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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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青風洞穴脱出

青風洞穴へと足を踏み入れて4日目の朝、俺達は来た道を戻る形で移動を続け、洞窟の出口から漏れる明かりが見える位置にまでやってきた。


行きと異なり、エドアルドという強力な護衛を仲間に加えたおかげで、洞窟内の移動も彼の剣によって格段に安全なものとなった。

襲い掛かってきた魔物もほとんどがエドアルドによって一刀のもとに切り伏せられ、おまけに夜の見張りも一手に引き受けてくれたおかげで、帰りの道に赴く俺達に深刻な疲労はない。


『殿下、もうじき外に出れますぞ』

「うん…そうだね…」


先頭を歩くエドアルドが掛けた言葉に、ダルカンが暗い声で返事を返す。

別に疲労で暗い声となっているわけではなく、洞窟から出られること自体は試練の達成となるため、そのことについては嬉しいはずだ。


しかしそれ以上に、この洞窟からの脱出によって、エドアルドとは永遠の別れとなることがダルカンの顔に暗い影を落としていた。


ここに至るまでの途中、昨夜のことになるが、俺達はエドアルドと洞窟を出た後のことについて話をした。

本来、アンデッドを見つけたらすぐに倒すというのが常識なのだが、意識もしっかりしていて人間と意思の疎通も可能なエドアルドを果たしてどうするべきか。

エドアルド自身は洞窟から出た途端にアンデッドとしての本能が再発現することを恐れているが、だからといって青風洞穴にずっとい続けていいものか。


身の振り方というわけではないが、ダルカンからチャスリウス公国にエドアルドの存在を正しく説明すれば、いきなり討伐などということもなく、もしかすると経過観察などの処置もあり得るだろう。

意思を持つアンデッドというのは研究者からすれば垂涎の的であるし、昔話に語られる騎士ともなれば、歴史的な話を色々と聞けることもある。

十分丁重に扱われることは想像しやすいが、エドアルド本人がその状況へと置かれることに首を振った。


“自分は死してなお騎士でありたく、本来生者を害するアンデッドとして存在し続けることは苦痛でしかない”とのこと。

そのため、俺達が洞窟の出口へと到着したのを見届けた後、ダルカンの手で浄化してほしいと頼んできた。


エドアルドは自分が青風洞穴から出ることはないと俺達に語っていたが、それはあくまでも同行できないだけであって、洞窟内には居続けるものとばかり思っていた。

ところがダルカンは引導を渡すことをお願いされ、酷く狼狽してしまう。


チャスリウスに生まれた人間として、例に漏れることなくエドアルドの英雄譚で育ったダルカンだが、騎士としての在り方から憧れを抱いていた対象であるエドアルドを、自分の手で葬ることを頼まれるというのは、一体どのような気持ちなのだろうか。

この話をされた昨夜からずっと沈んだままでいるダルカンのこの顔を見れば、深い苦悩にも苛まれているのはよくわかる。


『…そのような顔をなさってはなりませんぞ、殿下。某のような死人がいつまでもとどまり続けるのは世の道理にそぐわぬこと。どうか心穏やかに送ってはくれませぬか?』

「殿下、昨夜話し合ったでしょう。ニナリア殿下の遺体を俺達に託した以上、エドアルド殿は役目を果たし、安らかに眠ると」

「わかってる。けどやっぱり勿体ないというか…」


ダルカンにしてみれば、エドアルドという無二の騎士が現代に蘇ったようなもので、このままいなくなるのを惜しむのはチャスリウスに生まれた男子としては至極まっとうなものだと言えよう。


「洞窟内から出られないなら、せめてここに居続けたままで国のために尽くしてくれるわけにはいかないかな?あなたから直接言葉を貰えるだけで、新しく騎士になろうとする者は喜ぶと思うんだ」

『それは…出来ません。先程も申した通り、某は死人。後進に声をかけるにはいささかこの身は穢れ過ぎております。なにより、騎士としての矜持がアンデッドとして生き永らえることを許さないのです。これからの国を背負って立つのはダルカン殿下、あなたのような若人にございます。古い人間が不要とは申しませんが、某はもはや国の頼みとなる存在ではござらん。それに、先に天上へと参られたナルガ陛下とニナリア殿下、朋友達にもそろそろ顔を見せねば不忠と詰られましょう』


