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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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異世界昆布締め

 ソーマルガ号が停泊中のタラッカ地方のとある沿岸では現在、様々な国からやってきた人間で賑わいを見せていた。

 メジャーな大国から名前だけ知られているようなマイナーな国まで、一体どこまで招待状をばら撒いたのかと言いたくなるぐらいに、多様な国家から人が訪れている。

 とはいえ、やはり地理的な問題もあり、今やってきているのはソーマルガの近隣国家からがほとんどだとか。


 俺が直接知っている国としては、アシャドルとペルケティアから貴族がやってきていたが、生憎顔も名前も知らない人間だったので、特に交流を持つことはない。

 てっきり領地の近さからルドラマが来てもおかしくはないと思い込んでいたのだが、よくよく考えると辺境伯というのは国境を守るという役目があるため、他国へのパーティに出掛けるのはあまりしないのだろう。


 ペルケティアの方は言わずもがな。

 あそこの貴族に知り合いはいないので、こちらから接触を持つことはない。


 意外だったのはチャスリウスからは誰も来ていないことだろうか。

 アイリーンによれば、チャスリウスにも招待状は送っていてもおかしくないが、距離的な問題で出席は難しいかもしれないとのこと。


 そんな招待客だが、ほとんどがラクダや風紋船といった陸路を使ってやってきているのだが、中には船でここまで来た国も少ないながらある。

 その中には、アイリーンの領地で耳にした、あのスワラッド商国からの船もあった。


 ソーマルガ号から離れた沖合に、何隻もの帆船が停泊しているのだが、掲げられた旗からスワラッドのものを見つけてみると、その数は六隻にも上る。

 その帆船はどれも三本のマストを備え、三本共が縦帆という、地球で言うところのいわゆるスクーナータイプだ。


 俺がこれまで見てきた船で、ソーマルガ号を除いて最大のものと言えば風紋船であるが、このスクーナーもそれに劣らない大きさを誇っており、多少の荒波も軽々と乗り越えてどこまでも行ってしまえそうな力強さがある。


 他の国の船が大抵一隻か二隻でやってきているのに、スワラッド商国だけは六隻でやってくるという、商業国家に相応しい資金力を見せつけるとともに、海洋国家としての顔も十分に見せていた。





