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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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スペストスの死

 黄1級の冒険者であるスペストスの名前は、ソーマルガにて重装の盾使いを目指す人間の間ではかなり有名だ。

 生まれつきの体格を生かして大盾を自在に使い、防御を主眼とした戦闘では黄級に並ぶ者はいないとまで言われ、とある護衛依頼では50人の賊を相手にし、死人を出すことなくしんがりを勤めあげたという逸話がある。


 コンウェルが赤級に上がった時、次に赤級に昇格するのはスペストスだと言われているほど、その実力は認められていたそうだ。


 そのスペストスが目の前で遺体となって横たわっている事実に、俺も動揺を覚えている。

 遺体はかなり損傷が激しく、右腕と左足は完全になくなっており、腹の部分には鎧ごと貫かれた拳大の穴が空けられている。

 腕と足には止血の痕があることから、完全な死因は手当の跡がないこの腹に空いている穴だと推測する。


 激しい戦いを想像されるその惨状だが、目を閉じているスペストスの顔は穏やかなもので、いっそ満足そうにも感じてしまう。


「あの…もしかしてスペストスさんの知り合いっスか?」


 黙って遺体を見つめている俺達の背中にそう声を掛けてきたのは、先程まで洞窟の入り口を一人で守っていた冒険者だった。


 その姿を改めてよく見てみると、短髪のせいで男と思い込んでいたが、顔立ちや鎧の胸元のふくらみから女性だったと気付く。

 額当てからのぞく頭に犬耳が見えることから、犬系の獣人だろう。

 ソバカスがチャームポイントの小動物系というやつか。


 長剣と小盾という、冒険者の武器としてはオーソドックスな構成ながら、激しい戦闘からかあちこちに痛みが見られ、盾の方は特にひどく、罅だらけで辛うじて形を保っているような状態だ。

 この装備で戦闘を行っていたのだから、この人もかなり度胸がある。


「ああ、スペストスとは昔パーティを組んでたことがある仲だ。こいつも、スペストスと知り合いだ。…そういや名乗ってなかったか。俺はコンウェル、赤4級だ」


「どうも。アンディ、白1級です」


 立ち上がり、こちらを向いたコンウェルの顔は、ついさっきと比べても明らかに老け込んで見える。

 スペストスの遺体と対面し、かなりのショックを覚えたのだろう。

 俺を指差す手にも、力が入っていないように思える。


「赤級!?凄い…初めて見ました。あ、ウチはフレイっていいます。黒2級の冒険者で、スペストスさんのパーティに所属してました」


「スペストスのとこに?前に会った時は新入りのことなんて言ってなかったが」


「パーティ入り自体はこの依頼に入る少し前なんで」


「そうか。そういや最後にあったのはもう大分前か…」


 後ろを振り返り、スペストスを見るコンウェルの目は険しい。

 恐らく、ユノーとの結婚のことは知らせていただろうが、まさか再会がこういう形になるとは、コンウェルは思いもしなかったはずだ。


「…フレイって言ったか。スペストスの最後は分かるか?」


「ええ、まあ。ただ、教えたいところではあるんスが、今はあっちの魔物どもをどうにかするのを相談した方が…」


 チラチラと入口の方を見るフレイの表情には、焦燥が強く浮かんでいる。

 俺が塞いだところがどれだけ持つか分からない彼女にしてみたら、話をするよりもまずはこの場をどう切り抜けるかを話し合いたいのだろう。

 確かにその不安は理解できるが、正直、俺が大量に魔力をつぎ込んで作った障壁はちょっとやそっとじゃ壊されない自信がある。


「アンディ、入り口はどれぐらい持つ?」


「ありったけの魔力で頑丈に作ったつもりですからね。直径3メートル強の入り口には一遍に二匹以上は取りつけないってのを考えれば、四半刻は優に持つと思いますよ」


 実際、入り口を塞いでいる土に対して、土魔術を使って干渉してみると、まだまだ厚さは十分に保たれている。

 余裕を見て30分と答えたが、実際は一時間以上はもつと踏んでいる。


「聞いての通りだ。こいつは謙遜して四半刻って言ったが、実際はもっと持つと俺は見てる。今はもう陽が落ちてる頃だし、時間と共に気温が下がれば、虫共の活動は弱まってくる。それを待ってから、外を片付ける」


