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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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世の中は意外と航空力学で何とかなる

 教師と講師の違いは何か。

 厳密にはどうか分からないが、学校で教鞭をとる人間を教師と呼び、その中で臨時雇用なのが講師だと俺は思っている。


 そういう意味では、臨時講師という呼び名は臨時という言葉がダブっているようで変な感じだが、ディケットではそういう風に呼ぶ以上、俺がどうこう言うべきではない。


 そんな臨時講師に任命された俺は、まず最初に学園の一年生を対象にした講演を行った。

 校舎のとある講堂を一つ使い、俺が冒険者としての活動を通して得た教訓を語って聞かせたのだが、よく知らない冒険者と言う仕事に抱いていた幻想を砕いてしまったようで、終わった時には沈んだ顔の生徒がちらほらと見えていた。


 元々、学園に通うのは難しい試験をパスした優秀な人間ばかりだ。

 学園を卒業したという肩書だけで、就ける仕事は普通の人よりも幅広いため、将来を冒険者として選ぶ人間はそう多くない。

 多くはないが少なくもない冒険者志望の生徒に、現実の泥臭いものを教えるのは決して悪いことではなく、俺の話が将来の進路選択で役立ってくれるのなら、我が恥を語って聞かせた甲斐もある。


 最初の公演は色々と試みもあって、完璧とは言えなかったが、改良や修正を加えて二年生への公演へ臨むことができた。

 実験台になった一年生には申し訳ないと思っている。


 そして今日、俺は二年生を集めた講堂で、大勢が見つめる中で二回目の公演を行っていた。


「―『挑戦と無謀を同時に持ち歩くな』、誰の言葉か知っているか?…私だ。私の得た教訓だ。君達はまだ若い。さらにここへバカが加わることもあるかもしれない。そんな時、さっきの話を思い出してほしい。君達が歪まず成長しているなら、きっと正しい道が見えてくることだろう」


