沈黙の空母
伝声管の向こうが閉じたのを確認し、俺はその場でごろりと横に転がって仰向けになる。
暗く狭いこの場所は人一人が寝転がるともう一杯になるもので、この狭さは子供の頃に秘密基地にしていた押し入れの中を思い出させる。
妙に落ち着く。
現在俺はパーティ会場のすぐ近くを通っている通気用と点検用を兼ねたダクトっぽい場所へと潜り込んでいる。
よく映画などで見る換気ダクトなんかと違い、通風先の部屋を覗ける穴などはないものの、伝声管もここを通って各部屋へと伸びているため、少し手を加えて先程広間に通話を繋ぐことができた。
元々ソーマルガ号の伝声管は全て艦橋対他の部屋というものとなっており、どこか特定の部屋と部屋でだけ会話をするというものではない。
伝声管を使う場合、一度艦橋へと話をして、どこどこに伝えてほしいという伝言形式が基本となっていた。
ところが俺はそれに縛られず、こうしてダクトから伝声管にアクセスできているのは、厨房からパクってきた金属製のゴブレットを加工して伝声管に溶接し、急造の受話器を取りつけたからであった。
このおかげで、俺はまるで艦橋から話しかけているかのようにして、広間へと声を届けられていたというわけだ。
当然これらの加工は艦橋に許可を取ってあり、全てが終わったらちゃんと元に戻すということも約束してある。
あの厨房での襲撃の後、俺は捕虜とした賊を尋問し、彼らの持つ情報を細かく吸い上げることに成功している。
あまり尋問というのに慣れていないこの身では、穏便に聞き出すということはなかなかできなかったものの、一番健康そうな人間の片目を軽く炙っただけで、簡単に口を割ってくれたのは有難かった。
その情報により、彼らの頭の名前と人相、ある程度の思考までを知ることが出来たので、早速オーギュスト達と共に艦橋へ向かおうとしたのだが、階段は賊連中に抑えられてしまっていた。
それならエレベーターをと思ったのだが、パーティが始まってからはエレベーターの使用はできなくなっているそうで、バネッサによって待ったがかけられた。
何でも招待客の中に万が一にもスパイがいた場合、パーティを抜け出してエレベーターで艦内をあちこち動き回られないようにとの処置だとか。
保安上は必要なことだとは理解できるが、今この時は俺達の動きを制限しているのが何とも悔しい。
そんなわけで、オーギュストとバネッサ達料理人は他へと避難することが出来ず、使われていない部屋に身を潜めることとなった。
なお、そこには捕虜とした賊達も放り込んでおり、全てが終わって裁かれるのを震えて待たせる。
落ち着いたところで伝声管を使って艦橋と連絡を取り、今の事態に慌てていた上層部へオーギュストが話を通し、解決に向けて俺が動く許可をもぎ取ってくれた。
おかげで昆布の融通を口利きすることを見返りに求められたが、自由に動けるのならそう悪い条件でもない。
ただ、現在ソーマルガ号のお偉いさん方は突入部隊の組織を優先しており、交渉の暇がないということでもあったので、それも俺が引き受けておいた。
ぶっちゃけ、ラシーブ達に関する生の情報を持っているのは俺達だし、現場に一番近いのもあり、色々と任せてもらえるのは有難いぐらいだ。
まあ俺はあくまでも時間稼ぎという認識のようで、実際には突入部隊の編成が終わるまで人質が無事ならそれでいいといった感じの言いようだったが。
そして、俺はオーギュスト達と別れて動き回り、勝手知ったるといった感じで見つけたメンテナンスハッチに潜り込んで今に至るというわけだ。
しかし参った。
飛空艇を狙ってきたのは分かっていたが、大金貨千枚もの大金を要求されるのには驚いた。
いや、人質を取っておいてタダで返すというのはないと思っていたが、額がずば抜けていたのは予想外だ。
単純に円換算して10億円と見て、大勢いる貴族の身代金としてはさほどでもないような気もするが、奴らのメインターゲットは飛空艇なので、身代金の方は駄賃替わりだろうと推測する。
とにかく、大金貨千枚を用意するのにかかる手間という名目である程度時間は確保できた。
後は広間にいるラシーブ達をどうやって外に追い出すか。
