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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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船、復活ッッ!

 何ともやりきれない思いを味わってしまい、一旦外の空気を吸って気分を切り替える。

 熱帯の熱い空気でも、開放感のある場所で呼吸ができるのはやはり格別だ。


「はあぁ…。理解してたつもりだけど、やっぱ辛いわ」


 甲板に座り込み、青空を見上げながらパーラが呟く。

 同意を求めてのものではないだろうが、その気持ちは俺も共有している。


 遺跡を探索する以上、人の死の痕跡を見つけることもあるとは理解していた。

 実際、白骨化した遺体を見つけたのは今回で二度目だ。

 骨だけとなった遺体は肉の生々しさは薄れるが、それでも死というものを形として見せつけられると何も思わないではいられない。


 冒険者として人の死にも多く遭遇したし、人命をこの手で狩り取ったことだってある。

 慣れ切ったとは言わないが、割り切れると思っていた。

 だが今回のように、まだ幼いと言っていい命が失われていくのを読み解いてしまうと、流石にショックは大きい。


「こう言っちゃなんだが、見るべきじゃなかったかもしれん。こんなにも気分が落ち込むなんてな」


「今更それを言ってもしょうがないって。調査してる以上は、端末の中身を見ないわけにはいかないもん」


「まぁそうなんだけどよ」


 目を背けるというのとは違う。

 ただ単に、あの日記は調査の初っ端で見るべきものじゃなかったというだけだ。

 せめて調査を一通り終えてから、腰を落ち着けて、気をしっかり持ちながら見ていれば、今のこうしている時間のロスは少なくて済んだだろう。

 これは優先度をミスった俺が悪い。


「ふぅ…。よし、そろそろ俺は中の調査に戻る。お前はもう少し休んでてもいいぞ」


「いや、私も行くよ。大分落ち着けたからね」


 パーラの精神的なショックを気遣ってはみたが、強い眼差しが返ってきた。

 新鮮な空気を吸って、気持ちの切り替えは出来ているようだ。

 この様子なら調査の再開も問題ないだろう。


 再び船内に戻ると、やはりまず足が向かったのはあの親子のところだ。

 特に何かをするわけではないが、俺もパーラも白骨遺体を少しの間見つめてから、その場を離れた。

 それが区切りにでもなったのか、不思議と呼吸が軽くなった気がする。


 そこからはラウンジと判明したこの場所を暫く見て回り、何か発見はないかと動いているが、暗さが足を引っ張ってあまり進捗はない。

 時折生前の親子が残した痕跡も見つかるが、今はそれが調査の成果とはならないだろう。


「アンディ、扉っぽいのを見つけたよ」


「お、そうか。今行く」


 少し離れたところで壁に張り付いて何やらやっていたパーラが、扉を見つけたらしい。

 ラウンジの中ではこれ以上得られる情報はないようで、他の部屋に行けるなら調査も進みそうだ。


 パーラが見つけた扉らしきものの前へとやってくると、確かにランプの明かりに照らされてそれらしい物が壁に窺える。

 ただ、俺の見た感じだと扉というよりも隔壁と言った感じだ。

 壁に凹凸を作ることなくぴたりと閉じられたそれは、どうやら左右に開くタイプと見た。


 取っ手らしきものがないその隔壁は、自動ドア的な印象を受ける。

 船の動力が生きていれば開閉できるだろうが、この船が浸水によって各所で隔壁が降りて閉鎖されたというのが、あの日記から分かっているため、ただ動力を復活させただけで開くかは怪しい。


