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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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227/463

マルステル男爵領発 皇都行き

「それでは私が留守の間、領内のことは頼みましたわよ。レジル」


「承知いたしました」


 皇都へと出発する日の早朝、発進準備をしている飛空艇の前では、アイリーンがレジルとそんな会話を交わしていた。

 既に旅装に身を纏めているアイリーンは、以前の旅をしていた時に見慣れた姿となっている。


 早朝ということもあり、見送りに出ているのはレジルをはじめとした使用人数人だけだ。

 別に大勢に見送られたいというわけではないが、領主の出発にしては少々寂しい気がする。

 まぁ二度と戻ってこないわけじゃないし、涙の別れというのとはちょっと違うので、こんなもんでいいだろう。


 貨物室に積み込んだ物資の最終点検をし、食料や水、衣服や雑貨など、必要な物は全て揃っているのを確認したところで、外に向かって声を掛ける。


「アイリーンさん、そろそろ出発します」


「分かりました。ではレジル、行ってきますわね」


「はい。道中、どうかお気をつけて」


 アイリーンが飛空艇に乗り込んで、座席に着いたのを確認したら、操縦席にいるパーラに合図を送る。

 ゆっくりと飛空艇が上昇していき、十分な高度に達したところで、俺は貨物室の方へと行き、後部ハッチを開放する。


 開け放たれたハッチのすぐ向こうには、船体後方下部に急造で取りつけられた滑車がある。

 その滑車は船体の左右から伸びているロープを巻き取ったもので、そのロープの先は本来のこの飛空艇にはなかった装置へと繋がっていた。


 滑車に付いている取っ手を回し、ロープを送り出していくと、船体の両舷後方に三角形の帆が現れた。

 実はこれ、飛空艇の速度アップのために取りつけたものである。

 今頃の時期になると、砂漠地帯中央の不安定だった風の流れも収まり、丁度南から北に向かって吹く風が強まるというのを村の老人達から聞くことが出来た。


 それを元に、漁師達からアドバイスを受けて、帆船のように風の力を使うために取りつけたものだ。

 帆布と帆柱はアイリーンから提供された。


 飛空艇も船の一種だということで、船の修繕に長けた村人の手を借りて二日ほどで簡単に取付工事が行われたが、出来としては中々のものだ。

 帆の展開と折り畳みこそこうした滑車を使う仕様となったが、それ以外は実に機能的だと言える。


 その帆が今、風を受けて大きく膨らみ、それによって飛空艇はゆっくりと前進していった。

 滑車がそれ以上回らないように固定したのを確認したらハッチを閉じて、操縦席へと向かう。


「パーラ、どんな感じだ?」


「結構速いね、これ。まだ主機は半分も回してないのに、もう全開に近い速度に届いてるよ」


 既に何度か試験的に帆を張っての飛行をやってはいたが、高高度での高速飛行はこれが初めてとなるため、パーラには慎重に飛ぶように言っていたのだが、それを心掛けていても速度はかなりのものとなっているらしい。

 後で俺も交代して確かめるが、この分だと操縦の感じは大分違っているのかもしれない。


「操縦の感覚はどうだ?風に煽られたりしてないか?」


「そりゃ普通より影響は受けてるよ。ちょっと左右に振られるのが気になるけど、風向きさえ気を付ければ何とかなると思う」


 操縦に慣れたパーラをして、今はやや余裕がない様子を見せていることから、やはり帆を増設するだけで単純に速くはなるが、安定性は幾分か損なわれるようだ。


 とはいえ、それも仕方ないことだ。

 元々普通に飛べていた船体に、強引に新規のパーツを取りつけたようなもので、空気抵抗やら重量バランスやらが崩れてしまうのは当たり前の話である。

 むしろ、多少の安定性の低下だけで飛べているこの飛空艇が、それなりに高性能だと言ってもいいぐらいだ。


「そうか。一応今の最高速度なんかも見てみたいから、徐々に出力を上げていってくれ。船体がおかしな振動したり、計器類に警告や乱れが出たらすぐに出力を落とせ。最悪、どっかに不時着するのも考えておいてくれ」


