轢き殺されてぇのかバカヤロウこのヤロウめ!
大陸の地形的に中心寄りにあるアシャドル王国だが、やはり冬は寒くなるもので、今の時期の早朝などは特に冷え込む。
朝早くから王都を出るつもりの商人や旅人が、門の前に並んで開門と同時に出発の手続きに入っていく。
俺は出発の日の朝にエイントリア邸に向かい、ルドラマの執務室へ通されてその場で王都を出る旨を伝える。
「そうか、今日発つか。マクシムが見送りたいと言っていたが、今あやつは他の所にいるから無理だな」
「仕方ありません。マクシムにはルドラマ様から適当に言っておいてください」
それだけ言って席を立って去ろうとしたが、ルドラマに声を掛けられて止められた。
執務机の引き出しから何やら銀色のメダルを取り出して俺に渡してきたので、見ると何かの紋章のようなものが書かれており、重さもかなりある。
「それはエイントリア伯爵家が身分を保証する証だ。それを見せるだけで王国内の街であれば大概の門の通過に順番を待つ必要は無くなる。無くすなよ?」
普通に要らないんですけど。
こんなの貰ったら俺はエイントリア伯爵の庇護下にあるということになり、敵対している貴族にしてみると絶好の攻撃対象になるだろう。
普通に返り討ちにできるが、それをすると貴族と明確な敵対関係が出来上がってしまう。
まさかこのおっさん、俺を敵対勢力へのトラップに使うつもりか?
「そんな顔をするな。それを持っているからと言ってエイントリアの手先になるわけではない。あくまでもお前が不審人物ではないことの証明になるだけだ」
嫌そうな思いが顔に出ていたようで、ルドラマが苦笑交じりで俺の不安を払拭してくれた。
その話を信じるなら安心できるが、果たしてそのまま鵜呑みにしていいものだろうか。
なるべく使わないで済むならそれに越したことはない。
「ありがたく、頂戴します。ではこれで失礼してもよろしいですか?」
「ああ、わしが外まで送ろう」
ソファーから立ち上がり先を歩くルドラマについていく。
玄関の扉を開けると、そこには俺が乗ってきたバイクが置いてあり、その前に立って最後の挨拶をする。
「ではルドラマ様。大変お世話になりました。またいずれ「ちょっと待て」…はい?」
別れの挨拶を止められて、何事かと思っていると、ルドラマが俺のバイクに近づきぺたぺたと触り始めた。
「これはなんだ?車輪が2つ付いているが、馬がいないのでは走れないのではないか?」
まずいことに、ルドラマの好奇心に火をつけてしまったようで、バイクの説明をしないことには解放されそうにない。
仕方ないので、簡単な説明をして、少し玄関前で走って見せると、興奮気味にバイクに載せて欲しいと言ってきた。
こういう2輪の乗り物はコツがいるため、練習無しで乗せるのは危険だと思い、運転は俺がしてルドラマはすぐ後ろにあるタンデムシートに座ってもらった。
早速前庭をぐるりと走り回って見せると大はしゃぎになり、玄関前に戻ってきてバイクを降りた瞬間、詰め寄られた。
「頼む、アンディ!わしに譲ってくれ!金は言い値で出す!欲しいものがあったらなんでもやる!だから頼む!!」
そう言って子供の冒険者に頭を下げるアシャドル王国伯爵、ルドラマ・ギル・エイントリア。
「残念ながら、これは譲れません。ですが、作った者を紹介しますから、あとはその者と話し合ってもらえませんか?」
一瞬残念そうな顔をしたが、製作者がいるということに一気に喜びの花が咲いた様で、館の中へと走っていった。
とんだ別れの場面となったが、早く解放されたのだからよかったと思うか。
一応クレイルズが言うには2輪でなら普通に魔力で動かせるだけの出力のモーターは金さえあれば作れるとのことで、もちろん俺のよりは落ちるが、そこそこの速さのバイクは作れるらしい。
ルドラマも伯爵であるのだから金は出せるだろうし、さっき見せた速度程度で満足できるのなら問題ないだろう。
乗り方に関しては練習をがんばれとしか言えない。
バイクに括り付けた荷物の固定を確認し、最後にリュックを背負ってからシートに着く。
リュックの長さが結構あるので、自然とリュックの底がシートに付いて俺にかかる負担は無くなる。
キーを回すと相変わらずのわずかな低音だけの起動だ。
来た時と同様に門番に挨拶をして、バイクで館を後にした。
終始門番は驚いていたが、いずれルドラマがバイクを手に入れたら慣れるだろう。
そのまま門前まで行き、せっかくなのでと試しにルドラマから貰ったメダルを門衛に見せるとすぐに通過させてもらえた。
