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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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ガチの方のトロイの木馬

「トロイの木馬?」

意味が解らず説明を求めるルドラマの問いに答える。

「トロイというのは地名の事なんですが、そこは流してください。端的に言えば相手に自らの手で懐へ引き入れさせ、内部から攻めるやり方の事です」

説明を聞いて理解はできたようだが、やり方が想像できないのか首を傾げる面々を無視し、説明を続ける。


まずマクシムの服を俺が着て、誘拐されたルドラマの息子だと偽装する。

騎士の中の誰か一人をマントと覆面で不審者に見せて馭者を任せ、攻撃を受けたら馭者役はすぐに馬で逃げる。

残された俺を賊が見つけて塒に連れ帰る。

賊が油断した所で一気に攻勢に出る、待機している騎士に合図を送って塒を制圧する。

実にオーソドックスな騙し討ちだ。


「だが、そう上手くいくものか?馬車を開けた時点で賊に殺されるかもしれんぞ」

「その可能性もあります。その場合は塒に戻るのを待たず、一気に賊を倒します」

騎士の懸念を払拭することはできないが、自信をもって断言する。

可能性の話をすればきりがないが、俺は賊が殺さない可能性の方がはるかに高いと踏んでる。

賊の頭か参謀かはわからないが、襲撃を偽装する発想が出る程度に頭が回るのだから、伯爵から搾り取れる身代金を考えないはずがない。

相手が考える脳を持っているからこそ立てられた作戦なのだ。


「倒すってどうやって?お前は縛られるんだろう?」

「そういう魔術が使えますから」

この一言だけで相手を黙らす。

実際ルドラマは俺の言葉で頷いているし、この場にいる騎士の何人かは俺の実力を噂程度には聞いているので普通に受け入れられた。

どんな噂か聞くのが怖くて追及は出来なかった。


時間が掛かる場合に備えて、土魔術で昨日と同じカマボコ兵舎風宿を作っておいた。

俺としてはすぐに片付けたいが、タイミングを計る必要があるので、最悪明日の朝に行動開始もあり得る。

成功の場合は雷を上に打ち上げるので、それを合図とした。


準備万端揃えて臨んだ結果、順調に作戦は推移し、見事賊の塒に連れて来られて、今俺は牢屋にいる。

この塒だが、天然の洞窟を利用しているようで、随分と奥まったところまで手が加えられている。

今いる牢屋も大人がギリギリ立てる高さに、2畳ほどの広さの窪みへ木製の格子をはめ込んだだけの簡単なものだ。

子供と侮られているので、見張りはいない。


この牢屋は洞窟の入り口から見て、二股に分かれた右の方にある。

左のルートの先には連中が集まっており、宴会でもしているのか大声で騒いでいる。

時間の感覚が無いが、腹の空き具合で外はもう夜にはなっているだろう。


一度人が来て俺に食事を置いて行ったが、カサカサのパンに干した果物一欠けとありえない物だった。

一応食べてはみたが、あっという間に口の中の水分を奪われた。

水を置いて行かないのは嫌がらせだろうか。

仕方ないので水魔術で喉を潤した。


行動開始は連中が寝静まる頃にしようと待っていたが、中々連中が静かにならない。

段々暇過ぎて辛くなってきて、遂に限界を迎えた。

まだ連中は起きているが関係ない。

俺は今からこの塒を攻略する。


土魔術で目の前の格子の内、一本の根元辺りの石を沈下させる。

格子一本外すだけで子供の体型だとスルリと抜けられる。

土と違って石は変形させるのが大変で、時間と魔力を多く消耗するのだが、今回はさほど大きく変形させる必要はなく、すぐに終わった。


牢からの脱出を終え、身に着けていたマクシムの服を脱いで牢屋の中に俺が寝転がって見えるように偽装する。

