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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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再会はディナーと共に

「んー!久しぶりに食べるけど、やっぱりアンディの料理は美味しいわぁ」


 夕食時、テーブルの上に並べられた料理をつつき、エリーが上機嫌な様子を見せる。

 テーブルについているのは、俺とエリーとアミズ、そして不機嫌顔のパーラの四人だ。

 ゼビリフも誘ったのだが、彼は用事があるそうでここにはいない。


 野菜中心の簡単な料理ばかりとなったが、醤油と味噌、昆布だしをふんだんに使ったおかげで、王族として舌の肥えたエリーが大げさにリアクションするぐらいには会心の出来だ。

 アミズも一口食べて絶賛したが、パーラの方はエリーが同席すると分かってから一貫して機嫌は上向かないでいる。


 あの後、時間も時間であったため、騒ぐヒエスをなだめて別れたのだが、エリーの方はなぜか俺についてきて、ちゃっかりと夕食に同席してしまった。

 久しぶりの友人との再会を楽しみたいという、エリーのお願いをアミズが了承したせいではあるが、それでパーラがああなったのだから、もうちょっとタイミングを計りたかったのが本音だ。


 なお、本当ならここに世話役としてリヒャルトも同席するはずだったのだが、何故かエリーがリヒャルトに寮へ帰るようにと強く命令したため、渋々の二乗ぐらいの態度で立ち去っている。


「あら、その言いようだとあなた、アンディとは随分仲がいいみたいね」


 アミズはエリーを知らなかったが、エリーの方はアミズを知っていたようで、変人として有名な人間が俺達と一緒にいることが面白そうではある。

 元々好奇心旺盛なお転婆であったが、その気質は成長しても治まることはないようだ。


「ええ、勿論です。アンディがソーマルガにいた時は、しょっちゅうこうして食事の席を共にしてましたから。あと、ついでにパーラとも」


「はぁ!?なんで私がついでなのさ!言っとくけど、ソーマルガじゃエリーの方がおまけだったんだから!」


「どーかしらねー。確かに一緒にいた時間はパーラの方が長いけど、アンディとの相性は私の方がよかったんじゃない?城を抜け出すときなんて、息ぴったりだったし」


「そんなことないねー。私なんか、アンディの下着洗ってるんだから。臭いのも平気なくらい、アンディとは相性いいもん」


 今の会話の流れで、なぜ急にパンツの話になった?

 一体何を張り合っているのか、久しぶりの再会だというのに双方相変わらずの態度だ。

 しかしパーラよ、俺のパンツはそんなに臭いか?

 それほど汚しているとは思っていないのだが。


「…食事時に何て話してんだよ」


 常識的に考えて食事中にパンツの話をするのはマナー以前の話なので、


『だってエリー(パーラ)が!む!』


 息ぴったりに互いを指さし合いつつ、また睨みあう姿はもう仲がいいとすら思える。


「どっちもだ。いいから静かに食え」


『はーい…』


 聞き分けの悪い奴らでもないので、ギロギロリと強めに睨み付けると流石に大人しく食事に戻ったが、それもとりあえずはといった感じだ。

 時折視線を交差させて何かをけん制しているのを、俺には普通にばれている。


 なお、テーブルにはアミズを対面に置いて俺の右にパーラが、左にエリーが座っており、二人ともが妙に距離を近づけているのは、親愛からだとは思うが、それにしては近すぎやしないだろうか?


