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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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再びのディケット

「じゃあ僕達は郷に帰るね。色々と迷惑をかけたけど、埋め合わせはちゃんとさせてもらうわ」


 これから旅立とうとするシェスカとリッカを、俺とパーラもしっかりと外まで見送りに出た。

 今はシェスカがやってきた日の夕方で、色々と話をしていたら出発がこれぐらいの時間になってしまった。


 郷までの道のりがどれほどかはわからないが、妖精の羽を持ってしても一日二日ではないというのはリッカ達の口ぶりで何となくわかるため、どうせなら一泊していったらどうかと勧めたが、なるべく早く帰りたいというシェスカの意見を尊重した。


「なんだか悪いわね。食べ物まで分けてもらっちゃって」


「気にするな。どうせだめになった食材を処分するついでだしさ。それに、お前らも片付けを手伝ったろ?働いた奴は食っていいんだ」


 申し訳なさげなシェスカの手には、俺が用意してやった弁当の入った包みがある。

 あの騒ぎのせいでその日のうちに食べきる必要のある食材が多く出たため、それらをただ余らせて捨てるのも勿体ないと、シェスカ達が旅の途中に食べられるよう弁当にして持たせることにしたのだ。


 そこらの魔物なんか鼻くそ同然に蹴散らす強さを持つ妖精だが、流石に腹が減っては戦はできぬので、適当なタイミングで食べて欲しい。


「なぁーシェスカー。今から飛んでもどうせ夜になっちまうしさ、やっぱりアンディ達の言う通り、一泊してこうや?」


 準備万端といったシェスカの傍には、同じく出発の準備が済んでいるリッカもいるのだが、どうもまだ郷に帰りたくないという思いが強いようで、何とか出発を延ばそうとしている。


「そうね、それも悪くないかも。けど、そうしたらあんた、絶対逃げ出すでしょ」


「ドキーっ!そ、そんなわけ、ないじゃないですかー。やだなー、シェスカさんったら」


 ドキーて、それを口に出す奴初めて見たわ。


 ジトっとした目を向けられ、お手本のように目を泳がせるリッカの様子に、こりゃ確かにシェスカの言う通り、一泊してたら逃げ出していたかもしれないな。


 この出発までの間にも、リッカはディケットへ単身向かおうとシェスカの目を盗んで何度か動いていた。

 だがことごとく看破したシェスカによって阻止されている。

 よっぽど郷に帰るのが嫌なのか、あるいはシペア達と久々に会いたいという思いが強いようで、ついさっきまではまだ完全に諦めてはいなかったらしい。


 しかし、それもシェスカがリッカの腰にロープを括り付けたことで挫かれ、こうして時間稼ぎにシェスカを言葉で誘惑するしかできないでいる。


「白々しいって言葉はあんたのためにあるんじゃないかしら。アンディさんとパーラさん、リッカが本当に、ほんっとーに!お世話になりました。例の件は僕が責任をもって引き受けさせてもらうから、安心してディケットに行ってきて。そのうちまた会えるといいね。ほらリッカ、行くよ」


