表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

213/463

レンタカーは車幅の把握が大変

♪飛空艇~


あの空を超えて~


俺が見る世界~


飛空艇~


冒険の心~


果てに挑む翼~♪







「なに?その歌…。エファクおばあちゃんの?」

「いや俺だよ」


ソーマルガの空はいつも雲一つなく晴れている。

飛空艇を飛ばすのならこんなにも気持ちのいい天気はないだろう。


ついつい歌を口ずさんでしまうの仕方がないことだ。


俺達は機種転換も問題なく終え、諸々の物資を搭載した飛空艇を駆って皇都を離れた。

見送りに来てくれたメイエルとダリアに別れを告げ、飛び立った飛空艇は一路、アイリーンの治める領地を目指す。


出発までの間に集めた情報では、アイリーンの治めるマルステル男爵領はソーマルガ皇国でも南端に位置し、その領地は海岸線に沿った横長の形をしている。

元々王家直轄領という名義であったものをアイリーンに下賜したという名目になっており、領地の大きさ自体は男爵位が持つのには少しばかり大きい程度だそうだ。


主要産業が漁業のみのさほど裕福とはいえない領地だが、それでもここで作られる海産物の加工品はソーマルガでは引く手数多なのだとか。

今のアイリーンは男爵になりたてということもあり、実家であるマルステル公爵家から人を借りて領地運営をしているらしく、領内の収支だけで見れば一応それなりにやれているとハリムが評している。


友人が立派に領主をやっているということは喜ばしいが、それ以上にこれから行く場所が海の近くということは、新鮮な魚介類が手に入るのかと期待してしまう。

ここ数年、魚と言えば川魚ばかりだったから、海のものが食べられるとなればつい浮かれそうになる。

飛空艇の操縦中に他のことに気を取られないよう、気も顔も引き締めておかないと。


「…アンディ、なんか楽しそうだね」


…どうやらしっかりと顔に出ていたようだ。

パーラがこちらを覗き込むようにして訝しんでいる。

実際楽しみではあるので、やはり隠し切れなかったか。


「バレたか。いやぁ、なんせこれから海に行くんだしな。魚に貝に甲殻類と、海の幸を味わえると思うとどうしてもな。パーラは海に行ったことは?」

「ないよ。アシャドルもペルケティアも内陸の国だし、行商やってたときは他に行く機会はなかったね」

「てことは海産物は見たことが無いのか?」

「流石に見たことぐらいはあるけど、大抵値が張るものぱっかりでしょ?売り物として扱うのも自分で食べるのにも手は出さなかったよ」


アシャドルやペルケティアでも出回る海産物のほとんどは、干物などに加工されたものばかりだ。

川魚や沢蟹などと比べて新鮮とは言えないが、その独特の味わいに魅了される人は多い。

ただし、わざわざ海から内陸まで運んでくる手間の分だけ、この世界ではかなりの金額となって販売額に上乗せされる。

嗜好品としてはそこそこ値が張る品だと言えよう。


行商人の立場からすれば、嗜好品も扱うには扱うが、村々を回って商売をする関係上、限られた積載量を有効に使うという観点からも、こういった買う人間が限定される品は手が出しにくいのだろう。


