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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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ウツボはなんでも噛む

 ズンという重い音と共に、船体が大きく揺れる。

 飛空艇の前方を映している画面には、鋭い牙が並んだ生物の口内が画面いっぱいに映し出されている。

 あの亀裂から飛び出してきた巨大ウツボが、現在進行で飛空艇の前部に噛り付いているようだ。


 このウツボは飛空艇を丸のみにするほどの大きさではないが、噛みつく力は相当なもので、先程から外圧に対する警告が手元のディスプレイに表示されっぱなしだ。

 今すぐ致命的とはなっていないが、咬合力が増してくるといずれは外殻に損傷が出かねない。

 そうなれば、高水圧も加わって一気に飛空艇は押し潰されてしまうだろう。


「ちぃっ!緊急浮上するぞ!海中じゃ分が悪い!パーラ!早く席に着け!」


「こいつは!?噛みつかれたままだよ!」


「そのまま連れてく!行くぞ!」


 一秒すらも勿体ない中、怒鳴るように言葉を交わした俺は、飛空艇を浮上させるべく操作を行う。

 飛空艇の船首を上へと向けて、推力最大で海面を目指す。

 言葉にすればそれだけだが、実際にやるとウツボが取り付いている分だけ重量が傾いており、中々船首が持ち上がらない。


「まじかよっ、クッソ重てぇ!」


 目いっぱいに引いている操縦桿が飛空艇の挙動に全く反映されず、つまりそれだけの重さが飛空艇の先端に張り付いているわけだ。

 まだ船首は上を向いておらず、今飛空艇を前進させたらより深い場所へと落ちていくことになる。

 この状態で後退をすれば海面には向かえるが、後退時は前進時よりも推力は落ちるため、果たしてこの重量を抱えたままで浮上できるかどうか。


 それでもやらないよりはと、飛空艇を上へ向けて後退させるが、やはり浮上の速度はほとんど出ていない。


「アンディ、やばいよ!全然浮上できてないって!」


「分かってる!こいつが重すぎんだよ!こんなことなら飛空艇にバリスタでも載っけとくんだった!」


「そんなの水中じゃ意味無いって!」


「そりゃそうだ!」


 意外とピンチの時こそ口が滑らかになるもので、飛空艇に武装を施さなかったことを悔やんだり、水中でのバリスタの有効性を正しく突っ込まれたりと、賑やかさには事欠かない。

 とにかくどうにかしてウツボを引き離そうと、船体を上下左右に振ってみるが、一向に噛みつきをやめる気配がない。


 一体何がこいつをそうさせるのか。

 一度噛みついたら絶対に離さないという決意じみた何かが伝わってきそうだ。

 仕方ない。

 出来ればやりたくはなかったが、最終手段だ。


「パーラ、体はちゃんと固定してるな?」


「してるけど…何するつもり?」


「船体を回転させる。その勢いでこいつを引き剥がして、一気に上に逃げる」


 画策するのは、ヨーイングとロールを織り交ぜた回転で、飛空艇に噛り付いているウツボを遠心力で吹き飛ばすというもの。


 見たところ牙は船体外殻に突き刺さっていないため、これで引き剥がせるはずだ。

 だが引き換えに、これをすることで船内の荷物で固定されていないものはそこらに散らばることになるので、後片付けが大変になるだろうが、この状況を抜け出すためにはやむを得ない代償だ。


