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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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コルセットを発明したやつはどうかしてる

 三の村で滅多にない事件を解決したことで、その日の夜は結構な規模の宴会が開かれた。


 俺とパーラは他の村人達にも好意的に存在を知られ、当初の予定ではパラックの家で豪勢な夕食を摂るはずが、あれよあれよという間に村中の人がパラックの家に集まってきてしまった。

 多くがサリーナの身の安全と助かったことを喜ぶために来たのだが、中には自警団で鳴らしていたシングを倒したのはどんなやつか、というのを確かめに来たというのもいる。


 大勢が詰めかけたせいでパラックの家が手狭となったため、急遽村の集会所を借りての大食事会のようなものが開かれた。

 サリーナが腕によりをかけた料理に加え、村人達が料理や酒を持ち込んだことですっかり宴会へとシフトしてしまい、中々にぎやかな夜のひと時を過ごさせてもらった。


 そして、夜が明けた!


 テ~レレレレッテッテ~。


 昨日の酒が残るパラックを叩き起こし、早朝の畑へと出かけた俺達は、砂糖人参以外にも砂漠地帯特有の野菜などを見ることが出来て、充実した時間を過ごすことが出来た。

 午前一杯を視察に費やし、昨夜俺の舌を唸らせたサリーナの昼食を頂いたところで、俺とパーラは三の村を離れることにした。


 見送りにと付いてくるパラックとサリーナを引き連れて飛空艇を置いてある場所へと向かうと、どこで聞きつけたのか、何人かの村人が俺達を待ち受けていた。


「ちゃんと来てくれたみたいだな」


「ちゃんと?もしかして、あの人達を呼んだのはパラックさんですか?」


 村人達に一度手を挙げてからそう言ったパラックの満足気な顔を見るに、どうもパラックが彼らをわざわざ集めたようだ。


「まあね。ほれ、午前に畑を見て回た時、アンディさん自分でも育てたいみたいなことを言ってたろ?だから村の人間に声を掛けて、いくつかの野菜の種をもってきてもらったんだよ」


 そう言えばそんなことを言った覚えがある。

 ソーマルガ固有の野菜なんかを見て、この手で育てるのを想像していた時だ。

 まさかあんな僅かなつぶやきを覚えていて、こうして手配までしてくれるとは、パラックもなかなか気遣いの人だな。


 育て方のアドバイスなんかも教えてもらいつつ、村人達が次々に手渡しくてくれる種の入った袋を受け取っていくと最終的には両手に抱えるだけの荷物となってしまった。

 そのせいで、今の俺は一歩も動けない状況に陥っており、出来れば飛空艇の方に届けてほしかったもんだと溜息を吐きそうになる。


「ほらアンディ、この袋使いなよ」


「おぉありがとう」


 流石相棒。

 タイミングよくパーラが横から袋を差し出してくれて、それに種を次々に放り込んでようやく落ち着いた。


「じゃあそろそろ行きます。種、ありがとうございました」


「いや、これもお礼の一つさ。アンディさんがいなかったら、今頃サリーナはどうなっていたか。それを思えば、これぐらいは」


 代表してパラックに礼を言うと、また立て籠もり事件のことを引き合いに出された。

 昨夜も酒が入ってからは延々とそのことを感謝されっぱなしだった。

 パラックがそれだけ恩義を感じているということだろうが、流石にそろそろ聞き飽きたぐらいだ。

 なので、話題を変えるべくここにはいない人を挙げてみる。


「そう言えば村長さんは今どちらに?昼前に出発を報告した時は見送りに行くと言ってましたけど」


「それなんだが、実は爺…じゃない、村長は急に腰を悪くしてしまったんだ。なんでも、アンディさんに持たせる種をかき集めるのに、俺以上に動き回ったらしくて…」


「あぁ…まぁ村長さんも結構なお歳ですし、急な運動をしたらそういうこともあるでしょうね」


 というか、俺のせいで腰を悪くしたとも言えなくもないが、パラックの困った様子から、どうやら年甲斐もなく動き回ったようではある。


 孫の嫁と言えば村長からすれば十分に身内であるため、それを助けた俺に報いようとしたのかもしれないが、その辺りはパラックとはやはり血の繋がりを感じるくらいに性格は似ている。