今の服装は黒一色の上下に腕や足にまで紐を巻き付けて衣擦れの音を抑える工夫を施した格好だ。

別に怪我をしているわけではないが、気分を出すために余布で作っておいた黒の眼帯を右目に付ける。

この眼帯には薄いスリットを何本か入れているため、片目故の不便さをいくらか和らげている。

まあ結局今は暗闇なので意味はない。


格子を戻して、脱走の発覚を遅らせる工作を終えた。

ここからはスニーキングミッションだ。

静かに忍び寄り、音もなく倒していく俺は蛇だ、蛇になるのだ。

メタルでギアな蛇に。


牢を出てまずは一旦外に出る。

街道を見張る役がいるはずなので、最初にそれを無力化する。

洞窟の外に出ると、横の方に細い道があり、岩山の上の方へと延びている。


慎重に上っていくと2人の男が見張りをしていた。

街道の方をじっと見ながら毛布に包まっていた。

ソーッと近付いて、首元にスタンガン程度の電気を当てる。

パチッという音と共に気絶した男達を近くにあった紐で縛り、口に布を噛ませる。

これで見張りは無力化した。


今回は無力化が目的なので気絶させたが、電撃というのは加減を間違えると相手を殺しかねない。

ここにいる連中は盗賊稼業で飯を食っている悪人だ。

恐らく人殺しもして来ただろう。

俺がこいつらを殺した所で咎められることは無い。

それでも人を殺めることへの抵抗感は隠せない。

なるべく殺さないように心がけよう。

だが、いつかは覚悟を決めなければならない日が来るだろうな。


その場を後にして洞窟の入り口へと戻って来た。

耳を澄ますと中からはまだ連中が騒いでいる声が聞こえる。

牢屋と連中のいる場所へと分かれる分岐点に布袋や樽が置いてあるのだが、その場所に身を潜ませてソッと様子を窺う。

バカ騒ぎをしている広間には、ざっと見ただけで20人近くいる。

どうやって倒そうかと思っていると、一人の男がこちらに向かって来た。

仲間とのやり取りから小便に行くようだ。


俺の潜んでいる場所を酔った足取りで通り過ぎ、トイレに使っているだろうと思われる場所へ移動していく。

その後ろを音を立てないように付いて行き、相手が用を足している所を狙って電撃で気絶させる。

そのまま引きずって行き、見つかりづらい物陰に縛って放置する。

これを何回か繰り返した所、広間には10人ほどだけが残るまでになった。


「あいつ、小便に行くっつって随分経つけど、長くねーか?」

「どうせどっかで寝ちまってんだろ。放っとけ」

何度か人が少なくなったことを不審がる場面があったが、特に深く考えず酒を飲み続けている。


「…おかしい。なんで誰も戻ってこない?用足しに行った全員が戻らないのは妙だ…」

賊の頭目と思われる一際体の大きい男がとうとう異変に気付く。

流石に気付くわな。半分も減らせただけ上出来か。


この辺が限界かと判断し、テーブルの上の蝋燭にめがけて小さめの水球を次々に飛ばす。

テーブルの蝋燭が全て消えると広間は闇に包まれた。

「なんだ!?急に蝋燭が消えたぞ!」

「ぷわ、冷てっ」

「誰か明かりを―」

混乱する場に頭目の声が響き、落ち着きを取り戻して行く。

「騒ぐな!落ち着け。とにかく明かりを確保しろ。蝋燭でも松明でもいい、近くにある使えるものから使え」


ごそごそと何かをしている連中の動きは音だけしかわからない。

真っ暗な中では俺も何もできない。

なので相手が明かりを用意するのを待つ。


少し経つと、各所で明りが灯され始める。

自然と明りの近くへ人が集まり始めたこの時を俺は待っていた。

明りの元へと向けて電撃を飛ばしていく。

誰かの呻き声が上がる度に明りが下へと落ち、人が倒れる音だけが暗闇に響く。


すると魔道具だろうと思われる一際明るい光が現れた。

光源の位置から頭目が使ったのだろう。

手に持った明りだけで室内の大部分が明るくなる。


「誰だ!そこに隠れてるのはわかってる、こそこそしてねぇで、出てこいや!」