くぐる途中、バイクが珍しいのか大勢の視線が注がれていたが、すでに慣れたもので、街道に出た後は一気に速度を上げて走っていく。
前を走る馬車を驚かさないように、抜くときは大きく外を回るようにしていくのだが、それでもバイクの姿と速度に驚くようで、通り過ぎた後ろでは何度も声が上がっていた。
王都を出てどこに向かうかというと、アシャドル王国の西にあるペルケティア教国を目指す。
現在国の内外問わず信者の多いヤゼス教という宗教の総本山で、大陸にある国の中でも最も歴史の古い国だ。
ペルケティアでは統治形態が他の国とは違い、ヤゼス教の最高指導者を含む11人の枢機卿との計12人による合議制で政治が行われている。
ヤゼス教の信者たちはペルケティアへの巡礼を一生に一度はやってみたいという思いがあり、土地を離れられない人達の場合は年に一度だけ村や町から代表者を選び、自分たちの代理にペルケティアへと送り出す。
そのため入国自体は自由にできるが、国内に入ると一切の治外法権が認められず、犯罪を犯した場合の処罰は他の国の比ではない厳しいものが下される。
このおかげでペルケティアでは犯罪の発生が比較的抑えられるため、安全な旅が出来ると旅行者に人気がある。
歴史の古い国だけあって各地に遺跡や伝承が残されており、冒険者が一獲千金を夢見て訪れることが多い。
過去に見つかった遺跡で最大の物だと、ペルケティア建国の元になった国の遺跡が首都の地下に発見され、そこから発掘された遺物の多くが現在の魔道具とは大きくかけ離れて高度な技術が使われており、その研究成果だけでペルケティアの経済はそれまでの倍近くまで規模が広がったらしい。
今世の中にある魔道具は、全て元を辿るとこの遺跡の発掘物からの技術流用の痕が見えるとか。
観光がてら遺跡を巡ってみるのも悪くないと思い、ペルケティアへと伸びる街道を爆走していく、
直線距離としてはそんなに離れていないのだが、アシャドルとペルケティアの間には峻険な山稜が横たわっており、山越えの険しさから南に大きく回り込む道が整備されている。
この山、高さは富士山を大きく超えるもので、山頂には強力な魔物が現れるため、距離は伸びるがその分安全で楽な行程になる南の街道を使うのが一般的になっていった。
馬車の速度でおよそ半月かかるのだが、道中に観光名所や名物が売りの村が点在しているため、旅行者はもっと時間をかけてペルケティアを目指していく。
バイクの速度ならもっと短縮できるのだが、急ぎで旅の楽しみを失うのも面白くないので、観光を楽しみながら行くとしよう。
「作ったバイクではぁしぃりだすぅー♪行くぅ先はぁーペルーケティアー♪……ん?」
旅を始めて3日目、変り映えのしない景色に飽きてきて、自作の歌を口ずさんでいると、街道の先の方で何やら騒ぎになっているようだ。
トラブルに巻き込まれるのを嫌い少し速度を落として様子を窺いながら走ると、どうやら馬車を狼が襲っているらしく、止まっている馬車の周りに2人ほどの武器を持った冒険者らしき人影が狼を牽制している。
一旦道の脇に止まり、詳しく探ってみる。
彼我の戦力差が1:3で狼に分があるため、このままではおそらく人間側がやられるだろう。
俺なら風下の此方に気付かれていない狼に先制攻撃が出来るが、果たしてやっていいものだろうか。
もし万が一に人間が狼にちょっかいを出しての反撃なら彼らの自業自得で俺が助ける意味を見いだせない。
それに冒険者が獲物を横取りのような形で手を出したら、質の悪い相手なら逆に賠償を求められるケースもある。
どうしたもんかと悩んでいると、一人の男性が俺の存在に気付いた様で、ハンドサインで俺に逃げるようにと示してきた。
どうやら子供の俺を見て逃がそうとしているようで、先ほどの膠着状態から一気に攻勢に出て狼の注意を自分たちに向けようとしている。
その行動だけで彼らが良心的な存在であると判断できたため、助っ人に入ると決めた。
彼らにハンドサインで援護を伝えて、向こうが気付いたのを確認してから返事を待たずに遠距離攻撃に移る。
電撃だと他の人間に被害の波及する恐れがあるし、土魔術だと距離がありすぎる。
消去法で水魔術での攻撃となったため、早速生み出したバレーボール大の水球2個を圧縮してピンボン玉ほどの大きさにする。
その中にそこいらの地面に落ちていた小石を10個程ずつ混ぜる。
それをなるべく固まって動いている狼の集団へと高速で打ち出した。
