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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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性能差あり過ぎて腕パニィなるわ

 波の打ち寄せる砂浜に立ち、深く呼吸をして右の可変籠手に魔力を通す。

 カチャカチャという音を鳴らし、俺の右手の指先が尖り始める。

 これはプリセットとして最初から登録されているもので、指先から前腕の半分までを覆うように、金属のパーツが展開していく。


 一秒にも満たない間に、ただの手袋からネコ科の猛獣が持つような爪に形が変わり、陽光を浴びて怪しげな光を反射させた。


「……イカしてるわ」


 思わず惚れ惚れしてしてしまうその見た目に、にんまりとした笑みが零れてしまう。

 世に数多くの武器あれど、動物の爪や牙を模したものには機能美があると俺は思っている。

 そういう意味では、この爪状の形態は実に俺好みだ。


 切り裂くことも、引っかけることにも使えそうなこの爪は、ただの武器としてだけでなく、垂直の壁を昇るのにも使えそうなほどに頼もしい。


 試しに足下で転がっていた貝殻を摘まみ上げ、爪を立ててみると、卵の殻を割るようにサクっと突き刺さる。

 この状態がいいとは言えない貝殻ならあっさりと貫通しても不思議はないが、それでもこの爪の切れ味が抜群だということは分かった。


 右手はこの状態で、今度は左手側の可変籠手を変形させる。

 こちらも魔力を通すと、一瞬でその形状を変化させ、出来上がったのは口径のデカい砲身だ。


 昨日、貨物区画でうっかりぶっ放して肩を外してしまった忌まわしいあれだ。

 肩はあの後、マルザンが綺麗に嵌めてくれたが、その時の痛みはしばらく忘れられそうにない。


 そんなトラウマ気味な代物だが、威力だけは認めざるを得ず、プリセットの形態としては最も優秀な兵器と言えよう。

 仕組みとしては、魔力を使って衝撃波を砲口から撃ちだすもので、衝撃の拡散性ゆえに射程距離こそ短いが、近距離であればちょっとした木ならへし折れるだけの威力はある。


 丁度今は朝の漁が終わって、昼の少し前位の時間帯なので海には誰の姿も無く、この砲形態の試射にはいい頃だ。


 早速目の前に広がる海に向けて、突き出した左手から衝撃波を撃ちだしてみる。

 その瞬間、ボンという破裂するような轟音を発生させながら、海面は抉られるようにして一瞬で大きく凹み、出来た空間に海水が戻るようにしてうねると特大の水柱が目の前で生み出された。


 上空へ巻き上げられた海水は、まるでスコールのように辺りへと降り注いできた。

 たった今目の前で起きたことは俺が引き起こしたことではあるが、その規模の大きさは想像よりもずっと大きく、少しの間呆然と立ちすくだけとなってしまった。


 今回は魔力抑え目にしたおかげで肩が外れることはなかったが、それでもとんでもない現象を引き起こしてしまったのは、この可変籠手がとてつもない威力を秘めていたからだろう。