 一年生と違い、学園生活に慣れのある二年生には、冒険者としてだけではなく、俺が農家になりたてだった若い頃の話も交えた話を聞かせている。

 随分偉そうに語っているとは自覚しているが、この手の話はこういう言い方が一番様になるのだ。


 ここまで話したところで、廊下の方から鐘の鳴る音が聞こえてきた。

 学園では一定時間ごとに係の者が授業の開始と終わりを告げる鐘を鳴らして回る。

 チャイムの代わりだ。


 元々はベルの音をチャイムとしていたのだが、今はベルを時限式で鳴らす仕組みが修復作業中で、その間はこうして人が合図を出しているそうだ。


「鐘も鳴ったことだし、講演はここまで。あ、練武科は午後の授業が変わるそうだから、掲示板を確認しておくようにとのことだ。以上、係の者」


「起立!礼!ありがとうございました!」


『ありがとうございました!』


 練武科の担当教師から預かっていた伝言を伝え、代表者の号令に続いて生徒全員が挨拶をし、講演の終了となる。

 この後は昼食となるので、講堂を出ていく生徒達の顔は嬉しさが浮かんでいる。

 決して俺の講演がつまらなかった反動ではないと思いたい。


「ご苦労だったね、アンディ君」


 講演後の片付け、といっても俺が持ち込んだ原稿や小道具をまとめるだけだが、そんなことをしていると、講堂の脇にある小部屋からゼビリフが現れた。


「あぁ、ゼビリフ先生。なんだ、そっちにいたんですか?」


「うん、ちょうど今は僕の受け持ちの授業もなくて、時間が空いてたからね。二回目とは思えない、ためになる講演だったよ」


 まぁ実際、手探り状態だった一回目で蓄積した経験と反省が、しっかりと反映されたのが今日の講演だと自負している。


「そう言ってもらえると気が楽になりますね。自分なんかが教師の真似事を…なんて思うと、本職の方に聞かれるのはどうも恥ずかしくて」


「いやいや、中々いい教師っぷりだったよ。どうだい?このまま学園で教鞭をとってみたら。僕の方から学園長に推薦してもいいよ」


「ははは、人に教えるなんて自分には荷が重いですよ。この学園ほどともなると、俺なんかよりよっぽど教師に向いた人を探すべきでしょう」


 人を教え導くということは、その人間の将来を狭めることもある。

 一人二人ならともかく、一クラスや一学年丸ごとの人間の将来に、俺は責任を持つことなどできない。

 多くの経験と思いやりがないと、教師なんてのは務まらないものだ。


 俺なんかを教師に誘うより、どこかにいるかもしれない有能な教師を、三顧の礼でもして迎える方がよっぽど学園のためになるだろう。


「そうかい?僕の見立てだと君は教師も性に合ってると思うがね。まぁいいさ。アンディ君はこの後どうするんだい?よかったら昼食を一緒にどうかな」


「あ、いや、実は昼食は先約がありまして」


 何となく気分は上司の飲みの誘いを断るような感じだが、ゼビリフのこの感じだとそう深刻にはならないだろう。

 彼の為人に甘えるようだが、今回は先に約束した方との昼食を選ばせてもらう。


「あらら、なら仕方ないか」


「すみません、せっかく誘ってもらったのに」


「いいよいいよ。けど、先約ってもしかして、例の同好会の子達かい?」


「そうですけど、よくわかりましたね」


「最近、放課後に君達がよく一緒にいるのを見るからね。随分仲が良さそうだ」


 飛行同好会に入ってから、俺はよくヒエス達と放課後に集まって活発に活動をしている。

 主に模型飛行機の制作を行っているわけだが、段々形になってきたこともあって、最近は日が暮れるまで没頭していることも多い。

 教師達にもそこを見られたのだろう。


「まぁ君達のことは教師の間でもちょっとした話題だよ。うまいこと講師を同好会に入れた生徒がいるって」


「へぇ、やっぱりかなり変則的なことだったんですね。…もしかして、ヒエスがそのことで罰を受けたりとか?」


「それはないよ。校則に違反したわけじゃないんだ。ただ、ちょっと教師側も想定外のやり方だったから、このやり方は今回に限り見逃すってことになる」


 基本的に同好会へは、本人の意思さえあれば加入も脱退も自由となっており、教師が加入しないという以外は結構緩い物だったりする。

 ただ、今回はヒエスが使ったのはあくまでも搦め手のため、今後も同じ手が使えるようにはならないようだ。


 ―グルルルルルゥ…バウ!バウ!


 そうしていると、不意に下の方から動物の吠える音が聞こえてきた。


「ん?何の音だ?」


「あぁ、すいません。俺の腹の音です」


「え!今のが!?」


 ゼビリフをびっくりさせてしまったが、この犬が吠えるような音は、間違いなく俺の腹から鳴ったものだ。

 本人が言うのだから間違いない。


「…君はお腹に猛獣を飼ってるのかい?」


「まぁ個性的なのは認めますが」


 この体が特殊なのか、俺の腹の虫は獰猛です。


 腹の音で空腹を知り、ゼビリフと別れて食堂へ向かう。

 多くの生徒でにぎわう食堂は、やや出遅れたせいで座る席を探すのが大変だ。


 配膳のカウンター越しに給仕係から渡された今日の昼食を手に、俺はしばらく立ち尽くす。

 こうしてみた限りでは、空いているテーブルはほとんどなく、多くの生徒が相席を余儀なくされているが、俺の場合はヒエス達が先に席をとってくれているはずなので、その姿を探す。