そのまま群れの一体に水球が当たると圧縮されていた水が一気に解放されて膨張し、小さな爆発音が鳴り響く。
圧力から解放された水は開けられた穴から一気に噴き出し、それに乗って水球に混ぜられていた小石が弾丸のように飛び出していった。
所詮わずかな水圧を使った程度ではそれほどの威力は出ないだろうと思い小石を混ぜて打撃力の底上げを狙ったのだが、俺の想像をはるかに超える威力をたたき出した。
解放された水圧自体の衝撃もかなりの物だったが、それ以上に飛び出した小石が当たった狼の体はそのほとんどがミンチ肉状態で散らばっており、水球一発で5匹が原型を留めることなく絶命した。
人間に向けて使うのは躊躇われる魔術の完成だ。
残る一匹は突然の破裂音と仲間の死に驚いて硬直してしまい、その隙を突かれて突き出された剣によって倒された。
バイクを手で押しながら馬車の停められている場所に向かうと、その近くにいた人が俺の接近に気付いて手を振ってきた。
手がふさがっているため振り返すことは出来ないが、少し速足で近づくと、馬車の惨状に気付かされる。
車体の損傷はあまり見られないが、それを牽いていただろう一匹の馬が怪我を負っているようで、後ろ脚から出血していた。
立っている馬の姿から歩くことは出来ても重い馬車の牽引は不可能だろうと思われる。
馬と馬車を眺めていると、20歳位の男性が俺に近づき話しかけてきた。
180センチ程の身長に黒の短髪に碧眼と堀の深い顔はどこかアラブ系の流れを思わせる。
身に着けている革の鎧は使い込まれており、腰に下げた剣もまた同様で、十分な戦闘経験を積んだ戦士といった雰囲気がある。
「援護感謝する。正直あのままだとやられていたところだが、君のおかげでなんとか生き残れた。しかし、凄い魔術だな。あんなの見たことが無い」
差し出された手を握り返し名乗っておく。
その際の握力から見た目以上の膂力があることが伝わってきた。
「どうも、無事でよかったです。…まあ馬の方はそうはいかなかったみたいですけど。俺はアンディと言います。一応冒険者をやってます、まだなって数カ月ほどですが」
「あれだけの強さなら将来有望だな。俺はヘクター、あっちのは妹のパーラだ。俺達は商人ギルド所属の傭兵で、この馬車で村への商品を届けに行く途中だったんだ」
商人ギルドの傭兵か。
話には聞いたことがあるが、実際に会うのは初めてだ。
パッと見は普通の冒険者と変わらないな。
俺達の会話が聞こえたのか、馬の脚に布を巻いていたヘクターとよく似た顔立ちの少女が名前を呼ばれたと思ったようで、こちらへと歩いて来た。
150センチほどの身長に腰ほどまでの長さがある三つ編みを後ろに流して歩く姿は、兄とおそろいの装備でこれまた相当な手練れに思える。
クリっとした目は気の強そうな印象を受けるが、こちらは10代の若さ特有の澄んだ目をしていた。
ヘクターの隣に立って軽く頭を下げてきたパーラだが、一向に話をしようとしないので、少し首をかしげているとヘクターが口を開いた。
「すまない、妹は以前病にかかったせいで声が出ないんだ。いつか治るとは言われているが、随分長いことこのままでね」
「そうでしたか。初めましてパーラさん。俺はアンディと言います」
そう挨拶をすると、パーラは何やらジェスチャーで伝えた言葉をヘクターが通訳して俺に教えてくれた。
「アンディ、パーラが歳も近いだろうし普通に接してほしいそうだ」
確かに歳が近い相手に丁寧な言葉で接してこられては疲れるのかもしれないな。
あの年代というのはそういう時期だしそういう接し方のほうがいいのかもしれない。
「わかった、じゃあ普通に話させてもらうよ。よろしく頼むなパーラ」
俺の言葉には満足が行ったのか満面の笑みで頷きを返してきたパーラの顔が可愛らしい。
それを見届けたヘクターも笑顔でうんうんと頷いている。
妹に友達が出来たのがうれしい兄の図といったところだろうか。
それから馬車の点検に動き回る2人に手伝いを申し出て、馬車の上で俺は周囲の警戒に就いている。
困っている人を放り出して自分だけ先を急ぐほど薄情にはなれない。
しばらくすると2人が俺を呼ぶので馬車を降りると、今の状況を教えてくれた。
馬車自体は走行に支障はないが、馬が牽けない以上は動かせない。
そのため怪我をした馬を連れてこの先にある村へとパーラが先行し、替えの馬を連れてここまで戻ってくることになる。
その間この馬車の護衛にヘクターが残る必要があるのだが、動けないでいる馬車などは盗賊や動物の格好の餌食だ。
