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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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解決はスマートに、だ

 頻度は高くないものの、日本でも時折起きる立て籠もり事件。

 普通に暮らしていたら突然人質になるという、避けえない事態に巻き込まれた人は不運だったとしか言いようのないものだ。


 そうそうないが、こういったケースで自分が人質になってしまった場合、やれることは一つだけだ。

 それは犯人を刺激せず、警察による交渉で解放されることを大人しく待つこと。

 平和な日本に何故かいる元特殊部隊員でもない限りはこれに尽きる。


 日本の警察は腰が重いことを除けば優秀なのだが、生憎異世界まで出張ってきてくれる存在ではないため、今回は俺達の手で解決しなくてはならない。

 まずはパラックに色々と尋ねてみて、手に入るだけの情報を仕入れた。


「じゃあそのシングって人の要求は、村長とパラックさんの両名からの正式な謝罪と、賠償金ということですか?」


 悩ましげな顔をしているパラックから聞けた話によると、シングは今パラックの妻を人質にとって家に立て籠もっており、窓も扉も完全に締め切る前に伝言として村人に残したのがこの要求となる。


「そうらしい。正直、何に対して謝罪したらいいのか分からないが、それで治まるならいくらでも謝るさ。爺ちゃんも俺から説得する。ただ、賠償金ってのは…」


「払えないと?一体いくら要求されてるんですか?」


「それが…金貨20枚、払えと言われたらしい」


「にじゅっ…ちょっとそれは吹っ掛け過ぎじゃないの?そもそも、それだけの大金がこの村にあると思ってるのかな」


 それまで家の方を監視していたパーラが、そんな失礼な口を挟むぐらい、随分とショッキングな額が飛び出た。

 金貨で20枚、つまり大金貨で2枚となるわけだが、三の村ぐらいの規模だと大金貨は置いてないので、金貨での支払いを要求したのだろうが、それにしても大きく出たものだ。


「パーラさんの言う通り、そんな大金は今の三の村には無い。村中からかき集めても半分にも届きはしない」


 表情に悔しさを滲ませるパラックだが、無いものは無いと言い捨てられないのが歯がゆいに違いない。


「ところで、犯人と話したという人はどなたですか?」


「あぁ、それはあそこにいる子だよ。うちの近所に住んでる」


 ここで犯人と直接会話をし、パラックにまで伝達されることとなった最初の人物を探す。

 すると、パラックが野次馬の中にいる一人の男の子を指差した。

 体の大きさから、歳は恐らく10歳には届いていないだろう。

 下手をすると、6歳とか7歳ぐらいかもしれない。


 その子は急に周りの目が自分に集まったことで一瞬体を強張らせたが、パラックが手招きするのに応えて、にじり寄るようにしてこちらへとやってきた。


「この子はミック。ウチのともよく話したりするぐらいの付き合いがある」


「そうですか。はじめまして、ミック。俺はアンディ、そっちのはパーラだ。俺達は今、パラックさんの奥さんを助けるために動いてる。君にも協力してもらいたいんだが、お願いしてもいいかな?」


 目線を合わせるため、膝を突いて話しかけると、俺とパーラをそれぞれ一瞬だけ見て、次にパラックを見上げると、ゆっくりとだが頷いて協力要請に同意してくれた。


 早速俺はミックに、最初に伝言を頼まれた時に見た、シングの様子を尋ねてみた。

 たどたどしくはあったが、子供の記憶力と表現力の限界まで使って説明してくれたおかげで、おおよそシングの心理状況は掴めたと思える。


 ミックも三の村に住んでいる以上、シングという人間を知ってはいるが、立て籠もる直前に見た様子はかなりくたびれていると感じたそうだ。

 逃げ出すようにして村から去ったシングが、今日までどういう生活をしていたのかは分からなくとも、ミックの説明からはあまりいい環境にはいなかったのだろうと推測する。


「あとねぇ、なんだか目が黒かったよ」


「黒かった?」


「うん。僕の父ちゃんがよくお酒を飲み過ぎたらなってたのに似てるかも」


 隈が出ているということか?