「げ…正気?」


「本気、と聞けよ。いくぞ!しっかりつかまっとけ!」


「ちょまだつかまってな―早い早い早ぃいー!」


 パーラの悲鳴を聞きながら操縦桿を急激に右へと倒し、船体を勢いよくロールさせる。

 これが空中なら高速で回転したところだが、深海だと水の抵抗で回転の速度は落ちるため、遠心力の効きが弱い船内では、今頃散乱した物で地獄絵図が出来ていることだろう。


 飛空艇の急な回転によって、ウツボも噛みつくのが辛くなっていると思いきや、二回三回と回る画面に映る凶悪な牙はがっちりと食いついたまま外れる気配はない。

 どれだけ強い咬合力を発揮しているのかと、段々腹が立ってくる。


 果たしてこのまま回転を続けてこいつを引き剥がせるのか少しだけ不安を覚えてきた頃、突然画面いっぱいだったウツボの口が消え去った。

 別に画面がダウンしたわけではなく、どういう理由かウツボが口を離して横へと泳いでいったのが画面端の方に見えた。


 一体なぜ、と思ったがその原因はすぐに分かった。

 先程まで広範囲を照らすために散らされていたサーチライトの明かりが、今は完全に絞り切られて一条の光となって前方へと延びていた。

 今サーチライトの操作は俺の手元から離れているので、それを動かしたのはパーラということになる。


「でかしたパーラ!」


「丁度いいとこに目があったからね!」


 どうやら強力な光をウツボの目に当てて驚かせたようで、深海で光に慣れていなかった目にはさぞや強烈な一撃となったことだろう。


 飛空艇の先端に組み付いていた重量が解消されたことで、船体は浮上へ向けての障害が一切なくなった。

 とはいえ、またいつあのウツボがこちらへ噛り付いてくるかわかったものではないため、姿勢は船尾が海面側へ向いているのをそのままに、一気に後退をする。

 前進時よりも多少速度は劣るが、今はとにかくこの場所から離れることを優先するべきだ。


 高度計の数字がマイナスからプラスへ向けてドンドン数字を変化させていく中、飛空艇の前方を映す画面に再び厄介な物が移りこむ。

 どこかへ行ったと思っていたあのウツボが戻ってきて、俺達を追いかけ始めたのだ。


「げぇっ…アンディ、あいつ来てるよ」


「ああ、見えてる」


「どうするの?また噛り付かれたら…」


「今の速度ならこっちが海上に出る方が先だ。ギリギリ逃げきれる」


 彼我の距離はジリジリと縮まってきているが、高度計の上がり方から判断して、俺達の方が先に海面を抜けられる。

 先程サーチライトで目潰しをしたのがよっぽどムカついたのか、なんとしてもこちらを食い殺さんと迫る画は迫力が凄い。


 それにしても、このウツボは深海に棲む生き物とばかり思っていたが、それなりに浅いところでも活動できるのか、浅深度までやってきても水圧の変化に外観上はほとんど影響されていないようで、目玉が飛び出るということも無く相変わらず凶悪な面構えのままだ。

 深海1400メートルから浅深度まででも普通に活動できるものなのか、そう考えるとこの世界の海は恐ろしい生き物で満ちていると、こんな時でもしみじみ思う。


「じき海面だ!気を付けろよ!」


 高度計は既にマイナス二桁を示しており、もうすぐ海面へと飛空艇の尻が突っ込むことになる。

 往々にして高速で海中から空へ躍り出ると振動と衝撃が襲い掛かって来るもので、それによって搭乗している俺達にも色々と影響がある。


「気を付けるってなにに!?」


「舌噛むなってことだ!」


 そう言い切るや否や、遂に高度計はプラス表示へと転化し、飛空艇は激しく揺れてその身を海中から脱することが出来た。


「よっしゃ!逃げ切―」


「まだ!追ってくる!」


 俺が逃げ切ったと言い終えることすら許されず、船首が向いている波立つ海面から大きく口を開いたあのウツボが飛び出してきた。

 恐るべきことに、まだあきらめていないこいつは海中からジャンプしてこちらを追ってきたのだ。


 鮫やイルカなんかは水面から数メートルの高さまでジャンプできるというのは聞くが、まさかウツボで、しかもこの巨体がそれをやるとは、異世界の海恐るべしだ。


 などと、ここまでの思考は一秒にも満たない内に行われたもので、迫りくるウツボの口はもう飛空艇に届きそうなほどにまで近づいている。

 今、俺の視界に映る世界がまるでスローモーションのようになっているのは、それだけこの状況がヤバいということで、つまり俺達は今ピンチだということだな。うん。


 体感的にゆっくりとウツボの口が閉じ始め、どうにか避けるための操作と、最悪のケースで飛空艇を捨てての脱出まで考えたところで、ウツボの姿が早戻しのように海中へ引っ張り込まれていった。