 もしかしたらこの扉にも緊急時の開閉装置があるのではないかと周りを少し調べるが、どうも手動で開くような仕組みはないようだ。


「…軽く見た感じだと開きそうにないな。せめて扉の向こう側の様子位は知りたいとこなんだが」


 ちょっとの隙間でも空いていればバール状の何かを挟み込んでこじ開けるというのも…いや無理か。

 船内の浸水からこのラウンジを守っていた隔壁だ。

 厚さも重さも並ではないはずなので、人力で開けるのは難しいだろう。


「あ、それだったら私が少しやってみようか?」


 隔壁を前に悩んでいる俺に、横合いからパーラが手を挙げてきた。


「自信があるみたいだが、なんかいい方法があるのか?」


「まぁね。ようは隔壁の向こう側の様子がわかればいいんでしょ?なら大ざっばでよければ知る方法はあるよ」


「ほう?そんな方法が。んじゃ、ちょっとやってみてくれよ」


「任されよう。ちょっと下がってて。あと静かにね」


 場所をパーラと代わり、言われた通りに少し下がって大人しくする。

 こういう自信満々な時のパーラは結構馬鹿なことをしでかすものだが、一体何を見せてくれるのやら。

 生暖かい目で見守らせてもらおう。


 そうしていると、隔壁の前に陣取ったパーラが突然ナイフの柄を思いっきりに叩きつけた。


「おいパーラ!?」


「し!静かに」


「いや静かにってお前」


 いきなり壁をぶっ叩くという奇行を見せておいて、それをスルーできるわけがない。

 まさかナイフで壁をぶち抜こうなんて考えてないよな?

 そんな風なことを思っている間に、パーラは壁に耳を当てて動きを止めていた。


 一体何をと思ったが、その狙いにすぐ気付いた。

 パーラは音の反響で壁の向こうを探ろうとしているのではないか、と。


 風魔術を習得してから、音に関することには高い能力を見せつけてきたパーラなら、ソナーの真似事も出来そうな気がする。

 先程の隔壁を叩いたのも、大きな音の跳ね返りを知るためだろう。

 目と口を閉じて壁に耳を押し当ててジッとしている様子は、相当神経を集中させている証拠だ。


「…幅と高さが共に2メートル弱の通路。通路の10メートルぐらい先からは水が溜まったままだね」


 淡々と語られる隔壁の向こうの様子は、思ったよりも悪い状況ではなさそうだ。

 てっきり隔壁に迫るぐらいに水が溜まっているもんだとおもったが、どうやら幾分か水が抜けて空間が出来ているようだ。


「通路ってことは、どっか部屋につながる扉とかはあるか?」


 今パーラに話しかけていいのか迷ったが、思い切って声を掛けると普通に答えてくれた。

 どうやらソナー音は最初の一発だけで十分だったらしく、それ以降は普通に声を出しても良いらしい。


「それっぽいのはあるけど、全部閉じてるね」


「…遺体は転がってないか?」


 正直、聞きづらいことではあるが先程のラウンジでのこともある。

 隔壁によって閉じ込められ、浸水で溺れ死んだ遺体の一つや二つはあっておかしくはない。

 まぁあっても骨だけだとは思うが。


「んー…骨とかっぽいのはないかな。奥の水没してるところの水面下までは分かんないけど」


 音での探査は空気中だけを探っていて、水中まではカバーできていないらしい。

 今この隔壁の向こう側が水で一杯になっていないのは、恐らく海上に引っ張り上げた際に、水がいくらか動いたせいだろう。

 奥の方に溜まっている水というのは、抜けきれなかった分だな。


「なるほど、大体のところは分かった。隔壁の向こう側が水で一杯ってわけじゃあないの朗報だ。しかしそうなると、いよいよもってこの隔壁を開けたくなる。なあパーラ、隔壁の開け方までは流石に分からないよな?」


