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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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バンバンバンバン晩餐会

ダルカンの受ける試しの儀は青風洞穴へ向かい灼銀鉱を手に入れて来ることで正式に決まった。

あまりにも過酷な試練に立ち向かう幼い王子に同情の声も周囲から当然上がったが、それもヘンドリクスとナスターシャの息のかかった貴族達が囃し立てる王たる者云々という声が大きくなっていくと、次第に風向きは試しの儀を受け入れる方向へと変わっていった。


少しでも儀式の難易度を下げようと動いていたネイだったが、結果はほとんど好転ぜずといった感じだ。

ダルカンの護衛にネイ達チャスリウスの騎士の同行を特例的に認めてもらうことを働きかけてはみたものの、やはり儀式における決まり事を変えるのは許されないと一蹴されたそうだ。


元々ダルカン自身がまだ幼いということもあって派閥というものを持っておらず、こういう何かを決める話し合いでは直接的に意見を届けるのが難しかった。

それを見越して試しの儀という話が持ち上がったところもあるのだろう。


そもそもダルカンが次期国王に指名されたせいでこういう面倒な事態が生まれたとも言える。

死にかけた王が周囲に諭されて後継者を定めたとは聞いていたが、それなら同時に後見人も指名してくれていればダルカンが直接命の危険にさらされることはなかったはずだ。


まぁ今更あれこれ言ってもしょうがないし、決まったことを覆すことができないのはネイがこぼした愚痴で完全に理解できている。

俺とパーラは当初の予定通り、この試しの儀に向かうダルカンの護衛という役を負うことになり、当然ながら青風洞穴へ共に乗り込むことになる。


ネイとマティカの助言で色々と準備を進め、来る日に備えておく。

さしあたってまず欲しいのは洞窟内の見取り図だ。

未だ全容解明に至っていないとはいえ、過去に行われた調査によって洞窟内の情報はある程度揃っており、灼銀鉱の鉱脈の位置もいくつか載った地図を手配してもらった。


内部に生息する魔物の種類や対処法など、知るべきことは山ほどあるが、俺が何よりも気にしているのは食料に関してだ。

青風洞穴は自然にできたと思われている洞窟であり、内部は人が快適に過ごせるような環境だとは到底言えない。

持ち込める物資も限られるという話に、食料も保存食を中心として揃えることになる。


そこで大事になるのは洞窟内に生息する食用に向いた生物だ。

食材を現地調達出来るなら、持ち込む荷物を調味料に絞ることで、かなり少なくできる。


ちなみに俺達の仕事にはダルカンの食事の用意も含まれているため、王族の口に下手なものは食べさせられない。

なので、洞窟内の生物に関してはネイとしっかり話し合っている。


「こいつとこいつ、それとこいつはだめだ。似たような種類に毒を持っているやつがいた。万が一を考えてダルカン様に食べさせないように注意してくれ」


もうすっかり馴染みとなった庭園のテーブルに広げられた魔物の絵姿の書かれた書類を、ネイが一つ一つ指差しをしていく。

教えられた3種類の魔物はどれも平地でよく見かける動物と似たフォルムをしているが、それぞれに特徴的な部位があるおかげで、洞窟内で遭遇しても間違えることはないだろう。


「わかりました。…しかしそうなると、食べられるものは2種類の魔物だけになってしまいますね」

「それとコケ類だな。この3つ以外は手を出すんじゃないぞ。ダルカン様はもちろん、護衛役の君達まで倒れたら全滅は免れん」


青風洞穴に入るのは俺達3人だけだ。

その中で戦闘を行えるのは俺とパーラの二人だけなので、どちらか一人が倒れるだけでダルカンの命は危険に晒されてしまう。

こうなると保存食でもいいから食料を持ち込むことは理に適っていることがわかる。


まだ幼い王子の護衛に食事にもと気を配る必要がある以上、どちらかに力を注ぐのかとなると比べる必要もないだろう。

『命を大事に』はどの世界も一緒だ。

過酷な状況でもうまい飯を食うのがモットーな俺だが、今回は安全をとって信念を曲げることになるかもしれない。


「そういえば今日は殿下はどちらに?」


朝方から城に来ているが、いつもいる庭園にも姿を見かけなかったとなると勉強の時間だろうか?

