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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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落ちたる種

 ドリュー達と分かれ、俺とパーラは以前リッカと出会った森へとやって来た。

 前の時は春前ということもあって、どこか寒々しさのあった木々も、夏の盛りとも言える今の時期だと生命力に溢れた姿を誇らしげに見せつけてくるようだ。


 湖のほとりに飛空艇を降ろし、夕食を作るついでに、リッカから聞いていた合流の目印であるシロヨモギの葉っぱを一枚、焚火へ放り込む。

 乾燥している葉が猛烈な勢いで火の一部となっていく。

 リッカには会いたいときはそうしろと言われているが、果たしてこんなもので妖精に連絡が行くのか疑問はある。


 焼けることで出る匂いとかなのかと鼻をひくつかせてみるが、煙に混じるものは焦げたものばかりで、シロヨモギを入れることによる特別な変化は感じられない。

 追加でもう二三枚くべるべきかと悩み、しかし手は凍り付いたように動かず。

 貴重なシロヨモギの葉を、あまり雑に消費する気になれないからだ。


 そもそも、このシロヨモギ自体、かなりの貴重品だ。

 親株さえ見つければ一定の量を手に出来るとはいえ、普通のヨモギほど頻繁に見つかるものではない。

 森に分け入って見つけた者もいれば、崖の途中に突き出た岩で見つけた者もいるし、珍しいものだと昆虫系の魔物の背中の甲殻に生えていたという目撃例もあった。


 夏の終わり頃から冬前までの間に見つかることの多いシロヨモギは、軟膏にすることで湿疹やかぶれに効く薬として重宝されている。

 そのため、このシロヨモギをメインに探す人間もいるほどで、冒険者の中には限られた季節に、このシロヨモギを求めて未踏の地へと赴く者もいるとか。

 まとまった量を薬師の下へ持ち込めば、余裕をもって冬が越せるほどのいい金になるため、特に冬越しが辛い駆け出しの冒険者はそれに賭けて危険な森へ踏み入り、命を落とすこともあると聞く。