「いや、これってそこまで便利なもんじゃないから」


「だよなぁ」


 まあソナーの仕組みを考えると、壁越しでは大雑把に形を知るぐらいが精々なので、これで分かりますなんて言われたら顎が外れてしまう。


 ソナーで詳細が分からない以上、やはり隔壁の向こう側を直接見たいものだが、さてどうやって目の前の壁を開いたらいいものか。

 開閉の挙動にアクセスできる手段が全くと言って見つからない現状では、もう雷魔術で隔壁を焼き切った方がいいのかとも思えてくる。


 最も、この船は貴重な遺物なので、扉を焼き切るというのはもう少し手を尽くしてからだ。

 この船も人間が作ったものである以上、やりようはあるはず。

 何かしら壊す必要があるとしても、最小限に抑えたい。


 一先ず隔壁を空ける方法を優先して探すことにして、俺とパーラは再びラウンジ内を歩き回ることになった。

 元々大勢が利用することを想定されているラウンジは、広さはかなりあるが船の機能に直接関与する重要な設備というのは少ない。

 そりゃそうだ。

 不特定多数の人間が出入りする場所に船の航行に関わる重要なものを配置するわけがない。


 だがそんな中で、遂に俺は隔壁開放の糸口になりそうなものを発見した。

 ラウンジに来た客に出すための軽食を用意するバーカウンターの内側に、人が入れるぐらいの大きさのハッチがあったのだ。

 ひっそりと隠れるようにして存在していることから、点検用のものだと推測する。


 直ぐにこのハッチの開放を試みたが、やはりというか当然ながら鍵がかかっていた。

 直ぐ近くに共通語で、『開放には鍵の管理者が立ち合うこと』と書いてあったので、鍵穴のないタイプではあるがしっかりと施錠はされていると判断した。


 ここで普通なら鍵を探すだろうが、俺にはちょっとした裏技がある。


 ハッチの形状から鍵本体がありそうな場所を予想し、そこ目がけて電撃を発射。

 三発ほど撃ち込むと、鍵が用をなさなくなったようでハッチが少しだけ浮き上がり、出来た隙間にナイフをねじ込んでこじ開けた。


 ガポッという音とともに口を開けたハッチの向こうは、やはり点検用のものだったらしく、色々とごちゃごちゃとした内部の様子を俺に見せてくれている。

 大人の胸ほどの深さしかないその点検口は、どこかへと通じているというものではなく、あくまでもラウンジ周りの簡易メンテンナンスのためにあるもののようだ。


 入り組んだパイプやケーブルといったものの他に、飛空艇の内部機構にも見られる複雑な模様の書かれた板なんかもそこかしこにあり、動力が復活すればこの模様の部分に青い光が走ってさぞかしきれいだろうと想像できる。


 このクラスの規模の乗り物となれば、緊急用の補助動力というのは当然ながら搭載されていると当たりを付けたが、案の定、補助動力源であろう見覚えのある結晶が見つかり、早速そこに魔力を流し込む。

 注意書きに寄れば何かの器具を使って魔力を注入するようだが、そんなものを持っていない俺は手で直接魔力を注ぎ込むしかない。


 かなりの魔力を注ぎ込んだところで起動分が確保できたのか、一度辺りにピーという甲高い音が鳴り響いた次の瞬間、真っ暗だったラウンジ内が一気に明るくなる。


 それまで壁や天井だと思っていた場所が船の外を映しだし、太陽の光がラウンジ内に降り注いでいる光景は、飛空艇の全周囲モニターと同じ仕組みだろう。

 この空間はラウンジとして使われる際、壁に外の様子を映し出していたというのが今の状況だとよく分かる。


 暗かった時には分からなかった室内全体の様子もこれで分かるようになり、ここに限っては沈没前の機能を取り戻すことが出来たと言っていい。


「流石アンディ、見つけたんだね」


 別の場所を調べていたパーラも俺のところにやってくると、どこかほっとした調子の声でそう言う。

 ランプ一つの明かりで手さぐりするのも中々気が滅入るもので、やはりこうした光を確保しての調査の方が安心できるらしい。


「つってもあくまでも補助動力だからな。あんまり長いこと動いてはいられないだろう。出来れば今の内に隔壁を開けて、大本の動力を復活させたいとこだ」


「そりゃそうできればいいけど、隔壁って今開けられるの?」


「多分、このパネルだな。保守点検時の開閉制御って書いてある」


 この点検口には色々な操作を行えるコンソールが備え付けられており、細かく書かれている注意書きの中には扉の開閉を行うための操作盤もちゃんと示されていた。

 早速そこを弄ってみると、ポーンという音と共にどこかで空気が抜ける音が聞こえてきた。


「お、アンディ、隔壁が開いてるよ」


 点検口に入り込んでいる俺の頭上から、パーラが隔壁の開放を教えてくれる。

 ここからは見えないので、操作がきちんと反映されたのが分かって嬉しい。


「んー開いたけど…」


 だが妙に歯切れの悪いパーラの言葉に、俺は少し不安になってきて、点検口から這い出て隔壁の方を見てみる。


「なんだ、開いてないぞ」


 先程パーラは隔壁が開いたと言ったのに、俺が見ると補助動力が復活する前と全く変わらず閉ざされた扉の姿しか見えないではないか。

 どういうことかと訝しむ俺の肩を、パーラがトントンと叩いてきた。


「アンディ、あっちあっち」


 そう言われてパーラの指さす先を見てみると、俺達が見つけたのとは別の場所にも隔壁はあったようで、開いていたのはそっちの方だった。

 丁度船尾を向いて右手側の隔壁が開いたわけだ。


「あぁ…こっちじゃないのか」


「まさか扉がもう一つあったとはね。でも開いたのは開いたんだし、その先を調べられるならいいでしょ」


「確かに」


 船には丁度ラウンジの両端の方に、それぞれ両舷の通路へ続く扉があるようで、俺の操作によって二つある隔壁の一つが解放されたのだが、狙っていたものとは違うのが開くとは少し間抜けではある。