 正直、今使った魔力量で魔術を発動させるとすれば、せいぜいが人間を気絶させる程度の電流を生み出すぐらいのものだ。


 ここから更に魔力を込めれば、まだ威力が上がると考えれば、よっぽど魔力伝導と増幅係数に優れた素材が使われているのかもしれない。

 もちろん上限はあるだろうが、これ以上の威力を比較的少ない魔力で生み出せるとすれば、これは恐ろしい武器だと言える。

 ある程度数を揃えれば、少数で軍隊を相手できそうだ。


 もっとも、ヘイムダルが言うにはこの可変籠手は製造が難しいため、古代文明でもそう作られてはいないそうで、船の貨物にあった5双でも多い方らしい。

 流石特殊部隊、金にものを言わせて数を揃えでもしたか。


 すっかりびしょ濡れになってしまったが、武器の性能試験は出来たので満足だ。

 午後は銃の試射を試すとして、ひとまずアイリーンのところに顔を出すとしよう。

 書類仕事は程よいところで切り上げてきたが、もしかしたら追加で何かあるかもしれないしな。


 そう思ったところで、遠くの海面で何かの姿が見えた。

 跳ねたトビウオかと思ったが、随分大きいように思える。

 湾の外から波しぶきをたててこちらへと向かってくる様子は、大人しい生物のものとは到底思えない。


「誰か!いないか!」


 恐らく魔物によると思われる襲撃に、自分一人で臨むのは危険だと思い、近くに誰かいることを期待してそう声を上げるが、応えが返ってくることはない。

 時間的にそろそろ昼食時なので、浜から人がいなくなっていたのが災いした。

 最も、そういう時間帯だからこそ、武器の試用をしていたわけだが。


 今から人のいる場所に向かうとすれば、あの魔物を引き連れていくことになるので、ここは俺が一人で何とかするしかない。

 気を落ち着けて、向かってくる影を睨みながら迎え撃つ。


 浅瀬に来たことで見えた全体像は、禍々しい亀と言った感じで、棘だらけの甲羅に鉄板すら引きちぎりそうないかつい牙は、これで実は草食ですと言われたら驚いてしまう。

 全長は10メートルはありそうで、人間の子供ぐらいなら余裕で飲み込みそうな大きさの口は、正面から見ると鋭い歯列のおかげで迫力が凄い。


 その亀は何故か俺をターゲットにしているようで、浅瀬をズンズンとこちらに向かって歩いてきている。

 いや、何故かというのは惚けすぎか。


 原因は恐らく、先程海に向けて放ったあの衝撃波だろう。

 かなりの大きさの水柱を発生させたため、沖合にまで音か衝撃が浸透していったのか、たまたまそこにいたこの巨大亀を怒らせてしまい、こうしてやってきたのかもしれない。


 手が届く距離まで近づかれ、少しの間見つめ合う。

 お互いを前にどう行動するかの一瞬の溜め、だがすぐに亀はその口を大きく開き、俺の頭に食いつこうとその首を伸ばしてきた。


 亀の首というのは意外と伸びるもので、こいつも恐らく1メートルは軽く伸びている。


 何となくそう来るだろうなと思っていた俺は、その動きにも対応できて、二歩後ろへと跳ねて距離を置く。

 これだけで噛みつきは回避できたが、それにしもて今の一撃は想定よりも早いものだった。

 あと一瞬遅れていたら、今頃俺の首はケチャップを吹き出していたことだろう。


 ガチャガチャと歯を鳴らし、逃げた俺を目で追う亀と再び目が合い、今度は俺の方から仕掛ける。

 こいつを呼び寄せたのがあの可変籠手の一撃だとするなら、葬るのもまた可変籠手であるべきだと考え、強化した脚力で甲羅へと飛び乗り、両手を砲形態へと変化させ、硬い甲羅へと押し当てる。


 試し撃ちした先程と違い、今度は思いっきり魔力を込めて、しかも両手での一撃だ。

 背中に乗った俺を振り落とそうともがく亀に、特大の衝撃弾を撃ち込む。


 ボゥという音がまず起こり、それから水風船が盛大に弾ける音が聞こえ、赤黒い液体と肉片を辺りに撒き散らしながら、巨大亀は爆発四散してしまった。

 籠手越しに触れた感触から、相当な硬さだろうと思われた甲羅は、下手をするとこの一撃にも耐えるのではないかと思ったがそんなことはなかった。


 見事、汚い花火が出来上がったわけだが、誤算もあった。

 それはこの亀の甲羅が、俺の砲撃と同時に破片となって俺に襲い掛かってきたことだ。

 恐らく、元々この亀はそういう攻撃手段を持っていたのだろう。


 うまい具合に散弾となって飛び出した甲羅は、破片一つ一つがバラバラの方角へと飛んでいったが、亀の背中にいた俺はかなりの数を身に受けてしまい、防御することすらできずに後方へ吹っ飛ばされた。

