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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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晩餐会はつつがなく

晩餐会が始まってからそこそこの時間が経った。

従者として参加している俺達にもダルカン達と変わりない食事が用意され、初めて食べるチャスリウスの宮廷料理というものに舌鼓を打つ。


この国は海産物がとにかく貴重で、魚介類と言えば湖や川でとれたものが主になる。

肉とは違う味わいを喜ぶ貴族達にとって、淡水魚を使った料理というのは特に好まれているらしく、魚料理が運び込まれる度に会場で起こる反応にそれが顕著に表れる。


泥臭さが全くないナマズっぽい魚や、硬さが見事にほぐされた巨大なタニシを使った料理は俺も十分に楽しめた。

川でとれたものとなれば寄生虫などの怖さはあったが、どれもきちんと加熱処理がされているようで、その辺りの心配は杞憂に終わる。


俺も中々現金なもので、始まりの頃に感じていたイラつきもうまいものを食べると気分がよくなっていくものだ。

次々と出される皿を味わいながら、本来の役目であるダルカンに気を配るのも忘れない。


他の貴族達は料理の感想や近況などを和やかに話している中、この兄妹は3人仲良く談笑しながらという風な食事とはなっていない。

ヘンドリクスは食事よりも酒をガパガパと飲んでおり、他の二人には目もくれていない。

ナスターシャの方はただ静かに料理を口に運んでおり、旨いとかまずいとかの反応を全くしないので機嫌がいいのか悪いのかよく分からない。


そんな上の兄妹を時折横目で見るダルカンは、話しかけようとして諦めるというのを何度も繰り返しているように感じる。

色々と酷いことをしてくる上の兄妹達だが、ダルカンにとっては血のつながった兄妹であるため、こうした場面で話をしたいという思いを抱くのは、彼の年齢からすれば当然なことだ。

ヘンドリクスの方は話しかけたとしても無視されそうだし、ナスターシャの方はそもそも声をかけるのを躊躇われるほどの無機質な表情が二の足を踏ませているのだろう。


口を開きかけて閉じ、料理を少し食べたらまた話しかけようと口を開いて閉じる。

そんなことを何度か繰り返すせいで、ダルカンの食事のペースはかなり遅くなっていた。

するとそれに気付いたからか、おもむろにナスターシャがダルカンに声をかけた。


「ダルカン、食事中にあまり人の顔を見つめるものではありません。王族とは食事をも優雅なものとしなければならないと心得なさい」

「えっ…あ、はい、ごめんなさい…」


突然かけられた声に驚いたダルカンだったが、姉から受けた注意をしっかりと受け止めたようで、料理を食べるペースが少しだけ変わる。

今交わされた会話を聞いて、俺はナスターシャへと抱いていた印象を少しだけ修正することになった。


ナスターシャ個人の纏う硬質な雰囲気と感情が希薄な口調と相まってあたかもダルカンが叱責を受けたように思うだろうが、俺の認識は少し異なる。

この場面でダルカンの無礼を口にするなら、もっと周りの注目が集まっているタイミングを狙うはず。

その方がダルカンが王位に就くことの瑕疵となりやすいからだ。


だが今ナスターシャが辛うじて近くにいた俺達の耳で捉えられる程度の声量で話したということを考えれば、ダルカンにだけ向けて話す、姉としての優しさがそこにはあるように思える。

人伝ではあるが聞いていたナスターシャの性格を考えると、感情の起伏が分かりにくい人間だというのは予想していたが、どうもダルカンに対する感情は親愛が寄り添っているようにしか感じない。


もしかしたらナスターシャはダルカンの敵ではないのか?