「アンディは海の物って食べたことあるの?」

「まぁな。俺が昔住んでたところは少し歩けばすぐ海って感じだったよ。こっちにもあるかわからないけど、サバにイワシ、マグロなんかもいるといいんだが」

「あぁ、その三つなら聞いたことあるよ。でもマグロなんかは人が乗った船も襲うって話だけど、おいしいのかなぁ」


まじか。

いや、異世界なんだから俺の知るマグロと同じとは限らないか。

まぁ地球のマグロも巨大なのだと200キロ越えはざらだって聞くし、それぐらいなら小舟程度は体当たりで沈めそうではある。

ちょっとビビりそうになるが、それでもマグロの味を知っている身としては是非とも食ってみたい。


「マグロなら赤身にトロに中落ちと、美味い部位がいろいろあるぞ。軽く焙って柑橘系の果汁と塩で食うのもいいし、醤油もおすすめだ」


本当は刺身にして食べたいところだが、この世界の魚介類は生でもイケるのかわからないので、しっかりと熱を通した方がよさそうだ。

あぁ、でも醤油があることだし漬けにしてもいいかも。

漬けマグロは寄生虫や傷みにも、ある程度効果はあると聞いたことがあったようななかったような…。


「へぇ~なんだかよくわからないけど、その顔を見たらおいしそう。ね、あっちに着いたらちょっと探してみようよ。私、マグロを食べてみたい」

「そうだな。アイリーンさんに挨拶して、その後ちょっと見て回るか」

「やった!あー楽しみー……ねぇアンディ、この飛空艇ってもっと早く飛べないの?」

「気持ちはわかるがこれで限界だ。どうやってもアイリーンさんのとこに着くのは八日はかかる」


マグロに思いを馳せ、だらしない笑みを浮かべていたパーラだったが、不意に眉を乗せて口を尖らせる。

パーラが抱いている不満は、現在飛行中であるこの飛空艇の速度が、俺達のものよりもかなり遅いことに対してだ。


この中型飛空艇の速度は、俺達の飛空艇に比べてだいぶ遅い。

というよりも、元々俺達の飛空艇の方が速度があるだけで、この飛空艇の速度は取り立てて遅いというわけではない。

あくまでもこの中型飛空艇のような速度が普通であり、小型の物であればもう少し速度は出るというぐらいだ。


確かに加速と小回りはいいのだが、直線を飛んだ際に速度の伸びが大分抑えられているのは、皇都近郊で少し飛ばしただけでは気付けなかった欠点ではあった。

本来の俺達の飛空艇であれば、アイリーンの所までは最大速度なら二日で、巡航速度でも四日で到着できると言えばどれぐらいの差があるのかは想像しやすいだろう。


さらに、今の時期は砂漠の中央では砂嵐が起きやすいということも移動時間が伸びていることの一因となっている。

皇都から見るとアイリーンの領地は砂漠を南東に超えた先の海岸線沿いにあり、直線で移動すれば先ほど挙げた時間での移動となるが、砂嵐を避けて一度西に飛んで砂漠を回りこむように南東へ進むため、到着まで八日という時間を見込んでいた。

足の遅さに加えて、この季節特有の気象状況が重なって目的地までの移動時間が増しているというわけだ。


速度に不満はあるが、だからといって全てが悪いというわけではない。

小型に比べれば荷物は多く持っていけるし、居住性も風紋船なんかとは比べものにならないほどに飛空艇は優れている。

なにせこっちには貨物室が付いているし、空調による快適な空間も用意されているのだ。


あれこれと文句は言ってしまったが、それでも普通の旅人よりも圧倒的に恵まれた旅ができることを喜ぶべきだろう。

これまで使っていた飛空艇と比べてしまったのが悪かっただけだ。


休憩をはさみつつ飛行艇を飛ばし続け、日が暮れてきた頃には今日の停泊地となる街に到着することが出来た。

この街は風紋船の航路からは外れているが、最近になってパトロールの飛空艇が水の補給なんかで立ち寄ることが多くなったおかげで、それを見に来る人で賑わいを増した最初の街だと言われている。