「あいあい、了ー解」


 軽い口調とは裏腹に、稀に見る真剣な目をするパーラが少しだけ頼もしい。

 ほんと、普段からこれぐらいまじめにやればいいのに。


「てわけでアイリーンさん、この後も速度は上がっていきますが、一応船体に何か不具合が出たらすぐ脱出しますので、念のために覚悟だけはしといてください」

「あら、こんな上空から私を放り出すつもりですの?生身で飛べる手段がない私は地面に叩きつけられてしまいますわね」


 壁際に作りつけられた座席に座っているアイリーンに向けて、一応念を押しておく。

 アイリーンも魔術で一定方向に炎を勢い良く吹きだせば、噴射装置と似たようなことはできるはずだ。

 魔力を激しく消耗するが、命が助かるならそれぐらいはするだろう。


「そうならないように気は付けますよ。けど万が一がありますから。いざとなったら、担いで飛び出しますんで、今の内に覚悟はしておいてください」


「まぁ怖い。そうならないことを祈ってますわ」


「俺もです」


 そんな風に軽口をたたき合いながら、アイリーンの隣に椅子を引き出して来て腰かけ、先程貨物室で纏めた荷物の目録に目を通す。


 今回、俺達は皇都まで真っ直ぐ飛んでいくため、およそ五日ほどで目的地に到着できる計算をしている。

 そのため、食料も五日分を目途に積んでいるが、同行しているのがアイリーンであるため、レジルが気を利かせてちょっといい食べ物を手配してくれたので、ご相伴に与れる俺とパーラは幸運だ。


「ところでアンディ。皇都で配る分の昆布ですけど、ちゃんと十分な量は積まれていますの?」


「ええ、それは問題ありません。今日までジンナ村で生産した分の半分近い乾燥昆布を積み込みましたので。ざっと100キロはあったと思います」


「結構。それだけあれば、皇都にいる貴族達に配るのに足りなくなることはないでしょう」


 アイリーンが言った皇都で配る分の昆布というのは、マルステル男爵領での新たな特産品としてアピールするためのものだ。

 ソーマルガという国で見ると、皇都とマルステル男爵領は国土の端と端ぐらい離れているため、こういう機会に貴族や商人に昆布を配って、後の需要に繋げなくてはならない。


 マルステル公爵の令嬢という立場を武器に使えないこともないが、やはり実物を配ってその良さを知ってもらうのが一番いい。

 勿論、ちゃんと調理法なんかも添えておくので、よく分からんカッチカチの板という感想で終わることもないだろう。


 そんな風に話をしていると、飛空艇が大きく揺れる。


「おっとっと。…どしたー、パーラ。乱気流か?」


「っとぉ…違うよ。主機出力を上げてたらさ、7割超えたとこでなんか急に操縦桿が重くなったのよ。んで、そのちょっと後に揺れが出ただけ」


 操縦席の方へ声を掛けると、一拍遅れて返事が返ってくる。

 まさか音速の壁を突破したわけでもないだろうが、何かしら船の操縦系統に負荷がかかって、船体の制御に乱れが出たのかもしれない。

 無理矢理増設した帆で強引に飛空艇の背を推しているだけあって、所々でのおかしな挙動も覚悟していたが、揺れだけとはいえ実際に起きてしまうとちょっと不安になるな。


「そうか。今はどんな感じだ?」


「大丈夫、出力を8割まで出したら安定したよ。今は……うゎ」


「ん?どうした?問題か?」


 もう大丈夫だと安堵の雰囲気を漂わせていたパーラの声が、最後に強張ったのが分かり、腰を浮かしかける。

 何か致命的なトラブルでもおきたのか?


「あ、いや、違うよ。ちょっと速度が凄いことになってて、驚いちゃっただけ」


 凄いこと?

