ヘバ村
農業の神の御使いが最期に果てた地、そこを目指す道中、謎の集団に追い回される姫を助け、国を巡る陰謀の果てに世界を滅ぼす邪神復活の企てを阻止し、この世界の根幹を支える神とも呼ばれる集合意識体と出会う…
―などと言う事も無く、普通に目的地である件の村の近くへと到着した。
結局村の正確な場所が分からず、探して回っているうちに夜が来てしまったため、一夜明けた朝になってから飛空艇を再び飛ばし、こうして村が見える場所へと着くことが出来た。
近くにある適当な林に飛空艇を隠し、バイクで村へと向かうことにした俺達は、俺が運転するバイクの後部座席にパーラが、サイドカーにネイが座るという形で走り出す。
「このバイクとやらも中々早いな。飛空艇よりかはこちらの方が私は好きだね」
サイドカーで風を受けながら上機嫌に話すネイは、やはり馬と同じように走るバイクを気に入ったらしい。
左右に広がる草原を渡って来る風は、バイクで走っている俺達に草の爽やかな匂いを届けてくれる。
飛空艇のような密閉された空間での移動では味わえないこの空気はやはりいい。
上空から確認した村の場所目掛けて走り続けることしばし、周りの風景に畑や貯水池など明らかに人の手が加わった土地が増えてきた頃、遠目に村らしき影を捉えた。
「お、見えてきたな。あれが君達の目的地、ヘバ村だ」
徐々に近付いて来た村の姿は極々普通の農村といった感じで、これまでの旅で見てきた村と大きな変わりはないように思える。
そのまま村の入り口に辿り着いた俺達は、見慣れないバイクに警戒する一人の男性に出迎えられることとなった。
「…随分変なのに乗った奴らだな。旅人か?」
「ああ、そのようなものだ。この村が農業の神の御使いが最期を迎えた地だと聞いてやってきた。相違ないか?」
「御使い…?あーどうだったか。そんな話もあったような無かったような…」
一応俺達の中ではネイが最上位者ということになっているので、この村人の誰何も彼女が応えている。
特に後ろめたいものもないため、来訪の目的も普通に答えているが、どうも村人の反応は鈍い。
「ネイさん、もしかして村の人達は御使いの話を知らないんじゃないですかね?」
「そんなことがあるのか?お伽噺として誰もが知ってるあの御使いだぞ?村の人間なら誇って語るぐらいはするだろ」
「でもさ、この人の反応だと誰もがそうするとは限らないってことじゃない?まぁ単純にこの人が知らないだけかもしれないけど」
若干声を潜めて話し合う俺達だが、三者三様の意見はどれも正当ではあるが真実としては何か弱い気がしている。
とりあえず、当初の目的通り村へと入って見て、俺達自身で調べてみるのが一番いいのかもしれない。
「ともかく、長旅で疲れていて一息つきたいし、御使いの件も私達で調べるので、まずは村の中に入れてほしい」
「いや待て。今村は……あれだ、ちょっと立て込んでて、余所者を入れるのはまずい」
この世界での自衛手段として、余所者を村に入れないという選択肢は普通にあることなので、この対応は初めての経験だがさほどおかしいものではない。
ただ一点、妙なのがこの男性は俺達がここに来てからずっと背後の様子を気にしていること。
まるで何か見つかるのを警戒するような、そんな感じに思えるのは俺の気のせいだろうか。
「悪いが村には入らずにそのまま―」
「そのまま入ってくれていい」
なおも村への進入を拒む村人の背後から、また別の声が俺達にかけられた。
目の前にいる男性が普通の村人だとすれば、今来た男性は村人というよりもチンピラとしか思えない。
流石にそれは失礼か。
「折角来た旅人さんを追い返すことはねーだろ。あんたら、構わんからそのまま村に入っていいぞ」
「いいのか?先程そちらの方が今は立て込んでいると…」
「なぁに、構やしねーよ。立て込んでるってのはこっち側の事情だ。ほれ、とっとと入んな」
一転して村へ入るのを許された俺達は、バイクを降りて徒歩で村へと入っていく。