 このぐらいの年齢の表現では黒としか言えないのは仕方ないが、これは中々重要な情報だ。


「…パラックさん、これはちょっとまずいですよ」


「まずいとはどういう…?」


「ミックの証言だと、そのシングという人は、今日までかなりすさんだ生活を送っていたようです。体力的にも精神的にも憔悴しているとして、立て籠もっている今の彼は切羽詰まっていると見ていいでしょう」


 睡眠不足か薬物接種、重い二日酔いというのも考えられるが、あまりいい体調とは言えないシングが長い時間立て籠もるのは、強いストレスに晒されていると言っていい。

 元々三の村に住んでいたのなら、自分の要求がいかに無茶な物かは分かっているだろうし、要求が通るのに時間がかかることも理解しているはずだ。


「恐らくですが、そう遠くない内にやけを起こして、人質を巻き込んでの自殺というのも―」


「なんだと!?クソっ、なら今から殴りこんで!」


「ちょちょちょ、ダメですよ。そんな状態のパラックさんが近付いたら、余計相手を刺激しますって」


 無理心中の可能性を口にした途端、顔を怒りに歪めて飛び出そうとするパラックを、寸でのところで取り押さえる。

 気持ちはわかるが、タイミングが悪い。

 向こうもこちらの様子を窺っているだろうから、パラックが血相を変えて近付いていけば、一気に最悪の未来も近付いてきてしまう。


「離してくれ!頼む、行かせてくれ!このままじゃ嫁がっサリーナが!」


「落ち着いて!大丈夫、俺が言ったのはあくまでも最悪の場合です。今すぐそうなるってわけじゃあない」


 ここで新しい情報。

 パラックの妻はサリーナというらしい。

 いやまぁ名前を知っておいた方がいいっちゃいいんだが、特に今は助けになるほどの情報ではないな。


 尚もグイグイと進もうとするパラックをそう言って何とか宥め、冷静になってくれたところで、先程最後まで言えなかった本題の方を切り出す。


「とにかく、時間の余裕もあまりないようなので、直ちに人質を救出したいと思います。ただ、問題なのは、村長から俺達が行動に移るための許可を貰えるかどうかですが」


 シングをいつ暴発してもおかしくはない犯人と見立てて、早急に人質を解放させなければならないと考えるが、生憎ここのトップは俺達と親しいというわけではなく、また俺達はアイリーンの名代としての立場がある。

 自衛以外で武力の行使をするのは、些かまずいのではないかと考えた。

 ゆえに、村長から人質救出作戦の承認をしてもらい、要請を受けた俺達が実行に移すという体裁が欲しい。


「多分、爺ちゃんは今頃こっちに向かってきてるはずだが、歳が歳だし足はだいぶ遅い。だからアンディさん、あんたがもしやれるというのなら、サリーナの救出を今すぐに実行に移してほしい」