今はまだ違うとはいえ、次代の王として学ぶことは山のようにある身だ。

試しの儀という大仕事が控えているからこそ、ここ数日は忙しそうにしていた。


「今は確か剣術の訓練をしている頃だろう。青風洞穴に向かうことが決まってからは、身を守る剣術の方に時間を割いてもらっている」

「へぇ、王族でも剣術を習うものなんですね。てっきり守られてるからいらないと思ってましたよ」

「いやいや、剣術は貴族の嗜みのようなものだ。普段から守られているとはいえ、いざというときには護衛が駆け付けるまでの時間を稼ぐ程度に剣は使えるようにしておくのさ」


最低限、短時間身を守るだけの実力があればいいとはいえ、あの年齢で剣を習う必要がある貴族の子供というのも大変だな。

しかもダルカンは魔物の棲む洞窟へこれから赴くのだから、恐らく今頃は対人よりも対魔物へと切り替えた訓練をしているのかもしれない。


「こんなことは言いたくないが、君とパーラ君の命よりもダルカン様の生存のほうが優先される。もし試練の続行が不可能だと判断したら、たとえ君達が命を落とすことになろうともダルカン様だけは生還させることを考えてほしい」

「もちろんです。俺達は冒険者として依頼を受けた以上、護衛対象の命だけは何としても守りますよ」

「うむ。…すまんな、ダルカン様の近衛役としてはこう言わないわけにはいかんのだ。もちろん君達も無事に帰ってくるのが一番だ。無事を祈らせてくれ」


意外とはっきりと言うネイだが、これはあくまでもネイの立場上言っておく必要があることであり、本心では全員無事の帰還を願っていると俺にもわかる。


「あぁそうだ、今夜の晩餐会の支度は済んでいるかい?」

「あれですか…。正直、まだ気乗りはしないんですがね」


神妙な表情から一転、気楽な雰囲気に変わったネイの口から出たのは、今夜開かれる晩餐会に関してのものだった。

実は試しの儀の内容が決定したのと同時に、試練に臨むダルカンを激励するという名目で、大勢の貴族を集めての晩餐会が開かれることが決まっていた。


大物貴族のほとんどに、ヘンドリクスとナスターシャも参加するということで、ここ数年で一番の規模となる晩餐会が予定されている。

そんな晩餐会に、なんと俺とパーラが参加することになってしまった。


きっかけは些細なことだ。

普通に城に顔を出して、ダルカンとパーラの3人で普通のお茶をしている時にダルカンが晩餐会の話をしだし、初めて出席する大勢の貴族がいる晩餐会に不安を口にしていたので、何となしに俺とパーラが一緒にいければとそう口にした。

すると次の日、城に行くとマティカから俺とパーラにダルカンの護衛兼世話係として晩餐会への参加を要請された。


ダルカンから言い出したのか、それとも俺達の会話を誰かが聞いて忖度がなされたのかわからないが、こうして俺とパーラは平民の身でありながら、貴族が犇めく晩餐会へと乗り込むことになったわけだ。

俺達が一緒ということでダルカンの安心した顔が見れたので、全く悪いことだとは思わないが、それでも貴族の催しに参加することが気持ち的に楽になるわけではないので、こうして未だに気乗りはしないままだ。


「まぁそう言うな。晩餐会には私も同行するが、あくまでも私はユーイ家の人間としてだ。ダルカン様のお世話は君達に任せることになるから、しっかりと頼むよ。パーラ君はまだドレスの調整だそうだね?」

