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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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皇都を後にして

 試作飛空艇の改良案が出され、それに光を見出したダリアと技術者達はすぐに動き出し、オーバーホール状態だった二号機に、それらの機構の取りつけが早速議論される。

 それと、緊急事態に展開するパラシュートの標準装備化も併せて提案した。


 小型には二つ、中型のには四つのパラシュートを取りつけることで、墜落時に搭乗員と機体の保護が、ある程度は期待できる。

 実物は手元にないので、適当な布でそれっぽいのを見せて、実際に見せたところ、一定の効果は見込めるということで議論に掛けられることとなる。


 パラシュートが実際に取りつけられ、墜落時を再現しての実用実験を行ったところ、機体の損耗を大きく防げると整備員からの猛プッシュにより、既存の飛空艇にも標準装備される流れとなっていくのはもう少し後の話だ。


 ダリアが改良案を研究所へと持ち込み、技術者達による侃侃諤諤のやり取りの末に二号機が手を加えられ、緊急展開用のパラシュートがポックス化されて取りつけられるまでには凡そ十日ほどかかる見立てだ。


 この十日にはパラシュートを用意する時間が多く含まれており、何せ巨大な布を用意することからして大変な手間で、それを縫製と裁断でパラシュートの形にしていくというのがまぁとにかく時間がかかる。


 しかもそれを四つ用意して飛空艇に取り付ける必要があり、おまけに緊急時に展開できる機能も組み込むまでしなければならない。


 正直、十日で何とかする方がとんでもないことだ。

 ただ、ソーマルガの技術者は変態的なまでに優れた腕を持っているため、それをやれてしまうんじゃないかという見込みを持てるのがまた恐ろしい。


 なんにせよ、最短で今日から数えて十日後には、試作飛行艇の改良版が再び空を舞うとあって、これから研究所は大忙しとなるだろう。

 残念ながら俺達はアイリーンのところへ行くので、手伝いはできないが、遠い空の下で成功を祈るとしよう。





「相場の三倍だよ?いくら品薄だからって足下見過ぎ」


「そりゃ災難だったな。けど、それでも売れてたんだろ?」


「まぁね。そこでしか手に入らないから、しょうがなくって感じで。あんまり高いから、私みたいに見ているだけの人も多かったけどね」


 夜、ダリアの家に集まった俺達は、食卓を囲んで今日の出来事を報告し合う。

 残念ながら家主は俺のせいで研究所にこもりきりとなったが、メイエルはその限りではないため、俺達は四人での夕食となっていた。


 食卓に並ぶ料理をつつきながら、楽し気に話すパーラは時折ロニにも同意を求めたり、ロニも初めての都市観光に興奮がまだ残っている様子であった。

 最初の内は笑顔で話していたのだが、段々と愚痴めいたものに変わっていったのは、観光がてらアイリーンへの土産を選んでいた時のことに話題が移ってからのことだ。


 年に二度だけ採れる非常に濃厚な甘さが売りの果物で、ミカヅキデーツというものを市場で見つけたパーラが、周りの人の話から土産にいいと思って早速買おうとしたところ、その値段に目玉を飛びだたせるところだったらしい。


 元々高級の部類に入るミカヅキデーツではあるが、ここのところ不作が続いていたそうで、高騰に次ぐ高騰でなんと普段の三倍の値がついていた。

 流石に手が出せないと諦めたが、珍しい果物を味わう機会を失ったことが悔しいようで、アルコールが入っていないのに管を巻くパーラに、俺とメイエルは苦笑いを浮かべるしかない。


「んで、結局土産は何にしたんだ?」


「岩塩だよ。最近フィンディ産の岩塩が皇都に多く入ってきたらしくてさ、結構安く買えたんだよ」


 フィンディ産の岩塩というと、俺達にも多少関わりがある。

 以前、ドレイクモドキを討伐した依頼で見つかった岩塩鉱床から産出されたものだと思うと、かなり遠回りではあるが何かの巡り合わせのようなものを感じてしまう。


「綺麗な塊があったから、アイリーンさんの仕事部屋に飾るとカッコいいと思ってね。それに、魚醤造りでも塩は使うから、そっちの分も合わせて買ったら結構な量になっちゃったよ」


