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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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味勝負・序

 SIDE:ソーマルガ皇国宰相執務室で働く男




「ハリム殿!前代未聞ですぞ!こんなものっ、皇国貴族の誰もが認めぬこと!」


「左様!ミエリスタ殿下ほどともなれば、相応の家柄を持つ貴族か、他国の王族との婚姻でなければ釣り合わぬ!」


「…お二人の気持ちも分かる。しかし、婚約はまだ決まっていないのだ。あくまでも、ミエリスタ殿下がその意向を示したというだけのこと。今すぐにどうということではない故、安心召されよ」


 宰相の執務室へ約束もなく訪れ、突然声を荒げだした両侯爵に、落ち着いた声で諭しているハリム様だが、このやり取りは今日だけでもう三度目になる。


 ハリム様も疲れが隠せていないのは、皆が判を押したように同じ言葉、同じ感情でもって、間を置かずに訪れるせいだろう。


 私も詳しくは知らないが、なんでもミエリスタ殿下が学園で婚約者をお決めになられたとかで、どこから聞きつけたのか、そのことについてよく思わない方達が押し掛けてきていた。

 そのせいで、今日の仕事も進みが悪く、正直、かなり迷惑に思っているが、相手が相手なのでそれを面と向かって言うことはできないでいる。


 いつものように執務室へ顔を出し、今日の仕事を行っていると、まず軍閥の大物貴族がやってきた。

 部屋へきての第一声が、まずミエリスタ殿下の婚約が決まったことを喜ぶのと、ダンガ勲章持ちを自国へ引き込めることを楽しみにしているといったものだった。


 これに関してはいい。

 まだ確実に決まったわけではないとハリム様も念を押したが、それでも上機嫌ですぐに帰っていったので仕事に差しさわりもないと思われた。


 だが次にやってきたのが問題だった。


 軍閥の貴族と違い、今度来たのは家柄重視の、『血統派』と陰で呼ばれる大物貴族だ。

 さほど大声で騒ぐという訳ではなかったが、ミエリスタ殿下の婚約相手が相応しくないということをネチネチと言ってきた。


 宰相であっても気を使わざるを得ない地位の相手だけに、大人しく聞いていたハリム様だったが、ようやく立ち去ったかと思ったら、また同じようなガチガチの家柄重視の貴族がやってきた時には、ハリム様も机に突っ伏してしまったほどだ。


 流石に今いる貴族は先程より幾分家格は落ちるが、それでも三度も続くとなれば、ハリム様の心労は計り知れない。


「ではハリム殿、我らの憂慮は殿下にお届け願おう。失礼する」


 私が物思いにふけっている隙に話も終わったようで、荒い足音を立てながら貴族の方々が立ち去って行った。

 これまでの傾向から、再び貴族の襲来も予想できたため、しばらくは全員の視線が執務室の扉へそそがれたが、誰も来る気配がないと分かると、一様に深いため息が零れた。


「これで終わりでしょうか?」


 疲労の色を隠しきれていないハリム様に、お茶を淹れて差し上げながらそう尋ねる。

 正直、仕事の邪魔にしかならない来訪は誰も歓迎しておらず、私の言葉はここにいる皆の一致した感想だと言っても過言ではないはず。


「…だといいのだがな。まったく、朝から立て続けに同じような来客の相手ばかりして、仕事が進まぬわ。皆、今日の仕事は多少遅れても構わんぞ。わしと同じ空気を味わったのだ。どこにも文句は言わさん」


 今日ほど執務室が居心地の悪い場所に思えたことはなく、それでも仕事を抱えた私達はここを離れることもできず、何とも言えない空気の中で仕事を続けていた。

 それを知っているハリム様は配慮をしてくださったようで、多少仕事の手を緩めることが許された。


 まぁ精神的な疲労としては今日だけで三日分は負った気分なので、お気持ちは有難くいただいておくとしよう。


 部屋にいる誰もがめいめいに休みを取っている中、私は先程までの貴族方との会話で気になっていたことをハリム様に尋ねてみる。


「それにしても、ミエリスタ殿下が婚約ですか。今日まで相手がいなかったことが異例ではあったとはいえ、随分急ですね」


「婚約が決まったわけではないぞ。その意を示されただけだ。手紙が来たのは今朝方のことだが、ディケットからここまで届く時間を考えると、ことが動いたのは六日は前になるか」