「いいんですか?村長さんの到着を待つだけの猶予はまだあると思いますよ?」


「有事の際は俺にも決断をする権限がある。そして、今がその有事だ。責任は俺が取る。やってくれ」


 いやはや、村の責任者でもない若者がこうまで言うとはな。

 保身大好きな日本の政治家共に見習ってほしいものだ。







 少し風が強くなってきた午後、普段の平和な三の村には似つかわしくない立て籠もり事件に、現場に村人達が続々と集まってきていた。

 皆一様に不安そうな目をしている。


 そんな中、当事者であるパラックが一団の中から歩み出た。

 妻を人質に取られているパラックに対して、村人からは同情が込められた視線が向けられる。

 自身に浴びせられるそんな視線を完全に無視し、なにか決意めいた目をしたパラックは大きく息を吸い込み、そして自分の家に対して大声をぶつけた。


「シーング!パラックだ!そっちの要求は聞く!だがその前に、二人で話がしたい!今からそっちに行くが、あくまでも交渉だ!だからサリーナに手を出すなよ!」


 普段のパラックを俺は知らないが、それでも僅かな時間で分かった彼の為人からすれば、かなり硬質な態度となっているのが分かる。

 逆恨み同然で妻を人質に取られては仕方ないかもしれないが、これからやる作戦に支障が出ないといいのだが…。


 さて、ここらで俺達の作戦を説明しよう。

 内容はいたって単純だ。

 パラックが家に近付いていき、シングが外に出たところを俺とパーラで取り押さえる。

 もしくは、家から出てこないにしても、壁越しに魔術で攻撃をして行動不能に追い込む。


 もちろん人質の安全には配慮するが、大事なのは何か仕掛けるということをシングに悟られないことだ。

 なので、パラックはもうちょっと白を切った行動を心掛けてほしい。


 返答がないことを是と受け取り、ゆっくりと歩き出したパラックにタイミングを合わせるかのようにして強い風が辺りに吹き渡っていった。

 砂を舞い上げながら通り過ぎていく風に、誰もが一瞬視界を奪われる。


 パラックも前が見えなくなった瞬間だけ足を止めるが、すぐに風は止んだため、再び歩みを再開させてすぐに家の玄関前へと辿り着いた。

 そして同時に、俺達との合流も無事に成功したということになる。


 実は今の一瞬、辺りに吹き付けた風はパーラの魔術によるものであることをここに明かそう。

 極小規模の砂嵐を再現させ、こちらの様子を窺っているであろうシングの視界を奪った隙に、俺とパーラはパラックに先んじて家の玄関脇へと体を滑り込ませて、近付いてくるパラックを密かに迎えることになった。


 これで作戦の準備は整った。

 玄関扉の前に立ったパラックに対し、一旦手で待ての合図を出し、パーラに内部の様子を探らせる。

 パーラの得意技である音の分析能力を使って、内部の音を拾ってシングとサリーナがどの位置にいるかを割り出すわけだが、一番いいのはサリーナがシングとは離れた場所にいて、身動きが取れない状態であることだ。

