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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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ヌワン村

「ヌワン村か。ずっと前に一度行ったことがあるな」


「私も行ったことあります。とりたてて変わったところのない、ごく普通の村でしたね」


 夜、ダリアの家に集まった俺達は今日あった出来事を話すと、ダリアとメイエルがヌワン村を知っていたようで、なにか情報は得られそうだ。


「俺達は飛空艇で村に行きますけど、村の近くには着陸できる場所ってありましたか?今あの村の周りは流砂が発生しているらしいんですよ。なので、出来れば岩場とかが好ましいんですが」


 まず知りたいのは、飛空艇が降りられるだけのスペースがあるかどうかだ。

 何せ今、ヌワン村近郊では大規模な流砂が発生しているらしく、下手な場所に着陸したら砂に飲まれてしまうなどということも普通にあり得る。


「岩場…あったか?」


「さあ…なにせ随分と昔の記憶になりますからねぇ」


 揃って首を傾げるダリアとメイエルは、意外と役に立たない。


「あの頃は飛空艇なんて想像もしていなかったからな。着陸に向いた場所なんかは流石に…」


「ダリアさん、あの辺って石舞台がありませんでしたか?」


「あぁ、あれか。そうだな、あそこなら飛空艇は降ろせるだろう」


 どうやら二人の記憶で着陸に向いた場所があったようだ。

 早速地図を広げ、凡その場所に印をつけてもらう。

 これで向こうに行ってからの着陸場所を探す手間は節約できる。


 俺達の話はこれでいいとして、こんどはダリア達の話を聞きたい。

 丁度今日、整備員から聞いたネタがあったので、その辺をつついてみる。


「ところでダリアさん、今日試作機を飛ばしたって聞きましたよ。例の一から作ってるって飛空艇ですよね。上手くいきましたか?」


「いやぁ、あれはダメだな。紙面での性能は十分なんだが、操縦の難易度は既存のものと段違いだよ」


「三機飛ばして二機墜落ですからね。普通の飛空艇でやらかしてたら始末書もんですよ」


 メイエルがあははと笑いながら言うが、墜落とはまた穏やかではないな。


「えぇ~…墜落って、大丈夫なの?死人とか出てない?」


 飛空艇乗りとして、墜落は即アウトという感覚を持つパーラだけに、まず死人の心配をするのは当たり前のことだ。


「それは大丈夫だよ、パーラちゃん。試験飛行は低い高度で行われたし、墜落と言っても不時着だったから死人まではいかなかったよ」


「その代わり派手に試作機は壊れたがね」


 死人よりも試作機の方が心配だと言わんばかりのダリアだが、あくまでも死人が出ていないからの反応だろう。

 いくらなんでも、人死にが出てまでこうは言わないはずだ。

 …言わないよな?


「ねぇねぇダリアさん、試作機ってそんなに操縦が難しいの?私でも無理?」


「さて、どうだろうな。パーラ君の腕は知っているが、私は操縦者ではないので確たることは言えんよ。ただ、乗った人間の感想だと、駄馬と駿馬を同時に乗りこなすくらいの技量がいるとのことだ。それに墜落の原因はまた別にあるから、そこも問題なのだがね」


 その例えはよく分からんが、試作機は二つの動力を積んでいるため、低速域と高速域の二つのモードを瞬時に切り替えて対応できる腕がいる、ということではないだろうか。


 俺が言いだしたとはいえ、動力を二つ積んで制御するというのは中々無茶なことで、試作機とはいえ実際に作って飛ばしてしまったダリア達の情熱には脱帽だ。

 もっとも、本人が失敗だと言っているのだから、まだまだ改良の余地はありそうだが。


「だったら、パーラちゃんとアンディさんも試作機に乗ってみる?いいですよね?ダリアさん」


 いやメイエルさんよ、試作機というのは国家機密の塊だろう。

 外から見るのならともかく、操縦までさせるのは流石に―


「ほう、面白そうだ。二人がよければ私は構わんよ」


 いやいいのかよ。


「ダリアさん、いいんですか?試作機ということは他に見せられない技術も使われてるんじゃ…」


「まぁ技術とは言っても、古代のものを模倣しただけにすぎないしな。確かに秘匿するに越したことはないが、現物を持っている君達ならそれも意味はない。よって、私は一向に構わんッッ!」


