車検をするならプロに
ハンドルをしっかりと握ってシートへ腰かけ、ブレーキを掛けた状態でゆっくりとアクセルを回す。
飛空艇の貨物室にタイヤが擦れる音を鳴り響かせながら、バイクが少しずつ前進していく。
本来、ブレーキをかけている状態でも、出力が上がれば多少は前へと進む。
しかし、感覚的に今の段階の出力で進むようだと、ブレーキの効きが弱くなっていると評価するべきだろう。
「こりゃダメだな」
「そだね。ブレーキ掛けた状態でもこんだけ進むんじゃ、乗るのがおっかないよ」
溜息と共にバイクを停めて言うと、傍で見ていたパーラも同意してくる。
前回の依頼を終えてから、コンウェルの所に暫く世話になって過ごした後、俺達は再び旅の空へと戻っていた。
特に行き先は決めていないが、久々に知り合いに会うという目的のためにヘスニルを目指してアシャドル王国へとやってきた俺達だったが、適当な場所で一泊した次の日、何の気なしにバイクを走らせようと動かした時に、微かな違和感に気付いた。
ブレーキの手応えがなんだか上滑りしているような感じで、制動距離が妙に長くなっていると感じられたのだ。
俺はバイクの専門家ではなくとも、機械類は多少は弄れるため、朝一から日が暮れるまで見てみたが、原因がはっきりとしない。
しかしはっきりとはせずとも、ボンヤリと見えてくるものはある。
「やっぱ、ジンナ村で一回バラしたのがまずかったかな」
疑似的に再現されたディスクブレーキを採用しているこのバイクは、下手にバラすと組み立てが非常に面倒だ。
勿論、俺は適当にやったつもりはないが、元々職人が丹精込めて作った一点ものであるため、どこかに不具合が出る可能性は十分にある。
「見た目ではちゃんと直したとはいえ、やっぱりクレイルズさんのとこに持ち込んだほうがいいかもね。最近はバイクの使用頻度は少なかったし、一回ちゃんと見てもらおうよ」
「そうすっか」
メインの移動手段が飛空艇となって長いが、バイクの出番は決してなくなってはいないのだ。
直せるなら直しておくのがバイカーの義務だろう。
そんなわけで、俺達はアシャドル王都にいるクレイルズへ会うことを決めた。
とはいえ、バイクの修理は切羽詰まっているわけではないので、急ぐ必要はない。
フィンディで仕入れたお土産を知り合いに渡すのも大事なことなので、一先ず目指すのはヘスニルのままだ。
もう一泊この場で留まり、次の日にはヘスニルを目指して飛び立った。
ヘスニルに着くと、まずは知り合いへ挨拶と土産を配るのに動き回る。
領主であるルドラマの所に顔を出したが、丁度今は領内の様子を見て回っているらしく、セレンだけしかいなかった。
土産だけを手渡して帰ろうとしたが、セレンにパーラが捕まってしまったので、ここでパーラとは別行動になった。
セレンはパーラを我が子のように可愛がっているため、久しぶりに会って話したいことも多いのだろう。
館を後にし、知り合いに顔を見せているうちに、あっという間に夜になっていた。
かなり長いことソーマルガにいたおかげで、久しぶりに会う面々とは話も弾み、お土産も随分と喜ばれた。
大体の人に挨拶をし終え、パーラをセレンから引き取って向かったのは、この街で一番縁が深いローキス達の所だ。
一時期よりは落ち着いたが、まだまだ繁盛している店の営業を邪魔しないよう、夕食時を少し外してやってきたわけだが、それでも人が多いのはハンバーグ人気の高さゆえか。
店で食事をしつつ、二人の仕事っぷりを温かい目で眺めているだけで時間は過ぎていき、閉店時間となったところで、ローキス達に土産を手渡した。
パーラが2人への土産を色々と見繕ったが、俺の方は店の新メニューに使えるかと思い、珍しい調味料なんかを色々と持ってきていた。
その中には、昆布や魚醤なども含まれており、ローキスは初めて目にする食材にテンションを上げていた。
もうローキスも一端の料理人だな。