 とりあえず、早い回復をお祈りします。


「では本当にここらで。見送り、ありがとうございます。また機会がありましたら寄らせてもらいますんで」


「ああ、いつでも来てくれ。歓迎するよ」


「パーラさん、元気でね」


「うん、サリーナさんも」


 俺がパラックと別れの挨拶と共に握手をしている横で、パーラはサリーナに頭を撫でられている姿があった。

 それほど歳は離れていないはずなのだが、なんだか親子のように見えてしまうのは、サリーナから滲み出る包容力のせいだろうか。


 この流れで俺もサリーナの胸に収まりたいものだが……無理か。


 飛空艇に乗り込んだ俺達は、パラック達が見守る中、船体をゆっくりと上昇させていき、ある程度の高度に達したところで、見送りに来ていた人達の頭上を一度だけ緩旋回する。

 それに手を振る人達へ、船体を左右に揺らすことで返事として、三の村の上空を切り裂くようにして飛空艇は南へと飛んでいく。


 色々とあったおかげで印象に残る村となったわけだが、振り返ってみると一番の収穫はやはり種を貰えたことだろう。

 砂漠以外でも育てられるものを選んだそうなので、ソーマルガを離れてから栽培に着手してみたいものだが、今から楽しみで仕方ない。








 三の村を発って暫く飛び続け、夕方にはジンナ村へと到着できた。

 帰りのルートはまっすぐ南下するものだったので、夜になる前には戻ってこれたが、やはりこの飛空艇の速度は今一だ。

 これが俺達本来の飛空艇での移動だったら、この半分の時間で来れたはず。


 早いとこ代艇から脱却したいところだが、いまだに連絡がこないということは解析が上手くいっていないか、あるいは上手くいきすぎているかのどちらかだろう。

 まぁ絶対に今すぐ必要というわけでもないので、まだしばらくは待ってみよう。


 飛空艇をいつもの場所に下し、迎えに来た使用人に案内されてアイリーンの執務室へと向かい、そこで待つアイリーンとレジルの前で、俺とパーラは任務の達成の報告と共に、帰還が一日伸びた理由の弁明も行った。


「-以上になります」


「なるほど。…災難でしたわね。まさか、手紙を届けに行った先でそのような事件に巻き込まれるなんて」


「全くですよ。まぁ俺もパーラも怪我はしていませんし、村人にも被害はありませんでしたから、その点はよかったと言えますが」


 報告を受けて、軽く溜め息を吐いたアイリーンの言葉には、俺を気遣うものがこめられていた。

 一応仕事としての体裁があったとはいえ、半ば休暇のようなものだと思われていた俺が、まさか事件に巻き込まれて解決までしていたというのは驚きだろう。


「そのシング…でしたか。その者には厳正な処罰がなされるのでしょう?でしたらこの件で三の村に責を問うことはしませんが、それでも危険な人間が野放しになっていたことは問題でしたわね」


「村の掟に照らし合わせた処罰をする前に逃げたって話ですから、仕方なかったのでは?」


「だとしても、そういう不穏分子が村から逃げたという報告ぐらいはするべきでしょうに。困ったものですわ」


 領主として、三の村で起きた事件が未然に防げなかったかを考えるアイリーンの思考は正しい。

 正しいが、何もかもを領主に報告するとするならば、それを紙にまとめるなりの作業は村長に負担を負わせることになる。

 ある程度は自分達で解決しようと、領主には事後報告で済ませようというのもまた間違いではなかった。


 しかし、今回はそのせいで立て籠もり事件の発生にまでつながってしまったことを考えれば、三の村の村長の見通しは甘かったと言わざるを得ない。

 既に事件は解決しているし、アイリーンも責任を問わないとしているが、今後同様のことが起きないように気を付けなければならないのは、次代の村長であるパラックの義務ともなることだろう。


「アイリーン様、そろそろあの件を」


「あぁ!そうでしたわね」


 俺とアイリーンが揃って溜息を吐いたのを区切りとしたのか、傍に控えていたレジルがアイリーンにそう言葉をかけた。

 あの件とは一体なんなのか、そんな疑問を顔に浮かべた俺とパーラの前に、アイリーンから一枚の封筒が差し出された。


「今朝方、小型の飛空艇がここに現れてこれを残していきましたの。手紙は二通あって、一つは私宛でもう一つがアンディへとのことでした」


「手紙?誰からのですか?」


「宰相閣下からですわ」


 ほう、ハリムから。

 もしかしたら飛空艇の調査が終わったとかか?