 そこで極限状態だった感覚から解放され、俺の世界は再び元のスピードに戻っていた。


「…これって、私達助かったの?」


「のようだな。しかしなんで…」


 どこか釈然としない声色のパーラに、俺も同意の言葉をつぶやく。

 今のウツボの勢いだと、ジャンプの最大到達点にまだ若干の余裕がある感じだった。

 飛空艇は確実にその顎に捉えられると覚悟していたのだが、実際はジャンプの最大到達点よりもずっと前に海中へと落ちていったことが妙だ。


 なぜとウツボの行方を追って海面を注視していると、バシャバシャと波打つ影が見えた。

 うねる体が時折海面から飛び出していることからそこにいるのは分かるが、何かと格闘しているかのような激しい動きは、一体何を相手にしているというのか。

 そして、あのウツボの相手をしている存在こそが、俺達を食らおうとしていたウツボを海面へと引きずり込んだ張本人であり、まず間違いなく同等の化け物であろうと推測できる。


 そんな風に考えていると、徐々に波立つ海面が治まっていき、遂には凪いだような静けさが訪れる。

 正体の知れない何かがウツボを引きずり込み、遂には黙らせたのかと知らずに喉を鳴らしたと同時に、海面が爆発した。


 しぶきと共に姿を見せたのは俺達を襲ったウツボと、そのウツボの胴体を貫く一本の角だ。

 ちょっとした鉄塔ぐらいはありそうな太さと長さのその角は、多少海面から姿を覗かせている姿から、持ち主の額辺りから伸びていることが分かる。


 ちょうど地球で言う所のイッカクという生き物に近い形だが、こっちはどちらかというと鯨の格好をしたユニコーンというのが正しい形容かもしれない。

 イッカクは牙が変形して角っぽくなっているのに対し、こちらは完全に額から生えた角という形がユニコーンらしい印象を強めている。


 ウツボよりも明らかな巨躯に、この海域での強者としてはこのイッカクっぽい生き物が頂点でもおかしくはない気がしている。

 獲物としてのウツボを仕留め、こうして海面に姿を見せたのはもしかしたら次のターゲットに俺達が選ばれているのではないかと警戒したが、俺達の方は一顧だにせずにゆっくりと海中へと戻っていく姿に、思わず安堵のため息を吐く。