 俺の考えなどお見通しなのか、障壁が持つ時間を見立てた観察力は相変わらず鋭い。


「あ、そうか。だからスペストスさんも時間稼ぎを指示してたんスね」


 どうやらスペストスは死ぬ前に、フレイに対して時間稼ぎに徹するように指示していたらしい。

 敵が虫ばかりということもあって、夜さえくれば何とかなると、殲滅よりも時間稼ぎを判断したのは流石と言える。


「ま、あいつならそれを選択するだろうな。…だが、それを分かっていながら、スペストスはなんで死んだ?正直、あいつなら立て籠もって時間稼ぎをするのは楽なもんだ。強力な魔物でも混ざってたか?」


「強力な魔物は…確かにいました。けど、スペストスさんがやられたのは―」


「ワーバのせいだ!父ちゃんも母ちゃんもおっちゃんも、村の皆もワーバのせいで死んだんだ!」


 フレイの言葉を途中で遮るようにして上げられた声は、洞窟の奥にいる村人達の中で立ち上がっている男の子から発せられたものだった。

 背丈からまだ10歳かそこらだと思われるその子は、目に涙を浮かべて歯を食いしばる姿には、ワーバという存在に対する憎しみが感じられる。


 次第に少年の目には涙が滲み始め、険しい顔に溢れる涙が少年の負った悲しみの大きさを表している。

 両親が死んだ原因がそのワーバにあるのなら、その感情も当然のものだ。


「フレイさん、ワーバってのは?」


 少年が周りの大人達に慰められるようにして座り込んでしまったので、とりあえずフレイに尋ねてみる。


「ワーバってのはモーア村の村長の息子の名前っス。あの子が今言ったおっちゃんてのはスペストスさんのことでして、村にいた時は結構懐いてたんですよ。…あまりはっきり言いたくないんスけど、そのワーバのせいで大勢死んだってのはウチも同意しますね」


 声を潜めながらも、苦み走った表情で吐き捨てるように言うフレイ。


「正直、ワーバが余計なことをしなければ、スペストスさんは死ななかったんじゃないかって、ウチは今でも思ってます」


「…すまんが、その辺を詳しく教えてくれるか」


「あ、はい。じゃあ順を追って話すと―」


 スペストスの死因が関わっていると臭わされては、ワーバが何をしたのかを聞かなければならない。

 俺もコンウェルも、フレイの話す内容にしっかりと耳を傾けた。




 フレイがスペストスのパーティに入ったのは約一カ月は前になるようで、前にいたパーティが解散した時に、たまたま居合わせたスペストスのパーティメンバーに引き抜かれた。


 黄1級のスペストスをリーダーにするパーティは、バラバラのランク帯の冒険者で構成される珍しいタイプで、そのせいで依頼の受諾には色々と制限はあるが、様々な技術を持つ人間が揃っているおかげで、あらゆる状況に対応できる万能型のパーティとして、ギルド側にとっては使い勝手のいい存在だとか。