「うっ…おいバカ!そんな強く引っ張るなって!じゃあな二人とも!あたいのこともシペア達にちゃんと言っといてくれよな!囚われの妖精が友を思っていると!」


 シェスカにロープを引かれ、空へと浮かび上がったリッカが悲壮な顔でそんなことを告げる。

 まるで死にゆく者の遺言のようにも聞こえるが、そこまで大げさなもんじゃないだろ。


「バカ言ってないで、あんたも自力で飛びなさいよ!」


「うるせーな!だったらこの腰のやつ外せって!飛びにくいんだよ!」


「だーかーら!そしたらあんた逃げるでしょうが!」


 遠ざかる小さな影が二つ、そこそこ距離が出来てもまだギャーギャーとやっているのがよく分かるほど、騒がしい奴らだった。


「リッカもそうだけど、シェスカも賑やかな子だね。最初見た時は、品のある妖精って感じだったのに」


 そう言って少し寂しそうな顔を見せるパーラは、嵐のように現れたシェスカのことも気に入っていたのかもしれない。

 シェスカも悪い奴じゃないってのは話してみてわかるが、それにしてもリッカと共にやらかしたことで、悪ガキの印象が強く残ってしまっている。


「その言いようだと、リッカは品がない妖精ってことになるが?」


「まぁ品がいいとは言えないねえ。けど、二人ともいい子だよ」


「そうだな。それなりに迷惑も被ったが、嫌うほどじゃない。…さて、そろそろ中に戻るか。少し風が冷たくなってきた」


「そうだね」


 妖精の羽ばたきが、夕暮れの空に溶け込むようにして見えなくなった頃に、俺とパーラは飛空艇へと戻っていく。

 標高がそこそこ高いこの場所では、今の季節でも夜になると肌寒さを覚える。

 見送りに名残はあるが、いつまでも見えなくなった姿を探すこともない。


 リビングに戻り、一先ず腰を落ち着けようとソファを探すが、部屋の隅に寄せられた穴だらけの物体に目が行き、ため息が漏れた。

 リッカ達の手伝いもあって、大分きれいになったリビングではあるが、使い物にならなくなった家具もそれなりにあるため、いつものように過ごそうとして出鼻をくじかれる。


 テーブルと椅子はセットで無事なので、とりあえず困ることはないが、寛ぐためのソファが無くなったのはちょっと寂しい。


「ソファも新調しないとな。ついでだし、ディケットで探してみるか」


「それがいいね。私さ、前にディケットにいた時、いい感じの店見つけたんだ。そこで買おうよ」


「んじゃあっちに行ったら案内頼むわ」


「任せて」


 自信たっぷりのパーラに頼もしさを覚え、ディケットでの用事に家具探しが加わったことを心のノートに書きこんでおく。


「そういえばさ、さっきシェスカが言ってた例の件って何のこと?私聞いてないけど」


「あぁ、あれな。ほら、ここの畑ってしばらくしたら収穫だろ?それまでの世話と、俺達が戻るのが遅くなった時の収穫をシェスカが引き受けてくれたんだ」


 畑の方は後は収穫を待つだけという段階だが、ディケットでの滞在期間によっては、収穫に最適な時期を逃すこともありうる。

 そこで、リッカを郷に送り届けた後で、シェスカがここに戻ってきて、畑の様子を見てくれることになっていた。


 ディケットに行っている間の畑が気になると、リッカ達の前で少しこぼしたら、迷惑をかけたことの罪滅ぼしだとシェスカが申し出てくれたので、それならと頼んでみた。

 妖精は植物を育てるのが得意な種族だそうだし、今の段階の畑を任せるだけなら不安はない…と思おう。


「収穫どきのってカブだっけ?シェスカが収穫したのってどうするの?」


「根菜はちゃんと処理すれば多少は保存もきくからな。俺達が戻ってくるまでシェスカが預かってくれるってさ」


 妖精には自分の周りにある植物の活力を増幅させるという特性があるそうで、それが作用してシェスカが収穫物を預かれば、普通に保管するよりも長持ちさせられるという点も、畑を任せる理由の一つだ。


「ふーん。じゃあ次戻ってくるときには、カブが食べられるってことか。楽しみだなぁ」


「楽しみにするのはいいが、収穫するときはちゃんと手伝えよ」


「分ーかってるってー」


 今からもうカブが楽しみのようで、ニヤけているパーラに釘を刺すが、返ってきた言葉は軽い。

 まぁこいつも働くときはちゃんとする奴だし、こう言うなら手伝いは期待していいだろう。

 収穫時期までに戻ってこれればの話だが。


 パーラの加護を封印するのにどれだけの時間がかかるかはわからないが、できれば収穫をこの手でやりたい身としては、なるべく早く戻ってこれるように願うばかりだ。





 翌日、早朝より少し遅い時間に飛空艇が飛び発った。

 ディケットを目指して操縦桿を握っている俺の隣には、一見すると人の姿へと戻ったように見えるパーラがいる。


「おいパーラ、まだ機嫌直らんのか?シェスカも言ってたろ。どっちかの姿に安定するまでは、ころころ姿は変わるって。よくあることなんだよ」


「…元の姿に戻ったと思ったら、また獣人になるってのがよくあること?だとしたら、私は世の中を全く知らなかったってことになるね。一回喜ばせてから落すなんて、ひどい世の中だよ」