「ぷっふぅー…。見逃された、のか?」


「はぁ~…というより、見てもいなかったんじゃない?私達を」


 いつの間にか呼吸を忘れ、全身に冷や汗をかいていた俺は、完全にその姿が見えなくなったことでようやく呼吸を取り戻すことが出来たようだ。

 それはパーラも同様で、シートに体を預けて呆けるその姿は、恐らく今の俺も同じ姿をしているのだろう。


 今のイッカクっぽい奴、もうイッカクモドキと呼ぶとして、あいつはまず間違いなくこの世界の生物としては上位の存在だ。

 生身で対峙していないにもかかわらず、全身を襲った悪寒とプレッシャーは、以前遭遇した飛竜なんかとかなり近い。

 下手をすれば、こっちの方が飛竜よりも上かもしれない、それほどの存在としての強さを画面越しに感じてしまった。

 正直、今後海に潜るのが躊躇されそうなぐらいだ。


「…なんか疲れたな。今日はこの辺にしとくか?」


「賛成ー。なんか一気に色々と起きすぎて参っちゃったよ。遺跡の中の調査とかは明日にしよう」


「だな。じゃ帰るか」


 時間的には日暮れまでまだ早いぐらいだが、ドッと疲れた体にこれ以上の探索は無理だ。

 それになにより、今海に入るとあのイッカクモドキに会いそうで怖い。

 これ以上の調査は明日以降に回すとしよう。


 拠点としている島まで戻ってきて、まずは飛空艇の状態を確認する。

 操縦席のディスプレイに表示されるステータスでは、異常なしとなっているが、やはり目視での確認はしておくべきだろう。


 主に攻撃されていたのは飛空艇の船首に当たる部分であったため、そこを重点的に見ていくと、やはり外壁には擦り傷が目立つ。

 付きたてられていた牙によってつけられたものだが、幸い表層の極薄い部分が傷ついているだけのようで、これなら飛空艇の機能を損なうことはないはずだ。


 一先ず明日からの調査には問題ないことはわかりホッとしたが、同時にあの恐ろしい生き物がいる海にまた潜ることになると思うと気が滅入ってくる。


 そりゃあ深海は危険だと覚悟はしていたよ?

 けどまさかあんなとんでもない生き物と普通にエンカウントするとは思っていなかったのだ。


 とはいえ、折角見つけた遺跡だ。

 多少の危険に目をつむってでも何かを持ち帰りたいという欲は捨てきれない。

 遺跡の亀裂に陣取っていたウツボはいなくなったし、明日は遺跡へ行って何かしらの収穫を得たいものだ。


 飛空艇が問題ないのがわかったところで、俺は飛空艇の中に戻っていく。

 こっちが終わったら中での仕事が待っているのだ。


 今に足を踏み入れると、片付けをしているパーラの姿が目に付く。

 室内はあのウツボからの脱出劇のせいで、まるで竜巻にでもあったかのような散らばりようだ。


「あ、そっち終わった?」


 惨状に塗れた景色を眺めている俺に気付いパーラが、床を拭いていた姿勢のまま声を掛けてきた。

 パーラのいる場所は酒類を置いていた棚があった所だったため、横倒しの小樽から零れた酒で床が水浸し状態となっており、それを拭くのも一仕事といった感じだ。


「おう、特に問題はなさそうだったぞ」


「そっか。じゃあこっちのほう手伝ってくれる?あっちの方に寄せておいたのを、残すのと捨てるのをアンディで判断して分けちゃって」


 そう言って指差す先には、無事だった品が小山となっており、調味料類なんかも纏めて置かれていた。

 ここにあるのは主に俺が使うものばかりなので、パーラでは仕分けが判断できないのだろう。


 それなりの手間と長い時間をかけて集めた調味料だったが、大体三割ほどの品が喪失となってしまい、俺としては中々ショックではあるが、命を懸けた代償だと考えれば目をつむるしかない。


「ぅぐ!メジヤのピクルスもダメか…最後の一瓶だったんだがなぁ」


 手に入れにくい品がダメになって惜しいが、命の代償だ。


「あ!ハチミツもかよ!くそっ、こっちじゃバカ高いってのに…はぁ~あ」


 命の代償…で収まるか!