騎士として、またチャスリウスの人間としてのエドアルドは試しの儀を乗り超えたダルカンに国の未来を見て、自分の役目はないと語る。

冗談交じりにあの世への旅立ちを楽しみにしている節を口にする姿は、この世への未練など微塵も感じられない、晴れ晴れとしたものであった。


洞窟の出口からおよそ20メートルほど離れた場所にたどり着くと、移動を中断していよいよ別れの時間となった。

荷車にあるニナリアの遺体へ挨拶をするように一撫でしてからこちらを向いたエドアルドが大きく頷いた。


エドアルドはダルカンの前で地面に膝をつき、頭を垂れてその時を待つ。

ダルカンの手には松明が握られており、エドアルドが自らかぶった油へと着火する手筈となっている。

だがダルカンの手は松明の火がエドアルドに近付くことを恐れているように、未だ高い位置を保ったままだ。


『では殿下、お頼み申します』

「…殿下、大丈夫ですか?気分が優れないようでしたら私かアンディが代わりますが」

『いや、パーラよ。待ってほしい』


ダルカンが動く気配を見せないことから、流石に年齢と心情の面から酷かと思い、パーラが代理を申し出るが、エドアルドに制されて俺とパーラは二人のやり取りを黙って見守ることにした。


『殿下、未だ幼い御身には辛いことをお頼みしたと理解してはいますが、その上でお願いいたします。どうか、御自らの手より、某に死を賜りください』


淡々と、しかし穏やかさが秘められたエドアルドの口調は、真に安らぎを求めてダルカンの手によって葬られることを望んでいた。

主君と仰ぐナルガ王と容姿の似ているダルカンだからこそ、その手で送ってほしいというのがエドアルドの希望なのだろう。


浄化ではなく、死という言葉を使うのは、王族としてのダルカンがいつか臣下へと死を命じることになる時のための経験を積ませようという、彼なりの不器用な思いやりが感じられる。

この世を去ると決めた自分からの奉公と、そう言いたいのかもしれない。


少しの間俯いていたダルカンだったが、意を決したように上げた顔には覚悟のようなものが見えた。

どうやらエドアルドを浄化することで決心がついたようだ。

一歩踏み出し、エドアルドを見下ろすダルカンの姿は、何か神聖なものにすら思える。

それは王が呪いを受けた騎士を自らの手で断罪するような、あるいは長く仕えた忠臣との別れを惜しむ絵のようにも見えるのは、やはりエドアルドという人物をこの数日の間に深く知ったからなのかもしれない。


燃え盛る松明を握る手が少し動いたが、すぐにその手は止まってダルカンが困惑の顔を浮かべた。

そして、呟かれた言葉でダルカンの苦悩の一つがようやくわかった。


「…やっぱり火をつける以外で方法ってないのかな」


確かに、アンデッドの浄化のためとはいえ、しっかり意識のある相手に火をつけるのは、まっとうな人間であれば躊躇われるものだ。

ましてや、相手はチャスリウスを代表する騎士と言っていいエドアルドだ。

まず生きていると錯覚してしまうほどにアンデッドらしからぬ姿に、ダルカンはどうしても火を放つことができないのだろう。


『こればかりは如何とも…。よもや、このような場所に赴くにあたり、聖者の灰など持ち合わせておりますまい?』

「聖者の灰って?」

『アンデッドの浄化に使われる特別な薬液で、灰と名がついているくせに液体という紛らわしい品だ。火で焼くのと違い、遺体が綺麗に残るゆえ、王や貴族などの貴人がアンデッド化した時によく用いられる』

「「「へぇ~」」」


俺を含め、エドアルド以外でこの場にいる人間は聖者の灰というものを知っておらず、そういうのもあるのかという感じだが、当然ながらそんなものは持ち合わせてはいない。

用途を考えると、かなり貴重なものだということは分かるが、エドアルドほどの人物であれば使われるのに相応しいと言える。


『…アンデッドとはいえ、人の形をしたものに火をつけるというのは確かに躊躇いましょう。ですが、幸いにもこの体は痛みも呼吸も備えぬもの。これは決して炎で苦しむものではなく、天へと昇る儀式とでも考えてはみませぬか?』