「ええ。前に懇意にしている貴族家の奥方から頂いたドレスが今の体には合わないらしくて。夕方までには全て整うと思います」


晩餐会の参加が決まり、すぐに俺達は正装の用意に動いた。

俺の方は前にマクシムの誕生会に来て行ったタキシードっぽい服が元々大き目に作られていたおかげで問題なかったのだが、パーラの方はセレンやディーネからもらったドレスが一部体の成長でサイズが合わなくなっていたので、急遽手直しが必要となった。

その調整に今朝から城のお抱え針子と一緒に引きこもっているパーラは、夕方頃には俺達と合流する手はずとなっている。


それを聞いて満足したのか、一度大きく頷いたネイはそれから晩餐会の話を切り上げ、再び青風洞穴に関しての話に戻っていった。








夕方を少し過ぎた頃、俺は晩餐会の服に着替えてダルカンの待つ城内の一室へと足を運んだ。

普段は王族が訪ねてきた貴族と会うためのその部屋では、既にダルカンがマティカと共に待っていた。

入ってすぐに気づいたが、ダルカンは緊張をしているようで、ソファに腰かけていながら体が微妙に前後へと動いている。

これまでのダルカンはこういった大きい催しに参加するのはこれが初めてなので、こうなるのも仕方がないことだ。


「殿下、お待たせしました」

「あぁ、アンディ……変わった服だね。アシャドルではそういうのが流行ってるの?」

「いえ、これは大分前にアシャドルで見かけた異国の武官の方が身に着けていたものに似せて作ったものですよ」


王都アシャドルに現れたイギリスの武官、ジェームズ・リンドはあくまでも俺とは別人であり、この服もその時に着ていた服と似ているということにしておいたほうが、どこかで同一人物としての繋がりを嗅ぎつけられることもない。


ダルカンが身に着けている白地に金糸で幾何学模様が描かれているこの国の伝統衣装と比べると、俺の服は黒一色と些か地味な色合いとなるが、それでも使っている生地はそこそこ高級なものだし、全体のフォルムもシャープな感じで意外と見栄えは悪くないと自負している。


「へぇ、僕らの服よりも全体的に締まってる感じだね。動きやすそうだし、今後は僕もそういうのを着てみようかな。どう思う?マティカ」

「難しいかと。王族には王族の格式というものがあります。今殿下のお召しになられている服も、きちんと理由があって使用人が見立てたものですので…」

「まぁそうだね…うん、それなら仕方ないか」


今回の晩餐会のような自国の貴族が大勢集まる場には、やはり王族は伝統衣装を身に着けて参加するというのが普通で、動きやすいからという理由だけで他国の衣装を纏っての参加はあまり相応しくない。

マティカの言葉をダルカンはすんなりと聞いた辺り、本気で言っていたわけではないようだ。


そうして話していると、俺の背後にある扉がノックされた。

開かれた扉の隙間から顔をのぞかせたのはパーラだ。


「おう、パーラか。遅かったな。ドレスの調整に手間取ったか?」

「むっ!…あのさ、女ってのは準備に時間のかかる生き物なんだよ?アンディも男なら女性にそういうことを言っちゃだめでしょ」

「…そいつは悪かった。んで、それは誰の受け売りだ?」

「セレ―…私だよ!」


嘘つけ。

今セレンって言いかけただろ。


室内に入ってきたパーラは、もうすっかりドレス姿となっており、このまま晩餐会に向かえるぐらいに準備は出来ているようだ。

身に着けているドレスは淡い黄色を基調としたもので、胸周りを一周するように張られたオレンジの布がアクセントとなっているが、このドレス自体は前にパーラの荷物の中で見たことがあるもので、恐らくこのオレンジ色の布地部分が手を加えた部分なのだろう。


普段は背中に垂らしている三つ編みも今日はほどいて後頭部へと結い上げているおかげで、パッと見た感じでは貴族の令嬢としても十分に通じるように思えるのは俺の欲目か?