 現在、ディケット学園には我が国の王子殿下と王女殿下の両名が通っているため、手紙などのやり取りを高速に行うべく、専用に調教した大鳥と飛空艇の両方を使った文書の運搬が利用される。


 ディケットからソーマルガ国境までは鳥に手紙を括り付けて運び、国内に入ったら巡察隊が殿下方の手紙を最優先で皇都まで運ぶという手はずとなっていて、それにより、チャスリウスの北方からここまで手紙がくるのに、十日もかからずに済む。

 風に恵まれると、三日ほどで手紙が届いたこともある。


 向こうでのことを手に取るようにとは言わないが、それでもほとんど時間を置かずに知ることが出来るため、殿下の婚約話も恐らくそれほど時間が経ってはいないだろう。


「お相手はアンディ殿とか?」


 アンディ殿とは以前、一緒に仕事をしたことがある。

 冒険者にしてダンガ勲章持ちで、文官の仕事も意外によくこなす、いわゆる出来る男というやつだ。

 それが殿下の婚約者となるらしいと聞いたときは、驚きとともに納得もした。


「だからまだ決まっておらんというに…。だが、そう望まれるであろうな。ミエリスタ殿下もあれを好いておるし、陛下方も気に入られておる。無論、わしもな。このまま何もなければ、その線で話を進めたかったが…」


「今朝からの騒ぎだと、貴族方の反発は大きいようですね」


「どこから聞きつけたのか、動きが速いものだ。普段からそれぐらい熱心に働いてくれれば、わしも文句はないのだがな」


 確かに、今日来たのは誰もが普段の働きぶりがお世辞にもいいとは言えない方ばかりだ。

 あの熱心さを普段から出してくれれば、私達の仕事ももっと円滑に進められるというのに。


 ミエリスタ殿下の婚約話を私が知ったのも、噂の又聞き程度なので、どこの誰が噂の出所かは分からない。

 ただ、貴族や文官にも広く知られていることから、大元はそれなりに上の身分の方であると推測できる。

 何となく、王妃方の周辺がそうではないかと思えた。


「軍閥の貴族は意外と感触はいい。ダンガ勲章持ちが身内になるのなら、誉れだと言うのは分かるがな。対して、家柄と血統を重視する昔ながらの貴族は、やはり平民が貴族になるのをよくは思わんらしい」