「その岩塩って今ここにあるのか?」


「いや、無いよ。店で買ったら、量が量だけに運送も請け負ってくれたから、明日飛空艇保管所まで持ってきてくれるって」


 そこまでいう量なら、確かに飛空艇まで運んでもらった方が楽だが、出来れば現物を見たかった。

 純度や硬度次第では、フィンディまで足を延ばして岩塩を仕入れるのも考えてもいいだろう。

 今ジンナ村の魚醤造りで使っている塩は海水から採ったものだが、岩塩を使ったらまた違う味わいのものも出来そうだ。


「んじゃ、明日その岩塩が届いたら、予定通り皇都を離れるとするか」


「物資も手配済みだし、これでアイリーンさんのとこにいけるね。ロニ、もう少しで海を見に行けるよ。待ち遠しかった?」


「うん。皇都も楽しかったけど、海も楽しみだよ」


 明日旅立って、特に障害も問題なく移動できれば、早くて四日後にはロニに海を見せてやれる。

 皇都観光も楽しんでくれたようだが、生まれて初めて海を見たらどういうリアクションをするのだろうか。


「パーラちゃん達、本当に明日行っちゃうの?寂しくなるな~。ねぇロニ君、お姉さんと一緒に残らない?」


 この短い期間でよっぽどロニを気に入ったのか、その豊かな胸に抱きしめて真剣な調子でそんなことを言いだす。

 ロニの頬に押し付けられた母性の象徴が歪む様は、男の目を奪ってやまない。

 出来るなら代わって欲しい。


 しかし、メイエルがロニを気に入っているのなら、そのまま養子縁組でもして引き取るのもありだろう。

 年齢的には弟としてもおかしくはないので、それでも構わないが。


「ううん、僕はアンディ達と一緒に行くよ」


「なんで~?お姉さんのこと嫌いなの?」


「そうじゃないよ。だって僕、海を見に行くんだもん」


「はぁ~…」


 子供心には少し意地の悪い質問をするメイエルだったが、それよりも海を見たいという欲求が先に立っているロニはきっぱりと言い切る。

 一応振られた形になるメイエルだが、少し眉を寄せるだけで引き下がったことから、さほど本気ではなかったようだ。


 とはいえ、念のためにあとでロニを引き取るつもりがあるかを尋ねておくとしよう。

 ロニの今後を任せるなら、知らない人間よりかはメイエルの方がずっといい。








 翌日、お土産の岩塩を含む物資の搬入を終え、昼過ぎには出発する準備が整った俺達は発着場でダリア達の見送りを受けていた。


「ではダリアさんとメイエルさん、忙しいでしょうけど、健康には気を付けてくださいね」


「ああ、君達もな。出来れば、アンディ君には試作飛空艇の完成を見届けてほしかったよ」


「俺も言いだした手前、最後まで付き合いたかったんですが、なにぶんアイリーンさんとロニが先約ですから」


「分かっているさ。言ってみただけだ」


 パラシュートの発案者である俺がここで抜けることの損失を惜しむが、こっちも事情があるのだ。

 正直、飛空艇をパーラに預けてしまえば俺がここに残ることも可能なのだが、そうすると俺がいない間の事務仕事でアイリーンが苦しむことになり、向こうに行った時に小言を言われそうな気がしてならない。

 なので、俺としてはあっちに向かうことを許してほしい。


 それに、試作飛空艇は国策としてソーマルガ皇国の人間が主導するのが一番望ましいだろうから、パラシュートの件もダリア達が試行錯誤して実用化にこぎつけたということの方が、政府上層部の受けもいいだろう。