 今回、俺は薬師から葉っぱの状態のシロヨモギを売ってもらったわけだが、その際に払った金額はかなりのものだった。

 末端価格にして、100グラムあたり銀貨二枚という、大麻ばりの高級品だ。


 軟膏にする際に希釈したり、他の薬草などと混ぜて嵩増しされるとはいえ、原材料の時点でこの金額なのだ。

 実際に薬に加工されたものは一体いくらになるのか、想像するのが少し怖いところではある。


「んっん~。香辛料のいい匂い。ねぇアンディ、これなんて料理なの?」


 そんなことを考えながら料理を作っている俺の横で、鍋に頭を突っ込む勢いで覗き込んでくるパーラ。

 焚火を使って熱せられている鍋の中では、肉と野菜が香辛料で炒められていい香りが立っている。

 これを嗅いでしまっては我慢も辛かろう。


「こいつはドライカレーってんだ」


「え、これカレー?なんか私の知ってるのと違うんだけど」


「材料とかはあんまり変わらんが、作り方がちょっと違っててな。汁気がない出来上がりになるんだ…よっと、はい完成。パーラ、皿に米をよそってくれ」


「はーい」


 鍋の中ではひき肉と細切れの野菜がいい具合に煮詰まり、香辛料ともよく馴染んだドライカレー然とした出来となっている。

 それを焚いた米にかけて、焼いておいた夏野菜を添えると立派な一皿となった。


「じゃあ見せてもらおうかな。ドライカレーの実力とやらを。……む!」


 一掬いしたスプーンを口へと含んだパーラは、電撃に撃たれたように一度動きを止めた後、黙々と続きを口へ運んでいく。

 言葉には出していないが、その様子から気に入ってもらえたようだと分かる。


 ドライカレーは普通のカレーと違い、汁気が少ないおかげでライスにもパンにも合わせやすい料理だ。

 保存もしやすく、食べたい時に食べたい量を調整できるスタイルは、カレー界のヤリチン、小腹空きのカキタレという呼び声も高い。

 意外と軽く食べられるのもあって、夏に食べるのには適していたりする。


 パーラも喜んでいるようだし、俺も自分の分を食べようと手を伸ばす。


「…あれ?」


 だが皿の置いてあった場所を、俺の手は空振りしてしまった。

 横着したかと視線を向けるが、奇妙なことに料理の載った皿は姿を消している。


 パーラと俺の分、ドライカレー二人分を確かに用意したはずだが、俺の分だけがなくなった。

 おかしい。

 まさか、何かしらのスタ〇ド攻撃を受けているとでも?


「うひょー!辛-っ!でもうまー!」


 身構えかけた俺だったが、斜め後ろから聞こえてきた声に全てを悟った。

 振り返ってみると、そこにはドライカレーの載った皿に覆いかぶさるようにして食事を貪っている妖精の姿があった。


 種族特性からか、見事に俺の隙を突いた存在で、聞き覚えのあるその声の主は誰あろう、リッカその人だった。

 器用にも匙を使ってひき肉を除けているのは、妖精が肉を食べないからだろうが、おかげで皿の上の散らかりっぷりが凄い。


「あ、リッカじゃん。久しぶりー」


「おいーっす」


 たった今上がった声を聞いたからか、パーラも食事の手を止めてリッカと挨拶を交わす。

 ここは普通、突然現れたリッカに驚くところなんじゃないのか?


「おいーっす、じゃねーよ。おいリッカ、お前何俺の分を勝手に食ってんだ」


 俺も再会を喜びたいところだが、それよりも突然現れて人の食事を掻っ攫った無作法を咎めるのが先だ。


「え?これってあたいの分なんじゃねーの?」


「違うわ。ていうかお前、そのドライカレーは肉の味が付いてるんだが、いいのかよ。妖精は肉を食わないんだろ」


「へぇ、これドライカレーっていうのか。肉ってこの細かいのだろ?こうして避けて食ってるし、肉の味の方は特に気になんねーな」


 尚もパクパクと食い進める姿には、肉自体を避けこそすれ、料理に馴染んでいる肉の旨味は普通に受け入れているように思える。

 もしかしたら、肉を食べないというのは種族特性や体質的なことではなく、長い慣習によってそうしている、いわば宗教的なものと近いのではないだろうか。


 もっとも、それ以上に俺の料理がうまいからという理由はあり得るがな!

 今日のドライカレーの出来もよかったし。


「ふぃー!うまかったー!シェフを呼べ!」


「俺だよ」


「そうだった!あははははは!」


 その小さな体のどこに収まったのか、ひき肉以外を全て平らげたリッカは笑い声をあげて寝転がった。

 今日の夕食を奪われた俺は、リッカが残したひき肉を処理する役割を負わされ、残っていたドライカレーと共にかき込んだ。


 一応、米のお代わりもあったのだが、いつの間にかパーラが食べきってしまい、米無しのドライカレーという、インド人もびっくりの夕飯となってしまった。

 そう言えば、ドライカレーもインド発祥なのだろうか?

 違うような気もするが、まぁどうでもいいか。





「白くてでっかい狼?」


「そう。私達、今その狼をどうにかしようと思ってるんだけど、妖精のリッカとしては何か知ってたりしない?」


 夕食を済ませ、すっかり陽が落ちた暗闇の中、三人で焚火を囲んでの再会を喜びつつ、リッカの下へやってきた用事を打ち明けた。


 森で遭遇したあの尋常ではない存在である狼と、妖精の梯子を関連付けたこともリッカには伝えたが、腕を組んで悩む様子から、心当たりの方はあまり期待できそうにないか?