特に魚醤の方は、ローキスが自家製醤油を作っていることもあって、かなり興味を持ったようだ。
魚から作られる醤油に、見た目は黒い板にしか見えない昆布。
これら未知の食材を前にして、ウズウズとしたものを覚えているのは伝わってくる。
そこそこの量を渡してあるので、色々と研究して新しい味を生み出して欲しい。
この日はローキス達の家に泊まり、ソーマルガであったことを色々と話して夜は更けていった。
ヘスニルを離れ、王都アシャドルへとやってきた俺達は、飛空艇を適当な場所へ隠すと、バイクで王都へと入る。
相変わらず一国の首都だけあって凄い人の波だ。
前に来てからいつぶりだろうか。
通りを行く馬車に混じって走るバイクの数が、心なしか以前より増えている気がする。
色んな工房がバイクの制作に乗り出したと聞いたのが大分前のことなので、それだけアシャドルでの普及が進んでいるのかもしれない。
とはいえ、まだまだ通りを行くのは馬の方が多いあたり、今すぐに日常の足がバイクに取って代わられることは無いだろう。
ブレーキの手応えに違和感のあるバイクを慎重に運転しながら、俺達はクレイルズの工房へとやってきた。
「あれ?アンディさんにパーラさんじゃないですか。久しぶりですね」
工房の前で何やら積み上げられている荷物をチェックしていたホルトが、俺達に気付いて声を掛けてきた。
こいつも暫く見ない内に成長しており、身長はかなり伸びていた上に、声変わりもしたようだ。
体は着々と大人になりつつあるが、まだまだ魔道具職人としては見習いのままらしい。
まぁクレイルズの所に弟子入りして、まだ二・三年ってところなので当然か。
「おう、久しぶり。ちょっとバイク見てもらいたいんだけど、クレイルズさんを呼んできてもらえるか?」
「あぁ、車検ですか。でしたら俺が見ますよ。どうぞ、こっちへ」
「いや、ちょっと待った。今日は車検ってわけじゃないんだ」
そう言い、大きい方の搬入口へと向かうホルトだったが、その背中にストップの声をかける。
「どうも故障じゃないかって思ってな。そういうのってホルトも直せるのか?」
一応、前に車検自体はホルトにもやらせてたみたいだし、もしかしたらと思って尋ねてみる。
「うーん、程度にもよりますけど、アンディさんのは師匠の一点ものですから、俺が下手に弄っていいものかどうか…。ちなみにどういった故障を?」
「ブレーキの効きがどうもな。パーラ、ちょっとやってくれ」
「はーい」
サイドカーからメインのシートへと移り、パーラがアクセルを吹かしながらブレーキの効きが甘いことをホルトへ実演して見せる。
「なるほど、確かに効きが弱いように見えますね。どこかの部品が劣化してるとか?」
「かもしれんし、もっと重大な問題かもしれんから、クレイルズさんに見て欲しいんだ」
「俺もそうした方がいいとは思いますが、今師匠は城の方に詰めてまして…」
「城に?なんかあったのか?」
「ええ、まぁ。…少し長くなるので、中で話しましょう。とりあえず、バイクももう少し詳しく見せてもらいますから」
何やら困った顔をするホルトに、どうも今クレイルズが微妙な問題を抱えているように思える。
深刻なものというわけではなさそうだが、城に呼び出されているのではなく、詰めているという言葉に、中々面倒くさ気にも感じられる。
「わかった。んじゃパーラ、バイクを中に入れてくれ」
「了解」
工房の倉庫を開け、俺達はそこにバイクと共に入っていく。
倉庫内は作りかけのバイクなどが何台か見られ、クレイルズの下にはバイクの制作を依頼する人間はそれなりにいるようだ。
その多くが三輪タイプなのは、まだまだ二輪タイプのバイクに慣れた人が少ないせいだろう。
よく言っても悪く言っても、ゴチャついたとしか表現できない倉庫の様子に、俺もパーラもつい眉をしかめて顔を見合わせてしまう。
「すみません、今バイク関連で色々忙しくて。散らかってますが、どうぞ適当なところを見つけて座ってください」