その際、最初に応対した男性の顔をチラっと窺ってみたが、俺達を押し止めようとしていた時とは打って変わり、苦々しく俺達を見る目は、何かを懸念するようにも感じた。
「ネイさん、さっきの二人、どう思いますか?」
「どう…か。それを聞くということは君も違和感を覚えたようだな」
「ええ。最初俺達の相手をしていた男性は普通の村人然としてましたが、後から来た男性はどうも普通の村人といった感じとは遠い気がしました」
「同感だ。流石にジロジロと見ることはしなかったが、それでも荒事に慣れた者特有の体運びを微かに見た。あれは人を相手に場数を踏んだ人間の立ち姿だな」
村の中を歩きながら、先程の光景をネイと話し合う。
やはり俺が感じた違和感にはネイも気付いていたようだ。
一見すると普通ののどかな農村に、対人戦に慣れたような雰囲気を持つ人間が農民の恰好をして存在している違和感。
元兵士が農民になりましたというには、色々と気になる点がある。
「それにこの村の様子も妙だ。朝方にしては人が少なすぎる」
「来る途中に見えた畑にも人がいませんでしたね。一つや二つの畑が無人ならともかく、見える限り全ての畑がそうだとなると、何かを勘ぐってしまいますよ」
今は夏に差し掛かっている時期であるため、農家の仕事は一番忙しい時だ。
この村の周囲にある畑も作物が育っていたため、まだ午前という今の時間で畑に人の姿がないのはおかしい。
たまたま今日がそうなのか、あるいは畑を持っている人達が揃ってひきこもる何かが起きたというのも考えてしまう。
「色々と気になる村だが、まぁ今はいい。その辺りは追々わかってくるかもしれないし、まずは目的を果たすとしよう」
「ではまずはこの村の村長を訪ねてみましょうか。誰かに村長の家を聞きたいところですが…」
人影を探して周囲を見渡してみるが、生憎近くに人の姿がない。
先程まで少ないながらあった人影はどこへやら。
「仕方ない。とりあえず目につく一番大きい家屋を目指そう。違ったらその家の住人に村長宅を聞けばいい」
ネイの提案に否もなく、俺達は今歩いている通りの先に見える一際大きな建物を目指した。
SIDE:―――
村の中へと入っていく三人を見送る二つの影、その内の一つが口を開く。
「…おい、今村に余所者を入れるのは不味くないか?」
「まぁ普通ならそうだがな、見たろ?あの女二人、かなりの上玉だ。売り飛ばせばかなりの金になるぜ」
「そりゃそうかもしれねーがよ、勝手に人を増やしたら親分が怒るぞ?」
「どうせここの女子供は四日後に売り飛ばすんだ。二人増えても構わんだろ」
呆れるような溜息と共に、低く籠った笑い声が辺りに響く。
現在、ヘバ村の住民はその全てがどこかしらに閉じ込められており、それをやったのは村を襲撃したとある盗賊団だった。
ここにいる二人の男もその盗賊団の一員で、一人は盗賊団の中でも比較的一般人として見られやすい顔立ちを生かして村の入り口に立ち、訪ねてきた者達を追い払うという役目を担っていた。
この日も奇妙な乗り物でやってきた三人組を追い払おうとしたのだが、唐突に表れた仲間の一人が独断で村へと引き入れてしまった。
自分の役目に逆らうような男の行動に気分を害しはしたが、仲間であることと腕っぷしでは到底かなう相手ではないこともあって、内心渋りながらもその三人組を通してしまう。
確かに先程の女達であれば違法奴隷としてだけでなく、高級娼館にでも高く売れることだろう。
そうすれば自分達の分け前も増えることになるのだが、それ以上に勝手なことをしたとして親分からの叱責があることを想像すると馬鹿正直に浮かれることはできない。
再び漏れた溜息は先程のものよりも重いものになってしまったが、後に彼らはこの行動を大きく悔いることになることを先に明かしておこう。
SIDE:END
「あーあ、なーんにもわかんなかったねぇ」
村の中にある空き家に入り、真っ先にテーブルへ着いたパーラが疲れの滲んだ声でそう漏らした。
