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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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余興は続くよどこまでも

ヘンドリクスの用意した余興は貴族達にも好評で終わり、パーティもそろそろお開きかという雰囲気が出ていたところに、ナスターシャからも余興を用意してあるという発言により、広間では大勢の使用人達が忙しく動き出していく。

次々と運ばれてくる木製の板が組み合わさり、広間の中ではちょっとした大工仕事が始まっていた。


「さて、一体何が始まるのやら…」

「ナスターシャ殿下がこういった場に余興を用意するとは珍しい」

「まさか、ヘンドリクス殿下に対抗してか?だとしたらエファク殿の演奏以上のものを見せてくれると期待するぞ、私は」

「はははっ、あれ以上を?私の乏しい想像力ではあれを超えるものは思いつかんがね」


周りの貴族達は口々に、先ほど以上の余興を望んでいると話す。

その声が聞こえているはずのナスターシャは、ハードルが上がっているにも拘らず涼しい顔を崩さない。

相変わらずの表情に乏しい顔のまま、使用人たちの作業を見守っている。


全ての準備が終わり、使用人達が下がると、そこには木製の壁を四方に持つ小さな部屋が出来上がっていた。

さながら屋根のないプレハブ小屋と言った感じだ。


最後に部屋の中を見やすいようにと開放するためか、蛇腹状になったカーテンのような扉も取り付けられたそれで、これからどんな余興が行われるというのか。

周囲からの好奇に満ちた視線が集まる中、ナスターシャが優雅な足取りで小部屋の前に立ち、これまた優雅な一礼を披露してから口を開く。


「皆さま、長らくお待たせいたしました。準備が整いましたので、こちらへご注目くださいませ。こちらは何の変哲もない木の板、そしてそれで囲われた小部屋となっております。内部はこの通り…一枚の壁で区切られた小部屋が二つ連なっております。」


そう言ってナスターシャは傍に控えていた使用人に手振りで指示を出し、壁に取り付けられたカーテン状の扉を半分開放させ、まずは右側の部屋の様子を明らかにする。

外観からは長方形となっているこの部屋だが、一つの部屋の内部は正方形となっており、どうやら二つの部屋が横に並んでいるつくりとなっているらしい。


今見えている室内の壁にはなにやらレバーのようなものが複数個取り付けられいて、それらから少し離れて左の壁に、隣の部屋へと続くと思われる小さな扉もあった。


「ご覧になられているこちらの装置ですが、これは隣の部屋にあるランプとそれぞれが連動しています。どうぞ、そちらにご注目下さい」


ナスターシャの声に合わせて左側の部屋にもある蛇腹状の扉が解放されると、そこからもう一つの部屋の様子がうかがえた。

見事に左右の部屋は同じ広さ、同じつくりとなっており、唯一の違いとして壁にはランプが四つ取り付けられている。


「先程申しました通り、これらのランプは壁の向こうにあるレバーによって点灯します。ただし、どのレバーでどのランプが点くかは実際に動かすまでは分かりません。もちろん、それぞれの組み合わせの変更はこの場で簡単に行うことができます。それこそ、私でもできるほどの簡単な作業です。そこで敢えて皆様への挑戦という形で申し上げさせていただきます。そちらの部屋からこのレバーを操作し、どのランプがどのレバーと繋がっているのかを当てる、という遊びはいかがでしょうか?」


大きく両手を開いて集まった人々へ投げかけるナスターシャだが、周りの連中はこの催しの何が面白いのか疑問符を浮かべている。

仕掛けで動くレバーを知らない人間ならいざ知らず、魔道具製の証明を普通に使う貴族たちにとってはただただ明かりが点くのを眺めるというだけのつまらない遊びとしか思えないのだろう。


