異世界お宝鑑定団
平和な村にスパイ現る、そんなセンセーショナルな見出しが躍りそうなほどの事件があったせいで、ここ数日は村の中は随分騒がしい。
メイエルは責任者として自室待機の状態だった研究者達に説明をしたり、迷惑をかけた人間に謝罪して回ったりと、ここのところ随分忙しく動いていた。
やっと落ち着いたのは、巨大船強奪事件が発生してから五日経った頃だ。
遺跡調査でやってきて、まさか部下にスパイが紛れ込んでいたのはメイエルにとって不運以外のなにものでもない。
半泣きで日々走り回る姿を見ては、直接の被害者である俺でも同情してしまう。
アイリーンも、領内にスパイが紛れ込んだことには不快感を示したが、すぐに死んだことで留飲を下げ、メイエルに対しても特に謝罪や賠償を求めたりはしなかったため、俺もそれに倣って済ませることにした。
ただ、それでもメイエルは正式な謝罪をわざわざ文書の形でアイリーンと俺に渡してきたあたりに、彼女の律儀な性格がよく分かる。
そんなわけで、ハイガンのことに関しては落とし前は着いたため、メイエル達も心置きなく船の調査へと入ることが出来るようになった。
後は追加の人員が到着するのを待つだけだが、その間にもできることはあるので、少ないなりの人手を使って船の調査はゆっくりと進んでいく。
今ある人員で調べるのは、主に船の性能と設備の稼働状況、船内の広さなんかも調査対象になるらしい。
これはソーマルガ号という前例がある為、今後国が運用する時のことも考えて、船にどんなことができるのか、どこまでの行政機能を付与させられるかも視野に入れた調査が項目として用意されているからだとか。
簡単な調査を行いながら時間が過ぎ、遂にジンナ村に待望の追加人員がやってきた。
てっきり風紋船で来るとばかり思っていたが、中型の飛空艇が四隻という大盤振る舞いの移送により、想定よりもずっと早い到着となった。
しかも、ハイガンのこともあってか、武装した兵士が一ダースというおまけつきだ。
なかなか物々しい雰囲気を増したジンナ村だったが、ハイガンが既に死んでいることが分かると、兵士も半分は皇都へと戻っていったが、残る半分は念のための護衛と事後の調査のために残ることとなる。
この駐留する部隊の指揮官がマルザンと知古であったため、普段はマルザンが指揮権を預かると決まった。
規律もしっかりしているし、村人と衝突するということを危惧しないだけで随分と気が楽だとアイリーンは語る。
追加の人員を加えて30名近くまでに充実した調査隊は、メイエルの指揮の下、本格的な調査を開始する。
まずはヘイムダル号からということで、列をなしてタラップを上がっていく人の群れを、村人達がただ見送っていた。
先に行われていたのが本当に予備調査だと分かるぐらい、大勢の研究員が一斉に動き出す様子はすごいものがある。
ヘイムダルが許可を出せば船内設備への分解調査も許されているとあって、知識欲を秘めた研究員達も精力的にあちこちを調べまわるようだ。
運び込まれる機材も仰々しいものがあり、これは下手をしたら船の形が変わるんじゃないかと、つい心配になってしまう。
興が乗った研究員が無茶をしないよう、ヘイムダルに監視を厳に頼み、俺とメイエルとアイリーンの三人は、まだ調査の手が入っていないテルテアド号の方へと密かに乗船する。
なお、三人だけなのは、これから向かう場所が大勢に見せるには慎重にならざるを得ない、大事な場所だからだ。
護衛のマルザンは勿論、アイリーンの補佐をするレジルすら伴わせないほど、機密に気を遣う必要があると俺は判断した。
先頭を歩く俺に続き、アイリーンとメイエルが付いてくるが、チラリと後ろを盗み見れば、その表情は硬さが見て取れる。
内密に二人だけに見て欲しいものがあると言ったことで、恐らく強い緊張を覚えているようだが、今からそれでは危険物の山を見たらどうなってしまうのか、今から気が重い。
誰も一言も発することなく、貨物区画までやってくると、厳重に閉ざされた扉の前で一度立ち止まる。
「ここが貨物区画です。先程俺が言った、扱いに注意に必要な物が置かれています。特に何がというわけではありませんが、準備はいいですか?」
開けた途端に怪物が飛び出るということでもないが、何も言わずに開けるのもなんなので、そう声を掛ける。
「何の準備かは知りませんけど、私はいつでも構わなくてよ」