「仕方あるまい。知っていそうな村長が不在の上、話が聞けそうな年寄りも揃って体調を崩しているそうだからな」
パーラの後を追ってテーブルに着いたネイが言う通り、ヘバ村での御使いに関する手掛かり探索は完全に空振りに終わってしまった。
あの後村長宅に付いた俺達だったが、応対に出た小男からは村長が今隣の村に出かけていて不在であることを告げられ、その時点で一つ手掛かりを無くし、それならと村を歩き回って誰かに話を聞こうとしたのだが、夕方まで探し回っても話を聞けそうな相手とは出会わなかった。
数少なくも目についた村人に尋ねてもみたが、誰も知らないという。
これは日を改めるか先にチャスリウスに向かうかと考えて村を出ようとした俺達だったが、先程の小男が俺達を追いかけてきて、村に泊まっていくのを勧められた。
日が沈む前に飛空艇に戻るつもりだったが、村に滞在していれば帰ってきた村長に会わせやすいということで、勧めに乗って村の隅にある空き家を借してもらった。
ヘバ村に訪れる旅人がよく使うのか、宛がわれた空き家は手入れも行き届いており、三人で一晩過ごすには十分なものだ。
早速俺は竈を使って簡単な食事を作り、パーラ達の前へと並べていく。
「それにしても変な村だよ、ここ。一日歩き回って住民と出会ったのは数えるぐらいだし、会ってすぐに村の隅にある倉庫には足を踏み入れるなって口を揃えて言ってきたし」
「余所者を村の備蓄に近づけたくないというのはまぁわからんでもない。だが、あの感じだとどうもそれ以外に何かあるな。私達には知られたくない何かが…」
「その何か、断定できるわけではありませんが、一つ考えられることがあります」
「ほう?面白い、私が気付かない何かを君は掴んだようだな。是非聞かせてくれ」
目の前に並べられた簡素な料理に手を付けながら、ネイは話の先を促す。
この村に来てから感じていた違和感、そして村を見て回った時に得た情報から俺なりの推測を二人に話していく。
確かな証拠もない、人が聞けば大袈裟な話だと笑われかねないものだが、それでも同じ現状を共有している俺達には信憑性の持てる仮説ではあった。
夜も更け、満月の明かりのみに照らされたヘバ村を動き回る人影があった。
その人影は二つあり、足音を立てることなく村の隅にある空き家を目指している。
目的は今日村を訪れた三人組の旅人で、もっと言えば狙いはそのうちの女二人だ。
人影は辿り着いた家屋の壁に背中を付け、扉の隙間から中の様子を窺い、二つの人影は僅かに開けた扉からその身を室内へと滑り込ませた。
明かりもなく物音も聞こえてこない室内だが、暗闇で微かに浮かび上がるのはマントで身を包んで床に横たわる三つの人影。
室内にある五つの人影だが、そのうちの二つが横たわる三つの影に手を伸ばしていく。
伸ばされるのとは逆の方の手にはナイフが握られており、それを使って何をするのかは考えるまでもない。
二つの手がそれぞれ別のマントを掴んだ手を勢いよく引き、その中に眠るであろう姿を露わにした。
元々生かして残すのは女のみ、男は殺せと言う命令を受けていたため、まずは三つの内のどれを狙いとするのかを確認するための行動だったが、マントが剥がされて目に飛び込んできたのは女でも男でもない、予想していなかったものだった。
それは空の鎧に薪や布を詰め込んで人の形を保っているだけのもので、それをマントでくるめばなるほど、傍目には人が眠っている姿には見えることだろう。
蓋を開けてみればいるはずの人間もおらず、一瞬の思考停止が彼らの命運を決めた。
ここに眠っているはずの人間がいないのであれば果たしてどこへ、という疑問は彼らの頭上から躍り出た二つの人影が答えとなり、そして彼らはその答えを知ることなく意識を刈り取られる。
天上の梁から舞い降り、着地するよりも早く二人の侵入者を気絶させたのは俺とネイだ。