「うーん…もしかしてあれかなぁ」


「お、なんか心当たりある?」


 悩まし気な声を上げたリッカに、パーラが顔を近付けていく。

 正直、かなり曖昧な情報だとは思っていたが、まさかリッカに思い当たるものがあるとは、縁というのはバカにできん。


「いや、心当たりってほどじゃねーんだけど、人間がいうところの妖精の梯子ってのはあたいら妖精にとっての縄張りを示す印でな。それがある森で、しかもアンディ達をチビらせるほどの威圧感を放つ存在だろ?」


「おい、失礼なことを言うなよ。パーラはともかく、俺はチビってねーわ」


「ちょっと!なんで私がともかくなのさ!言っとくけど、私も漏らしてなんかないんだからね!」


 実はあの時、俺は密かに漏らしかけていたが、てっきりパーラもそうだと思ったのだがな。

 いや、逆にここまで力強く否定するのは怪しいとは思わないだろうか?

 さてはこいつ…。


「じゃあ小の方じゃなくて大の方か?」


 この時、我ながら酷いことを聞いたものだ。


「ドラァッッ!」


「なふっ!?」


 次の瞬間、抉りこむようなフックが俺の腹に叩き込まれ、その勢いで後ろへ倒れこんでしまった。

 いいところに入ったせいで呼吸は辛く、食べたばかりの夕食が逆流するのを堪えるので精いっぱいだ。


「ちょ、パーラ!?やりすぎじゃねーか!?」


「いいの。酷いことを言う人は報いを受けるものなんだから」


 リッカには俺の状態がよほどひどく見えているのか、狼狽する声にパーラは冷たくそう返す。

 確かに女の子にウ〇コ漏らしたかと聞いたのはよくなかったが、だからといってこの仕打ちはどうかと思う。


「アンディはいいから、話の続きを聞かせて」


 この状態の俺を放って先を促すパーラの冷酷さに戦慄を覚える。

 まぁ俺も反省はしているので、文句は言わないが。


「お、おう。で、もしかしたらその森に妖精はいたかもしれねーけど、今は多分いねぇ」


「なんでそう言い切れるの?」


「その白い狼がいるからさ。聞いた特徴だと、そいつは恐らく、『()ちたる(しゅ)』だな」


 落ちたる種とはまた、なんとも聞き馴染みのない名称が飛び出てきたものだ。

 そのままの意味なら植物に関するものなのだろうが、今この時にリッカの口から出たということは、特別な何かを指しているということだろう。


「…その落ちたる種ってのはなんなんだ?」


「お、アンディ、復活したんだな」


「おかげさまでな」


 まだ腹はジンジン来ているが、それでもリッカの話で多少の時間が経ったおかげで、話に加わるぐらいには回復している。


「元々落ちたる種ってのは、妖精に起きるある現象の呼び名でな。妖精は木から生まれるって前に話したよな?この落ちたる種ってのは、卵にはなっても何らかの要因で妖精が生まれてこないで、別の存在として他の場所に生まれ変わることを言うんだ。で、そうして生まれてきた奴も落ちたる種って、いつの間にか呼ぶようになったわけ。妖精が霊樹から生まれるのに対し、落ちたる種はそこそこでかい木からなら、どこででも生まれるらしい」


 ほう、今流行りの転生ものとな?

 最近だと、転生したらレベル999になっていて即ハーレムというのが主流だが、妖精だとどうなるのだろう。

 ハズレ能力を引いたと思ったら実は世界最強、勇者になって田舎に引きこもるとかになるのかね。

 なかなか興味深い。


「お前らが見た、仄かに光る巨体ってのは、この落ちたる種が動物の姿に生まれ変わった時に持つ特徴と一致してる。狼以外にも、鳥とか鹿の形を取ったのも過去にはいたらしい。そいつが生まれるのは、昔は妖精がいたけど今はいない森でだけって条件があるんだ」