そんな街には飛空艇が降り立つのに十分なスペースと、着陸した飛空艇を係留するための設備が充実している。

俺達が接近するのに気付いたのか、見張りに立っていた人間から光を使った信号が発せられた。

どうやら飛空艇に対しての応対は周知されているようで、パーラが解読してわかったその誘導に従って、外壁から突き出たいくつかある桟橋の内の一つに飛空艇を停泊させた。


異なる機体での陸上にある桟橋への接岸という慣れない操縦に少し神経を使ったが、飛空艇にも桟橋にも被害を出さずに済んで一安心だ。


「…ん?あんたら巡察隊の人間じゃないな?」


飛空艇を降りた俺達に対し、訝し気にそう声を掛けてきたのは、恐らく飛空艇の離発着を管理する役人と思われる男だった。

仕事柄、ソーマルガを飛び回る巡察隊とも面識があるであろう彼にしてみれば、初めて見る顔が飛空艇から出てくればこの反応も当然か。


「ええ、俺達はただの冒険者です。何か問題が?」

「へぇ、冒険者で飛空艇持ってるのは初めて見たな。いや、特に問題はない。金さえ払ってくれれば桟橋は誰でも使える」

「…え、金かかるんですか?」

「ああ。これは…中型艇か?このぐらいの大きさだと銀貨四枚だな」


なんという事でしょう。

飛空艇の桟橋利用は無料じゃなかった。


まぁ普通に考えれば桟橋の維持管理には金がかかるし、地球でも船が港に入るのにも金がかかると聞く。

こっちの世界でも入港料があるのは不思議ではない。


飛空艇が一般的に運用されていない今、入港料が高いのは仕方のないことなのかもしれない。

しかし銀貨四枚か…。

これが高いのか安いのか分からないが、一応白級の冒険者であれば一日で稼げる金額ではある。

けどなぁ~四枚かぁ~……まぁ払うしかないけど。


銀貨四枚を支払い、停泊の許可を示す木札を受け取ると諸々の説明を受けた。

停泊可能な期間は次の日から数えて三日、停泊を一日延長するごとに大銅貨七枚がかかるので、用事が済んだらなるべく早く出発する方がいいそうだ。


水の補給は停泊料に含まれているので、言えば樽なりタンクなりに入れておくとのこと。

基本的に積み荷の管理は自己責任なので、盗まれるのが不安なら人を常駐させておくことを勧められた。

まぁ飛空艇の出入り口には鍵が付いているし、施錠をしっかりすれば大丈夫だとは思うが。


貨物室のもので盗まれて困るものと言えば、味噌と醤油を発酵させている樽ぐらいなものだ。

醤油なんかは俺達からすれば万金の価値があるものだが、それを知らない人間からすれば変な匂いのする樽に過ぎないため、腐った豆を集めているという奇特な趣味でもない限り、盗む者はいないだろう。


とはいえ、盗難の恐れが全くないとは言えないので、俺もパーラも寝泊まりには飛空艇を使うつもりだ。

しっかりとベッドを組んで設置したこの飛空艇は、空調が効いていることもあってそこらの宿よりもよっぽど快適だ。


惜しむらくはトイレと風呂がないことぐらいか。

風呂はどうしようもないが、トイレは桟橋の管理所の物を貸してくれるそうだ。


ちなみに、普段の巡察隊もここに来たら一々金を払って停泊しているのかと聞いてみると、流石にそれは手間だからふた月ごとにまとめて国の方へ請求しているとのこと。

実際の所、巡察隊は丸一日以上停泊することは稀なので、この停泊料もどちらかというと施設の利用料というよりは飛空艇の運用拠点を設けるための補助金として街は受け取っているらしい。


一通り説明を受けて、水の補給は明日の朝に頼むことを伝えると、俺とパーラはしっかりと飛空艇の鍵を閉めて街へと繰り出す。

桟橋の管理人に美味い飯が食えるところはないかと尋ねたところ、胸を張ってカレーが流行っていると言われてしまった。


どうやら皇都をはじめ、ソーマルガの各地にはカレーがかなりの速度で広まっているようで、ここでもカレーが最先端の食べ物として人気があるそうだ。

正直、俺達はカレーに新鮮味を感じないので、それ以外でと注文を付けたいところだが、もしかしたらこの街独自で発展した味を見つけられる可能性もあるので、おすすめを教えてもらって店へと向かった。


結果、食べられたのは美味しいカレーというよりも、どちらかと言えば色物的なものだったのは残念としか言いようがない。

香辛料をケチっているのか、妙に癖のある肉がルーの中で主張するそのカレーは、日本でもよく見かける方向性を見失ったご当地カレーといった感じだ。


どんな素材を使っているのか分からないが、いい方向への発展性を期待できそうにないその一品に、俺もパーラも無言で平らげると、なんとも言えないがっかり感を背負って店を後にした。