「フレイさんには失礼かもしれませんが、よく黒2級を黄1級のパーティに入れましたね。結構大胆なことなのでは?」


 話の腰を折ると分かってはいたが、口にせずにはいられなかった。

 普通、パーティというのはランクが近い者同士で組むのが一般的だ。

 ある程度は離れていてもいいが、正直黄級と黒級では離れすぎている。


「スペストスんとこは色んなランクの人間がいるんだ。あいつは等級に拘らず、能力さえあれば誰でも受け入れる奴だからな」


 この場で一番スペストスと付き合いが長いコンウェルがそう言い、何か懐かしむようにして少しだけ微笑む。


「ええ、ウチも足の速さで誘ったって後から教えてもらいました」


 獣人にも嗅覚が鋭いや足が速い、聴覚や力が発達しているなど色々なタイプがいる。

 フレイは犬系の獣人なので足が速いというのは頷けるし、それで勧誘されたのならかなりのものなのだろう。


 新しいパーティで心機一転、頑張ろうとしたところに、スペストスにギルドからの指名依頼が舞い込む。

 内容は、フィンディから北東の地域で虫型の魔物が大量に目撃されたことへの調査だ。


 魔物が大量に発生すること自体は時折あるので、ギルド側もこういう時の対応は慣れている。

 今回も発生魔物の種類の特定と、魔物の動静を確認する調査という名目で、対応力に優れるスペストスのパーティが選ばれた。


 フルメンバーである9人で調査に赴き、魔物の痕跡を追いながらギルドへの途中報告も送るという、気の長い仕事に二十日ほど従事した頃、モーア村に滞在して三日目に事件が起きた。


 なんと、モーア村を目指して虫型の魔物が大群で迫ってきていたという。

 最初に大軍を見つけたのは、スペストスとは別口でモーア村に滞在していた冒険者のパーティで、早朝に村を発ってすぐに砂煙を見つけ、モーア村に引き返して危機が伝えられた。

 そのパーティは最寄りの戦力としてスペストスを頼ったわけだが、結果としてモーア村は無防備なところを蹂躙されることがなかったので、ある意味ではお手柄とも言える。


 この時、図らずも不幸と幸運がスペストス達のパーティには舞い込んでいた。

 ここ数日、スペストス達は町村に立ち寄らない、無補給での調査を行っていたせいで定時連絡を欠かしていたため、連絡がないのをギルド側が異変と判断し、こうして俺達を向かわせたことがまず一つの幸運。


 そして不運だったのは、モーア村の最寄りで武力派遣の要請先がかなり離れていたことだ。

 救援要請をしても、村まで来るのは大分後になるため、戦えない村人を多く抱えながら、圧倒的に戦力差のある戦いを強いられることになる。


 すぐにスペストスは村人達と共に逃走するか籠城かの選択を迫られたわけだが、魔物の移動速度から逃げ切る確率の方が低いと見て、籠城を選んだ。

 ただ、モーア村を囲う外壁があまり高くなく、立て籠もるのにあまり向いていないため、スペストスは急遽、今俺達がいる岩場まで避難して立て籠もることにした。


 先程俺達が見た村の惨状を考えると、スペストスの判断は正しかったわけだ。

 外壁は勿論、家すらなぎ倒されてしまっているのだから、魔物の群れがいかに村を蹂躙していったかが容易に想像できる。


 必要最低限の荷物を持ち、すぐに村人達は移動を開始。

 同時に、他の街や村に救援を求める使者も放ち、北を目指したが、その途中、自警団のほとんどがこの集団から突然離脱した。


 何故かというと、村長の息子であるワーバが何を思ったか、自警団に所属する村の男衆を引き連れて魔物の大群に突撃を掛けたのだ。




「…ちょっと待て、意味が分からん。どういうことだ?スペストスは籠城を選んだんだろ?」


「そうっス。ウチらもその意見には賛成したし、臨時で組みこんだ他の冒険者もスペストスさんに賛同してましたよ」


「もしかして、そのワーバってのは凄腕の戦士とかなのか?」


「いえ、そういったことはなかったかと…。多少体格はよかったですけど、ウチらから見たら普通の村人と大差ないっスね。一緒についてった自警団の人達も、村長の息子だから渋々従って…って感じでした」