しかし、この反応もナスターシャは織り込み済みだったようで、軽く手を叩いて注意を集めると、詳しいルール説明が始まった。




・挑戦者はまずレバーのある部屋へと一人で入る。


・そこにそれぞれ四つずつあるレバーとランプは必ず連動しており、挑戦者はレバーをどれだけ動かしても構わない。


・どのレバーがどのランプと繋がっているのかを確かめるために、部屋同士をつなぐ扉で行き来するのに回数制限はない。


・ただし、ランプの置かれた隣の部屋へと続く扉は開けたままにしてはおけない。この扉が開くと一時的に全てのランプが消え、閉じると再び点くという仕掛けとなっている。


・それぞれのレバーとランプには番号が刻まれており、答えを言うときは、何番と何番が連動しているのかをナスターシャへと告げる。


・レバーとランプの組み合わせは一回の挑戦ごとにナスターシャが適当に変える。


・装置を故意に分解・破損させてはいけない。


・この扉を出入りする回数をどれだけ少なくしてレバーとランプの組み合わせを見つけるかを競う。


・当然ながら、扉を無視して解放されている壁の部分から出入りすることは禁止。


・最後に、あくまでも個人で競うものであるため、外部からの協力は厳禁。そして挑戦できるのは一人一回まで。




「これは面白い。こういったものは私の得意とするものだ。…少々頭が固い武官方では難しいでしょうが」

「何を言う。剣や馬ではともかく、頭の冴えはまだまだ衰えてはおらんぞ。特に、最近図に乗っとる若い者などには目に物を見せてくれよう」

「おや、もしやそれは私のことを言っているのですか?だとすれば私の方こそ、武一辺倒の者だという認識を改めさせて見せましょう」


老いも若きもナスターシャが提示したルールを聞いた途端、知恵を示すいい機会だと逸りだし、他の貴族達への煽りを込めた参戦表明がそこかしこで上がりだす。

この場にいるのはチャスリウスの貴族・官僚という、いわば国家の運営に携わる人間達だ。

個人差はあれど頭の出来は悪いはずもなく、ナスターシャの余興は見事に彼らを魅了していった。


まず意気揚々と最初に挑むのは、この場にいる多くの人間の中では大分歳の若い男性だった。

あくまでも見た目と纏う雰囲気から受ける印象だけの話だが、この男性からはあまり知性の香りというものが感じない辺り、噛ませ犬らしさが半端ない。


この問題のいいところは、何も考えなければ、レバーを一つ動かして扉をくぐってランプを確認し、また戻ってレバーを戻して次のレバーを上げてランプを確認するという作業を四回やっていけば組み合わせは判明するという点だ。

余程のアホでもない限り、この最低回数を超えてくることはない。

ただそれは当然ながら皆分かりきっていることなので、工夫をこらして回数を減らすやり方というのを考えようとする。


さらに言えば、どんな解き方をしたのかは、開放されている壁から見学者には丸見えとなっているため、最初に最短の解き方を導き出したということが何よりも尊ばれる。

同じ解き方を後からしたとしても、それは既に誰かがやったものをなぞっただけととられ、今一つ賛辞は軽くなってしまう。

なので、様子見で他の挑戦者のやり方を探るよりも、なるべく早く名乗り出て挑戦するのがよさそうだという空気がここでは出来つつあった。


最初の挑戦者というだけあって、決して奇抜なこともせず、無難に4回という回数をかけてクリアした。

この場にいる全員が考えつく答えではあったが、まず誰よりも最初に挑んだという栄誉は、この男性に対する惜しみない拍手の多さで示されることとなった。


「あぁー…三回かぁ。今のところ三回に抑えるのが限界なのかな」

「そうだな。まぁ今挑戦してるのは若いのや頭を使う仕事についていない連中ばかりだ。この後に控える方々はもう少し頭を捻ったものを見せてくれるだろうよ」


俺達の中では特に食い入るようにして余興を見守るパーラとネイがそう話し合っている。

二人共こういう頭を使うのはあまり好きそうにないイメージを持っていただけに、この食いつきようは意外だった。


「殿下、飲み物のお代わりはいかがですか?」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう、アンディ」

