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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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精霊さん、いらっしゃーい

 精霊―


 有史以来、確かにいると言われながらも、その姿を見たという記録があまりにも少ない神秘の存在。

 しかし、人の前に姿を現した時には、いずれも強大な力を振るっていたということから、強い畏怖を持って人に伝えられた、まさに超常の存在。


 神話の時代には、世界を滅ぼす脅威に立ち向かう人間へ祝福を授けたという逸話があることから、未だに信仰の対象として残る土地は多い。


 精霊は姿を見せずとも、常に人を見守り、導くと言われていて、ヤゼス教が生まれるずっと前から精霊はその存在が信じられており、場合によっては精霊と神を同一視した土着の宗教も数多くあったという。


 ヌワン村のように、大都市から離れた小さな村には未だにこの精霊信仰が根強く残っているのは、それだけ古くからある信仰対象だったという証拠だ。


 それだけのレアポケ…じゃない、出会うことが稀な精霊をその目で見ることが出来たら、しばらくは酒代に困らないほどの話のネタをゲットだぜというもの。


 さて、今俺の目の前にはそんな精霊を自称する少年が立っているわけだが、果たして本当に精霊なのかどうか。

 何せ見たことが無いということは、如何様にも偽り方はある。


「おやおや、その目は疑ってるね?言うだけなら誰でもできる、何を企んでいるんだって感じかな」


「ギクーっ!そ、そんなことは」


「いや今ギクーって言っちゃってたよ。そんなこと言う人間初めて見たよ」


 図星を突かれて、いつもなら口走らない言葉がつい出てしまうほど、目の前の自称精霊は俺の心を的確に読んでいた。

 まさか精霊というのは人の心を読めるのだろうか。


「言っておくけど、僕は君の心を読んだわけじゃないよ?これでも人間よりもずっと長い年月を生きてるんだ。僕がこう言ったらどういう反応をするか、むしろ頭のいい人間相手なら予想はしやすいぐらいさ」


 そうは言うが、こうも的確に今の俺の心の声に答えてられると、本当のところはどうなのかと勘繰ってしまう。

 実は思考を読めてるけど、隠してますってことはないよな?


「ないない。本当に心は読めてないって」


 えー?本当に?


「ほんとほんと、精霊、嘘つかない」


「いや今完全に俺の心の声に応えてたろ」


「だから積み重ねた経験による推測だって。そんな簡単に心が読めたら苦労しないよ。HAHAHAHAHA」


 んぬぅ、胡散臭い…。

 しかしこれ以上この話をしても俺の精神衛生上よくないので、ここらで切り上げるか。


「…まぁいい。ところで、俺は君が精霊だとまだ完全に信じられていない。まぁもしかしたらという疑念はたった今植え付けられたところだが。…失礼だと思うが、本当に精霊だったら、その証拠を見せてもらいたい」