暗闇の中であれだけ電撃を飛ばせば光の照射元ぐらいは特定されるだろう。

俺の潜んでいる方へと剣を向けて声を荒げる頭目。

すでに残っているのは頭目と手下一人だけだ。

これぐらいなら脅威にならないと判断して、俺は物陰から身を現した。

明かりに照らされた俺の顔を見て、盗賊の頭は自分が誘拐して来た子供であることに気付き、驚愕に目が見開かれている。


「てめぇっ、なんでここに!…ただのガキじゃねぇな、何者ンだ!?」

こちらの正体を探ろうと声を上げて剣を向ける。

もう一人の男も同様に剣を向けるが、こちらはビビっているようで剣先が震えている。

子供の仕業にしては広間の惨状は大袈裟すぎる。

不気味な恐怖感は隠せないのだろう。


「んじゃ改めて挨拶を。俺はアンディ。伯爵の息子ってのは嘘で、ただの冒険者だよ」

淡々とした物言いに舌打ちを返された。

「ちっ、盗賊を騙すなんざ碌な大人になれねーぞ」

皮肉気な言い方をしながら、こちらの隙を狙っている目はギラついている。

「騙して悪いが、俺も先を急ぎたいんで、ねっ」

そう言いながら電撃を飛ばす。


俺が何かをすると警戒していたので、すぐに手に持っていた剣を盾にしようとしたが、空中を走る電気にそんなものは意味がないので普通に感電して気絶した。

呆気なく終わったがここからが大変だった。

ここにいる全員は気絶しているだけなのでいつ目を覚ますかわからない。

そのため一人一人縛って行き、20人近い人間を縛り終わった頃には疲れが隠せなかった。


先ほどの見張り台に行くと、そこに転がしておいた男たちはすでに目を覚ましており、俺を確認するとくぐもった声で何かを言っているが、大体は罵倒の声だと理解できるので、もう一度電撃で静かにさせる。

洞窟の中で拾った松明に火をつけ、大凡の当たりをつけて待機場所の方向へと松明を振る。

本当は電撃を上空へ打ち上げる手はずだったが、少々疲れてしまったので松明での合図に切り替えた。



しばらくすると、暗闇の向こうに光点が現れ、こちらに振り返してきた。

そのまま待っていると、夜の闇の中に馬蹄の音が響いてきた。

応援の到着だ。


洞窟の入口に降りて、松明を振って誘導する。

「お疲れ様です。賊は全員捕縛しました。大丈夫だとは思いますが、一応警戒して中へ入って下さい」

俺の言葉に騎士たちは一瞬驚きの声を上げるが、すぐに作業に取り掛かった。

俺はそのままルドラマに報告に向かうことになった。

なんでもマクシムが俺の安否を気にして落ち着かないらしい。

急いで顔を出して来いと言われて、ルドラマの元へと馬で戻った。

ちなみに流石に馬に乗れないのはまずいので、前々から練習して今では何とか乗れるようになっていた。


ルドラマの元へ行って報告をするが、特に心配はしていなかったようで楽しそうに聞いていた。

そうして話しているとマクシムがこちらへ走り寄って来る。

とにかく拙速を求めてマクシムには事情を説明せずに行動したので、かなり心配させてしまったようだ。


「一人で乗り込んだって聞い…アンディ!右目がっ!」

そう言えば眼帯をしていたままだったな。

「あ、これはなんでもない。心配させたみたいだな。大丈夫、この通り、ピンピンしてるよ」

そう言って眼帯を取って無事な姿を見せる。

「え、なんでケガしてないのに眼帯なんかしてたの?」

「侵入者の仕様だ」

首をかしげるマクシムは俺が何を言っているかわからないだろう。

大人の事情であまり詳しく説明はできないので、この話は終わりだ。

こうして考えるとこの世界の人にとって、俺の作戦はかなり突飛なものに映るだろうな。

だがこれで街道を安全に通行できるようになるのだ。


俺達のやり取りを見ていたルドラマから明日の予定を説明された。

「捕縛した賊はヘスニルに伝令を行かせた後、護送させる。護衛の何人かは賊の見張りに残すが、我々は明日早朝に出発する。このままでは王都への到着日数が延びるかもしれん。少々急ぐことになるぞ」