やはりその土地土地の飯は昔からの物がいい。


カレーなんざ結局最後は辛いだけで終わるしな。

次からはカレー以外で、昔ながらの味を楽しむとしよう。













アイリーンの領地を目指して五日目。


途中、座礁した風紋船を救助したり、飛空艇を狙った盗賊団に襲撃されたり、砂嵐によって発見された遺跡で太古の眠りから目覚めた古代兵器が大暴れしたり…。


などといったことはまったく無く、順調に旅は進み、現在は海岸線沿いに飛空艇を飛ばしている。

少し前から飛空艇は海を臨むルートへと入っており、始めて見る海にパーラも大騒ぎしていた。


どこまでも続く大海原は、空から見通す先に島影一つもなく、このまま飛び続けたらどこへ行けるのかという冒険心と恐怖心を同時に抱かせる光景だ。


この海岸線を飛び続けて今はもう二日目だが、どうもソーマルガでは海岸線沿いに村を作ることが少ないようで、漁村らしいものは見かけることが無い。

これは恐らく、海に近い場所に村を作るには真水の確保が大変だからだと思われる。


ソーマルガでは水の入手先と言えば、雨水や地下水によってできるオアシスからが一般的だ。

そのため、地下に海水が染み出てくる可能性がある海岸線に村を作るのは避ける傾向にあるそうだ。


確かアイリーンの領地はソーマルガ唯一と言っていい大河が通っているらしいので、そこから得られる水を利用することで海岸に村を築いてもやってこれたのだろう。


海沿いに村が無いということは、俺達が補給を得られる場所もないということで、アイリーンの領地に着くまでは無補給での飛行を強いられることになる。

一応、途中でオアシスなんかがあれば少し遠回りでも寄っていくつもりだが、やはり海に近いと海風によって巻き上げられた砂でオアシスも埋まりやすいのか、見える範囲では水場がない。

飛空艇には十分な量の水は積んでいるが、何があるか分からない砂漠の旅では、水の確保先は常に把握しておきたいものだ。


尤も、俺には水魔術があるので、海から水分を抽出して水に変えることも考えているが、正直海水から真水を抽出するのはやったことが無いので、上手くいくかは未知数ではある。

泥水から飲用可能なレベルの水は抽出したことがあるので多分大丈夫だとは思うが、後で試しておこう。


その後も飛び続け、夕暮れを少し超えて辺りが暗くなった頃に、この日の野営ポイントへと飛空艇を降ろした。

野営場所に選んだのは、海が見渡せる特大の砂丘の天辺だ。

ここから見える満天の星空と、それを映す水面の組み合わせが恐ろしいほどに美しい。

この光景を眺めるためなら、もう一日留まってもいいぐらいだ。


「綺麗だねぇ…。星空なんて見飽きてたけど、こうしていると自分が星空に放り出された気分になるよ」


食事を終え、後は飛空艇に入って寝るだけなのだが、食後のお茶を飲んでいるときにふと見上げた空に、俺もパーラもつい見入ってしまう。

何をするでもなく、ただただ海と星空のコントラストを眺めていると、自然の雄大さと人間の矮小さを改めて思い知らされる。


いつまでも見ていられる景色ではあるが、流石に明日も移動はあるので、お互いに手元のお茶が無くなったあたりで眠りにつくことになった。

貨物室に置かれるベッドに潜り込み、毛布を数枚重ねて包るが、やはり寒さが気になる。


「寒っ!アンディ、やっぱり寒いって。ねぇ、空調の温度上げよ?」

「ダメだ。動力は休ませないと明日飛べなくなるって何回も言ったろ」

「そりゃ何回も聞いたけどさぁ、これじゃ眠れないよ」

「最低限の空調は動かしてるだろ。毛布で凌げ」


現在、飛空艇内の気温は恐らく冷蔵庫よりも少しマシと言ったところだろう。

俺達の飛空艇は二十四時間いつでも空調を効かせられていたが、この飛空艇はそうもいかない。

ほとんどの飛空艇の動力はその性質として、ほぼ燃料というものを必要としない代わりに、動かしたらその動かした分だけ休ませる必要がある。


例えるならバッテリーのようなものではあるが、バッテリーが充電に電源を必要とするのに対し、こちらのは放っておくと自然界から何かしらのエネルギーを蓄える仕組みなのだ。