 海面に背中から飛び込む形となり、そのまま海水に沈みながら、全身を襲う痛みに意識を奪われ、視界が徐々に暗くなっていく。


 まずいな。

 このまま気絶するのは危険だ。

 浅瀬とはいえ、この辺りの深さは人が溺れ死ぬには十分な物がある。

 何とか海面に浮きあがりたいと思うが、体は動かない。


 海面越しに見える太陽の光が綺麗だと思いながら、視界が完全に闇に染まったと同時に、俺の意識も落ちていった。







「バカな真似をしたものですね」


 目覚めてまず言われたのは、レジルからの辛らつな言葉だった。


 結論として、俺は助かった。

 やはりあれだけの騒ぎがあれば村人にも気付く者はいたようで、浜辺に駆け付けた彼らの目に移ったのは、赤く染まる海面と散乱する元生物だった破片の数々だった。


 ただごとではない何かがあったと察し、すぐに海底に沈みかけていた俺を見つけ引き上げたという。

 赤く染まった海でよく俺を見つけられたものだと思ったが、元々透明度の高い海ではあるので、少し目を凝らせば、視力の優れた漁師なら簡単に分かったのだろう。


 館に担ぎ込まれた俺は、しばらく意識を失ったままだったが、丸一日経った頃に目が覚めて、ベッドから起き出したところでレジルからの説教を受けていた。


「知らせに走る暇がなかったのは理解できます。ですが、あの棘撃(とげう)ちに単身で挑むなど無謀過ぎます」


 棘撃ちとはあの巨大亀の名前で、霰のように甲羅を撃ちだして広範囲の獲物をいっぺんに狩る様子からそう呼ばれていて、主に沖合に生息しているが、時には大型の帆船をも襲うことがあるらしく、海の男には恐れられているとのこと。


「いや、まぁ無茶をしたってのは自覚してますけど、どうもあいつは俺を追いかけてくる感じだったんで…。そんなのを連れて村に逃げ込むわけにはいかないでしょう?」


「確かに村に被害が出なかったのは、アンディさんがあそこで食い止めたからではありますが…。せめて異変を知らせる合図を何か出していただければ、夫がすぐにでも駆け付けましたよ。魔術師なら、そういう目立つ技があるのでは?」


「あることはありますけど、あの時はそれで確実に来るとは知りませんでしたからね」


 とは言うものの、実際は合図を出すということがすっかり頭から抜けていたため、隙があったとしても合図は出していなかっただろう。

 そういう意味では、考えが足りなかったとも言えた。


「そういうものですか。…ところでアンディさん、体の具合はいかがですか?」


「体?…全身くまなく痛みますけど、それ以外は特には」


 昨日、いや一昨日か。

 船の貨物区画で起きた事故で体のいたるところに大なり小なりの痛みが残っていたが、昨日の棘撃ちとの戦闘で食らったあの甲羅の一撃で、今は肋骨が確実に折れているのが分かる。

 さっき目覚めて、最初の深呼吸で傷みに悶絶したからな。


「手首に違和感などは?」


 言われて、二・三度両手首を動かしてみるが、多少痛むものの普通に動く。


「別にないですけど……俺の手首が何かあったんですか?」


「気絶していたので分からなかったでしょうけど、アンディさんを見つけた時には両手首が見事に外れていたそうです。一応夫が嵌めはしましたけど、昨日の肩に続いて手首も外したとなると、しばらくは安静にしたほうがいいでしょう」