「うんうん、当然の反応だ。けどね、僕が精霊かどうかは君なら感じ取れると思うよ。じゃあ今からちょっとだけ力を見せてあげる。気を確かに持って…行くよ?ほら」


 そう言った瞬間、急に全身が押しつぶされそうな重圧に襲われた。

 いや、これは単純に重圧といっていいものか。


 底の見えない穴を覗き込んだようなあの感覚、猛烈な恐怖心が何十倍にもなって心臓へダイレクトに叩きつけられたような濃密な不安感。

 それが今、敵意もないままにただただ俺を攻めてきている。


 片膝を突き、呼吸も荒くなっているが、これが物理的な物ではないというのはなんとなく察している。

 曲がりなりにも魔術師を自負している身としては、今のが莫大な魔力による圧力だということぐらいは分かる。


「っと。こんなところかな?」


 突然重圧が発生したのと同様、重圧が消えるのもまた突然で、体に纏わりついていた液体の高重力のような感覚が消え去ると、俺は溺死寸前で助かったかのように空気を貪った。


 体に物理的なダメージはない。

 しかし、それ以上に精神的なダメージは深刻だ。


 これでもそれなりに強敵とやり合ってきた経験はあるが、そのどれと比べても目の前の存在は別格だ。

 蟻と象なんてもんじゃない。

 全くの別次元なのだ。


 無理矢理枠に当てはめて考えるなら、俺が出会った中で最強の人類であるネイを1とすると、こいつは億で数えても足りないぐらいだ。


 それぐらい隔絶した存在となれば、これはもう精霊と信じてもいいのではないだろうか。

 いや、そう信じざるを得ないと、たった今体験したのだ。


「はあ…はあ…はあ…、おっかねぇなぁ。はあ…精霊ってのはこんなにも、はあ…デカい存在なのかよ」


「ごめんよ、本当はもっと抑え気味で当てたかったんだけど、想像よりも君の内包魔力が多くてね。ちょっとムキになっちゃったかな」


 かなりの時間をかけたおかげで、徐々に呼吸が落ち着いてきた。

 どうやら俺の魔術師としての実力を評価してくれているようだが、あんな力の差を見せつけられた後では、嫌味に聞こえてしまう。

 というより、精霊にとって俺はちょっとやれる人間という程度で、多分カブトムシを観察する小学生の感覚なのかもしれない。

 これはちょっとひねくれた考えだろうか?


「ははっ…大人げないって、子供に言われても…いや、見た目通りじゃないんだったな。…失礼しました、精霊様。これまでの無礼をお詫びします」


「いいっていいって。別に今更無礼だなんだと気にしなくていいよ。君も普通に話してくれて構わないからさ。もうね、崇めてくれるのはいいんだけど、この千年はもっと砕けて話す相手が欲しかったくらいだよ」


 千年とはまたスケールが違うな。

 まぁ精霊ともなれば、存在も不滅なのだろう。


「じゃあ口調はこのままでいかせてもらう。それで、精霊様は何の用でここに来たんだ?というか、用があるのは俺でいいのか?」


 こうして対話に応じてくれているということは、こちらの命を奪いに来ているわけではないと考えてもよさそうだ。

 今は、だが。


「うん、用があるのは君にだよ。まぁ用というよりも、実際はただ会って話がしてみたかっただけなんだけどね」


「俺と話?なんでまた」


「生贄の儀式を阻止してくれたことに対するお礼さ。正直、あれは本当に助かったよ。僕は生贄を寄こせなんて言ってもいないのに、勝手に話が進んじゃってさ。これが欲に穢れた罪人とかなら気にしなかったけど、無垢な子供の魂を捧げられたらたまったもんじゃない」


 本当に怒ってますと言った感じで眉を寄せる精霊だが、言っていることは中々にドライだ。

 罪人の大人ならいいけど、無垢な子供だとたまらないとは一体どういうことか。


 聞けば、精霊への生贄自体は昔ならどこの地域でも行われていたのだが、それはあくまでも精霊に奉仕したいという人間が、自身の欲求を満たすためのもの。

 知る限りでは、精霊から生贄を要求したことは一度もないのだとか。

 生贄を捧げられても精霊は何一つ得も損もなく、人間の肉体や魂を何かに活用できるというものでもないのだそうだ。


「よく精霊からのお告げで生贄を捧げたって昔話があるけど、あれは僕達精霊じゃなく、精霊の存在を騙った低級の悪魔や、ちょっと知恵の回る悪霊なんかの仕業なんだ」


 これは中々面白い話だ。

 伝承ではよく精霊が処女を捧げさせて強大な敵を滅ぼす、という記述があるのだが、どうもそれは騙りの精霊擬きがやっていたということになる。

 歴史の中に隠れていた事実が、こうして本人(本精霊?)の口から語られるのは、歴史資料としてはかなりの価値がありそうだ。

 生憎俺は学者ではないので、これは面白話として胸にしまっておくが。


「だから少し乱暴な言い方をすれば、僕達精霊に生贄を捧げるってのは、人間が好きにしたらいいって話なんだよね。けど、ここで問題なのは無垢な魂の存在になるわけさ」


 殺されても仕方のない人間を生贄にするなら、精霊側も普通に無視できるのだが、これが子供の生贄だった場合、話は変わってくるのだそうだ。


 生贄として捧げられる魂が穢れていればそのまま星の意思に吸収させて終わりなのだが、これが子供のような穢れのない魂だと、どういうわけか星の意思は吸収しようとしないのだとか。

 なぜそうなるのかは精霊たちも分かっていないが、吸収されなかった無垢な魂はただ現世を漂うばかりとなり、それをただ見過ごすことが出来ない精霊が暫く魂を保護し、色々と面倒を見つつある程度時間が経ったら自然と星の意思へと戻っていくのだそうだ。