一人はネイの振るった剣の鞘で顎を打ち抜かれて気絶、もう一人は俺が触れた指先から発生させた電撃を食らわせて気絶させた。
「ふぅ…。いいぞ、パーラ。降りてこい」
侵入者が完全に意識を失っていることを確認し、扉の外を見たネイからの合図を待って、たった今俺達が飛び出してきた場所に潜んでいるパーラに声をかけた。
「はいよー…っと。あらら、綺麗に気絶させたねぇ。とりあえず縛っとこうか」
スルスルと天上の梁から柱を伝って下りてきたパーラが、気絶した二人の男をロープで縛りあげる。
「君の言った通り、襲撃してきたな」
「ええ、これで村の状況が普通でないことがはっきりしました。それに、この二人から情報を引き出せばもっと詳しいことが分かるでしょう」
「そういうことなら私が尋問をしよう。慣れているわけではないが、多少の心得はある」
「お願いします」
まず間違いなく盗賊である二人の男だが、尋問するとなれば騎士として正規の訓練を受けているネイの方が適任だろう。
気絶した男達が目覚めるまで待つことになるが、手持ち無沙汰となった俺達は自然と先の出来事について話始める。
「そういえばアンディ君は何故こいつらが普通の村人ではないと気づいたんだ?食事の時には夜の襲撃と敵の存在だけを聞いて終わったが、改めて君が盗賊と見抜いた理由を教えてもらいたいのだがね」
「簡単ですよ。村に入る時と村で見かけた人達の手が綺麗過ぎたからです」
「…綺麗?うーん…そうかなぁ。私はそうは思わないけど」
俺の話を聞いて、縛られている男達の手を覗き込んだパーラが首を傾げる。
確かに男達は綺麗という表現とは遠い、武骨な手をしているが、俺が言いたいのはそういうことではない。
「爪と手の皴、それと手の甲から手首にかけての範囲で土の汚れがないだろ?この規模の村なら、畑に関わらない人間はまずいない。だが昼間見た連中は誰もが土の汚れのない手をしていたんだ」
「えー?でもたまたま手を洗ってて綺麗だったかもしれないじゃん」
「土の汚れってのは長い時間畑仕事をしていればちょっと洗っただけじゃ取れないもんだ。爪と手の甲の皴なんかは特にな」
パーラは商人、ネイは騎士であるためピンとは来ていないが、前世で農業に携わった人間として、手を見れば大体土いじりにどれぐらい時間をかけたかはわかるつもりだ。
もちろん、現代日本では手袋などがあるのでそうでもないが、こっちの世界では畑仕事は基本的に素手でやる。
農具を使って荒れた手に土埃が染み込むような汚れ方をしていない人間となれば、およそ人口200人もないであろうヘバ村の中では違和感しかない。
「なら猟師か木こりという線はないだろうか?」
「こいつらは恰好が完全に農民のそれです。身に着けているのは使い込まれた感じの鎌と土で汚れたナイフ、農民としての姿に偽装こそしてますが、先に話した違和感から俺にしてみたら偽物の農民と言わせてほしいもんですね」
「なるほど。…ふむ、そう言われて見てみれば確かに違和感があるな。こうなれば農民に偽装した賊というのもうなずける」
「ええ。同時にこいつらに村は完全に占拠されていると見ていいでしょう。昼間見かけた村の人間は全員が賊の一味。恐らく俺達が踏み入れるのを警戒していた倉庫にでも本当の村人は閉じ込められてる可能性が高いかと」
そもそも最初に偽の村人としての疑いを持ったのはヘバ村に来て俺達に応対した男性を見た時からだ。
彼の手は農業従事者のそれではなく、むしろ革職人と言われた方がしっくりくるような匂いを出していた。
そして決め手となったのは後から来た男だ。
二人目となった偽の農民を見て、疑念はほぼ確信へと近付いた。
ただ分からないのは俺達をわざわざ村に引き入れた理由だ。
あの場合、俺達を追い返した方が村の占拠は維持しやすいはずなので、不穏分子になり得る俺達という存在を村に入れることのメリットがわからない。
まぁその辺りも捕まえた奴から聞き出せばいいか。
そのためにも生きて捕らえたことだし。