「どうかな…。前にセレン様からもらったドレスに手を加えてもらったんだけど、変じゃないよね?」


スカートの裾をつまんで左右に揺らしながら不安そうに尋ねるパーラだが、こうして見てもおかしなところは全くなく、十分似合っていると俺は思う。


今のパーラは幼さを前面に出した服装よりも、淑女としての魅力を引き出すようなこの手のドレスが似合う年齢になってきている。

身に纏う空気も大人びたものになりつつあるのを感じ、パーラの成長を見せつけられた気分だ。


「心配すんなって。大丈夫、似合ってるよ」

「…だよね!いやぁ、アンディでもそういうってことはかなり似合ってるってことかぁ」


俺でも云々というのに引っかかるものを覚えたが、それを追求するよりも早くマティカが口を開く。


「よし、それじゃあ全員揃ったからこのまま晩餐会の会場に向かうぞ。アンディとパーラは殿下の後ろに控えるように立っていてくれればいい。俺は少し離れて警護する。…よろしいですね?殿下」

「うん、マティカに任せる」


主に俺とパーラへと向けられた言葉だったが、最上位者であるダルカンに許可を貰うという形をとったのは、この配置で決まりだということを指す。


「あれ?マティカさん、ネイさんは?一緒じゃないの?」

「ネイ殿はユーイ家の人間として晩餐会に参加する。私達とは別口で会場入りするから向こうで会えるさ」

「え、じゃあネイさんもドレスを着るの?」

「もちろんだ」


今回は貴族の集まる夜会ということなので、女性はドレスでの参加が義務付けられている。

普段から騎士としての恰好をしているネイが、今夜はどんなドレス姿を見せてくれるのかパーラは気になるようだ。

まぁそれは俺も同じだが。






『チャスリウス公国第三王子、ダルカン・ホスロ・チャスリウス殿下が御出でにございます』


晩餐会が開かれる城内の広間、そこへ繋がる若干の薄暗さを覚える通路へと来た俺達は、のしかかってくるような重厚感を感じる両開きの扉の前で、近衛兵の上げるダルカン入室の声を聞いていた。


キィと見た目の印象よりは軽い音を響かせて開いていく扉の向こうから、煌びやかな明かりがこちらへと流れ込んでくるようで、晩餐会の会場に溢れる光の気配を感じていた。


先頭を進むダルカンから少し遅れてパーラと俺が横並びで室内に入ると、広間の豪華さに思わず息をのむ。

魔道具の明かりがふんだんに使われた室内は、夜の帳の降りた時間であるにもかかわらず、まるで真昼の太陽が覗くテラスのような光に満ちており、飾られている調度品がそれらの光を受けて輝いているようだ。


広間というぐらいなのだから部屋を想像していた俺からすると、目の前にあるのはとても部屋とは呼べない広大な場所だ。

奥行と天井の高さが俺の記憶にある巨大室内競技場と遜色ないほどに広がっており、バレーコートが3面並べて試合が出来そうなくらいのこの場所に、大勢の貴族が集まっている。


俺達が立つ入り口から奥へと向けて何本も置かれる長テーブルに着く着飾った人間達が一斉にこちらを見ているが、これらの視線はダルカンへと向けられたものだ。

好意、敵意、奇異、不審、憐憫と様々な感情が直接向けられているわけではない俺にもわかる程度に、多くの視線がダルカンを絡め取るように集まっていた。


好意的なものや敵意に似た視線は分かりやすいが、奇異なものを見るような眼を浮かべている貴族は、事前にマティカから聞いていた理由によるものだろう。


ダルカンは普通の人間と違い、病的なほどに白い髪と白い肌が目立つ。

俺にはダルカンが先天的色素欠乏症ということがわかっているのだが、そういうことを知らないこの世界の人間にとって、このアルビノというのが神秘的なものとして捉えられている。


