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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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船の名は…

 船を引き揚げてから6日目、着々と修復が進んだ船は、もうじき海へと繰り出せる状態になる。

 修復専門の小型機械が働いている光景に、ファンタジー世界にいながらSF感を味わえて不思議な気分だ。


 現在は船の推進機関の再調整とステータスチェックが行われており、それが済めばこの場から離れることはできるだろう。


 船が修復されている間、俺は船のデータベースを漁っていたが、やはりオフライン状態ではあまり得るものは無かった。

 その代わり、船に関する情報は色々と手に入ってはいる。


 それがヘイムダル号とテルテアド号という、俺達が引き上げた船に、かつてつけられていた名前だ。

 共に同型の輸送船として登録されており、ろくな武装は積まれていない。


 古代文明の全盛期と呼んでいい時代。

 船に搭載されたAIにはそのまま船の名前を与えられ、ヘイムダル号に搭載された、AIとしてのヘイムダルがいるとなっていたわけだ。


 当然、テルテアド号にもテルテアドという名前のAIが搭載されていたのだが、基地崩壊の際にこの2隻は衝突事故を起こしており、その際にテルテアドの本体であるスパコンは致命的な損傷を受けて起動不可能となっていた。

 直すには専門の技術者とドックへの入渠が必要なため、現在の状況ではほぼ修復不可能と見ていい。


 なので、テルテアド号は航行不能という判断をつけさせてもらった。

 これだけの巨大で高機能な船は、AIの補助なしで動かすのはまず無理だというヘイムダルの進言もあったしな。


 とはいえ、折角手に入れた船だし、ただ放っておくだけというのも勿体ない。

 なんとか持ち帰れるようにと、ヘイムダルにはテルテアド号の制御を遠隔で代行するシステムの構築をしてもらった。

 間接的に二隻を同時に操るのは演算装置に相応の負担をかけるが、運航だけに絞って処理を割り振れば、二隻同時運用はなんとかやれるそうだ。


 なお、暫定的にテルテアド号の船長にはパーラが任命された。

 船長がいないと船は動かせないという大前提がAIには刻み込まれているため必要な措置だ。


 ただし、テルテアド号は正規のAIが機能していないため、この任命はあくまでもヘイムダルを介した仮のもので、後日正式な任命はAIが直ってから行われることになるそうだ。