 機密とは。


 軽い調子でダリアがメイエルの提案に乗ったことで、俺達にも試乗の機会が与えられたが、とりあえず強制依頼を終えたらということで話は纏まった。


 まぁ機密だ何だと俺も言ったが、新造の飛空艇には興味もある。

 正直、この申し出はうれしいぐらいだ。

 これは強制依頼を乗り切った後の楽しみが出来たな。






 皇都を離れて西へと飛び続けること一日と少し。

 朝日に照らされる砂漠の真ん中に突如、小さな村が姿を現した。

 方角と飛行時間から、あれがヌワン村で間違いない。


 こうして上空から見た感じでは、村の周りに流砂はないように見える。

 だが流砂というのは常にその存在を主張するような分かりやすい自然現象ではないため、見ただけで判別するのはなかなか難しい。

 ただの砂地だと思って迂闊に足を踏み入れたら飲み込まれた、ということも普通にある。

 だからこそ、俺達がこうして飛空艇でやってきたわけだ。


 ダリア達に教えてもらった石舞台を探すと、村のやや外れに平らな岩場があり、飛空艇が降りられるだけの広さもある。

 一応ここに飛空艇を降ろしてもいいかを確認するため、パーラに噴射装置を使って単身、村の人間に尋ねてもらうことにした。


 弾丸のように飛び出していったパーラは村へと降り立つと、飛空艇を眺めている人に声を掛けてどこかへと向かい、暫くするとまた戻ってきた。


「使っていいってさ。あと、物資を降ろすの手伝ってくれるみたい」


「そりゃ助かる」


 まだ壊滅的な物資不足というわけではなさそうだが、それでも状況が状況なので、こうして飛空艇がやってくるのはちゃんと有難いようだ。


 許可が出たので早速石舞台へと船を降ろし、貨物室のハッチから外へ出ると、そこでは村人達が並んで待っていた。

 その中から前に進み出てきた年嵩の男性が口を代表して開く。


「よく来てくれた。こんな時に外から物資を運んできてくれるたぁ、あんたら神の使いかなんかか?」


「大袈裟な。あぁ、俺はアンディ、こっちのはパーラです。失礼ですが、この村の村長で?」


「いや、俺は違う。村長はちょっと今手が離せなくてな。まぁ代理ってやつだ。ところで物資はそこにある奴か?良ければ運び出したいんだが」


「ええ勿論、どうぞ持っていってください」


 俺がそう言うと、まるで群がるとまでは言わないものの、村人達が小走りで貨物室へと入っていき、大量に持ってきた物資が次々と運び出されていく。


 今回俺達が持ってきたのは、主に食料品と医薬品、多少の衣料品といったところだが、水もそれなりの量を樽で積んできている。

 ヌワン村は元々、近くにあるオアシスから引いた川と、小さな井戸で水を賄っていたのだが、流砂が発生してからは川は使えず、井戸だけで何とかやりくりしてきたらしい。


 なので、ギルドからは積めるだけの水も持っていってほしいと言われており、まずは持ってきた大樽十本が提供され、足りない場合は飛空艇で近くのオアシスで汲んでくるか、俺の水魔術で追加を供給する予定だ。


「とりあえず、俺達が持ってきた物資は第一陣ですので、また後日、別の飛空艇が物資を運んでくるということになってます。一応、後で必要な物や欲しいものなんかを書類に纏めておいてください。ギルドへの報告と一緒に提出しておきます」


 暫くすればグバトリアを乗せたソーマルガ号が皇都へと帰還するので、そうなれば随伴の飛空艇群はそのまま元の任務へと復帰し、このヌワン村への支援にも回せるはずだとダリアは言っていた。


