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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実
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マクシム、攫われる

翌朝の村は静かなもので、早朝に目が覚めた俺はリビングへと向かい、村長の奥さんに挨拶をしてから井戸の場所を聞いて顔を洗う。

リビングに戻ると食事の準備が出来ていて、起きて来たマクシムと一緒に頂く。

今朝のメニューは麦粥と蒸かしたジャガイモと昨日の残りの枝豆だった。


茹でて一日経つとやはり少し味と風味が落ちるが、もともとの旨さで御釣りがくる。

食べ終わって、マクシムと談笑しているが、村長もルドラマも起きてこないので村長の奥さんに尋ねた。

「領主様と夫は昨日遅くまで飲んでいましたので、当分起きてこないと思いますよ」

それだけ言って家事に戻っていった。


結局出発は昼を少し過ぎた頃になり、俺とマクシムから送られる呆れの視線を無視して、ルドラマと村長は握手を交わしていた。

周りには酒臭いにおいが残っている村人が並んでいる。

「領主様、この度のご滞在、スーロ村の僥倖にございました。どうぞまたお越しください」

「うむ、わしも村の問題を解決できたのは実に喜ばしい。豆の活用に関しては他の村からの求めがあった際は手助けしてやってくれ」

村長もルドラマの言葉に感極まり、握手していた手がさらに強く握られる。


手が離れると俺の方へと近づいてきた。

「アンディ殿にも感謝の念は堪えません。近くへ来ることがありましたら、我が家へお越しください。ささやかながらもてなさせて頂きます」

そう言って右手を差し出された。

「ええ、その時はお世話になります」

差し出された手を握り返し、別れの言葉とした。


二日酔いに苦しむ村人に見送られて出発し、王都へ向けて進む。

「しかし、この時間からの出発だと次の宿泊予定地には着けないんじゃないのか?」

「そうだね。多分今日は途中で野営になると思うよ。食料も村で積んでたし」

マクシムの言葉に頷く。

このまま進んでも次の宿泊地までの道程の半分を進むのが限界だろう。

そうなると残る手段は野営だが、大丈夫なのか?