 そんなわけで、俺は今、旅立ちます。


「…それとアンディ君、例の物はくれぐれも扱いは慎重にな」


「ええ、勿論です。ダリアさんには無理を聞いてもらったんですから、迷惑をかけるようなことはしませんよ」


「本当に頼むよ。万が一にも他国に流出なんてことになったら、私は降格じゃ済まないんだから」


 周りの様子を窺い、小声でそう話すダリアがいう例の物というのは、新造の飛空艇に搭載される低出力の動力部のことだ。

 今回、パラシュートを提案したことの礼として、この動力部を一つだけ内密にもらい受けることが出来た。

 それが今、俺の飛空艇の貨物室にひっそりと積まれている。


 動力部自体はソーマルガ皇国の最重要パーツに位置付けられているが、この低出力品に関しては製造が比較的容易であることから、それなりの数が研究所には揃えられており、それを一つダリアに用立ててもらったわけだ。

 前々から自由にできる動力を一つ手元に持っておきたかった俺としては、無茶を聞いてくれたダリアには感謝しかない。


 若干危険な橋を渡ってもらった感はあるが、実はこの件に関してはグバトリアから言質を取っている。

 パーティでの人質救出の件で褒美として、グバトリアには研究所からダリアの権限で譲渡可能なパーツを一つ、無償で譲ってもらうことを約束させていた。

 パラシュート発案の礼と併せて、その約束も早速生きた形だ。


 一応条件として、俺達が保有しているという情報はソーマルガが保持するということになっており、実質的には無期限の貸与という形にするとダリアは言っていた。

 後でダリアからルドラマかグバトリアへこの件についての話が行くとは思うが、もし返却しろと言われたら素直に返すつもりなので、それまでは暫く手元に置いて色々と弄りたい。


 そんな俺達から少し離れたところでは、パーラとロニがメイエルとの別れの挨拶を済ませており、ロニは再びメイエルの豊かな胸に包まれるという、なんとも羨ましい目にあっていた。


 …ちくしょう、俺もああいうのがいい。

 母性の象徴に包まれて別れるなんて、ロニが妬ましい。


 そんな思いを鋼の精神で抑え込み、パーラとロニが飛空艇に乗り込んだのを確認すると、最後にもう一度ダリアに黙礼をして、ハッチを締めて飛空艇を発進させる。

 上昇していく飛空艇を見送るダリアとメイエルだったが、何かに気付いたように手を振りだしたのは、恐らく窓からロニが手を振ったのだろう。


 本当に短い時間ではあったが、ロニも二人に懐いてくれていた。

 それにメイエルはロニが望むなら身元を引き受けてもいいと約束してくれたので、もしかしたら次にここに来るときは一組の家族が出来上がるかもしれない。

 そう思わせる別れとなった。





 マルステル男爵領まで向かう道中、風が味方することもなく、かといって何か障害があるわけでもなく、皇都を発って四日後の朝には目的地へと到着することが出来た。


 前と同様に領主の館の裏手に飛空艇を降ろそうとしたところ、明らかにスペースが足りていないことに気付く。

 小型寄りの中型飛空艇だった時は十分なスペースがあったのだが、俺達本来の飛空艇が着陸するには不十分である。


 仕方なく、パーラに下へ降りてもらって、レジルに着陸場所を改めて用意してもらうことになった。

 今度は館から少し離れた場所が割り当てられ、早速そこへ飛空艇を降ろすと、到着の挨拶をするべくアイリーンの下へと向かう。


 飛空艇から降りた俺達を出迎えたのは、飛空艇を見に来ていた村人達だったが、初めて見た型の飛空艇から出てきたのが見慣れた人間だったことが意外だったと同時に安堵も覚えたようで、こちらに掛けられる声に返しながら、領主の館へと歩いていく。