 ここまでダメになったのはあのウツボ野郎のせいだ。

 次に見つけたらかば焼きにして食ってやる。

 同一個体かどうかなんて関係ない。

 そうしないと気が済まんわ。





 翌日、朝から飛空艇を飛ばして、例の遺跡のある海域までやってきた。

 凡その場所は記憶していたが、遺跡が沈んでいる正確なポイントまでは流石に分からないため、これから潜って少し探す必要がある。

 とはいえ、そう大きく外れてはいないと思うので、それほど時間はかからず目的地には到着できるはずだ。


 徐々に高度を落としていき、海面すれすれになったあたりで飛空艇を停止させ、ゆっくりと海中へと沈んでいく。

 前日と比べ、潜水時に少しだけ緊張感が高まっているのは、昨日の出来事があったせいだ。

 俺もパーラも、船外の様子を警戒して一言も発することはない。

 若干ビビりながらも飛空艇を動かし、昨日見つけたあの遺跡の前までやってきた。


「…パーラ、ライトを頼む。遺跡の様子を探るぞ」


 幸い、ここまでの道中であのイッカクモドキとは遭遇していないし、この近くにいるような感じもない。

 だが警戒を解くわけにはいかないので、まずは遺跡に昨日との違いがないかを調べる。

 サーチライトはパーラに、操縦は俺と分担しつつ、周囲の警戒は怠らないで臨もう。


「了解。じゃまずは亀裂の方を…うん、何もいないね」


 遺跡に近付き、真っ先に気になる亀裂の方へライトを向けるが、巨大ウツボがいた場所はぽっかりとスペースが出来ており、どうやら二匹目のウツボは現れていないようだ。

 早速そこに突っ込みたい衝動を堪え、まずは周辺に危険がないかを調べる。


 念のため、遺跡を中心にして半径100メートルほどを見て回り、危険がないことが分かったところで、いよいよメインディッシュだ。

 昨日はお預けとなった遺跡内部への進入をこれより行う。


「よし、これから遺跡内に入るぞ。パーラ、ライトの方は頼んだ」


「任せて」


 巨大な遺跡ではあるが、飛空艇ごと入るのに適しているとは思えないので、内部で動くのには操縦に集中することになる。

 そうなると、ライトの操作を担当するパーラの働きが非常に重要だ。

 どこを照らすかによって発見物が変わってくるため、パーラの采配次第で遺跡の調査は不完全なものとなってしまうかもしれない。


 まぁ俺も可能な限り内部の様子には気を配るし、中ではゆっくりと移動するつもりなので、そうそう致命的な見落としはないはずだ。


 そんな気構えを持ちながら、亀裂から遺跡内へと進入していく。

 早速ライトに照らされて明らかとなった内部の様子は、ある意味予想していた通りのものだった。


 長い年月で完全に遺跡は魚達の天国となっており、海藻や貝などがそこかしこに張り付いている光景は、よくテレビなんかで見る海底で発見された大昔の船なんかとよく似たものがある。

 今飛空艇は円筒状の通路を進んでおり、広さ的には十分な余裕があるのだが、これだけのスペースが確保されているのには一体どんな目的があったからなのか。


 一応考えられるのは、元々あった内部構造は海底に沈んだ際に破壊し尽くされて、その結果がこの筒状にぽっかりと空いた空間となったという説。

 だがこれだと、もっと破損前を推測できる痕跡が見られるはずだが、今いる場所は随分と片付いたものだ。

 遺跡に由来する破片やパーツなんかは驚くほど少ない。


 つまり、この広い空間は意図して設けられたもので、それはこの遺跡がどのような目的で作られたものだったかを推測するのに重要な情報となる。

 まるで巨大な砲身のようにも思えるこの形に、精霊が語ったあの山を消し飛ばしたという逸話が頭をよぎった。


 僅かに残された鏡面処理の痕や腐食痕が少ない素材は熱に強いように感じられ、実体弾を撃ち出すというよりもレーザーやビームといったエネルギー体を弾にしているのではないかと予想する。