 言われて窓から外を覗いてみると、確かにかなり速度が出ているように感じる。

 とはいえ、そう驚くほどかという疑問もあり、気になった俺は操縦席へと向かうことにした。


 まず目についたのは、危なげなく操縦桿を握るパーラの姿で、そこに危機はないと分かると、先程の言葉を確かめるために声を掛ける。


「速度が何だって?」


「計器見て。現在の速度のとこ」


 パーラの指さす先に顔を向けると、そこには速度や高度といった飛行に必要な情報がまとめて表示されているアナログな計器類がある。

 地球の航空機なんかとはかなり趣の違う計器類だが、もうそれにすっかり慣れた俺は言われた通り現在の速度を示している一つの計器へと注目した。


「…なんだこりゃ。速度が230?」


「ね?凄いでしょ。確かこの飛空艇って160までしか出なかったじゃない?帆を付けただけでこんなにでてるんだよ」


 この速度計は時速何キロで表示されるものではない。

 あくまでも、現在の速度を数字だけで表しているだけであり、俺の体感だと地球の時速とはかなりのずれがあると思うので、古代文明独自の単位で速度が算出されているようだ。


 中型とはいえそこそこ足の速いこの飛空艇でも、これまで出した最高速度はパーラの言った160が上限だ。

 計器にはそれ以上の速度を計るだけの余裕はあるが、実際は160で打ち止めだと思っていた。

 ところが帆を追加したことで、この最高速度が大きく更新された。


「計器の故障とか?」


「ないとは言えないけど、それが壊れてたら他の計器も信用できないよ」


「それもそうか」


 とりあえず、飛行に危険がないことと、帆の有用性を確認できたところで再びアイリーンのところに戻る。


「どうでしたの?」


 顔には不安を一切出さずにそう聞いてきたアイリーンだが、薄暗い飛空艇の中で見る顔は思ったよりも白く、内心で飛空艇のトラブルを心配していたのが見て取れた。


「ご心配なく。飛行に支障のある問題はありませんでした」


「あら、何か深刻そうな空気でしたけど」


「あぁ、それはあれですよ。飛空艇に取り付けた帆、あれが思ったよりも効きすぎましてね。かなり速度が出てるんですよ。もしかしたら、皇都に着くのがもう少し早くなるかもしれません」


「それはいいですわね」


 比較的快適な空の旅とはいえ、やはり移動時間が短くなるのは誰にとっても望ましいもので、満足気に頷くアイリーンに、俺も同意だと頷きを返しておいた。






 五日を予定していた空の旅は、飛空艇の速度が思ったよりも出ていたおかげで大分短縮され、三日ほどで皇都へと到着していた。

 これはあくまでも風に恵まれたおかげであり、この飛空艇本来の性能ではとうていここまで早く着くことはなかっただろう。


 真昼の日差しに焼かれた皇都近郊の発着場へと飛空艇を降ろし、船外へと出た俺達を出迎えたのはダリアだった。

 ここではそこそこのお偉いさんだったはずだが、よくもまぁ護衛もつけずに一人でほいほいと出歩くものだな。


「やあやあ、よく来たね―っと、これはマルステル男爵様。いらっしゃるとは聞いていませんでした」


「お久しぶりです、ダリア」


「は。…遅ればせながら、男爵位の叙爵をお喜びいたします」


 普段のテンションで声を掛けてきたダリアだったが、俺とパーラの背後から姿を見せたアイリーンを目にすると、一転して初めて見る神妙な顔付きに変わって、その場に膝を突いた。

 意外というか、ダリアのこういう姿は中々様になっており、やはり偉い立場の人間なんだなと改めて思わされた。


「もしかして、二人は知り合い?」


「ええ。以前、まだ私が叙爵する前に、カーリピオ遺跡について話を聞かせて欲しいと、詰め寄られたことがありましたの」


 俺も感じていた疑問をパーラが口にする。

 ダリアの方は畏まっているが、アイリーンの方はどこか親しみを込めて接しているような感じだ。


「…その節は大変ご無礼をいたしました」


「お気になさらず。ダリアの古代文明に対する思い入れは十分に分かりましたもの。それよりも、前と同じ話し方に戻しませんか?疲れるでしょう」


 どうやらダリアは男爵に成る前のアイリーンと面会して、あのいつもの男っぽい口調で話していたようだ。

 それを知っているアイリーンは、肩の凝る話し方をやめさせたいと見える。

 まぁ俺もこのダリアに違和感を覚えている真っ最中なので、出来ればそうして欲しいとは思う。


「いえ、アイリーン様は男爵であらせられますれば、そのような…」


「構いませんわ。このアンディもパーラも私が男爵に成る前からの友人ですが、男爵に成ってからも態度は変わりませんもの。その方が私も気が楽でしてよ」


「しかし…」


「構わない、と申しましてよ」


「はぁー…わかったよ。男爵様の仰せじゃあ仕方ないな」


 苦笑交じりに溜め息を零したダリアが口調を戻すと、アイリーンも大きく頷いた。

 無理をしていたわけではないだろうが、ダリアらしくないというのが俺達の共通認識としてあったので、こうしていつもの喋り方になったことでようやく一息付ける思いだ。


「それでダリアさんはどうしてここに?また何か変なことを頼む気ですか?」


「変なこととは心外だな。君達の飛空艇が王都に近付いているという報告を受けて、わざわざ足を運んだんじゃないか」


「あ、もしかして、さっき私達の飛空艇とすれ違った小型のでしょ。発光信号もなかったし変だとは思ったんだよね」


 パーラが言っているのは、皇都に近付いた俺達に接近してきて、発光信号を出すこともなくすぐにまた戻っていった小型飛空艇のことだ。

 あれはダリアに俺達のことを知らせに行ったのか。


「その通り。君達が確認出来たら、私に連絡をするようにと各所に伝えておいたからな。まぁそれはいいとして、君達から預かっていた飛空艇の解析が終わったから、返却できるようになったんだ」