そう考えれば、高効率のソーラーバッテリーとも言えなくもないが、太陽の光が無くてもいいだけこちらのほうが圧倒的に優れている。


飛空艇の仕組みに関してはまだまだ分からないことも多いが、要するに半日飛ばしたら半日休ませるということを覚えておけば普通に運用するのに問題はない。


俺達の物よりも色々な点でグレードダウンしているこの飛空艇だが、主機出力は小型飛空艇の物よりも大分上で、動力を休ませながらも最低限の空調を動かせるだけの余裕はある。


だがあくまでも最低限であって、快適な温度とはいかない。

外がマイナスの世界の中、火を焚かずにプラスの温度にまでなっているのだから、とりあえず凍死はしないという程度だ。


今日までの旅の間、パーラとのこの手のやりとりは何度も行われているが、眠りにつく前に繰り返す程度には辛さを覚えているようだ。

とはいえ、初日に比べれば大分ましにはなっているのだ。


皇都を離れて最初の夜、飛空艇で寝泊まりした俺達はあまりの寒さに一睡も出来なかった。

慣れとは恐ろしいもので、用意していた寝具はいつもの飛空艇で使っていたものであったため、眠る時に空調が十分に効かないということを失念していたせいだ。

その日ばかりはパーラと身を寄せ合って夜を越したが、日が昇ってからすぐに毛布を買い足しに走ったぐらいには危機を覚えていた。


今は毛布を増やしたおかげで朝まで眠れるぐらいにはなったが、それでもベッドに入ってすぐは冷たい感触に悶えてしまう。

うーうー言いながらもぞもぞと動いていたパーラだったが、時間が経つにつれて毛布が温まってきたのか、次第に唸るような声から穏やかな寝息に変わっていく。


俺もその寝息に合わせるようにして意識が遠のくのに身を任せる。

飛空艇の操縦はパーラと交代で行っていたが、やはり操縦のサポートが少ないこの飛空艇では、疲れも大分違う。

体よりも精神と頭が疲れているこの感じだと、きっと眠りに落ちた後の朝までの体感時間はあっという間だろう。














皇都を発って七日目の昼を少し回った頃、遠くに村を見つけた。

これまでの何もない海岸線沿いの景色とは違い、かなり大きな湾状になっている地形に、ヨットハーバーのような影を確認した。

地形と村の特徴から、ここがアイリーンのいる村で間違いないはずだ。


湾内では小さい船がいくつも浮かんでおり、水中の何かを追っているような動きを見せている。

普通漁と言えば朝を想像するのだが、この世界では昼でも普通に漁に出るようだ。


浜辺から伸びる幾本もの桟橋は、それぞれが船を係留するもののようで、船がいくつか横付けされているのが見えた。

この世界ではポピュラーな建材である白いレンガで組まれている桟橋は、ちょっとやそっとの波ではびくともしないであろう頼もしさが遠目にも伝わってくる。


近付いていくと分かるが、村の大きさ自体はかなりのもので、通りを歩く村人と思われる人影も結構多いように感じた。

日差しの強いこの時間帯でこれだけの人間が出歩いているということは、それだけ村自体に活気があるということになる。


ざっと見た感じだが、家だけで5・60棟はあろうか。

建築様式は他の町村と同じ、白壁で造られているようだが、潮風の影響を受けたからなのか、どの家屋もやや赤茶けた色になっているのは海沿いの村では一つの特徴なのかもしれない。