「いえ」


空になったグラスを受けとり、ダルカンの見る目線を俺も辿る。

ネイはともかく、パーラはダルカンの世話係としての仕事があるのだが、この通り今は俺が一人で行っている。

注意をしようかと思ったのだが、ダルカンもこの余興には興味津々であるため、好きにさせろとのことだ。


「お、二回で当てたよ、あの人」

「流石だな。あの方はジョファル伯爵と言って、4年前まで参謀職に就いていた経験がある。やはり頭の出来が他とは違う」


パーラの指さす先には、老齢の紳士が小部屋から出てくる姿があった。

周りにいる貴族達も拍手するものや歯噛みするものなど様々だが、ナスターシャが直接声をかけて褒めているあたり、最初に二回でクリアしたことは相当な名誉にあたるようだ。


その解答方法は、俺にしてみれば平凡で模範的なものだと言える。

まずレバーを二つ上げて隣の部屋へ行くと、点灯しているランプが二つ分かる。

再び戻って今度は上げていたレバーの二つのうちの一つを下げ、先ほど上げなかったレバーのうち一つを上げる。

すると隣の部屋では先程点いていた二つのランプの片方が消えるわけだが、さらに新しく点灯するランプが現れる。


つまり、最初から今まで点いているランプは初めに上げたレバーの今も上がっているものに、先程まで点いていて今消えているランプは初めに上げた二つのレバーで今は下がっている方のものに、そして先程新しく点灯したものはたった今上げたレバーに対応しており、残る一つも自動的に組み合わせが判明したというわけだ。


正直、時間さえかければこの答えにいずれはたどり着くことは可能だが、答えをはじき出した速さからあの老紳士がこの場の誰よりも頭の回転は優れていると思っていいはず。


その後も余興は続き、何人もが挑戦していったが、先のジョファル伯爵が出した2回でのクリアというレコードは破られることはない。

これだけで頭の良しあしが必ずしも決まるわけではないが、この場にいる貴族達は歴然とした格の差を味わっていることだろう。


あらかたの貴族が挑戦を終えたようで、次の挑戦者が名乗り出ることがなくなった頃、ふと思い立ったようにパーラが俺に声をかける。


「ねぇねぇ。もしもアンディが最初にあれやったらさ、何回で組み合わせ見つけられたかな?」

「それは私も気になるな。アンディ君は中々頭の巡りがいい。もしかしたら最初から二回でいけたかもしれないぞ」


ネイも横から会話に加わってきて、俺なら何回で行けたかを予想しだし、チラチラと俺を横目で見て反応を窺っているのが中々にうざかった。

俺も流石にこれで余興も終わりだと、ついパーラの言葉に応えてしまうほどに気が緩んでいたようだ。


「そうだなぁ……まぁ俺なら一回でいけるな」


この瞬間、どういうわけかまるで俺の口が開くタイミングを計っていたかのように広間を満たしていた会話と雑音が一瞬失せ、俺が言った言葉は室内へと驚くほどに響き渡っていった。


一瞬の静寂、そして巻き起こる困惑と嘲りの混ざったどよめき。


「なんだと?一回であれをやれると!?」

「馬鹿な、もう答えは出ただろう。二回以下にはならんと誰もが納得しているぞ」

「大言を吐くのもまた若さゆえよの」

「どこの家中の者だ、あの若造は」

「ダルカン殿下の配下の者では?」


ザワつく周囲の声に、俺は頭を抱えるのを我慢するのに精一杯だ。

なぜあの瞬間だけ急に音が消えたのか、まさか俺を貶めるための姦計か?

いや、俺などを構う理由がどこにある。


つまるところ、すべてはタイミングだ。

どの世界もタイミングが全てを司っていると言っても過言ではない。

たまたま俺は広間の全員が声を潜め、ナスターシャへと注目が集まる瞬間に声を上げてしまっただけだ。


注がれる周囲からの視線がまさに針の筵。

辛うじて俺がダルカンの傍に侍ているおかげでこの程度で済んでいるが、これがもしも一人だった場合、頭に血が上った貴族による無礼討ち、あるいは広間からつまみ出されていたことだろう。


「これは面白い。ダルカン、そちらの方はあなたの従者ですね?よろしければこの余興に参加していただきたいのですが、いかがでしょう?ぜひ私達にその知の一端を示してもらいたいのです」