 お、やっとか。

 ハリムからの手紙にもそのことは書かれておらず、てっきりもうちょっと預けることになると思っていたのだ。

 これでようやく、俺達の家とも言える飛空艇が返ってくることになったわけだ。


「そっちの中型のを預けてくれれば、中の荷物はうちの連中で積みかえておくが、どうする?」


「あぁ、それは助かります。お願いできますか?」


「わかった。…この後はどうするんだい?よかったら仮組みしたうちの動力部を見て行かないか?君のおかげで、今回は出来が違うんだよ」


「それは興味深いですね」


 長い時間、飛空艇を貸しだした集大成ともいえるソーマルガオリジナルの動力部は、一体どれほどのものなのか気になる。

 前に俺がしたアドバイスがどうなったかを確認するためにも、是非とも見ておきたい。


「パーラと、アイリーンさんも、どうですか?」


「いえ、私はこれから屋敷の方へ顔を出してきますわ。今夜から暫く世話になりますから、話を通しておきませんと。ダリア、皇都までの足を手配して頂けて?」


「あ、じゃあ私がバイクで送ってくよ。アンディはダリアさんとその動力部を見学してて。後で迎えにくるから」


 何故か二人共早口でそう言ってきた。

 この反応は、興味がないものから逃れんとする人間にありがちなものだ。

 飛空艇の動力云々というのはかなり専門性の高い分野であるため、興味を持てないとそんなもんか。


 預けてあったバイクの場所をダリアから教えてもらい、足早に去っていったパーラとアイリーンの背中を見送り、俺とダリアは以前も訪れたあの飛空艇の研究施設へと足を運んだ。


 衛兵が厳重に守る扉を抜けて、施設内へと入っていくと、日中ということもあり、前回とは違って廊下をすれ違う人がかなりいた。

 研究者然とした人もいれば、研究員に偽装した歩哨と思われる人もいて、感じられる人の気配だけでもかなりの人数がここで働いていることが分かる。


「前は分かりませんでしたけど、ここってかなりの人が働いてるんですね」


「そりゃあそうさ。ここは遺物の研究分野では最先端だ。国中から色んな人間が集まってくる。今は飛空艇の建造が一大事業として動いているから、まだまだ増えるかもしれないな。ただ、人が多くなると、それだけいざこざも増えてね。私も管理する側の人間だから大変さ」