村の中心地には一際大きな屋敷が立っており、そこにアイリーンがいると思うと、男爵が住むには少し小さいという印象を持ってしまう。

しかし、村自体の規模から言えば、これはもう町と言っていいぐらいではあるのだが、どこから村を町として見るかは周りを囲む外壁の有無なので、外壁のないこの村はやはり町とは言えないのだろう。


とりあえず飛空艇を一度ゆっくりと村の上空でフライパスさせ、こちらの存在を村に示したうえで領主の館と当たりを付けたあの大きな屋敷の上で停止する。

この場で維持するのをパーラに任せ、俺は飛空艇の扉から真下へ向けて一気に飛び降りた。


屋敷の警備と思われる武装した何人かの人影が見上げる中、落下して来る俺を避けようと空いたスペースへと足を向けると、腰にある噴射装置を操作して下方向へ圧縮空気を一気に解放、落下スピードを十分に減らしたところで噴射を停止させて着地した。

いい具合に屋敷の玄関先へと降りることが出来て一安心だ。


噴射装置の停止をしっかりと確認し、視線を目の前に向けると、驚愕の表情を浮かべた幾人もの目に迎えられる。

まぁ驚くよな。

三十メートルぐらいの高さからノーロープで飛び降りて無傷で着地したんだもの。


硬直しているところ悪いが、こちらから名乗らせてもらおうか。

ハッキリ言って、俺達はいきなり飛空艇で押し掛けてきた不審人物なのだ。

先に身元を明らかにしないと、いつ攻撃されてもおかしくない。


「急な来訪で失礼しました。俺はアンディといいます。アイリーン・ラーノット・マルステル様にお会いしたいのですが、どなたかにお取次ぎをお願いします。それとこれを」


矢継ぎ早に告げ、腰のポーチからハリムから預かった手紙を取り出し、ダンガ勲章も添えて一番近くにいた男に押し付けた。

手紙はハリムがアイリーンに宛てたもので、どうせ領地に行くならと託された。

ダンガ勲章は一応俺の身分を保証する一番効力のある物なので、手紙と一緒に渡すことでアイリーンまでスムーズに話が行く気がしたからだ。


「は?…あ、いや、ちょっと待っ…ていただきたい。あー…っと、とにかく少々お待ちを!上の者に話を聞きますので!どうかこのまま!」


フリーズしていた頭に流れ込んでくる情報量が多かったのか、ドタバタとした動きですぐに屋敷の中へと駆けていく男の背中を見送り、言われた通り大人しく待つことにした。

先程の男以外の警備の人間はまだこちらを警戒する気配を見せていて、中々職務に忠実な人間が揃っているようだ。


男爵の屋敷とはいえ、辺境と呼んで差し支えない土地で警備につくとなれば、兵の質はあまり期待できないものなのだが、油断のない視線を向けてくるその姿勢には感心させられる。


ふと、背後からも視線を感じ、何と無しに振り返ってみると、屋敷の門の向こうに立つ村人と思われる大勢の人間と目が合う。

飛空艇が珍しいのか、上を指さしながら楽しげに話す村人の姿は、どちらかというと警戒よりも好奇心の方が勝っているようだ。

一緒にいる子供などは、始めて見るであろう宙に浮かぶ巨大な物体に興奮して、飛び跳ねながら騒いでいるぐらいだ。


日差しに焼かれて待つことしばし、先程の男が一人の女性を伴って戻ってきた。

服装は使用人ではあるのだが、先を歩く男が妙に緊張して後ろを気にしている様子から、それなりに地位の高い人間と思える。


建物から伸びる庇の影で顔がハッキリとは分からなかったが、日の光でその顔が明らかになった瞬間、俺は驚いてしまった。

現れたのは見知った人間であり、この場にはいるはずはないが、少し考えれば居てもおかしくはないという人物だ。


「お久しぶりでございます、アンディさん。半年ぶりでしょうか?」

「ええ、それぐらいですかね。レジルさんも、お元気そうで何よりです」


そこに現れた女性は、本来ならエーオシャンで隠居生活をしているはずのレジルだった。

相変わらずのキッカリした雰囲気を纏ったその姿に、相対するこちらもつい背中が伸びてしまう。

最後に会ったのは半年前にエーオシャンまで調味料類の仕入れに行った時だったため、別段懐かしいというほどではないのだが、意外な場所であったせいか、変な緊張感も覚える。