「わ、私もいつでも。あでも、危ないこととかないですよね?」
泰然自若としたアイリーンと、少々脅かしが効いたメイエルの二人の答えがあったので、早速ヘイムダルに声を掛けて貨物区画の扉を開けさせた。
重い音を響かせて左右にスライドしていく扉の向こうには、相変わらずの広大な空間が広がっている。
大量にあるコンテナが並ぶ光景は、やはり初見の人間にはインパクトが凄いようで、後ろにいる女性二人からは感嘆の息が漏れたのが分かる。
「なんですの?あの巨大な箱のようなものは」
まず声を上げたのはアイリーンだ。
ズラリと列をなしているコンテナの、その巨大さが気になったらしい。
「あれが物資の詰まった箱です。中身は色々ありますが、密閉性と堅牢さに優れる、運搬に向いた容器とでも言っておきましょうか。一応俺はコンテナと呼んでいます」
「もしかして全部同じ大きさなんですか?この数全部が?」
「流石メイエルさん、よく気付きましたね。仰る通り、コンテナ自体は全て大きさと重さが同じ規格で揃っています。まぁ、幾分か小さいのもいくつかありますけど」
「やっぱり。でも何のために?」
メイエルの方はコンテナの形が同じ事に気付いたようだが、その理由までは分からず、不思議には思っているようだ。
「その方が管理がしやすいからでしょうかね。何キロのものを幾つというよりも、コンテナ何個と数える方が楽だから、と俺は思ってます」
あくまでもこれは俺の所感に過ぎない。
実際に古代文明では、規格を揃えたコンテナを使う特別な理由がないとは限らないので、そのまま鵜呑みにはしないほうがいいだろうが、古代文明は地球の文明とよく似た進歩を辿っていることから、そう極端に道理を外れた考えでもないとは思う。
「アンディ、あの色付きの紐はなんですの?ほぼ全てのコンテナに付いているようですけど」
アイリーンがそう言って指差す先には、俺が手掛けた努力の結晶があった。
「あれはコンテナの中身を分類して、色ごとに表しています。白と茶色は衣服や布製品を、青と赤は食料品と医薬品となっていますが、青と赤のほとんどは品質が著しく劣化しているので、取り扱いは注意が必要です」
「もしかして、人間には有害なものでも?」
これから船を調べる立場にあるメイエルは、俺の言葉に顔をこわばらせて言うが、安心してほしい。
そういうヤバそうなのは真っ先に処分してある。
「いえ、極端に有害な物はありません。注意を促したのは、匂いが特に酷いので」
長い目で見たらわからないが、短期的に人体を害するものはヘイムダルが廃棄や封印処置を施しているので、心配はない。
ただ、生鮮食品だったものなんかは時間が経ち過ぎて匂いもほぼないのだが、医薬品の中には空気に触れると途端に反応を起こして激臭を放ったものがチラホラあった。
身をもって経験した俺としては、あんな思いは誰にもさせたくないので、先に言っておくのが船を預かる者の責任だろう。
「なるほど。ではあの黒と黄色が二本ついているのは?見たところ、他のとは少し話しておかれているようですわね」
「あれは武器が入ったコンテナです。いきなり爆発とかはしませんけど、何があるか分からないので警戒色を使っています」
アイリーンが言っているのが、今回本命で二人に見せるつもりだった、武器の詰まったコンテナだ。
危険度で言えば薬品よりも上と俺は思っているので、踏切バーのような黒と黄色の紐で警戒を表してみた。
「警戒色?それでしたら普通は黒は使いませんわよ?」
「ですよね。黄色はまぁ使うことはありますけど、普通は赤とかですよ?」
揃って首を傾げるアイリーンとメイエルだが、その辺は俺も知らなかった。
異世界の常識を持ち出されると、元日本人の俺としては弱い。
「…ま、まぁ他に余ってる色のが無かったので、そうなっただけでして。それはともかく、このコンテナがお二人に見せたかったものなので、まずは近くへ行きましょう」
そう言って少し早歩きでコンテナの前へ行き、早速その中身をお披露目する。
「あら?アンディさん、こっちのコンテナは横に大穴が空いてますけど、これは元からですか?」
「あぁ、それは俺がやりました。武器類が入るコンテナは鍵がかかってましたから」
「えぇ!?なんてことを!このコンテナも貴重な遺物ですよ!?開けるためとはいえ、こんな大穴っ…あぁあぁあ」
目敏くも俺が空けた穴に気付いたメイエルが、穴を指差して慌てている。