 前を歩くダリアがやれやれと溜息を吐くが、少し見えた横顔には誇らしさが笑みとなって浮かび上がっており、それほど今の状況を苦とは思っていないようではある。


「ところで一つ聞きたいんだが、君達の載ってきたあの飛空艇。横腹に帆がついていたな。あれは君達がやったものかい?」


「そうですよ。アイリーンさんのとこの漁師に手伝ってもらって取りつけました」


「漁師か。帆を扱わせたら確かに適任だな。ああいう帆を取りつけて速度を出すって改造はうちでも昔やったことがあるんだ。どうだい、操縦が難しかったろ?」


 まぁ当然というか、普通の頭をしてるなら考えつく手法なので、ダリアがとっくに試していたと言っても驚きはしない。


「ええまぁ。ただ、安定性は大分損ないましたけど、風向きと姿勢制御に気を配ればそこまででもないですよ」


「おや、そうかい?前に試した時は、操縦者がじゃじゃ馬だと評してたんだがね」


 その操縦者の言葉は正しい。

 速度を出すのと引き換えに、操縦性は低下してしまうのだから、当時の慣熟しきっていないパイロットであれば、扱いにくさに文句も吐きたくなる。


「じゃじゃ馬というのは的を射ていますね。俺達もあれでここまで旅をしてきましたけど、あまりいいものとは言えませんでしたよ」


「やはりか。君達が平然と飛ばしてたみたいだからまさかと思ったんだが、そんなものだろうな」


 飛空艇に関しての研究は日進月歩、いつかは帆を取りつけても安定した飛行が出来る日が来るかもしれないが、ダリアのこの様子だとまだまだ先は長そうだ。


 廊下を進み続け、辿り着いた先はいつぞやも見学をした、飛空艇の組み立て作業が行われている一室だ。

 相変わらずの広大な室内空間は、前回と異なる点がいくつかあった。


 まず目についたのは、以前飛空艇の骨組みだけが鎮座していた場所に置かれた、ピカピカの新品としか思えない中型飛空艇だ。

 全体的に流線形をしていて、船体の各所でエッジを立てる形をしているのは、いわゆる第五世代型に近いものだ。


 その周りには作業に取り組む研究員達の姿が多くあり、さながらF1レースのピットインと言った感じか。

 船体には計測用と思われる機器が色々と取りつけられており、それだけでこの飛空艇が張りぼてではないことが分かる。


「凄い…二カ月ほど前まではまだ骨組みだけだったのに。完成させたんですね」


 国家事業だけあって、組み立てに必要なマンパワーには困らないとはいえ、動力部の解析と製造にかかる時間は恐らく相当なはずで、この短い期間にまるで差し替えたような出来上がりには感嘆の息が漏れる。


「ああ。あの時、君に見せたのは骨組みだけだったが、動力部や外装といったものは別の所で既に作られていたんだ。問題だった動力部も、君の飛空艇を解析して改良するだけだったからさほど手間もなかったよ」


 そう言えば、改良前の出来上がっていた動力部は一度見たことがあったし、多少の改良で済むなら確かに時間はあまりいらないのか?

 いや、だとしても、ネックだった動力部の問題を解決し、こうして飛空艇に搭載できるまでに漕ぎつけた技術者達には称賛の声が相応しい。

 物作りというのは、技術者の汗と努力の結晶で成り立っているのだから。


「少し説明をしようか。あの新造の飛空艇は、見ての通り中型で設計してある。これは動力を二つ積むという関係から、これ以上の小型化は難しいというのと、人員と物資の輸送を考えての大きさだ」


「動力を二つというのは、出力の違うものを?」


「そうだよ。離陸と滞空用の低出力の動力と、高速飛行用の高出力の二種類が搭載されている。確か、発案は君だそうだな?うちの研究者が褒めていたよ。発想が柔軟で羨ましいとね」


 いや~、照れるなぁ。

 あの時はなんとなく言っただけのことだが、役に立ってくれたのなら言い出しっぺとしては嬉しい。

 それに研究者という頭のいい人間から褒められては、顔がニヨニヨとしてしまうのを堪えきれない。


「操縦席は使わなくなった飛空艇から移植したが、これもいずれはうちで一から作りたいと思ってる。ただ、操縦の分岐操作系統はまだまだ未発達の分野でね。とりあえず飛ばすのには困らないが、使いやすいように調整するのは今後の試験次第だな」


 操縦の分岐操作というのは多分ソフトウエア的なことを言っているのだと思うが、コンピュータというものが一般的ではないこの世界で、どこまで手が出せるかは見ものである。


「今後の試験というと、これを飛行させる予定があるんですか?」


「あると言えばあるが、まぁ仮の予定だ。思ったよりも組み立てが早く進んだせいで、まだ上層部から試験飛行の許可が降りてなくてね。一応意見書は出したし、十日後を目途に予定は組んである」


 十日後か。

 俺達はこの後、巨大飛空艇のお披露目パーティに向かうから、それに付き合えるかどうかは微妙なところだ。

 他国からの人間も参加するパーティだから、前もって余裕のある日程でパーティは準備されているはずだが、流石に十日も皇都に留まっていてはタラッカ地方へ着くのが遅くなってしまうかもしれない。