俺達の態度に、申し訳なさそうに言うホルトの勧めに、適当な木箱を見つけてそこへ腰かける。
ホルトはすぐに俺達のバイクに取り付き、色々と弄りながらクレイルズの現状について話してくれた。
「少し前になるんですけど、師匠を含めた魔道具職人が急に城へ集められたんですよ。なんでも、アシャドル王国で飛空艇を作るらしくて」
なるほど、前に俺達も参加したが、ソーマルガ号のお披露目パーティに呼ばれたアシャドルの貴族辺りが騒いで、飛空艇の重要性を認識した国側が動いたわけか。
遺物としての飛空艇はどこかから発掘するのが手っ取り早いが、それと並行して自分達の手で作ろうとするとは中々意欲的だ。
知っているかどうかはともかく、ソーマルガの方では既に飛空艇の模倣が進んでおり、実験段階だが実際に空を飛んでいることから、アシャドル王国でも魔道具職人の技術力を結集させれば、完成させるのは決して不可能ではない。
今日明日にでもとはさすがに無理だろうがな。
そのために魔道具職人をはじめとした、船大工や錬金術師といった者達が呼び集められ、城で缶詰め状態なわけか。
バイクを作った天才魔道具職人として名を上げたクレイルズも、飛空艇開発の中心人物の一人として指名され、工房を空けることが多くなっているそうだ。
「師匠から聞いたんですが、ソーマルガの方じゃ飛空艇は普通に飛んでるらしいじゃないですか。どうも偉い人がお披露目パーティで見てきたらしくて、どうにかアシャドルでも飛空艇を持てないかって騒いだそうです。けど物自体は輸出とかされてないってんで、じゃあ作るかとなったそうですよ」
ホルトの言葉通りなら、今頃クレイルズ達は飛空艇を一から作ろうと城で頑張っているのだろう。
ただ、どうも飛空艇開発自体は芳しくなく、気分転換も兼ねてたまに工房へ帰ってきては、製作途中のバイクをいくらか弄ってまた城へと戻るという日々が続いている。
まぁ飛空艇とバイクは乗り物というカテゴリーでは同じだが、白熱電球とLED電球ぐらいかけ離れたものだし仕方がない。
今ここにいないのには、そういう理由があったわけだ。
しかしそうなると、バイクの修理なんかは暫くは無理そうか。
そう思っていると、倉庫から工房の作業場へと繋がる扉がゆっくりと開けられた。
どうやら誰かがやってきたらしい。
「ホルト、いるかい?着替えを用意してもらいたいんだけど―あれ、アンディとパーラじゃないか。来てたんだね」
姿を見せたのは、今まさに話題に上がっていたクレイルズ本人だ。
眠そうな目と薄汚れた格好から、城での仕事は大変なものと思わされる。
「ええ、さっき来たところです」
「ども、おひさです。…クレイルズさん、大分疲れてる?」
パーラの指摘には自覚があるのか、目の下の隈を隠すようにクレイルズも顔を擦る。
「…分かるかい?いやぁ、実は最近城に籠りっきりで」
「あ、師匠。その辺は俺が今話したところです」
「そう?ま、そういうわけだから、あんまり眠れてないんだよね。ところで二人はどうしてここに?バイクの車検かな?」
今ホルトが組み付いているバイクを見て、用件を推測するクレイルズ。
確かに俺達がここに来る主な目的は、バイク関連になるのでそういう考えになるのは当然だ。
「いえ、どちらかというと修理の方になりますかね。どうもブレーキに不具合があるような感じです」
「ふむ、なら少し見てみようか。ホルト、代わるよ」
俺の口にした不具合という言葉には、クレイルズも表情を変えた。
やはり自分が作った最初のバイクということもあって、思い入れもそれなりに強いのだろう。
ホルトと入れ替わるようにしてバイクの前に陣取り、まずは前輪のブレーキを見るクレイルズだが、すぐに表情が不快そうなものへと変わった。
「…アンディ。君、バイクを分解したね?」
「流石、お見通しですか」
「当たり前だよ。僕が作ったんだから、僕以外がバラしたらすぐ分かるさ。まぁ不具合の原因はそこにあるね。ほら、ここのとこが少しだけズレてるだろ」