 ここまで聞いて俺が想像したのは、未練があって幽霊になる感じかと思ったが、こっちの場合は精霊が面倒を見るだけ、アフターケアはしっかりしている印象だ。

 まぁ、俺が知らないだけで日本の幽霊もアフターケアは万全だったかもしれないが、今となってはそれを知る手段はない。


「勿論子供が僕達精霊のために殺されることは嬉しいことじゃないのは確かだけど、それ以上に迷う魂が出てくることが一番困ることなのさ」


「子供が殺されるのが嫌だってのは俺も同感だが、迷う魂が困るってのは?何か精霊側に負担でもあるのか?」


「当然だよ!迷う魂の面倒を見るってことは、そうなった経緯の説明から精神体での過ごし方まで一から説明しなきゃならないんだ。それがもう忙しいのなんのって。遊べる時間がガリガリ削られてくんだから」


「おいおい、遊ぶ時間って…。犠牲になった子供の魂を気の毒に思って~とかじゃないのかよ」


「そりゃあそういう感情も多少はあるよ。けどね、そもそも人間が子供を生贄に使わなけりゃそういう面倒を背負うこともなくなるんだ。ほんと、いい迷惑だよ」


 中々に辛辣な物言いだが、生贄云々は全面的に人間側に問題があるというのは俺も理解できる。

 というか、わざわざ死んだ後の魂の面倒まで見てくれている分、手間を掛けさせてしまって申し訳ないぐらいだ。


「まぁそんなわけで、今回、子供の生贄を阻止してくれた君には感謝しているんだよ。そのお礼がまず一つ」


「まず?てことは他にも何か用が?」


「んー、どっちかっていうとこっちの方が本命かな。ほら、君が流砂に打ち込んだ光る魔術があったろ?あの地下茎を一部崩壊させた」


 地下茎、というとあの流砂の下にあったと思われる空洞のことか。

 茎という文字を使っているということは、もしかしたらあの辺りの流砂は地下で繋がっているのか?

 目の前の精霊は砂を名乗っていた。

 ということは、まさか地下空洞を崩落させたことを責められるのだろうか。


「もしかして、地下空洞が破壊されたことを怒ってらっしゃる?」


「いやいや、僕はそんな器の小さい精霊じゃないよ。あの辺りは確かに僕の領域だけど、別に管理していたわけじゃないから、多少壊されたって何か思うことはないさ」


 領域なのに管理していない?

 何やら不思議な言い回しだが、恐らくそこらへんは精霊の感覚でものを言っているかもしれないので、スルーしたほうがいいのか?


「いやね、あれだけの出力の魔術を放つ個人がまさか今の時代に残っているとは思っていなかったからさ、ちょっと興味が湧いたんだ。あれはどんな魔術なんだい?」


「どんなって…雷魔術で金属を包んで発射した、俺の奥の手さ」


「へえ!雷魔術とはまた珍しい。確か、僕が最後に使い手を見たのは八百年前が最後だったかな?そうかぁ、雷魔術ならあれぐらいはやれるかぁ」


 何かを懐かしむような顔をして頷く精霊だが、八百年ぶりの雷魔術師が俺ということは、やはり雷魔術は相当なレア属性ということか。

 雷魔術には今日まで随分と世話になってきたが、消費が重い以外は使い勝手がとんでもなくいいのに、他に使い手の話を聞いたことが無かったのは、単に出現自体が稀だからというだけのことだった。


「いやーあそこの地下茎は結構頑丈なんだけど、まさか一発で崩されるとは思わなかったよ。危うく生き埋めになるところだった」


「生き埋めって、砂の精霊なんだから抜け出せるんじゃないのか?というか精霊って死ぬのか?」


「生き埋めになっても別に平気なんだけど、気分の問題さ。あと、僕達精霊は本来幽星体(ゆうせいたい)といって、肉体を持たない存在なんだ。幽星体はこの世界に存在するどんな武器や理法でも傷つけられることはない、つまり実質的な死はないんだよ。あ、ちなみにこれは仮の肉体で、これが壊されても僕は幽星体に戻るだけだから」


 自分の胸を軽く叩いて言うが、こうして見た限りでは普通の子供の体としか見えず、もし傷ついたら血とかはちゃんと出るのだろうか、なんてことをつい考えてしまう。


 しかし幽星体とはまた面白いワードが飛び出たもんだ。

 何かこう、大昔に封印した中二の頃の心の一部が再びくすぐられるものを感じる。


「んで、僕ら精霊はとんでもなく長い時間を生きるもんだから、あまりにも長生きしすぎると自我が徐々に薄れていって、最後は星の意思に戻っていくんだ。そうして一体の精霊がいなくなると、星の意思から次の新しい精霊が生まれてくるって仕組みさ。死を定義するなら、この時になるのかな」