一人で残るヘクターも心配だが、それと同じくらい単独で村へ向かうパーラも心配だ。
どうしたらと悩んでいる兄妹に俺から解決策を提案する。
「ヘクターさん、馬車だったら俺が牽いていけますけど」
その時のヘクターの表情は俺が何を言っているのか理解できないといったようで、パーラも同様だった。
不思議そうな顔の2人をよそに早速準備を開始する。
バイクのシートの下にある本来はエンジンブロックにあたる部分に牽引用のジョイントがあり、そこにロープと木の棒を使って馬車の前部分と繋げるとあっという間に馬車を牽くバイクの完成だ。
「アンディ、先ほどから気にはなっていたが、この二輪の物は一体何なんだ?」
「これはバイクと言って魔力を動力にして走る魔道具の乗り物です。まあ物は試しに動かして見せますよ。2人は馬車にどうぞ」
自走する魔道具など聞いたこともない2人は疑わし気に馭者台に乗り込み、ヘクターが怪我をした馬の手綱を持つ。
それらを確認してエンジン始動をしてからアクセルを回し始める。
流石に馬車の重量は結構なもので、じっくりと回転数を上げていくとユックリ動き始めた。
それに驚いたのはやはり初見だった2人で、ヘクターは口をいっぱいに開けて驚き、パーラは声こそ出ていないが、馭者台で体をゆすって興奮している。
怪我をした馬のことも考えて速度はかなり抑えて走り、日が暮れる前には目的の村に着くことができた。
丁度バイクの魔力残量も底をつきそうなので、俺も今日はこの村で世話になるとしよう。
村の入り口には俺達の姿を確認して待機していたのだろうと思われる若者数人が槍を手に立っている。
見たことも無いものに牽かれた馬車が村に近づいて来たのでは警戒するのも当たり前か。
近付くにつれて槍を前に構えて警戒を強めていたが、馭者台からヘクターが降りて彼らの方へと駆け寄っていった。
顔見知りが現れたことで警戒が緩められ、なにやら話をしている間に俺の牽く馬車が村の入り口前まで到着した。
既に村人からの警戒の視線は存在せず、何人かは怪我をした馬を牽いて村の中へと戻っていった。
「アンディ、すまないがこのまま村の広場へと進んでくれるか。そこで荷物を下ろしたい」
ヘクターの頼みにうなずきで答え、先導する村人について進入していく。
途中、バイクの珍しさに釣られて多くの注目を集めるが、そのほとんどが子供からの羨望の眼差しとあっては邪険にもできない。
村中から集まる視線の中、村の中心部にある広場へと馬車を停めた。
早速馬車を待っていた人たちが群がり、次々と荷物が下されていく。
一応俺も荷物の運搬を手伝おうとしたのだが、それを仕切っている人から丁重に断られた。
ここからは村の仕事だそうで、ボーっと見ていただけだった俺はパーラに村長宅へと連れていかれた。
村の中でも一回り大きい程度の家が村長の物らしく、ドアをくぐると中にはヘクターが村長らしき老人と話をしていた。
俺達の入室に気付き、立ち上がった村長に手で席を勧められたのでパーラと一緒にそこへ座った。
「アンディさん、今回はありがとうございました。詳しい事情はヘクターから聞きましたが、本当に危なかったようで。何かお礼をと思いましたが、何分このような小さな村です。せめて気の済むまで滞在してもらうぐらいしか…」
「お気遣い有り難く。ですが、俺はペルケティアを目指していますので、一晩だけお世話になります」
普通の冒険者ならここで報酬を要求するのだが、俺は大したことはしていないので一晩の宿を用意してくれるだけで構わない。
今晩の宿としてヘクター達が行商に来た時に使っている家屋に一緒に誘われたので、そこに世話になることにした。
その後村長に請われるままにヘクター達が襲われたときに使った魔術の説明をしていたが、馬車の荷物を下ろし終わった村人が訪ねてきたため、馬車を移動するために広場へと向かった。
すっかり荷物が下されて軽くなった馬車の周りにはまだ村人が群がっており、どうやら俺のバイクが珍しいらしく、遠巻きに見ていたようだ。
ヘクター達が使っている家屋の傍まで馬車を動かし、バイクとの接続を解く。
その際にここまで付いてきていた村の子供たちを手招きで呼び寄せ、一人ずつバイクのシートに乗せてやった。
走らせることはさすがにしなかったが、皆珍しい乗り物に大はしゃぎで順番待ちの列が伸びていた。
その中に好奇心で目を輝かせたパーラが混ざっていたのが俺の笑いを誘った。