「有難い。こんな小さな村でも、わざわざ飛空艇を派遣してくれるなんて、国とギルドには感謝しかねぇよ」


 そんなことを村長代理と話しながら、空になっていく貨物室を眺める。

 笑顔の村人達は仕事熱心なようで、このペースなら昼前には仕事が終わりそうだ。

 手持ち無沙汰気味な俺は、世間話にと先程チラリと聞いた村長のことを尋ねてみる。


「先程村長は手が離せないとおっしゃいましたけど、何か重大な問題でも起きてるんですか?いや流砂が発生してること自体、大問題ですけど」


「ん…まぁそんなとこだ。流砂関連でちょっとな」


 何か歯切れの悪い口調なのが気になるが、覗き見た男の横顔からはなにやら悲壮というか、罪悪感を覚えているような印象を受ける。

 なんだろうか。

 この感じ、見過ごしてはいけない何かがあるような気がしてならない。


「ちょっと失礼。……パーラ」


「んー?なにー?」


 男から離れ、貨物室で佇んでいたパーラを呼び寄せると、一つ頼みごとをする。


「お前、ちょっと村の中を探ってこい」


「はぁ?なんで」


「少し気になることがあってな。とりあえず、村長が何をしているのかを調べてくれ。なるべく人に見つからないように頼む」


「…もしかして、厄介事?」


「かもしれないからコッソリと頼む」


「まぁわかったけど…。何もないかもしれないんだよね?」


「ああ。その場合は俺の思い過ごしだってことで、手間の埋め合わせはするよ」


「へぇ、言ったね。約束だよ?」


 最後に何か含む笑みを残し、去っていくパーラの背中を見送る俺の胸中には早まった感が芽生えている。

 そりゃあ何もなければそれに越したことはないが、その場合はパーラがどんな要求をするのか少し怖い。






 貨物室がすっかり空になり、依頼完了の署名を貰ったところで、パーラが帰ってきた。

 思ったよりも時間がかかったようだが、果たして収穫はどうだったか。

 隣にやってきたパーラを見てみると、そこにあったのは普段あまり見ることのない、険しさが前面に出た顔だった。


 こいつがこんな顔をすると言うことは、俺の危惧は当たってしまったのかもしれない。

 未だ残る村人から少し離れ、パーラから報告を聞く。


 すると分かったのは、できれば聞きたくなかったほどに気分の悪くなる話だった。


「生贄?」


「そ。村の周りに流砂が出来たのは砂の精霊が怒っているからだ、生贄を捧げて怒りを鎮めるんだーって」


 なんだそりゃ。

 流砂は自然現象だろ。

 いや、もしかしてこの世界では砂の精霊とやらがやらかすのか?


 だがパーラに聞くと、砂の精霊なんてのは聞いたこともないそうだ。

 恐らくソーマルガだけで信じられている存在なのだろう。

 となると、実在も疑わしい。


 そもそもその精霊は自分から生贄が欲しいと言ったのか?