 つまり、直る当てがない現状、パーラはずっと仮の船長のままということになる。

 パーラ本人はこの辺り、仮だろうが特に気にしていないようなので、あくまでもAI側が必要だったゆえの処置だろう。


 現状、船の状態としては、二隻とも船体の物理的な損壊は凡そ修復済みであり、ヘイムダル号の方が推進機関に少し不具合が出ていたが、保守部品を交換することで解決済みだ。

 これで二隻ともを持ち帰る算段が付いたことになり、まずは一安心だ。


 遺跡の発見までに11日、船の修復に14日と合計25日かかって、ようやく俺達は帰還の目途が立った。

 これが早いか遅いかは、俺に言わせればとんでもなく早い。

 最初の予定では一カ月二カ月は余裕でかかるものだと思っていた。


 未発見の遺跡を探すのにかかる時間は何カ月単位、下手をすれば年単位での調査が必要だと言われている。

 今回俺は有力な情報を元にして動いていたが、それでも見つかるまでは相当な時間を覚悟していた。


 それが一カ月経たずにこれだけの成果を手にしてこの地を離れられるのは、日頃の行いがいいからかもしれん。

 まぁ飛空艇というチートな移動手段の存在が大きくはあるが。


『アンディ船長、貨物区画の搬入物の目録が整いました。ご確認ください』


 感慨深さに包まれて、キャプテンシートでふんぞり返っていると、頭上からヘイムダルのそんな言葉が降ってきた。

 同時に、手元のタブレットの画面は細かい文字がびっしりと書かれたリストで占められる。


 どうやらヘイムダルに頼んでいた、現状にある貨物区画のコンテナ内の物資を再把握する作業が完了したようだ。

 タブレットを見ると、しっかりと品目ごとに揃えられて数も細かく記載された非常に見やすい仕上がりでリスト化されている。

 目録の作成とだけ命令したにもかかわらず、こうして見やすいように作ってくれるとは、古代のAIは本当に出来がいい。


「…食料品は軒並みダメ、と。まぁこれは知ってた」


 リストの所々に、斜線で潰された品が見られるが、これはすべて食料品か医薬品ばかりだ。

 コンテナで密封していたとはいえ、やはり長い年月で品質を保てるものではなく、食料品は全て廃棄処分が決定。


 医薬品も船に積んでいる全てが廃棄処分が妥当と判断されているが、古代の医薬品は史料価値もたかいので、そのまま保管することに決めた。


 なお、廃棄処分が決まった食品に関しては、コンテナから取り出してこの島にそのまま遺棄することに決めていた。

 貨物区画に残されていた乗り物の中には、フォークリフトやクレーンに類する重機も多いため、それらを使った船からの搬出が楽なのもこの決定を後押しした。


 環境問題的にどうかと思ったが、これらの食品はどれも汚染物質を含まないため、高温で焼却すれば問題ないそうなので、後で特大のキャンプファイアでもつくってぶち込んでおこう。


「…ん?ヘイムダル、この目録の下の方はテルテアド号の分か?」


『はい。船長のご命令は目録の作成でしたので、暫定的に隷下となるテルテアド号の分も必要になると判断しました』


 目録は前半と後半でその内容に重複する部分があり、見るとヘイムダルとテルテアドというページで分けられていた。

 そういえば貨物のリストを作れとは言ったが、どっちの船のとまでは指定してなかったな。

 それでヘイムダルは気を利かせて、両方の船のリストを作ったわけか。


 まぁテルテアド号の貨物区画の分もその内必要になっただろうから、これはこれで助かる。


 ヘイムダル号とテルテアド号は、こうしてリスト化された物資を見るとその役割の違いが薄っすらと透けて見える。

 脱出する民間人を多く乗せていたヘイムダル号に対し、テルテアド号は軍人が多く乗り込んでいた。

 搭乗人数も6対4でヘイムダル号の方が多かったのは、テルテアド号が護衛艦としての役割を持っていたからだと思われる。


 搬入されていた物資も、テルテアド号は武器や車両なんかが多く、食料品や医薬品などは随伴するヘイムダル号に集約させていたのではないだろうか。

 そう考えると、ヘイムダル号の搭乗人数に比して過剰ともいえる食料品の山も納得できる。

 あれは二隻分だったわけか。


 車両の方は作業用の重機から、装甲車にバス、バギーのような小型のものに至るまで様々な物が取り揃えられていた。

 何台かは実際に触ってみたが、ほとんどは燃料さえ充填すれば普通に動いたので、これも現在だとかなりの価値が認められる。


 ちなみに武器の方だが、保管されているコンテナや壁に備え付けのボックスなどの悉くが厳重に封印されており、特にコンテナの開封には軍士官による許可が必要となっている。

 たとえ船長に就任しても、軍人ではない俺には、士官の立ち合いがないと軍が管理するコンテナには手は出せない。

 コンテナは中々に頑丈で、強引にこじ開けるには適切な場所と適切な手段で臨むべきだろう。


 一応船長の権限で船内に備え付けの保安用の武器は使用可能だが、使う必要性をAIが認めた場合という但し書きが存在しており、武器の性能実験などは当分放置となってしまうのも仕方ない。


 そうして大まかな物資の状況を確認していると、外を映していたディスプレイにパーラの顔がどアップで現れる。


『あ、映った。アンディ、そっちから私って見える?てゆーか、こっちの声は聞こえてんの?』


「見えてるし聴こえてるよ。つーかそこからもうちょっと下がれ。顔しか見えてねーぞ」


『おっと、ごめんごめん。…こんぐらいかな?』


 若干声のボリュームはデカいが、ちゃんとパーラの全身像が見えるようになる。

 画面のパーラはテルテアド号の操舵室から通信を送っており、船に標準装備されている近接通信のテストがたった今行われた形になる。


 衛星通信や長距離圧縮通信などが軒並みダウンしている中、この短距離間通信だけは機能しており、ヘイムダルの提言でこうしてテストを行う運びとなった。

 テストの結果は良好。

 音声もクリアだし画質も綺麗なものだ。


「これなら普通に使えそうだな。ヘイムダル、この近接通信とやらの有効範囲はどれぐらいだ」


『送受信可能な理論値は半径2キロから3キロととなります。環境の要因によって距離は増減します』


「増減の幅は?」


『およそ2割です』


 電波でもなく光でもないよくわからない通信方式だが、有効範囲は意外と狭いのは、やはりメインで使われていた通信ではないからだろう。

 この船が活躍していた時代、メインは圧縮通信という方式で、詳しいことは分からないが情報の伝達する速度と距離が非常に優れていたため、近接通信はサブとして残されていた程度だった。