俺や騎士連中はともかく、貴族のルドラマやマクシムに使用人は野外での寝泊まりに慣れてるとは到底思えない。


「なあ、マクシムは野営はしたことあるのか?」

「ううん、無いよ。でもこうなるかもって話は父上からされてたんだ。野外で寝ることの辛さはアデスからも散々聞かされてるし、覚悟はしてたから心配いらないよ」

体の弱かったマクシムにそんな経験がある筈もなく、一応心得として団長から話をされてはいたようだ。

まあ仕方ない、また土魔術の世話になるとしますか。


夕方を過ぎ辺りが暗くなってもまだしばらく進み、馬車の前に設置されていた魔道具の光に導かれ、今日の野営地に辿り着いた。

道を少し脇にそれた場所に、焚火の跡を見つけ、そこを利用することになった。

早速使用人たちが野営の準備を始めようとしたところを俺が声を掛けて止めておいた。


「なんだアンディ、急に話とは。おまけに使用人たちの手まで止めて」

ルドラマが俺の言動に訝んで説明を求めて来た。

「まあまあ、少々お待ちを」

そう言って広さを確保できる場所を探す。

少し焚火跡から離れるが、充分広い場所を見つけた。


早速地面に手を突いて土魔術で家を建てる。

イメージはカマボコ兵舎だ。

半円状の屋根が虹を描くように連続して地面から生えてきて、幅5メートル長さ15メートルの物を2つ隣り合わせて作った。

正面から見ると某大手外資ハンバーガーショップのロゴっぽいな。


出入り口は片面だけ塞いで、反対側は天幕を張る時に使う横幕を流用して塞ぐつもりだ。

一方は寝泊りに使い、もう片方には馬や荷物置きに使えばいいかと作ったが、後ろを振り返ると居並ぶ全員が揃って開いた口を閉じれずにいた。


「すごい!すごいよ、アンディ!見ましたか父上!一瞬で建物が生まれましたよ!」

はしゃぐマクシムの横でルドラマは腕を組んで「むぅ」とか「いやしかし」とか唸っている。

とりあえず荷物やらを運び込む必要があるので、呆然としていた使用人のまとめ役の女性に指示を出しておく。

女性が放心していたのを恥じたかのように、急いで周りの人たちへと号令を出していく。


それから食事の準備となった。

一応中で食事を作れるように煙突付きのキッチンの様な物を備えてあるので、そこで料理が作られていく。

といっても単純に温めたり焼いたりするだけなのですぐに終わり、今は目の前に並べられている。

パンとスープのシンプルなものだが、スープの具材には村で手に入れた野菜がゴロゴロ入っていて中々のボリュームだ。


「アンディ、お前はあんなことも出来たのだな」

家を作る時に一緒に地面から生やしておいた長テーブルで食事をしながらルドラマに尋ねられる。

「団長さんから聞いていませんか?俺は土と水の魔術が得意だと」

「聞いている。だが、それでもここまで非常識だとは思わんかったわ。これなんぞ、兵舎としては破格の性能だろう。土魔術はここまで万能ではないはずだが…」

ルドラマの言葉に周りで一緒に食べていた騎士たちがうんうんと頷いていた。

単純にイメージの強さで強引に作ったものだから長期の耐久性は期待できない作りだ。

だが短期の観点では立派な兵舎として充分使用に耐える。


本当は中に一つ一つ仕切りを作って個室を用意したかったが、それだと時間が掛かってしまうので、一遍に2つ建てられない。

なので単調な筒形構造で妥協したが、他の面々の様子を見るに不満は感じられない。


「父上、野営とは意外と快適なのですね。アデスの脅しは大袈裟過ぎました」

今座っている椅子を撫でながらマクシムガそう言うと、ルドラマが首を振ってその言葉を正す。

「いやそれは違うぞ、マクシム。普通は焚火を囲んで見張りを立てて、マントに身を包んで夜空の下に眠る。こんな立派な建物を用意できるものではないのだ。全てアンディの仕業だ。これは異常なことだと覚えておけ」

なんだか棘のある言い方だが、楽に過ごせるんだからいいじゃないか。

そう思っているとルドラマから小言を言われた。


「そもそもだ、今回の野営はマクシムのいい経験になると思ってのことだ。確かに快適に過ごせるのはいいことだが、これではマクシムの為にならん」

不貞腐れたように言われて気付かされた思いやり。

なるほど、そんな側面があったのか。

それは申し訳ないことをしたな、とでも言うと思ったか。


「騙されませんよ。今回の野営はルドラマ様たちが飲み過ぎで遅く出発する羽目になったからなんですからね。そういう言い訳は見苦しいですよ」

俺の鋭い突っ込みに目が泳ぎ過ぎて溺れ始めたルドラマの顔がバツの悪そうなものに変わった。

周りの騎士たちもそのやり取りに笑いをこらえるのに必死だ。

「…まあ、いい。これも悪い経験ではないからな。野営は次の機会に取っておこう」

その物言いに騎士たちもとうとう我慢できなくなり、大声で笑いだし、それにつられて全員が笑い出す。

笑い声に包まれて夜はその色を深めていく。




翌日の朝は早くから出立出来た。

次の村までは昼前にはつくそうだ。

のんびりとマクシムにしりとりを教えて実践していたところ、急に馬車の周りを馬の足音が騒がしく行き来し始めた。

しばらく進み、唐突に馬車が止まってしまった。

何かあったのか気になり、俺だけ状況確認に馬車を飛び出した。

周りを確認したが、特に何か起きたようには感じない。

ただ、今までは馬車の列の周りに随伴していた騎馬が見当たらない。

見渡すと前の方にいるルドラマの馬車に集まっていた。


「ルドラマ様、なにか問題でも?」

近づくと馬車の外に降りたルドラマを囲んで騎士数名が話し合いをしていた。

その場の全員が何やら深刻そうな顔を浮かべているが、それほどの何かがあったということか。

「アンディか…、そうだな、お前の意見も聞こう」

ルドラマの言葉で周りの騎士からも補足が付いた説明がされていく。


話をまとめるとこうだ。

先行していた騎士が街道の脇に壊れた馬車を見つけた。

荷台には荷物もなく、馬もいない。

左側の車輪が1揃え無くなっており、右に大きく倒されている。

これだけなら商人が壊れた馬車を置いて、先を急いだと思うが、その馬車には大型の獣の爪痕が大量に付けられており、辺りには動物の毛と思われるものも散らばっていたそうだ。