あるいは、そう思わせるのすらも遠大な策のうちだとでもいうのであれば、敵に回すには格が違いすぎる。

見極めるために差しで話せればいいが、いきなり持ち掛けても警戒されそうだし、ダルカンのコネを頼るには少し宮廷内の情勢がうるさい。


そんなわけでこのやりとりは『ナスターシャってもしかして弟思いじゃね?』というものを俺の頭の中に残し、晩餐会における一つの収穫となるやもしれぬ出来事となった。

心なしか、この後はナスターシャが纏う空気も柔らかくなった様に感じられ、傍にいるダルカンもなんだか嬉し気な顔を浮かべていたのは印象に残っている。


晩餐会はいよいよ最後の一皿が残されるのみとなった。

コース料理仕立てで供された料理の締めを飾るものと言えば、やはりデザートだ。

この国は酪農も盛んであるため、チーズやバターもそれなりに出回っており、それらを使ったデザートと言えばやはりケーキなんかを期待してしまう。


しかし運ばれてきた皿は少々期待外れな料理だった。

砂糖漬けの果物をバターで和え、それを乗っけたクラッカーという、俺の知識にあるフィンガーフードに近いものが皿にいくつか乗っているだけ。

貴族らしい上品さと言えなくもないが、もっとバターや生クリームを使ったコッテリしたデザートの方が俺は嬉しい。


まぁこれを見る限りではバターはともかく、生クリームは存在していないようなので、今の世界ではこれが精一杯といったところなのだろう。

味も悪いものではないが、どこかおもちゃっぽい味とでも言うべきか、まだまだ改良・進化の余地はありそうだ。


「アンディ、これ美味しすぎない?なんだろう、ただ甘いんじゃなくて全体がまったりとした柔らかい味で包まれてる感じがする!」

デザートを食べて目を輝かせているパーラが、小声で感動を叫ぶという器用なことをしている。


「それはバターの効果だ。その果物にまとわりついてる白っぽいやつな。前に牛乳を飲んだだろ?その牛乳からバターは作られる。んで、そのバターがこの数種類の果物を纏めてるんだろうよ」

「へぇ、バターか…。ねぇ、これって私達でも手に入るかな?」

「確かどっかの商会が専門で扱ってるって聞いたな。結構値が張るらしいけど買えないことはない」


元々牛乳自体がチャスリウスの特産のようなものなので、バターもそれなりに作られている。

主に採取された生乳はチーズへと加工されるため、バターの方は生産量があまりない。

そのせいで値も張る品となっているのだが、買っておきたいものではある。

パーラも気に入っているようだし、後で料理長に商会への繋ぎを頼んでみよう。


デザートを平らげ、晩餐会もこれで終わりとなるのだが、貴族が集まっている夜会というものは食事が終わったら解散というものではない。

この後はテーブルを片付けた広間で貴族達の交流する場が設けられる。


ヘンドリクス達王族もこれには参加するので、俺とパーラも引き続きダルカンと共に参加する。

一旦別室で待たされ、再び足を踏み入れた広間はその様相を一変させていた。


先程まで煌々としていた明かりは淡い黄色の薄い布で囲われており、白い光が暖色へと変えられて広間を照らす場所は、昼遅い時間帯のまどろむ様な落ち着きがある。

さらに広間の壁には赤い幕が張られており、それがまた何とも言えない重厚感を醸し出し、貴族のパーティとしての格調高さは損なわれていない。

体感で一時間も経たずにこうまで様変わりするのは、王族が参加するパーティならではの力の入れようからか。


酒や軽食を出される場ではあるが、メインは貴族同士の交流なので、料理や酒が載ったテーブルは壁際へと置かれ、室内中央には多くの貴族達が談笑する姿が見られた。

貴族家の当主同士、互いの領地に関する情報をやり取りしつつ、自分へ有利に働く何かを手に入れようとする貪欲なものを感じられる辺り、こういう社交の場には相当図太い神経が必要なのかもしれない。


先に広間へと入っていたヘンドリクスとナスターシャは既に結構な数の人間に囲まれており、恐らくあの周りにいる連中は自分達の派閥や親しくしている貴族なのだろうと推測する。

和やかに談笑してはいるが、相手の派閥の人間を気にしているのは目線の動きや表情の不自然さで離れている俺でもわかるぐらいだ。


一番遅れて入室したダルカンだったが、やはり色々と打算が働いているのか、すぐに傍にいた貴族達から声をかけられる。

あまりこういった夜会に参加してこなかったダルカンに、まずは顔と名前を覚えてもらおうとする人間が多く、群がるように近づいてくるのを俺とパーラはダルカンの横に立って警戒することになる。

