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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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未知と恐怖の深海探索

 ジンナ村から南南西、飛空艇で小一時間ほど飛ばした先に、砂浜だけで作られている小さな島がある。

 小さいとは言うが、飛空艇が降りるのには困らないぐらいの十分な広さはあり、ちゃんとした桟橋と高床式の建物を用意できれば、ちょっとした集落ぐらいは構えられそうだ。


 上空から見るとくの字の形をしたこの砂の島は、草の一本すら生えておらず、恐らく潮が変わればその大半が海の底へと沈むのだろう。

 上空から見ていた俺達だからこそ見つけられたもので、恐らく海を行く船からはよっぽど近付かない限りは見つけられないはずだ。


 辺りには他の島もなく、海にポツンと存在するそれこそが俺達の目指していた場所となる。


 以前、砂の精霊から教えられた古代兵器の発射基地と思われる遺跡を探す目印として、この島を探していたわけだが、こうして無事に見つけられたことに、正直安堵している。

 なにせ正確な座標は分からず、例の山脈に空いている古代兵器の痕跡の穴から発射地点を辿り、地図で凡その辺りを付けて飛ぶという、探索というものを舐め切った行動には不安しか感じなかった。


 しかし精霊は嘘を言わないというこの世界のルールを信じ、思いっきり高度を取って探し続けた結果、見事目当てと思われる場所を探し当てた俺に、是非拍手をください。

 とっても頑張ったので。


「はー、本当にあったんだね。アンディが海の底の遺跡を探しに行くって急に言いだした時はとうとうやられたかと思ったよ」


「俺が何にやられたってんだ。言ったろ、確かな筋からの情報だって」


 操縦席の後ろからぬっと顔を突き出してきたパーラが心外なことを言う。

 なんだ、俺が砂漠の日差しで頭をおかしくしたとでも?


 だってしょうがないじゃないか。


 遺跡の情報は精霊から聞きましたって言っても信じてもらえないだろうから、『なんかー、南の方に―?遺跡があるってー、聞いたんだけど―、ちょぱっと行ってみない?』と言うしかなかったのだ。

 あんなふんわりした情報で探索に赴くなど、確かに俺の頭の中身を疑われても仕方ないが、それでもこうして見つかったのだからよしとしてくれ。


「で、あの島を中心に探索するんだよね。しかも海底を探すんでしょ?」


「ああ。一応この飛空艇は水中での活動もできる性能はあるからな。とりあえず島を中心に半径一キロを当分の探索の範囲とするつもりだ」


「一キロかぁ…。結構な広さだね。水中を探す手段は一つだけだし、二手に分かれられないから時間かかるよ?」


「分かってるって。流石にちょっと潜ってすぐ見つかるなんて思ってないさ。一応食料も水もたっぷりと積んできたし、じっくり探すとしようぜ」


 遺跡の探索に長期間かかることは分かっていたため、アイリーン達には先に話をしておいたし、ロニも村の方で預かってもらうことになった。

 仕事を処理できる人間が減ることにアイリーンが渋い顔をしていたが、遺跡発掘と言われてソーマルガの人間としてはダメとは言えずという感じで、村を離れる許可を貰った。


 というか、いい加減俺を組み込んで仕事のスケジュールを立てるのをやめたほうがいいと前々から言っているのだが、その度に人材を目下育成中と言われてしまっている。

 今はまだアイリーンのところ以外に用事がないからいいのだが、いつか村を離れる時が来た時に困るのはどちらかを考えると、早めに俺の代わりが育って欲しいものだ。


 ひとまず砂浜に飛空艇を降ろし、簡単に拠点の設営を行うことにした。

 と言っても、寝泊まりは飛空艇でするし、満ち潮で海中に沈むと思われる砂浜になにかを置いたり建てたりすることはしない。


 その代わりというわけではないが、砂地の深くまで鉤付きの杭を何本か打ち込み、そこにロープで繋いだ浮き球を括りつけていく。

 十本ほどの浮き球付の杭を固定し終えたところでパーラに後を頼む。


「んじゃパーラ、頼むわ」


「はいはーい。それじゃちょっと下がってねー」


 そう言って俺と場所を変わるようにして立ったパーラの目の前には、横一列に並べられた浮き球がある。

 それぞれ杭に繋がれているそれらのうちの一つに軽く手を触れ、一つ大きくゆっくりと息を吸い込んだパーラが次の瞬間。


「すぅー…っぱぁっ!」


 勢いよく息を吐きだすと同時に、手が添えられていた浮き球が破裂音と共に吹き飛んでいく。

 これは風魔術によってパーラの掌に圧縮されていた空気が解放され、その勢いで一気に空に押し出されたわけだが、しばらく浮き球は飛び続けてからロープがピンと張り、海面へと落ちていった。