「……わかった。エドアルド殿が望んだことなんだ。僕がやり遂げなくちゃならないんだよね?」

『左様にございます。なに!これも経験とお考えくだされ!試しの儀を終えられ、王となる道を歩かれる殿下におかれましては、こうして外へと自由に出歩ける機会もそうそうありますまい。アンデッドをその手で浄化するいい機会と捉えていただければ、某も最後の奉公として死出の土産にできましょう』


そう言って朗らかに笑うエドアルドに、ダルカンも微かな笑みを返す。

同時に松明の明かりに浮かび上がる涙がその頬に見え、ダルカンの感じた悲しみは決して小さいものではないようだ。

だがすぐに表情を引き締め、松明の火をエドアルドへと近付けていく。


「エドアルド殿、あなたの遺灰は丁重に葬ることを約束するよ」

『それには及びません。某の灰はこの地に眠る朋友の亡骸と共にありたく思いますれば』 

「そう……エドアルド・スワイトシアス・アルコー。貴公の忠心、まこと大儀である。願わくば死後の安らかな眠りが永劫のものとならんことを」

『ありがたきお言葉』


着火の寸前、最後の逡巡にその手が止まったが、それもほんの一瞬だ。

エドアルドの胸元へとそっと押し付けられた炎が鎧の表面を伝う油へと移り、ゆっくりと全身をオレンジ色に染め上げていった。


炎に炙られても悲鳴などなく、身じろぎもしていないエドアルドの様子から、本人の言う通り痛覚がないのは確かなようだ。

仄暗い洞窟の中、燃え盛る炎の明かりを見つめている俺達は、エドアルドとの別れの時間をただ静かに過ごす。


言葉を発することはなくとも、エドアルドという人物が真にこの世を去るということに対して覚える喪失感は、それだけ触れあった時間以上に得た親愛の情から来るものだ。

アンデッドということに対する不信感は終ぞ消えることはなかったが、それでも彼の為人は正しく高潔な騎士そのものであったと、得難い出会いをしたと言ってもいいだろう。


話すことは全て済ませたといわんばかりに、誰も口を開くことなく炎が揺らめくのを見ていた俺達だったが、鎧の中にあるエドアルドの体が完全に灰になったことで膝を着く姿勢が崩れ、ガランガランという音とともに、鎧の手足が不自然な方向へと向きながら横たえられた。


まだ炎は消えてはいないが、鎧の隙間からボロボロと零れ落ちているのは、エドアルドの遺体が灰になったものだ。

倒れ込んだままピクリとも動かない姿から、完全にエドアルドの遺体は燃やし尽くされ、浄化したとみていい。


それからしばらく炎が鎮まるのを待ち、俺達はエドアルドの鎧を回収した。

持ち上げた時に、灰となったエドアルドが地面へと落ちていくのを見ると微かな寂しさを覚えるが、これが主君であるナルガ王の下へと旅立った証だと考えると、少しばかり晴れやかにもなる。


人間一人分で出来た灰の小山をじっと見つめるダルカンは、穏やかな顔をしている。

普通ならアンデッドとはいえ意志ある人間に火をつけたということが精神に相当な負担をかけそうなものだが、エドアルド自身が望んだ炎での浄化だということで、その胸の内に渦巻く感情は恐らくそうネガティブなものにはならないだろう。