 ジンナ村のメインストリートと言っていいやや広めの道に出ると、不意にロニの足が止まる。


「ロニ?どうかした?」


 すぐにパーラがそう声を掛けるが、反応はない。

 だがその理由はロニの見ている先を考えれば納得できる。


 やや小高い場所に立つ領主の館から見下ろすように伸びる道の先には、湾となっている遠浅の海が朝日を浴びてキラキラと光っている。

 初めて海を見たロニの表情はその後ろ姿からは正しく読み取ることはできないが、身動ぎ一つせず見入っている様子は感動によるものだとは容易に想像がつく。


 自分も覚えがあるからか、パーラはロニが感動から抜け出すまで待つようで、俺もそれに付き合うことにした。

 ロニは皇都に行った時も近くにあった湖の大きさに驚いていたが、目の前に広がる海は湖などとは比べものならない程に雄大だ。


 ここに来る途中も、敢えて海が見えないルートと高度を採ってきたため、ロニの感動の大きさは一入だろう。

 ワクワクを溜めさせてから海をドーンと見せることによるインパクトはずっと大きいからな。


 そうしてロニが再起動するのを待っていたが、流石に長すぎる時間が経っていたため、俺から声を掛けることにした。


「ロニ、そろそろいいか」


「え……あ、ごめん。すぐ行くよ」


 一瞬呆けた顔でこちらを見て、自分がどれだけ長い時間見惚れていたかを自覚して申し訳なさそうにしたロニが、小走りでこちらへ来たのを確認して、再び館へ向けて歩き出す。


「初めて見る海に夢中になるのはいいが、今はお前をアイリーンさんに紹介しなくちゃな。海はその後にでも好きなだけ見に行け」


「村の案内も兼ねてさ、後で私と一緒に浜の方に行こうね」


「うん!」


 パーラも姉ぶってそう言い、ロニもまた元気な声で応える姿に俺も思わず笑みが零れる。

 日に日に明るくなっていくロニは、ヌワン村で初めて会った時のような暗い影はもうほとんど見られない。

 おそらく、これが本来のロニの性格だったのだろう。

 海を楽しみにして笑顔を堪えきれない様子は、歳相応な無邪気さがあって癒される。


 館の玄関前へと着くと、そこではレジルが待っており、俺達を出迎えてくれた。


「お二人共、おかえりなさいませ」


「只今戻りました。…アイリーンさんはもう帰ってきてますよね?」


「はい。三日ほど前に」


 ということは、飛空艇でここまで送ってもらう時間を考えると、ラシーブ達の処刑は俺達がいなくなってから結構早く執行されたということか。

 まぁどうでもいいか。


「おや?そちらの子は一体……まさかお二人の?」


 パーラの背に隠れるようにしていたロニを見つけ、すっとぼけたことを言いだすレジル。

 どんな見方をすれば俺とパーラの子供という結論になるというのか。


「いや違いますよ。だとしたら年齢が合わないでしょうに。こいつはロニっていいまして、少し前に依頼で知り合って、今は一緒に行動しています。…少々事情がありますので、詳しいことはアイリーンさんを交えて後でまた」


「左様ですか」


「ロニ、この人はレジルさんっていって、この館を取り仕切っている人だ。なんかあったらこの人を頼れ」


「あの、はじめあして!ロニです!8歳です!」


「はい、はじめまして。きちんと挨拶ができるのは素晴らしいですね」


 若干噛みはしたが、歳相応にちゃんと挨拶が出来ているのはレジルにとって好ましいようで、普段見ることのない柔らかい笑みを浮かべている姿に、俺もパーラもギョッとしてしまった。