 なるほど、だからリッカは俺達が見たあの狼がそうだと結論付けたわけか。


 この世界でも目立つ白く大きい狼だが、特異な目撃例があまりにも少ないのは、落ちたる種とやらが取る姿が普通の動物をなぞっているせいかもしれない。

 しかも種族としてあるのではなく、イレギュラー的に妖精が生まれ変わった姿だとすれば、そうホイホイ人の目につくものでもないはずだ。


「なぁ、その落ちたる種ってやつは、妖精ってことでいいのか?」


 少し気になったのは、リッカがこの落ちたる種というのを説明している口調が、何となく同胞へ向けたものではない感じがしたことだ。

 どことなく興味の失せた、いっそ冷たさすらあるような言い様には、親愛というものが薄いような気がしている。


「でかい括りじゃそうだけど、実際は別もんだ。知性はあるらしいが、あたいらと違って言葉は話せないし、ちゃんとした魔術も使えない。一応、こっちの言ってることは理解しているとも聞くが、ほんとのとこはどうなんだかな」


 まぁあの時に感じたプレッシャーは、今目の前にいるリッカとは違い過ぎるものだったし、別物だと言われればそうかと納得できる。

 語っていた時のリッカの態度も、落ちたる種はもう自分達とは違う存在だと分かっているがゆえに、妖精と区別して考えた結果というのも理解した。


「ただ、魔術が使えない代わりに、自然を味方に付ける能力があるから、森とか水辺なんかだととんでもなく強ぇらしいな」


「自然を味方に?どういう意味だよ」


「んー、説明しにくいんだけど、何かあればそこらにある木とか流水が手助けするように振舞うのが、落ちたる種がもつ特別な性質なんだってよ」


「ほう……ちょっと何言ってるかわかんねーな」


 フワッとした説明でも何となく想像は出来るが、原理までは流石に分からない。

 魔術も特別なものだとは思うが、リッカの説明で聞く落ちたる種の持つ性質は、随分と特殊なものだと思えた。


「まぁあたいも詳しいことは分かんねぇよ。爺様連中からずっと前に聞いた話だし、実際、そういうもんだってぐらいにしか伝わってないらしい」


 リッカが属する群れがここらに移り住んで200年程だったか。

 恐らくその年寄りの妖精も、詳しいことは知らないまま伝え聞いた口なのだろう。


「落ちたる種ってのはどれぐらいの頻度で現れるもんなんだ?」


「頻度っつーか、そもそも出現したのが今までで十九体だけだ」


「十九体か…何年の間にだ?」


「うーん…妖精族に伝わってる話ってことも考えて、ざっと六千年ってとこか」


 六千年とはまた凄いな。

 あの中国でも自称四千年だ。

 長命の妖精ならそれぐらいの歴史は積み重ねていてもおかしくはない。


 しかし、妖精史上二十体目の落ちたる種が、俺達の遭遇した件の狼だとすれば、もしかしたら中々の発見なのかもしれないな。


「ねぇリッカ。一応聞くけどさ、そいつって人間を襲ったりする?」


 神妙な顔のパーラが口にしたのは、俺も気になっていたことだ。

 基本的に妖精は人間を無暗に攻撃したりはしないが、あの狼は妖精とは別物だと言われては心配を覚える。


「とりあえず、積極的に人間を襲うってことはねぇよ。こっちからちょっかいかけりゃあ話は別だけど、腐っても妖精の係累だしな。ってかお前ら、どうにかしたいって言ってたけど、狩る気でいるのかよ?」