クレイルズが指差す先はパッドの部分で、俺が見た時は分からなかったが、クレイルズが言うのならそうなのだろう。
このバイクを作った本人で、天才と呼べる技術者だ。
彼が特定した原因を疑う理由はない。
「直せますかね?」
「問題ないよ。一旦バラして、正しく組み立てなおせば解決だね。それより、どうしてバイクを分解なんてしたんだい?そうするぐらいの事故でも?」
「いえ、そういうわけでは…。実は俺達、ちょっと前までソーマルガにいたんですけど、そこで魔道具の舟を作ったんです。その時に材料が足りなかったんで、バイクからいくつか流用しました」
「へえ!魔道具の舟か!そりゃまた面白いのに手を出したね。よかったら聞かせてよ」
魔道具職人の琴線に触れたのか、バイクから興味をこちらに移したクレイルズに強請られるままに、ジンナ村での出来事を話していく。
その際、ロニのことにも触れるが、ホルトが密かに対抗心を見せているのが面白かった。
「うん、車輪が回る動きで水に流れを作るってのはいいね。普通、船は櫂で漕ぐか帆で風を受けるってのを考えるから、そういうやり方は興味深い。是非実物を見てみたいところだけど、流石に遠いか」
クレイルズも未知の魔道具の乗り物に思いを馳せるが、場所が場所だけに気軽に行けないと分かると残念そうな顔に変わる。
「そうだね。私達は飛空艇があったからよかったけど、普通の人は何十日もかけて行くところだよ」
パーラが言う日数は、風紋船を使った場合のものなので、それでも早い方だ。
砂漠を縦断するのに、ラクダに揺られてとなればもっとかかったことだろう。
「じゃあ無理だね。僕は今、ここを離れるわけにはいかないしねっと。はい、修理終わったよ。次からはバラす前に、各部品の位置に印をつけたりして、完全に戻すよう努力してね」
簡単に直してしまうのは、やはり製作者故か。
バイクにまたがってブレーキレバーを握りこんでみると、明らかに手応えが違っており、使い慣れた感覚に戻っているのが分かる。
「ありがとうざいます。…離れられないのは、飛空艇の案件があるからですか?」
「まぁね。なんか飛空艇の開発を軍部がせっついてきててさ。監禁まではいかないまでも、城からちょっと出るのにも一々許可とったり、行き先の報告だなんだと厳しいんだ」
飛空艇の制作というものは、国家主導の重要プロジェクトに位置付けてもいいほどだ。
情報漏洩や技術者の流出などを考えれば、厳しく管理するのは理解できないことも無い。
「大変なんだね、職人って」
「いや、職人がいつもこうってわけじゃないからね」
パーラの言葉にクレイルズはそう言うが、国レベルのプロジェクトだからこその処置だ。
優秀故に選ばれたと考えれば、評価されている証拠でもある。
「ところでアンディ、君は飛空艇を持ってるよね?」
「…誰からそれを?」
何の気なしに言われ、一瞬答えるのが遅れたが、俺はクレイルズに飛空艇を持っていることを言った覚えはない…はず。
「誰って、ルドラマ様だけど」
「あ、そうですか」
そりゃあ飛空艇のことで特に口止めはしてなかったが、何となくわかるだろうに。
まぁルドラマ自身、クレイルズとはバイクの車検等で会う機会はそれなりにあるだろうから、話のネタにでもされたか。
「水臭いじゃあないか。飛空艇のことを僕に内緒にするなんて。もっと早く知っていたら、色々とやれたのに」
そのもっと早く知ってしまった場合に、一体俺達の家である飛空艇に何をするつもりだったのか、聞くのが怖い。
「そうは言っても、飛空艇は俺達の家でもあるので、あまり大っぴらには言いふらさないつもりでしたし」
特に何の偽装も無く飛び回っていたが、気持ちは秘密基地を持ちたい年ごろなのだ。
「まぁそれはいいよ。ともかく、君達が来てるなら話は早い。実際の飛空艇を僕に見せて欲しいんだ。もちろんタダでとは言わないよ。今回のバイクの修理代はいらないからさ」
一見軽い調子で頼まれているが、クレイルズの目の奥には縋るような色が見える。