 これと同じことを残りの九個の浮き球に行い、あっという間に昼間の砂浜の周囲にはまばらに浮き球が見えるようになった。


「ふぅ、これで完了…と」


「ご苦労さん。んじゃロープの確認をしたら、ちょっと休憩にするか」


 流石に十個もの重量物をあの短時間で打ち出したのは疲れるようで、怠そうな顔をしているパーラをそのままにして、海へと伸びているロープを辿って杭の方へと向かい、結び目と杭の刺さり具合を見ていき、問題がないことを確認したところで飛空艇へと戻る。


 居間でくつろぐ俺達は、窓の外の波間に浮かぶ浮き球を眺めながら茶をすするという、ここ最近では一番落ち着いた時間を過ごしていた。


「そう言えばさ、あの浮き球って何のためのやつ?」


 手元のカップを弄びながら、パーラがおもむろにそんなことを聞いてきた。

 浮き球の役割については説明していたはずだが、まさかこいつ、俺の言ったことを丸っと忘れたのか?


「今朝話したろ。海流を見るためだって」


「いやそれは聞いたよ。私が知りたいのはなんで海流を見る必要があるのかってこと。遺跡の探索ならさっさと潜った方が早くない?」


「まぁそれもそうなんだが、海ってのはとにかく広いんだ。潜る前に得られる情報ってのは多いに越したことはない」


 あの浮き球はセンサーも何もついていない、普通に漁師が使う木製のものだ。

 それを海に浮かべているだけで得られる情報など些細なものだが、それでも情報は情報であるため、手に入れておけば何かの役に立つだろう。


「でもさ、海流を見たって遺跡の場所なんてわからないでしょ?」


「そんなことはないさ。海流ってのは海底の地形に影響を受けることが多く、急激に変化している海流があれば、その近くには特異な地形がある可能性は高いんだ」


「ふーん、そういうもの?…でもアンディ、海流の影響とかよく知ってたね」


「いや、俺じゃねーよ。この遺跡の調査に乗り出す前に、ジンナ村の漁師達に色々聞いたら教えてくれた」


 海底に沈んでいる古代文明の遺跡ということで、ジンナ村の漁師達に心当たりがないか尋ねてみたが、老人から若いのまで手応えのある答えは聞けなかった。

 その代わりに、海底を探すなら海流を見てみろという助言をもらったので、こうして浮き球を使うことにしてみたのだ。


 まぁあくまでも海流の調査は補助的な情報収集で、実際は飛空艇で海に潜るのがメインになるが、手元の情報の少なさから、こういうのにも手を出しておかないと発見までの道のりは遠すぎる。