チャスリウス公国の中興の祖とされている時の賢王がこのアルビノだったと伝わる伝承があり、それになぞらえてダルカンを賢王の再来と崇めるか恐れる貴族が多いという。

今は病床に臥せっているマハティガル王も、このアルビノという特徴でダルカンを次期公王と指名したと言われている。


今回の晩餐会でダルカンの姿を初めて見たという貴族も多いらしく、向けられる視線が必ずしも好意的なものになるとは限らないとはいえ、まだ10歳のダルカンは果たしてどう感じているのか。

後ろから顔を見ることができないので何とも言えないが、少なくともいい気分になるようなことではないことだけは俺にもわかる。。


広間を縦断してたどり着いたのは最奥に置かれた王族が座るテーブルだった。

周りよりも豪奢な作りのもので、そこにはすでにヘンドリクスとナスターシャの二人がそれぞれ着席していた。

このテーブルでの上座に当たる一際目立つ椅子は空いており、恐らくあそこには病気で出席できない公王が本来は座るのだろう。


3人以外に王族の姿が見えないのは、4人いる王妃は王の傍につき、代々の王族の血縁に当たる公爵らはまた別のテーブルが用意されているからだ。

つまり、今のチャスリウスの王位をめぐる争いの原因である3人だけが一つのテーブルに集められたということになる。


ここにきてようやく俺は二人の姿を見ることができたわけだが、正直聞いていた印象はあまり当てにならないというのが今の気持ちだ。


向かって右手に座る真っ赤な衣装に身を包み、金髪を逆立てたような髪型に不敵な笑みを浮かべているのがヘンドリクスで、我の強い人間だとは聞いていたが、こうして受ける印象は傲慢な人間と言った感じだ。

テーブルに肘をついてやや身を乗り出して座る姿は、マナーをどこへ置き忘れたのかと言いたい。


厨房に何度か足を運んでいた俺の耳に入ってきた情報では、このヘンドリクスという人物は幼少のころから王となるべく育てられてきたのだが、どこで間違ったのかある時から傲慢で粗野な言動をしだすようになる。

それでも王位継承権第一位ということで大っぴらに文句を言う人間もおらず、マハティガル王が寝たきりになってからは特にその振る舞いが目立つようになっていったとのこと。

正直、王となるには少々問題がある人間だというのが俺の感想だ。


ヘンドリクスと公王の座るテーブルを挟んで一つ隣に座るのがナスターシャだ。

胸元が派手に開いた青のドレスを身に着けている姿は座っていても中々扇情的だが、顔の半分を流れるままに垂らしているプラチナブロンドの髪の隙間からこちらを睨むように見る目には冷たさが伝わってくるようだ。


ネイの人物評では他人にも自分にも厳しいそうだが、雰囲気だけを見るとやり手の女社長といった感じだ。

ナスターシャ自身、王族としての振る舞いを厳しく己に課しているため、その対極ともいえるヘンドリクスとは対立することが多い。

それが今はタッグを組んでダルカンに対立しているのだから、もしかしたら自分こそが王にという思いはずっと胸に秘めていたのかもしれない。


ついその横顔を見つめていると、理知的な中に冷酷さが潜んでいるようなその目と合ってしまい、俺は一瞬緊張を覚える。

政治家にしろ経営者にしろ、こういう感情の分かりにくい表情を保てる人間というのは何をしてくるかわからない怖さがあるものだ。


ヘンドリクスとナスターシャを見て、軽く目礼をしてからダルカンは自分の席へと着いた。

普通の晩餐会ならここで挨拶の一つもを交わすのだが、今回は複数の貴族による発起と主催者が今はこの場にいないマハティガル王という体裁を取っているため、王を差し置いてこの二人に声をかけるのは少々よくないそうだ。