研究者としてのメイエルが言っていることは分かるが、俺としてもやむを得ずなところが大きいので、こればかりは勘弁してほしい。
早速コンテナの中から武器を取り出して、アイリーンとメイエルへと差し出す。
二人の手にそれぞれ、ライフル風の銃とショートソード大の超振動剣をワンセットとして持たせた。
「これは剣だと分かりますけど、こっちのはなんですか?斧とは違うようですけど」
「ふむ、私の知るものとは少し形は異なりますが、これは銃ですわね」
「銃?それはどういう?」
「簡単に言うと、この先端の穴から高速で礫を発射して、目標を撃ち抜く武器ですわ。弓矢の一種だと考えてもいいでしょう」
銃というものを知らないメイエルは、その独特のフォルムに首を傾げたが、俺達と旅をして実際に撃った経験から、アイリーンはすぐに同じものと見抜き、大雑把ではあるがメイエルに武器の特徴を教えていく。
聞いていてわかりやすい説明だったとは思うが、それでもいまひとつピンと来ていないメイエル。
出来れば一つ試し撃ちでもさせてやりたいところだが、残念ながらこれらの銃は生体認証により、正規の軍人以外は撃つことが出来ない。
緊急事態であれば、ヘイムダルが一時的に認証を上書きして撃つことはできるが、今はその時ではない。
どういうものかを実際に体験したければ、あとでパーラの銃を借りて撃たせてもらうといいだろう。
超振動剣の方は、銃と違って実際に起動出来るので、その効果を見せるのに不足はなかった。
持ち込んでいた貝殻を足元に置き、超振動が発生している剣身で貝殻に触れた途端、ジンという音を立てて切断される光景は、二人にかなりの驚きと感動を与えたらしい。
「これはまた、何ともすさまじい剣ですわね。…本当に剣ですの?」
「素晴らしい!見た目は普通の剣なのに、まるで果物のように貝殻を斬ってしまうなんて!一体どういう原理で……これって触っても大丈夫なんですか?」
「あぁ、今は流石に触るのはちょっと。分かり辛いかもしれませんが、高速で振動しているので、刃部分に触ったら指が飛びますよ」
「ひっ」
半分脅しに半分事実の警告に、メイエルは伸ばしかけた指をサッとひっこめた。
実際に指が飛ぶかどうかは分からないが、あの威力を生み出している以上、稼働している状態の剣身には迂闊に触れないほうがいい。
銃と超振動剣のお披露目はこれぐらいにして、いよいよメインとなる魔導鎧を二人に見せる時が来た。
武器はコンテナに戻し、奥まった場所に用意したスペースへと足を運ぶ。
そこにあるコンテナの山の隙間に隠れるようにして、黒い巨体がひっそりと膝をついて待っていた。
「これは…一体何ですの?人、ではありませんわよね」
「それに生き物でもないですよね…」
立ち上がっていなくとも分かるその巨躯を前に、二人は口に出す言葉にも困っているようだ。
人の形をしてはいるが、生きている気配のない物体というのは、それだけで奇妙な恐怖感をかきたてられるのだろう。
「こちらは魔導鎧です。鎧とは言いますが、実際に人が着るものではなく、ゴーレムに近いものだと思ってください」
自立行動可能なロボットと言っても説明としては通じないので、この世界でも通じるゴーレムという存在を近似の物として当てはめさせてもらう。
ただ、土や石を人の形にして操る土魔術の高等技術であるゴーレムだが、金属を素体にして操作するという術は存在しないため、魔導鎧を同一のものとは言い切れず、近い物だと説明するにとどまる。
「ヘイムダル、魔導鎧を起動、その場で立たせろ」
『了解しました』
俺がそう言うと、目の前の魔導鎧の顔部分に光が走り、それまで一切の身動ぎも無かった人型が膝を解き、ゆっくりと立ち上がった。
前日の内に重魔力結晶体の充填も済ませ、魔導鎧の一体を自立歩行をさせて運び出していたため、俺自身、こうして動くのを見るのは初めてではないため驚きはないが、他の二人はそうはいかない。
「立った!?」
「あら、思ったよりも滑らかに動きますのね」
興奮するメイエルに、感心するアイリーンとそれぞれにテンションの違いはあれど、驚いているのはわかる。
魔導鎧は現在、ヘイムダルの制御下にあり、立ち上がってから騎士の礼をとったり、ダンスのステップを軽く踏んでみたりと、ユニークな動きを見せてくれている。
というか、これをヘイムダルがやらせていると考えると、AIにしては中々人間臭い。