 あれだけの威力だ。

 衝撃で手首が外れるのはおかしくはないが、肩が無事だったのは恐らく無意識にかばったからだろう。

 そのせいで手首に被害が出たのは、ある意妥当だったとも言える。

 人体は何かの犠牲なしに、何かに耐えることはできないのだから。


 一応俺は水魔術で体の大まかな怪我を治せるが、骨折や脱臼といったものはどういうわけか治せないでいる。

 ヤゼス教が使う治療術は骨折も治せるというが、そこは本職とモグリの違いとでも言おうか。

 一般的な魔術師である俺にはそこまではとても無理だろう。

 とはいえ、全く手ごたえがないわけじゃないので、いつかは骨折の治療にまで手が届くと信じている。


「目覚めたことはアイリーン様とロニさんにも伝えておきましょう。二人共、あなたが屋敷に運ばれてきた時は大騒ぎでしたから」


「そりゃまた心配をかけたようで」


 朝は普通に顔を合わせていた人間が、昼にはボロボロになっていたんだから、そりゃ騒ぎもするか。


「ところで、なんか浜の方が賑やかなんですが、何かあったんですか?」


 目が覚めてから感じていたものを、レジルに尋ねる。


「あぁ、浜では今漁が行われてますから、そのせいでしょう」


「漁?今からですか?」


 時間的にはとっくに朝の漁は終わっていると思うのだが。


「…そのことについても話さなくてはなりませんね。実は、あなたが倒した棘撃ちの肉片や血液が散らばった影響で、浜は色々と賑やかになっているのです」


 浅瀬で倒したあの巨大亀だが、その際に大量の血液が海に撒き散らされたため、それに引かれて大量の魚や魔物が湾内へと詰めかけたそうだ。

 ほとんどは漁師達によって釣り上げられているが、中には強力な魔物も混ざっているそうで、マルザンを始めとした自警団がそういった魔物に対処しているらしい。


 俺がやらかした後でそんな騒ぎがあったとは、正直すまんかったと思う。


「しかし一日経ってもまだ来るもんなんですか?」


「なんでも棘撃ちの血液は味と滋養に優れているそうで、少量でも海の生き物を呼び寄せるとか。浜にはまだ棘撃ちの肉片も残されていますから、それがあるかぎりはまだまだ来るかもしれませんね」


 鮫なんかは一滴の血液を嗅ぎつけて集まるなんて言われているが、今押し寄せているのも美味い匂いを出し続けている肉が残っているからだろう。

 一日経ってもまだやってくるとは、よっぽどいい出汁がじっくりとしみだしているのかもしれない。


「大漁なのはいいことなのですが、あまりにも多いと困りますから、漁の傍らで棘撃ちの死体も回収を行っています。大漁騒ぎもじきに収まるでしょう。…ところで、回収した死体の方はいかがしますか?」


「いかがって…俺が決めるんですか?」


「はい。あれはアンディさんが仕留めた魔物ですから、所有権はそちらにあります。回収にかかった手間賃などは頂きますが、どう扱うかはアンディさんに決めて頂きませんと」


 ここはアイリーンの領地なのだから、別にそのままマルステル男爵家で引き取ってくれてもよかったのだが、俺達の付き合いがあるために配慮してくれたのだろう。

 ただ、あれも使い道の分からない魔物素材だし、価値の分からないままに扱いを判断することはできない。


「あの魔物ってどういう価値があるんですか?」


「主に食材ですね。皇都の方ではまずお目にかかれない高級食材だとか。市場に出れば金貨単位での取引になるそうです。もっとも、あの棘撃ちは大分細かくなってしまっていますから、大分値は落ちるでしょうけど」