 仮にこれだけの規模が砲身ともなれば、山一つを吹き飛ばせるのも頷ける。


 ここまではあくまでも俺の予想に過ぎないが、そう外れているとは思えないだけに、この後の調査で手に入る情報での裏付けに期待したい。


 体感で30分ほど遺跡内を進み続けただろうか。

 若干下に向かって傾いている内部は、前に進むというよりはやや下降しつつ前進するという移動となっている。

 全体的に斜めで地面に突き刺さっている感じだ。

 ここまで見てきた遺跡内は、俺達にはもう既に変わり映えのしないものとなっており、特に収穫のない探索となってきていた。


「…それにしても何にもないね~。遺跡って言うぐらいだからもっと色々と転がってるもんだと思ってたのに」


 サーチライトを左右に振りながら、退屈そうなパーラのこの言葉は、実の所もう二度目になる。

 少し前にも同じセリフを口にしており、それだけこの探索が平坦で変化のないものだという証だ。


「多分この辺りからは得るものは無いな。重要な物は別なところに集中して保管されているか、そもそも海底に沈む際に喪失したかのどっちかかもしれん」


「じゃあ最悪は何も手に入らないかもしれないの?」


「そうだな。こういった遺跡の調査なんかじゃ何も手に入らないってことはよくあることらしいぞ」


 今の所、俺が関わった遺跡では何かしらの収穫を手にしていることから、そういう話を聞いたパーラは遺跡では必ずお宝が眠っているという感覚が強いらしい。

 遺跡の調査というのは主に過去にあったことを知るのがメインであって、遺物の発見なんかはおまけみたいなものだと心得るべきだろう。


「あれ?アンディ、ここ行き止まりじゃない?」


 パーラが言う通り、飛空艇の前方を照らすサーチライトは通路の終わりに届いている。

 目の前の壁はどうも稼働するタイプの隔壁などではなく、完全にここが行き止まりとなるようだ。


「ああ。この先は飛空艇じゃ無理だな。ここまでの間に横道はなかったか?」


「ちょこちょこそれっぽいのはあったけど、どれも飛空艇が通れるだけの大きさじゃないよ」


「じゃあ回り込むのは無理か。まさか飛空艇を降りて進むわけにはいかないしな」


 深海1400メートルは耐圧の潜水服を着込んでも活動できないほど過酷な場所だ。

 魔術でどうにかできるレベルでもない。


 まだまだ調べる余地はあるのだが、深海という環境がこれ以上の調査を阻んでくる。

 せめてもう少し浅い場所にあれば、サルベージできる可能性もあったのだが。


「あ、ちょっと待って。アンディ、右側見て。あそこの影になってる部分から奥に行けるんじゃない?」


 サーチライトが向けられ、それを目で追うと確かに右前方に奥へ行けそうな穴があった。

 元々空いていたというよりは、崩壊の際に出来た裂け目と言った感じで、飛空艇でもなんとか通れるぐらいの大きさのそれは、果たしてどこに繋がっているのか。


 飛空艇をその裂け目に近付け、サーチライトで奥を照らしてみるが、構造体の隙間のようなその先はまだまだ先が続いており、こうしているだけでは奥の様子は分かりそうにない。


「…ライトの限界よりもまだ先があるな。仕方ない、少し狭いがここに入るか」


「そうだね。せっかくここまで来たんだし」


 ここまで来て手ぶらで帰るのもなんだし、何か得るものが欲しい欲を覚えた俺達は飛空艇をさらに奥に向けて進める。

 ひどく狭い空間を暫く進み、前方に向けられていたサーチライトの光の輪郭が失われた時、俺達は通ってきた場所よりもはるかに広い空間へと出られた。


 飛空艇を停止させ、サーチライトをあちこちに向けて周囲の様子を窺ってみると、どうやらここは格納庫に当たる場所らしく、そこかしこに半壊した機械と思われる残骸が見つかった。

 ある程度形の残ったものも残ってはいるが、貝類や海藻の付着で凡その形意外に分かりそうなものはない。

 おまけに他のエリアへと通じていそうな通路はどれも飛空艇では入れない大きさばかりで、どうやらこの格納庫こそが俺達の本当の行き止まりとなるようだ。


「何ここ。凄く広いけど」


「多分格納庫だな」


「格納庫っていうと、ダリアさんのところのみたいな?」


「ああ、大体そんな感じだ」


「へぇ、てことは飛空艇とかあるんだ」


「いや、それはどうだろうな。ここのは水に浮かぶ方の船とかがありそうな感じだが」


 格納庫=飛空艇という思考になるのは、やはりソーマルガにある飛空艇の保管所以外を知らないパーラだからこそのものだろう。

 まぁ他にそういう施設があるとは思えないので、パーラのその考えは仕方のないことだとは思うが、俺がここを見た印象としては、どちらかというと船や潜水艦のドックといった感じを受ける。