あるいは、どうやって突入して、人質に被害を出さずに制圧するかを考えよう。
あまり呑気に構えてたら、救出のために騎士が広間に飛び込みかねない。
幸い、中にはパーラがいるし、俺が何か事を起こせば呼応してくれるはず。
それにしても、最近はこういう人質開放のミッションが立て続けに起きている。
少し前にアイリーンの領地で立て籠もり犯を想定した訓練をしたばっかりだし、あまりにもタイムリーな事件だけに、俺に何か憑いてるんじゃないかと危惧してしまう。
効果があるかは分からないが、ヤゼス教の教会に寄進でもしたほうがいいのだろうか。
まぁそれは今は脇に置いておくとして、そろそろ本格的に動く必要があるな。
中にいる敵の数は先の尋問で把握しているし、武装のほども大体分かっている。
これなら俺でもなんとかなるだろうと思っているが、唯一の懸念はラシーブだ。
聞き出した情報によれば、かなりの腕の剣士だそうで、白兵戦で赤級の冒険者を倒したことがあるとかないとか。
かなり適当っぽい話だったので、頭から信じるわけではないが、それなりに腕の立つ剣士であると想定して臨んだほうがいいだろう。
仮に広間へ強行突入するとして、手元にある武器は長剣二本とナイフ四本だけと少々心もとない。
これは捕虜とした賊から没収したもので、あまり質もいいとは言えず、命を預ける気にはならないほどの粗悪品だ。
なので、ここは人質にも被害を出さずに、広間にいるラシーブ達を纏めて殲滅できる武器が欲しい。
だが現実のところ、そんな都合のいい武器はこの世界には中々ない。
一番いいのは人質ごとその場の全員を感電させてしまうということだが、人質の中には高齢の人間もいたため、下手に電撃など使ったら心臓麻痺で死人が出る可能性もある。
…いや待てよ?
そういえば、こういう時にピッタリの魔術があるな。
あれをあーして、ここをこうこうこう…でいけそうか?
多少アドリブも必要だが、あの魔術を組み込んで作戦を立ててみると、意外と悪くないように感じる。
これが他に手がないと追い込まれての思い込みならどうしようもないが、頭の中で何度もシミュレーションしてみれば成功確率は意外と高い。
ふぅむ……よし、いっちょやってみっか。
SIDE:ラシーブ
あのライバックって奴と話してからどれくらい経ったか。
現状、気を抜いていいわけではないが、特にやることもないせいで大分気は緩んでいる。
手下共もそれぞれパーティの食事や酒をつまんだりしているが、中にはイラつきだしている姿がチラホラと見えだした。
あまりにも時間がかかり過ぎているのは、やっぱり大金貨千枚を集めるのに時間がかかっているからか。
飛空艇の方はともかく、千枚はちと吹っ掛け過ぎたかもしれんな。
そもそも新しい雇い主の方からは、飛空艇さえ持ち帰れば、身代金だろうがなんだろうが好きにしろと言われていたのだ。
報酬以外にも欲が出るのは、この人質の数を前にしたら仕方ない。
確か今日ここにはソーマルガの王様もいるはずだが、あんまり遅いようだったらそいつを見つけ出してちょいと脅しをかけてやるとしよう。
それにしてもあの新しい雇い主、スワラッドの人間じゃあないのは分かるが、飛空艇なんざ手に入れてどうする気なんだか。
操縦者込みで持ってこさせるぐらいだ。
自分で運用するつもりだろうが、これだけのことをしでかしてソーマルガ側が大人しく見逃すわけがない。
まぁそれは俺も同じだが、無事にこなせば一生遊んで暮らせる金がもらえるんだ。
仕事を終えたら名前を変えて、その金でどっかの国に行って楽しく暮らすとするさ。
「頭、ちょっといいですかい」
そんな風に考えていると、手下の一人が話しかけてきた。
こいつらともスワラッドからの長い付き合いだが、仕事が終わったら手切れとするか。
多少金を多めにくれてやるか、最悪は全員殺しちまってもいい。
「あの、頭?」
少し考えてしまったようで、返事をしない俺に恐る恐ると言った感じで再び声がかかる。
「おう、わりぃわりぃ。ちょっと考え事をな。んで、どうした」
「へい、扉の外にライバックを名乗る奴がいまして、中に入れろって言ってますが」
どういうことだ?