ダルカンの着席を見届け、俺とパーラはそこから少し離れて置かれたテーブルへと向かう。

晩餐会で従者を連れ歩けるのは侯爵位から上の人間であり、そういう従者用のテーブルはこういった主人から少し下がった位置に置かれる。


そこにはナスターシャとヘンドリクスの従者と思われる男女も数名いるが、彼らとは特に言葉を交わすことなく着席した。

こういう場面では王族の入場が最後に行われもので、現状の序列で言えば一番下に当たるダルカンの入場をもって晩餐会の参加者は揃ったということになる。


何かきっかけがあったのか、それまでざわめきで満たされていた会場が静まり返る。

そしておもむろに立ち上がるヘンドリクスが右手にグラスを持って話し始めた。

どうやらヘンドリクスが乾杯の音頭を取るらしい。


試しの儀が行われていない今、ダルカンはまだ王位継承権第三位の王子という地位のままである。

次代の王として指名されているのだから、ダルカン自身をもっと高い地位で扱ってもいいのではと思うが、この国の王がまだ存命であるため、継承権の序列はまだまだ効力が強い。

そのせいで試しの儀などという裏技染みたものがまかり通った結果、こうしてヘンドリクスが今回の晩餐会における最上位者としてふるまうことができるというわけだ。


「陛下が病床に臥せって長く、このような晩餐会を開く機会はめっきり減ってしまっていた。皆が陛下の身を案じてそうしていたのはわかっている。だが今宵、試しの儀に赴く我が弟、ダルカンのためにこうして集まってくれた卿らに礼を言わせてほしい。さて、長年行われることのなかった試しの儀がこうして蘇った経緯をこの場で語らせてもらおう」


妙に芝居がかった口調のヘンドリクスの口から語られたのは、俺達が既に知っているダルカンに王位継承権を放棄させるために仕組まれた一連の流れを、耳障りのいい言葉で飾ったものだ。

この場にいる貴族の中には試しの儀が開かれた経緯を知らない人間もかなりの数混ざっているので、こうしてヘンドリクスの語る内容は真実味を帯びて聞かれることだろう。


容態の悪化によって気の弱まったマハティガル王がダルカンを次期王に指名したこと、まだ幼い王子にその資質を疑う周囲の声を汲み、試しの儀をくぐり抜けることでダルカンが玉座へつくことの正当性を示すという、あたかもヘンドリクスとナスターシャは関わっておらず、周りの貴族の声で起こされたものだということを印象づけられる言い回しによって、会場はまるで美談を耳にしているような空気が作られていった。


「かつて行われた試しの儀に臨んだ王族は、ほとんどが帰らぬ人となった。それは危険な場所へと赴くことが多かったことに加え、旅路の途中で自らが王の器に足らずと悟って姿を消したという話も聞く。果たして未だ幼いダルカンが向かった先で無事に生き延びられるのか、不安は尽きない。もし…もし仮に!ダルカンが命を落とすこととなったとしても、私は弟を誇りに思って生きていきたい。だからこそ、我々はダルカンが成し遂げることを信じて、歓呼の声で送り出そうではないか」


事前に原稿でも用意していたのか、淀みなく語られていくその内容に思わずため息が漏れる。

深い事情を知らない人間からすれば、今のヘンドリクスは弟が危険な場所へと赴くのを激励するために音頭をとっているように思えるだろうが、実際は命を落とすことを期待しているのだから大した役者だと手を叩いてやってもいい。


ヘンドリクスが上げた乾杯の声で演説は終わりを告げ、晩餐会が始まる。

ある意味王の名代として晩餐会の始まりを告げたことで、ヘンドリクスの人望も多少は高まったことだろう。

だがしかし、試しの儀が見事成された暁にはダルカンの王位継承は決定的になる。

ダルカンに試しの儀を吹っ掛けること自体気にくわないと思っている俺からすれば、今に見ていろという気持ちになるのは仕方のないことだ。


運ばれてくる食事に目を輝かせているパーラとは対照的に、ヘンドリクスとナスターシャを見つめる俺の目はもしかしたら剣呑なものとなっているかもしれない。

世話係兼護衛としてダルカンを見守ること以外に、王族の後姿にガンを飛ばす作業が出来てしまった。

俺のこのささくれだった心が癒される料理が出てきてくれることを切に願う。

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