直接害することはもちろん、子供と侮ってダルカンに不利な言質を取らせようとするのを阻止するのも俺達の仕事だ。

もちろん、政治的なセンスに長けていない俺達にはわからないこともあるので、少し離れてマティカもこちらの様子を窺っている。


このダルカンに挨拶をする人間も二通りに分かれる。

あくまでも王族であるダルカンへの挨拶として、必要以上に会話を交わさずに社交辞令だけで済ませる人間。

積極的に名前と顔を覚えてもらい、自分の娘をダルカンの許嫁にと売り込む人間。


前者は分かりやすい。

試しの儀でダルカンが無事に帰ってこないと見越して、ヘンドリクスやナスターシャに近付くことを考えての行動だ。

王から後継者指名を受けていたとしても、生きて帰ってこないのであれば仲良くする必要はない。

それよりは将来的に王となる可能性が高い二人の王族に媚を売っておきたいというのは分かりたくはないが理解できる。


一方の後者、こちらはどういう目論見なのかよくわからない。

確かに王位継承権の序列を無視できる試しの儀をクリアすればダルカンの玉座は確定したも同然だ。

だがそれ以上に失敗するという可能性のほうが高いのに、彼らは自分の娘を使ってまでダルカンにすり寄っている。

もしかしたらダルカンに賭けるだけの何かを彼らは確信しているのかもしれない。


「こんばんは、殿下」


そう声をかけてきたのは、貴族の令嬢としてはこの場でもかなり美人であると言える人間で、俺達のよく知る人物でもあった。


静々とした歩みながら、ピンとした背筋で身長の高さが強調され、凛とした雰囲気が他の女性達とは明らかに違うその貴婦人は、遠目ですでに気付いていたがドレス姿のネイだった。

普段見慣れた騎士らしい格好と違い、今夜のネイはフォルムがシャープなワインレッドのドレスを身に纏い、短い銀髪に白い花を模した飾りがつけられた姿は、紛う方なき貴族の女性そのものであった。


「やぁ、ネイ。いつもの恰好も勇ましくて似合っているけど、そのドレスも似合っているよ。その色は確かアジュアン染めだったかな?」

「はい、私の母が手配したものでして、確かにアジュアン染めのドレスです。…しかし私はやはりドレス姿など好きになれません。とくにスカートなど動きづらいものを好んで履く人間の神経を疑います」


普段から顔を合わせているとはいえ、ユーイ家の人間として夜会に参加したネイに対してまずはドレスを褒めることから入るという、貴族の男性としては基本的な礼儀を欠かさないあたり、ダルカンも挨拶にすっかり慣れたようだ。


「ふふっ、ここは夜会だよ?ドレスが動きづらいなんて気にしてるのは君くらいさ」

「あら、私は女であるとともに騎士でもありますから、いざという時の動きづらさは当然の心配ごとでしょう」


多少女らしい口調ではあるが、飛び出す言葉はまさに女傑と言って差し支えないほどに気の強さがにじみ出ている。

その辺りを突っ込まない辺り、ダルカンの器も相当でかいと思うが、かといって俺から言う気もない。


「二人共、ダルカン様の警護役は立派に勤めているようだな。晩さん会の時は私も離れたところから見ていたぞ」


そう俺とパーラへと言葉をかけて来たネイの口調は普段のものだった。

どうやら今度は騎士としてのネイが尋ねているようだ。


「はあ、立派に勤めたと言われても、特に何も起きなかったので普通に食事をしただけなんですが」

「それでも常にダルカン様へ意識を向けていたのは私も気づいていたぞ。何もなかったのだからそれでいいし、何かあったら君達が動いてくれるという安心感があったからこそ私も食事を味わえたのだ」