 しかし、こうして衛星が不通となっている今となっては、貴重な通信手段として俺達が活用できる。

 不測の事態における信頼性はこっちの方がずっと上だと言っていい。


「それぐらいなら使用に問題は無いな。パーラ、そっちの船は稼働率とか分かってるか?」


『ちょっと待って。えー…船体の補修はもう完全に完了してる。動力は規定値よりやや低め、だけど船を動かすのには十分、と。推進機関はあと半刻…一時間ぐらいで試験起動ができるようになるね』


 画面の向こうでタブレットを片手に情報を読み上げるパーラは、若干たどたどしさはあるものの、しっかりと知りたいことを伝えてくれる。


 テルテアド号はヘイムダルの制御下にあるので、船の状態はヘイムダルに聞けば普通に教えてくれるのだが、今は仮とはいえパーラがテルテアド号の船長なので、こうして尋ねるのが筋というものだ。


「てことは今日中に出発ってのは無理か?」


『そうだね。動かせるようになって、乗り上げている船体を海に押し戻してってなると、夜になってるだろうね』


 現在の時刻は昼少し前だが、ヘイムダル号もテルテアド号も船体の修復のために砂浜に乗り上げている状態だ。

 夜の満潮時に島が沈むタイミングで、船が浮いたら動かしてそのまま十分な深さの場所まで移動する、というやり方を今は考えている。


「そういうことなら、少し余裕を見て、出発は三日後にしよう。ヘイムダル、それでどうだ?」


『問題ありません。船長達の決定に賛同します』


 人間の命令には忠実なAIだが、その人間の命が危険に晒されるとあればちゃんと警告をしてくれるので、こうして賛同したということは、予定にAI側が関わる何かしらの問題はないということになる。