 つまり、ワーバは別にたいした強さがあるわけでもないのに、黄1級の意見を無視して自警団を勝手に動かし、戦えない村人を守る手を減らしてでも魔物の殲滅を選んだわけだ。


「スペストスが籠城を選んだなら、それがその時の最良だったはずだ。なのに……そいつはバカだろ」


 中々辛辣なコンウェルだが、俺も同意見なので咎めることはしない。

 現に、こうして今ここにいる人数を考えれば、ワーバの取った選択は間違いだったわけだし。


「仰る通り。どうもそのワーバは、スペストスさんのことが気に入らなかったようでして、全体の指揮を執ったことも面白くなかったみたいっスね」


「なんかあったのか?」


「スペストスさんって、駆け出しの冒険者が一つの目標とするぐらいにはこの辺りでは有名じゃないっスか。それでワーバの惚れてた女が―」


「あぁ、大体分かった。つまり、自分の惚れた女がスペストスしか見てなかったんで、その反発か。…ちっ、くだらねぇ」


 吐き捨てるという言葉がこれほど似合うのかというぐらいに、コンウェルの声には強い侮蔑が籠っていた。




 そのワーバはついに魔物の群れと激突したが、多少善戦はできたとしても、如何せん数が違い過ぎた。

 数十人程度の武器を持っただけの村人では足止めにすらならず、あっという間に群れに飲み込まれていったという。

 この時、ワーバ達の上げた断末魔の絶叫がスペストス達の背中に届いていたが、それを振り切るようにして進む足は早まっていった。


 当然だ。

 誰だって進んで魔物の腹の中に収まりたいとは思わないだろうから。


 あと少しで目的の洞窟というところで、スペストスはある行動に出る。

 臨時で膨れ上がったパーティ14名のうち、フレイを含めた若手6名をこのまま護衛に残し、残り8名をスペストスが率いて魔物の群れへと突貫する作戦が告げられた。


 戦力が分散する危険性から、ベテランであるスペストス達が抜けることに不安があるフレイ達であったが、スペストスの口から告げられた事実に、その作戦を呑むしかなかった。




「コンウェルさんは、ウチらが途中まで上げてた報告書は読みましたか?」


「おう。見たし、持ってきてもいる。スペストスの名前もそれで確認してた」


 そう言えば、俺は作成者の名前は確認してなかったな。

 コンウェルは知っていたようだが、俺もそこをしっかりと見ていれば、スペストスの死のショックも多少は和らいだのだろうか?


「そうっスか。なら予想は付いてると思いますけど、虫の群れの中に、ピルクニクがいました」


「…だろうな。スペストスが無茶してでも動いたってんなら、そういうことだ」


 コンウェルは悪い予想が当たったことに、フレイは事実としてあったことを再確認したがために、それぞれが顔をしかめていた。




 決死隊として斬りこんでいったスペストスは、本来、守りを得意とした男ではあるが、そうせざるを得ないほどにピルクニクというのは危険な存在なのだろう。


 海のように迫る魔物の群れへと身を投じ、犠牲を出しながらもスペストスはピルクニクを討ち取り、フレイ達の所へと戻ってきた。

 だが、戻ってきたのはスペストスと二人だけで、残りは帰らぬ人となった。


 ピンク色の虫の頭部を抱えながら戻ってきた冒険者達だが、その姿は正に満身創痍で、傷を負っていない者は一人としていない。

 顔の左半分を食いちぎられて欠損した者、脇腹を大きく抉られて激しく出血している者、そしてスペストスは右腕を失ってしまっていた。




「スペストスがピルクニクを倒した場面は直接見てないのか?」


「ええまぁ、直接は。ただ、ピルクニクの頭をもぎ取って戻ってきましたし、魔物の群れもかなり統率を失ったような動き方をしてましたから、そうだと判断しました。なにより、スペストスさんが討ち取ったと言ってたんで、疑う理由はないっスよ」


 コンウェルから聞いた話だと、ピルクニクは固体としての強度はそれほどではないので、群れを突破できさえすれば、倒すことは難しくない。

 恐らく、スペストス達もそれを分かっていて、犠牲を出してでもピルクニクを優先して討ち取ったのだろう。


 たとえ誰が死ぬことになろうと、後の脅威が増すことのないようにというその行動は、人の身では抗いがたい猛威に対する個人が示した意地だ。

 その挺身には、賞賛と喝さいこそが相応しい。




 ピルクニクを失ったことで統率を欠き、動きが鈍くなった魔物達から逃げるのも多少楽になり、この洞窟までたどり着くことが出来たが、ここに来たらもう安心というわけではなかった。