身代金の方は用意できたのか?
だとしたら、あの声を届ける魔道具で連絡をしてこないで、いきなりここまで来るのは妙だな。
「…本人か?」
「いや、流石に顔は知りませんが、声だけでしたらあの時の奴だと俺は思いますぜ」
そりゃそうだ。
俺も顔までは知らんし、声の方もあの魔道具は籠って聞こえるせいであまり信用は出来ん。
とはいえ、声を聞いている人間であれば判断の材料にはできる。
手下に案内させ、ライバックがいるという扉の傍へとやってくると、外へ向けて声を掛ける。
「ライバックか?」
『そうだ』
問いかけるとそう返ってきて、確かに声の感じは似ている。
扉越しとはいえ魔道具を介さないで聞く声はかなり鮮明なもので、俺もこいつがライバック本人だと判断していいと思えた。
「連絡すると言っておいて、いきなり訪ねてくるのは不躾だと思わねぇか?…まぁいい。金の用意が出来たか?」
『いきなり来たのは悪いと思っている。金の方はもう少し待ってくれ。大急ぎで集めている最中だ』
「金はまだだぁ?じゃあ何しに来やがった。金のねぇ奴とは話すことはないんだがな」
『まぁそう言わんでくれ。ここに来たのは人質の様子を見るためと、あんたらに食事を持ってきたんだ。中にはパーティで出されたものもあるだろうが、これだけ時間が経てば味も落ちてるだろ?ちゃんとしたのを持ってきたから、中に入れてくれないか?』
食い物か。
そう言えば、ここにある食い物は粗方食い尽くしたところだった。
パーティの食い物ってのはどれも腹に溜まらんものばかりだし、量も少ない。
人質の様子を探りろうという向こうの意図も分かりやすいが、食い物が差し入れられるのなら貰っておくべきだ。
それに、このライバックって野郎の顔も拝んでおきたいしな。
「お前一人か?」
『ああ』
「…いいだろう。今扉を開けるが、ゆっくりと入ってこい」
扉の脇にいる手下に合図を出して開けさせると、そこから台車を押しながら一人の男が姿を見せた。
どうやらあの台車に食い物が乗っているようだ。
銀製の覆いが乗せられたそれは、特に匂いなどをだすこともないため、温かい料理というわけではなさそうだ。
こいつがライバックか。
想像していたよりも大分若い。
てっきりあの堂々とした話し方から、もっと歳はいっていると思っていた。
だが、その目には恐怖や驚きといった感情は見られず、その点だけは歳不相応の落ち着きを感じさせる。
若干硬い動きをしていることから、多少の緊張を覚えているようだが、こんな状況だとおかしいことではない。
料理人を名乗るだけあって、服装もそれらしいものを纏っており、髪型も後ろに流して縛るという感じはおかしくはないのだが、どこか違和感を感じるのは何故なのか。
「こうして顔を合わせるのは初めてだな。てめぇがライバック、でいいんだよな?」
「ああ、そうだ。…人質に危害は加えていないようだな」