 いや、レジルも人の子だし、あのような顔をするのはおかしくはないのだが、こういう反応をしてしまうのは普段の彼女を見ていると仕方がないだろう。


「れ、レジルさん、アイリーンさんに到着の挨拶がしたいんですが。後ついでにロニの紹介も」


「分かりました。アイリーン様は現在、執務室におられますので、そちらへどうぞ」


「あ、その前にレジルさん、皇都でのお土産持ってきてるから、人を貸してほしいんだけど」


 早速館の中に入ろうとしたが、パーラが思い出したように土産のことを口にする。


「構いませんよ。すぐに手配しましょう。飛空艇のところへ向かわせるのがよろしいのでしょう?」


「うん、お願い。てことでアンディ、私は貨物室を開けるから、ロニのことお願いね」


「ああ、分かった。一応言っとくが、バイクのそばに置いてある箱には気を付けろよ」


 あれにはダリアからの横流し品が入っているのだ。

 ここで盗まれることはないだろうが、荷物の搬出で何かをぶつけて壊されるかもしれない。

 その辺りをパーラに念押ししておく。


「分かってるよ。じゃあロニ、アイリーンさんにちゃんと挨拶をするんだよ?」


「うん。パーラもしっかりね」


「…言うじゃない」


 心配そうに言うパーラに、ロニもなかなかの返しを見せる。

 ここしばらくの旅で、パーラの意外と抜けているところをロニには知られており、そういう意味での言葉なのだろうが、姉的立場を自負するパーラも頬を引きつらせていた。


 レジルと共に館を出ていくパーラを見送り、俺達はアイリーンのいる執務室へと足を向ける。

 初めて見る領主の館に、ロニはあちこちに目線を動かしているが、すぐに目的の場所へと辿り着いて俺がノックするのを聞くと、途端に緊張で体を強張らせてしまった。


 貴族に初めて会うことになるロニにとって、緊張するなというのは無理な話なので、今から掛ける言葉は見つからない。

 アイリーンは貴族にしては気さくな性格なので、接してみればすぐに緊張もほぐれると思うので、流れに任せるとしよう。


『どうぞ、お入りになって』


「失礼します」


 いつもならノックしたらそのままドアを開けて入るのだが、今はロニがいるのでこうした手順を踏む。

 なるべくクッションを挟んだ行動の方が、ロニも心の準備がしやすいからな。

 時間の余裕はほんのちょっぴりだけだが。


 執務室に入ると、いつもの執務机で書類を眺めているアイリーンの姿がまず目につく。

 決して短くない期間、領を留守にしていたのでそれなりに仕事が溜まっているはずなのだが、机の上にはそれほど書類は溜まっていない。

 この何日かでアイリーンが頑張って処理したのか、もしくはレジルが上手く留守の間を回してくれていたのかもしれない。


「少しお待ちなさい。これだけ片付けますから」


 手元の書類に何やら書き込み、最後に見直して脇にどけると、ようやくアイリーンと目が合う。


「ふぅ、戻って来てましたのねアンディ…あら?その子は……はっ!もしやパーラとの?」


 そのくだりはもうやったわ。

 ロニに目が止まり、レジルと同じ勘違いをするアイリーンに、やはり二人は似た者だったと思わされる。


「違いますよ。さっきレジルさんにも言いましたけど、依頼先で知り合って、一緒に旅をしてるんです」


「一緒にって、まだ子供でしょうに。親はどうしましたの?」


「両親とも既に亡くなっています。村で孤立気味だったし、身寄りもないのをどうにかしようと思いまして。ほら、ロニ」


「は、はじめまして!ロニです!8歳です!」


 レジルにしたのと同じことを口にするロニだが、その緊張度合いは先程の比ではない。

 やはりアイリーンを前にしてはこうなってしまうか。

 実際、見た目もいいし、口調もお嬢様らしさがあるため、平民の、それも子供がいきなり対面したらこういう態度にもなるだろう。