魔導鎧がそうしてしばらく動き回ったあと、両腕を上に持ち上げるダブルバイセップスの格好で動きを止める。
そのタイミングで、魔導鎧の説明を二人に聞かせた。
あくまでもヘイムダルとwikiっぽいデータベースから知った程度の簡単なものだが、それでもこの魔導鎧がいかに強力な兵器かは理解してもらえたと思う。
「疲れず死なず、感情も恐れも無い。兵士としては極上の条件ですわね。軍人の食いつきがよさそうな話ですこと」
「ええ。ですが、現環境での著しく制限される運用条件では、あまり使い勝手はよくありませんね、これ」
ヘイムダルのサポートが必須で、船の周囲からそう離れられないとなればそういう評価にもなろう。
もっとも、船の防衛用と考えれば十分ではあるが。
それと、魔導鎧に限らず、重機なんかにも使われる重魔力結晶の研究を優先的に進めて欲しい。
船に積まれた大物の機械類のほとんどはこの重魔力結晶がなければ動かないため、今ある備蓄分が尽きる前に、なんとか生産体制を構築したほうがいいだろう。
これでメイエル達に見せるべきものは一通り見せた。
可変籠手の方は、俺が全部キープしたので紹介しなかったが、武器や防具は他にも種類はあるので、それらの査定はメイエル達研究者でやってもらおう。
本格的にヤバいのはもうないはずだしな。
一応、船は二隻ともソーマルガに引き取ってもらうことは伝えてあるので、その査定も兼ねての貨物区画案内だった。
ところが結果として、これがメイエルの頭を悩ませる材料を増やすこととなる。
ソーマルガにおいて、発見された遺物は基本的に国が引き取ることになっている。
遺物の価値によって、対価は貨幣から爵位まで色々だが、今回の俺達が見つけた巨大船の場合は、爵位を貰うのが普通だとか。
「いや、でも俺は爵位とか興味ないし」
「ですよねぇ…」
ハァとため息を吐くメイエルの顔には、疲れの色が濃く見える。
俺とアイリーン、メイエルが向き合って座っているテルテアド号の一室には、何とも重い空気があった。
こうまでメイエルを悩ませているのは、偏に俺に支払う対価が莫大なものと見立てられるためだ。
メイエルには巨大船の調査に合わせて、買い取りの査定も任務に含まれていた。
あくまでも暫定的ではあるが、二隻の巨大船を買い取るのにかかる金額を割り出し、国に報告しなければならないのだが、今日俺によって明かされた貨物区画の武器類の存在が、この金額を一気に釣り上げてしまった。
ここで普通の人間相手なら、爵位で買い取り金額を帳消しか補填できるのだが、生憎俺にはその手は使えない。
「メイエル、大体で構いませんわ。船を丸ごと買い上げるのにいくらかかりますの?」
「…大体これぐらいです」
そう言ってテーブルの上に置かれた紙では、細かく金額が計算されおり、それらを合計したものがでかでかと書き込まれていた。
「いち、じゅう、ひゃく、せん……ぇ」
「これは…とんでもない金額ですわね。国家予算の何割になりますの?財務卿が見たら血管を破裂させますわよ」
羅列されている桁数を数えていくが、億のさらにむこうまで金額は続いている。
この国の国家予算がいくらかは知らないが、文字通り桁が違う。
派手に使っても、人生を何度か遊んで暮らせる金額だ。
「正直、船自体の買い取りよりも、貨物区画の武器や乗り物の価値が高すぎるのが問題でして…。概算でこれだけかかりますと、一次報告を挙げるのが怖いです。もしかしたら、二隻とも買い上げるのは難しいかもしれません」
聞くと、船自体の価値で言えば、人工頭脳が完全に稼働しているヘイムダル号はかなりのものになるが、人工頭脳が不全のテルテアド号の方はさほどでもないそうで、もしも買い取るとしたら、貨物区画の物とヘイムダル号のセットになるかもしれないそうだ。
テルテアド号は残念ながら、買い取り不可の可能性が高くなった。
そりゃそうだ。
少しでも買い取り金額を抑えようとするなら、不完全な状態の船が除外されるのは不思議ではない。
しかしそれでも査定額はまだまだでかい。
少しでも金額を抑えたいなら、武器や乗り物類の買い取り数をいくらか減らしたほうがいいだろう。
メイエルとしては、研究材料の数を減らすのは辛いが、高額な査定額をそのまま上に報告することも躊躇われるため、恐らくそういう方向で決着するかもしれない。
仕方ない。