 多分違うな。

 この手の話は人間が勝手に思い込んでやるものと相場は決まってる。


「それで、その生贄ってのはどんなのだ?山羊か?」


 一応希望を込めて地球での生贄の定番である山羊かと尋ねてみるが、苦い顔をするパーラを見ると、よりひどいものが使われるようだ。


「…子供だった。村長の家にいた。多分、10歳にもなってない」


 そう言い、より一層顔を歪めてパーラは俯いてしまった。


 パーラは村長宅を中心に探り、そこで生贄として保護されていた子供を見つけたのだそうだ。


 ただでさえ生贄ということで眉を顰めるというのに、それが子供ともなれば怒りとも悲しみとも、どちらもが混ざった感情を持て余すのだろう。

 パーラの顔からは痛みを堪えるような辛さが滲み出ている。


 俺も胸糞の悪い思いは覚えるが、今はそれを無理矢理抑え込む。

 ここで感情を爆発させても何の解決にもならない。

 気分の悪さを込めて、深くため息を吐く。


「はぁ~あ…まさか生贄とはねぇ。こんな時にまた酔狂な―いや、だからこそか」


 流砂という人間にはどうしようもない自然現象に対し、生贄を捧げてでもなんとか収まって欲しいと考えるのは不思議ではない。

 人は自然に対してあまりにも無力なのだから。


「…あの子を助けよう、アンディ」


 絞り出すように言ったパーラの声は、風に溶けそうなぐらいに小さいが、力強さはあった。


「よその儀式に関わるもんじゃない…と言いたいところだが、今回は見過ごせないな」


 これが成人式でのバンジージャンプとかならまだしも、子供を生贄に捧げるなんてのはどんな理由があろうと認められるものか。

 俺は別に人道主義を掲げるような上等な人間ではないが、それでも無為に子供の命を奪うことを許容するほどイカれてもいない。


 俺達の方針は決まった。

 その生贄の儀式とやらは潰させてもらう。

 どうせ流砂なんてのは生贄関係なしに発生も沈静化もあり得るんだ。

 子供を生贄にする意味なんてなかろうに。


 そんなわけで、俺とパーラは早速村長宅に突撃を掛ける、というわけにはいかない。

 向こうにも向こうの言い分があるだろう。

 まずはそれを聞いて、生贄の必要性を無くするように説得することから始めたい。

 そうパーラに説明するが、逸る気持ちがあるからか、あまりいい顔をしてくれない。


「え~?さっさと子供を攫って逃げた方がよくない?」


「それだと、また別の子供が生贄になるかもしれないだろ。大事なのは、生贄なんて無くても村は存続できるって思わせることだ」


 要するに生贄云々というのは、流砂によって半ば孤立しているヌワン村の状況が改善されれば、無くなる話なのだ。


 今この国には飛空艇がある。

 多少の地形は無視できるし、最悪は村人をここから避難させるということもできる。


 それを提示して、未来への道筋を示すことが大事だと俺は思う。

 先の展望がないままに閉じ込められている村人達の心を解す、まずはそこからだ。


 早速俺とパーラは近くにいた村長代理の男に声を掛ける。


「ちょっといいですか」


「ん?なんだ、どうしたんだ?あぁ、例の不足してる物資を纏めた書類か?悪いがあれは今村長が作ってる最中でな。もう少し待ってくれ」


「いえ、それはいいんですが、一つお聞きしたいことがありまして」


「おう?なんだ」


「今この村で進められている、生贄の儀式についてです」


 その瞬間、ビシリという音が聞こえそうなくらいに男の動きが固まった。

 まさか今日来たばかりの余所者の俺の口から、儀式についての質問が飛び出るとは予想していなかったという感じだ。

 このリアクションからして、儀式は村人達の中だけで密かに執り行う予定だったのだろう。


 動揺に染まる目が二度三度、俺とパーラを行き来したところで、ようやく言葉が発せられた。


「…なんで、それを」


「知ってるか、ですか?ここに来てから村の雰囲気が何やら妙だと思いましてね、少し探らせてもらいました。すると、村長宅で生贄として子供が保護されていると分かったものですから、こうして率直に尋ねてみようかと」


 村の雰囲気云々は少し誇張したが、それでも違和感を覚えていたのは確かなので、こう言うことにより俺はお見通しだと相手は思い込むはずだ。

 というか、思い込んでくれ。


「……儀式は村の総意で行われる大事なものだ。部外者のあんた達は参加できんぞ」


「参加するつもりはありませんよ。なにせ、俺達はその儀式を潰すつもりですから」


 潰す、という言葉が耳に入ってから暫くして、ようやく頭にまで浸透したのか、男は一度目を驚愕に見開くと、次に俺を鋭い目つきで睨んできた。


「なぜだ、なぜ潰す?生贄を捧げないと流砂はずっとあのままだ。それどころか、遠くない将来に村を飲み込む!それを回避するために儀式は必要だ!それを潰すのなら、あんたらはこの村の人間全員に死ねと言うのと同じことだぞっ!」