「血統派にしてみれば、貴族の、それも王族に平民の血が混ざるのは許しがたいと言った感じでしょうね」


「やめよ。血統派などと呼べば、また連中がつけあがる。あれらは声が大きいだけの愚か者だ」


「…失礼しました」


 ジロリと睨まれ、自分の失言を悔やむ。

 元々、血統派というのは蔑称に近く、血筋しか誇れない連中を陰でそう呼んでいただけだった。

 それがどう間違って伝わったのか、自分達は血統派だと誇らしげに名乗る者が出始め、貴族の義務も果たさず政治にくちばしを突っ込んでくる連中をハリム様は嫌っていた。

 その呼び名を口にするだけで、このように機嫌を悪くするほどに。


 実際、この何年かの政治における問題には、血統派が原因となることも多いため、そのお気持ちは私達も十分に理解できるほどだ。


「…わしも少し参っていたようだ。許せ。ともかく、仮にでもアンディとの縁故が結ばれるとなれば、ミエリスタ殿下のお手柄ともいえる。…貸しが育って帰ってきたか」


 多少だが機嫌を戻したハリム様が、ボソリと呟いた言葉が耳に残った。

 今貸しと言ったが、それはいったい何についてのことなのか。


「貸し、ですか?」


「いや、なんでもない。こちらのことだ」


 表情を消した顔でハリム様がそう言うのであれば、それは私などでは知る由のない、高度に政治的な話なのかもしれない。

 話の流れ的に、貸しとはアンディ殿に対してのものだろうが、ハリム様には聞けない雰囲気だ。

 言いたがらないことを聞き出そうとして、ご機嫌を損ねられるのも怖い。


「失礼します。宰相閣下に至急のご報告がございます」


「…やれやれ、休めたのがほんの一時とは。何事か」


 深々とため息を吐き、やってきた兵士に向き合うハリム様に倣い、私達もそれぞれの仕事へと戻っていく。


 精神的な疲労はまだ癒せてはいないが、やるべき仕事は山ほどある。

 先程、今日はゆっくりやっていいと言われたが、仕事というのはやれるうちに処理してこそ能吏と証明されるのだ。


 恐らく、今来た者はこの後も続くであろう政務への第一波と思われるので、今のうちに心構えをしておかなくてはな。



 SIDE:END







 パーラとエリーが料理対決をすることに決まったあの日から五日が経った。

 エリーの方はリヒャルトからの又聞きだが、やはりパーラへの対抗心からか持てる限りのコネを使って珍しい食材を無節操に集めだしているそうだ。


 パーラはエリーに言われたことを守って、俺に助言を求めることもなく、自分の足で食材の調達に動き回っている。

 アミズの手伝いも休み、朝から噴射装置でどこかへ出かけると、夜遅くまで帰ってこない日もあった。


 てっきり飛空艇にある食材や調味料を使うのかと思っていたが、意外なことにパーラはそれに一切手を付けていない。


 一応、何を作るかそれとなく聞いてみたが、挙動不審気味にはぐらかされてしまったので、パーラなりに考えてはいると思う。

 恐らく、パーラはエリーと正々堂々の料理勝負を望んで、この世界でも希少な醤油や昆布を使わないつもりだ。


 普段は勝つためなら手段を選ばないことを旨としているが、それでもエリー相手には正面からぶつかって勝ちたいのだろう。

 それだけ対等に、ライバルと思っているわけだ。


「料理対決とはねぇ。しかもあのアミズ教授発案だって?らしいというかなんというか」


 学校が休みとなったその日、久しぶりにシペアと会うことになった俺は、街中にあるベンチで落ち合って話し込んでいた。

 シペアの方から出してきた話題は、どこで聞いたのか料理対決についてだった。


「なんだ?らしいって」


「いや、頭のいい人は考えることも変わってるって思ってな」


「変わってるか?料理対決ぐらい、やることもあるだろ」


 まるで料理対決が奇抜な様にいうシペアの言葉に、首をかしげてしまう。


 流石に至高対究極というほどではないが、この世界でも美食を競うということは稀にあった。

 美食家を気取った人間が希少な食材で珍しい料理を創作したり、大々的なコンテストとはならずとも、街の料理屋がどっちの料理が旨いかを争い、それを住民が話のタネにしているのも、俺自身、何度か見聞きしたことはある。


「いや、パーラはともかくとしてエリーは王族だぞ?そんなので婚約者が決まっていいのか?」


「あぁ、そういうことか。多分よくないだろうな」


 確かに、王族の婚約者ともなれば、簡単に決めていいことではない。

 まして、料理対決でとなれば、どこから文句がでることやら。

 まぁ提案したのはアミズで、乗ったのがバカ二人なので、文句が向かうとすればこの三人にということになるだろう。


「おいおい、よくないって…もう料理対決することは決まってるんだろ?そんなのでソーマルガの方から許しは得てるのかよ?」


「リヒャルトが言うには、とりあえず宰相に今回の件をまとめた手紙はもう出したそうだ。一応、隠し事なしで全部書いたらしいけど、返事が来る前に料理対決が決着するだろうってよ」