バイクの修理代がいくらになるかはまだ分からないが、それをチャラにしてでも飛空艇のことを知りたいという思いは伝わってきた。
「チャラに?まぁそういうことなら構いませんけど。パーラはどうだ?」
「いいんじゃない?私達もクレイルズさんの魔道具には世話になってるし、それぐらいはさ」
俺達としては、バイクや噴射装置などで世話になったクレイルズには恩も感じていたし、何も飛空艇を寄こせと言っているわけではないのだから、見学ぐらいは別にいいだろう。
「…いいの?は~…いや助かるよ。実物を見せてもらえるならこんなに嬉しいことはない」
何かに感じ入ったかのような顔をするクレイルズは、よっぽど飛空艇開発が行き詰っているのだろうか。
「もしかして開発の方ってあんまり進んでないの?」
頭の中に思うだけだった俺の考えを、パーラはあっさりと口にしてしまう。
こういう時の、何食わぬ顔してザクっと斬りこめるコミュニケーション能力の高さが羨ましい。
「実はそうなんだ。そりゃあ僕らも魔道具職人の端くれだし、こういうものを作れっていう話は望むところさ。けどね、見たことも乗ったことも無い飛空艇を一から作れってのは、やっぱり順調とはいかないんだ」
「でしょうね。実物を見たのと見てないのでは、想像する完成度は段違いですから」
ゴールを知らずに作れるほど、飛空艇は単純な物ではない。
完成品を見るのは勿論、せめて一度ぐらいは乗って飛んでみるぐらいはした方がいい。
「そう!そうなんだよー。上の連中は早く作れって言うくせに、こっちの苦労はまるでわかってない。そこまでいうなら実物を見せろって話だよ」
「仕方ありませんよ。偉い人は分かっとらんのです」
足なんか飾りだとどっかの偉人は言ったが、どこの世界も偉い人は目標だけは高く作りたがる。
そもそも実物がないから作ろうとしているわけで、しかし作ろうにも実物を知らないと難しいという、なんだかどっちが先かの話に近いが、プロジェクトを立ち上げた偉い人は、せめてソーマルガに頭の一つでも下げて、クレイルズ達に飛空艇というものを体験させてやるべきだろう。
愚痴るクレイルズに暫く付き合い、ついでにバイクの車検もやってもらう。
ブレーキ以外にもちょいちょい不具合の可能性があるそうで、一晩預けておくことになった。
「一晩預かるって、クレイルズさんは城に戻らなくていいんですか?」
プロジェクトが行き詰っているのなら、工房に居続けるのはまずいのではないだろうか。
「勿論戻るよ。だから、ざっと見て僕が弄れるところは今の内にやっておいて、任せられるところはホルトに頼むことになるね」
なるほど、何もすべてをクレイルズがやる必要はないか。
ホルトも前から車検は任せられていたしな。
バイクを預けて工房を後にした俺達は、適当に王都をぶらついてから飛空艇まで歩いて戻る。
そこそこ遠いところに飛空艇を隠していたため、辿り着くころにはもうすっかり陽が落ちてしまっていた。
こうなるなら噴射装置を持っていくべきだったと少し後悔。
夕食の準備をしようと食材の確認をしていると、どこかへ行っていたパーラが戻ってきて口を開いた。
「ねぇアンディ、クレイルズさんが飛空艇に来るならちょっと片付けた方がよくない?見られたらまずいのとかもあるんでしょ?」
「あん?……それもそうだな」
パーラに言われ、貨物室に置かれた物を思い浮かべると、いくつかクレイルズの食いつきそうなものがある。
言うほど見られてまずいものではないが、入手の経緯や性能なんかを説明するのが少し面倒なので、見せないに越したことはない。
そんなわけで、夕食を終えた俺達は貨物室の整理を行うことにした。
「それにしても、多いね。これ。どう隠したらいいんだろ」
「うーむ、ちょっと欲張りすぎたかもしれんな」
銃に振動剣に可変籠手といった、少し前に遺物からコッソリ頂戴した武器が詰まったコンテナを前に、唸るパーラに俺も同意する。