「そうですか。俺もその試験飛行を見学したいところですが…」


「ソーマルガ号のお披露目パーティだろ?君も大変だな。まぁこれもダンガ勲章を手にした者の役割だ。甘んじて受け入れたまえ」


 ダリアは参加しない側の人間だから、気楽なもんだな。

 俺も宰相直々の招待状が無かったら逃げたいぐらいだ。


「それで、皇都を発つのはいつになるんだい?先に言ってくれれば、それまでに君達の飛空艇も点検しておくぞ」


「そのあたりはハリム様に会って話をしてから分かりますね。俺はこっちで礼服を仕立てるんで、少なくともそれが済むまでは滞在してますよ」


 貰った手紙には一度アイリーンと共に登城しろともあったので、ハリムから何か話でもあるのだろう。

 その時に、タラッカ地方でソーマルガ号が停泊している正確な場所と、パーティの日取りを聞くつもりだ。


 手紙にはいつまでに皇都へ来いとしか書かれておらず、パーティの開催日や場所などは一切記載されていなかった。

 招待状なのにそんな雑なので大丈夫かとも思ったが、レジルが言うにはパーティの準備が始まったばかりの段階だと、開催の日程が読みづらいため、そういうこともあるのだそうだ。

 そういう場合、改めて後から手紙が送られるか、使者を派遣して案内させるというのが普通だとか。


「仕立てか。今からだと時間がかかるんじゃないか?」


「まぁそこは礼金を多めに出して急がせますよ。最悪、今ある服を少し手直しして使おうとも思ってます」


 その最悪の場合になると、クソ暑い礼服でパーティに出席しなければならないので、何とか皇都で礼服を揃えたいものだ。


「ところで、今夜の予定はどうなっているんだい?よかったらまたウチで飲まないか?パーラ君やアイリーン殿も誘って」


「あぁ、それはいいですね。後でアイリーンさん達に話してみますが、きっと参加しますよ」


「そうか。ならメイエルにも声を掛けておこう」


 皇都にいる間はアイリーンの屋敷に世話になる予定なので、夕食の後ぐらいにでもダリアの家に行けばいいだろう。


 そうとなれば、俺も何か手土産を用意してから、ダリアの家に行った方がいいか。

 酒は善し悪しがいまいちわからんし、上を見たらキリがない。


 となれば、食い物だな。

 積もる話もあることだし、久しぶりに友人との語らいの時間となるのだ。


 よし、アイリーンに頼んで、何か旨いものを手配してもらおう。


 その後、暫く皇都の近況についての話で盛り上がり、パーラが迎えに来たところで話を切り上げて、アイリーンの待つ屋敷へと向かった。


 男爵に成ったと言っても、マルステル公爵家の令嬢であったことに変わりはないため、屋敷では相変わらずの扱いを受けていたアイリーンに、ダリアの所での飲み会についての話を持ち掛けた。

 パーラにはバイクでの移動中に話してあり、賛成を貰っている。


「ダリアの家でですの?私は構いませんわよ。どうせこの後は用事もありませんし」


「そうですか。それでですね、ダリアさんの所に手土産を持っていこうと思うんですけど。酒の肴になりそうなもので、いいのを知りませんか?」


 完全にアイリーンに丸投げした形になってしまうが、仕方ない。

 今日皇都に着いたばっかりの俺にはちょっと辛い案件なのだから。


「そうですわねぇ~…わかりました。ウチの料理人に言って、何か珍しいものを用意させましょう」


 流石貴族の家。

 急な頼みでも対応できるその懐の深さに痺れるぜ。


 今はまだ夕食前だが、今から飲み会が待ち遠しくて仕方ない。

 酒が飲めるのは勿論だが、やはり皇都のことや飛空艇に遺跡のこと、そういうのをダリア達と話すのが楽しみだ。


「あぁそれと、仕立て職人に連絡しておきましたわよ。明日の昼過ぎにはここに来るそうですから、それまでには屋敷に帰ってきなさいな」


 アイリーンは発着場で別れてからの少しの間に、しっかりと職人の手配をしてくれたようだ。

 自分のことではないというのに、手早く動いてくれるアイリーンには頭が下がる。


「昼過ぎですか…分かりました。ちなみに急ぎだということは伝えてくれましたか?」


「勿論。職人としての腕も一流ですから、しっかりと仕立ててくれますわよ。ただ、その分料金もそれなりになりますけど」


「…大体でいいんですが、いくらぐらいですかね?」


 恐る恐る料金を尋ねると、アイリーンの口からシレっと飛び出した金額に、思わず口が開きっ放しになる。


 ………


 ……


 …


 え、まじで?特急の仕立てってそんなすんの?


 参ったな、こりゃ明日にでもギルドで金を引き出してこないと。


 そりゃあ無理を頼むんだから割高になるのは覚悟していたが、まさかここまでとは…。

 まったく、異世界の貴族は金がかかる暮らししてるんだなぁ。

 益々もって爵位なんかいらんわ。

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