 俺達がソーマルガ号にやってきてから今日で二日が経っている。

 パーティの開催を明日に控え、礼服やドレスを合わせたりする以外はやることのない俺達は、ソーマルガ号の中を散策したりして過ごしていた。


「しかし相変わらず飛空艇とは思えないぐらいに広い通路だね。バイクぐらいなら走れちゃうんじゃない?」


 初日にソーマルガ号の内部を見て言葉を無くしていたパーラの姿は今はもうなく、だだっ広い通路に呆れたような声を吐いていた。


「それぐらいはできるかもな。この飛空艇自体、小型と中型の飛空艇の母艦として運用されるためのものみたいだし、自然とこれぐらい大きく作られたんだろう」


 パーラと二人、てくてくと通路を歩きながら色んな所を見て回っていると、パーティ会場となる大広間のような場所の前を通りかかる。

 中ではテーブルや絨毯、照明といったものが既に配置されており、後は人が来るのを待つばかりと言った感じだ。


「へぇ、ここでパーティをするんだ。結構大きいとこじゃないの」


「城の大広間にも負けないぐらいの広さはあるらしいから、そこんところが会場に選ばれた理由なのかもな。そういやお前、明日のパーティの準備って終わってんの?」


「終わってるよ。ドレスもちゃんと出しといたし、装飾品とか香水も用意してもらったよ」


「用意してもらったって、誰に?」


「アイリーンさんとリコさん」


 リコというのは、俺達の世話をしてくれている使用人の一人で、歳が近いということでパーラと一番仲のいい女性だ。

 王族の使用人をやるくらいなので、パーティに臨むパーラの準備を手伝ってくれるのには不安もない。


「ふーん…装飾品ってのは首飾りかなんかか?」


「それは当日までのお楽しみにしといて。もしかしたら、綺麗になった私に、アンディもメロメロになっちゃうかもよ?」


「はンっ」


「鼻で笑われた!?」


 確かにパーラも女性らしく成長しているが、体をくねらせながらそういうことを言う女は、大したことが無いというのが相場だ。

 この俺がメロメロになるなど、ナイナイ。


「もー!知らないからね!私が魅力的過ぎて、パーティでモテモテにくんかくんか」


 不機嫌そうに頬を膨らませるパーラだったが、不意に鼻をひくつかせて視線を彷徨わせ始める。

 こいつがこの反応をするときは、何か旨いものの匂いを嗅ぎつけたということだ。


 ソーマルガ号では多くの人間が働いているため、そういった人達に食事を提供する食堂のような施設も当然存在する。

 匂いの元はそこに併設されている厨房かと思い、パーラを連れてそちらへ移動すると、近付いていくたびにはっきりと分かる匂いから、どうも昆布を使った料理を作っているようだと気付く。