 すると、遠くの方で手を振る人影が見え、それがエリーだと気付く。

 どうやら向こうは既に俺を見つけていたようで、ああして手を振って呼んでくれていたらしい。


 そちらの方へ行くと、テーブルにはエリーをはじめとして、ヒエスにチャム、リヒャルトといった飛行同好会の面々が揃っていた。

 今日の昼食は彼らと一緒にとる予定だったので、この顔ぶれに特に思うことはない。


「もー、遅いわよ、アンディ」


「悪い。ちょっとゼビリフ先生と話し込んでた。もう食い終わったのか?」


「ううん。アンディが来るまではって、みんなまだ食べてないんだから。ほら、こっち座って」


 そういって勧められるがままにエリーの隣へ座る。

 改めてテーブルの上を見てみれば、手つかずの食事が乗ったトレイが四つ。

 先程エリーが言った通り、俺が来るのを待ってくれていたようだが、気にせず食べてくれてもよかったのだがな。

 とはいえ、一緒に食べようとする仲間意識には、くすぐったさと共に喜びも覚える。


「なんか待たせて悪かったな」


「気にしないで。僕らが勝手にしたことだよ。さあ、皆そろったことだし、頂くとしよう」


 ヒエスの言葉で、それぞれが食事に手を付ける。

 今日のメニューは、パンとスープを基本に、メインが一品着く定食スタイルだ。

 パンとスープは決まっているが、メインだけは肉の煮込みか野菜を焼いたもののどちらかを生徒が選ぶ。


 やはり若いだけあって多くの生徒が肉を選ぶそうで、それが無くなると強制的に焼き野菜がメインとなるわけだが、俺は出遅れ組なので肉にはありつけなかった。

 このテーブルでは、肉を選んだのはエリーとヒエスだけだが、正直、見た感じではあまりうまそうには見えないので、さほど惜しくはない。

 ヒエス達の年を考えれば、そんな肉でも欲しいだろうから、生暖かい目で見てやるとしよう。


「そうだ、アンディ君。あの飛行機の模型、昨日君に言われたところを直したんだ。ちょっと見てくれるかい?」


 早速食べようとしたところ、ヒエスがテーブル越しに俺の方へと模型飛行機を差し出してきた。

 鼻っ面に迫ったそれのせいで、フォークに刺さった野菜を皿に戻さざるを得ない。


「…早いな。けど、今は昼食―」


「あの後、羽の一部を紙に変えてみたんだ。植物性の紙を使ったおかげで結構高くついたけど、大分軽くなったと思う。それと、胴の部分も肉抜きをしてみた。前は強度を保つために出来なかったのも、全体が軽くなったおかげで大胆に削っても平気そうだったんでね」