 一応は穏やかともいえなくもない空気の中で夕食を味わっていると、玄関の扉が軽くノックされた。

 来客のようだが、その人物にはここにいる誰もが心当たりがある。


「来たようね。あぁ、いいよ。私が出るから」


 扉に一番近く、かつ両側からサンドイッチされている状態から少し解放されたかった俺は、立ち上がりかけた腰をアミズの言葉で降ろさざるを得なかった。

 無念。


 家主の手によって開かれた扉の向こうに、シペアとスーリアの姿があった。


「やあ、いらっしゃい。アンディから話は聞いてるわ。シペアにスーリアね?私はアミズ、ここの家主よ。さ、食事はもう始まってるから、お入んなさい」


「あ、はい。お邪魔します」


「失礼します。…あ!パーラちゃん!」


「スーリア!久しぶりー!」


 部屋に入ってくる二人のうち、スーリアがパーラの姿をすぐに見つけると、満面の笑みで小走りで駆け寄り、立ち上がったパーラもスーリアと手を取り合って再会を喜び合う。


 そうそう、友達との再会ってのはこういうのでいいんだよ。

 会って早々、ガンの飛ばし合いをするのがおかしい。


 こいつらが何故ここに来たかというと、実はゼビリフに伝言を頼んで、シペアとスーリアを夕食に誘っていたのだ。

 アミズも同席を快く許可してくれたため、ここで再会の食卓を囲むこととなった。


 先に食事を始めていたのは、シペア達の来るタイミングが分からなかったからで、仲間外れとかではない。


「よう、アンディ。パーラのあの感じだと、上手くいったみたいだな」


「ああ、何とかな。まぁ当分は経過観察がいるそうだけど」


 犬耳が消えたパーラを見て、用意されていた席へと座ったシペアがしみじみと言う。

 まさか今日のうちにパーラのこの姿を見れるとは、シペア自身も思ってはいなかったのだろう。


 スーリアはパーラの獣人化を知っていたのか分からないが、見た限りでは元の姿に戻れたことを喜んでいるという感じではない。

 純粋に再会を喜んでいるだけだ。


「ねぇ、アンディ。二人のこと紹介してよ。私は初対面なんだから」


「あ、そういやそうか」


 生暖かい目でパーラ達を見ていると、横から俺をつつきながらエリーが言った言葉に、ハッとさせられた。

 そういえば、エリーとシペア達は面識はないんだったか。

 俺が両方を知っているから、すっかり勘違いしていた。


「こいつはシペア、あっちのはスーリアだ。二人とも、魔術学科の…何年生だっけ?」


「四年だよ」


「へぇ、じゃあ会長と同じ学年ですね」


 国じゃ王族だが、ここでは下級生という立場を自覚しているようで、シペア相手に敬語で話しかけるエリーはお淑やかに見えるから不思議だ。

 特大の猫を被ってるらしい。


「会長?って誰だ?」


「教養科の四年生で、ヒエスって先輩が、私の所属する同好会の会長なんです」


「教養科か。あそこにはあんまり仲のいい奴はいないから、ちょっと誰かは知らねぇな」


 学年が同じとはいえ、学科が違えばそんなものかもしれないな。


「こっちのはエリー、一応ソーマルガの王女だ。学科は…お前、学科はどこなんだ?」


「教養科よ。あと、一応ってどういう意味よ。紛れもなく本物の王女でしょうが」


「お前みたいなお転婆な王女は普通いねえ」


 いや、そういえばドラ〇エにはしょっちゅう壁をぶっ壊す王女はいたな。

 あれもお転婆とは言うが、壁を壊さないだけエリーの方がましか。


「ぷすす、お転婆だって。いい加減、淑女の嗜みというのを覚えたらいかがですの?お姫様?」


 何の意趣返しなのかわからないが、まるでアイリーンのようなお嬢様言葉で煽るパーラに、エリーのデコに血管が浮かぶのを幻視できた。


「あ゛?私が淑女たりえないって?言うじゃないの、パーラ。表出ろやぁ!相撲で決着じゃい!」


「はぁ~、そういうところがお淑やかさにかけるっていうのよ。……望むところだゴラァ!」


 奇妙なことに、この二人はお互いが絡むと妙に沸点が低くなる。

 勢いよく立ち上がり、わざと肩をぶつけ合いながら外へ出ていくパーラとエリーを、ポカンとした顔で見送るのがシペアとスーリアで、俺とアミズは我関せずといった感じで食事を続けている。


「おいアンディ。いいのか?あれ」


「そ、そうだよ。あのエリーって子はどうか知らないけど、パーラちゃんと喧嘩なんかしたら大変なことに…」


 恐々と二人を止めるべきということを口にするシペアとスーリアだが、俺はそれに首を振って見せる。


「いいって。あいつら、久しぶりに会ってからずっとあんな調子だし、一回は好きにさせてやれ。どうせ相撲…簡単な手合わせみたいなもんをやるだけだし、パーラも加減ぐらいはできる」