「パーラ、エドアルド殿の遺灰を洞窟の奥へと散らしてやれ」

「…そだね。死んでいった仲間といたいって言ってたし。殿下、いいですね?」

「うん、そうしてあげてよ。きっとこの洞窟に眠る多くの遺体にも、エドアルド殿の遺灰は寄り添ってくれるはずだしね」


パーラの発動した風魔術によって、遺灰は渦巻く風に吸い上げられ、蛇のように一列となって洞窟の奥へと飛んでいく。

特にどこか目指して移動するのではなく、風が行くままに任せて遺灰を運ぶそうで、パーラの見立てではかなり広範囲にわたって遺灰は散って行くとのことだ。


最後の一筋を見送り、これで本当にエドアルドとはお別れとなる。

残された鎧と剣を荷車へと積み込むと、灰が飛び去った方向を見たままになっていたダルカンに声をかけ、出口を目指して歩き出した。


生者と死者の区別が曖昧となるアンデッドという存在でありながら、確かに生きていたと言えるようなエドアルドとの別れは、非常に貴重な経験をしたと言える。

灼銀鉱にニナリアの遺体と、持ち帰るものは増えたが、それ以上に失ったものを思うダルカンの背中には確かな寂寥を感じた。








ダルカンを先頭に、俺とパーラがその後ろに続く形で洞窟を出ると、日はもうじき天頂へと至るという時間になっていた。

遠目に監視をしていた騎士達が俺達の姿に気付き、数人が野営地へと人を呼びに行き、残りがこちらへと近付いてきた。


「ダルカン殿下、無事のご帰還をお喜び申し上げます。今ユーイ卿への報告に人を行かせましたので、どうぞこのまま野営地へお進みください」


ダルカンの前で膝を着き、そう声をかけてきたのは、確かヘンドリクス配下の騎士だったと思う。

恐らく交代で洞窟を見張る中で、たまたま今日この時間に彼らがいたのだろうが、つい警戒心を抱いてしまったのは仕方のないことだ。


「ご苦労。では卿らも僕達と同行してくれるかな?少々疲れが酷くてね。荷車を押す手を借してほしい」

「は。心得ました」


洞窟内で偶然得た強力な護衛のおかげで疲れはそれほど感じてはいないのだが、あくまでも俺達は多くの苦難を乗り越えて試練を果たしたという体を示す必要があるので、このダルカンの提案は実にうまいものだ。


俺から荷車を受け取り、代わりに曳く騎士に礼を言いつつ、俺自身は荷車のやや後方へと移動した。

灼銀鉱は試練の達成を示す大事な品で、ニナリアの遺体は色々と説明が面倒だということで、荷車には覆いをかけてあり、監視のために俺はこの位置についたのだ。


妨害の意思を持つ人間が灼銀鉱を持ち出さないよう、野営地までは俺が見張ることをたった今決めた。

ダルカンはそんな俺の動きを一度だけ目で追ったが、特にとがめることこともなく歩き出した。

野営地へ到着すると、ずらっと並んだ騎士達に出迎えられた。

その中から、ネイが歩み出てくると、ダルカンの前で騎士の礼をとった。


「よくぞ御無事でお戻り下さいました。我ら一同、殿下のご帰還を知り、喜びに身を震わせております。お怪我などはございませんか?」

「うん、ありがとう。アンディが少し傷を負ったけど、大事はないよ」


俺の怪我というのが気になったようで、チラリとこちらを見たネイと目が合い、軽く手を挙げて大したことはないと伝える。

洞窟内でコツコツと水魔術による治療をし続けたおかげで、傷口もほとんど塞がっていたので今は問題ない。


「左様でございますか。灼銀鉱は手に入りましたか?」

「勿論。荷車に積んであるよ」

「では試練は達成されたのですね!」


落ち着いた様子でダルカンと話していたネイだったが、試練の達成を知ると喜色を声と顔で表す。


「うん…それと、他に洞窟で見つけたものもあるんだ。アンディ、覆いを取ってくれる?」

「はっ」


荷車を覆っていた布を取り外し、その内を集まっている全員が見やすいように荷車の向きを変える。

荷台にはニナリアの遺体とエドアルドの鎧が並んで載せられており、露わになったそれらを見て、ザワリとしたどよめきが一瞬だけ沸き起こり、それが過ぎると一転して静寂が辺りを支配した。


「殿下、これは…?」

「ニナリア殿下だよ。洞窟の奥でご遺体を見つけて、せめて外で弔おうとこうして運んできたんだ」

「そうでしたか。…殿下、一つお聞きしたいのですが、なぜこの遺体がニナリア殿下だと?」

「ん、あぁそれはね…アンディ、話してあげて」

「畏まりました。……我々がこのご遺体を発見した際、周囲には護衛か従者の何者かが残した手記の切れ端がありました。断片的に拾い上げた内容と遺体の状態からそうであると推測した次第にございます」