 本職の漁師でも海洋学者でもない俺に海流がどれだけ読めるかは分からないが、多少の助けになればよしとしよう。


「さて、それじゃあそろそろ行くか」


 カップの茶を飲み干し、十分休んだところで次の行動に移る。


「ん、潜るの?」


「ああ。明るい内に軽く見ておこうと思ってな」


 基本的に海中は光が届きにくい環境だ。

 太陽があるうちならともかく、夜ともなれば目の前すらおぼつかない暗闇となるだろう。

 一応飛空挺にはサーチライトがあるとはいえ、明かりの照らせる範囲を考えると、なるべくなら明るい内に探索を行いたい。


 浮き球で海流を探るにはもう少し流れに安定して乗るのを待つ必要があるので、その間に軽くこの島の周りだけでも見ておこうというわけだ。


 そんなわけで、早速飛空艇を動かし、十分な深さのある場所まで移動すると、まずは海面に船体を浮かばせる。

 この飛空艇は海中での行動も可能だが、だからといっていきなり潜っていいというわけではない。

 操縦席のコンソールでちゃんとそれ用の設定をする必要がある。


 タッチパネル方式の画面をポチポチと弄っていき、飛空艇が浸水と水圧に耐えられるように設定する。

 元々AIっぽい補佐が利いている飛空艇には、船内の環境を自動で判断して保全するようにできており、潜水モードと呼んでも差し支えない機能がしっかり備わっていた。


 なお、船内の酸素は空調によって賄うことはできるが、それでも限界はあるため、継続して潜っていられる時間は凡そ7時間ほど。

 もっともこれは海水に潜る場合の話で、淡水であれば実はほぼ無制限に潜っていられる。


 飛空艇には船内の気密を保った状態でも、真水から酸素を発生させる機構があるのだが、海水には対応していないため、今回は使えない。

 ただ、全くできないというよりも、保障外というだけなので、実際はやろうと思えばやれるのだが、貴重な飛空艇の機構が壊れかねない手段は避けたいところだ。


 大事を取って5時間おきに水から出て、外気を吸引する必要があるのは、この先の探索にどれだけ影響するか、今はまだ未知数だ。


「よし、これから潜水開始するが、パーラは一応船内に異常がないか見て回ってくれ。ここじゃ見逃すような異変でも、貨物室とかなら分かるかもしれん」


「分かった。なんかあったら伝声管で伝えればいいよね?」


「ああ、頼む」


 初めて海に潜るのだから、色々と注意を払っておこうとパーラには機械に頼らない生身でのモニタリングをして欲しい。

 水圧なり浸水なりで問題が出れば、まず音として現れるはずなので、音に敏感なパーラにはそっちの方に回ってもらう。


 潜水用の設定を終え、いざ潜水となったところで、俺は自分の手がじっとりと濡れていることに気付く。

 飛空艇を初めて飛ばした時もそうだったが、今回も初めて海に潜るということで強い緊張を覚えているようだ。


 なにせこれから赴くのは人が生身で生きることを許さない過酷な世界だ。

 それにこの飛空艇は今の所空を飛ぶことに関しては問題はないが、もし不具合を検知できずに潜水機能を喪失していたら、俺達は海の底へ落ちていくしかない。

 まぁ空を飛ぶのも失敗したら落ちていくのは変わらないが、海中には強力な魔物も多いし、万が一があれば生きては帰れないだろう。


 この手を濡らしている恐怖を拭う意味も込めて、両手を服で軽く拭ってからしっかりと操縦桿を握り直し、飛空艇を水平に保ったままでゆっくりと潜航させる操作を行う。

 高度を操作するレバーがそのまま水中での深度を操り、前進と後退もそのまま使えるのは、空気中も水中も同じ操作感を共有できるように飛空艇側が補助をしてくれているおかげだ。


 外を映す全周囲モニターが海面から水中へとその投影の様子を変えると、澄んだ海水が陽の光を透かして色とりどりの魚やサンゴを照らす光景が俺の目に飛び込んでくる。


 海洋汚染のないこの世界の海は透明度が抜群に高く、二・三メートル潜ったぐらいでは地上とほとんど遜色ない見通しの良さに、不覚にも俺は感動で放心してしまった。


 波の動きで太陽の光も揺らめく海中の光景は、恐らく地球のリゾート地などのスキューバダイビングで見られるかもしれないが、異世界でこうして目にするとその感動も一入だ。

 すぐ先を横切っていった魚の群れは、地球で見るものとは全く別の姿をしており、まさにファンタジーな光景が広がっている。


 このまま暫く眺めているのも悪くないが、俺達の目的はスキューバダイビングではない。

 くそ広い海の底から遺跡を見つけるためにも、サクサクと行動を起こしていかなければ。


 ディスプレイには警告なども無く、このまま潜航状態を維持できそうだと判断し、念のためにパーラの方にも声を掛けてみる。


「パーラ、そっちでなんか異常とか確認できるか?」


『……今のところはないね。船内に浸水はなし、軋むような音もないからこのまま潜ってみても大丈夫だと思う』


 流石飛空艇だ、なんともない。


「そうか。一応そのまま様子を見ててくれ。何かあったら連絡な」


『了ー解』


 伝声管で異常なしを伝えられ、このまま飛空艇をもっと深い場所へ向けて動かす。

 現在の深度は凡そ70メートルほどで、これは飛空艇の計器から得ている情報なので正確だとは思うが、如何せん飛空艇には深度計などという気の利いたものはなく、高度計のマイナス表示が深度を教えてくれている状態だ。


 深度が200メートルを超えた辺りから、肉眼で物を探せる明るさは徐々に失われていき、水深300メートルを超えるともう辺りは夜の闇と変わらないぐらいだ。

 そのため、現在はサーチライトを頼った探索へと切り替えている。


 ライトは明るさは十分ではあっても照射範囲が広いとは言えないものなので、こまめにライトを動かしながら飛空艇を操縦するという、結構大変な作業を強いられていた。


「パーラ、異常は?」


『ないよ。圧力での変形もしてないみたいだし、浸水も全然だよ』


「ふむ…よし、じゃあ一旦こっちに戻ってきてくれ」


『はいはーい』


 ディスプレイに表示されているステータスは警告のけの字もない状態で、今のままで水圧には十分耐えられているし、気密も問題ないようなので、パーラにはいったん戻ってきてもらって、操縦の分担を頼むとしよう。