 呆れたように言うリッカだが、答え如何によっては俺達への対応が変わるというのは何となく目から伝わってくる。

 妖精とは別物と断言したが、それでも全く無関係ではない落ちたる種に対し、俺達人間が無体を働くのは見逃せない、といったところか。


「最悪の場合はそうするって考えてたが、お前の話を聞いてから気が変わったよ。今は、どうにかして生息域を移ってもらえないか考え始めてる」


 俺達はなにも、あの狼を倒すのを絶対の目的とはしていない。

 そもそも、倒せるとも思ってはいないし。


 必要なのは、タミン村の人間が薬草を取りに森へ入る際、狼と遭遇しないようにすること。

 もしくは遭遇しても敵対行動を起こさない、起こされないような関係の構築。

 下手にこっちから手を出さなければ人間を襲わないらしいし、ここは駆除ではなく共存の道を模索したいところだ。


「ふぅん…ま、それぐらいならいいや。けど、生息域を移ってもらうってのも簡単じゃないよ?何せ言葉が話せねぇんだから」


「だろうな。けどよ、リッカ。お前ならどうなんだ?妖精のお前なら、あれと意思を通わせる方法があるんじゃないか?あるなら教えて欲しいんだがな」


 リッカの言う通り、言語での意思疎通は望めないかもしれない。

 だが妖精であるリッカならどうか?

 近しい存在同士であれば、何かしらの手段があるのではないだろうか。


「あるにはあるけど、お前らにゃ難しいかもしんねーぞ?」


「なんだ、妖精だけの魔術とかか?」


「いや、そんなもんじゃなくて……ちっと説明長くなるけど、聞くか?」


 その言いようだと、簡単には説明しきれないレベルのものというのは容易に想像できるが、大事なことなので、ここはしっかりと聞いておくべきか。


 頷きで先を促すと、一瞬リッカが考えこむ様子を見せたのは、頭の中でこれから話す内容を吟味しているに違いない。

 意外と、と言っては失礼だが、リッカは頭の回転は悪くないので、俺達に分かりやすいよう配慮する余地のある話が組み立てられていることだろう。


 ただ、リッカの説明は妖精の常識に立脚点を置いているので、気になったことは都度質問を挟むとしよう。


 妖精族は基本的に言語を使って会話しているのだが、それ以外にも音楽を使っての意思疎通ができるそうだ。

 ミュージカル的なやりとりかと想像したが、そういうわけではなく、楽器の音色に感情を乗せることで、ある程度の思いを伝達できるというもの。


「歌で?ほんとかよ」


 そんなマク〇スみたいな、と思わないこともない。


「まぁ人間からしたら、奇妙に思うかもな。けど、歌で意思を伝えるってのは妖精の間じゃよくあるんだ」


 大分ファンタジーなことだと思うが、そもそもここは異世界なのでそういうこともあるのだろう。

 それに、地球でも歌でプロポーズを伝える民族がどっかにいたのテレビで見たことがあるし、そう思えば全くないとも言えない。


 ただそんな妖精達でも、やはり普通に会話でのやり取りの方が便利ではあるので、日常的にやることではないらしい。

 ちょっとしたお祝い事や、娯楽の場でやるぐらいだとか。


 音に込められるそういった感情を受け取るには、妖精の羽のような露出している受容器官は必要だが、人間にもある程度は感知できるそうなので、後で実演してもらえることになった。


「元々妖精として生まれる存在だった落ちたる種も、羽は持たなくてもこの音楽での交感能力は備わってるってわけだ。だから、あたいら妖精が使う音楽でなら話は通じるかもな」


「そう言えばあの狼も、演奏してるのを見に来てたな」


 あの時はツィラの演奏と歌に惹かれてやってきたようだと思ってはいたが、リッカの話を聞く限りでは真実味を覚える。

 こうなると、狼との意思疎通の手段として、歌が使えるというのも説得力が増して来る。


「…その妖精が使う音楽ってのは普通とは違うものなのか?何か特別な楽器を使うとか、この曲でなきゃだめだとか」


「いんや、決まった曲もねぇし、特別な楽器も技術もいらねーよ。音に感情さえ乗せられるならな。ま、その辺りが人間には難しいらしいんだけど」


 リッカの言う音に感情を乗せるというのは、なんともあやふやな表現だ。

 演歌などでは魂を込めて歌えと言われるが、それはあくまでも気構えの話で、実際に魂が歌声に乗っているわけじゃない。


 妖精のそれも、何か精神的な例えかとも思ったが、どうも妖精族同士で意思疎通をするためには必要な、種族的な特性のようなものではないかと睨んでいる。


「かなり昔の話、妖精族が人間と交流を持ってた時代には歌で連絡を取ってた時があったらしい。だからってわけじゃねぇけど、昔の人間にも出来てたんだし、今の人間でもやれんじゃね」