 もう止めるのも面倒だというのもあったが、相撲でぶつかり合えばしばらくは大人しくなるのは前からのことなので、好きにさせることにしただけだ。


「…そういうもんか?」


「でも心配だよぉ。……やっぱり私、見てくる!」


 首をかしげながらも納得したシペアに対し、心配性のスーリアはパーラ達の様子を見ようと外へ行ってしまった。

 ソーマルガではよくあったことなので、俺は二人の怪我の心配はしていないが、スーリアはそうではないのだろう。


「ま、とりあえずお前も食えよ」


 まだ来たばかりで何も口にしていないシペアに夕食をよそってやる。

 今は夕食にしては少し遅い時間となっているが、きっと相当腹もペコちゃんに違いない。


「おう、あんがとよ。…あー、うめぇ。やっぱりアンディの料理が一番だ」


「あははは、さっきミエリスタも同じことを言ってたわ。確かに食堂のものに比べれば随分美味しいし、気持ちは分かるけどね」


「そうなんですよ。食堂のも悪くはないけど、これと比べたらどうしても」


「でも最近は料理人が変わって、美味しくなったと聞くわよ?まぁ私はまだ変わってからの食堂には顔を出してないからわからないけど」


 学園で暮らす者同士で通じるものがあるおかげで、シペアとアミズが俺の料理をネタにして会話が弾んでいる。

 特に危惧していたわけではないが、和やかな空気で俺も居心地がいい。


「それにしても、俺は王女ってのをはじめて見るが、みんなあんな感じなのか?」


 会話の流れがどう動いたのやら、シペアがエリーのことを俺に尋ねてきた。

 しかし人にフォークを向けてくるとは、こいつもマナーがなっちゃいないな。


「他の王女ってのを俺はそう知らないから何とも言えんが、エリーは昔からあんな感じだ」


「王女と呼ばれる人間を何人か知ってる私から見ても、ミエリスタのようなのは見たことがないわね。あれも個性だと言えばそうなのかもしれないけど、それにしても元気が良すぎじゃないかしら」


 ペルケティアの最高頭脳の一人と思われるアミズは、その立場に応じた付き合いもそれなりにこなしているのだから、王族との交流も多少はあるのだろう。

 その彼女からしても、エリーのお転婆はぶっとび気味に思えるようだ。


「なんだ、シペア。エリーが気になるのか?」


「気になるっつーか…なんかさっきは王族だって聞いて、一瞬身構えそうになったけど、あの姿を見たら意識するのもなんだかな」


「王族として扱うか、後輩として見るか迷ってる?」


「ええ、まぁ…そんなとこです」


 学園内では身分の差はないものとされているが、それでもいきなり王族に遭遇したら平静ではいられない。

 平民のシペアからしてみれば、貴族というだけで雲の上の人物だが、王族ともなればさらに上、成層圏を突破した宇宙人という感じか。


 そのエリーが、王女らしからぬ態度でパーラとやりあっているのを見て、どう接したものか戸惑っているようだ。


「ここの生徒は立場も身分色々だから、あなたみたいに悩む生徒は多いらしいわね。けど、王族であろうと、学生であれば身分に差はないのよ。あの子も目上にはちゃんと敬意を払ってるようだし、あなたも先輩として普通に接してあげなさいな」