 ここから更に深度を下げていけば、水圧もドンドン増していくことになるが、それで不具合が出るなら一旦浮上すればいいだけの話で、今直面している操縦の複雑化に対応するためにも、パーラにはライトの方を任せたい。


「戻ったよ」


「おう、来たか。早速で悪いが、サーチライトの操作を頼む。俺は船の操縦をするからさ」


「いいよ。じゃあこっちの方に回して」


 そう考えているといいタイミングでパーラが戻ってきたので、早速ライトの操作を頼んだ。

 元々一人で動かせる飛空艇ではあるが、こういう操縦の分担が全くできないわけではなく、サーチライト程度であれば操縦桿以外での操作も行える。


 壁に備え付けてあるサブディスプレイの前へと移動したパーラは、早速椅子に座ってサーチライトの操作にとりかかった。

 俺の方はディスプレイで一部を除いたサーチライトの操作権を全てサブ側に譲渡したら、以降は船の操縦に専念する。


「アンディ、ちょっと右に傾いてる。明かりがズレるから修正して」


「ん、そうか。…これでどうだ?」


「うん、いいね。なるべく姿勢はこのままでよろしく」


 ゆっくりと進みながら、時折パーラから飛んでくる要求に従いつつ、体感で2時間ほど海底を彷徨ってはみたものの、未だ古代文明の残滓すら発見することが出来ずにいた。

 探索を開始してすぐに見つかるなどと楽観的な考えはしていなかったが、それでも何の手掛かりもないのは流石に退屈すぎる。


 せめて沈没船の一つでもあれば男のロマンを多少は満たしてくれるのだが、辺りの海底に見えるのは岩か巨大な生物の骨ぐらいなものだ。


 骨の方は最初、鯨かともおもったが、頭の骨が鯨とは似ても似つかない獰猛な牙だらけだったため、この世界固有の肉食魚とかだろうと推測する。

 全体の大きさ的にはこの飛空艇と変わらないぐらいなので、もしもあれが襲い掛かってきたら俺達はどう戦ったらいいのか悩みどころだ。


 武装らしい武装もない飛空艇では戦いようもなく、俺の水魔術で海水に干渉した戦いがメインとなるだろうが、それでどれだけやれるものやら。

 そんなことを考えていたのが悪かったのか、突然、飛空艇全体が大きく揺れた。


「ん?岩にでもぶつかったか?パーラ」


「いや、周りにそんなのはないけど…。地面に着いたりしてない?」


「そういう手応えじゃない感じだが―うぉ!」


 揺れの原因を話し合っていると、今度は一際強い揺れが船を襲い、左に大きく傾いてしまう。

 これは航行中に何かにぶつけたというのではなく、何かが飛空艇目がけてぶつかってきたという衝撃だ。


「くそ!何かがぶつかってきた!パーラ!見てないか!?」


「ちょっと待って!えー…あ、左斜め前方!何か通った!」


 パーラが言った方向へとサーチライトを一斉に向け、それを追って俺も見てみると、光を避けるようにして泳ぎ去っていく巨大な魚影が確認できた。

 海中で遠近感がつかみにくいが、それでもかなりの大きさだと分かるその影に、なるほどあの大きさがぶつかればあれだけ揺れるだろうとも納得した。


 暫く周囲を警戒し、あちこちを明かりで照らしてみるが、あの魚影はどうやらここを離れたようで、再びこちらへとぶつかってくるということはなかった。

 そのことに一安心し、ステータスチェックのためにディスプレイを見た俺はギョッとしてしまった。


 高度計は現在マイナス370メートルほど、深度にして370メートルといったところで、この深さまで潜っても水圧に耐えていた飛空艇の装甲が先程の二度の衝撃で一気に警告表示で黄色く染まってしまっていた。