 何やら本国と高速で通信する手段があるとかで、リヒャルトもハリムからの指示を待ちたかったが、流石に返事は間に合いそうもないので諦めたようだ。


「それで婚約者を決めようってのも凄いが、本国からの返事も待たずにやっちまおうってエリーも、度胸があるな。あいつ、本当に王女様か?」


「お前がお上品な人間を想像してそう言ってるなら、あいつは肝の据わった、非常識な王女だとでも思っとけ」


 ハリムがどうするかは分からないが、恐らくエリーが料理対決に勝っても、すんなり俺が婚約者となることはまずない。

 当人や国のトップがどう思おうと、平民が王族と結婚する可能性に他の貴族が反発することは想像しやすい。

 そういう事情があるため、料理対決がそのまま婚約者決定戦とはならないものの、パーラとエリーの俺を巡っての勝負に一先ずかたはつくと、アミズは語った。


 つまるところ、本当に婚約が決まるかどうかより、パーラとエリーの感情に決着をつけさせるための料理対決という訳だ。

 アミズもそっちを期待して提案したそうだしな。


「しかし、アンディも役得だな。エリーがその気になったら、派手に伝手を使って凄い食材とか集めてきて、さぞうまいもんを食わせてもらえるんだろうな」


「二人のおっかねぇ女が競う場でって条件が付くけどな」


 とはいえ、シペアの言うとおり、そこのところにはちょっぴりだけど期待している。

 エリーもパーラも、かなり本気で挑む感じを見せていたが、パーラの方はともかく、エリーに関しては貴重で高級な食材を、王女の地位とコネをフル活用して用意するに違いない。


 こっちの世界で生きてきて、今まで色々な食材と巡り合っては来たが、中には平民では手にすることができない物もそれなりにあり、そういったものをこの機会にエリーの料理で味わえると思えば、この料理対決も意外と悪いものではない。


 もしかしたら、フォアグラやキャビア、トリュフにあずきバーといった地球で言うところの世界四大食材に匹敵する何かを食わしてくれるかもしれないと思ってしまう。

 王族が本気で集める美食、楽しみにしない者などいるだろうかいやいない。


「ま、俺達だけのこじんまりとした料理対決なんだし、じっくり味わうぐらいは許されるか」


「…アンディ、まさかお前知らないのか?」


 そう言って目を見開き、信じられないものを見るようなシペアの様子に、少しだけ不安を覚える。


「あ?何をだ?」


「その料理対決、アミズ教授が主導して、エリー達以外にも参加者を募ってたぞ。だからこじんまりとはならないはずだ」


「なん…だと…」


 初めて知らされたその情報に、俺の顔はきっと劇画感が濃くなっていたことだろう。

 そういえばアミズとは五日前を最後に会っていないが、どうやら知らない間に話が大きくなりはじめているらしい。


 てっきりアミズ立ち合いで、エリーとパーラに俺の四人、追加があってもリヒャルト達が見守る程度の対決だと思っていたのだが、シペアの言う通りに動いているとすれば、コンテスト規模にまでなる恐れがある。


 アミズはいったい何を考えているのやら。

 頭のいい人間は往々にしておかしな方向に行動を起こすものだが、アミズもそうだとすれば俺はどう抗ったらいいものか、今からもう怖い。


 願わくば、穏やかに始まって平和的に終わってほしいものだ。






 アミズが宣言してからキッチリ十日後、いよいよ料理対決が始まる。

 丁度そこを狙ったのか、学園が半休で午後から休みとなる日に、昼食時を狙って行うこととなった。

 何故か俺はこのためだけに前日の昼から食事することをアミズにより禁止されており、今なら革靴だって食えそうなぐらいの空腹に絶えず襲われている。


 場所は学園の敷地内にある露天の石舞台で、元々は外での学術発表を行うのに使うらしいそこにキッチンをわざわざ作り、しかも大勢の観客を入れての大々的な催しという、悪い意味で予想通りの大げさなものとなってしまっていた。