 食材か。

 似たようなのだとスッポン料理なんかを想像できるが、全く同じものではないだろう。

 味は気になるところだが、調理法等が難しそうなので、ここはアイリーンに引き取ってもらった方がいい。

 海に沈んだところを助けてもらったし、色々と騒がせてしまったようなのでその詫びだ。


 そのことをレジルに伝えると、渋々ながら受け入れられた。

 どうやら迷惑料を込みにしても、俺が大分損をすると思ったようだが、別に狙って倒したわけでもないので、こちらとしては損はない。

 むしろ、食材としての傷みを考えれば、屋敷で調理される可能性がある分、その味を楽しむ機会は期待できる。


 色々と話したせいか、体がだるさを覚えたところで、俺は再びベッドに身を横たえる。

 治癒に体力が使われているようで、すぐに瞼が重くなってくる。

 レジルが閉めた扉の音を最後に、俺の意識も暗闇に閉ざされた。






 更に一日経ち、快癒とはいかないものの、ある程度動ける程度に体力が回復してくると、ベッドから起き上がりたくなってくる。

 普通に歩き回れるようになったこともあり、リハビリがてら村を散歩していると、ソーマルガの保有する中型飛空艇がジンナ村へとやってきた。


 着陸した飛空艇から、研究者と思しき人間が6人降りてくると、館から出迎えに来たレジルと対面する。

 俺もその様子を少し離れた場所で見ていたが、その6人の内、代表者として先頭を歩いていた人間には見覚えがあった。


 離れていても分かるほどに見事な胸部、母性の象徴が発達著しいその若い女性は、なんとあのメイエルだ。

 いつも見ていたのはほんわかとした柔らかい顔だったが、今は代表としての威厳のためか、キリっとした表情を保っている。


 メイエルも遺跡調査員としてはそこそこ偉い立場にいるし、こういう遺物の調査で派遣されてきてもおかしくはないのだが、それでもやはり意外ではあった。

 ソーマルガ皇国製の飛空艇開発で忙しくしていると思ったのだが。


 まぁ飛空艇開発計画はダリアが中心で動いているだろうから、メイエルは比較的自由に動けるのかもしれない。

 最後にあってからまだそれほど時間は経っていないが、それでも懐かしい顔につい頬も緩む。


 レジルと二・三言葉を交わし、館へと移動し始めたメイエルと目が合う。


「アンディさん!お久しぶりです!」


 引き連れていた人間に何かを伝え、レジルに断りを入れてから笑顔満面に変わったメイエルが俺へと近付いてきた。

 感情を表してか、跳ねるように歩いているおかげでメイエルの体の一部が激しく動いているのに注目してしまう。

 でかい。


「新しい遺物とマルステル男爵領って聞いて、もしかしたらアンディさん達がって思ってたんですよ。やっぱりアンディさん達が遺物の発見者ですか?」


「ええ、まぁそういうことになりますね。メイエルさんは調査で来たんですよね?調査員は6人だけですか?」


「いえ、飛空艇で先行したのが私達だけで、後続であと8人が風紋船でこちらへ向かっていますよ」


 派遣人数は少ないと思っていたが、実際は意外と多かった。

 確かアイリーンの見立てだと10人程度だったはずだが、14人もの研究者が来てくれるとはな。

 しかもこれは最初の要請でやってきた分で、パーラが追加でもっと連れてくる。


「…でも、きっとそれでも手は足りませんよね。途中、空から見えたんです。まさかあの大きさの船が二隻もあったなんて」


「すみません。こちらの伝達不備でした。今追加の人間の手配でパーラを皇都に向かわせてますから、もう少ししたら人手は増えますよ。きっと」


 苦笑いを浮かべるメイエルには、申し訳ないという思いしかない。

 船の数を伝え忘れたのは主にパーラのミスだが、俺も強く念押ししなかった責任を多少なりとも覚えている。


「そうなんですか?うーん、なら少し待ったほうがいいのかな…」


 悩ましそうなメイエルは、人が揃ってから調査をするべきか悩んでいるようだ。

 機材なんかは中型飛空艇に多少は積んできているようだが、多くは風紋船による輸送になるだろうから、確かに追加の人員が来てから一斉に取り掛かった方が色んな手間は少ない。

 こうして先行してきたメイエル達にもやることはあるのだろうが、足並みを揃えてかかることの利点も多いしな。


「メイエルさんはこの後何を?」


「まずはアイリーンさんに挨拶です。その後、一度船を見てみるつもりです。確か人工の人格を宿しているんですよね?」


「ええ。ヘイムダル号に搭載された人工の頭脳だから、ヘイムダルと呼んでいます」


「ヘイムダル、ですか。情報によると意思の疎通ができるとか?」


「人間のように感情があるとは言い難いですが、しっかりと受け答えは出来てますね」


「なるほど、実に興味深いですね」


 流石は遺跡研究に携わっているだけあって、ヘイムダルのことを口にした瞬間から鋭い目をしだした。

 古代の船というだけでも調べる価値はあるが、人工知能となれば研究者には生唾ものだろう。

 メイエルも今からワクワクしているのが雰囲気で分かるぐらいだ。


「発見者はアンディさん達でいいんですよね?」


「ええ。俺とパーラで見つけました」


「なら後で話を聞かせてもらえますか?発見した時の状況とか」


「勿論、構いませんよ」


「お願いしますね。…ところで、なんだか立ち方がぎこちないように見えるんですけど、もしかして怪我でもしてます?」


 ホッと息をついてすぐ、俺の容体を見抜いたメイエルは大したもんだ。

 いつも通りに動けていると思っていたが、何かを感じ取ったのだろうか。


「実は少し前に魔物と一戦やらかしまして、それで少し…。しかし、よく分かりましたね」


「まぁなんとなくそうかなって」


 観察眼が鋭いのか、俺自身意識していない普段とは違う何かを感じ取ったのかもしれないな。

 一応深刻な怪我ではないことを伝えると安堵してくれた。


 屋敷へと戻る道すがら、怪我の原因となった魔物のことなどを話しながら歩いていく。

 その際、船のことも聞きたがっていたが、それは後で実際に船を見ながら話したほうがいいので、簡単に答えられるものだけを話す。


 研究者というのはこの手の話をすると止まらないものだが、メイエルにもそれは当てはまるようで、短い移動の時間中はずっと話しっぱなしだった。

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