 それにあっちの隔壁はそもそも存在を知らなかったし、パーラのソナーで探査もしていないので、いきなり開けてしまったのは不用意だった。

 もしも通路が水で満たされていたら、今頃ラウンジは水浸しになっていたかもしれないと思うと、そういったことがなかったのは運がよかったと言える。


 早速俺達は開いた扉を潜り、新しく現れた通路へと踏み入った。

 数段の段差を降りてから一歩踏み出して分かったが、どうやらこの通路は元々水没していたらしく、船体が海上に顔を出してから水が抜けたのではなかろうか。

 その証拠に、通路の少し先では漏れ出た外の光が一本の線となって存在を主張している。

 あの隙間から水が出入りしたとみて間違いないだろう。


 通路の広さは先程パーラがソナーで探ったのと同じで、物が散らばってもおらず、普通に歩く分には何の問題もない。

 ただ、通路の明かりは復活していないので、ラウンジと違ってここから先はランプが頼りになる。


 真っ直ぐに伸びた通路は左手に等間隔でいくつも扉が並んでおり、その一つをこじ開けて中を覗いてみたが、どうも寝泊まりをする客室としてのものらしい。

 テーブルにソファ、両端の壁際に二段ベッドと、旅をするのにはゆったり過ごせる広さがある。

 元は白を基調としたものだったようだが、すっかり色あせた様子の壁に、長い年月の経過がよく分かる。


 幾つか部屋を見ていくと、やっとというか遂にというか、新しい死人との対面が訪れた。

 部屋の隅に折り重なるようにしてある白骨遺体は、頭蓋骨の数からして3人分、もしかしたら家族だったものかもしれない。

 大人二人分の骨と赤ん坊サイズの骨、もしも一家だったなら若い夫婦と初めての子供というものが想像された。


 その後も探索を続けていき、俺達の足が徐々に水に浸かり始めた頃、再び隔壁が俺達の行く手を阻む。


 船の全長を考えるとまだ通路の半分ほどだとは思うが、二枚目の隔壁がこうして通路を遮っている。

 浸水に対する備えとしては、隔壁が複数あるのはおかしくはない。

 ただ、沈没の衝撃でか、隔壁には小さく歪んだ隙間が空いており、そこからも水が入ってきていたと推測できる。


「パーラ、また例のあれ頼むよ」


「はいはい、分かってるよ。じゃ静かにね」


 先程と同じ手順を踏んで、隔壁の向こう側の様子を探る。

 ここまで浸水の痕はあれど、水が溜まっていることがほとんどなかったが、ここにきて膝までとはいえ水が溜まっているということは、隔壁の向こうはそれなりに水が迫っていることになる。


 船自体は船尾が下がる形で傾いているため、船尾側へと向かえば海面より下へと行くことにもなり、それだけ水没箇所にも出くわす。

 まだ水が抜けきっていない場所も多いはずだ。

 この隔壁の向こうもそうではないかと俺は見ている。


「こりゃあダメだね。隔壁のすぐ向こうは完全に水没してる。今隔壁を空けたら、こっち側に流れてくるよ」


「やっぱりか。水は通路の高さいっぱいまであるのか?」


「天井に少し空きはあるけど、それぐらいであとは全部埋まってるよ」


 大体予想通りか。

 この船のどこに、そしていくつの浸水箇所があるのかは分からないが、少なくとも浸水箇所が海面より下にある間は水は出ていかないだろうから、とりあえずは船全体を海面から上げて水が出ていくのを待った方がよさそうだ。