 逆に最悪なのは、常にシングの傍に置かれて、何かあったらいつでも危害を加えられる状況であること。

 果たしてどちらなのか、パーラの分析待ちだ。


「…人の出す音は二つ。一つはそこの扉の脇で荒く息を吐いてる。もう一つは部屋の奥の方で身を捩じらせている感じの衣擦れの音。多分、奥のがパラックさんの奥さんだね」


「上出来」


 声を潜めたパーラかもたらされた情報は、作戦の実行を後押しするものだった。

 すぐにパラックに対し、目線で次の行動に移ることを促すと、向こうも頷きを返してきた。


「シング、俺だ。話をしに来た。出てきてくれ」


 扉をノックし、中のシングに対してそう呼びかけるパラックだが、反応はない。

 パーラの分析では扉のすぐ傍にいるようなので、聞こえていないということもないだろう。

 あえて無視しているのか、それとも警戒しているのか。

 全く反応がないのは不気味なもので、このタイミングでは突入するのが少し躊躇われる。


『……金は用意したのか』


 まるで亡霊が囁いたかのような、ガサガサとした声が扉越しにこちらへと投げかけられた。

 顔を見るまでもなく、声だけでいかに憔悴しているのかが分かるほど、シングは参っているようだ。


「いやまだだ。お前もここの人間だったんだからわかるだろう?あんな大金、この村には置いてない」


『そんなのは知ったことか。金がないなら裏の商人に女子供を売っ払ってでも作れ。これは俺を追い出したこの村に対する復讐だ。一ルパたりともまける気はない』


「おい待てよ!俺達はお前を追い出していない!お前が勝手に出ていったんだろ!」


『そうさせたのはお前らだ!あのまま村に残ってたら、俺は飼い殺しにされてた!』


 徐々にヒートアップしていく二人の会話に、俺もパーラも特に口を挟むこともせず、待機の姿勢を続ける。

 もしかしたら、シングの口から今回の事件に至った何かが飛び出てくるのではないかと考えた。

 もしそうならこの立て籠もりも力づくで解決するのは最善なのかが疑わしくなってしまう。


「犯した罪には罰がかかる!村の掟に従うのが筋だ!」


『…何が掟だ。あの野郎、少し怪我したのを大げさに言っただけだろうに。それを頭から信じるお前らはどうかしていたぞ!』


 始まりは何だったのかを俺は人伝にしか知らないが、シングの言い分にも一応聞くべきところはあると思い、しばらく耳を傾けていたが、何のことはない。

 こいつは自分の犯した罪を大したものじゃないと高を括ったくせに、それが裁かれるとなった途端に逃げ出しただけの身勝手な奴だってだけのことだ。


 小さかろうと大きかろうと人を傷つけた事実があるのなら、それが肉体的精神的に関わらず、誰にでも等しく報いは与えられなければならない。

 そこから逃げ出したシングに、同情する気が一切なくなったのはまさにこの瞬間だった。


 パーラに目配せをして、壁の向こうにいるシングの立ち位置に当たりを付けさせ、そこを目がけて魔術で一気に仕掛けるつもりだ。

 パラックとの口論が激化しているのも目晦ましとしては丁度いい。


 ここで、こういった状況における正しい対処法を、実際の動きを交えながらお教えしよう。

 まず、排除すべき対象の位置を把握していることが大事だが、これはパーラがすでに解決しているので省略する。


 次に大事なのは、強烈な一撃で相手をノックダウンすること。

 そこで、壁越しのシング目がけて土魔術で石礫を弾丸にして打ち出す手を使う。

 白壁は頑丈な建材ではあるが、厚さが十分でなければ石弾でも貫通させられる。


 サリーナのいる方へと弾丸が飛んでいかないように角度を調節し、シングの足を狙って石礫を発射する。

 ボスっという音をてて壁にほんの僅かな穴を穿ち、弾丸は室内に飛び込んでいった。


 きっと今頃、弾丸は柔らかい足の肉をしっかりと抉ったことだろう。

 後は扉の向こうから怪我を負った男の絶叫が聞こえたら、全て解決だ。


 このたった一発で全て終わる。


 ………




 ……



 …


 もしくは二発。


 ボッ


『ぎゃぁああああっ!ひぃっひぃっ、足がっ…何だこりゃっ!』


「ほっ……今だ!突入!行け行け行けぇー!」


「ほらほら!どいたどいた!」


 最初の一発は外したが、二発目は見事にシングの足を捉えたようで、突然上がった叫び声を突入の合図とした。


 俺の声にいち早く体を反応させたのはやはりパーラで、扉の前で驚愕に体を固くしているパラックを押しのけ、扉を蹴破って室内へと飛び込むと、真っ先にサリーナがいるであろう室内の奥へとすっ飛んでいった。


 事前に決めていた通り、パーラにはまずサリーナを確保する役目を任せてある。

 扉の脇で呻いているシングに目もくれず、役割通りに動けるパーラは本当に頼りになる奴だ。


 そして、俺とパラックは涙と脂汗で顔を濡らしているシングの前に立つ。

 見下ろす先にいるのは、想像していたよりも大分小柄な男だ。

 聞いていた通りの落ち窪んだ眼に薄汚れた格好と、施設を脱走してきた薬物中毒者と言われたら納得してしまいそうだ。


「シング…お前、よくも俺のサリーナを!」


「ひっ…ま、待てよパラック。見ての通り、俺はもう立てねぇ。こんな状態の俺にまさかお前、これ以上酷いことしようってんじゃねぇよな?へ、へへっ」


 俺の魔術によって穴をあけられた足からは出血が続いており、この具合なら確かに立って歩くのは難しいだろう。

 それに早いとこ止血しないと、失血死の危険がないこともない。

 だが俺は今、シングのこの卑屈な言いようにイラつきはじめてきている。


 今回の事件の元を辿れば、シングが酒に酔って傷害事件を起こして逃げたのが始まりで、最初に怪我を負った人をはじめ、パラックの妻に至るまで多くの人に迷惑をかけてきたはずだ。

 それなのに、自分が怪我をしたらそれをネタに同情を引こうとは、実に根性の腐った奴である。

 正直、このまま放っておいて失血死に追い込みたいところだ。


「パラックさん、どうしますか?こいつはこのまま放っておけば出血で死にます。あなたの恨みを晴らすのなら、怪我の手当てをせず、見殺しにすることもできますが」


「…いや、止血しよう。俺もこいつを殺したいぐらいだが、生きてるならそれで罰し甲斐もある」


『こいつむかつくから見殺しにしようぜ』という俺の誘いに乗らず、怒りを抑え込んでそう言い放ったパラックはやはり人が出来ている。

 いや、俺がああ言ったから幾分か落ち着いたという側面もあるかもしれないが。


「シング、これだけの騒ぎを起こしたんだ。罪状の裁決は爺ちゃんが来てからになるが、温情はないぞ」


「ふんっ、期待してねぇよ。俺はただ、この村の連中に一泡吹かせてやりたかったのさ。それよりも、俺のこの足に穴を開けたのは一体なんだ?いや、こんなことができるのは魔術だろうな。そっちの若いのがそうか?」