 今朝のハイテンションが炸裂した様子から一転して、不機嫌丸出しとなったパーラの頭では、犬耳がピンとなって時折動きを見せている。

 顔の感じは昨日よりかは大分人間寄りな感じに戻っているが、それでもいつものパーラとは確実に違っているのはよくわかる。


 俺が朝食の用意をしていた時に、人間の姿に戻ったと喜んだパーラが駆け込んできたことから、ディケット行きは必要なくなるかとも思ったが、そんなことはなかった。

 確かに今朝は元の姿に戻っていたパーラだったが、その後、朝食を取っているうちに段々と狼の特徴が表れ始め、食べ終わる頃にはまた狼の獣人姿へと戻ってしまったのだ。


 前にリッカが言っていたように、時間が経てば戻るというのは確かにその通りだったが、またこうして狼化が出てくるということは、片方の姿に固定されていない証拠だ。

 どちらにも変化する今の状況なら、パーラの肉体はまだ元の姿に戻れる段階で踏みとどまっているとも言える。


「まぁそれをどうにかするためにディケットに行くんだしな」


「そうなんだけどさ…はぁ~あ、なんか朝から疲れちゃったよ」


「そりゃお前が一人でギャーギャー騒いでたからだ」


 朝から喜んで落ち込んで怒ったりと、シートに凭れるパーラの顔は疲労で少しだけ煤けて見える。

 飛び立つまでの短い時間で、ジェットコースターのように感情が揺れ動いたのだ。

 気持ち的な疲れは少なくなかっただろう。





 ディケット近郊へと到着した俺達は、以前も飛空艇を隠した場所へと向かったが、前に使った丘はこの地を離れるときに崩してしまったため、また一から土魔術でドーム状の保管場所を作った。

 勿論、出入り口も作り、それを隠すための草木を張り付けた布も用意する。

 前に使ったやつがどこかに保管してあると思っていたのだが、探しても見つからないので、仕方なく今回も一から作ることにした。


「ねぇアンディ、なんで今回も飛空艇を隠すの?エリーの入学でディケットには飛空艇が来たこともあるんでしょ?なら私達もそうしていいんじゃない?」


 カモフラージュ用の草や枝を布に張り付ける作業を一緒にやっていると、パーラがそんなことを口にした。

 声からは、飛空艇を隠すことに疑問を持っているのが伝わってくる。


「俺もそうしたほうが楽だってのはわかる。バイクは使えないしな」


 バイクが少し前に破壊されたままになっているため、ディケットから離れて飛空艇をおろせば、街へと向かうのが非常に面倒ではある。

 パーラもそこに不満を覚えているのだろう。


「私達は噴射装置があるから、そこは気にならないけどね。でも、移動の手間と向こうでの宿泊を考えたら、やっぱり直接乗り付けたいって思うわけよ」


 個人の装備としてみた場合、巡行性能こそバイクには劣るものの、踏破性と速度では圧倒的に優れた噴射装置での移動はそう悪いものではない。

 もし今、噴射装置がなかったらパーラの言う通り、少し目立つが飛空艇で街の傍に降りることも可能性としてあっただろう。

 しかし、この国での俺の立場のせいでそれはできない。


「宿泊っていう点でいえば、俺もそうしたいところなんだがな。ただ、今の俺ってほら、ペルケティアかヤゼス教に指名手配されてそうだろ?」


 指名手配されていると確定しているわけではないが、自分がしたことを考えると指名手配されていないと安易に考えることはできない。

 なにせ、各国家で幅を利かせる最大宗派であるヤゼス教のトップの屋敷に、魔術を撃ち込んだわけだし、よっぽどのことでもない限り、俺を犯人とあたりをつけて追いかけているのではないだろうか。


「それ前も言ってたよね。そりゃあんだけのことをやったから、手配書が出されてもおかしくはないけど、アルメラ村だとそういうの聞かなかったじゃん。もしかしたら手配されてないんじゃない?」