 いや、それなら普通に風紋船を使って送ったほうが手間もコストも少なくて済むので、合理的な頭をしているハリムならわざわざ飛空艇で直送してきたりはしないだろう。

 ということは、それだけ大事な内容が書かれているのかもしれない。


 手紙を受け取り、封を切って取り出した上質な紙には、ソーマルガの宰相としての正式な依頼という一文を先頭に、長々とした文章が書かれていた。

 目が疲れそうな文字の羅列にしり込みしそうだったが、最後まで読み切ったところでアイリーンの方へ向き直る。


「諸外国向けに例の大型飛空艇、ソーマルガ号のお披露目パーティを開催するそうですね。アイリーンさんの方の手紙にも?」


「ええ、そのように書かれていましたわ。一度皇都へ来るようにとも」


 ハリムからの手紙には、近い内にウェフギ・ソーマルガ、あの空母クラスの飛空艇をメインに据えたお披露目パーティを開催するので、俺にも参加するようにという旨が書かれていた。


 何故俺を呼ぶのかという理由だが、俺がこの世界では飛空艇の運用実績が最も充実していることと、遺跡からの発掘に貢献した点から、居てくれた方が話のネタにしやすいという狙いも透けて見える。


「俺の手紙にも、アイリーンさんを皇都まで飛空艇で送り届けろと書いてあります。お披露目パーティは皇都で開かれるからですかね?」


「それはないでしょう。今ソーマルガ号がいるのはタラッカ地方、皇国の南西地域ですわね。ソーマルガ号をそこから皇都まで移動するよりは、招待客をそちらに向かわせた方が都合もいいはずですもの」


 あれだけの巨体を移動させるのには、人も物資も色々と動くことになる。

 効率を考えると、今いる場所から動かさずに、そこに人を呼んだ方がいいだろう。


「…あと派手好きな陛下のことですから、皇都の湖に浮かべるよりは海に浮かんでいる姿を見せつけようと考えるでしょうし」


 なるほど、グバトリアの性格ならそうするだろう。

 大きさの基準になりそうなものが多い地上で見せるよりも、周りに何もない海で浮かんでいる姿を見せたほうが、遠近感を狂わせて驚かせやすいし。


「ということは、俺達はまず皇都に行って、それからえー…なんでしたっけ?」


 ついさっき聞いたばっかりなのだが、ソーマルガ号が現在いる地方の名前が思い出せない。

 確かタロウ…タラ…タラコ…―


「タラッカ地方ですわ」


「…そのタラッカ地方に向かうという形になりますか」


「そうですわね。私としては、領主代行の手配に、喫緊の案件を処理するのを考えて、出発は五日後を考えていますの。そちらの都合などはいかがかしら?」


「俺の方は……そう言えば、パーティってことは正装での参加になるんですよね?」


 ふと頭に浮かんだのは、貴族の集まるパーティでの光景だった。

 俺は貴族主催のパーティというものに参加した記憶は数えるぐらいしかないが、その数少ない機会でもラフな普段着での参加はしていなかった。


「当然でしょう?身内だけの集まりならともかく、今回ほどの大きなパーティともなれば、それ相応の格好をするのは礼儀というものですわ。そう言えば…レジル、私のドレスは準備出来ていて?」