 その後も魔物はスペストス達を追ってきており、村人を洞窟の奥へと押し込むと、なけなしの資材でバリケードを築く。


 それを頼りに洞窟の入り口で防衛戦を繰り広げていたが、ピルクニクが死んで多少群れが散らばっていても、群れの物量はまだまだ脅威だ。


 それでもなんとかもっていたのは、偏にスペストスがいたからだ。

 右腕を失いつつも、左手に構えた盾で時に防ぎ、時に押し返しと、魔物を相手に優勢を見せていたほどだ。

 やや冒険者側に有利な均衡といったそれが崩されたのは、陽が傾き始めた頃のことだ。


 危なげなく戦闘を続けていたスペストスの腹に、鋭い棘が突き刺さった。

 棘とは言うが、スペストスの腹の傷からして、ほとんど剣と言っていい太さがあり、それが致命傷となったそうだ。


 それでもまだ辛うじて息をしていたスペストスは、自分を攻撃した魔物に対して最後の力を振り絞って反撃し、腹の風穴と左足を犠牲にして相討ちに持ち込んだ。


 すぐに他の冒険者がスペストスを洞窟の奥へと引っ張りこんだが、この時点でもう死んでおり、大きな喪失感をなんとか誤魔化しつつ、防衛戦を続行していく。


 指揮の要であったスペストスがいなくなり、形勢は不利になっていくばかりであったが、それでも残った冒険者から指揮官を選出して抵抗を続ける。

 しかし、一人また一人と死んでいき、ついにはフレイ以外の防衛要員が全て魔物にやられてしまった。


 もはやこれまでという所で、俺とコンウェルが駆け込んで、ようやく今、こうして一息をつけているというわけだ。




「実際、もうダメだと思ってたんスよ。奥の手も使っちゃったし、体力は限界が見えてましたから」


 そう言い、自分の足を見て安堵のため息を吐くフレイ。

 追い詰められていたことは理解しているが、それとは別に、今言った言葉が気になった。


『奥の手?』


 思わずハモってしまうのは、コンウェルも好奇心が湧いたからだろう。


「ウチは足が速いのが自慢ですけど、鋼体法で強化した蹴りは、ちょっとしたもんなんスよ?」


「ほう、その若さで鋼体法を身に着けてんのか。大したもんだ」


 感心するコンウェルだが、それには俺も同意する。

 ある程度経験を積めば、魔力で身体能力を強化するのを身に着けるものだが、フレイぐらいの若さで鋼体法を身に着けたとなれば、努力はもちろんだが、才能の方も相当あったのだろう。


 もしや、さっきここを見張っていた冒険者が言っていた、魔物が吹っ飛んでいたというのは、フレイの蹴りが炸裂した瞬間だったのかもしれない。


「まぁ奥の手なんで、あんまりホイホイ使えるもんじゃないんスけどね。けど、そう言ってられる状況でもなかったんで無理して使ってたら、もう足がガクガクで…」


 何らかの制約があるのは経験不足からだろうが、極限と言っていい状況下では、温存しておいて死んでは意味がない。

 陽が落ちて気温が下がるまではと、力を尽くしたフレイは褒められてもいい。


「てことは、もう戦うのは難しいか?」


「やれないことはないっスけど、お二人の足を引っ張ることになりそうで…。おまけに武器もこの通りでして」


 フレイが腰に提げた剣を引き抜き、俺達に見えるように持ち上げたおかげで、剣の酷い状態がよく分かった。

 魔物を相手に散々振るったせいか、刃には無数に欠けが見られ、明らかに剣身は歪んでいるのが分かる。

 おまけに先端が完全になくなっていて、刺突性能はもう見込めない。


「この依頼の前に新調したんスけど、今日一日で一気にここまでなってしまいました」


 質が悪い剣というわけではないが、それでも過酷な戦いには耐えられなかったようで、もうこうなっては鉄くずとして処分する以外にないだろう。


「こりゃあひどいな。予備の武器も無いんだろ?」


「死んだ仲間達の武器がいくつか。ただ、ウチが扱える大きさの剣はないっスね」


 まぁ今はえり好みできない状況ではあるが、使い慣れない武器では碌に戦えないというのは普通にあり得る。

 コンウェルはあらゆる武器を使いこなすが、これはコンウェルの豊富な経験と、器用さがなせる業なので、若いフレイにそこまで期待するのは酷だ。


「仕方ないな。フレイはこのまま護衛を続けろ。後は外の仲間と呼応して、俺達で片を―」


 この後の方針を話し出したコンウェルだったが、不意にその声が途絶えた。

 何かと思ってその顔を見てみると、スペストスの方を見て固まってしまっている。

 いや、正確にはスペストスの傍に立てかけられている盾を見て、だ。


 恐らくその盾はスペストスの使っていたもので、これも激しい戦闘で傷が多いが、その中でも表側にはまるで削岩機が付きたてられたかのような巨大な杭が二本、深く食い込んでいた。