「じゃあパーラ、明日からの予定を詰めるから一旦こっちに来てくれ」


『えー?私は別にココからでもいいけど』


「通信が面白いのは分かるが、地図とか見ながら話したいんだよ」


 画面越しでも十分会話はできるが、三日後からの移動に関しては地図を見ながら詰めたいものだ。


 そう思っていると、俺の目の前にソーマルガを含めたこの辺りの海域の地図が立体映像として青白く浮かび上がってきた。


 いきなりで少し驚いたが、精巧な地図が現れたことで好奇心がそそられる。

 海面は平らなままだが、陸地部分がちゃんと盛り上がって表現されている様は、ちょっとしたジオラマを見ている気分だ。


『うわっ!なにこれ!?アンディ、何か半透明なのが出てきたんですけど!?』


 パーラの方も同様の立体映像が出現しているようで、慌てた様子が画面を通して伝わってくる。

 いきなりのことで驚いたが、誰がこれをやったのか俺にはすぐに分かった。

 心当たりの相手に目の前の現象についての真意を尋ねる。


「お前の仕業か、ヘイムダル」


『はい。お二方が地図をご所望と判断し、用意させていただきました。ご不要でしたか?』


「いや、助かる。このまま出しててくれ。一応聞くが、立体映像はあっちの船に出てるのと同期しているんだよな?」


『肯定します』


 元々船同士で通信画面越しに打ち合わせをするのに使っていたのか、マップデータがリンクしているのは便利でいい。

 表示されているマップも、俺が提供したソーマルガ皇国の物がちゃんと適応されているようだ。

 海が大半を占める中で、北の方にはジンナ村が表示されていた。


『へぇー、これが地図ねぇ。なんか触れそうな…わ!アンディ!色が代わったよ!』


 画面の向こうで騒ぐパーラの声に、立体映像を見てみると、海面を表している平面の一部に赤い点が浮かび上がっている。


「なるほど、触った部分が赤くなるのか。てことは…」


 赤い部分に指を添え、線を引くようにジンナ村へと引っ張っていくと、点だったものは線へと代わり、海のど真ん中からジンナ村を繋ぐ赤い道が出来上がった。

 さながらカーナビのルート案内のようである。


『なんか赤い線出た!』


 マップの変化に騒ぎっぱなしのパーラは、この立体映像に完全に夢中だ。

 キラキラした目で立体映像を覗き込む姿は中々可愛い。


「こんな風に、指で触ったら赤くなって、指をそのまま引っ張ればこうして線を引けるんだ」


『ほうほう……で、これってなんか意味あるの?』


「こうすれば経路とかの説明がしやすいだろ。それだけだ。それ以上でも以下でもない」


『うーん、まぁ分かりやすい…のかな?』


『立体映像に引かれた線を経路として認めて頂ければ、自動で経路を辿る操縦を私が代行することも可能です』


 おっと、それ以上があったようだ。

 ヘイムダルはこの立体映像に書かれた線を、オートパイロットの経路にも使えるらしい。

 地球のカーナビにもスワイプでルート設定できる機能があったので、それぐらいはAIにもできるだろう。


『自動ってことは放っておいても目的地に連れってくれるってこと?便利じゃん』


「海限定だけどな」


 ヘイムダルが管理している二隻の船は、改めて言うまでも無く海専用機だ。

 確かに寝てても勝手に運んでくれる自動操縦は便利だが、飛空艇がメインの移動手段である俺達にはあまり利用する機会は多くないだろう。


 しかしこのマップデータは、実に興味深い。


 大まかな地形は俺が提供した地図が参照されているようだが、それ以前にヘイムダルが保有していたマップデータも重ね合わせる形で表示されている。

 ただし、現在地はおおよそのものとなるため、船の位置は誤差を含んだかなり大きい点での表示となる。


 ヘイムダルが保有していたマップデータには古代の町や施設、街道等も記載されていて、流石に現在まで残ってはいないが、貴重な遺跡発掘の手掛かりになるだろう。

 もっとも、ソーマルガは遺跡発掘が盛んな国なので、既に発掘済みの遺跡も多くあるとは思うが。


 ともかく、この地図も使って明日からの予定を決めるとしよう。

 出発は三日後を考えているが、準備することはまだまだ多い。

 まずはジンナ村まで船を持っていくルートの選定から始めるか。








 夜、満潮になって砂浜が完全に沈む。

 二隻の巨大船がギリギリで乗り上げていた砂の島は、完全にその姿を消すことになる。

 とはいえ、海面下一メートルも無い場所には砂浜は存在しており、ここが少し前まではちゃんと陸地だったということは分かる。


 そんな場所にあった船が、沈んだ陸地の分だけその体が浮かび上がり、ゆっくりとその体を動かし始めた。