「はい。朝に指示を受けた通り、最上級のものをご用意しております」


「結構。…アンディ、あなたまさか、礼服を持っておりませんの?」


「いや、あるにはあるんですが、ちょっとこの国の気候には合わないもので…」


 最後にそういう機会があったのは、チャスリウスでの晩餐会だが、あの時のタキシード風のスーツだと、ソーマルガのような暑い地域で着るには辛いものがある。

 もっと通気性に優れて、軽いもが欲しい。

 なので、出来ればソーマルガで礼服を一つ仕立てたいところである。


「いい機会ですし、一着仕立ててみようかと。アイリーンさんかレジルさんの伝手で何とかなりませんか?」


「今からですの?そうですわね…なじみの職人が皇都にいますから、皇都に行った時にでも頼ってみましょう。ただ、時間的にはかなり厳しいものになると思いますわよ?」


「まぁその辺は礼金を多少弾んで何とかしてもらいますよ」


 この世界でしっかりとした服を仕立てるとなれば、普通はひと月はかかるのだが、パーティまではあまり日もないだろうから、金の力でごり押しさせてもらう。

 飛空艇を乗り換えた際に売り払った交易品が思ったよりもいい値が付いたので、多少の余裕はある今だから出来る無茶ともいえる。


「ねぇねぇ、そのパーティって私も参加していいの?」


『え』


 それまで一言も発していなかったパーラの口から飛び出した言葉に、俺とアイリーンは揃って間抜けな声を出した。

 パーラには悪いが、その存在はすっかり意識から抜けてた。

 俺の手紙にはパーラのことは一言も書いていなかったので、参加させられるかどうかは微妙なところだな。


「ぁ……うん、やっぱりだめだよね。招待されたのは二人だけだもん。しょーがないか。あはははは…はは…」


 そんな空気を察してか、渇いた笑いを挙げるパーラの姿に心が痛む。


 俺としては一緒に参加させてやりたいところだが、はっきりいって国が主催するパーティで他国の人間も招く規模ともなれば、それ相応の地位を持つ人間以外は弾かれるものだ。


 アイリーンは新興とは言え男爵だし、父親が公爵ということは王家に連なる血筋でもある。

 俺にしても、ダンガ勲章を持っているため、ソーマルガでは貴族相当の扱いだ。

 対して、パーラはそういった後ろ盾がない。


 何とかなる糸口が全く思い浮かばない俺は、アイリーンに視線で助けを求めるが、彼女も困った顔をするのみだ。


 すると、意外なところから助け舟が出される。


「アイリーン様、パーラさんのことですが、このレジルに一計がございます」


 その時、後光が見えた。

 とは言い過ぎだろうが、いつも通りの淡々とした表情のレジルが今ばかりはドヤ顔をしているように感じてしまう。

 それぐらい力強い言葉だった。

 三人三様の期待が籠った目線を受け、たっぷりとためを作ったレジルが口を開いた。


「この度のパーティは、アイリーン様は男爵として、アンディさんはダンガ勲章での貴族相当での招待となっております。しかし、パーラさんはそう言ったものがないがために参加が難しい。であれば、アイリーン様の付き添いという形にすればよろしゅうございます」


「…はい?レジル、あなた何を言っているか分かっていますの?貴族の子女に付き添いがつくのは成人していない者の場合のみ。私はもう立派に成人して、しかも領主という立場にもいます。今更付き添いをつけての参加というのは適切ではありませんのよ」


 一瞬にして不機嫌さをその身に宿したアイリーンは、普段見ることが無いほどにきつい目つきでレジルにそう告げた。

 どうやら貴族のご令嬢には、成人を境に付き添いの有無がマナーとなる何かがあるようで、それを貴族の教育係だったレジルが知らないはずがない。

 一計という言葉を使ってまで口を挟んだレジルの提案にしては、何か物足りなさを感じてしまう。


「はい、仰る通りにございます。ただ、アイリーン様は慣れない領主としての業務にひどくお疲れです。そのような状態ではパーティに最後まで参加できるか不安ではありませんか?ですので、パーラさんをいざという時の介助役として付き添わせます」


 …そういうことか。


 確かにアイリーンは領主に就任してまだ二年ちょっとの新米だ。

 おまけに元々そういう教育を受けていなかっただけに、慣れない領主としての生活に疲れを覚えていた。

 だが今回、王家主催のパーティには疲労を押して参加するが、万が一が無いように付き添いの人間を一人付けるという配慮がなされる。


 と、いう体でパーラをパーティに参加させようとレジルは企んだわけか。


「……少々外聞がいいとは言えませんが、悪い案ではありませんわね。どうでしょう、パーラ。レジルのこの案なら、パーティに連れていくことはできますわよ。あなたさえよければ、そのように手配しますが」


「本当!?それでいいよ!いや、それがいい!私も一緒に行けるならなんでもする!」


 ついさっきまでのシュンとした姿から、一転して飛び跳ねそうなぐらいに喜びをあらわにするパーラに、つい笑みが零れる。

 一度落ちてから持ち上がった形になったせいで、喜びもひとしおと言った感じだろうが、その姿はやはりパーラらしく、元気なものを見せてくれるのが俺も嬉しい。


「そうですか。では、そのように手配をさせましょう。あぁ、それとパーラ、どうせあなたも礼服は持っていないのではなくて?レジル、私のドレスをパーラにいくつか見繕ってあげなさい」