しばらくすると、気絶していた男達が呻き声を上げ始める。
それを聞いて俺達はそれぞれ配置に付く。
俺とパーラが男たちの肩を掴んで身を起こさせ、対面する形で正面にネイが立つ。
最初に気が付いたのは俺が電撃で気絶させた方の男で、それから少し遅れてネイが気絶させた男も意識を取り戻した。
「ぐうぁ……んむぅ!ぐむぐぅ!」
気絶している隙に布を口に噛ませていたので、気絶から復帰しても大声を上げられない男達は、まず自分たちの置かれている状況を把握し、それから何があったかを思い出して言葉にならない声を上げ始める。
「しー…、静かに。いくつか私から質問をするので、素直に答えてくれると手間が省けて助かる。それと、あまり騒ぐようではまた気絶してもらうことになるぞ?…結構。さて、まずは君達の正体からだが―」
喋る口を塞がれて睨みつける男達の目線など気にもせず、先程俺が話した賊と見抜いたポイントをつらつらと語っていく。
さも自分が気付いたかのようにネイが話すのは、自分は何でもお見通しだと相手に思い込ませ、この後の尋問の際に主導権を握りやすいからだ。
決して面の皮の厚い女などと思ってはいけない。
「―とまぁそんなわけでだ。私達はもうお前達の正体がわかっているのだが、その目的がわからん。まぁ、賊の企むことなどろくなものではないだろうがな。とりあえず、お前達が全員で何人いるのかと頭の名前を言ってもらおうか」
そう言って俺とパーラに目線で促すネイの指示を察し、男達の口を塞いでいる布を取り払う。
解放された口からはまず大きく息を吸う音が鳴り、話始めるよりも早くネイが鞘から剣を抜いて上段に構える。
それだけで男達は言おうとしていた言葉を飲み込み、まだ身動きのできない体を強張らせた。
「一応言っておくが、嘘や誤魔化しはいらん。しっかりと正確に話せ。……いや、よく考えたら話す口は二つもいらんな。よし、先に話した方の命を保障してやる」
要するに命が惜しければ隣にいる仲間よりも早く情報を吐き、自分だけは助かるという道を示したわけだ。
中々悪辣な手を使うものだと感心こそすれ、酷いとは思わないのは相手が賊だからだろう。
『仲間は全部で19人!頭はホーバンだ!』
あっさりと情報を吐き出した男達は互いを一度睨みつけ合う。
助かるのはどちらか一人だけと思っているため、全く同じタイミングで同じ情報を口にした仲間に対して憎悪に近い感情を抱くのを浅ましいとは思わない。
誰だって死ぬのは怖いものだからな。
「ありがとう。しかし困った。助けるのは片方だけと言ったのだがこれではな。いっそ二人とも…」
「ま、待て!ちゃんと話したろ!?だから命だけはっ」
「なんでも言う!俺はこいつよりも情報を持ってる!だから助けてくれ!」
「何を!俺だってこいつの知らない情報は持ってるぞ!」
もったいぶったような言いぶりで悩むネイに、いっそ哀れなほどの怯えを見せた男達は、より多くの情報と引き換えに命乞いを始める。
男達には見えないが、俺とパーラにはネイの口が裂けるように弧を作ったのが見えた。
「よーし、いい子だ。ではまずそっちの。お前に質問をするから正直に答えるんだぞ?」
「ああ、ああ!もちろんだ!何でも聞いてくれ!」
地獄で救いを見つけたかのような顔でネイを見る男達だが、恐らくこの流れに持っていくのもネイの腕だったのだろう。
命の危機をちらつかせたおかげで勝手に口を軽くしてくれた男達のおかげで、ネイの尋問は大いにはかどった。
得られた情報は盗賊達がそれぞれ寝床としている場所と、頭であるホーバンがいる場所、そして村人達が監禁されている場所、ヘバ村を占拠している理由についてだ。
「村一つ占拠してどんな大掛かりな企てがあるかと思えば、まさか女子供を違法奴隷として売り飛ばすためとは…。盗賊らしいといえばらしいがな」
ネイが侮蔑を込めた目で男達を睨みつける。