「機関始動。微速後退、舵そのまま」


『了解』


 明かりが最低限にまで落とされたヘイムダル号の操舵室で、そう呟く俺の声にAIの無機質な声が応える。

 ヘイムダル号が徐々に後退するのに少し遅れ、左舷側にいたテルテアド号も同様に後退を始めた。


 満潮で海面が上がっているとはいえ、船底はまだ砂を削るような状態であり、船内は下から伝わってくる振動で忙しない。

 椅子に座っている俺の尻に届く振動がくすぐったくてたまらん。


 しばらく尻に走る甘い衝動に耐えていると、振動がフッと消える。

 どうやら十分な深さまで来たようだ。


『船底が海底より十分離れたのが確認されました。これより投錨処置へと移ります。……船体を固定しました。動力炉を待機状態へ』


 ヘイムダル号もテルテアド号も、これでこの場所にその身を浮かべて留まるようになったわけだ。

 これであとは船を走らせて陸を目指すだけとなったな。


『アンディ船長、パーラ船長より通信です』


 ほっと一息ついたところで、パーラからの通信が入る。

 外を映している画面の隅っこに、テルテアド号の操舵室にいるパーラの姿が映し出された。


『アンディ、今日はもうこれで終わり?』


「ああ、今日の所はな。明日からはしばらくここに停泊して、出発の準備を整えるぞ。三日後の段取りは覚えてるよな?」


『昼に聞いたばかりで忘れないって。アンディが船をジンナ村に向けて移動している間に、私は飛空艇で一足先にアイリーンさんにこの船のことを伝えに行くんでしょ』


 二隻の船を持ち帰るとして、受け入れ先を用意しなくてはならない。

 最寄りで巨大船の停泊場所を提供してくれる人間と言えば、アイリーン以外に心当たりがないため、一足先にパーラには飛空艇で説明に向かってもらうことになった。


 ヘイムダル号とテルテアド号は輸送船としては速力に優れた設計をしているらしいが、飛空艇に比べたらかなり遅い。

 今いる場所からジンナ村までは、無休で走らせても六日ほどかかるらしい。

 ただし、これは天候が悪くならないという前提なので、実際はもっとかかるかもしれない。


 なので、万が一を考えて飛空艇に積んである食料や水はこっちの船に移しておく。

 飛空艇にも多少は残すが、ジンナ村まで一っ飛びで行ける飛空艇には、何日分も食料はいらないだろう。


 そんなわけで、飛空艇から物資を降ろすのに明日一日を充てて、ついでに船内の清掃も行うとしよう。

 一応ここ数日の間に船内を片付けはしたが、それは白骨遺体をどかしたり、ゴミを集めたりした程度だ。

 長いこと海水に浸かっていた場所は汚れがひどいし、匂いもまだ残っている。


 そういうのを後回しにして船の修復を優先していたが、今なら多少の余裕もある。

 しばらくは寝泊まりすることになる船の環境を整えるのは大事なことだろう。

 少なくとも、寝起きする部屋だけは綺麗にした方がいいだろう。


「よし、大丈夫だな。んじゃ時間も遅いし、そろそろ飛空艇に戻るか」


 明日からもやることは多いため、そろそろ飛空艇に戻って休むとしよう。

 ちなみに飛空艇は、ヘイムダル号の甲板後部のスペースに固定して置いてある。

 飛空艇が何とか収まる広さがあるのは、大型の輸送船ならではだろう。


「パーラ、お前こっちに戻ってこれるか?なんだったら飛空艇をそっちに動かすけど」


『あーだいじょぶだいじょぶ。噴射装置あるから。んじゃ後でね』


 プツリという音が聞こえそうな勢いでワイプ画面が消え去る。


 現在、二隻の距離は50メートル強ほど開いている。

 普通なら船を寄せて、板を渡って乗り移るものだが、噴射装置が使える俺達は多少の距離ぐらいなら飛び移ることが出来る。


 ただ、今は星明りだけが頼りの暗い夜だ。

 パーラが移動する目印になる明かりを用意してやったほうがいいだろう。


「ヘイムダル、テルテアド号に向けて明かりを出せ。パーラが目印に出来るぐらいのでいい」


『了解しました』


 甲板にある照明器具の操作をヘイムダルに指示し、飛空艇へと向かう。

 操舵室を後にして通路を歩くと、改めて気付くのは恐ろしく揺れのない船内の状態だった。


 確かに今は海面は穏やかだが、それでも全く揺れないということはない。

 陸と変わらないぐらいの感覚で立って歩けるのは、この船が古代文明の超技術による制御化にあるおかげだ。

 対揺装置というそうだが、この装置が船の揺れをある程度打ち消し、船内の状態を常に平衡状態で維持しているらしい。


 俺は船酔いはしない質だが、何日も揺られ続けたらどうなるかは分からない。

 しかしこれほど揺れがないのなら、船内での寝泊まりも辛くはないだろう。