「当たり前だ。金づるを傷つけるバカはいねぇ」
直接顔を合わせて改めてわかる。
こいつはただの料理人なんかじゃあ断じてない。
武装した人間に囲まれて、こうも太々しく振舞える肝。
確実に荒事を経験している人間特有の気配がある。
「まぁそうだろうな。…食い物を持ってきた。あんたらみたいな人種にはパーティ用の料理じゃ口に合わんだろ。もっと腹に溜まるものを持ってきてやったぞ」
「へっ、言ってくれるじゃねぇか。俺達みたいな下々の者には相応の料理を持ってきたってか?」
こちらをバカにした口をきいたライバックに対し、手下共から怒りの籠った視線と言葉が浴びせかけられるが、それを受けても涼しい顔をしている辺り、ますますもってライバックはただ者とは思えない。
「見下した言い方をしたつもりはないんだが、まぁ受け取り方は個人の自由だ。それで、どこに運ぶ?」
台車を押しながらさらに室内へ踏み込んでくるライバックに、俺は奇妙な違和感を覚える。
俺の横を通り過ぎる一瞬、覗き見えた目は何かを企んでいるような、上手く言えないがそんな感じだった。
「待ちな」
そこで俺は自分の感覚を信じ、ライバックを呼び止めてみる。
するとギクリとして動きを止め、ゆっくりとこちらを振り向いたその顔は、明らかに強い緊張を孕んでいた。
当たり、だな。
「その前にまず料理を見せてもらおうか。まさか食い物に毒を混ぜるなんて馬鹿はしないとは思うが、万が一ってのがあるからな。ライバック、お前が味見しろ」
「…俺は料理人だ。料理に対する冒涜なんかするわけがない」
「そうか。だったら気負いなく味見できるな。おいお前ら!集まれ!これからこのライバックが俺達のために毒見をしてくれるそうだ!感謝して見届けてやれ!」
そう言って、少し離れていた手下共を呼び、ライバックを包囲するような形に集める。
このライバックという男、必ず何かを仕掛けているはずだ。
毒が入っていたらそれはそれで面白いが、もしおかしな動きをすれば、俺達が一斉に襲い掛かることになるだろう。
「…そこまで言うなら俺がまず食べよう。さあ、それじゃあしっかりと見ていてくれよ。ほら、もっと近くに来て。さあ」
腹を括ったのか、目を閉じて俺達を手招きするライバックに、その場の全員の視線が台車へと注がれ、覆いが持ち上げられた次の瞬間、強烈な閃光が俺の目を焼いた。
一瞬にして視界は眩い白から黒一色へと変わる。
―目が…!
―なんだ!魔術か!?
―ちくしょう!目をやられた!
―ぐあっ!斬られた!
―俺を斬った奴は誰だ!
「落ち着け!全員、目が治るまでそのままだ!武器も振るな!」
太陽を何倍にも凝縮して弾けさせたような強い光は、明らかに台車から出されたものだ。
発生源に注目していた俺達は例外なく全員が目を晦ませてしまい、視界を奪われた者で慌てた誰かが剣で同士討ちをしたようだ。
(やられた!ライバックの野郎、これを狙っていたのか!)