 低く抑えていた声から徐々に激した話し方になっていく男の様子は、今この村の人間として抱えている不安、絶望といったものを如実に表している。

 人間が抗えない自然の猛威に対し、諦めの感情を持ちながら、それでも何かせずにはいられない。

 そんな辛い思いが今の叫びには込められていた。


「それで砂の精霊とやらに生贄を捧げて、怒りを鎮めてもらおうということですか」


「そうだ!流砂は砂の精霊様が人に向けた怒りの渦なんだ!それを鎮めるのは人の命でしか出来ない!」


「その生贄を砂の精霊が欲しているのは誰が言い出したんですか?まさか精霊が姿を見せて直接命令してきたと?」


「いや、それは…村の薬師が…」


 なるほど、大体読めた。

 大方、巨大な流砂が発生した時点で、その薬師が祟りだとでも言いだし、村の人間が信じる砂の精霊が怒っているから生贄を捧げようと、そういう流れになったわけか。

 どうせその薬師は村の長老格とかで、発言力もあるんだろう。

 だから言いだしたことを無視もできない、と。


 言葉にすれば単純だが、げに恐ろしきは人の想像力か。

 流砂一つでいるかどうかも分からない砂の精霊の祟りへとつなげるのは、自然への畏怖を持つ人間ならではだ。

 ただ、そのせいで生贄にされる方はたまったもんではないだろう。


「その生贄の子供、親は何とも言わないんですか?普通、自分の子供が生贄にされるとなったら平静ではいられないのでは?」


「…あれに親はいない。父親はとっくの昔に魔物にやられたし、母親も少し前に病気で死んだ」


 それを聞いた途端、全身が熱く、冷たい何かに覆われる。

 確かに覚えがあるこの感覚は、怒りだ。

 俺はたった今、目の前の男の口から飛び出した言葉で、頭が一瞬で沸騰するような怒りを覚え、しかし次にその怒りが強すぎて逆に落ち着くという、不思議な感覚を味わっている。


「親がいない子供を生贄に…?それは村にとっていなくなっても構わない人間を選んだということか?親がいないからこそ、誰も悲しむ者がいないからこそ生贄に相応しいと?」


「ひっ」


 自分でも驚くほど冷えた調子の言葉が口から出るたび、目の前の男は顔を青褪め、滑稽なほどに足を震わせている。

 どうやら意図せず漏れ出てた俺の魔力か何かがこの男を威圧しているのか、見ていて哀れになってくるほどの怯えようだ。


 だがそれを見ても、俺の中に渦巻く感情は全くの揺らぎを見せない。

 それほどに、先程の言葉は俺の魂に怒りを刻み付けたことになる。

 自然と握られた手には魔力が集まり出し、バチバチと電気が発生し始める。

 感情に呼応して魔術が発動しかけるとは未熟の極みだが、今の俺はそれを抑える気が起きない。


(いっそこのまま、村の広場目がけて一発ぶち込んでやろうか)