 その星の意思とやらが今一つよくわからんが、恐らくガイア理論的な考えに基づいた、一個の生命としての星の意思とでもいうのだろうか。

 これだけ摩訶不思議な世界なのだし、俺の想像力では星の意思は何か某RPGのライフ〇トリーム的なものだと考えるぐらいしかできない。


「何とも壮大な話だ。星の意思とか、学会に発表したら大騒ぎになるんじゃないか?」


「その気があるならやってみるといいよ。まぁ観測と検証でどれだけの手間がかかるかを考えれば、あまりお勧めはしないけどね」


 少し考えるだけでその面倒くささは簡単に想像できるので、そういうのは学者がやるべきであって、俺が手を出すことじゃない。


 そんなことを話していると、不意に精霊の体が淡く光を放っているのに気付く。

 貨物室の照明の下でも分かるぐらいなので、実際はそこそこ強い光を発しているようだ。


「おっと、そろそろ時間みたいだ。あんまり長く話し過ぎたね」


「時間切れってことか?その姿でいることになにか制約でも?」


「まぁね。この肉体は、幽星体の延長上に波動を強めて次元をズラしているだけなのさ。だから顕現させる時間にも限りがあってね」


 ……ちょっと何言ってるか分かんないですね。


 ごく当たり前のように言われるが、正直言っていることの半分も意味が分からん。

 いや、言葉のニュアンスはなんとなく分かるが、根本的な仕組みが全く理解の範疇にないので、あまり理解は進むものではない。

 ただ、かなり無茶をしているので、仮の肉体を維持している力がそろそろ限界というのはなんとなく伝わった。


 中々に博識な精霊様とはもう少し色々な話をしたかったところだが、タイムリミットとあれば仕方ない。


「では精霊様、次に会えるのはいつになる?俺達は明日にはここを離れるから、出来れば日を指定してくれるとありがたいんだが」


「あ、それは無理だよ。精霊は本来、人間の前に軽々しく姿を見せちゃいけないんだ。そういう仕来りがあってね。だから、こうして顔を合わせて話すのも結構無理をしてるんだよ。でもまぁ、君達が世界を旅していれば、その内機会はあるかもしれないね。例えば、世界に滅亡の危機が迫って、君が救世主に選ばれるとかすれば、すぐにでも会えるよ」


 精霊に会うためだけに世界の危機に立ち向かうなんて、釣り合っているとは思えんな。

 いや、世界の危機だからこそ精霊に会うべきのか?

 どっちみち苦難の道を歩むのなら、わざわざ精霊には会わない方がいいに決まっている。


「物騒な。…これっきりって考えた方がよさそうだ。できれば古代文明のことなんかを、もっと精霊様に聞いてみたかったよ」


「まぁそれぐらいならもっと話せることはあったんだけどね、時間が来たんだからしょうがないよ。あ、そうだ。お詫びってわけじゃないけど、一つ面白い話をしようか。この国の北にある山脈、あそこに一か所切れ目があるだろう?」


「あぁ、アシャドルとの関所になってるところか。あそこがどうかしたか?」


「あそこって古代文明の戦略兵器が空けた穴なんだけどさ」


 おっと、急に重大な歴史的事実が明かされたな。

 あそこは確かに古代文明の兵器による痕だってのはアイリーンから聞いていたが、あくまでもそうらしいってレベルの話だった。


 しかし古代から生きている精霊が裏付けをしてくれたことで、この話は真実だということになる。

 これも学会に発表すれば…という奴だが、面倒なのでスルーだ。


「その兵器ってのは丁度君のレールガンとよく似た性質でね。規模は段違いだけど、直進する強烈な光が全てを焼き溶かすって中々愉快な兵器なんだ。で、その直進した破壊の軌跡を逆にたどってずっと南に行くと、古代文明の遺跡があるんだ。興味があるなら行ってみるといい。面白いものが見つかるかもよ」


「ほう、面白い話だ。けど、あれが古代文明の兵器による痕跡だとはこの国だと有名な話だろう?とっくに学者がその遺跡を見つけているということはないのか?」


 古代遺跡の発掘が国レベルで推奨されているのがこのソーマルガだ。

 研究者も優秀な人間が揃っており、古代文明が関係した痕跡を調べていないわけがなく、どっかの学者あたりがとっくに遺跡を発掘していたとなれば、徒労になりそうなものだが。