こうして話している内容は、洞窟の中でエドアルドを交えた話し合いを行って決めたものだ。

馬鹿正直に全部明かさないのは、エドアルド本人がアンデッドとなったことを騎士としての恥とするため、本人の希望によってこの筋立てで話を作り上げた。

ただ、洞窟内には本当に誰かが残した手記はあったし、ニナリアの遺体が身に着けているローブには王家の印がちゃんと残っているため、俺達がニナリアの遺体だとあたりを付けた理由はまるっきり全部が嘘というわけではない。


「ニナリア殿下……。確かナルガ王の妹君だったはず」


多くの人間がニナリアの遺体に対して今一つ反応が薄い中、ボソリと呟いたマティカの声ははっきりと俺達の耳にも届いた。

その声を聞き拾って反応したのは、最前列で遺体を見ていたネイだった。


「知っているのか、マティカ」

「はい。かの賢王、ナルガ王の治世において鉱物学の発展に寄与したそうです。かのエドアルド・スワイトシアス・アルコーと恋仲であったという創作で本が書かれています」

「あれか!私もあの本は読んだことがある。そうか、あの…」


俺達の知らない情報をもつマティカに感心するが、それ以上にエドアルドとの恋仲と聞いて急に興奮しだしたネイが急に女らしい顔をしたのに驚いた。

なにやらネイの琴線に触れる話の登場人物がニナリアだったらしいが、その話を知らない俺からしたら反応に困る。

若干潤んだ目でニナリアを見ていたネイだったが、次にその傍へ置かれていたエドアルドの武具へと視線を移す。


「こちらの武具は?見たところ中々の品ですが、これも洞窟の中で?」

「うん、まぁね。それもニナリア殿下の遺体の傍で見つけたんだ。鎧の主は……ネイ、そこの留め具のところに刻まれた意匠を見てよ。きっと驚くから」


ダルカンはエドアルドの名前を出すのを一瞬堪え、悪戯を企むような顔を浮かべてネイに鎧を検めさせた。


「は?はぁ…では、失礼して。えー…とここか。十字、いや剣の柄に…花は……クレマチス!?」


怪訝な顔で鎧を調べていたネイは、刻まれた紋様がエドアルド唯一人に許されたものだと知り、驚愕に染まった顔でこちらを向いた。


―クレマチスと剣の柄!?

―まさか…

―ではあの鎧は!


そして、ネイの言葉が周りにいた騎士達にも聞かれると、辺りには豪雨のようなざわめきが立ち上った。

俺とパーラを覗く全員の視線がダルカンに集まり、それを待ってかダルカンは声高らかにその名を口にした。


「ふっふっふっふっふ、驚いた?そう、この鎧の主はあのエドアルド・スワイトシアス・アルコーその人だったんだよ!」

『な、なんだってー!?』


そうではないかと予想していた通り、チャスリウスに生まれてその偉業を子守歌代わりにして育ち、騎士として憧れ目指した偉大な存在の名前を聞き、一人の例外もなく全員が驚きに身を固くしていた。


エドアルドのみに許されたその精緻な紋様が刻まれた鎧は、この国の職人であれば偽物を作ることは絶対にありえず、となれば間違いなく鎧の主はエドアルドだという結論は騎士達には当然のものとして浸透していく。

同時に、エドアルドをして青風洞穴を脱出できずに命を落としたという事実が、集まった人達に衝撃を与える。


荷車には騎士達が群がり、誰もが憧れと敬意を宿した目で鎧に見とれていた。

正直、洞窟内でダルカンがエドアルドに向ける視線は少々大袈裟なのではないかと思っていたが、こうして今目の前に広がる光景を見てしまうと、むしろダルカンは控えめだったのかと思わされる。