 パーラの言う通り、アルメラ村では俺の指名手配の話は全く聞こえてこなかった。

 村内だとマルスベーラでの噂話は普通に囁かれているのに、下手人と見られる俺のこととなると、情報封鎖でもかかっているかのように何もない。


「バカ、村じゃ手配書は出回ってなくても、街じゃ衛兵が目を光らせてるってのはよくある話だろ」


 創作ものなんかじゃ、村では好き勝手していて、街に行った途端、何故か急に指名手配されているという話が多いのだ。

 この世界でもそういう展開があるかもしれない。

 いや、きっとある。


「何それ。そんな話聞いたことないよ。気にし過ぎだと思うけどなぁ。じゃあ、変装して街に入るの?」


「一応そのつもりだ。何があるかわからんからな。素性を隠しておくに越したことはない」


 指名手配されていないだろうという考えより、指名手配されているかもしれないという考えで動いたほうがいい。

 かもしれない変装というやつだな。





 前の経験を活かし、今度は比較的短時間で飛空艇を隠す場所を作ることができたため、その日のうちに俺とパーラは噴射装置を使って、ディケットの街へと向かった。


 噴射装置で空を飛ぶという移動方法は、街道を無視して一直線に目的地へ向かえるおかげで、バイクよりもずっと短時間でディケットの街門が見える距離へとたどり着けた。

 圧縮空気の充填で何度か着陸したのを除けば、概ねスムーズな移動だったと言える。


 街から少し離れた場所で飛行をやめ、徒歩でディケットの街門へと近付いていき、入場のために並んでいる人の列に俺達も加わる。

 今は時間的に昼三時ぐらいのおやつ時といったところで、勿論一般的にこの世界ではおやつタイムなど存在しないため、普通に人の往来は活発だ。


 ディケットでは通門の際に、身分証を提示して特に問題なければそのまま通してもらえるのだが、当然門番が止めることもある。


「待て!」


 俺達もギルドカードを見せながら門を通り抜けようとしたところ、突然門衛の兵士が鋭く声を発した。

 明らかに俺達へとむけられたその声に、一瞬体を固くしてしまうが、呼び止められた理由が思い当たらない。


 今まではよくバイクが珍しいからという理由で止められることはあるが、今の俺達は旅装のみの身一つだ。

 噴射装置も既に取り外して背嚢に詰め込んでいるし、パッと見ただけでは怪しく思われないはず。


 今見せたギルドカードも、偽造などありえない正真正銘の本物だ。

 ギルドカードは顔写真こそついていないが、持ち主が所持を偽っていないかを見分けるための仕掛けはある。

 その点からカードを怪しまれたという線はない。


 俺の顔は特殊メイクの火傷痕でアンディだと一目では分からないようにしているし、パーラの方も今は完全に獣人の姿なので、仮に俺達の顔を知っている奴が見ても、同姓同名の別人と思われるだけだ。

 まぁ付き合いが長い奴にはバレるとは思うが。


 仮にディケットに手配書が回ってきていたとしても、メイクを見破られてバレることはないという自負はある。

 怪しい行動をとったつもりはないが、なぜ止められたのだろうか。


「…俺達が何か?」


 動揺を悟られないよう、つい硬質な声になってしまったが、中々いい演技で返せた気がする。

 アカデミー賞ノミネート、お待ちしています。


 念のため、脚に魔力を回して強化し、いつでもここから離脱できるようにしておく。

 呼び止めた理由が、もしも俺の正体を看破して捕まえるためだった時に備えてだ。

 パーラにも視線で意図を伝え、向こうも頷きを返したので、何かあれば一目散に外へ逃げられる。


 若干の緊張で唇が乾くのを覚えつつ、衛兵の挙動を見逃さないように集中する。

 もし手にしている槍を向けてくる気配を少しでも感じたら、勤勉な門番には悪いが速攻で顎を弾いて脳震盪でダウンさせよう。


「お前ら、冒険者か?」


「…ああ、そうだ」


 そう聞くということは、俺達が冒険者ではない可能性を覚えているということか?

 ギルドカードを見せたのだから、冒険者だとはわかるはずだ。

 恰好は問題ないし、バイクもないから怪しまれないのに、何がそう思わせる?


 応援を呼ばれる前にこの衛兵を無力化するべきか?

 それに、雷魔術による閃光での目くらましも必要か?