食い物を運んできたのも、それを俺達が怪しんで中身を検めさせることも、全てはこれのためだったのだ。
そう考えれば、わざと一人で乗り込んできたのも不信の種としたのだろう。
怪しませることで、より注目を集めるための策。
こんな考えをするあたり、やはりただの料理人なわけがない。
視力が回復するのにどれぐらいかかるか、全くの未知である今の状況では読めないが、それ以外の感覚は死んでいない。
特に耳から入ってくる音は貴重な情報だ。
周りの手下共の声や動きなどを聞き、状況を把握しようとしたところ、不意に俺の体に何かがまとわりついてきた。
「んだこりゃっ…網っ!?」
目は見えずとも体に触れる感触で分かる。
今俺の体を覆い始めているこれは紛れもなく網で、まずいことに少し動くだけで体の自由は奪われていき、気が付くと背中に背負った剣を使うことすらできなくなっていた。
周りからも、身動きが取れず焦る声が増えていき、仲間でもうまともに動ける人間は誰もいないと見ていいだろう。
間違いなくこれもライバックの仕業だ。
視界を奪われてすぐ、こんなことをしでかすのに他に誰がいるか。
しかも、人質にもライバックに加勢している者がいるようで、複数の場所で殴打の音も聞こえてくる。
身動きのできない手下共を、殴って昏倒させているのだろう。
卑怯な、と思わなくもないが、こっちも人質をとって要求を通そうとしたんだ。
自分がやられて騒ぐほど、三下根性は持ち合わせちゃいない。
しかしこうなると、どうやっても逆転の目はない。
せめて俺だけでも逃げるべく、この網を斬ろうとナイフを取り出したところで、近くに人の気配を感じた。
「…ライバックか」
「ああ。そんな状況でもまだ逃げ出そうとするとは、あんたも中々だな。お友達を見捨てる気か?」
「見捨てるも何も、あいつらとは今回の仕事で手を切るつもりだったのさ。なら、俺だけが逃げても別に構わんだろう?」
呑気に話などしているが、いつの間にかライバックの気配は俺の真正面に移動しており、しっかり見られていると思うと下手な動きが出来ない。
せめて間合いさえ分かれば、ナイフを投擲するなりできるんだが、向こうもそれは考えないわけがない。
こりゃあ逃げ道はなさそうだ。
「随分と薄情なようだが、まぁいい。ラシーブ、今あんたは目が見えてないからわからないだろうが、部下達を含めて、そっち側の人間は全員行動不能にした。抵抗はするなよ。あぁそれと、ナイフは没収だな」
そう言われ、俺の手にあったナイフの感触が消える。
これで脱出の手段は封じられたわけだ。
ここに至るまで、あらゆる障害と敵を想定していた。
剣でのやりあいなら負ける気はなかったし、最悪逃げきるだけの腕はあるつもりだ。
だが戦いにすらならないままに無力化されちまったらどうしようもない。
ソーマルガで有名どころの騎士や冒険者といった者達は頭に入れていたが、まさか色んな意味で手強い奴が無名のままでいて、今日の俺達に立ち向かうとは。
世の中ってーのは分からんもんだな。
SIDE:END
ふぅー、なんとか無事に解決できた…か?
網に絡まって動けないラシーブを見下ろし、バレないように小さく安堵の息を吐く。
わざわざ厨房から台車をパクってきて、ついでに見つけた網を台車に隠し、クロッシュを開けた瞬間にスタングレネードが炸裂したような閃光でラシーブ達を行動不能にするというこの企み。
名付けて『食事の差し入れと見せかけて、フラッシュバンで一網打尽作戦』は、急造にしては中々うまくいったと言っていいだろう。
このスタングレネード代わりに使ったのは、雷魔術によって作り出した光が強いだけの球で、ちょくちょく目晦ましとして使っていた技術の発展系だ。
殺傷能力のない閃光弾というのはあらゆる状況でも使い勝手がいいのだが、難点として光球の状態を作るのも維持するのも、集中力と魔力を多く必要とすることか。
今回はラシーブ達の注目を集めてからフラッシュバンを食らわしたかったので使用したが、実戦の最中なら単純に敵の目の前で強めに雷を発生させるほうがいいと、お蔵入りはほぼ決まっている。