「そういうものですか」


当然ながら俺達からは分からなかったが、ネイはこちらをしっかりと見ていたようで、特に何もしていなかった俺達をこうして労われてしまうと何も言えなくなってしまった。

まぁネイの言う通り、何も起きなかったのだからそれでいいというのは確かにその通りではある。


「それにしてもパーラ君のそのドレス、中々似合っているじゃないか。どこかの貴族のお嬢様と言われたら信じてしまいそうだよ」

「え~?そう?でもネイさんだって綺麗だよ。赤いドレスってやっぱり大人の女、って感じがして憧れちゃう」

「私は普段から男と変わらない服を着ているから尚更だろう?はははは」


お互いのドレス姿を褒めつつ笑いあうパーラとネイに、俺とダルカンは少し距離を置いて見守る。

特に深い理由はないが、女同士のこういう会話にはどうしても男は入りにくいものだ。


「殿下、何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」

「うん、お願いしようかな」


とりあえず先ほどまで多くの貴族と会話をしていたダルカンに何か飲み物をと思い、お盆を手に歩き回っているレプタントからノンアルコールのものを受け取ってダルカンへ手渡す。

するとその時、広間に手を叩く音が響き渡った。

音の主はヘンドリクスだ。


「諸君、パーティは楽しんでくれているか?晩餐会に引き続き、食事と酒は皆を満足させられるものを用意したつもりだ。さて、そろそろ歓談も一息つく頃だろうと思い、余興を用意した」


一段高くなっている場所でそう声を上げたヘンドリクスが手振りで合図を送ると扉の一つが開かれ、そこから数人の人間が姿を現した。

彼らはヘンドリクスの下へと歩いていくと、膝をついて挨拶と招待の礼を口にする。

先頭にいる老婆の姿は、少し離れた場所にいる俺にもはっきりと見え、意外な人物の登場に思わず目を見開いてしまう。


「アンディ、あれってエファクお婆ちゃんじゃない?」

「ああ、間違いない。まさか余興ってのはマンドリンの伴奏で歌うあれか?」

「だと思う。ほら、あそこの後ろにいる女の人、確かお婆ちゃんのところに最近弟子入りしたって人だよ」


声を潜めてパーラと確認してみると、やはり俺の見間違いなどではなく、エファクが余興としてヘンドリクスに呼ばれたのだと分かった。

年の頃は15・6といった感じの女性がエファクの後ろについて歩いている。

俺も噂程度でしか耳にしていないが、俺とパーラがエファクのところにあまり顔を出せなくなったのとほぼ同じ時期に、歌い手として弟子をとったとは聞いていた。

この場にエファクとともにいるということは、あの女性がそうだということだろう。


「なんだ、二人共エファク殿を知っているのか?」

「え、ネイさんも知ってるんですか?」

「エファクなら僕も知ってるよ。父上が臥せる前までは、よく城に来て演奏をしてくれていたもの」


ネイだけでなくダルカンもエファクを知っているという事実に少なからず驚く。

確かにエファクからは昔は楽師として城に招かれていたと聞いていたが、あの言い方では城に呼ばれなくなってからもう随分経っているという感じだった。

となると、そこは老人特有の時間のズレとでもいうべきか、勝手に言葉の雰囲気で判断していた俺が悪いのか、いずれにしてもこの場にいる人間はエファクを知っているのがほとんどだと見ていいらしい。


「俺達はここに来てすぐに、大道芸人の集まる例の広場でエファクの婆さんと知り合ったんですよ」

「ほう、あの日か。…しかし、エファク殿を呼ぶとは、ヘンドリクス殿下も余興としては無難なものを選ばれたな」

「確かにね。珍しいものが好きな兄上ならもっと他の変わったものを選びそうだ」


楽師としてのエファクを知っているネイとダルカンは、ヘンドリクスがごくごく普通の余興を用意したことを不思議そうにしていたが、俺とパーラはそれを聞いてヘンドリクスだからこそエファクをこの場に呼んだのかと思い至った。


「いえ、恐らくは普通の演奏を聴かせるために呼んだのではなさそうです」

「…どういうことだ、アンディ君」

「最近、城下ではマンドリンの音楽に合わせて歌う見世物が流行りつつあります。恐らくはどこかでそれを聞きつけたヘンドリクス殿下が、噂の元を辿ってエファク殿をこうして呼び寄せたのでしょう」


一応その流行りが始まったのには俺とパーラも多少関りはあるが、今この場では言う必要はないので省く。


「へぇ、そんなものが流行ってるんだ。でも、楽器に合わせて歌うって、歌劇と同じじゃないの?そんなものはここにいる貴族には珍しくないと思うけど」

「いえ、殿下。歌劇とは違い、劇場などではなくその場で楽器の演奏だけで歌うという点に特徴があります。これによって、聴衆と歌い手の距離が近いものになり、より肌で歌を感じられるというわけです」