 いや、もしかしたらもうすでに応援を呼ぶ合図をひそかに出していて、到着までの時間稼ぎをしているかもしれない。


 疑いだすとすべてが怪しく思えてきて、今俺の後ろを通った旅人も、もしかしたら衛兵の仲間かもしれないとすら考えてしまう。

 前方に注意を引きつけ、後ろから拘束を仕掛けるような卑怯な手を使うとしたら、全くもって許せんぞ。

 そんな奴がいたら、親の顔を見てみたい。


 そういや親父におふくろ、元気かな。

 何故か急に両親の顔が頭をよぎる。


「……ならギルドに伝言を頼めるか?昨日の冒険者の荷物を東門で預かってるから、誰かを取りに寄こしてくれってな」


 体感で何倍にも感じられた一瞬の間の後、申し訳なさそうに衛兵がそう口にした。


 どうやら俺達を怪しんではおらず、冒険者と見込んで用を頼みたかっただけらしい。


「あ、ああ、分かった。伝えておくよ」


「すまんな。頼むよ」


 急がず、しかしゆっくりでもない速さで歩き、門から完全に離れたところでパーラと揃って深く息を吐いた。


「ぶはぁ~っ、焦ったぁ。ちょっと何今の。味わったことのない緊張感だったんですけどー」


「ああ、同感だ。けど、思い返してみれば、俺達は変な行動も格好もしてなかったし、衛兵もそれほど鋭く見張ってるって感じじゃなかったんだ。俺が勝手にビビってたってだけか」


 声をかけてきた理由が、伝言を頼みたかっただけと分かった今だから言えることだが、変装までしてバイクという特徴もない普通の冒険者として振る舞っていたのだから、俺をアンディと結びつける情報はあまりにも少ない。

 ビビり過ぎていたのは否めないだろう。


「けど、伝言頼まれちゃったね。どうする?無視してこのまま学園に行く?」


「いや、どうせギルドの様子を見るつもりだったんだ。伝言ぐらいは伝えてやろう」


「アンディがいいならそうするけどさ、いいの?もしかしたら、その司教がギルドにアンディの捕縛を要請してるかもよ」


「かもな。けど、大丈夫だろ。なにせ、今の俺は名前は同じだけど顔が違う、別人てことになってる。顔を出してすぐ捕まるってことはないだろ」


 ギルドは国などの公的機関と協力はするが、一方的に命令をされるような関係ではない。

 それはヤゼス教が相手でも同じだ。


 サニエリが俺にしたことは、正当性がない幽閉だったというのはペルケティア側も認めるところで、そのためにサニエリは謹慎処分となったのだ。

 身内の恥を公に晒してギルド側に俺の捕縛を要請するということは考えにくいし、したところで事情を知ったギルドが本腰を入れるかも疑問である。


 だが腐っても司教だったし、あの手の年寄りは小狡い手をいくつも持っているもので、ギルドは無理でも行政に働きかけて指名手配犯をでっちあげるぐらいはできるかもしれない。

 指名手配犯の情報自体は各ギルドも共有するため、詳しく分からない相手でもとりあえず捕縛ぐらいはしておこうという心理は働く。

 それを警戒して変装しているわけだ。


 そういう怖さがあるため、変装は解かずにギルドの様子を探り、俺の指名手配についてもできれば知ることができればいい。

 伝言も、わざわざギルドカードを見せる必要はなく、門番から頼まれたというのを添えるだけで役目は果たせるだろう。


 そうして冒険者ギルドへと向かい、伝言を伝えるとやはりというか、特にギルドカードの提示を求められることもなく用事は済んだ。

 これが荷物を持ってきたとかなら身元を確認されるところだが、伝言だけなら旅人だろうが商人だろうが気にされることは無い。


 一応、冒険者は滞在する街の冒険者ギルドで到着を報告するのだが、今の俺達は姿を偽っているので、説明が面倒だということもあって、あえて今は到着の報告はしないでおく。


 おかげでギルド内では自分が冒険者ではない感じを醸し出すことができ、変に絡まれることもなく、中でささやかれる噂話にも耳を傾けることができた。


「…主都の方で司教の屋敷に雷が落ちたって噂はあるけど、それでアンディが指名手配されたって感じのはないね。普通の人には伏せられてるのかな?」


 フードコートで一息ついている風を装い、そこかしこで囁かれている言葉をパーラが風魔術で拾い上げ、テーブルの上へスピーカーのようにして音を広げる。

 俺とパーラには聞こえるが、テーブルから少し離れると聞こえない程度の絶妙な音加減で、上手く情報収集がこっそりと出来ている。


 本当にパーラの風魔術は便利だな。

 魔術の有効利用、ピーピングパーラなど、誉め言葉にも困らない。


「そういうこともあるかもしれないが、手配書ってのは多くの人間に周知させて見つけやすくするために発行するもんだろ。司教の屋敷を壊した奴が相手なら、猶更だと思うが」


「じゃあやっぱり指名手配されてないんじゃない?」


「いや、ヤゼス教のお偉いさん達が、面目を保つためにあえて情報を抑えているかもしれん」


「考えすぎじゃない?サニエリ司教が謹慎処分になったってことは、その偉い人達が自国の非を認めたってことでしょ。それでアンディを指名手配するってなると、誰が命令を出すのさ?他の国からも非難されたんだし、誰も責任は取りたがらないよ」