 三日後からの旅における不安が一つ減った。


 甲板に出てみると、青と赤のゆっくり点滅する光が俺を出迎える。

 船体の一部から発せられるこの光は、夜間に船同士が位置を把握するためのものだが、輝度と照射範囲を変えればサーチライトとしても使えるやつだ。

 事実、さっき船が沖へ移動する際には後ろへと光を飛ばしていた。


「ーぃよっと。あ、ただいま。アンディ」


 そんな光を目指してパーラが飛んできて、少し先に舞い降りた。

 相変わらず軽やかな着地をするものだ。

 俺の着地はもっとこう、ドンという感じになってしまうのだが、やはり風魔術でなにかやっているんだろうか。


「おかえり。…何持ってんだ?お前」


「あ、これ?なんか飛んでたらこっちに突っ込んできてさ。つい掴んでそのまま持ってきちゃった」


 パーラが船に降りてきてから脇に抱えていた何かが俺の鼻先へ突き出され、光に照らされたことでその正体が分かった。


「魚か?」


「そう。でもこいつ、魚のくせに海から飛び出してきたんだよ?びっくりしちゃってレバーから手を離しちゃって、危うく海に落ちるところだったよ」


 飛行中にレバーから手を離して落ちなかったのは、空中での姿勢制御がよっぽど上手かったのだろう。

 おまけに海から飛び出してきたものを掴んで、小脇に抱えてここまで来たのは普通に凄い。


「そりゃあ災難だったな。これは…トビウオか。俺の知るのより大分デカいが」


 尻尾を掴んで持ち上げ、その姿をまじまじと見ると、体の一部に特徴的な部位を見つける。

 エラの近くに折り畳まれている部分を指でつまみ、引っ張ってみると半透明の膜が羽となって広がった。


 こういう薄羽がある魚となれば、俺の知る限りではトビウオぐらいだ。

 ただ、頭から尻尾までで50センチ近い大きさなのは、異世界の魚ならではか。

 ここのところ海で獲れていた魚にトビウオはいなかったので、これがこの世界での初遭遇になる。


「へぇ、トビウオって言うんだ、これ。おいしいの?」


 まず味について興味を持つのはパーラらしいが、あくまでもトビウオという名前は地球でのものなので、こっちの世界だと呼び名は違うかもしれない。


「美味いぞ。これぐらいデカいなら食いでもあるし、今食うなら焼き魚だな」


 トビウオは焼くか揚げで食うのが簡単で美味い。

 今から調理して食べるなら、サッと作れる焼き魚がいいだろう。


「これ、今日の夕食に加えようよ。アンディも食べるでしょ?」


「んじゃご相伴に与ろうかね。トビウオなんて随分食ってなかったし、楽しみだ」


 脂が乗って太ったトビウオの体は、俺とパーラで分けても十分満足できる。

 今日の食卓に新しく加わった一皿に合わせた献立を考えながら、俺とパーラは飛空艇へと入っていく。


 それにしても、トビウオが飛んできて無事に戻ってこれたパーラの技量に舌を巻くと同時に、夜の海を生身で飛ぶ危険性も思い知らされた。

 海面から飛び出してきたトビウオに激突する確率が高いとは言わないが、あのデカさが普通だとすれば、下手に海面を飛ぶのも躊躇われる。


 これは今後、海上で噴射装置を使った船から船への移動も考え直す必要があるかもしれない。

 その辺りはトビウオを捕まえた時の状況をパーラから聞いて、判断するとしよう。


「っとその前に…ヘイムダル、甲板の明かりを消していいぞ」


 タブレットを取り出し、ヘイムダルに消灯を指示する。

 別に点けっぱなしでも問題はないのだが、明かりに引き寄せられて魔物なんかが来たら面倒だ。

 どうせ今日はもう動かないんだし、外に向ける明かりは消してしまってもいいだろう。


 飛空艇へ乗り込む頃には、甲板上の明かりは完全に消え去り、辺りは星明りだけの暗闇へと戻っていた。

 船は外に光が漏れるタイプの窓は存在していないため、甲板の明かりさえ消えてしまえばこんなものだ。


 暗い海は相変わらず根源的な恐怖を齎すが、一方でそれを忘れさせるぐらいに頭上の星明りは実に美しい。

 ここしばらくの間に見慣れていたはずなのだが、こうして船の上で見るとなんだか違って見えるのだから不思議なものだ。


 俺達には飛空艇があるので船はいらないと思ったが、こうして波の揺れを感じて見上げる星空の良さを知ると、手放すのが惜しくなってくるのだから、我ながら現金なものだ。


 どうにか飛空艇とは別で運用する方法を考えて、手元に残す方法はないものだろうか。

 今夜の献立を考える頭の片隅で、そんな夢想がこびりついてしまって拭えないままに夜は更けていった。

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