「…なに先生らしいこと言ってんですか」


「先生だからよ」


 意外な姿につい俺は口を挟んでしまったが、アミズがシペアを諭す姿は、実に教師らしいものだ。

 教師というよりも、研究者として学園に在籍している側面が大きい割に、なんともそれらしく人を導くものだと感心してしまう。





「もう一回!もう一回勝負よ!パーラ!」


「もう終わりでーす。勝ちは勝ち、負けは負けでしょ」


 体感で20分ほど経ったころ、シペアがお代わりを要求したタイミングでようやくパーラ達が戻ってきた。

 扉を開けてすぐにパーラへ食い下がるエリーの様子を見るに、パーラとの相撲ではどっちが勝ったのかは実に分かりやすい。


「負けてない!ちょっと足が滑って転んだだけよ!」


「相撲のルール上、それは負けって言うのよ~ん。ぷすす」


 相変わらずパーラは、エリーを相手に容赦がない。

 笑い方といい、腹の立つ煽り方をするものだ。


「まぁまぁ。落ち着いて、エリーちゃん。これでもパーラちゃんは冒険者なんだから仕方ないよ」


「でも少し前までは私といい勝負だったんだもん…」


 よっぽど悔しいのか、負けを認めようとしないエリーを慰めるスーリアは、あの感じだとエリーと仲良くなれたようだ。

 スーリアもシペア同様、エリーを王族と知って思うところはあったかもしれないが、こうしてみた限りではちゃんと一後輩として扱えているのは彼女の為人のなせる業か。


「そんなに悔しがらないの。私が見てもいい勝負だったんだから、次やったら分からないよ。ね?パーラちゃん」


「敗北を知りたい」


 どこぞの死刑囚のようなことを言うパーラは、その勝ち誇った顔が人をイラつかせると気付いてほしい。


「んギギギッッ!」


「パーラちゃん!」


 パーラの言葉に歯をむき出しにして悔しがるエリーの姿は、とても王女として見られたものではない。


 というかこいつらは、体が成長しているのにいつまで相撲にこだわるのか。

 もっとお淑やかに育ってほしい。


「スーリア、そろそろこっち来いよ。お前まだ食ってないだろ」


「あ、うん。実はさっきからお腹空きっぱなしだったんだ」


 二人の間にいるスーリアは、ここに来てすぐ相撲の方へ行ってしまったため、まだスープすら口にしていない。

 シペアがそんなスーリアに自分の隣を指しながら声をかけると、いそいそとテーブルに着いたため、スーリアの分の料理をその前へ置いてやる。


 アホ二人のお守りをしてくれた労をねぎらい、特に美味しいところを皿に盛っておいた。


「ありがとう、アンディ君。んー、いい匂い。…うん、美味しい。相変わらずいい腕だね」


 一口食べ、笑顔になったスーリアはよっぽど腹が減っていたのか、かなりのハイペースで食べ進んでいく。


「アンディ、こっちお代わり頂戴」


 そして、いつの間にかテーブルに座っていたパーラは、何故かスーリア以上のハイペースで食事を続け、あっという間にカラになった皿をこちらへ突き出してきた。

 シペア達が来る前にかなりの量を食べていたはずだが、まだ食う気なのか、こいつは。


「アンディ!こっちもお願い!うぷっ」


 パーラとほぼ同じタイミングで、エリーも皿をよこしてくるが、その中にはまだ結構料理が残っている。

 まさか、パーラと大食いで勝負するつもりか?


「おいエリー、大食いでパーラと張り合うなって。こいつの腹はどうかしてるんだぞ」


 戻しそうになっているエリーの手から皿を取り上げ、カップに水を入れて手渡してやる。

 まだ胃が暴れているだろうが、落ち着いたらゆっくりと飲むといい。


「ちょっとぉ、誰のお腹がどうだって?私はただ、美味しいのをお腹いっぱい食べたいだけなんだからね」


「その腹いっぱいが普通じゃねぇんだよ。ほらよ」


 パーラの方には山盛りにした野菜のごった煮をくれてやり、俺は食後のお茶の準備へと移る。

 賢者として敬われるアミズのところには色んな人からの贈り物も来るようで、許可を得てその中にあった未開封の茶葉を食後の一杯に使わせてもらうことにした。





「ふぅ……ちゃんとしたお茶なんて、いつぶりかしら」


 全員が食事を終えたタイングでお茶を配ると、一口飲んだアミズがしみじみと呟いた。


「ちゃんとしたって…先生は普段、何を飲んでるんですか?」


「主にお湯ね」


 スーリアの質問に返されたのは、なんともざっかけないものだった。

 俺とパーラはアミズがどういう人間か、ここまでの短い時間ながらの付き合いとゼビリフの話で何となく分かってきていたので、この答えには驚くことはなかったが、エリー達はそうもいかなかったらしい。