 俺の抗議の言葉も耳に届かず、興奮気味に話し出すヒエスに、同席している他の面々からも呆れた視線が注がれる。

 しかし、それにヒエスが気付く気配はない。

 趣味に夢中な人間にありがちな、自分の世界に没入しているような感じだ。


「見てよ、これ。鳥とはとても言えない姿だけど、持ったら分かる。この軽さ!これはもう、早速飛ばすしか!」


「落ち着いてください、会長。とりあえずお昼食べちゃいましょうよ。模型の話はその後にでも」


「む、そうかい?」


 ヒートアップしていくヒエスに、絶妙なタイミングで止めに入るチャムは、流石扱いを心得ている。

 まだ一年生のチャムとヒエスの付き合いはそれほど長くないはずだが、そこはやはり好意のなせる業と思おう。


 ようやくありつけた食事をつつきながら、同学年のエリー達は次の授業についての話なんかをしたりしている。

 ヒエスは模型を見ながら、食事を口に運ぶという、まるでそれがオカズだと言わんばかりの食べ方だ。


 周りの喧騒もあるが、まさにザ・学食といった中で食べる食事は、味はそれほどでもないが奇妙な懐かしさのおかげで悪い物じゃない。


「うわ…リーキだ。リヒャルト、あなたリーキ好きよね?これあげるわ」


 この時期にしては中々新鮮な野菜の味わいに少し感動していると、隣にいるエリーがそんなことを言い出しだ。

 見れば、付け合わせとして添えられているリーキを、ニヤニヤとしながらリヒャルトの皿へと運ぼうとしていた。


「結構です。殿下、何度も言っているでしょう。嫌いなものを人に押し付けてはなりません。あと、ちゃんと食べねば、成長できませんよ」


 あまりリヒャルトが長々と話すところを見たことはないが、エリーに対するこの言いようから、しっかりと諫めることもできるいい従者だと思える。

 いささかオカン染みているが、これはエリーの普段がそうさせているのかもしれない。


「野菜一つぐらいでそんな言う?はぁ、わかったわ。じゃあアンディにあげる」


「なんでだよ。いらんわ。自分の分は自分で食え」


 今度はフォークの先が俺の皿を捉えたが、エリーの教育のためにもここはきっぱりと言っておいた。

 俺自身、別にリーキが嫌いではないが、好き嫌いの克服を邪魔する気もない。


「いいよ、エリー。私が食べてあげる」


 孤独にリーキと戦うしかなかったエリーに、助け舟を出したのはチャムだった。

 仕方なさそうに困った笑みを浮かべて、エリーの皿からリーキを拾い上げる。

 甘やかしおって。


「チャ、チャム~。心の友よ!やっぱり持つべきものはこんな薄情な男共じゃなくて、慈悲深い女の友達よねぇ」


 某ジャイ〇アンみたいに感動するエリーだが、その言い方は随分ひどい。

 俺もリヒャルトも、別に嫌がらせで断ったわけではないというのに。


「もぅ、大げさだよ。でも、食べてあげるのも今回だけだからね。ちゃんと食べれるようになってよ?」


「うん、なるなる。すーぐなっちゃうから、今日はお願いね」


「はいはい」


 もう完全に構図は母親と娘といった感じだ。

 どっちがどうかは言わずもがな。





 昼食を食べ終え、食堂を後にした俺達は中庭へと移動し、そこで改めて模型についてヒエスの話を聞くことになった。


 芝生に置かれた模型飛行機を囲むようにして座り込み、その出来をじっくりと眺めてみる。


 学食で話した通り、確かに模型の外見は昨日からだいぶ変わっており、今の形はもうすっかり飛行機然としたものとなっていた。


 流線型の胴体と、横に長く伸びた主翼と水平尾翼に垂直尾翼には木製のフレームに紙を張られ、後はもうプロペラ付きのモーターでも積めばこのまま飛んでいきそうな出来だ。

 翼の断面はちゃんと揚力を生み出せるものを再現してあるようだし、いっそゴムで回るプロペラでもあれば、すぐに飛行性能を確認したいほどだ。


 簡単な設計図を書いて渡していたとはいえ、地球の航空機を知らないにしてはヒエスはいい仕事をした。


「…なんか随分薄いのね。軽そうではあるけど、こんなので飛べるの?まだ前のほうが鳥に近かった分、飛びそうな気がするわよ」


「同感です。我が国では飛空艇が既に飛んでいますが、これは別物と言えます。やはりここは鳥を模すべきでしょう」


 最先端の飛空艇を知るソーマルガ出身の二人は、この模型飛行機を見て懐疑的だ。

 基本的に羽を持たずに飛ぶ飛行艇と、この模型は形からしてかけ離れているため、とても同じ空を目指すものという認識は持てないのも当然か。


 彼らにとっては、空を飛ぶものと言えば鳥か飛空艇なのだから仕方ない。


 とはいえ、飛空艇と違ってこの模型は地球における航空力学を取り入れたものであり、他の面々はともかく、俺は十分に空を飛ぶ姿を想像しやすい。

 完ぺきとは言い難いが、鳥をただなぞった形にするだけよりはましだろう。


「そりゃお前らが知ってるのは飛空艇だけだからな。けど、世の中は意外と空を飛ぶ仕組みってのはなんとかなるもんだ」


 地球における航空力学でも、翼断面をある形にすれば揚力は発生するということは分かっているが、その細かい原理や計算までは俺には分からない。

 だが、効果さえ分かっていれば使えるというその精神で、ここに航空機を再現してみたわけだ。


 この世界では基本的に魔術以外は物理法則が共通なのだから、この飛行機も飛べるはず。

 ヒエスには悪いが、形を微妙に変えた模型を実際に飛ばし、微妙な手直しを何十回、下手をすれば何百回を繰り返すことになるかもしれない。


 眠れない夜を過ごすこともあるだろう。

 しかし、それも航空機の発展のためだと、犠牲になってもらおう。


「皆が不信がるのも分かるがね、現物はこうしてあるのだから飛ばしてみようじゃないか!僕らは飛行同好会なんだ。飛びそうなものはとりあえず飛ばす、飛ばなさそうなものもとにかくぶん投げるが信条なのだから!」


 ヒエスの熱弁っぷりから、その言葉が冗談ではないのが分かるだけに少し怖い。

 空への憧れという一言で片づけるには、中々物騒な信条だ。


「よって今日の放課後、いつもの塔から模型を放り投げ…じゃない。飛行試験を行うことにする。なんとなく今回はいつもと違う結果になりそうな気がしているので、なるべく全員が立ち会うようにお願いしたい。特に、いつも何かと理由をつけて休む二人にはね」