俺達を襲った理由もそこにあり、もしあのまま襲撃が成功していたら、パーラとネイは村人達と一緒に奴隷として売られていたし、俺は殺されていたことだろう。
尋問はもう十分に行われたと判断し、男達には再び眠ってもらっている。
今度は二人とも俺が強めの電撃でバチンとやったので、明日の朝までは目覚めることはないはずだ。
しっかりと手足を拘束し、口にも詰めものをしたので、仲間を呼ばれる心配もない。
命を助けるという約束はちゃんと果たしたので、後は盗賊として罪が裁かれるのみだ。
「しかし普通の盗賊がこんなことをしますかね?もしかしたら盗賊に偽装したどこかの国の手先とかはありませんか?」
以前、マクイルーパがアシャドルに対して行った、偽装した傭兵団で村丸ごと一つを虐殺の場と変えた事件を知る身としては、どうしても裏を読もうとしてしまう。
今回も俺達にはわからない何かが陰で動いている可能性を口にしてみたが、首を振るネイにそれは否定された。
「まずないだろう。ホーバンという男はそういった策謀の片棒を担ぐには頭が足りん。誰かに担がれて手を貸しているにしては偽装工作も規模が小さすぎる。間違いなくホーバンの独断で今回の事件を起こしただけだな」
「随分ホーバンという男を知っているように聞こえますが」
「あぁ、ホーバンは以前まで、チャスリウスでも悪事を働いていた一等ものの悪党だったからな。当時は大規模な一団を率いていたが、何年か前にチャスリウス公国が騎士団を動かしての討伐が行われ、右腕であった弟を失ってからは団も縮小していったらしい。その弟が団の頭脳担当だったらしくてな、団の運営と方針決定を担う弟を欠いた今、20人足らずの盗賊団が奴の器だというわけだ」
話しぶりからどうもネイはホーバンの討伐に参加していた節が感じられ、もしや何かしら因縁でもあったのだろうか。
「もしかしてネイさんはホーバン、もしくは一味と面識があるんですか?」
「鋭いな。面識があるどころではないよ。かつてのホーバン一味の討伐には私も参加していたし、奴の弟の首を刎ねたのは私だ。寸での所でホーバンは取り逃がしたが、奴と私は互いに顔を知っている。向こうにすれば私は弟の仇だろうが、私にしてみれば討ち漏らした討伐対象でもあるのだよ。何の因果か、こんな所で遭遇するとはな…」
思わずといった感じで漏れた苦笑だったが、同時にネイの目には鋭さも宿っており、数年前の因縁を果たす機会を見つけたことに対する思いもまたあるように思えた。
ホーバン一味は村の女子供を違法奴隷として売り飛ばすためにヘバ村を占拠したと判断し、俺達はそれを阻止するために村人の救出とホーバンの捕縛、あるいは殺害を行うことで意見はまとまった。
そして案の定、村人達が監禁されているのは、昼間俺達が立ち入るのを許そうとしなかった倉庫のあるエリアだ。
先程の尋問で得た情報だと、四日後には商品の出荷が行われるそうだ。
俺達を襲ったこの賊二名が姿を消している状況は明日の朝にでも他の連中に知られることになるので、今夜中にケリをつけなくてはならない。
残念ながら今自由に動けて戦闘要員として数えられるのは俺達3人だけだ。
なので村人の解放よりも、賊の一味の制圧かホーバンを倒すのが優先される。
情報ではホーバンは一人で村長宅に寝泊まりしているらしいので、20人近い人間を相手取るよりもホーバン一人を相手にした方がましだと考え、俺達は村長宅に急襲をかけることにした。
ただし、パーラだけは監禁されている村人達がいると思われる倉庫へと向かってもらう。
もし一味の誰かがホーバンと戦う俺達に気付いたら、村人を人質に摂られる可能性もある。
遠距離からの狙撃であれば、安全且つ素早く倉庫へと近付く人間の排除も行えるだろう。
ということで、俺とネイが村長宅にいるホーバンを狙い、パーラは倉庫が臨めるどこかの建物の屋根にでも伏せてもらい、村人の安全を確保するという分担になった。
装備を確認し、空き家を後にした俺達は、それぞれの目的地目指して夜の村へと飛び出した。