 なんだか投げやりな感じのする言葉だが、過去に実例があるのなら信頼性は高い。

 やってやれないことはないという、そういった自信の根拠が増えるのはいいことだ。


 一応、俺達は楽器も持ってるし、演奏の経験もそれなりにある。

 リッカの言う感情を乗せる云々はともかく、説得の手段として歌を使うのは検討してもいい。

 剣や魔術を使わず、歌うことで問題を解決できるのなら、これほど平和的なことはない。


 しかし問題もある。

 いや、問題というほど大きいものではなく、悩ましいと言うべき程度のものだ。


 意思疎通を試みるのに歌を使うのは決定したとして、どんな曲をチョイスすればいいものか。

 その辺りをリッカにも尋ねてみた。


「選曲ぅ?…んなもん、お前らが好きな曲でいんじゃね?」


「おい適当だな。こういうのって適したのがあったりしねぇのかよ」


「ねぇよ、そんなの。そもそも、あたいら妖精は基本的には決まった曲なんて持たねぇんだ。その時の気分で勝手に作る、その場っきりだけのもんだ」


 即興で曲を作って、しかも使い捨てるとは、音楽プロデューサーも真っ青な才能だな。

 妖精の寿命を考えれば、これまで作り出されたが残されることなく消えていった曲も恐らく山ほどあったことだろう。


「あれ?でも昔は人間との連絡用に歌を使ってたんでしょ?」


「あぁ、それは人間側が用意した曲に合わせてただけだ。こっちから連絡するんじゃなく、人間の方から歌が届けられて、あたいら妖精が歌で応えるって感じだったらしい」


 妖精と人間の差を考えると、どうしても人間の方が生物的にも劣っているため、交流を始めるとしたら人間側からの訴えかけが最初となったはずだ。

 何かしら手助けを要求するのも人間の方からが多く、人間側で都度同じ歌を使っていたのだろう。


「そんなもんなのね。けどさ、私達が好きな曲でいいって言うけど、それで落ちたる種の説得は上手く行く?知らない歌を聞いても、怪しまないで接触してくれるもんなの?」


「だーから言ってんだろ。どういう歌かは問題じゃねぇんだ。技量とかもあんまり気にすんな。感情とか思いとか、そういうのを込めんだよ。相手の魂に響かせることができりゃ、それで十分なんだって」