いつの間にか俺達のすぐそばまで来ていたナスターシャがそう言ってダルカンへと視線を向けながら、意識は確実に俺の方へと向けられていた。

あの能面かと見紛うよな無表情は相変わらずだが、今のナスターシャの顔からはどこか愉悦に満ちた楽しげな雰囲気が漂っている。

どうやら俺の言葉が彼女の好奇心を刺激したようで、これは断るのは難しいかもしれないと思わせた。


「はあ、僕は構いませんが…アンディ、どうかな?姉上のお願いを聞いてくれる?」

「…殿下の仰せとあらば」

「ふふ、よかった。では部屋へと入っていただける?」


面倒くさいという思いはあるが、今のこの空気でダルカンの頼みを断るなど出来るわけがなく、刺さるような視線をなるべく意識しないようにしながら小部屋へと入る。

広く開け放たれた扉からこちらを見ている観客の視線がひしひしと感じられ、その多くがあまり好意的なものではないと分かる。


先程出された答えは、誰しもが認めるチャスリウスの頭脳とも呼べる人間の手によるものだ。

突然余興に割り込んできた形になるどこの馬の骨とも知れぬ人間に、まともな答えなど出せるわけがない、そう思っていることだろう。


本来であれば俺はただの護衛として今日を終えていたはずなのだが、ダルカンの傍に侍り、なおかつナスターシャが言い出したためにこうなったわけで、ある見方では今日の俺はついていなかったということで話を片付けてもいい。


まぁいつまでもグチグチと考え込んでいては今以上に観客から顰蹙を買いそうなので、さっさとこれを解いてしまおう。

一応ダルカン側の人間として、恥ずかしくないような結果も示す必要もあるしな。


大きく一度だけ深呼吸をし、目の前にあるレバーへと注目し、おもむろに一番と二番のレバーを上げる。

このレバーを上げると点灯、下げると消灯となるわけなのだが、すぐに隣の部屋へと向かう……ということはせず、この場所でしばらく待つ。

レバーを操作してから動こうとしない俺に、観客からはどよめきが上がり始める。


―なぜ隣へと向かわんのだ?

―何か待っているのか?

―時間稼ぎなど無意味だぞ!


もちろんちゃんと理由があってこうしているのだが、観客からしてみればただ俺が立っているのを見るだけというのは何も面白くない。

次第にざわめく声が非難の色を帯び始めたところを頃合いとし、点灯中のレバーのうち一つを下げて消し、今までノータッチだった二つのうちのレバーを一つだけ上げる。


ようやく動きを見せた俺に、騒いでいた観客も静かに見守る姿勢へと移っていた。

一通り仕込みを終え、隣の部屋へと向かうと、そこでは当然ながら二つのランプが点灯しているだけだ。

規則性のない配置のせいで、どのレバーがどのランプと繋がっているかはこの時点だとまだ完全にはわからない。


普通ならこの点灯と消灯だけで組み合わせを判断するところだが、ここで俺が取った行動は第三の選択と言っていい。


”意外!それはランプを触ること”などと、内心で呟いたり呟かなかったり。


俺のとった行動によって、収まったはずのざわめきが再び観客から沸き起こる。

これまでの挑戦者の誰もがやらなかった、点灯しているランプを触るという意外な行動に、観客が上げた声は主に困惑、そして少しばかりの唸り声だった。


この余興で用意されたランプは魔道具製のもので、実はこのタイプのものは点灯を続けると多少熱を持つという特性があった。

通常、魔石を使うランプは熱を発しないように工夫をされているのだが、この国ではランプを使う夜には気温が著しく低下するため、ランプが発熱するのはさほど困ることではなく、むしろ多少なりとも温かさを生み出してくれるので利点となる。


ナスターシャが手配したものもこの国では一般的な魔道具製のランプであるため、この特性を有しているのはすぐにわかった。

同じタイプのものを俺も所有しているしな。


さて、こうして触ってみると分かるのが、四つあるランプは見事に四つの状態へと分類することができる。


仮称ではあるが、点灯していて熱を持っているものをA、消灯してはいるが熱を持っているものをB、点灯してはいるがまだそう熱くないものをC、消灯していて熱もないものをDと呼ぶとしよう。


これらの状態から、最初に俺が操作したレバー二つのうち、最初から最後まで上げたままのレバーはA、その後に下ろしたレバーはB、そして部屋を移る直前に上げたレバーがCとなり、残りがDということになるわけだ。

見事、一度だけの部屋移動で答えはわかった。


今までの挑戦者が目で見ただけを判断材料としていたのに対し、俺はランプを触るという新しい選択肢を示したことにより観客達の動揺の声、とりわけ既に挑戦済みの人達が上げる悔し気な唸り声は少しだけ心地いい。