 船を係留すると思われる設備や、クレーンと桟橋を足したような形をしたものなど、よくテレビで見る造船所と近い光景が見られる。

 古代文明が地球と似たような発展をしているとしたら、これらの使用用途にそれほど違いはないだろうから、俺の推測はそう的外れではないはずだ。


 生憎、船らしい船は残っていないので、そう推測するしかないのが残念ではある。

 せめて分かりやすいパーツでも見つかれば…。

 そう思って飛空艇を動かして周りを見ていくと、ドックの一番奥まった場所に横倒しされたような巨大な影が目に付いた。


 まるでドックの水が抜けて地面に擱座したようなその姿は、どこか鯨の死骸のようにも見える。

 しかしサーチライトを当ててみると、それが鯨などではないことが分かる。


 それは正しく船だった。

 水をかき分けて進むために船底は流線形を描いており、甲板に当たる部分には背は低いが艦橋のようなものも見受けられる。

 全長は100メートルほどはあろうそれは、ここから見える全体のフォルムはUボートにかなり近い。

 それが二隻、しっかりとした形で残されていた。


 周囲に他の船の姿が見えないことから、もしかしたらこの船は基地崩壊の際に脱出できなかったものなのかもしれない。

 このドックの広さに対し、残っている機械類の残骸の少なさから、多くの船は脱出できたが、この二隻だけが脱出できずに、こうして海底に沈んだのではないだろうか。


 この深さでも見事に形を保っているのは、流石古代文明といいたいところだが、それなら海底に沈んでも航行して逃げ出さなかったのは何故なのかという疑問が出てくる。

 俺達がこうしてここに来れたことから、脱出ルートが塞がれていたというのはまずない。

 とすれば、何らかの故障で航行不能になってしまったか、あるいはこの目の前の船には水中を航行する機能がないという可能性も出てくる。


 いずれにせよ、この船を地上に持ち帰って調べてみるに越したことはない。

 一応今回の遺跡調査での唯一の収穫となるかもしれないのだ。

 ちゃんと形が残っている船として、是非とも持ち帰りたい。


 ではどうやって持ち帰るか、というと、実はこの飛空艇には牽引用のワイヤーが既に取りつけてあるのだ。

 水中で外に出られないままに何かを持ち帰るために、急遽取りつけたものであるが、今回役に立つ場面がやってきて、まさに『こんなこともあろうかと』の精神が生きた形となった。


 牽引ワイヤーの使い方はいたって簡単。

 飛空艇の外にあるワイヤー付きのフックを、水魔術で誘導して目標に取り付けるだけ。

 幸い、目の前に横たわるUボート風の船には引っかける場所に困らないため、四本のワイヤーを干渉しないように取りつけ、後は引っ張っていくだけだ。


 大荷物を抱えたまま来た道を戻ることになるが、この船は飛空艇よりも横幅は無いので、どこかに引っかかるということなく実にスムーズに外へと出ることが出来た。

 あとはこのまま浮上して、拠点まで引っ張っていくだけだ。

 流石に吊り下げたままで飛ぶことはできないが、低空を保って引っ張れば問題ないだろう。


 二隻ともを持ち帰るには往復する必要はあるが、せっかくだ。

 両方とも俺達が貰うことにした。

 なにせ、今の所あそこまで行けるのは俺達の飛空艇ぐらいなので、まるっと頂いても文句はあるまい。


「アンディ、フックの取り付け確認したよ」


「おう、分かった。じゃ、帰るか」


 フックの固定を確認してくれていたパーラからOKが出たことで、俺達は地上へと戻れる。

 道中、決して気を抜けるわけではないが、それでもこの死の世界から解放されるとなれば、今からもう気分はよくなってくるというもの。

 自然と口の端に笑みが滲んだ俺は、飛空艇をゆっくりと動かし、遺跡の外を目指していった。

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