確かに賊の撃退に1日使ってしまったから、本来の行程日数からずれてきてるんだろうな。

まあそれを言ったらスーロ村で時間を多くとったのもまずかったのだが。

ルドラマの言葉に頷きを返し、この日は眠りについた。


次の日の朝早く、俺だけがまず起こされた。

昨日囮につかった馬車を回収したいので放置された場所まで案内するようにとのこと。

馬を連れて馬車を回収した後は簡単な朝食だけ摂り、早々に出発した。

途中賊の塒の警備をしている騎士を遠目に見つけ、手を振り合って別れた。


昼頃になると遠くの方に微かに村が見えて来た。

マクシムに村の説明を求めたが、あの村はまだ出来たばかりで名前が無く、主要な産業も持たない若い村なのだそうだ。

周辺の土は農地に向いているらしく、ゆくゆくは何か新しい作物を名産に出来ればと構想しているらしい。


本来であればここで一泊していくのだが、今回は食料と水の補給だけに留まり、サクサク前進していく。

色々時間を食って来たので多少は進んでおきたい。

このままのペースで行けば夕方を少し過ぎるくらいで次の町に着くので、馬には少し無理をしてもらうことになった。




結局王都へと辿り着いたのはヘスニルを出発してから2週間後の昼だった。

俺の依頼は王都までの護衛だったのでこれで完了となる。

とりあえず王都で使っているルドラマの館へと同行することになった。

本当は門で別れて王都見物と行きたかったが、依頼人に同行を要請されたら付いて行くしかない。


馬車が着いた先は、流石伯爵の住む館だけあって豪華なものだった。

王都では貴族の付き合いというものがあるため、館も相応に金と手間をかけて作られるらしい。

ヘスニルの館と比べて3倍近い大きさだ。

前庭だけでもサッカーができるくらい広い。

館の玄関前に馬車を付けると、ドアが開かれて、中から使用人に囲まれた女性が現れた。

上品なドレスに身を包んでいて、アップに纏めた金髪と垂れ目が柔らかそうな雰囲気を与える女性だが、顔立ちがマクシムと似ているため、母親だと予想できる。


「セレン、今戻ったぞ」

馬車を降りたルドラマに近付いていった女性が抱き合う。

「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」

そこへマクシムも小走りで近付き挨拶をした。

「母上、マクシムもただいま戻りました」

ルドラマとの抱擁を解き、マクシムとも抱き合う顔は慈愛に満ち、母親としての愛が感じられた。

2人の顔立ちと髪の色が血の繋がりをしっかりと認識させる。


「母上、実は僕に友達が出来たんです。紹介します」

そう言ってあらあらと困ったように笑う母親の手を引き俺の前に一緒に立つ。

ルドラマが後に続き、妻の紹介をした。

「アンディ、これがわしの妻のセレネリルだ」

「お初にお目にかかります、奥様。私はアンディと申します。恐れ多くもご子息と友誼を結ぶ幸運を与っております」

伯爵夫人に適当な言葉遣いは出来ず、丁寧な言い回しになる。

「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいのよ。息子の友達なんですもの、もっと力を抜いて頂戴。セレネリルよ。セレンって呼んでね」

口元に手を当てて上品に笑う様は、やはり貴族としての気品がある。

なんだか天然お嬢様がそのまま母親になったって感じを受けた。


「ではルドラマ様、王都まで護衛の依頼を完了とさせていただきますが、よろしいですか?」

とっとと終わらせて王都見物に行きたいものだ。

そう思ってルドラマに確認すると、マクシムが残念そうな顔を浮かべる。

別に永遠の別れじゃないんだから、そんな顔しないで欲しい。


「確かに護衛の依頼は完了した。だが、マクシムの相手をする依頼はまだ続いているぞ」

ちょっと何を言っているかわからない。

俺の仕事は王都への護衛であり、そのついでにマクシムの相手をするという内容だったはず。

そんな俺の不満を読んだわけではないだろうが、ルドラマから紙を渡される。

依頼書だ。

紙を受け取り中を確認すると、確かにヘスニルのギルドで見たものと一緒だった。


『依頼内容

 王都へ向かう旅の間の護衛、依頼者の子供の世話


 ―中略―


上記2()()の依頼を受理する』


お気づきだろうか?