 ふてぶてしい態度のまま自分の足を憎々しく睨んだシングは、次にその視線をパラックの隣に立つ俺へと向けた。

 魔術だとほぼ断定している以上、知らない顔である俺がやったと考えるのは当然の帰結だろう。


「ま、そういうことだよ。気付いているだろうが、俺は魔術師だ。あんたの足に風穴を開けるのには土魔術の石弾が使われた」


「ちっ…ついてねーな。まさかこんなとこに魔術師がいるなんてよ。…お前、いつからこの村に住んでる?」


「勘違いしているようだが、俺はこの村の人間じゃない。たまたま用事で来た客だよ。そんな時に事件が起きたもんだから、ちょっと協力しただけさ」


 シングの俺に向ける目はかなり憎悪に染まっており、こうして会話を交わしている感じだとまだ冷静ではあるようだが、その目は大分悪感情で濁ってきており、これで足のケガが無ければ今すぐにでも飛び掛かってきそうなぐらいだ。


「パラックさん、ちょっといい?」


 流石にそろそろ止血をしたほうがよさそうだと判断し、パラックが適当な布で傷口を縛っていると、部屋の奥からパーラが姿を現した。


「うん?どうかしたか?」


「奥さん…サリーナさんが顔を見たいって」


 そう言えば身の安全が確保されたことで、サリーナの存在を後回しにしていたな。

 こんな状況だったのだ。

 助かったのなら早いとこ夫の顔を見たいというのも当然か。


「あぁ、そうだな。…すまないがこいつを見張っててくれるか?」


「ええ、勿論です。ゆっくり話をしてあげてください」


「すまんな」


 こちらに一つ断りを入れ、シングをもう一睨みしたところでパラックは部屋の奥へと向かい、入れ替わりでパーラが俺の隣に立った。

 そのパーラも、サリーナの様子に何か思うものでもあったのか、シングに向ける目はかなり厳しいものだ。


「…おい、お前ら。名前はなんてぇんだ?」


 パラックがいなくなった途端、黙りこくっていたシングがおもむろにそう問いかけてきた。


「…なぜ、知りたい?」


「決まってんだろ。名前を知らなきゃ探せないからだ」


 どうやらこの男、どうにかして逃げ出して俺達に復讐するつもりのようである。

 この村の人間達がシングにどういう罰を与えるかは分からないが、俺達に復讐することを糧に生き延びようとするそのしぶとさは、場合によっては褒めてやりたいぐらいだ。


 だが、自分が生きて解放されると信じているのは、些か見通しが甘いとしか言えない。

 先程パラックが言った村の掟というのには、村人同士の諍いを裁くためのものでもある。

 今回、元とはいえ村人だったシングが、次期村長であるパラックの家族に手を出したのは、はっきり言って非常に重い罪に問われるものだ。


 仮に命を奪わない程度の罰を与えられたとしても、よくて期限付きの強制労働、悪いと犯罪奴隷としてどこかの過酷な現場で酷使される運命が待っている。

 俺達に復讐する夢は到底叶いそうにはないが、名前を知りたいというのなら教えてやるのが世の情け。


「俺はタローだ」


「私はハナコ」


「タローにハナコか。…変わった名前だが、覚えたぞ。お前らの死体を前にして酒を飲める日が楽しみだ」


「あっそう。ま、頑張んな」


 不敵な笑みを浮かべて口を閉ざしたシングは、いつか来るであろう復讐の瞬間を想像しているのかもしれない。


 当然のように俺とパーラは偽名を名乗ったわけだが、この世界ではこういったことがよくある。

 そのため、今のようなことがあった時に備えて、名乗るべき偽名は事前に決めていたのだ。

 迷いなく口を突いて出たおかげで、シングはこれが偽名だとは疑っておらず、もし万が一にでも生きて解放されたとしても、偽名をヒントに彷徨うことになるだろう。


 顔写真などないこの世界では、名前だけが人を探す手掛かりになり得るのだ。

 絵などを残していれば別だが、それ以外で顔形を正確に相手に伝える手段がない以上、活動の拠点がソーマルガに留まらない俺達は非常に見つけづらい存在だと言える。

 日本的な名前を手掛かりに一生探し続けるがいいさ。








 その後、遅れて駆け付けた村長と村の若者達によってシングは縛り上げられて、別の所へと連れていかれた。

 なんでも村長が村のご意見番なんかを交えてシングの罪を数えるらしいので、その間、他の村人達と接触させないように監禁するそうだ。


 一応怪我をしていることを伝えたが、簡単でも手当てをしているのならそれでいいとのことで、悪化して死んだら別に構わないと言われた。

 パラックの妻は村長から見ても身内ではあるので、今回の事件では村長も腹に据えかねているようだ。


 ついさっき和やかな話し合いをしたあの村長とは思えない、ひどく冷たい顔でそんなことを言う姿を見てしまうと、これからシングを待ち受ける運命は決して生易しいものではないはずだ。