 唖然とした顔を見せている。


 確かに平民はよっぽど裕福でもなければそうそうお茶を飲む機会もなく、お湯を常飲することはよくある。

 しかしアミズはこうしてお茶を用意できていることから、茶葉はあるのにお湯を飲むというあたりに、彼女の性格が表れていた。

 お茶を用意する暇があるなら、その分を研究に回すというわけだ。


「……そ、そういえば、スーリアって召喚術師なんだよね?どんなのを呼び出せるの?」


 今日知り合ったばかりの人間で、同姓として話がしやすいスーリア自身のことを知りたがったのだろう。

 エリーがそんなことを口にする。


 ちなみに、エリーが俺達を間にした共通の知り合いであることから、学生同士、互いに敬語抜きでいこうとシペアからの提案があった。

 それによって、エリーとシペア達の間には、身分や年齢といったものを取っ払った関係が作られ始め、こうしたフランクなやり取りとなっている。


「そうだねぇ、じゃあちょっとだけ見せてあげようか。テーブルの上に注目しててね」


 そう言って、手をテーブルに向けて開くと、あの見慣れた魔法陣が現れ、その中から灰色の毛並を持った子ウサギが現れた。

 特に危険な魔物ということもない、ごく普通のウサギだ。

 とは言え、ここはやはり異世界なので、地球で見るのとはサイズなどに多少の違いはあるが。


 前は小鳥を出すのを見せてもらったが、俺達がいない間に契約した動物がこのウサギなのだろうか。


「わー!ウサギだ!かわうぃーいー!」


 庇護欲をそそる小動物の筆頭であるウサギを見て、年相応に喜ぶエリーだったが、その言いようがパリピ感溢れているのは真正のセレブだからなのかもしれない。


「へぇ、すごいじゃん。ウサギも出せるようになったんだ。私達と別れてからの成果だね」


「うん、ずっと訓練してたから。でも、このウサギはパーラちゃんとお別れしたすぐ後に契約したの」


 パーラに褒められて嬉しそうにするスーリアは、俺には分からない苦労や喜びがあったのか、随分と大人びた顔を見せる。

 約二年ぶりに見る身体の変化は微々たるものだが、その精神は立派に成長を遂げているようだ。

 小動物ではあるが召喚対象を増やしているところに、いずれ大物を従える未来を想像させた。


「アミズさん、スーリアには実験させろとか迫らないんですか?」


 ふと気になったのだが、研究バカのアミズにしては、目の前で召喚術を見ても大人しいのは何故なのか。

 初めてパーラを見た時のあのリアクションを、スーリアにもかますんじゃないかと警戒していたぐらいなのに。


 ウサギを愛でて盛り上がる女子達には聞こえない程度に、こっそりとアミズに尋ねてみた。


「ん?あぁ、そうね、召喚術は確かに興味深い研究対象だけど、私、固有魔術は専門外なのよ」


 意外だ、アミズにも専門外があるのか。

 いや、そりゃ研究者が何もかもを手掛ける万能の探求者ではないとは思うが、それにしてもアミズの優秀さの一端に触れている身としては、やはり意外だと思ってしまう。


「じゃあパーラちゃん、学園に通うんだ?」


「通う…でいいのかな?しばらくアミズさんの研究を手伝うからね」


 話は俺達が今後学園でどう過ごすかへと移っていく。

 表向きはアミズの研究を手伝うという体を装い、パーラは学園へと来ることになっている。

 加護云々を公に広めるのは、一冒険者である俺達にはあまりいいことではないので、ゼビリフとアミズに頼んでそういうことにしてもらった。


 ただ、流石に今回の件を学園長に報告しないわけにはいかないため、とりあえずはアミズが責任を持つ形でパーラは学園へ入る許しを与えられる。

 なお、パーラに付き添えば、俺もほぼノーチェックで学園には入れるが、当分用事もないと思うので、なくてもいい特権ではある。


「だったらさ、明日からのお昼とかって一緒に食べられないかな?」


「お昼?私はいいけど、スーリアは大丈夫なの?訓練とかあるんじゃないの?」


「それはまぁあるけど、最近は三日おきに放課後少しあるぐらいだから大丈夫。エリーちゃんも、明日一緒にどう?」


「ぐへへ…へ?私?何が?」


 だらしない顔でウサギを撫でていたエリーが突然話を振られ、呆けた返ししかできていない。

 正直、今のエリーの顔は王女としての地位をはく奪されかねないほどに酷いものだったな。


「スーリアが、明日から昼食を一緒にどうかって」


「お昼ねぇ…」


「あ、無理にってわけじゃないの。先約があるならそっちを優先していいからね」


「ううん、先約なんてないわよ。明日の昼ね。わかった」


 女子生徒組は和気あいあいと明日のランチの約束を取り付けているが、一人取り残された形になっているシペアに悲哀を覚えるのは俺だけだろうか。