答えは出たので、部屋を出てナスターシャの下へと向かう。

一度レバーのある部屋へと戻り、それから扉を使って外へ出る。

瞬間、突き刺さる視線は何とも形容しがたいものだった。


大半の人間は称賛するかのような目を向けているのだが、少数派ではあるが俺を睨むものもそれなりの数がある。

主に挑戦済みの人間が睨んでいるのだが、彼らの視線の意図としては、誰もやらなかったランプを触るという行動をした俺を小狡い奴とでも思っているのだろう。


だがナスターシャの設定したルールではランプに触ってはいけないというのは一言もなかった。

分解も破損もしていないので、俺の行動は十分ルールの範疇内でのものだ。


もちろん、それは向こうもわかっており、どちらかというと暗い感情ではなく、単に悔しさから来ているものであるため、さほど深刻にとらえる必要はないだろう。

むしろ、例の元参謀だというジョファル伯爵などは楽し気な顔でこちらを見ていることから、単純に知恵を示したことによる称賛は平等に与えられるものではあるようだ。


今問題にするべきなのは、部屋を出たところを出迎えられた形になった、目の前に立つこのナスターシャへの対応だ。

驚くことに、今日初めて微笑を浮かべたナスターシャを見ることができた俺であるが、胸の内では嫌な予感を覚えている最中だ。


整った顔立ちをしているナスターシャが浮かべる微笑は、ともすれば氷の微笑とでもいえるような妖艶さがある。

だが俺からすれば、この手の人間がこういう顔をするということに警戒心を抱かずにはいられない。


この世界で出会った様々な人間の中で、とりわけ貴族などの高い身分にある人間は、いわゆる『食えない』人間が多い。

某伯爵や某宰相などが時折浮かべるあの怖い笑みと同じものを、俺は今ナスターシャから感じていた。


レバーとランプの組み合わせを、それぞれに割り当てられていた数字で告げると、ナスターシャは大きく頷いて正解だと口にした。


「素晴らしい。大変素晴らしいですね。先程ジョファル伯爵が出した結果を上回るとは、見事の一言に尽きましょう。よろしければ先程のことについての説明を頂けますか?」

「…は、勿論でございます。では順にお話しさせていただきます。まず私は用意されているランプに注目しました。あれはこの国でも広く出回っているもので―」


先程の俺のやり方を見てはいたが、ランプを触っただけでどうして分かったのかというのを理解していない人間も多く、それを見越してなのか、ナスターシャが設けた解説の時間は、俺を見る貴族達の目が輝くものへと変わるのに十分なものだった。


「―以上のように、点灯しているかいないか、さらに熱を持つかどうかで分けていくと、見事に四つが異なる状態を知らせてくれたというわけです」


―ぬぅ!その手があったか

―目だけではない、手で触って分かるものもあるというわけだ…

―あの若者……欲しい、是非我が配下にっ

―抜け駆けはなりませんぞ!

―ヒャッハー!流石アンディ!誰もやらないことを平然とやってのける!そこに痺れる憧れるぅー!


などと、多くの貴族達が裏技的な解決法を使った俺を評価するような声があちこちで上がり、これは勧誘の声がうるさくなりそうだとげんなりしてきた。

ちなみに最後の方にパーラが興奮して叫んでいたが、周りの声に埋もれてさほど目立たなかったのは幸いだ。

こういった場ではしゃいで大声を上げるとは、後で説教してやる。


「…この余興を考えた身としては、なにやら裏をかかれたような気分ですが、それもまた面白いものです。惜しむらくは我が国の人間ではないということですが、そのおかげで試しの儀にてダルカンを助けられると思えば僥倖でしょう。ダルカン、よき知謀を得ましたね。大事にするのですよ」

「はい!ありがとうございます、姉上」


俺を褒めるとともにダルカンへもそう声をかけたナスターシャに続き、周りで見ていた人達からも拍手が鳴り出す。

どうやらナスターシャが先陣を切って俺を褒めたことで、誰憚ることなく称賛を贈れると判断したらしく、徐々に拍手の手は増えていき、最終的には広間中から拍手と歓声が沸き起こることとなった。


多くはダルカンを称えるものではあるが、俺個人を指した称賛もそこそこの数が投げかけられ、ついさっきまでとはまるで扱いの変わったことへの妙な照れのようなものを覚える。