 そんなわけで船から一旦外へ出て、飛空艇を使って船を引っ張って、船体を完全に砂浜まで乗り上げさせる。

 係留用のワイヤーを飛空艇で引き、砂浜に筋を作りながら完全に砂浜へと乗り上げた船体からは水が漏れ始めた。


 どうやら船の横腹と船底にかなり大きい亀裂があったようで、そこから静かに海水が吐き出されていく。

 深海に沈んだにしては、高水圧に押し潰された痕がほとんど見られないのは、かなり水深の浅い段階に船内が海水で満たされた証拠だ。


 10分も待てば海水の流出も大人しくなっていき、もうほとんど内部に水が無くなったと判断したところで、船内の探索を再開した。

 再び足を踏み入れたラウンジはまた暗くなってしまっていて、どうやら補助動力に込めた魔力が尽きてしまったようで、再び補助動力を起動させてから通路へと踏み入り、あの行き止まりとなっていた場所まで戻ってきた。


「どうだ、パーラ」


「…うん、水は無くなってる。けど、なんか床に色々と散らばってる感じだね、これ」


 隔壁の向こうの様子を改めて探らせたところ、水は引いたようだが今度は何かが床に散乱しているのをパーラが察知した。

 まさか地雷かとも一瞬考えたが、この船は避難した民間人が多く乗っているっぽいので、そんなものを通路に仕込む理由がない。


「パーラ、お前の感覚でいい。危険性はありそうか?」


「どうだろ?多分ないと思うよ。音の返り方が軽いから、罠とかそういうのとは違う気がする」


 音が軽いとなんで罠じゃないのかは俺には分からないが、パーラがそういうのなら今はそれを信じるしかない。

 思い切って隔壁を開けてみることにしよう。


 幸い、ラウンジとは違って通路の隔壁には緊急時の開閉装置が備わっており、甲板で見つけたもののミニサイズのものを同じ手順で動かし、開いた隙間に二人がかりで組み付いて横に開いていく。

 人が通れるだけの隙間が出来、ランプを先頭にして進んで見ると、パーラが言った散らばっているものというものの正体が明かりでよく見えた。


「なにこれ!?すごい数…」


「こりゃあ十人二十人じゃきかねーぞ」


 俺達の目に映ったのは、通路の床を埋め尽くさんばかりに散らばる夥しい数の骨だった。

 数人程度の人骨ならともかく、見える範囲を埋め尽くすほどの数ともなれば、このパーラの驚きようも当然のものだ。


 頭蓋骨で人数を数えてみるが、ランプの明かりが届く範囲ですら十人は下らず、ランプを持ち上げて少し遠くに光を届かせてみても骨の絨毯が途切れる気配はない。


「ねぇ、もしかしてこれ全部…」


「ああ。隔壁で閉じ込められて、そこに水が来て溺れ死んだんだ。ここ見てみろ。引っ掻いた跡がある」


「あ、ほんとだ。…なんかこれ怖いね」


 背後にあるたった今開けたばかりの隔壁を見ると、そこには無数の引っかき傷が刻まれていた。

 傷の高さ、幅等から同一人物のものではなく、大勢の人間によるものだと想像できる。

 分厚い隔壁相手に意味はないとは分かっていても、迫る水の恐怖にそうせずにはいられなかったに違いない。


 恐らく、死の間際まで隔壁に縋りついていた恐怖と絶望が、この傷跡として残ったのだろう。

 こちら側にも緊急開閉装置はあったが、使われた形跡がないのは、それだけ混乱していたというわけか。


 言葉もないとはこのことだろう。

 あの日記も精神的にくるものはあったが、この隔壁前に押し寄せる遺体の数々にも背筋に走るものを覚えてしまう。

 浸水時の対処がこれだけの遺体を生み出したと考えると、この船に染みついた無念は一体どれほどのものか。


 アンデッド化を警戒しつつ、大量の骨をなるべく踏まないように奥へ進んでいくと、エレベーターを発見した。

 仕組みはソーマルガ号のそれとよく似ており、呼び出しボタンを押せば目の前の扉が開くと思うが、残念ながら動力が来ていないのでボタンを押しても反応はない。


 こうも色々と動力がないのを不便に感じてしまうと、先に動力を復活させた方がいいと思えてくる。

 今いる場所は居住空間だと思われるので、動力部を目指すならやはり下か。


 基本的に船というのは転覆しないように重心を下に置く構造をしており、エンジンなどの特に重量のある設備はほぼ全てが最下層に配置されるはず。

 これまで見てきた高度な古代文明では理に適った造りが多かったため、この船もまた効率的な造りをしているものと考えられる。


 エレベーターから少し離れたところに階段を見つけ、早速それを使って下を目指していくと、途中途中に掲げられているプレートの文字の中に、収束動力炉という文字を発見する。