 厨房の入り口から内部を覗き込んでみると、そこには調理台の上に置かれた昆布を囲んで難しい顔を浮かべた料理人達の姿があった。

 魔道具製の竈では何やら鍋が温められており、昆布出汁の匂いはそこから来ているようだ。


「…何してんだろ?」


「さてな…普通に考えれば、昆布を使った料理に悩んでるってとこか」


 揃って腕を組むだけで動きのない料理人達の様子にパーラが疑問を口にするが、目の前に置かれた昆布に注がれる視線からその悩み事は大体想像できた。


 今回、俺達の飛空艇には自分達で消費するためにと昆布を積んできたのだが、旅の間にそれで作ったスープをグバトリアがいたく気に入っていた。

 少し前にグバトリアからの頼みで昆布を分けたのだが、恐らくこの料理人達はそれを使った料理を作れとでも言われたのだろう。

 一応昆布出汁の作り方は伝えたので、最悪でもスープにしてしまえば一品と言い張れるはずだ。


「…やっぱりスープにするしかないんですかねぇ」


「しかし、立食形式にスープは難しいだろう。軽く摘まめるものでないと」


「そうは言うが、この出汁を使うのにいいものが思いつかんのではな」


『うーん』


 二言三言交わし合うだけで、再び難し顔に戻っていく姿を見ては、悩みが解消される兆しはなさそうに思える。


「昆布出汁ではなく、昆布の旨味を食材に浸透させるという調理法もありますよ」


「ほう、そういうのもあるのか。…お前、誰だ?」


 見かねた俺が厨房へと入ってアドバイスを囁いてみた。

 新しいアイディアに一瞬場が色めき立ったが、すぐにその発信元である俺の存在に気付くと、料理長と思しき男性が、不審さを滲ませた顔で見てきた。


「いきなりで失礼します。俺はアンディ、そっちのはパーラ」


「どーもぅ」


「何やら昆布の料理でお悩みの様子だったので、一つ口を挟んでみようかと」


 いつまでも胡乱気な空気が漂っていては居心地も悪いので、こちらの目的をまず明かしてみたが、向けられる視線に変化はない。

 まだ不審がられているようだ。


「そうかい。それはありがとうよ。でもこれは俺達料理人の仕事だ。素人が口を挟んでくるな。まだ仕事もたくさんあって、かまってやる暇はないんだ。さあ、出ていってくれ」


 そう言うと、シッシッと手で払われてしまった。

 まぁいきなり現れて知った口を言う俺は、さぞ胡散臭いことだろう。


 ただ、邪険に扱われてはしたが、俺自身、腹を立てることはない。

 この言動も、料理人としてのプライドはもちろんだが、自分達の仕事に怪しい人物を関わらせることの危険性を理解しているだけ、プロ意識は高いと言える。


 とはいえ、昆布に関しては、今のところこの世界で一番詳しいと自負している俺のアドバイスには多少耳を傾けてほしいところではある。


 何と言って興味を引こうかと言葉を選んでいると、唐突に料理人達の中から一際高い声色で発言が飛び出てきた。


「ちょっと待って!どうせ私達で話しててもいい案は出なかったのよ。もう少し話を聞かせてもらおうじゃない」


 明らかに女性特有の甲高い声が聞こえてきたかと思ったら、調理台の陰から姿を現したのは、小学生ぐらいの身長しかない、どう見ても子供としか思えないぐらい小柄な少女だった。


 顔立ちも幼さがまだ残っている、どころか幼いままで、クリクリとした青い目は将来、成長したら美人になりそうな予感がある。


 他の料理人達と同じ格好をしていることから、彼女もここで働く料理人の一人なのだろう。

 この幼さから下っ端だと推測するが、先程の偉そうな口からして、性格に難がありそうだ。

 だがそんな推測とは裏腹の、衝撃の言葉が料理長と思い込んでいた隣の男性から飛び出す。


「はぁ、料理長がそう仰るなら…」


「…はい?今なんと?…料理長?」


 他の料理人達の様子を見てみると、全員が揃ってその少女に対して敬意を払っていることに気付く。

 ということは、本当にこの少女がこの厨房を取り仕切っているトップということになるのか?


「そうよ!私がこの厨房で一番偉い、料理長のバネッサよ!」


 彼女のために用意してあったのだろうか。

 言いながら踏み台の上に登って、精一杯に威厳を見せようとふんぞり返る姿勢をとったバネッサ。


「料理長~?こんな子供が~?」


「誰が子供よ!私はもう成人してる立派な大人なの!お・と・な!」


 俺と同じ疑問を抱いていてパーラが口にした言葉に、とても大人とは思えないような子供染みた口調で噛みついてくるバネッサだが、周りの料理人に視線で問いかけると、頷きが返ってきたことから本当のことなのだろう。


「てことは、もしかしてハーフリングですか?」


「そうよ。見ればわかるでしょ」


 いや分からん。

 さも当然のように俺の言葉に返してきたバネッサだが、ハーフリングは普人族の子供とほとんど見分けがつかない種族だ。

 唯一耳に特徴があるぐらいだが、それでもよく見たらという程度しかない。

 それを初対面で、しかも料理帽を被っている相手を見抜けというのは中々の無茶である。


「そんなことより、アンディって言ったっけ?あんた、この昆布を使った料理に詳しそうね」


「当たり前だよ。だって昆布を最初に料理したのはアンディだもん」


 バネッサの質問に、今度はパーラがドヤ顔で応えるのは、対抗心でも覚えているのだろうか。


「そうなの?私が聞いたのはマルステル男爵領で特産品として開発中ってことだったけど」


「そのマルステル男爵と俺は知り合いでして、今はそこで世話になっているんですよ。その縁で、昆布を料理として出したので、まぁパーラの言った最初に料理したってのはそういう意味でのことになります」


 実際はこれに加え、魚醤も作り始めているのだが、現物がまだないものを紹介するのもなんなので、今のところは昆布だけを特産品に推していこうというのがマルステル男爵領の方針だ。


「へぇ、じゃあアンディは料理もやれるわけね。じゃあさっき言ってた、旨味を浸透させるってのはどういうこと?」


 昆布の開発者という肩書が効いたのか、若干態度が軟化したバネッサだったが、今度は試すような眼で見てくる。

 お手並み拝見ということか。


「昆布出汁をスープに使うことはもう試したようですから、その旨味は理解していると思います。では今度は、昆布で食材を挟む、あるいは包むなどして旨味を食材に移すということを考えてみましょう」