 その杭の太さがスペストスの腹に空いた傷と大きさ的には近く、もしかしたらこれが命を奪ったものなのだろうか。


「おいフレイ、あの盾に刺さってる棘はもしかして…『あれ』のか?」


「…ええ、『あれ』っス」


 ひきつったままの顔で呟くコンウェルに、フレイも恐怖の張り付いた顔と声で応える。


「そうか、スペストスがやられるわけだ。…なるほど、だから右腕を犠牲にしたのか」


「ええ。ウチは直接見てはいないっスけど、一緒に突っ込んだ人が言ってた分にはそうらしいです」


「腕一本は払い過ぎかもしれんが、価値はあっただろうな」


 なにやら『あれ』というので通じ合う二人だが、俺にはまったく見えてこないのだが。


「あのー、さっきから言ってる『あれ』ってのは何ですか?俺にもわかるように教えて欲しいんですが」


「…あ、そうか。お前は知らんのか。あの棘は天道甲虫っていう魔物の一部だ」


 俺がこの国の人間ではないことを思い出してくれたのか、コンウェルが説明してくれた。


 天道甲虫というのはソーマルガだけに生息する虫型の魔物で、大きさこそ約3メートルと他の虫型の魔物と大して変わらないが、全身を強靭な棘で覆われており、その棘を生かした体当たりは、ほとんどの防具が意味をなさないと言われている。


 おまけに羽を使って飛ぶことが出来るため、一匹が街中に降りたつと、それだけで壊滅的被害が予想される。

 事実、それで滅んだ村はいくつかあり、ピルクニクほどではないが、見つけ次第の討伐が推奨されていた。


「この魔物自体、あんまり数が増えねぇのはいいんだが、ピルクニクに支配されると厄介この上ない。群れを解体するためにはまずピルクニクを倒したいが、そのピルクニクの前に天道甲虫が立ち塞がると、この組み合わせが一番被害を大きくするらしい」


「今回もその組み合わせがあった、と。倒すのは難しいんですか?」


「アンディさんのような魔術師ならまだしも、普通の武器だけで倒すのは大分難しいっスね」


「そうなんですか?でも現にスペストスさんは天道甲虫を倒して、ピルクニクを仕留めたのでは?」


 その言いようだと、魔術が効果的だということだが、俺の記憶だとスペストスは魔術が使えたわけじゃない。


「ああ、腕一本を犠牲にしてな。アンディ、腕這いを覚えてるな?」


「まぁちょっと前に見たばっかりですから」


 予想だにしない速度と射程で襲い掛かってきた技には度肝を抜かれたが、似たような技を前にネイから食らった経験がある俺としては、たったの一撃、しかも速度がネイ以下の技はそう脅威とは言えない。

 まぁギリギリ躱せたという点では十分脅威ではあるのだが、あの上がいると思えばまだましだった。


「お前が見たのは不完全な腕這いだ。本当の達人の腕這いは、速度と威力を段違いに増して敵を貫く。極限まで加速し過ぎると、自分の腕が千切れるほどにな。そしてスペストスは、その腕這いを完全に習得した達人の一人だ」


 スペストスは腕を食いちぎられたのではなく、人体の強度を超える威力の技を使ったせいで、右腕がああなったわけか。


 そうしなければならないほど、ピルクニクを討ち取るのは難しかったという証拠だ。

 むしろ、コンウェルとフレイの反応から、腕一本でその天道甲虫とやらを討ち取ったのは妥当なものだったのかもしれない。


「しかしまぁ、天道甲虫ってのはピルクニク並みに発生が稀な魔物だ。スペストスが倒したってんなら心配はいらん。この程度の規模の群れに、二匹もいるとは思えんよ」


 フラグか?