「宰相閣下からのお手紙、確かにお預かりしました。生憎、アイリーン様は現在所用で出ておりまして、当館には現在おりません。よろしければ中でお待ちいただけませんか?」

「ええ、是非。あぁ、それとあの飛空艇なんですが」


かつてはアイリーンをお嬢様と呼んでいたレジルだったが、今はアイリーン様と呼ぶということは、男爵として、また領主としてのアイリーンに対する相応しい接し方は十分に心掛けているということか。

この辺りの振る舞いは、さすが貴族の令嬢の家庭教師を務めていただけのことはある。


アイリーンがいないというのは想定はしていたので、レジルの申し出を有難く受けることにした。

村の中を見て回るのもいいが、レジルにアイリーンの近況を聞いておきたかったしな。


あと飛空艇の停泊場所も聞いておかなくてはならない。

見たところ、この村に飛空艇が停泊できる専門の施設はないようだが、どこか広い場所を借してもらえればそれでいい。

俺が上を指さすのにつられて、レジルも見上げて飛空艇の姿をその視界に捉えた。


「おや、いつも使っていたものとは変わっていますね。新調されたのですか?」

「いえ、あれは借り物でして。まぁ後で話しますよ。とりあえず、どこか飛空艇を置ける場所はありませんか?」

「でしたら屋敷の裏手をお使いください。あの飛空艇にはパーラさんが?」

「ええ、操縦してるのはパーラです。では俺は上に伝えてきますので」


そうレジルに告げ、噴射装置で一気に上空へ飛びあがる。

その際、周りで見ていた人達から歓声が上がった。

やはり人が単身で空を飛ぶというのは驚愕と憧憬を植え付けるようで、ちょっとした祭りのような騒ぎが下で起きていた。


レジルも目を見開いて俺を見ており、それに軽く手を振ると、開けたままにしてあった飛空艇の扉へと飛び込む。


「パーラ、屋敷の裏手に飛空艇を降ろしていいってよ」

「了解、じゃあ着陸態勢に入るよ」


操縦桿を動かすパーラの背後に立ち、視線を窓の外へと向ける。

信頼していないわけじゃないが、宛がわれた場所は建物と大分近いため、一応俺も目視で誘導をサポートしよう。


屋敷とその周りを囲う土壁の間にある結構な広さに飛空艇をゆっくりと降ろしていき、見事建物にも土壁にも被害を出さずに着陸を成功させた。

俺達もこの飛空艇には随分慣れたもんだ。


「え、レジルさんこっちに来てるんだ」


着陸後の飛空艇の状態を確認しながら、先程屋敷の玄関先でレジルと会ったことをパーラに教えておく。


「ああ、さっき下で会った」

「てことは、結局エーオシャンに寄っても会えなかったんだね」


そうは言うが、エーオシャンに寄っていればレジルがここにいるということも分かっただろうし、いきなり会うよりは驚き度合いはずっと抑えられたはずだ。

まぁサプライズとしては成功していると言っていい。

意図してはいないだろうが。


飛空艇を降りた俺達を、案内を申し付けられたであろう若い女性の使用人が待っていた。

レジルは既に屋敷の中で部屋を用意しているそうだ。

なるほど、お茶でも飲みながらということだろうな。

そういうことなら、レジルからこの領地のことをじっくり聞かせてもらうとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
かなり性能の劣る代替品のようだから実費の損失や機会損失分の補填をしてもらわないと全く割に合わないよなぁ そもそも研究用の貸し出し代金はちゃんともらえるのだろか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