『潜航には問題はないが、不意の衝撃で船体に不具合が発生している可能性あり。直ちに浮上して調べろ』という旨の警告文がでかでかと表示されている。


「…一旦浮上する。パーラ、さっきの奴がまた来ないか見ておいてくれ」


「え、もしかしてヤバいの?」


「ああ、画面が警告で一杯だ。幸い致命的な問題じゃないみたいだが、大事を取って上に上がる」


「分かった。今のところ接近する影はないけど、気を付けて」


 何も起きない退屈さに欠伸を噛み殺していた先程から打って変わり、ほんの一瞬でここまでになるとは、深海とは恐ろしいものだ。

 急遽浮上の操作を行い、海面に船首を向けて一気に加速する。

 相変わらず画面には警告が表示されているが、急激な浮上に対する警告は一切ないので、このまま行っても問題ないだろう。


 普通、潜水艦なんかはバラストタンクだかに水を出し入れして、その重さや浮力で潜ったり浮上したりするのだが、飛空艇にはそういうものがなく、単純に上昇下降の力を発生させている動力で無理矢理下へ押している状態だ。

 なので、実際は常に浮力がかかっている状態のため、下降の力を無くして船首を上に向けて前進すると、まるで魚雷のようにグングンと浮かんでいき、そしてついには平らな海面を突き破るようにして空中へと船体が躍り出ることになる。


 実際に聞こえてはいないが、ザパンという擬音が相応しいほどに大量の海水を撒き散らしながら、水中から空中へと到達した飛空艇をその場で滞空させ、視線をたった今俺達が出てきた波立つ海面へと向ける。