しかしスタングレネードが使い勝手のいいものだと今回の事件で実証されたので、いつか魔術に頼らないスタングレネードを開発したいと思っている。
一つ計算外だったのは、結構早い段階でラシーブが台車を不審に思ったことか。
一瞬、気取られたかと思ったが、十分挽回できそうな感じだったのでアドリブで乗り切ったが、結果的には最良だったと自分で自分を褒めたい。
「アン…じゃなかった。ジェシー、連中を縛り終えたよ」
そんなことを考えながら、ラシーブを縛り上げている俺にパーラが声をかけてきた。
実は会場にいる人間の中で、唯一閃光に目をやられなかったのがこのパーラだ。
なので、こうしてラシーブ達を縛り上げる手伝いをしてもらっている。
俺が広間に足を踏み入れた時、真っ先に目が合ったのはパーラで、ドレスがボロボロになっていたことに一瞬悪い想像をしてしまったが、よく見れば滅茶苦茶に裂かれたという感じではないので、自分でやったのだろうと予想した。
そしてその時に、ハンドサインで目潰しを使うこととと、騒ぎが起きたら乗れとだけ簡潔に伝えた。
あまり細かい情報は伝えられなかったが、流石は相棒。
事が起きると広場内の誰もが目を抑えてうずくまる中、すぐに俺に同調すると連中を殴り倒していき、今の今まで捕縛の作業をやっていたのだ。
「おう、ご苦労さん。陛下やアイリーンさんの方はどうだ?」
「大分見えるようにはなってきたらしいよ。けど、まだ視界がグラグラして気持ち悪いみたいだね」
普通に暮らしていてはまず遭遇しないレベルの目晦ましを食らったのだ。
視力が回復しても、頭にまで届いた光の衝撃はそうそう収まることはないだろう。
最悪の場合、完全に失明するという人間も出てくるかもしれないが、そうなったらなったでその時に考えよう。
命が助かっただけましで済ませるつもりはないと、一応心に決めてはいる。
「それと、伝声管で艦橋の方に今の状況を連絡したら、すぐに応援を寄越すってさ。あの人達、ジェシーがさっさと解決しちゃって驚いてたよ」
「そりゃそうだ。俺の方はどっちかっていうと時間稼ぎだって感じに言われたからな。あの人らも解決の見せ場を奪われた形になるのは面白くないだろうな」
今回の功一番は俺だが、一応まだ階段を封鎖している一味がいるはずなので、ここに来るついでに功績稼ぎで、騎士の皆さんは頑張って制圧するといいだろう。
「あぁ、それでちょっと最後の方は不機嫌そうだったのね」
伝声管越しでもパーラに悟られるぐらい、上の連中を驚かせ、そして悔しがらせることになったわけだが、これで俺に嫌がらせとかしてこないよう祈るばかりだ。
まぁそうなったらこっちはグバトリアを救出した功績をネタに、イビリ返してやるわ。
その後、大分遅れて広間へと突入してきた騎士達によって、パーティの参加者達は無事に保護され、招待客に怪我人を一人も出すことなく解決と相成った。
唯一、仲間割れのような形で殺害されたスワラッド商国の貴族だけが犠牲者とカウントされなくもないが、聞くところによるとどうもそいつがラシーブを連れてきたようで、今回の事件の発端となったとの見方が多く、同情の声は多くない。
多くがそのスワラッドの貴族とラシーブ達に怒りを向ける中、招待客には今回の事件がソーマルガの落ち度と認識する人間もいるようで、閃光を使った無差別攻撃すらもネタにして、グバトリアに謝罪と賠償を要求した国も出てきた。
その賠償には飛空艇を寄こせと恥も外聞もなく口にしていたあたり、雑な言いがかりと精神の幼稚さを他の国の人間に露呈させ、周りから失笑を買うという一幕もあった。
今回の件でソーマルガを非難するのは少々見当違いというか、そもそもパーティに乗じて事を起こしたラシーブを連れてきたスワラッド側こそに追及の目を向けるべきなのだが、この機会に飛空艇を分捕ろうという頭のおかしい国は、地球も異世界もどちらにもあるものだな。
とりあえず広間の方はもう安心なので、俺はバネッサ達の方へと足を運んだ。
何せ彼女達は身を潜めている最中なので、誰かが解決の報を持っていく必要がある。