 ちなみにそのキッチンだが、アミズが土魔術が使える生徒を集め、人海戦術で一気に作り上げたものらしい。


 俺が以前、遠学で土魔術の家づくりを見せていたことがいい教材となったのか、最近は学園の土魔術の使い手もレベルが上がってきている。

 家はまだ無理でも、ちょっとしたキッチンであれば大勢で取り掛かるとすぐにできてしまうようだ。


 小っちゃいコロッセウムのような雛壇風の観客席に、学年を限らず生徒達がズラリと座っている姿は壮観ではあるが、それぞれが昼時とあって軽食をつまみながら楽し気にしている様子は、自分がサーカスの出し物にでもされた気分になる。


 生徒達には勉強の息抜きにもなるということで、学園側も場所の使用と集会の許可をしたそうだが、正直断ってくれた方がよかったのに。

 料理対決とはいえ、彼らは自分の舌で味わえるわけでもないのに、こんなに大勢集まるとは、よっぽど暇なのか。


「これよりディケット学園主催、料理対決を始めるわ!参加者は三名。そちらからミエリスタ、チェルシー、パーラ。彼女達が料理を作り、審査員が食べて勝敗が決まる。審査員はこちらの五名、いずれも学園の教師よ」


 いつの間に学園主催になったのだろう。

 恐らくパーラが風魔術で補助しているのか、アミズのそんな言葉が大きく響き渡る中、舞台の上にいる人間が紹介された。

 キッチンの前に立つパーラ達と、俺を含めた審査員となる五名の学園教師たちが座る席を指し示すアミズ。

 一応俺も臨時ではあるが教師に分類されるので、その紹介でも間違いはない。


 あそこにチェルシーが混ざっているのは、チェルシーだけが参加表明を出したからだそうだ。

 アミズの目論見では、もっと大勢集めて派手にいきたかったようだが、生徒の中には料理自体得意な人間がそう多くないし、その少ない料理自慢の人間の中でも目立ちたいというのはさらに少ない。


 結果、思ったよりも参加者は集まらず、用意したキッチンも三つで済むという、意外と規模が小さくなったことをアミズは悔しがっていた。


「何を使って何を作るかは自由よ。ただし、時間は限られてるわ。これを見なさい」


 そう言って、アミズは舞台の上に置かれた巨大な砂時計のようなものを指さす。

 ようなものというか、円柱の真ん中がくびれた見た目はもろに砂時計だな。

 透明度の高いガラスを大量に使っていると思われるそれは、この世界ではかなりの高級品だと言っていい。


 ただ、中身は砂ではなく色の違う二種類の液体が入っており、無色の液体が容器いっぱいに、黒色の液体は片方の底半分辺りに沈殿している。

 中心を軸にして縦に回転するような仕組みも見られ、あれをぐるりと回せば色付きの液体が下へ向かって落ちていくのを見れるはずだ。


「これは最近、学内のある研究室で試作された油時計と言うものよ。一定の間隔で中の油がくびれた部分から滴り落ちるのを利用して時間を計るの。大体、中の油が全部落ちきるのにかかるのは半刻より少ないぐらいね」


 あのサイズで一時間弱を計れるのは、本体の大きさと油の粘性からだろう。

 魔道具製の時計と違い、動力を特に必要とせず、仕組みも単純となれば中々の発明品ではなかろうか。

 容器の中身からそう呼ぶのか、油時計という名前もいいセンスだ。


「今回、あちらにいる方達から提供してもらったわ。みんな、拍手を」


 油時計を作った研究室の人間が舞台から少し離れたところにいるようで、そちらを見ながら言うアミズの言葉で、ここにいる人間のほとんどが盛大な拍手を送る。

 俺もそちらへ視線を送ると、研究者風の男女数名が拍手を受けながら、アミズを睨んでいるのに気付く。


 あの目つき、もしかしてあの油時計って、かなり強引に徴発したのか?