「そんなに固くならずとも結構でしてよ。ロニですか、よい名ですわね。私はアイリーン・ラーノット・マルステル男爵、この地の領主です」


「あ…はい」


 穏やかでゆっくりとした口調で話しかけるアイリーンに、ロニも幾分体から力が抜けたようだ。

 目の前の人物が領主とあって、まだ完全にリラックスできてはいないが、それでも部屋に入る前よりかは大分ましになっている。


「それでロニも暫くはここに滞在するんで、館の部屋を一つ用意してもらえませんか?」


「ええ、構わなくってよ。どうせ部屋は余っていますから。ロニ、この村にはあなたと年の近い子供がいます。よかったら、その子達と友達になってもらえるかしら?」


「友達…僕、友達が出来るの?」


 どこか恐怖感が込められたロニの言葉に、俺は胸が締め付けられた。

 ヌワン村では、ロニに歳の近い子供はおらず、いてもずっと上か下だったため、孤独な子供時代を過ごしていたと聞く。

 それが村を離れて、ようやく子供らしい時間を手に出来ることへの期待と怖さが今のロニの声には多分に含まれていた。


「え?…まぁあなたにその気があれば、友達は出来るでしょうけど。…アンディ?」


「事情があるんです。後で話しますから、今は」


「…そうですか」


 訝しむアイリーンに、やや硬い声で返したと自覚しながら、今の俺はそれを言うだけしかできない。

 正直、ロニがいる前で蒸し返したい話ではない。

 しかし、アイリーンに説明しないままで協力を得ることもできないので、レジルを含めてまた後で説明しよう。


「とりあえず、挨拶はこれぐらいにして。ロニ、パーラの所に行ってきていいぞ。そろそろ向こうも手が空くだろうし」


「うん。…じゃあアイリーン様、失礼します」


「ええ…あぁ、そうそう。この時間だと船着き場の方に子供達がいますから、パーラと一緒にそちらに行ってみなさいな。きっと仲良くなれますわ」


 部屋を出ていくロニの背中にそう言い、ロニも笑顔でうなずいて去っていくのを見送り、室内に俺とアイリーンだけになると、急に部屋の中の空気が重くなる。


「さて、話してもらいましょうか、アンディ。先程のあの子の表情、普通のことではありませんわ。あなた達がわざわざこうして連れまわしていることも、何か事情があるのでしょう?」


 顔の前で指を組み合わせ、それ越しに俺を見るアイリーンの目は何か凄みのようなものがある。

 やはりロニの態度に何かを感じ取っていたらしい。

 良識のある貴族であるアイリーンにとって、子供が浮かべるには並ではない表情から、俺への追及も自然と強くなってしまうようだ。


「勿論、お話ししますよ。でも出来ればレジルさんも一緒に聞いてほしいんですが。もっと言えば、マルザンさん辺りにも」


「…分かりましたわ。誰かにレジルを呼びに行かせましょう。ただ、マルザンは今村にいませんので、諦めなさい」


「構いませんよ。出来れば、という程度ですので」


 経験豊富な人間が多いに越したことはないが、いないのなら仕方ない。


 すぐにやってきたレジルを交え、今日までの経緯を簡単に説明する。

 と言っても、洗いざらい全部話すつもりはなく、ある程度オブラートに包む部分と、荒唐無稽な部分は気を付けた。


「なんという愚かな…」


 聞き終えてボソリとそう呟いたのはアイリーンで、声は平坦でありながら込められている怒りの感情が強く伝わってくる。

 日頃からソーマルガという国を誇りに思っているアイリーンにとって、一地方の村での出来事とは言え、ひどくショッキングに思えたらしい。

 顔の前で組んだ手は、強い感情で微かに震えているほどだ。


「アンディさん、改めて聞きますが、その件は既に片が付いているのですね?ロニさんは生贄になることはないと、そう思ってよろしいのですね?」


 アイリーンに比べると落ち着いている印象を保ったままのレジルだが、言葉には縋るような気配が滲んでおり、ロニの置かれた境遇がもう彼を追い詰めることはないことを、もう一度俺の口から聞きたがっているようだ。