それに加えて俺達の影響か、最近の城下ではこれまでチャスリウスで歌われてきたものとは違う、どこか軽いメロディーが多用される曲が増えてきていることもあり、腰を据えて耳を傾けるというよりはカジュアルに聞くというスタイルが出来つつあるのもまた受けている一因だと思う。


そうしているとエファクと何人かがマンドリンの音を合わせ始める音が聞こえてきた。

エファクを招聘したヘンドリクスをはじめ、聴衆となる貴族達もその周りに円を描くように集まりだす。

俺達もその円の一番内側へと立ち、始まるのを待つ。


周りにいる貴族達は、ヘンドリクスにしては平凡な催しだということに安堵したり落胆したりと様々だが、期待値は低いというのだけは分かった。

だがそれも演奏が始まると一変する。


エファクが奏でるマンドリンとそれを追う伴奏が重なり、バラード調のメロディーが辺りへと響いていく。

耳馴染みのない曲調に、貴族達は一気にエファク達の演奏へと興味を抱き、一瞬悲しげな曲かと思わせてその実、伴奏のマンドリンが全体の雰囲気を穏やかで明るいものへと押し上げていくのは、聴衆をあっという間に惹き込んでいった。


ある程度前奏で曲に興味を持たれたところで女性が歌いだすと、その透明感のある歌声と高い天井にまで届くような伸びのある声量が曲との見事な調和を示す。

流石エファクが弟子として受け入れただけあって歌唱力はかなりのものではなかろうか。

歌詞ではチャスリウスの風景を称え、そこに暮らす人々が愛しいと歌う、まさに王族のいる場にはうってつけの曲だ。


周りで聞いている人間も、最初は驚いたような反応を示したが、歌詞を曲で噛み砕いて頭に浸透していくと、穏やかな顔で耳を傾ける姿がそこかしこで見られた。

中には目に涙を浮かべている者もおり、俺には分からない、この国の人間ならではの思いをこの曲から受け取ったようだった。


イントロ・Aメロ・Bメロ・サビと、構成は俺がエファクに伝えたものを踏襲しており、俺の耳にも馴染みのある曲調で演奏は進み、アウトロまでしっかりと歌い終わると、辺りからは豪雨のような拍手が巻き起こった。

歌劇で耳の肥えている貴族がこの反応をしたということで、エファク達も顔を見合わせて笑顔を浮かべていた。

そんなエファク達にヘンドリクスが一歩近づき、満足げな顔で声をかける。


「よいものを聞かせてもらった。我が国の素晴らしさを改めて思い知らされたぞ」

「恐れ入ります」

「どうだ、今一度城の楽師に戻っては来ないか?今日のような新しい音楽を宮廷に齎してくれ。待遇は前以上のものを用意させるぞ」

「ほっほっほっほ、お戯れを。老い先短い身に城仕えなど、若い者の邪魔にしかなりませぬ。どうかそのお言葉はお収めくだされ」

「…まぁよかろう。褒美を遣わすゆえ、帰りにでも受け取っていけ」

「ありがたく頂戴いたします」


ヘンドリクスが楽師として迎え入れるのを断られて一瞬不機嫌そうな顔を浮かべたが、周りの目がある中ではそれ以上しつこく言うのを諦め、エファクを下がらせようと手を振る。