 彼らも流石に今は舞台に上がってくることはしないだろうが、全部終わったらアミズに詰め寄りそうな凄味はある。


「この油時計の中身が全部落ちきった時、調理はそこまで、審査に移るわ。たとえ未完成であっても、審査は行われるから、気を付けるように。さあ、そろそろ開始するけど、三人とも準備はいい?…では、はじめ!」


 パーラ達が一様に頷きをしたことで、アミズが油時計をグルンとひっくり返したのと同時に、グワーンという銅鑼を鳴らしたような音が響き渡った。

 離れたところにあった大鍋を紐でつるしたものを誰かが叩いたようで、爆音を響かせているそれはアミズが考案したのか、ここにいるほとんどの人間を驚かせることには成功している。


 しかしパーラ達は驚いたのも一瞬で、すぐに開始の合図と悟って調理を開始していった。

 自前で用意した食材がキッチンには並んでおり、それを使って何を作るのか、観客達は予想を囁き合っている。


 審査員である教師達も、何が用意されるのかを期待半分、怖さ半分といった感じで言葉を交わしながら見守っていた。

 この教師達は、顔は知っていても俺自身は話したことがない者がほとんどで、正直その話に加わるのが少し躊躇われる。


 だが幸い、俺が座っている席は端っこで、さらに隣にいるのはこの中で唯一じっくり話したことがある人物なので、遠慮なく話しかけることができた。


「まさか、ベオルさんがこんな料理対決に審査員として参加してるとは思いませんでしたよ」


「ふむ、意外かな?確かに私は行事にあまり積極的に参加はしない質だが、今回はアミズ教授から直に声を掛けられたものでね。断る口実を作る暇もなかったのさ」


 今回、審査員としてベオルがいたのは意外だったっが、この口ぶりからするとアミズの騒動に巻き込まれた被害者のようでもある。

 ベオルは普段、学園長の補佐をすることが多いため、授業を受け持つことはまずないが、れっきとした教師として雇われているので、同僚のアミズにも気を遣うことはあるのかもしれない。


「ところでアンディ君、アミズ教授から聞いたんだが、この料理対決で勝った一人と君が婚約するという話は本当なのか?」


「…ええまぁ、発端はそうでしたね」


「あのチェルシーという生徒とも?」


「いえ、チェルシーとはそういう話はないですね。確か、チェルシーが勝ったら別の何かを考えていると、アミズ教授は言ってましたけど」


 チェルシーが俺との婚約を望むわけがないので、対決で勝ったらアミズが何か相応の褒美を用意するそうだ。

 物になるか、それとも学業で役立つ便宜になるかは分からないが、この国では賢者扱いのアミズならそう悪いものではないだろう。


「しかし学生のうちに婚約とはな。学園では特に禁止されていないが、勉学に差しさわりがないか不安を覚えるのだが」


 審査員としてここにいる教師達にしてみたら、対決の結果次第で生徒が婚約を結ぶという話は、反応に困るものなのだろう。

 学園は勉強をするところで、婚約者を探す場所ではないのだから。


 一応、学生同士の交流が進んだ中で婚約にまで発展することはあるので、禁止もされていないが推奨もされていないといったところか。


「その件については、対決で婚約が確定するという訳ではないと、アミズ教授とは話をつけてます。まぁその辺りは、勝った方とじっくり話し合いますよ」


 本対決の主催者と言っていいアミズには、既にそう話を通しているため、勝った方と即婚約といったことはない。


 もっとも、そのことはパーラ達にはまだ話していないので、料理対決が終わったら明かすことにしているが、そうなった時を想像すると少し怖い。

 エリーはともかく、パーラなら魔術か銃でもぶっ放してきそうだ。


「ふむ、そういうことなら私からはこれ以上言う必要はないな。とにかく、せっかくの生徒の手料理だ。今は仕事のことは忘れて味わうとしようか」


 その言い方だと、仕事がまだ残っているのにアミズに連行されてきたことになるが、それをあえて口に出すことで忘れようとしている煤けた横顔のベオルの様子には同情を禁じ得ない。

 やはり振り回されてるようだ。


 逆にベオルを振り回せるアミズが、学園内でどれくらい特別扱いなのかも何となくわかるというもの。

 突拍子もないことを考える発想力と、即行動に移せるフットワークの軽さも持ち合わせるとは、なんとも厄介な。


 ―オォォォ!