ここはひとつ、こちらも妥協するか。
正直、あんなでかい船を二つも抱えて冒険者家業を続けられないので、引き取ってもらわないと俺も困るのだ。
「ではテルテアド号は俺が所有します。それと、武器と乗り物のいくつかもこちらに頂きます。その上で、これぐらいの金額でいかがでしょう?」
書類の査定額の下に、新しく金額を書き加える。
大分割引をしたその額に、メイエルは安堵の顔を見せた。
「い、いいんですか!?最初の半額以下ですけど!?」
「アンディ、この手の遺物はあまり軽々しく値引くものではなくてよ?」
立場的に皇国側の人間であるアイリーンがそう言うのはどうなのか。
援護射撃を貰えないメイエルの目が一気に死んだぞ。
「まぁいいじゃないですか。どうせ俺には二隻も維持し続けるのは難しいんですから。それとメイエルさん、この金額から更に値引く条件があるんですけど、乗りますか?」
「乗ります乗ります!なんだったら踊っちゃいますよ~!」
大幅に買い取り金額が下がったのが嬉しいのか、メイエルはその内容すら確かめずに、満面の笑顔でこちらの提案に乗ってくる。
ちょろい女だぜ。
「いや、踊りはいいですから。条件ってのはテルテアド号の人工頭脳を、どうにかして使えるようにすることです」
「え」
一転して、表情が死ぬメイエル。
「現状、テルテアド号の人工頭脳は完全に故障していまして、ヘイムダルがその機能を代行している状態です。なので、メイエルさんにはこのテルテアド号の運航を、ヘイムダル抜きにして行えるようにしてもらいたいんです」
「うーん…人工頭脳の修復ですか。研究者としては興味はありますけど、直せると確約するのはちょっと…」
遺物の中でも特別に高度なものと認める人工頭脳を修復するなど、普通の人間には無理だ。
だがここにいるメイエルを始めとした遺跡研究者達は、ソーマルガの中でも恐らくトップクラスの頭脳集団だろう。
任せるなら他に適任を知らないぐらいだ。
「もし直せたときには、ここからさらにこれだけ割り引きますけど」
先程書いた金額を横線で消し、新しい金額を書き加える。
「やります。やってやるです。高度だとはいえ、遺物の修復には変わりないでしょう?研究者の腕が鳴りますよ!」
金の力は偉大だ。
鼻息を荒くして立ち上がり、握りしめた拳を天に突き出すメイエルに、俺とアイリーンは拍手を贈った。
正直期待はしていないが、もし成功したらテルテアド号はアイリーン辺りに貸し出して、レンタル料を貰うようにすればいいだろう。
全てが上手くいくと、想定よりも安く船を手放すことになりそうだが、マイナスには決してならないのでよしとしよう。
「それともう一つ、船に関することでお願いしたいことが。これはお二人に」
「私もですの?」
「はい。むしろ、アイリーンさんの伝手に頼ることも大きいかと」
二人に頼みたいのは、俺達の後任で船長となる人物の選定だ。
本当なら船を持ち帰ってからアイリーンに相談したかったが、なんだかんだと忙しかったから今日までずれ込んでしまった。
現状、それぞれの船の船長として任命されている俺とパーラだが、ソーマルガに船を引き渡すならその国の人間を船長に据えるべきだ。
よって、船長経験者か、あるいは船長に足ると思われる人物を紹介してほしいのだ。
多分、船の性質と希少性から軍人が選ばれるだろうが、活用を誤らないのであれば俺としては誰でもいい。
「なるほど、わかりました。風紋船の設計で、船長経験者と伝手がある人を知ってますから、そっちに頼んでみますよ」
船ということなら風紋船関連と考えたメイエルは流石だと言える。
確かに海の船と風紋船は違いはあれど通じるところは多いはず。
「私の方も何人か心当たりはありますわね。それと、レジルとマルザンにも頼んでみましょう。あの者達も顔は広いですから」
アイリーンの言う通り、元家庭教師として色んな貴族家で未だに顔が利くレジルと、騎士同士の繋がりが期待できるマルザンなら安心して頼める。
まだしばらく先のことになるだろうが、候補者の選定もアイリーン達に任せるとして、引継ぎに必要な手配は、後程ヘイムダルと相談しておくか。
メイエルがテルテアド号を修復できたとしたら、ヘイムダル号には軍人の船長を、テルテアド号にはアイリーンと縁故のある人間を船長に任命すれば、色々と楽な気はするので、それとなく配慮してもらうとしよう。