「シペア、あいつらお前抜きで昼食だってよ。いいのか?」


「いや別にいいだろ。女子が女子同士で仲良くしてるところに、男が割り込んでどうする」


 そうなのだ。

 女子同士キャッキャウフフしてるところに、男が割り込むのは何とも難しい。

 男二人が蚊帳の外にある気がして少し寂しいが、こればっかりは仕方ない。




 食後のまったりとした時間もあっという間に過ぎ、学園組は寮へ、俺は街の宿へと戻っていく。

 パーラはアミズのところにお泊りなので、俺は一人での帰宅となる。

 夜遅くに学園の門を開くのは原則としてはしないので、アミズが門まで同行して開けてくれることになっている。


「じゃあ俺達はここで。アミズ先生、アンディのことお願いします」


 門へと続く道の途中、一緒に来ていたシペア達とはここでお別れとなる。


「ええ、任されるわ。あなた達も、寄り道しないで寮へ帰るのよ。もし他の先生に止められたら、私の名前を出しなさいね」


「わかりました」


 時間的にはそこそこ遅いので、寮へと戻るシペア達が教師に見つかってひと悶着も十分にあり得る。

 その際に、アミズが自分の名前を出させることで、シペア達が罰を受けないで済むよう配慮してくれていた。


「じゃあ、アンディ。またね」


「おやすみ、アンディ君」


 シペアに続いてスーリアとエリーも寮へと向かい、道に残されたのは俺とアミズだけとなった。

 三人の背中が見えなくなるまで見送ったところで、門へと向かって歩き出す。


 今日は月が出ているので意外と明るい夜道となっているが、夜の学園は敷地内にまともな光源がないため、普段はどれほど暗く静かなのかを想像すると、不気味さを覚える。

 まさか、幽霊が出たりはしないだろうな?


「アンディ、あなた明日はどうするの?暇ならまたうちに来る?」


「いえ、明日はギルドの方に顔を出そうと思ってまして」


 指名手配の件は九割方大丈夫だと思っているが、それでも残りの一割をつぶすためにも、明日は素顔でギルドに行ってみるつもりだ。

 そこでギルド側の反応を見て、安心ならそのまま冒険者として活動するが、まずかったら逃亡生活へと移る。

 あくまでも確認のために顔出しで行くだけなので、依頼を受けるかどうかは行ってからのことになるだろう。


「そう。…っと、着いたわね。ちょっとそこで待ってなさい」


 門の前に到着すると、アミズが俺を置いてどこかへと行ってしまった。

 少し待っていると、しっかりと閉じられていた格子が開き始め、人ひとりが通れる隙間を作ると動きが止まった。


 ―通っていいわよー。出たらすぐ閉めちゃうから、そのまま行っちゃってー。


 どこかで門の開閉を操作していたのか、どこか離れたところからアミズの声だけが聞こえてきた。


「分かりましたー。では失礼します。おやすみなさーい」


 ―はーい、おやすみー。


 声が聞こえてきた方向のおおよそに検討をつけ、そちらへ向けた一言に答えが返ってきたのを聞き終えてから、門をくぐって外へ出る。

 そのまま少し歩いていくと、背後で門が閉められる音が響いた。

 振り返ってみるが今来た道は、月明かり以外の光源がないために不気味な暗がりとなっており、あの闇の向こうにアミズがいるのかどうかを肉眼で確認することはできない。


 向こうからも俺の姿は見えていないとは思うが、一応門へ向けて軽く会釈をしてから、また歩き出す。

 酒は飲んでいないが、こうして一人で歩いていると妙にふわふわとした足取りになるのは、久しぶりに友達と会ったことによる充実感からだ。

 暗く静まり返った道に、普段なら抱く怖さがほとんどないのもそのせいだろうか。


 色々とあったせいで、三週間分の時間を一日で味わった気分だが、パーラのこともとりあえずなんとかなったし、俺の指名手配も今のところないという見方が強い。

 しばらくは検診でディケットに滞在することになるが、パーラと違って俺の方は暇なので、一度一人ででも畑の方に戻ることも考えておこう。


 危惧していたことがいくつかは片付いたことで、今度は畑の方が気になってくるのだから、俺の農家魂もまだまだ健在のようだ。


 気分もいいことだし、明日は少し遅く起きることにして、今夜は一杯ひっかけるのも悪くない。

 幸い、ディケットの街は学園都市であると同時に大人の街でもあるため、子供も情操教育によくない、いかがわしい店とともに、夜遅くまで営業している酒場も少なくない。


 どうせギルドに行くのも昼前ぐらいにするつもりだったし、久しぶりに酔いに身を任せた夜を過ごすとしよう。

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