暫く荷車に騎士達が群がっていたが、それも徐々に落ち着いていき、ネイが灼銀鉱を確認したところで、その場はお開きとなった。


ダルカンが無事に戻ってきたことで野営地には安堵感が漂っているが、中には険しい顔を浮かべている者もいる。

それはヘンドリクス配下の騎士達で、あの感じだと何かを仕掛けてきてもおかしくないが、多くの目があるこの野営地内では流石に行動は起こさないはずだ。

一応警戒だけはしておくとして、さしあたって荷車は確実に俺達の目の届くところに置いておくとしよう。








ダルカン用の天幕へと荷車ごと入った俺達に、改めてネイが労いの言葉をかけてきた。


「殿下、改めまして試しの儀を無事に終えられましたことをお喜び申し上げます。アンディ君とパーラ君も、よくぞ殿下をお守りした。…しかし、アンディ君が負傷するとは、随分強力な魔物と遭遇したな。」

「…そのことですが、先程の話ではあることが伏せられていまして。殿下、ネイさんにあのことを話してもよろしいですか?」

「そうだね、ネイには話してもいいかな。マティカ、少しの間この天幕に誰も近付けないように、外で見張ってくれるかい?」

「はっ。承知いたしました」


一礼して天幕を出ていくマティカを見送り、残ったのがネイを含めた俺達四人だけとなったところで、ダルカンが説明を始めた。

洞窟内でアンデッドとノルドオオカミに襲われたこと、三つ巴の戦闘となった際、アンデッドが正気を取り戻して俺達を助けた事、そのアンデッドがエドアルドであることを話し終えた。

途中で俺とパーラも捕捉したが、ネイには概ね正確に伝える事が出来たと思う。


全て聞いたネイは腕を組んで眉を寄せ、何やら思案にふける始めた。

常識からかなり外れた出来事だということは俺達も理解しているため、ネイが考えを整理するまでは声をかけずにただ待つことにした。


一旦休憩のためにお茶の用意でもしようかと思い始めた頃、俯き気味だった顔を上げたネイが俺達を一人ずつ見回しながら口を開いた。


「俄かには信じられない話ではあります。しかしながら、3人とも目に偽りの色はなく、さらには荒唐無稽と切って捨てるに、あの鎧など色々と証拠の品が揃っています。となれば、今のお話は真実なのでしょう。ただ、私もまさかあのエドアルド卿がアンデッドとなっているとは、少々どころか衝撃が大きすぎました」

「わかるよ、その気持ち。僕もそうだったし。穢れとは最も遠い位置にいるはずのエドアルド卿がまさか、ってね」


うんうんと頷いてネイの言葉に同意するダルカンに、ネイもまた頷きを返す。

俺とパーラには分からないが、この国の人間が持つエドアルドという人物像がアンデッドになりえないということを強く印象付けているようで、衝撃の大きさは計り知れない。


「けどエドアルド殿と話しをしたら、どうもあのニナリア殿下の遺体を守るためにアンデッドになったって感じだった。そう言うことってあるの?」


ダルカンの言う通り、明言はしていないがエドアルドはニナリアの遺体を守るという目的があってアンデッド化し、洞窟を彷徨っていたのではないかと推測している。

当の本人はよく分からないと言っており、俺達の共通認識としては、全てはニナリアへの愛だということで綺麗に話は纏まってはいたが。


「ふぅむ…そういう理由でアンデッド化するというのは寡聞にして覚えがありません。そもそも全部の死体がアンデッド化するということはなく、目的を果たすためにアンデッド化するというのはいささか賭けの要素が大きすぎるでしょうね。ましてや、アンデッドが正気を取り戻すというのは初めて聞きましたし」

「そう…」

「ただ一つだけ、もしやと考えられるものを一つだけ知っています」

『え!』


サラっと吐き出されたネイのその言葉に、俺達は揃って驚きの声を上げる。

謎だらけだったエドアルドという存在へメスを入れることが出来るかもしれないネイに、思わず期待の目を向けてしまう。

それを受け、おもむろにネイは腰に提げていた剣を抜くと、ダルカンに柄を向けて差し出し、剣先を自分の首元へと添えた。


これには見覚えがある。

洞窟内でも見た、ダルカンがエドアルドに行ったあの儀式だ。

剣の柄を差し出されたダルカンはそれを握り、困惑の表情を浮かべていたが、すぐに何かを思いついたような顔に変わった。


「まさか…」

「はい、騎士の誓い(ゲッシュ)ですよ」

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