 と、そんな考えが首をもたげかけたその時、俺と男の間にパーラが体を割り込ませてきた。


「アンディ!落ち着いて!怯えさせすぎだよ!まだ話は聞かなきゃ!冷静になって!」


「俺は冷静だ、パーラ。目の前の男が生きているのがその証拠だろ」


「そういうのが冷静じゃないってんでしょーが!」


 そう言いながらギュっと抱き着いてきたパーラの体温に、そして言われた言葉に頭の中は掃除されていくような感覚を覚える。

 すると、それまで体に燻っていたような感情が徐々に落ち着いていくのを感じた。


「……悪い、もう大丈夫だから離してくれよ」


「本当に?怒ってこの人をひき肉にしたりしない」


「しないしない。俺を何だと思ってんだ」


 パーラがそこまで言うほど、先程の俺は怒りに飲まれていた風だったということだろうか。

 だが確かに今の俺の頭は怒りを覚えていながらも、それにひきずられることなくはっきりとしたものだ。

 先程の不覚の揺り戻しだろうと自覚はできる。


 大きく深呼吸をし、目の前の男に問を投げかける。


「それで、儀式はいつやる?」


「きょ、今日の夕方、あんたらが去ったらすぐに」


 すっかり心が挫けている男は怯えながらも答え、それによって時間の猶予もあまりないことがわかった。

 今はまだ昼前だが、それでも儀式が行われるのが今日だとなれば、今から皇都に戻って誰かに相談という時間はない。


「ちっ、あんまり時間は無いね。やっぱり掻っ攫う?」


「事情を聞いた限りではそれも有りな気はしてきたが、根本的な解決にはならんな。とりあえず、村長のとこに行くぞ。直接話す。パーラ、先導してくれ」


「わかった。…このひとはどうする?」


 歩き出した俺の背中に、パーラが腰を抜かしかけている男の処遇を尋ねてきた。

 振り返った俺と目が合うと、喉を引きつらせる声を出した男を暫く見て、再び前を向く。


「どうもしない。そっとしといてやれ」


 これで俺に立ち向かってくるのなら話は別だが、あの様子だと暫くは動けないだろう。

 別にこの男が全面的に悪いわけではないのだし、わざわざ俺が罰を下すというのもなんか違う。

 むしろ脅かし過ぎてすまんかったと思っているぐらいだ。


 だが件の片棒を担いだ村人の一人だということを考えれば、謝る気は全く起きない。

 それよりも村長の所に向かうことを優先しよう。


 場所を知るパーラを先頭にして村の中を駆け抜けていくと、周りよりも一回り大きい民家が見えてくる。

 村長の家は大抵他よりも大きいと言う法則は、どこの土地でも同じのようでわかりやすい。


 近付いていくと、村長宅の前では多くの村人達が屯しており、近付いてくる俺達を指差して何やら話し合う様子があった。

 恐らくこの村人達は儀式のために集まっているのだろう。

 依頼を終えてもまだ立ち去らない俺達を訝しんでいるようだ。


 村人達の間を抜け、村長宅の扉の前へと着くと、まず強めにノックをして来訪を告げ、返事を待たずに一気に扉を開けて室内へと入っていく。


「ちょっ、アンディいきなりすぎ」


「急ぎの用だ。待ってられん。失礼する!」


 少々礼儀を失してはいるが、人命がかかっている以上、お行儀良くしている暇はない。

 室内へと入り、まずは人を探して周囲を見回すと、部屋の奥にあったテーブルに着いている老人達を見つけた。

 四人いる中で、一番上座にいるのが村長だろう。

 その周りは村の年寄り連中、つまりアドバイザー的な感じか。


「何だお前達!いきなり入ってきおって!」


「ん?こやつらは…あの飛空艇とやらでやってきた冒険者ではないか?」


「おぉ、確かに」


 まず当然ながらいきなり入ってきた俺達を咎める声が上がり、その後に俺達を知る人の言葉が続くことで、とりあえず不審者というレッテルは回避された。


「失礼する、と言った。…まずはこれからすることも先に謝らせていただく。パーラ、その子供はどこにいる?」


「そっちの部屋だよ」


 パーラが指差す先にあった扉へと手を伸ばすが、鍵がかかっているようで開かない。


「おい!やめないか!」


「そこは部外者が入っていい部屋ではない!」


 俺の動きを制止しようと老人達から声が上がるが、それを無視して強化魔術で鍵のかかったノブごと扉を力で押し開けると、殺風景な部屋にポツンと置かれたベッドに腰かける子供の姿があった。