武器が詰まっているのは、大人が膝を抱えればすっぽりと収まる大きさの木箱で4つ、蓋が無いので中身は丸見えの状態だ。
正直、隠すには多すぎるのだが、やりようはある。
逆に考えるんだ。
見えちゃってもいいんだ、ってね。
振動剣の方は布を巻いてしまえば、シルエットはただの剣になる。
銃の方は流石に布では隠し切れないので、マガジンとストックを取り外し、木箱の底に仕舞い込んで一番上に折り畳んだ布を重ねることにより、この木箱は布を詰め込んだものだと思い込ませられる。
クレイルズ達は飛空艇を見たいのであって、箱の中身までは興味を持たないだろうから、こんなもんでいい。
可変籠手と駆動鎧は数が少ないので、俺とパーラが各自の部屋に置くだけで済む。
そうして片付けることしばし。
気分はガサ入れ直前のヤクザといった感じだが、何とか隠すものも隠し終えた。
綺麗に掃除もしたし、これでクレイルズが来たとして、どこを見せても恥ずかしくはない。
二度ほどクレイルズの工房へ足を運び、見学の予定を話し合うと、クレイルズ以外にも見学を希望する職人がいるそうで、そこそこの人数が見学にやってくることになった。
別に見学だけなら一人二人増えたところで問題はないし、クレイルズの話だとそう多くないそうなので普通に許可を出した。
そして、見学の日がやってきた。
朝から飛空艇へとやってきたクレイルズ達を出迎える俺達だったが、聞いていた人数と大分違うことに気付く。
確か多くても10人はいかないという話だったが、どう見ても100人近い数がいる。
クレイルズを始めとした職人以外に、集団のほとんどを占める武装した騎士に囲まれて、一際豪華な服を身に纏った男が先頭に立っていた。
恐らくその男が集団のリーダーなのだろう。
というか、この男を差し置いて誰がリーダーを勤められると言うのか。
「ほうほうほう!これが飛空艇か!思ったよりも雅な姿をしているな!それにデカい!」
飛空艇を初めて目にした男の声色には、隠し切れない好奇心が興奮と共に込められていた。
「こんなものを作ろうとは、我が国も随分と剛毅なことを考えたものだ」
我が国という言葉がなぜか妙に重さを感じさせる男は、正しくそれを口にするのに憚りない人間だ。
上機嫌で飛空艇を撫でている男こそ、何を隠そう。
アシャドル王国の第二王子であるティニタルだ。
まさか王子が見学に加わるとは一ミリも聞いていないのだが、さも当たり前のように見学者の一人として振舞っている辺り、他の人間には周知済みなのだろう。
知らなかったのは俺とパーラだけになる。
「お前がアンディに、そっちのはパーラだったか?急ですまんが、俺も見学に参加するぞ」
とりあえず、王子相手に立ったままで迎えるわけにはいかないので、膝を突いて俯く姿勢を取っていると、俺達へ向けてそう声を掛けてきた。
「は。この身を知って頂けたとは恐悦至極。しかしながら、此度のことに殿下の参加は聞いておりせんでしたため、満足いただくようお構いするのは難しく…」
「構わん。こちらはこちらで好きに見てまわる。お前達はお前達の役を務めるが良い」
流石王族だけあって、勝手にやらせてもらうと言い切る姿は堂に入ったものだ。
相手をしないで済むなら助かるが、しかし好き勝手に飛空艇を弄られるのも困る。
ティニタルにその辺を軽く注意しておくが、流された感じがしてちゃんと守るかどうか怪しい。
相手の地位を考えれば、それ以上強く言えないのが辛い。
クレイルズも中々面倒な人間を連れてきてくれたものだ。
少しだけ抗議の意味を込めてクレイルズを見つめるが、俺と目を合わせようとしないその姿には後ろめたさが見える。
職人だけで見学をするはずだったのに、王国の超VIPが加わったことには、クレイルズから詳しく聞き取らずにいられない。
どうせティニタルは暫く飛空艇をペタペタするのに夢中だろうから、どうしてこうなったのかをクレイルズからじっくり聞きだしてやろうじゃあないか。