 観客達が唸るような歓声を上げる。

 舞台上で何かが起きたようで、話し込んでいた俺とベオルは視線を前に向けると、そこで歓声の元を見た。


 チェルシーのキッチンで、鍋から火柱が上がっていたのだ。

 明らかにすぐ下の竈から出る火とは違う様子に、すわ火事かと思ったが、チェルシーは冷静な顔でそれを眺めていることから、どうやらあの火柱は彼女が意図して起こしたものらしい。


「ほう、火炎(かえん)(あかし)ですか。大したものですね」


 審査員の一人がモノクルを指で押し上げながら、感心したようにこぼす。


「火炎の燈?」


 初めて聞く魔術に、思わず俺がそうつぶやくと、そのまま先程の人が説明を足してくれた。


「火炎の燈は、中級の火魔術です。チェルシーさんの学年では使えても不思議ではありませんが、あの魔術は大きくするのには向いていても、小さく収めるのは高度な技術がいります。それを料理に使うのも意外ですが、あの鍋の大きさに収めて維持しているのには驚きますね」


 なるほど、50㎝ほどの幅しかない鍋で、火柱が留まっていること自体、チェルシーの魔術師としての優れた技術を示しているわけか。


 何を作っているのかは分からないが、恐らく今のは火力を必要とする調理法なのだろう。

 料理に薪や炭では無く火魔術を使うとは、チェルシーの発想は俺好みだ。


 火魔術で人を傷つけない使い方というのは珍しく、そういう意味では平和的な手本を見せたチェルシーは褒められてもいい。


 それにしても、かなりの強火だと思うのだが、あれ以上続けたら食材が炭になりはしないだろうか?

 少し不安を覚えた俺の耳に、またしても歓声が飛び込んできた。

 今度は何かと残りの二人を見ると、どうやら注目を集めているのはエリーの方で、キッチンに置かれた食材が原因のようだ。


 ―あれは…いや、そんなはずは


 ―本物?初めて見たわ


 ―まさか、今回のためだけに手配したのか?


 ―あの大きさ、一体いくら使ったんだ


 見たところ、それはやや大きめの魚といった感じだ。

 勿論、異世界基準ではという意味で。


 俺は初めて見る種類ではあるが、観客や審査員達が色めきだっていることから、特別な食材なのだろう。


 もしかしたら、あれが王族のコネで集めた高級食材なのかもしれない。

 尋常ではなく高まり始めたざわめきでそうとも思えるが、果たしてあの魚がなんなのか、ちょっと誰か教えてくれないものか。


 チラッチラッと審査員に視線を送るが、皆魚に注目していて気付いてもらえない。

 蚊帳の外の感が強い中、エリーが包丁を手にしてその一刀を魚へと差し込んだ。


 なんだ?エリーのやつ、魚を捌けるのか?

 前に遺跡調査で、ちょっとした料理の手伝いをしてくれたことはあったが、こんなしっかりとした調理は初めて見る。

 王族として包丁を持つ機会はそうそうないはずだが、あれをどう調理するのか強く興味を惹かれてしまう。

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― 新着の感想 ―
やはり主人公はゴミ屑何だなぁ 重要な決め事を他人のせいにして自分では責任を取らない決定方法を選ぶ そもそも本人が絶対に嫌だと強固に断れば済む話を自分で断らないし受託もしないのが原因なのに何の責任も感じ…
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