 釘をさすようにヒエスが鋭い視線が向けるのは、ここ何度かの同好会の活動でも姿を見ていなかったエリーとリヒャルトへだった。


「やぁねぇ、会長ったら。別に嫌で参加してなかったわけじゃないのよ。ねぇ?」


「ええ、全くです。僕も殿下もちゃんとした理由があったと、理解してもらえていたはず」


 まぁエリー自身一国の王女として、学園に通う貴族の生徒と交流をすることもあるだろうし、リヒャルトは側付としてそれに同席するという役目もある。

 ただのサボりではないとは思うが、それでも熱心な会員とはいいがたい。

 なにせ、話している間もヒエスとは視線を合わせようとしていない二人は、やましい気持ちがあると態度でバレバレだからだ。


 とは言え、エリー達のこのスタンスもわからんでもない。

 そもそも、飛行同好会にはヒエスが強引に誘ったということだし、エリー自身も暇つぶしの側面が大きかったと聞いている。

 他に用事があるのなら、そっちを優先する程度の愛着しかないのだろう。


「そりゃそうだけど、僕としてはもっと熱心に参加して欲しいわけだよ。ともかく二人とも、今日の放課後は参加できるんだね?今日ばかりは用があるとは聞いてないし」


「ええ、勿論参加するわよ。その模型、本当に飛ぶのかこの目でしかと見届けさせてもらいましょうか!」


 強者感たっぷりに言い放つエリーに、なぜそんなに偉そうなのかを問い詰めたいところではあるが、話を先に進めるためにもここは黙っておくとしよう。

 幸い、ここにいる面々はエリーのこの態度には慣れているので、苦笑いで済ませている。





 なんやかんやあったりなかったりであっという間に放課後となり、俺はヒエス達と共にすっかりお馴染みとなった塔へと集まった。

 今日はヒエスが望んだとおり、同好会のメンバー全員が集まっており、新生の模型飛行機のお披露目に不足はないと思われる。


「ではこれより、飛行同好会による、模型飛行機を使った試験飛行を行う!」


「おー」


 塔の頂上で青空をバックにしてそう言い放ったヒエスに、唯一チャムだけが拍手を送った。

 一方の俺達はというと、実に熱量が低い。

 その理由は―


「会長、もうなんでもいいから早く終わらせましょう。ちょっと今日は寒すぎるわ」


 と言うエリーの言葉に尽きる。

 俺とリヒャルトも同意で頷きながらヒエスを見つめた。


 昼間はそうでもなかったが、放課後になると少し風が冷たくなってきて、まだ陽があるというのに厚手の外套が欲しくなるほどだ。

 ただでさえそんな寒さの中、塔の頂上で吹きすさぶ風に晒されてはエリーの言葉に否を唱える者もいるはずがない。


 特にエリーはソーマルガが灼熱の国だけあって寒さに弱い。

 リヒャルトも寒さには弱いはずだが、従者としての立場でそうとは見せていないだけだろう。


「…確かに、午後になってから急に冷え込んできたね。ミエリスタ君の言う通り、早く済ませるのもやぶさかではないな。じゃあ皆、こっちへ」


 手招きに誘われ、俺達は屋上の淵ギリギリへと近付いていく。

 ここから模型飛行機を放るので、俺達はそれを見送るというわけだ。

 一応、下に人がいないかも確認したが、周囲に人影もないようなので大丈夫だろう。


 落ちないように気を付けながら、配置についた俺達はヒエスの方へと揃って視線を向けた。

 それを待ってか、ヒエスは手に持っている模型を目線の高さへと持ち上げ、最終確認で模型をクルクルと回す。


 全体のフォルムを見ているようで、何度か頷いていたヒエスだったが、一度大きく息を吸って吐き、次の瞬間には模型飛行機を塔の外へ向けて投げ出した。


「おぉー!…あ」


 一瞬、浮かぶような動きを見せたせいで、エリーが興奮して声を上げたが、動力もないせいで前進するのは最初の勢いのみで、すぐに模型飛行機が落下を開始した。


 そのまま機首を下にしてほぼ垂直に落ちていく模型飛行機は、このまま地面に叩きつけられるのを誰もが想像したことだろう。


「失敗か」


「待って!あれ!」


 冷静にそう呟いたリヒャルトに、チャムの強い声が返されると同時に、落下していただけだった飛行機が機首を上げ始め、ついには空を滑るようにして滑空しだした。

 翼の造形がまだ雑なせいか、若干ガタついた不格好さはあるが、確かに滑空しているとみていい。

 緩やかな降下とも言えるが。