 惑星の丸みの影響で、直進する光は地表に沿って行かないのが常識なのだが、それだけの距離を直進した古代兵器の光は一体どうやってあの山脈まで到達できたというのか。

 もしやこの地は丸い惑星の形をしていないのだろうか。

 あるいは球体の丸みを計算して軌道を変える技術でも使われているといのもあるかもしれないが、どちらにせよ今の俺には分からないことばかりだ。


「大丈夫。その遺跡って海中に沈んじゃってるから、普通なら見つけることも調査することもできないよ」


「…ん?おいちょっと待て。海中にあるなら俺達も手出しはできないだろう。そんなの教えてもらっても…」


「この飛空艇、見た感じだと多分海中での航行も出来るんじゃない?これを使えば、その遺跡のかなり近くまで行けると思うよ。確か近くに砂浜だけの小さな島があるはずだから、そこを目印にするといい。君、ああいう遺跡を見るのが好きなんでしょ?その情熱を傾けたらきっと見つかるよ」


「簡単に言ってくれる。こいつは本来空を飛ぶもんだ。海中での行動はおまけぐらいの―」


 文句を言う俺の目の前で、突然精霊の姿がかき消えた。

 まるで電源を落としたテレビの画面のような唐突な消え方は、恐らくたった今、タイムアップを迎えたのだろう。


 言うだけ言って去っていく、随分身勝手なもんだと思ったが、精霊というのはもしかしたらそういうものなのかもしれない。

 人間側の事情など知ったことかと、そういう感じ。


 どうも興味本位で俺に会いに来たといった様子だったが、もし次があるとしたら、今度は心臓に悪くない登場と、時間の余裕をもって訪れてほしいものだ。

 一応未発掘の遺跡という有益な情報を齎してくれたことには礼を言うが、出来ればもう少し詳しい場所を教えてくれればなおよかったが。


 しみじみそう思っていると、貨物室と居間を繋ぐ扉がおもむろに開かれた。

 その瞬間、俺は猫のように壁際まで飛び跳ねて、壁に背中を押し付けて扉の方を注視する。

 扉を潜って現れたのはパーラで、たった今の俺の行動に目を丸くしている。

 どうやら先程、精霊に不意を突かれたことで敏感になっていたようだ。


「え、なに、アンディどうしたの?」


「…いやなんでもない。ちょっとびっくりしただけだ。そっちこそどうした?ロニは寝かしつけたのか?」


「あ、うん。ちゃんと部屋にね。私はアンディが来ないからなんかあったのかと思って来ただけ」


 ここで言う部屋というのは、先日までグバトリアに宛がっていた個室で、ベッドなどもそのままにしてあるため、ロニに使わせることにした。

 どうせ明日は村を発つし、そのまま寝かせておいてもいいだろう。


「そりゃ手間かけさせたな。んじゃ中に戻るか。寝る前に茶でも飲むとしよう」


「いいね」


 貨物室を後にして、居間へと向かう道すがら、ふと思いついてパーラに先程貨物室での出来事を話してみる。


「そういやさ、俺さっきまで精霊と話してたんだよ」


「は?アンディ何言ってんの?頭大丈夫?」


 酷い言い草だ。

 しかし、いきなり精霊のことを言いだしたらこういう反応になるのは十分予想していた。

 普通に精霊というものを知っていれば、パーラのこのリアクションは当然のものだ。

 加えて、ここの流砂は精霊と無関係と言ってきたのも利いているようでもある。


 もしかしたら、精霊に会った人間の大半がこういう反応を恐れて、精霊との遭遇を口に出さずにいるせいで、実際は結構精霊と人間は出会っているケースは意外と多いのかも、とは大袈裟な見方だろうか。


 まぁパーラに頭の具合を心配されてしまうのは不本意なので、精霊についてはこれ以上言うのはやめよう。

 精霊経由で得た古代遺跡の情報も、あとでそれっぽく偽装して打ち明けるか。


 それにしても、今日は色々とある一日になってしまった。


 荷物を運ぶだけでいいはずだったのに、儀式を中止にさせて、流砂を鎮める。

 随分とぶっ飛んだ展開を送ったものだと我ながら思うが、最後の最後に精霊との面談という、もうお腹いっぱいのところに高カロリーのデザートを貰ったような気分だ。

 まぁ何事もなく全て終わったからいいのだが、たった一日の出来事にしてはあまりにも濃い時間を送ったものだ。


 明日はロニを連れて村を離れるが、せめてそれまではゆっくりと過ごしたいものだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん、ヒロインが主人公の言動をナチュラルに否定しすぎててヒロインしてない。。。 信頼関係とは…
[一言] ファンタジー物に慣れ親しんだ身としては、幽星体のルビがアストラルバディじゃないのに少し違和感を感じてしまったよ
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