「ぬぅ、そう言われるとそう思えてくるな」


 あちこちで情報を集めた時にも感じたが、どうもペルケティア教国の意思としては、他国からの非難があったことで、サニエリ個人の暴走という形で終わらせたいという思惑があるようだった。

 あくまでもそういう気配を感じたというだけで、確信はない。


 しかし、今日ここで拾った話の感じだと、指名手配が俺の考えすぎという考えが幾分か強まってきている。

 断定する気にはまだなれないが、過剰なまでに警戒しなくてもいいのではないかと、思い始めているのは確かだ。


「…うん、ここまで集めた情報から判断して、俺の指名手配はされていないと考えていいだろう」


「それじゃあ?」


「けど、変装はまだ解かない。もう少しだけ様子を見たいんだ」


「慎重だね。ま、アンディがそうしたいなら好きにすればいいよ」


 まだまだ変装は続くが、気持ちとしては幾分か楽になったので、これまでのように忍んで動くということはしなくてもいいだろう。


「今日はこの後どうする?学園に行く?私としてはウォーダン先生に早く会えるに越したことはないんだけど」


 ここまで抑え込んでいたのが出たのか、パーラが若干の焦りを見せ始める。

 本来の目的とパーラの気持ちを考えれば、このまま学園に直行してウォーダンに面会を申し出たいところだが、それは少し待ってもらいたい。


「いや、その前に宿を確保しよう。ウォーダン先生に会うのにも、順序ってのがある。まずは手紙か伝言で訪問の約束を取り付けるんだ」


「えー?でも前にウォーダン先生はいつでも会いに来いって言ってたじゃん」


「そりゃ言ってたけどよ、こういうのは礼儀を欠かすもんじゃあないんだ。相手は教壇に立ってる人なんだしな」


 前世でもそうだったが、教育者は礼儀を重んじる人が多く、適当な対応をするとよく怒られたもんだ。

 ウォーダンはなんとなくそういうのに細かいタイプではない気もするが、だからといっていきなり行くのは流石にどうかと思った。


 それに、聞いた話じゃウォーダンは少し前に発表した論文の影響で、妖精関連の分野で一層重く扱われているそうだし、本人が気にしなくとも形式というのを大事にした方がいいだろう。

 俺達みたいな平民が、身分が上の相手に会う際のやり方と同じだな。


「となると、誰かに伝言を頼む?私達がこのまま学園に行くのってあんまりよくないんだよね」


「まぁな。俺は変装を解けないし、お前は獣人になっちまってるし。ま、宿の方で適当に伝言を預けられる人を探してみるさ。こんだけでかい街なんだし、暇な誰かがいるだろ」


 学園には俺達を知る人間はそれなりにいるが、今行って伝言を頼める誰かに一から説明するのも面倒だ。

 噴射装置での長い移動で疲れてもいるしな。

 手間は増えるが、間にもうひと手間挟むのがよさそうだ。


 冒険者か傭兵か、商隊にくっついてやってきた誰かでもいい。

 どこの宿にもそういうのが一人はいるだろうから、多少の礼金で頼めるならそうしたい。


「それと、シペアにも俺達が来たことを伝えよう。こっちは伝言のついでに手紙を届けてもらえばいいだろう。パーラ、お前もスーリアに手紙でも書いたらどうだ?」


「あ、そうだね。今はちょっと会えないけど、来てるってことは伝えておいてもいいかも。私、元の体に戻ったらスーリアと遊ぶんだ…」


 微妙に死亡フラグっぽいことを呟くパーラを連れて、ギルドを後にした俺達は宿を求めてディケットの街を歩きだす。

 意外と長くギルドにいたようで、外はもう日が暮れだしている。


 雑踏は夜の気配を漂わせつつ、学園都市であろうと他と変わらない賑わいを見せ始めていた。

 色々と旅をしてきて思うが、この夜の顔に切り替わる瞬間というのは何とも言えないものがある。

 例えるなら、普通のガムだと思って食ったけど、戯れに風船ガムを作ってみたら意外とデカくいけたという感じだ。

 違うか。

 とにかく、よくわからない特別感があるということだ。


 久々の大都市の夜の空気というやつに、少しだけ酔って歩くのも今は心地いい。

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