「すごい!ほんとに飛んでる!会長!すごいです!」


「…ちゃんと飛んでるわね。飛空艇とも鳥とも違うのに」


「ええ、驚きますね」


 大声で騒ぐチャムとは対照的に、エリー達は険しい顔になっている。

 恐らく、エリー達は飛空艇とは違う形で、人工物が空を飛ぶというものに複雑な何かを覚えているらしい。

 ソーマルガが独占している飛行技術とは違うものが、こうして他国で形になるのは思うところがあるのだろう。

 とはいえ、模型飛行機程度では実証段階とも呼べない現状なので、考えすぎだとは思うが。


「は、はは…はーっはっはっはっはっは!これだ!これだったんだよ!風に乗ってどこまでも行く。鳥でも飛空艇でもない、僕が目指すべきはこの姿だったんだ!」


 突然笑いだすヒエスの言葉は、何かを悟ったようなものではあるが、その勢いは狂ったようでもあり少し心配になる。

 ただ、航空機としての形を知ったことで、新しい方向性を目標とするのは悪いことではない。


 元々、飛行同好会はヒエスが飛空艇を見て感銘を受けたことで発足されたわけだが、ソーマルガでしか出回らない飛空艇以外に、人が空を飛ぶ手段として鳥を模したものを作ろうとしていた。

 だが羽ばたきを完全に再現できる技術がないことで、今日までさしたる成果もないままだったわけだが、ここにきて航空力学にのっとった模型によって、違う可能性が目の前に形となって表れた。


 研究者気質のあるヒエスにとって、助言ありきとは言え新しいものを自分の手で一から組み立てた成果を目にしたことで、感極まったといったところか。


 俺としても、現状の飛空艇に文句はないが、やはり航空機を知る身としてはそっちの発展も見たいというところはある。

 その思いにヒエス達同好会を利用しているようなものだが、こうして試験飛行が成功したことで、安堵と共にちょっとした興奮も覚えていた。


 今はまだ小さいものだが、これを研究発展させていった先には、きっと地球での航空機が出来上がるかもしれないのだ。

 しかも、この世界では化石燃料ではなく、魔石や魔力を使ったある種エコな動力が未熟ながら実用化されている。

 もしかすると、環境汚染の少ない航空機という、素晴らしいものが出来る可能性は少なくない。


 ヒエスがそれを完成させるか、それともその先の世代が発展させるのかは分からないが、俺は今、確かにその最初の第一歩に立ち会っていると確信している。

 風がいいのか、まだ滑空を続ける飛行機が遠ざかる姿を見て、いつか来る大航空機時代の夜明けを夢想してしまう。


「……あの、会長?いいんですか?あの模型、もうずいぶん遠くに行ってますけど」


「あ!」


 しばらく呆けたように見ていた俺達の中で、チャムがおずおずとそう口にすると、ヒエスの顔が感極まったものから一転して焦る顔に変わった。

 思ったより滑空距離が伸びに伸び、チャムの言う通り、このままだと見失いそうなほどの遠くを飛んでいる。


「まずい!あれを失くしたら大変な損害になる!みんな、模型飛行機を追うよ!さあ降りた降りた!」


 急かされるままに屋上を後にし、飛んでいく模型飛行機を善意で追いかけることになったが、慌ただしく塔を降りきった頃には、何故かみんな嬉しそうな顔をしていた。

 ここにいる誰もが、それぞれに思うところはあるものの、同好会としての活動の成功に喜びを覚えない者などいないのだ。


「ヒュー…ヒュー…みんな、足早い…僕、もダメ…ここは僕に任せて、先に…」


 しかし、体力的な問題で真っ先にヒエスが脱落した。

 息も絶え絶え、膝はバンビちゃん状態という、こんなヒエスに何を任せろと言うのか。

 一応、ヒエスの下にはチャムを残して、俺とエリーとリヒャルトの三人が会長の遺志を継いで飛行機を追いかけ続けた。


 茜色の気配を見せだした空に、点となって遠ざかる模型飛行機を追いかける俺達は、まさに今、青春しているという感じがして楽しい。


 惜しむらくは夕日に向かって走っていないところだが、まぁそこまでベタベタだと息が出来なくなるから良しとしよう。


 しかしあの飛行機、本当によく飛ぶな。

 もう少し手直しもいるかと思ったが、あまり大きく手を加える必要がないようにも思える。

 もしかして、ヒエスは航空機の設計者としてかなり才能があるのか?

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