時に俺の背中には冷たいものが走る。


 魔術師だから感じられた、膨大な魔力量を秘めるプレッシャー染みた何かが、一瞬にして俺へ伝わってくる。

 それだけでも相手の正体はうかがい知れたが、背中にかなり長い杖を持っていることからも魔術師だというのは分かりやすい。

 正直、これまで見た中でもトップクラスの魔術師だと、纏う気配と無意識に放出される魔力の圧で理解できた。


 一方で、偉い人同士が集まる場所に杖を持ち込むのは厳禁ではとも思ったが、彼女はそれが許される立場なのだと、首元に下がるものを見て理解できた。

 遠くからでも細かい装飾が刻まれていると分かる、俺にとっては忌々しい銀色の鈴。


 聖鈴騎士の証だ。


 勿論、聖鈴騎士というだけではこういった場に武器を持ち込むことは許されないが、聖鈴騎士でも高位の序列の者は色々な特権が与えられており、その中には護衛と護身のどちらかの理由があれば武装は許されるのだと、以前グロウズから聞いたことがある。

 つまり、彼女は聖鈴騎士の中でも序列が高い人間ということでもある。


 そして、その彼女に続いて現れた二人目は男性だ。

 こちらも聖鈴騎士で、高位の序列だというのも間違いない。


 何故なら、そいつを俺はよく知っているからだ。


 向こうも室内に入ってすぐ、俺の顔を見た瞬間、驚きの表情で硬直したが、それもほんの一瞬。

 怒りの込められた歪んだ笑みを浮かべると、すぐさま腰に提げていた剣を引き抜き、一足飛びで俺へと切りかかってきた。


 彼我の距離は十メートルほどあったはずだが、それを瞬きするよりも早く詰めてきたのは流石だと言えるが、それは俺も同じだ。


 向こうが剣を引き抜くのとほぼ同時に、俺も可変籠手の爪を長く鋭角に伸ばし、予測した剣筋へと置くようにして一撃を防ぐ。


「久しぶりだねぇ!ア~ン~ディ~くぅ~ん!会いたかった、会いたかったよ君にぃ!」


「俺は会いたくはなかったが、どっかで死んでて欲しいとは思ってたよ!グロウズ!」


 聖鈴騎士という聖職者の端くれとはとても思えない、邪悪な笑みで鍔迫り合いをしている相手は、誰あろう、俺が現在最も殺したい男ナンバーワンであるグロウズだった。

 そして、それは向こうも同じようだというのは、憎悪が十分に籠った目からよくわかる。


 俺が盛った激辛の毒の恨みがまだ残っているようだが、それはこちらも同じだ。

 バイクをスクラップにされ、無駄に監獄へぶち込まれたあの恨み、忘れたことなどひと時もない。


 突然の行動に、室内の誰もが驚愕しているが、レゾンタムやベオル、ウィンガルの三人は荒事には向いているタイプではなさそうで、武器を持った人間が睨みあっているところに手を出せないでいるようだ。


 そんな中、聖鈴騎士の女性だけはいつの間にか背中の杖を引き抜いており、俺達へと向けていた。

 まだ魔術は発動されていないが、必殺の気合は感じられ、いつでも撃つといった状態だ。

 だがそうすると俺だけではなく、グロウズも巻き込むことになるのだが、それでもやるだろうという意思が険しい目から読み取れる。


 そっちも気にはなるが、それよりも今は目の前で歯を剥いて剣を押し込んでくるグロウズへの対処が先だ。

 前に使っていたあの凶悪な鞭ではなく、普通の長剣を使っているのは気になるが、それでも流石は聖鈴騎士。

 剣一本の鍔迫り合いでも十分に強さを見せつけてくる。


 武器に頼らずとも強いというのは、先程の踏み込みと巧みな力加減で鍔迫り合いを崩そうとしている、今俺が食らっている技術だけで十分に分かる。


 なぜ謹慎処分中のはずのグロウズがここにいるのかは分からないが、やる気になっている以上、こっちも殺す気で行かせてもらうのも吝かではない。

 いつか来て欲しいと思っていた、グロウズへ一発かます機会だ。


 聖鈴騎士を殺すのがまずいというのは分かっているが、こいつだけは痛い目を見せてやらないと納得できん。


 時には堪えることが肝要だと分かっていても、納得はすべてに優先する!

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