 怪訝なパーラの声に、呆れたように返すリッカだが、俺達はそのやり方がわからないのだから、まず曲選びをとっかかりにしないと進みようがないのだと分かってほしい。


「…はぁ~。わかった、ならあたいがなんか適当に曲を作ってやるから、それを覚えていけよ。アンディ、楽器は何があるんだ?」


 困惑していた俺達の空気を察し、やれやれといった風に首を振ったリッカだったが、有難いことに楽曲の提供を申し出てくれた。

 妖精が作った曲ともなれば、落ちたる種の説得に使うのには最適なはずだ。


「楽器ならマンドリンがある。それと、ちょっとした太鼓もあるが、これは正直いまいちだ。だから、使うとしたらマンドリンだけだな」


「マンドリンか。一応聞くが、それって人間の大きさのやつだよな?」


「そりゃあな。いくらなんでも、丁度良く妖精用の大きさの楽器なんて用意してねぇよ。演奏は俺がやるから、曲調とか雰囲気は口頭で教えてくれ」


 楽譜とかがあれば話は違ってくるが、妖精が即興での作曲を基本としている以上、そう言うのは望めないので、リッカから直接指導してもらうしかない。


「そか、まぁそれでもいいや。なら歌うのはパーラか?」


「うん。私は楽器の演奏が上手く出来ないから、歌う専門」


 元々、チャスリウスで習った時からその役割分担なので、今更変える理由もない。

 それに、正直俺はあまり歌が上手い方じゃないため、歌うのはパーラに任せた方が落ちたる種のウケもいいに違いない。


 決して、感情を歌に乗せるというフワっとした技術を、俺が習得するのが面倒くさいという思いからではない。

 決してない。


「んじゃあちょっとやってみっか。…アンディ、楽器はどこだ?」


「飛空艇の中だ。ちょっと待ってろ、今とってくる」


 試しに一つリッカの指導を受けてみようかということになり、楽器を取りに行くために立ち上がると、なぜかリッカもそれに合わせて飛び上がり、俺の肩へと腰かけてきた。


「…リッカ?なんで肩に乗る?」


「いやぁ、実はさっきから気になってたんだよ、あの建物。どうせお前らのもんだろうと思ってたから、せっかくだしちょっと中見せてくれよ」


「そういや、飛空艇に乗せたことなかったか。見て面白いものがあるかはわからんが、好きにしろ」


 どうせ楽器を手にしたらまた焚火に戻ってくるんだ。

 それまでリビングでも見せておくぐらいは構わんだろう。


「その飛空艇ってのはなんなんだ?見たところ、変な形の家って感じだけど」


 確かディケットまでは飛空艇が飛んできたことはあったはずだが、流石に妖精のリッカもディケットまでは出向いていなかったのか、あれが空を飛ぶ乗り物だとまでは考えられないようだ。


「まぁ確かに俺達の家ではあるが、飛空艇ってのは空を飛ぶんだよ」


「…はぁ?あんなでかいのが?ほんとかよ」


「嘘じゃないって。信じられないなら、後でちょっと飛ぶところを見せてあげるよ。いいよね?アンディ」


「お、いいのか?いいよな?な?」


 半信半疑といったリッカの態度に、パーラが苦笑を零しながらそう提案すると、リッカが俺にキラキラした目を向けてきた。

 同時に、耳もぐいぐいと引っ張ってくるのが地味にウザい。

 空を飛ぶなど妖精なら日常的にやっているのに、何が彼女の好奇心を刺激したのだろうか。


「…まぁいいけど。やることやってからだぞ」


「わーかってるって。お前らにあたいの歌の神髄、しっかりと叩き込んでやるから心配すんな!」


 そう言うのと同時に、リッカが俺の肩から勢いよく飛び立って飛空艇へと向かう。

 俺を置いていく辺り、飛空艇への好奇心が強まったのはよく分かる。


 こういう時、妖精の奔放な性格に振り回されているような気がして、疲れの気配と共に子供の頃に戻ったようなワクワクも覚えるのが少しだけ楽しい。


 火の番にパーラを残し、俺はリッカを追いかけて飛空艇を目指して歩いていく。

 この後、どれくらいの時間をかけて音楽の指導があるのかは分からないが、小腹が空くのも考えて、飛空艇から適当につまめるものでも持ってきておくか。

 リッカのための遊覧飛行もあるし、果物の方がよさそうだ。


「おーいアンディ!何やってんだ!早くこれ開けてくれよ!」


「ああ!今行く!」


 遠くで飛空艇の壁を叩きながら俺を呼ぶリッカの声に答えながら、冷蔵庫の中を思い出して歩く。

 あの小さな体でこうまで大騒ぎできるのは、妖精族だからなのかリッカだからなのか。

 あの調子だと、今夜は騒がしくなりそうな気がして、何とも言えないため息が口からこぼれ出た。

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[一言] >そんなマク〇スみたいな 例えが古い!(千鳥ノブの口調で)
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