そこまで聞けば俺も解った。

群れか単独かはわからないが、馬車を襲ったヤツがいる。

このままだと馬車を狙った味を占めて、俺達が襲われることも考えられた。

なので一度戻ってきて、そのことをルドラマに話して対策を立てていたのだろう。


「馬車の傷跡からかなりの大きさの個体であること、さらには血一滴流さずに獲物を仕留めた。推測するに相手を―」

「ちょっと待って下さい。血が一滴も落ちてなかったんですか?」

聞き逃せない情報に、騎士の言葉に割って入る。

「ああ、俺の見た限りではな」

だとしたらこれは面倒なことになりそうだ。

襲ったのは獣ではなく、人間かもしれない。

馬車に付けられていたという爪痕について詳しく聞いた結果、やはり人間の手による偽装工作の疑いが出て来た。


爪痕は馬車全体に渡って付けられており、車体の底から屋根に至るまで執拗に傷を付けられている。

普通自然界の動物は縄張りを示す以外で必要以上に爪痕を残す真似はしない。

この点から、獣の仕業に偽装したい誰か、つまり人間の手によるものだと推理できる。


決定的だったのは血が一滴も落ちていなかったことだ。

馬を襲っておいて一滴の血も流さず仕留められる動物がいるだろうか?

馬車の形が残る程度の損傷だけしかないことから、大型の獣の線は薄い。

だとすれば、馬車を走行不能にするだけの攻撃をし、ご丁寧にも馬とそれを操っている人間を連れ出し、馬車を道の脇に転がしたということになる。

これは誰かが発覚を遅らせるために乗っていた商人と馬を連れて行ったとしか考えられない。


そこまでを皆に説明をして対策を練ることにした。

俺の推理に一応納得はしたが、ここを安全に通過できるかという話になると振出しに戻る。

「やはり一度襲ったのだから賊はねぐらに戻っているのでは?」

「そうかもしれませんが、その塒までの距離が解りません。すぐ近くだとしたら、街道を通る獲物を物色するために見張りを立てるぐらいはするでしょうし」

騎士の言葉に俺は否定的な意見を出す。

襲撃を偽装するだけの考えができる程度に頭の回る集団だ。

なんとか一網打尽に出来ればいいのだが。


意見が出尽くしたと判断したのか、ルドラマが口を開いた。

「どちらにしろここを通らなければ今日の宿にすら辿り着けんのだ。襲撃を警戒しつつ前に進むしかあるまい。それとも誰かが囮にでもなるか?」

周りはルドラマの決定に従うだけだが、俺は違う。

今の言葉で一つ閃いた。


「ルドラマ様、もしかしたら賊をまとめて捕縛できるかもしれません。その為の準備が必要なのですが、ご協力いただけますか?」

「ほう。今回も何か思いついたか。よかろう。申してみよ」

俺の意見にニヤリと笑って許可を出してくれた。

それでは早速準備に取り掛かるか。






SIDE: 盗賊の頭


俺達が昨日の襲撃の成果を確認していると、街道を見張らせていた奴から次の獲物の通行の合図が来た。

昨日に続いて今日も稼げるとはついてるな。

早速俺を含めて手下15人で馬を操り街道へ向かって駆けて行く。


ここで仕事を始めてまだ1カ月だが、襲撃を動物の仕業に偽装するやり方のおかげで、今のところ俺達の存在は知られていないようだ。

そんな俺達が塒を作ったのは街道からあまり離れていない岩山の麓の洞窟の中だ。

元々は何かを掘っていた場所なのだろうが、放置されて大分経っていたようで、存在を知っている者もいないと思い、俺達で利用することにした。

うまい具合に街道を通る馬車を監視できる高台もあり、今日までに4回の襲撃に成功している。