 要するに昆布締めのことだ。

 調理台に置いてある昆布の束に手を伸ばし、乾燥したままのそれを二枚ほど抜き取る。


「この昆布に酒…まぁ白ワインでいいでしょう。軽く振って水分を足し、そこに魚の切り身を載せて半日から一日ほど冷蔵庫で置いておきます。すると、昆布の旨味が移った切り身となりますので、あとは軽く焙って野菜なんかと一緒に食べてもいいでしょう」


 本当は日本酒で湿らせるのが一番いいのだが、存在しないのでワインで代用するしかない。

 同じアルコールだし、赤ワインよりは癖が無いので大丈夫だろう。


「ふーん、時間はかかるみたいだけど、思ったよりも簡単なのね。気を付けることは?」


「挟むのは魚でも肉でもいいですが、事前に具材に塩を振って浮いてきた水分を拭いておくことですね。そうすると、臭みも減って味が染み込みやすくなりますから」


「んー…ちょっと一つやってみてくれる?誰か、適当な食材を何か持ってきて」


 バネッサの言葉に、冷蔵庫から取り出された魚の切り身が俺の前に置かれた。

 これを使って昆布締めを一つ手本として作れというわけか。


 見たところ白身の魚のようで、鼻を近付けて見ても臭みはさほどでもない。

 何の魚かは分からないが、とりあえず先ほど言った手順で処理していく。


「こんな風に、柵ごと昆布で包む感じですね。後は冷蔵庫にでも入れて、時間を置けばいいでしょう」


 今回は切り身の柵ごと昆布締めにしたが、薄切りにして刺身にするのも悪くない。

 今度試してみよう。


「そう。ちなみにこれはなんていう料理なのかしら?」


「料理というか調理法ですね。昆布締めと言います」


 昆布で挟んで寝かせることで、食材に旨味を染み込ませるという考えは、実に日本的だと言える。

 素材の味を大事にし、引き出すためのこのやり方を考えた人間は称賛に値する。


「昆布締めねぇ。何というか、手間はさほどでもないけど、発想はかなり突飛な感じだわ。あんた、ひょっとして結構凄い料理人なのかしら?」


「いやいや、俺も人から聞いた口でして、自分で考えたわけじゃありませんよ」


 主にネットで得た知識という意味だ。


「あらそう。でも、こういうのは誰かから聞いたものでも、実践できることが大事よね。さて、それじゃあ昆布締めの方は後で味を見るとして、他に何かないの?」


「他にですか。昆布はどちらかというと、主役を張る食材じゃないんで、何かと組み合わせることで料理としての完成度を引き上げるんですよ」


「そんなことは予想済みよ。私達が知りたいのは、その組み合わせる食材の方よ。これでも料理人の端くれとして、色々と試したわ。けど、どうもしっくりこないのよね」


「色々というと、例えばどのような?」


「とりあえず一通りの野菜は試したのよ。それと、海藻ってことだから魚とも合わせたわね」


 昆布が海藻だと考えれば、魚との組み合わせは料理人ならすぐに考えつく。

 ただ、昆布出汁自体は非常に繊細な旨味が肝なので、大雑把な味付けは禁物だ。

 魚も淡白な白身か、脂身の少ない赤身なんかがいいのだが、流石にそれぐらいは試しているだろう。


 しかしそれでも、先程まで悩んでいた姿を見れば、まだ納得の行くものには仕上がっていないということだ。


「そうですねぇ、考えられるのは貝類との煮物や、細切りにして根菜と炒めたり、あぁ、大根があるならおでんなんかもいいですね。あと変わったのだと、酢昆布なんかもありますね」