それには居場所を知っていて、警戒もされない俺が適任だ、と言い張って抜け出してきた。
広間の方では、立て籠もり事件を画期的な方法でスピード解決したジェシー・ライバックという人物への興味を誰しもが持っており、このままだと質問攻めや勧誘合戦が起きそうだったので、早々に脱出させてもらったというわけだ。
多分パーラやアイリーンに話の矛先は向くだろうが、彼女達なら上手くやってくれると信じている。
丸投げではない。
バネッサ達がいる部屋の前へと辿り着くと、決めていたリズムで扉を叩き、俺が来たことを伝える。
向こうから開くのを待たず、思いっきり扉を全開にすると、そこではバネッサ達料理人とオーギュストがギョッとした顔でこちらを見る姿があった。
「ちょっ…!もっと静かに開けなさいよ!音で気付かれたらどうする気!?」
まず最初に文句を言ってきたのはバネッサで、一応俺を見て安心はしたが、まだ他の賊に見つかる可能性を恐れているようだ。
「ご安心を。事件は解決されましたので、もう部屋を出ても大丈夫ですよ」
「え…本当?」
「はい。閣下も窮屈な思いを強いてしまい申し訳ありませんでした。既に周辺の安全は確保されており、この階層も騎士達によってじきに制圧が完了すると思われますので、すぐにでも広間へ戻ることも出来ましょう」
「うむ、ご苦労だった。命の危険はあったが、中々得難い経験をした。このバネッサ達とも、潜んでいる間に面白い話もできたしな」
カカと笑い、悪党から隠れ潜むのをいい経験と言い張るオーギュストの器のでかさに、思わず頭を下げてしまう。
つい先ほど、広間を出る際に酷い目にあったと愚痴をこぼしていた高位貴族の情けない姿を見ていただけに、やはり地位の高さと人間の出来は必ずしも比例しないという例を見ることができた。
こうして事件が解決されたことでオーギュストは広間へ、バネッサ達は厨房へと戻ることなった。
流石にパーティはこれで終わりだろうが、まだ彼らにはそれぞれの仕事と役割がある。
俺はそれを見送り、誰もいなくなった部屋で腰を下ろして一息ついた。
今日は本当に色々あった一日だ。
ただのパーティだと思っていたが、ふたを開けてみれば招待客を丸ごと人質にされた立て籠もり事件に発展するとはな。
もしかしたら、何か悪いものが取り付いているのは俺じゃなく、ソーマルガという国の方なんじゃないかと勘繰ってしまうが、いくらなんでも飛躍しすぎか。
そんなことを思いながらボーっと過ごしていたら、突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ちょっとアンディ!」
「うお!びっくりした。…なんですか、バネッサさん。一応言いますけど、扉はもっと優しく開けたほうがいいですよ」
室内へと入ってきたのはバネッサで、その顔はイラ立ちを隠せていないものだった。
「んーなことはどうでもいいわ。あんたさ、厨房から台車持ってった?」
「あぁ、台車なら借りましたよ。必要だったんで」
「やっぱり。それであの台車は今どこにあるの?あれって陛下のための一点ものなんだから、無いと困るのよ」
「おや、そうだったんですか。確かに見事な意匠だとは思ってましたけ…ど……」
そこまで言って思い出す。
あの台車は今広間に置いたままにしているが、まだまだ不完全なフラッシュバンを使ったせいで、一部が高熱で変形してしまっている。
まずい。
あれを見られたら多分バネッサは怒り狂うし、弁償もさせられるだろう。
……よし、忘れよう。
「ぁーあの台車なら今広間に置いてますね」
「えぇ?そうなの?うーん、ならちょっと今はとりに行けないか。まぁ場所が分かっただけでいいわ。休んでたところ悪かったわね。用件はそれだけだから」
困った顔で去っていくバネッサを見送り、俺はすぐにその場を後にした。
多分、暫くしたら台車の状態を見てバネッサが俺を探し回るだろうから、せめて怒りが何分の一かに収まるまでは隠れるとしよう。
あぁ、それと加工した伝声管も戻しておかないといかんな。
まぁそれもほとぼりが冷めてからだ。
今は怒りの炎から身を隠せる場所を求めて彷徨うとしよう。