「はい、全て片付けてあります。勿論、俺達がいなくなった後に問題が起きている可能性はありますが、そこまでは知りません」


 流砂から解放され、親無しの子をどうにかできたことはヌワン村にとってはいいことだろうが、彼らが子供にしようとしたことは心の重しとなっていつまでも残る。

 いつかそれが村人同士を非難し合う材料となる未来が訪れるかもしれないが、それに関して俺が面倒を見ることはない。

 言い方は悪いが、いつか落ちる天罰、人の業が生んだ毒として甘んじて受け入れてもらう。


「そうですか。であれば終わったこととして、これからはロニさんの将来を考えることに心を砕くとしましょう」


 俺もパーラも未だに引き摺っているというのに、もう頭を切り替えているレジルの精神性は流石だと言える。

 しかも言っていることは正しいので、同意できないわけがない。


「そうですわね。アンディ、その養子の件ですが、当てはありますの?」


「皇都のメイエルさんが内々に応じてくれています。ただ、このことはまだロニには言っていませんが」


「ふむ、メイエルですか。まぁ彼女がいいか悪いかはともかく、養子先の選択肢は多くあって困るものでもないでしょう。レジル、少し探しておあげなさい」


「承知しました」


 これでロニの将来に関する不安は、幾分か和らいだと言える。

 別に狙っていたことではないが、ロニの身の上話を聞いてアイリーンが動き出したのは、やはり仁愛からだろう。

 俺が知る限り、道徳心を正しく持ち合わせているこの二人なら、ロニの力になってくれるという読みは正しかったことになる。


 養子に行くにしろ、自分で働き口を見つけるにしろ、アイリーンと知り合ったことは財産となる。

 それを生かすかどうかはロニ次第だが、せめて不幸にならないように少しは見守ってやろう。





「ところで、パーラのお土産ですけど、これなんですの?」


 アイリーンが目の前に置かれた透き通ったピンク色の塊をつっつきながら尋ねてきた。

 先程、レジルが入室した際に持ち込んだ、アイリーンへのお土産としてパーラから託されたものだ。


「岩塩だそうです。フィンディで採掘されたとか」


「へぇ、フィンディで。…色は悪くありませんけど、形が少々歪ですわね。レジル、これは執務室に飾ってもよろしいのかしら?」


「問題ないかと。ただ、そのまま飾るよりは多少手を加えて形を整えた方が見栄えはするでしょう」


 レジルの言う通り、色味は綺麗なのだが如何せん形が大分悪い。

 無造作に砕かれた岩の一部といった感じは、インテリアとするのに相応しくないのは俺でも分かる。


「加工となれば……誰か適任はいますの?」


「いえ、私の知る限りこの村には。皇都であれば或いはといった程度でしょうか」


 まぁ普通に考えれば、岩塩を加工するなら彫刻を技として飯を食っている人種を当たるのがいいだろう。

 しかしそんな人間はジンナ村には当然おらず、わざわざ皇都へと探しに行かなくてはならない。

 それはあんまりにも手間だろう。


「よければですけど、俺が加工をやりましょうか?」


 見かねてそう口にする。


「あら、あなたそんなことまでできますの?」


「いえ、岩塩の加工はやったことはないんですが、この手の硬い物体の形を整えるのは経験がありますから」


 これでも今まで土魔術で色んな物を作ってきた。

 ほとんどが家や食器のような実用品ばかりだったが、それでも全くの未経験ではないのだ。

 ここはひとつ、現代日本の感性で、この世界での変わったものを作って見せよう。


「ならお願いしましょうか。どうせこれはそちらから貰ったものですし、失敗してもそちらで引き取ってもらえばそれで問題ありませんわね」


「ダメになったら魚醤造りに回しますよ。まぁパーラには謝る必要はありますが」


 失敗してもアイリーンに痛手はないし、成功したら珍しいインテリアが一つ増えるだけだ。

 ここはひとつ、久しく持てなかった遊び心を発揮しようじゃないか。

 こういう物作りは随分やっていなかったから、つい心躍ってしまう。

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