 この子がそうなのか。

 パーラから聞いてはいたが、本当に幼い。

 顔の感じからして男の子だろうか。


 ボサっとした茶髪は雑に切られているだけで、あまり身綺麗とは言い難い。

 身に着けている衣服も傷みが見られ、乱暴な言い方だがちょっといい暮らしをしているストリートチルドレンといった感じだ。


 そして大分華奢だ。

 病的とまでは言わないが、あまり足りた食生活を送っていたとは思えない。

 扉の前に立つ俺を見る子供の目には生気も薄く、これは精神的にも参っているのではないだろうか。


「…酷いな。まだ小さい子供だ。それを生贄にしようなんざ、あんたらの血は何色だ!」


 治まったと思っていた怒りが再び燃え出し、老人達を睨みながら吐き出した声は自分でも分かるほどに震えていた。

 パーラも俺の隣に立ち、老人達を鋭い目で睨んでいる。

 子供の姿を間近で見て、改めて怒りを覚えたのはパーラも同じのようだ。


 怒りの感情をぶつけられたことと、隠したかった生贄を暴かれたことで動揺する老人達だったが、その中で村長だけは落ち着いた目でこちらを見ているのが妙に気になる。

 言葉に詰まる様子の老人達をしり目に、村長が一歩前へ出てくると、おもむろに口を開いた。


「あんたらどこで、誰から生贄の話を聞いた?」


「誰からも聞いていない。ただこっちのパーラが探って、生贄の儀式を突き止めただけだ」


 厳密にいえば、パーラは村人達が話していた儀式の話をコッソリと盗み聞きしていたそうなので、誰かから聞いたという村長の探りは的を得ている。

 だが今はそれを言う必要はない。


「ならなぜ生贄が必要なのかも知っているだろう?これは村のためにやらねばならないことなのだ。子供の命を大切に思うあんた達の思いは理解できる。だがそれでも頼みたい。どうか何も見なかったことにして立ち去ってくれんか」


 村には村の事情があるというのは理解している。

 儀式というのも、小さな社会である村を存続させるのに必要なシステムだというのも分かる。

 だがそれでも、徒に子供の命を失うだけの儀式を行わせるわけにはいかない。


「村長さん、一つお聞きしたい。あなた方は本当に生贄を捧げれば流砂は収まると思っているのか?もっと言えば、砂の精霊とやらがいると、本気で思っているのか?」


「おい若僧!精霊様を侮辱するな!砂の精霊様はいる!わしらを長いこと見守ってくれていると、昔から言い伝えがあるのだ!」


 それまで押し黙っていた老人達の一人が、精霊を侮辱されたと騒ぎ出したが、その言いようには無理があると気付いているのだろうか。

 今、自分達を守ってくれているはずの精霊が、なぜ突然流砂という牙をむいたのかまで考えようとしないその姿勢は、いっそ狂信的だと言えるほどだ。


「なるほど、それがこの村の人間の考え方か。…少し待ってくれ」


 口角泡を飛ばす勢いの老人から離れ、事態の中心人物でありながら蚊帳の外にあった子供の方へと近付く。

 俺が傍に行くと、目に見えて体を固くした子供と目線を合わせ、なるべく柔らかい口調で話しかける。


「少年、君は自分が今どういう立場にあるか理解しているか?」


 しっかりと目を合わせ、尋ねた俺の言葉に頷きが帰ってくる。


「そうか。じゃあ一つだけ答えてくれ。それは君が本当に望んだことか?嫌だと言えるならそうしたいか?」


「やめろ!その子は生贄になると村の総意―」


「黙って。今アンディが話してるんだ。あんまりうるさいと雑音は()()することになるよ」


 子供の意思を確認されるのが困るのか、また大声を上げた老人だったが、今度はパーラが酷く冷たい声で続きを遮った。

 排除という言葉に、背中で聞いていた俺にも冷たいものを感じられたことから、よっぽどの圧力がこもっていたのだろう。

 直接言葉を浴びた老人は、言葉を詰まらせて黙ってしまう。


「聞かせてくれ、君はどうしたい?」


 急がせず、ただ答えを待つだけだったほんの少しの時間。

 生気のなかった少年の目が揺れ、そして声が聞こえた。


『もっと生きたい』と。


 絞り出した声だったが、そこには死への恐怖や、示された生への希望が混ざった混沌とした思いが込められていた。


「…それが聞きたかった」


 ここに大義は得た。

 俺達はこれより、この子を全力で生かすために動く。

 今の俺はヤル男だ。

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