そう…2点の依頼。


なんということでしょう。

依頼書には確かに2つの依頼を受けていることになっているではないか。

これでは護衛を終えても、マクシムの相手をするという依頼が継続されることになる。

「……ルドラマ様、ハメましたね?」

「何を言う。依頼書にはしかと書いておるわ。アンディよ、まさか冒険者ともあろうものがちゃんと読まなかったとでも言うつもりか?くははははっ」

ぐぅ正論。

確かにちゃんと読まなかった俺の責任だが、それを見越してこういう依頼書の書き方をしたルドラマもズルい。


冒険者が複数の依頼を受けることは別に不可能じゃない。

期限の設定されていない採取依頼などを受けておいて、他の依頼の最中に集めた物を提出するといったやり方は割と普通に行われている。

ただしその場合、ギルドへの貢献度評価は依頼ランクの高い方だけが適用されるため、報酬だけが加算される。

なので今回の依頼に関しては全く問題のない物として受理され、俺が受けてしまっただけだ。


「もう片方の依頼は続行中ということはわかりました。では俺はどうすればよろしいので?」

ちょっとやさぐれた言い方になってしまったが、仕方のないことだろう。

ただ、マクシムはまだ俺と別れないことが分かり、ニコニコしているのは俺も嬉しいが。

「とりあえず当分は好きにしていい。王都を見物するなりギルドで依頼を受けるなり自由に動いて構わん。何かあるときはこちらから使いを出す」

意外と融通の利く対応だな。

これなら俺も不自由さを感じることは無いだろう。


「父上、折角ですしアンディは家に逗留させてはどうですか?」

「あら、いい考えね。折角マクシムと友達になったんですもの、ゆっくり話をしたいわ。そうしましょう、あなた」

「そうか?…ふむ、そうだな、それもいいかもしれん。どうだ、アンディ。お前さえ良ければすぐに部屋を用意させるぞ」

いやいや、それは困る。

俺は街を見て回りたいし、ギルドへも行く必要がある。

それになんだかこの屋敷にいると厄介事に巻き込まれそうな気がしてならない。


「折角のお誘いをお断りするのは心苦しいのですが、ギルドへ通うにもここからでは不便ですし、宿での暮らしの方が俺には合いますので、どうかご容赦下さい」

その後はどうやっても俺を館に留まらせようとするマクシムとセレンの2人から逃げるように館を後にした。

マクシムにはまた遊びに来ると言っておいた。


外に出ると馬車が止まっており、近付くと馬車のドアの前に立っていた馭者に声を掛けられた。

「アンディ様ですね?伯爵様より宿へとご案内するよう承っております。どうぞ、お乗りください」

どうやらルドラマが手配してくれていたようだ。

有難く利用させてもらおう。


馬車に乗せられて着いた先は、かなり立派な建物の宿だった。

いや、これはもうホテルといった方がいいだろう。

ちょっとした城ぐらいの大きさはありそうで、一泊幾らになるかわからない。

伯爵と冒険者の間には越えられない金銭価値の壁があるようだ。

そんな風に戦々恐々していると、馬車のドアが開かれた。

「ようこそ、アンディ様。お話は伺っております。どうぞこちらへ」

執事の男に傅かれて降車を促された。

ここで逃げ出すのは格好悪いな。

仕方なく降りて、執事の後に続く。

荷物を持つと言ってもらったが、背負っているリュックは殆ど空なので必要ないと断った。


ホテルのドアを開けると、すぐにホールとなっており、目の前にあるカウンターでは身形のいい女性たちが受付を行っている。

案内に従って進み、カウンターで記帳を済ませる。

「それではお部屋へご案内いたします」

そう言って俺の横へ来たのは若い男だった。

来ている服は他の従業員より質が良さそうで、特別な客を相手にする立場にあるようだ。

伯爵の紹介で来た俺は一段高く扱われる対象なのだろう。


そのままカウンターの左右でカーブを描いて上階へと伸びる階段を男について上る。

部屋まで行く間にホテルのシステムを説明された。

食事や風呂、必要な物はいつでも言えば用意してもらえて、一切の世話とサービスの代金は宿泊料に含まれているとのこと。

だがそう聞くと宿泊費がどうしても気になってしまう。


「当宿は特別な方からの紹介が無ければお泊り出来ません。ですので滞在に掛かる費用の一切は紹介者がお支払い致しますので、アンディ様にご負担いただく費用は一切ございません」

素晴らしい。流石は伯爵様だ。

宿泊費に怯えていた俺にさようなら。


用意されていた4階の部屋に入るとその広さに驚いた。

入ってすぐに広がる12畳ぐらいの広さのリビング中央には4人掛けのソファーが4つ、大きな丸テーブルを囲むように配置されている。

その向こうの窓からは王都の街並みが一望できるようだ。

左の部屋にはキングサイズのベッドが用意されている8畳ほどのベッドルーム。

右の部屋は風呂と洗面所があった。

このホテルでは魔道具でお湯を沸かすことができ、水はパイプを伝って各部屋に通されている。

現代日本のホテルにかなり近い快適さがありそうだ。


「以上が設備の使用法です。なにかご質問などはございますか?」

「いえ、大丈夫です。下がって頂いて結構ですよ」

「かしこまりました。何か御用の折はそちらの壁に備え付けてある通話器具にお話しください。担当の者が対応いたします」

そう言って案内役の男が退出していった。


指さされた先には伝声管によく似たものがあり、どうやら壁を伝って伸びる管が別の場所へと声を届ける仕組みのようだ。

俺の感覚から言えば随分とレトロなものだが、この世界ではこれが最新式なのかもしれないな。


時間的にはまだ夕方にはなっていないが、少しだけ横になる。

久しぶりのゆっくりした時間に段々と瞼が重くなり、いつの間にか眠ってしまっていた。

そろそろストックが危なくなってきました。

あと2・3話で切れそうかなぁと。

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― 新着の感想 ―
[一言] 眼帯をすることで右目に光が入らなくなり灯が消えても右目で直ぐに把握出来るのか、考えたな(すっとぼけ)。
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