 事件も無事に解決し、サリーナの無事を喜ぶ村人達の集団の中からパラックが抜け出し、俺達の前にやってきた。


「アンディさんにパーラさん、二人とも本当にありがとう。無事に妻を助けられたのは二人のおかげだ」


「いやぁ、困ってる人がいたら助けるのが人の道ってもんでしょ」


「パーラの言う通りです。あの状況を解決できるのが俺達だっただけのこと。お礼の言葉は受け取りますが、まずは奥さんが無事に解放されたことを喜びましょう」


 シングの精神状態によっては、もっと早い段階でサリーナに危害が加えられていた可能性もあるだけに、パラックが口にする礼の言葉はかなりの実感を伴って俺の耳に届く。

 サリーナにとっては不幸な事件だが、たまたま俺達が三の村に来ていた時に事件が起きたことによって無事に解決されたのだから、その点だけは運が良かったと言えるだろう。

 それと、俺が海外ドラマを見ていたこともだな。


 海外ドラマには日本では起きそうにない凶悪事件の解決方法が、非常に丁寧な解説付きで描写されている。

 今回もそれを参考にしたところが大きかった。


「あなた、私からもお礼を言わせてちょうだい」


 そう言いながらパラックの隣に立ったのは、彼の妻であるサリーナだ。

 このサリーナは成人女性の平均よりは結構背が高い方で、大柄なパラックと並んでも二人の顔を見比べるのに目線が彷徨わないほどだ。

 たれ目がちな顔立ちから、温和な人柄が想像される。


「改めて、パラックの妻のサリーナです。今日は本当にありがとうございました」


「いえ、お礼の言葉ならパラックさんから頂きましたので、お気になさらず」


「それでも、ちゃんと私の口から言いたかったの。…そうだ、今日この後の二人の予定は?よかったらうちに泊まっていったらどうかしら」


「おぉ!それはいい!二人共、今日のお礼もしたいし、是非俺のとこで世話をさせてくれないか?」


 サリーナから提案された宿泊の勧めに、パラックが乗っかる形でぐいぐい来られてしまった。

 一応、アイリーンには日帰りとして話は通しているが、場合によっては一泊か二泊もあり得るとは言ってあるので、泊まるのは問題はない。


 というか、俺の本命の目的である砂糖人参の栽培を見学するのも中途半端なので、確かに三の村に泊まるのはありだ。

 もうすぐ日が暮れる時間なので、見学の続きを明日に回したいというのもある。

 その辺り、パーラと話して決めるとしよう。


「…どうする?俺は砂糖人参の畑をちゃんと見たいから、一泊していきたいと思ってる。パーラは?」


「私もいいよ。どうせ今から帰ったってジンナ村に着くのは夜になるでしょ。だったら一泊して、明日帰りたいね」


「それもそうか。…てわけなんで、お言葉に甘えて、一泊お世話になってもいいですか?」


 パラック達に向き直り、改めて一晩の宿をお願いした。


「勿論だ。二人はサリーナの命の恩人なんだ。たっぷりともてなさせてくれ」


「よーし、今夜は美味しいのを作るわよぉ。二人共、楽しみにしてて!」


 宿泊が決まると、フンスと鼻息を荒くしたサリーナがそう言い残し、急ぎ足でどこかへと去っていった。

 家に戻るのではないようで、恐らく今夜の食事の材料を手に入れにどこかへと行ったのだろう。

 三の村は大規模な農場となっているおかげで、この辺りには野菜を狙って魔物や動物も頻繁に表れるため、それらを駆除して得られた肉なども充実していると聞く。


 ここのところ不足気味だった野菜と、新鮮な肉が手に入るという環境は実に羨ましいが、それ以上にサリーナがどんなものをご馳走してくれるのか楽しみである。


「あいつ、気合入ってるなぁ。…サリーナの料理の腕はかなりのものでね、是非期待してくれ」


 若干惚気は入っているが、自慢を笑みに込めていうパラックの言葉に期待は高まってしまう。


 立て籠もり事件という面倒で大袈裟な騒動も無事に解決されたし、今夜は一泊するとして、明日は朝から砂糖人参をはじめとした、三の村の畑事情を色々と見て回るには日帰りじゃない方が都合もいい。

 怪我の功名ではないが、畑の見学に時間の余裕が出来たことだけは喜ぼう。

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