そんな中、ナスターシャが傍をすれ違いざま、僅かに歩みを緩めて俺にだけ聞こえるような声で話しかけてきた。


「出来れば貴方とはゆっくりとお話をしたいと思っています。明日、お茶のお誘いをさせていただきたいと思っていますので、よしなに」


返事を待たずに去っていくその背中を見るが、一度もこちらを振り向かないで広間を出ていってしまった。

俺が断るとは思っていないのか、あるいは断ったところで強引にでも呼び出すつもりなのか。

恐らくは後者だと思うが、俺としてもナスターシャ個人と話してみたいと思っていはいたので、この誘いは受けるつもりだ。


ナスターシャがいなくなってからは俺と話そうとする人達がダルカンの下へと群がり始め、夜会が始まったころよりも明らかに増えたご機嫌伺いに加え、遠回しに俺を引き抜きにかかってくるのをいなしつつ、ようやく夜会は終わりを迎える。

ダルカンと共に広間を去り、適当な部屋で一息をついていると、少し遅れてドレス姿のままのネイも合流した。


「大変だったな、アンディ君。まさかジョファル伯爵が君を養子にと言い出すとは、随分買われたもんだ。どうだ、チャスリウスの貴族として生きてみるかね?」


笑いをこらえながら心にもないことを言うネイだが、俺としては助け舟の一つでも欲しかったところだ。


「勘弁してください。俺は貴族なんて性に合いませんから。それにジョファル伯爵も半分冗談で言ったようなもんでしょう」

「そうかな?私はかなり本気だったと見たがね」


確かに、話しかけてきた貴族連中の中ではあのジョファル伯爵がしつこかったが、それでも周りの貴族連中が向けてくる鋭い視線の中で養子縁組の話など受けられるわけがない。

ダルカンをだしにして何とか断ったが、あの後はジョファル伯爵のせいで養子や婿にという話が立て続けに飛び出したのには参った。

避難するように広間を後にしなければ、恐らくまだまだ勧誘は続いていたことだろう。


「そういえばナスターシャ殿下が俺をお茶に誘うって言ってきたんですが、どうしましょう?」

「姉上が?どうって…行けばいいと思うけど」

「…いいのですか?言ってはなんですが、敵対しているかもしれない相手ですよ」

「ううん、今日姉上と少しだけ話したけど、昔と何も変わってなかった。ぶっきらぼうだけど、優しいままの姉上だよ。きっと悪いようにはならないと思うから、お茶を楽しんでくるといいよ」


色々と王宮がきな臭い中、ナスターシャと満足に話をする機会もなかったダルカンにとって、今夜の晩餐会はナスターシャが何も変わっていなかったことを知ることができたいい機会となったことだろう。

まだ世慣れていないということもあるだろうが、こうして俺がナスターシャの誘いを受けることを警戒していないというのは、果たしていいことなのか。


「アンディ君、気を付けるんだぞ。もしナスターシャ殿下がお茶の席で君を自陣営へと引き抜こうとしていると感じたら、すぐに逃げるんだ」

「いや、お茶に誘ってわざわざそんな警戒されるようなことしますかね?」

「ナスターシャ殿下ならやりかねん。あの方はとにかく頭が切れる。どんな手を使ってくるか分かったもんじゃない」


ダルカンと話すナスターシャを見ていないネイは未だ警戒心を抱いたままであり、これもまた王族に仕える騎士としては正しい姿だが、まぁ俺自身、誘いには乗る気もないのであまり心配はしないでほしい。

しかし不思議なのは、ネイがナスターシャの話になると、妙に感情の籠った言動が多くなる気がする。


もしかして個人的にナスターシャとの間に何かあるのか?

感情的になるネイよりも、冷静に話を聞けそうなナスターシャにその辺りを聞いてみるのもいいかもしれない。


「さて、今夜はもう遅いし、アンディ達は城に泊まっていくといいよ。部屋を用意させよう」

『ありがとうございます、殿下』


なんだかんだと今日は疲れる一日となってしまい、ダルカンの申し出は有難く頂戴することにした。

よく考えたら城に泊まるのはこれが初めてなのだが、特に大した感慨も抱かない辺り、今日の出来事がいかに濃いものだったかがよく分かる。


明日はナスターシャとの茶会もあることだし、だらだらと起きていないでさっさと眠ってしまおう。

向こうが何か企みがあったとして、疲れたままでは何もできない。

しっかり疲れをとって、明日に備えるとしよう。

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