 その階層はまだ水が完全に抜けきっておらず、丁度俺の腰より少し上の辺りまで浸かってしまっていた。


 一応歩けないことはないのでそのまま進むことにして、動力という言葉は俺達が求めていたものであるため、プレートの案内に従って拉げた扉の隙間に体を滑り込ませて中へと入る。


「うわ、ここも骨だらけだね」


「それだけ短時間で浸水があったんだ。逃げる暇も無く溺れ死んだ人間も多かったんだろうな」


 開け放たれた先は当然ながら真っ暗闇で、ランプが照らした先ではまず白骨遺体が目に付く。

 ここまでも見てきたおかげで多少は慣れたが、また白骨遺体かとつい溜め息も出る。


 ただそういうのとは別に、明かりを受けて存在を強く主張するものもある。

 広い部屋の中央に鎮座している巨大な影、恐らくこの船の動力源だと思われるものだ。


 多面体の水晶に数多くのパイプやケーブルが繋がれたそれは、俺が知る古代文明の動力源としては初めて見るタイプで、どこぞの成り上がり企業が好んでロビーに飾りそうな見た目をしている。

 とはいえ、配置的にこれが動力の中心装置であるのは間違いないようで、これから俺達はこいつを稼働させなければならない。


 手始めに、入ってすぐの場所に見つけたコンソールを弄ってみるが、そもそも動力が無いので反応はない。

 まあこれは予想していたので別にいい。

 次にコンソールの周りを探ってみる。


「パーラ、ここの周りに明かりを頼む」


「はいよ。こんなもんでいい?」


「もうちょい下げてくれ。…そこだ。そこがいい」


 この手の大掛かりな機械ともなれば、再起動のための手順書なんかがどこかにあるはずなのだ。

 実際、カーリピオ団地遺跡では普通に見つかっているので、同レベルの古代文明によって生み出されたと思われるこの船にも必ず存在する。


 パーラに明かりを担当してもらって見ていくと、緊急時云々と書かれたパネルが目に入り、そこをこじ開けると目当てのものが見つかった。

 ラウンジでも見つけた、あの補助動力だ。

 同じ手順で魔力を注入すると、コンソールが低音と共に起動した。


「よし、これで動力源が起動できるかもしれんぞ」


「かもなんだ」


「まぁ俺は専門家ってわけじゃないしな」


 コンソールに取り付き、地球のものとはまるで異なる物理キーボードを手探り状態で触りながら、画面に表示される情報を見ていく。

 これによると、今動力が落ちている原因は、船が浸水した際にこの部屋も水で満たされてしまい、安全装置が働いたせいだ。

 ある程度水が抜けた今なら、再起動の手順を踏めばすぐにでも稼働するようではある。


 そして再起動の手順はコンソールに表示されているので、後はこの通りにすれば動力は復活する。

 勿論、壊れていなければの話だが。


「アンディってさ、ほんとこういうのに詳しいよね」


 背後で俺の作業を見ていたパーラが、突然そんなことを口にした。

 声の調子には特に深い意味はなく、純然たる疑問と言った感じで聞いたようだが、俺としては前世の知識も多少活かしているので、少し言いにくいところはある。


「前に一回、似たような遺跡を再稼働させてるからな。その経験だよ」


 遺跡の機構としては違いはあれど、人間が使うものという前提である以上、大抵は使い辛く作らないものだ。

 画面の指示に従っていけば誰にでも扱える。

 …いや、流石に誰でもは言い過ぎか。


 画面に表示された通りにコンソールを操作し、後は少し離れたところにあるでかいレバーを下げたら完了という状態になった。

 ただ、レバーとコンソール側のスイッチを同時に押さなければならないという仕様であるため、ここからはパーラにも操作に加わってもらう。


「んじゃレバーは俺が倒すから、合図したらお前はこのスイッチを押してくれ」


「この光ってるやつ?」


「ああ。俺が三つ数えたら押せよ」


「分かった。数えるのは三から?」


「三からだ」


「一でちょっと待つ?それとも同時?」


「待つ…いや、やっぱ同時で」


「了ー解」


 パーラがタイミングを細かく聞いてきたのは、実は緊張しているからだろう。

 よく分からない機械の操作をいきなり任せたら仕方ないか。

 少し態度は固くとも信頼はしているパーラにコンソールを任せ、俺はレバーに手を掛ける。