礼を言ってその場を去ろうとするエファクだったが、途中でダルカンと一緒にいる俺と目が合い、驚きに目を見開いた後、こちらへと近づいてきた。


「お久しゅうございます、ダルカン殿下。ご壮健であられるようで何よりでございます」

「うん、エファクも元気そうだね。さっきの曲、すごくよかったよ。あぁ、そうだ。聞いたよ、アンディ達と知り合いなんだって?」

「はい、そのことで厚かましくも殿下へとお声をかけさせていただきました。少々アンディ達と話をさせていただいてもよろしいですかな?」

「もちろん、構わないよ」


礼儀としてまずダルカンに声をかけ、それから俺達へと声をかけてきた辺り、やはり元城仕えのエファクはこういう場での作法も心得ているということだろう。


「二人とも、最近姿を見かけないと思ったらダルカン殿下に仕えていたんだねぇ。冒険者から殿下の傍仕えに大出世とは、婆は嬉しいよ」

「いや、違うよお婆ちゃん。私達はネイさんからの依頼でダルカン殿下の護衛をしているだけだよ。そういう出世とかじゃないから」

「おや、そうなのかい?お前達ならあり得ると思ったんだけど、早とちりだったかねぇ」


確かに最近はダルカンの傍にいることが多く、エファクのところに顔を出すことはなかったため、こうして城のパーティで俺達を見たらそう考えることはそうおかしなことではない。

マンドリンの師匠であるエファクではあるが、それと同時に俺とパーラには孫のように接することが多く、さっきの言葉は純粋に俺達の出世を喜んでのものであるとわかるため、どうにもくすぐったい。


「そういえば婆さん、さっき歌ってた人って歌い手で弟子にしたって人か?」

「そうだよ。まぁ弟子というか、あの子は私のひ孫でね。楽器の方はてんでダメだけど、歌はあの通りかなりのもんだ」

「へぇ~…なんかあの人、私のこと睨んでない?」


エファクのひ孫と紹介された女性は、場が場なのではっきりとではないが、それでもいい感情を抱いていないという顔で確かにパーラを見ていた。


「ほっほっほっほ、あの子はパーラの歌声を聞いていなくてね。それで私の弟子になってからは周りにパーラと比べられてるんであんまりよく思っていないのさ」

「えぇー…それ、私じゃなくってその周りの人のせいじゃん」

「まぁ今はあの子もパーラをそういう風に見てるけど、経験を積めばもうちょっと柔らかくなるさ。いっそ、あんたの歌声をあの子に聞かせるってのが手っ取り早いがね」


そうは言うが、俺とパーラも実はここ最近は色々と忙しい。

試しの儀に備えて色々と動き回っているし、ネイとマティカがいないときなどはダルカンの護衛陣に加わることもある。

正直、一冒険者に任せる仕事としてはかなり重要なものを回されており、城を抜け出す時間はほとんどないのだ。

なのでエファクのひ孫に関しては暫くパーラをライバル視してもらい、成長を見守っていくしかない。


ヘンドリクスに招かれたエファクがいつまでもダルカンと話し続けるわけにはいかず、最後にナスターシャへと挨拶をしてからエファク一行は広間を後にした。

順番的に挨拶が最後となったナスターシャだが、エファクとは敬意を払った話し方をしており、特に順番で思うところはないようなのだが、ヘンドリクスが俺達を怖い顔で見ているのに気づく。


あの表情を分析するに、自分が呼んだ楽師がダルカン(と縁の深い人間)と親しげに話しているのがムカつくといったところだろう。

ダルカンのための催しであるこのパーティにおいて、不愉快だと騒ぎ立てるわけにはいかないため、ああして睨みつけてくるにとどめているが、なんとも器の小さい男だ。


少々ヘンドリクスから不興を買った形になったが、この流れでパーティが終わるのであれば無事に試しの儀へ臨めると一安心できたのだが、中々そうはいかないらしい。

エファクが去り、広間の扉が閉められたと同時に、今度はナスターシャが広間中へ向けて声を上げた。


「お兄様、素晴らしい余興でしたわ。わたくし、あまりの素晴らしさで感激に身を震わせるのをこらえるので精いっぱいです。あれほどの後では霞んでしまうとは重々承知でありながら、どうかわたくしの用意した余興も皆さまにお楽しみいただきたく思います」


一難去ってまた一難、とはさすがに言いすぎかもしれないが、俺の中では警戒すべきかどうかいまいち読み切れない人物が持ち込んだ余興に、警戒せずにいられるほど俺はのんきしていない。

緩みかけた気持ちを再び締め、まだ終わらない夜へと臨む自分を鼓舞する。

出来ることなら、エファクの演奏のように穏やかなものだと嬉しいのだが、果たしてどうだろうか。

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