「畏まりました。さあ、パーラさん。こちらへ」


「え?あ、はい」


 話題はパーラがパーティに着ていくドレスのことにいつの間にか移っており、アイリーンの命令を受けたレジルがパーラの首根っこを掴んで執務室の扉へとその足を向けた。

 パーラが持っているドレスも到底ソーマルガの気候に適しているとは言えないので、ドレスを貸してもらえるのならありがたい。


 謎の踊りを披露していたパーラが、一瞬にして連れていかれたレジルのその鮮やかな手腕は、流石貴族の子女を数多育て上げただけのことはある。

 考える暇も与えずにつれていかれたパーラの背中は、いつだったか某伯爵夫人によって着せ替え人形にされて遊ばれたときのものと同じに見える。

 これからドレスの試着をするパーラの運命は、恐らくいつぞやとそう違うものではないだろう。


「…じゃあ俺達は今後のことについて話しますか?」


「そうですわね。お互いに宛てられた手紙の中身についてのすり合わせもしましょうか」


 レジル達が去っていった扉の方をしばらく見つめた後、俺とアイリーンはまるで何かを忘れるかのように今後についての話を始めた。

 決してパーラを見捨てたとかではないので、勘違いしないでほしい。


 アイリーンの手紙にはおいそれと他に漏らせないものも含まれているため、全てを俺に明かすことはできないが、俺の方は見られてもまったく問題のない内容であるため、基本的にアイリーンの方に合わせる形で予定が組まれていく。


「五日後の出発で話を進めるとして、本当に俺達以外で人員を同行させなくていいんですか?」


「ええ。久しぶりの気楽…ン゛ン゛、私も以前は一人旅をしていた身ですわ。旅の間の自分の身の回りの世話ぐらいは出来ますもの」


 今一瞬出てきた気楽というキーワードで、アイリーンが領主になってから久しくなかった旅を楽しもうというのがすぐにわかった。

 最近、昆布関係で領内、とりわけジンナ村は忙しく動き回っており、今回の機会を息抜きも兼ねた旅にしたいという思惑があるのだろう。

 使用人を連れて行こうとしないのがいい証拠だ。


「使用人は館の人間の世話で忙しいでしょうし、護衛に関してはアンディ達がいますもの。ちゃんと守ってくれますわよね?」


「言われるまでもありませんよ」


 まぁぶっちゃけ、アイリーンを皇都に連れて行くにしても、使用人やら護衛の人間も同行させたら、それだけ食料や水などの消費も増えるので、一人だけで旅に出るという判断はこっちとしてはありがたい。

 問題はレジルがそれを認めるかどうかだが、それはアイリーンが説得することなので、俺は気にしない。


 五日後に向けての準備を話し合っていると、突然天井からバタバタとした音が聞こえてきた。


「…なんだ?」


「この部屋の二階は私の衣装が置かれている部屋ですから、パーラがドレスの試着をしているのでしょう」


「あぁ、なるほど。…にしては騒がし過ぎやしませんか?」


 レジルとパーラが何か話している声も聞こえてくることから、二階ではそこそこの大声でのやりとりがなされているようだ。


「パーラに着せるドレスは私が昔着ていた物ですから、多少着丈は違いますもの。それと多分、レジルがパーラの腰回りを絞ってー」


『にぎゃぁぁああああっ!レジルさん!腰が…っ離れ離れになっちゃうぅぅう!』


『パーラさん!暴れてはなりませんよ!ドレスとはこうして着るものなのです!我慢なさい!』


 一際大声が聞こえてきて、パーラが今どんな目に合っているのかが大体わかった。

 多分、コルセットでウエストを締め付けられているのだろう。


 昔、学校で歴史の授業が脱線した時に聞いた話だと、中世ヨーロッパの女性達は、コルセットで過剰なまでに腰を括れさせてドレスを着ていたとか。

 コルセットがきつすぎて食事が出来ないのは勿論、下手をすれば内臓を圧迫して気絶することもあったぐらいだ。


 この国のドレスも大体同じだとすれば、今頃パーラは非常識な圧迫感で苦しんでいることになる。

 姿は見えずとも、先程の叫び声でどれほど辛い状況か分かるだけに、助けに行くべきかとも思ったが、天井に向けられたアイリーンの遠くを見ているような眼から、いつかは通る道だったのだと、無理やり納得することにした。


『ひと思いに殺せぇえっ!』


「…殺せって言ってますけど?」


「ソーマルガのドレスを纏う者なら、誰しもが通る道ですわ」


 そう言うアイリーンの目には、暗いものが宿っている。

 ドレスを着るだけなのに、どれだけの闇があるというのか。

 ちょっと背筋が寒くなってくる。


 流石に死ぬことはないとは思うが、その苦しみはパーティへの参加を希望したパーラが払う代償だと考えれば、甘んじて受け入れるしかないだろう。

 とにかく、俺にはどうしようもないので、アイリーンとの打ち合わせに戻ることにした。


『しっ死ぬぅうっぐっ!!』


 …生きろ。

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