「パーラ、さっきの奴は追って来てないよな?」


「私が見た限りでは」


 ないとは思うが、俺達を追って今にも海面から飛び出してくるのを危惧してしまいそうなほど、先程の出来事はショッキングな物だった。

 巨大とはいえ生物の体当たりで、頑丈な飛空艇がここまでダメージを受けるとは思っていなかっただけに、ちょっとしたトラウマになりつつある。


 暫くそうしてみていたが、海面に影すらも見えてこないことに安堵し、ようやく俺は無意識に止めていた呼吸を再開することが出来た。


「はぁ~…。何だったんだ、あれ」


「知らないよそんなの…。でも、やっぱり魔物なんじゃない?人間が乗ってるのをなんかの手段で察知したとか」


「もしくは縄張りに入っちまったか、サーチライトが向こうを刺激しちまったか…。どっちにしろ、また出会いたくは無いな」


 魔物にしろ普通の海洋生物にしろ、またあのサイズのものに出会ってぶつかりでもしたら、下手をすれば今度は致命的な損傷で海の藻屑という可能性もあり得る。

 敵意があろうがなかろうが、出会わなければ衝突も無いので、なるべくなら遭遇しないように祈るばかりだ。


「…もうすぐ夕方か。結構長く潜ってたな」


「あ、ほんとだ。まぁ昼過ぎぐらいにココらに着いてたから、こんなもんだね」


 大分水平線に近付いていた太陽に、もうじき訪れる夕陽の気配が感じられ、思ったよりも長く海中にいたことに気付く。


 試しに軽く潜るつもりだったが、今まで時間がかかったのは、偏に海の魅力のせいだろう。

 暗い海中は根源的な恐怖心を覚えるとともに、その闇の向こうには何とも言えない引き込まれるような魔性がある。


 おまけに海底のどこかにあるはずの遺跡を探すという宝さがし感覚でもあるため、ついついもう少しもう少しと長引いてしまったのかもしれない。

 もし飛空艇に問題が発生しなければ、恐らく今もまだ海中にいただろう。

 ある意味、飛空艇が襲われたのは帰還のいい切っ掛けだったともいえる。


「んじゃ一旦島に戻るか」


「賛成。今日はもう潜る気も起きないよ」


 海中での事故にパーラも参ったようで、拠点に戻るのには即賛成をした。

 地上に出てからはディスプレイに表示されていた警告表示も徐々に消えてきており、どうやらこのまま移動しても問題はなさそうなので、飛空艇を拠点としている島へと向かう。


 初日の調査でいきなり遺跡を見つけられるとは思っていなかったが、まさか海洋生物に襲われるとは出だしとしては少々ケチが付いた気がしないでもない。

 ただ、これによって俺の中の探索の危険度が一段階引き上げられ、一層気を引き締めて事に臨む気構えが出来上がったのはよしとすべきか。


 島の近くまで戻ってくると、周りの海に散らばる浮き球に変化が見られた。


「へぇ、浮きが結構動いてるね。あっちのなんかもうずいぶん遠くまで行ってるよ」


「ふむ…パーラ、ちょっと操縦代われ」


「え、わっ!…ちょっとー」


「俺がいいって言うまで飛空艇はこの位置を保て」


 窓を見ていたパーラの首根っこを掴み、操縦席に押しやると、場所を入れ替わって今度は俺が窓に噛り付く。

 抗議の声が俺の背中に響くが、それよりも今は眼下に散らばる浮き球の配置を紙に書き写すのが優先される。


 基点とする島の位置と方位をざっと紙に書き、そこに現在散らばっている浮き球の位置も写す。

 恐らく今のこの浮き球の配置が、この島の周りの凡その海流を表しているはずだ。

 今の時間の配置と、明日の朝、昼と配置をそれぞれ入手し、それらを照らし合わせれば海流の変化なども少しは分かるだろう。


「…よし、こんなもんだな。パーラ、島に戻っていいぞ」


「はいはい」


 どこか不機嫌さと呆れが混ざった声のパーラの操縦によって拠点へと戻り、飛空艇を島へと降ろす。

 夕陽で海が赤く染まりつつある中、俺は念のために飛空艇の外側を見て回ることにした。

 操縦席で確認した限りでは警告は全て消えていたが、やはり実際にこの目で見ておくに越したことはない。

 何か情報として見えない損傷もあるかもしれないからだ。


 飛空艇の右舷側から回り込んでみると、まず目についたのは結構な範囲にわたって外装に残る、何かが擦れたような痕だ。

 衝撃を受けた方向からして、右側から何かがぶつかったとは思っていたが、この痕を見てみるとかなりの大きさの物体が当たったていたと分かる。


 幸い、外装には擦過痕だけでへこみやゆがみなどは見られないので、今後の探索でも潜航に支障はないと思われる。

 とはいえ、白一色の船体に浅黒い擦過痕は些か見栄えは悪く、その内何とかしなくては。

 古代文明の遺物だけに塗装も普通にやっていいのかは疑問ではあるが、その辺はダリアにでも相談しよう。


「アンディ、どう?問題なさそう?」


 飛空艇から降りてきたパーラがそう言いながら、俺の方へとカップを差し出してきた。

 どうやらお茶を淹れてくれたようだ。

 中々気が利く。


「お、悪いな。…ふぅ、まぁ致命的な問題はなさそうだ。ちょっと擦り傷で見た目は悪いが、とりあえず探索に支障はないだろうよ」


「ふーん、なら明日も探索は続けられるんだね」


「ああ、多分大丈夫だ」


 ある種の希望的観測のようでもあるが、俺が見て判断できる範囲で異常がないのだから、他に問題があっても手出しができないということでもある。

 だから、このまま使い続けられるだろうと信じるだけだ。


「さて、それじゃあそろそろ夕食にするか。なんか希望はあるか?」


 カップのお茶を飲み干し、気を取り直すようにして今夜の献立を考えることにした。

 本格的な探索は明日からになるので、今日は美味いものを食べて英気を養うとしよう。


「魚のフライ!前にアンディが作ってくれたのがいいな」


「フライか。まだ一日目だから油はあんまり使いたくないんだが…まぁいいか」


 ソーマルガ号のお披露目パーティに参加するために、ジンナ村から皇都へ向かう旅の途中でアジっぽい魚のフライをアイリーンとパーラに振舞ったことがある。

 素材がよかったこともあって、恐ろしくうまいアジ(っぽい)フライが出来上がってしまい、その味をパーラは希望しているようだ。


 残念ながら同じ魚は今冷蔵庫にはないが、魚自体はアホみたいにあるので、それでフライを作ってやるとしよう。

 いきなりフライなどという、油を大量に使う料理に手を出せるのは飛空艇を持っている俺達だからできる贅沢だろう。

 まぁ俺も魚のフライは好物なので、明日からの探索に張りを出すためにもパーラの希望には乗っかるのも吝かではない。


 夕食に思いを馳せ、鼻歌でも歌いだしそうな軽い足取りで飛空艇に入っていくパーラの後続き、俺も飛空艇の中へと入っていく。

 冷蔵庫の中身を思い出しながら、何を油にぶち込んでやろうかという思いと共に、明日以降の食材の調整も考えてしまうのは貧乏性か、もしくは慎重さか。

 俺としては後者だと言いたいところだ。


 もっとも、食材が足りなくなったら一旦ジンナ村に戻ればいいし、他に必要な物があれば別の土地にひとっ飛びすることもできるので、あまり深く心配することはない。

 探索は一日二日で終わるものではないのだ。

 焦らず、むしろいつでも補給に戻れるというのを支えにして臨むとしよう。

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