「ほうほう、色々と興味深いわね。アンディ、あんた暇ならちょっと作ってきなさいよ」


「…まぁ暇と言えば暇ですけど。パーラ、どうする?」


 今日はパーラとソーマルガ号を見て回るという約束を先にしていたため、バネッサの頼みを聞くのならパーラの同意を得なければならない。

 優先順位はパーラの方にあるのだしな。


「そうだねぇ…一つ、条件をつけさせて」


 一度目を瞑り、次の瞬間には神妙な顔をしたパーラがバネッサに条件を突きつける。


「何かしら。私達に出来ることならいいのだけれど」


 パーラの様子に、バネッサも不敵な笑みを浮かべるが、目だけは険しいままなのは、これから飛び出る条件次第では苦境に立たされる可能性も考えているからだろう。


「アンディが作った料理の試食には私も参加すること、これを認めてくれるのなら今日の予定はそっちにあげてもいいよ」


 食いたかっただけか。

 そう言えば先程からずっと眉を寄せて厳しい顔をしていたが、あれは俺の造った料理を自分が食べられるかどうかを考えていたからか。


「そんなことでいいの?なら問題ないわ」


 拍子抜けした様子のバネッサだが、同時に安堵もしているようだ。

 面倒な条件でもないし、むしろ試食要員が増えることで感想にも幅が出るだろうこの提案は、バネッサ達にとっても好都合かもしれない。


 そんなわけで、俺達はソーマルガ号の散策を中断し、バネッサ達の昆布料理開発を手伝うことになったわけだが、結果から言えばバネッサ達が満足する料理を紹介することが出来た。

 しかし、あの昆布締めした白身魚に関しては、結局時間的な都合で試食までは漕ぎつけられず、後で料理人達で味わうことになったのは残念だった。







「では明日のパーティには、昆布を使ったものが出されますの?」


「そうだと思いますよ。バネッサさん達に教えた中にはパーティ向けのものもありますし」


 アイリーンに夕食を誘われた俺とパーラは、貴族専用となっている階層に出向き、アイリーンの個室へとやってきていた。

 貴族一人一人に与えられた個室はちょっとした広間と呼んでもいい広さがあり、そこで供される手の込んだ料理に舌鼓を打ちつつ、今日あった出来事をアイリーンに話したりしている。


 その中で、パーラが厨房での出来事を口にすると、やはり昆布を売り込もうとしている側であるアイリーンには興味を引くものがあったようだ。


「私もアンディが作ったのを試食したけど、あれは貴族が口にしても文句は出ないぐらいの料理だね。間違いない」


「あら、言いますわね。まぁ私もアンディの腕は知っていますから、疑いはしませんけど。…はぁ~、あなた達はいいですわねぇ、楽しそうで」


 ふと表情を暗くして、アイリーンがため息を吐く。

 美味い飯を食っているというのに、こういう顔をするとはよほどのことがあったに違いない。

 しかし、ソーマルガ号に来てからも他の貴族と交流を持っているアイリーンに、軽々しく聞いてもいいものか躊躇われる。


「え、アイリーンさん、なんかあった?」


 だがそんな俺の心配など知ったことかと、パーラが普通に突っ込んで聞き出そうとしている。

 こういう無自覚に相手の話を引き出せるのも、パーラの才能だろうな。


「いえ、あなた方に言うべきではないのでしょうが…」


 一瞬口ごもるアイリーンに、やはり軽々に聞くべきではないかと思った俺は、こちらから話を変えようと試みる。


「あ、じゃあ別の―」


「実はお見合いの話が立て続けに持ち上がっていまして」


 いや結局言うんかい。


「え!お見合い!?アイリーンさんが!?あのイライラしたら魔物を蒸発させるで有名なアイリーンさんが!」


「ちょっとパーラ、私はそんな物騒な人間ではありませんわ」


 だが事実だ。

 確かにパーラの言葉は若干の誇張はあるが、それでもアイリーンが領主就任後すぐにしでかしたことではあるので、間違いは言っていない。


 まぁそれはいいとして、お見合いか。

 本人は困っているようだが、アイリーンの年齢を考えると決しておかしい話でもない。

 この世界の結婚にいたる平均年齢は15・6歳と日本よりもかなり早い方だが、貴族ともなればもっと前から婚約が決まっているのもざらだ。


 公爵令嬢ともなればアイリーンにも婚約者はいそうなものだが、これまでそういう話を一切聞かないということは、立ち消えになったかそもそも家格で釣り合う相手がいなかったか。