 コンウェルのその言葉に、俺は何となく嫌な予感を覚え、そしてそれは異変を伝える音として俺達の耳へと届けられた。

 それほど大きい音ではないが、確かにボコリという音を立てて、洞窟の入り口を覆っている障壁の一部がハッキリとした音を立てて欠けた。


 バリケードとしての限界に達するまではまだ時間も強度も余裕があるはずだが、土で作った壁の左上の隅に、スペストスの盾に刺さっているのとよく似た棘が姿を見せていた。


「…コンウェルさん、読みが甘いですよ。二匹目がいたじゃあないですか」


 もうコンウェルがフラグを立てたと言ってもいいぐらいだ。


「ああ、俺も予想外過ぎて驚いてるよ。ここ数年で一番の驚きだ。天道甲虫はそういうもんだと思い込んでたが、俺もまだまだだな」


 互いに顔を見合わせた後、洞窟の入り口の方へと近付いていく。

 空いている穴はまだ小さいが、それでも障壁が破られたことには変わりない。

 そう時間を置かずに壁は突破されるだろう。


 さっきの虫よけの電磁波攻撃をまた使うのもいいが、洞窟内になだれ込まれるとやっかいだし、ここは外で戦うのを選ぶ方がましだ。


「もう少し気温が下がるのを待ちたかったが仕方ない。完全に壊される前に、こちらから仕掛けるぞ」


「そうですね。フレイさん、使ってください」


 俺は自分の腰から剣を鞘ごと抜いて、後ろにいたフレイへと投げ渡す。

 今彼女の武器は使い物にならないので、万が一浸透を許した際に必要だ。


「とっとと…。いいんスか?アンディさんの武器が無くなりますけど」


「大丈夫、俺は魔術師ですし、他に武器もありますから」


 心配するフレイを安心させるべく、可変籠手を剣型へと変形させる。

 幅広の刃を持つ長さ1メートル弱の剣が突然俺の手に現れたことに、フレイだけではなくコンウェルも驚く。


「おいおい!なんだそりゃ!手甲が剣になるのかよ。いいもん持ってんなぁ」


「それも魔術っスか!?」


「いえ、これは魔道具の一種で、可変籠手っていいます。見ての通り、ある程度形が自由なんで、剣に限らず、色々と形を取れて便利なんですよ」


「またどっかの遺跡で拾ってきたのか?それ、俺にくれよ」


 様々な武器を使いこなすコンウェルにとって、どんな形も取れる武器というのは非常に魅力的なのだろう。

 心底羨ましそうな声と視線が向けられた。


「ヤです。数が少ないんで、人に譲る余裕はありません」


 いくつか予備はあるが、こればかりは俺とパーラで独占したい武器なので、譲渡するのは勘弁してほしい。

 コンウェルとの仲を考えれば一つぐらいはとも思うが、可変籠手の価値を考えれば、コンウェルにトラブルが起きそうな気もするので、やはり持たないほうがいいと思える。


「ケチ」


「ケチで結構。それより、先手を採るのにいいやり方があるんですが、協力してもらえますか?」


「へっ、お前の考えは分かってるさ。壊れかけの障壁を使うんだろ?」


「…流石。俺の考えなんてお見通しですか」


「ま、必要なことと効率を考えれば自然とな」


 やはり赤級に上がる人間は頭のキレも違う。

 俺は障壁の排除と、詰めかけている魔物を押し返す手段の両立を考えていたのだが、そんなことはコンウェルも考えていたことらしい。


 ある意味、赤級の太鼓判を貰ったに等しい作戦を実行すべく、俺は障壁へと手を触れ、魔術を発動させた。

スぺちゃんは死んだ!もういない!だけど俺達の背中に!この胸に!ひとつになって生き続ける!


『誰だよ、スペストスって』という方は、124話当たりを見てください。

実は設定の段階で意外とお気に入りのキャラでした。

どうにか本筋に絡ませたかったのですが、生かしどころが思いつかなかったので死んでもらいました。

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