 あとはパーラのスイッチと同時に倒すだけでいいはず。


「パーラ、準備はいいか?」


「いつでもいいよ」


「よし、三…二…一!」


 レバーにかけていた手に力を入れ、思いきり下へと下げる。

 すると動力炉の方から重低音が鳴り始めた。


「やったか」


 新しい動きがあったことで稼働を確信し、動力炉へと視線を向けた次の瞬間。

 水晶体の表面から強烈な光が迸る。


「ぎゃぁぁああっ!目がっ、目がぁー!」


「アンディ!?」


 フラッシュバンもかくやという光が俺の目を焼き、思わずその場に蹲ってしまう。

 新手の攻撃かと警戒し、体に怪我などがないか感覚で探る。

 しかし目以外には特に異常はなく、聴覚や嗅覚といった他の感覚はちゃんと機能しているのは分かる。


 となれば、今のは俺達を直接害する何かではないということか。


 もしかしたら、あの光は動力炉が起動するときに必ず発生するものだったのかもしれない。

 それを直視してしまった俺は、こうして目をやられたわけだ。

 まさか失明とまではいかないだろうが、暫くは目を休ませた方がよさそうだ。


「アンディ、大丈夫!?目、見えないの!?」


「あ、ああ。多分、光で目をやられた。そっちは大丈夫か?」


 俺を気遣って背中に触れてくるパーラの手の温かさが今は有難い。

 ……ん?なんでこいつは俺のとこに来れたんだ?

 あの光を見て俺はこんな状態なのに。


「なあパーラ、お前は大丈夫だったのか?」


「え?うん。だって画面に強い閃光に注意って出てたし。だからスイッチ押してからすぐに目を瞑ったよ」


 なるほど、動力炉を起動させるとあの光が発せられるのは仕様だったわけか。

 だからコンソールでは注意を促す表示が出て、パーラはそれに従った、と。

 ここで気になる点が一つ。


「そうか。…それって俺に伝える暇なかったか?」


「……さあアンディ、少しお休みよ」


「おい」


 こいつ、俺に伝えるのを忘れやがったな。

 妙に強い力で俺を座らせようとしてくるのは、罪悪感の表れだと俺は受け取るぞ。


 色々とパーラに言いたいことはあるが、俺も用心が足りなかったのは自覚しているので、あまり強く追及はしないでおこう。

 それよりも、目の見えない俺に代わってパーラが調べたところ、動力炉の再起動は無事に成功。

 勿論、あの強い光は起動時の一瞬だけで、今は動力炉は微かに青白く光っている程度だそうだ。


 とりあえずは一安心だが、現状はすぐに動けるという状況にはない。

 俺の目がこんななので、回復するまではこの場に留まることになる。


 視界はまだ灰色と黒を行ったり来たりしている感じだが、少しずつ物の輪郭が分かり始めてきている。

 多分、あと10分か20分ぐらいで視力は回復するはずだ。

 それまでは少し長めの休憩としよう。


 見えはしないが、どうやら排水機構が作動し始めたようで、足元の水が徐々に引いているのは分かる。

 まだ床は濡れてはいるが、座るのには困らない。


「あー、喉渇いたなー。パーラ、水ー」


「喜んでー!」


 壁に寄り掛かって水を要求すると、パーラが持ち上げた水筒を俺の口に触れさせる。

 そのまま口を開けると、ゆっくりと水が送り込まれてくる。

 別に水筒を手渡してくれれば普通に飲むのだが、目をやられた俺に責任を感じて、パーラは俺の隣で介護するように控えていた。


 もう無駄に水を要求するのこれで三度目だが、声に嫌な色は見られず、かいがいしく世話をしてくれる。

 俺としてはもう思う所はないのだが、パーラに世話をしてもらうのがなんだか新鮮なのでもうしばらくはこれを味わってみたいという欲求に襲われている。

 まあ目が見えなくて不便なのは事実なので、今は甘えさせてもらおうか。


「んー、ちょっと小腹が空いたなー。パーラ、なんかないか?」


「あ、じゃあ今携帯食を」


「いや、あの蜂蜜を使ったやつあったろ。あれ食いたい」


「え、でもあれ私が取っておいたやつ…」


「うっ、目が」


「喜んでー!」


 意地が悪いと思われるだろうが、これはちょっと気分がいいな。

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