「でもさ、アイリーンさんは男爵家の当主なんでしょ?それでお見合いってことは、お婿さんを迎えるの?」


「そうなりますわね。ただ、候補となる相手がちょっと…」


「だめなの?」


「年齢が離れすぎてますの。20以上年上か、下は一桁台のまだ子供のどちらかなど、選びようがありませんわ」


 まぁそういうこともあるか。

 男爵家であれば家格の釣り合う貴族はいくらでもいるが、アイリーンのようにこの年齢まで婚約者がいないというのは珍しいケースだ。

 必然的に、連れ合いを無くした年嵩の男性か、まだ婚約者が決まっていない子供が候補になってしまうのだろう。


「はぁ~あ、なにも今そのような話が持ち上がらなくてもよろしいでしょうに。……アンディ、あなた私と結婚します?」


「…何ですか、急に」


 急に突拍子もないことを口走ったアイリーンに、思わずそう冷たい反応をしてしまうのも仕方がない。

 今の話の流れで、何故俺に結婚を振って来るのか。

 まぁからかうような眼をしているアイリーンの様子に、本気で言ったというわけでもなさそうだが。


「ダメだよ」


 なんて返してやろうかと考えている俺の耳に、ボソリと聴こえてきたパーラの声はとても冷たいものだった。

 同時に、この背筋に走った悪寒は一体…。


「アンディはアイリーンさんと結婚しないよ?だって私と冒険者やってるんだもん。自由に生きるのがいいって言ってたもん。だからしないよ?」


 こいつ…なんて暗い目をしてやがるんだ。


「そ、そうですね、しませんわよね~」


 覗きこんだ人間を吸い込みそうなぐらい、光が消えたような眼でそんなことを言うパーラに、アイリーンも引きつつ同意をする。

 分かる。

 この状態のパーラは怖いから、下手に刺激はできないよな。


 しばらくアイリーンをじっと見つめていたパーラだったが、アイリーンが本気で言っていたわけではないと気付いたのか、止めていた食事の手を再び動かしだした。

 それにより、場に張り詰めていた空気が一瞬で解けたことに安堵を覚える。


 パーラの奴、やけにヤンデレっぽくなってたな。

 それだけ俺と一緒に冒険者をやるのを望んでいると思えばかわいいもんだが、あそこまでになるとちょっと怖い。


「あ、あーそう言えば、昼過ぎ辺りに騒ぎがあったのを二人は知ってますの?」


「え、あ、はい、聞きました。何でも、スワラッド商国とマクイルーパ王国からの招待客同士が揉めたとか。でも揉めたのは一部の人間だけで、すぐに他の人達が止めてその場は収まったとか」


 話を変えようと、裏返った声で切り出したアイリーンに、俺も乗っかることにした。


「私も人伝ですけども、どうもスワラッド商国からの招待客にガラの悪い人間が混ざってたそうですわよ。酒に酔ってたとも聞きますし、今回のスワラッドからの客にはあまり品位は期待しないようにしましょうか」


 他国のパーティに招待され、そこでまた別の国の人間ともめるとは、はっきり言ってどうかしている。

 パーティを明日に控えている状況では、この一件が酒に酔ってのトラブルということで内々に収められると思うが、スワラッド商国は面子を潰された形になる。

 そのトラブルを起こしたスワラッドの人間は、同郷の人間から向けられる感情に、滞在中は肩身が狭い思いをすることだろう。


 それにしても、商業の国から来たというぐらいだから、交渉事に関連してコミュ力も高いと想像していたのだが、こうもあっさりともめ事を起こすとは、やはり国と人は別で考えた方がいいか。


 何にせよ、明日のパーティにはそのスワラッドの人間もいることだし、為人を多少でも知って、今後近付くかどうかを決めたいものだ。

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