昨日襲った馬車も馬と荷物以外には用はないため、商人は殺して埋めているので発覚は当分先だろう。


今日もいつものようにやろうとして、街道を行く馬車を見て違和感を覚える。

馬車の速度が異様に速く、まるで何かから逃げるかのように走っていた。

馬車自体は貴族が使うような高級そうな物だが、それを操る馭者がマントに身を包んた明らかに不審な奴だ。

中に乗っているのは貴族ではないのか?

とりあえず止めてから考えるか。


手下たちに指示を出し馬車の左側面から襲い掛かる。

俺達の進行方向から左側を狙うのが一番手っ取り早い。

流石に貴族の使う馬車だけあって横転させることはできなかったが、足は止められた。

馭者を先に仕留めようとしたが、馬車が止まるとすぐに馬を馬車から切り離して跨り、来た道を戻っていった。

余りの早業に全員が呆気に取られていると手下から声を掛けられて正気に戻された。


「頭!あいつ逃げちまうぜ、いいのか?」

「ちっ、速いな。仕方ない、放っておけ。俺達の狙いは馬車の中身だ」

あそこまで逃げに徹されると追いつくのは難しい。

目撃者を逃がすのは不本意だが、いずれは俺達の存在もバレる。早いか遅いかの違いだけだ。

それよりも今は目の前の獲物の確認だ。

早速馬から降りて馬車の扉を開けると、俺の予想を超える光景が広がっていた。


確かに中にいたのは貴族の子供なのだろう。

黒髪が後ろで高そうな縛り紐で纏められており、黒い目がこちらを鋭く睨んでいる。

着ている物は上等そうなものだが、猿轡をされて後ろ手に縛られていたら普通の状態とは言えない。

「頭、これって誘拐されてきたんじゃ…」

俺も同じことを考えていたので頷きで肯定しておく。

さっきの奴は誘拐犯で、逃亡中の所を俺達に襲われたんだろう。

身代金狙いか権力闘争かは分からないが、俺達の手元に来たのなら遠慮なく金に換えさせてもらおうじゃないか。


このままだと身代金を要求する先が解らないため、猿轡を外してやって名前を聞き出すことにした。

「おい坊ちゃん、名前は言えるか?どこの家のもんだ。ちゃんと言えたらお家に返してやらんこともない」

もちろん金を受け取ったら用済みだ。

死んでもらうつもりだが、子供にはこう言っておかないと素直に従わないだろうな。

「…言ったら本当に無事に返してくれるのか?」

「もちろんだ。俺は優しい男だからな」

その言葉に手下が含み笑いを漏らす。

俺自身言っていて白々しいと思ってるからその反応も仕方ない。


「……僕の名前はマクシム。父はヘスニルの領主、ルドラマ・ギル・エイントリア伯爵だ」

ヘスニルと言えばこの辺りでは最大の都市だ。

そこの領主ともなればさぞや金を持っていることだろう。


「ヒュゥー、こりゃあ大物じゃねぇか」

「伯爵の息子ってことは、いくらになるかわかんねーぞ」

思ったより大物の名乗りに手下たちが色めきだった。

伯爵の子供なら身代金は期待できそうだ。

「よーし、いい子だ。悪いがこれから俺達に付いて来てもらう。なぁに、大人しくしてれば悪いようにはしねぇさ。おう、お前ら!引き揚げるぞ!」

手下たちの返事を受けて、マクシムを俺の馬の背中に積んで塒に戻る。

馬車は発見を遅らせる為に少し離れた林に移しておいた。


さあ、塒に戻ったら早速伯爵に使者を出さなきゃな。

懐に飛び込んできた金のなる木に気分を良くして馬を走らせて行った。




SIDE:OUT

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