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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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たまには冒険者らしい仕事を

「…目標発見。射程距離内だけど、障害物多すぎ。少し待って動きを見た方がいいかも」

パーラが構えた銃のスコープを覗き込んだまま、声を潜めて得た情報を淡々と話す。


「そうか…パーラ、お前の見立てでいい。アオショウグンは村の方へ行くと思うか?」

「多分行かない。餌を探すのでもなく、どこかを目指してるって感じの動きには見えないね」

「よし。ならこのまま待機だな」


季節はもうじき初夏を迎えるという頃、午前の明るい日差しを嫌ったような鬱蒼とした森の中にある巨木の枝に並んで腰かけるようにして、俺達は遠くで緑色の巨体を蠢かせている蛇を視界に収めている。

現在、俺とパーラはギルドで見つけた依頼の目的である、アオショウグンという巨大な蛇の討伐に赴いていた。

いや蛇ならアオダイショウだろとツッコミは胸に秘めたままにしておいた。


討伐には白ランク以上が推奨とされているアオショウグンは、成体であれば体長は10メートル、胴回りは太い所だと2メートルに及ぶほどの巨体を誇り、毒こそないものの、強靭な顎と鋭い牙を持つ肉食動物であるため、大抵の動物は勿論、人間も襲われることが多い。

なので、街や村の近くで発見された場合は速やかな討伐が行われる、一級の危険生物として認識して差支えない。


ディケットの街から今いる森は大分離れてはいるが、林業を生業とする村が森を挟む形で二つ存在しており、今回の依頼はその二つの村の連名で出されたものだった。

おかげで報酬も結構おいしい依頼だったのだが、緊急性もあるということで馬で駆けつけてすぐに討伐してほしいという要望に応じられる人間として、こうしてバイクを駆った俺達が森へと乗り込んできたというわけだ。


「にしても、ずいぶん大きい蛇だね。あれぐらい大きいと餌とかどうしてるのかな?」

「この森には猪とか熊なんかもいるらしいから、それを食ってるんだろ。流石にランドディアぐらいの大物は狙わないが、あの口で噛みつける大きさなら大抵の動物は餌にするそうだ」

「へぇ~。……アンディ、アオショウグンがなんか変な動きしてる」


スコープ越しにアオショウグンを監視していたパーラが状況の変化を口にしたため、俺も手に持っていた予備のスコープを覗き込む。

先程確認した位置から動いていなかったアオショウグンだが、その尻尾で地面を何度か叩くような動きをした後、その場でとぐろを巻いてしまった。


「あそこを今日の寝床にするみたいだな」

「もう寝るの?まだ日が高いけど」

パーラが見上げた先は、木々の枝で空は覆われてはいるものの、その隙間から洩れる光の明るさから、昼を超えていない時間帯だと推測できる。


「大半の蛇は昼行性だが、あいつは違うらしい。つっても、アオショウグンの生態自体あんまり詳しく分かってないから、昼でも普通に襲われたって人はいたそうだ。もしかしたら、ああしてとぐろを巻いてるのも餌をおびき寄せる罠かもしれないぞ」


白級以上の冒険者でアオショウグンの危険性を知っている人間にしてみれば、発見と同時に即討伐へと移行するケースが多いらしく、人数さえ揃っていればそう手こずる相手ではない。

ただ、アオショウグンが死んだ振りをして逃げたり、逆に冒険者をおびき寄せたりといった事例が極稀にだが存在しているため、ああしてとぐろを巻いている状態は休憩か、待ち伏せかのどちらかだというのも考えておくべきだ。


蛇という生き物はその長い体のせいで、伸びている状態だと自分の尻尾に注意を払うのが難しい。

とぐろを巻いているのは防御体制であると同時に、いざ攻撃に移るという時のための準備段階でもあるのだ。

なので、そういう場合は迂闊に近づかないというのを、農業に携わっていた身としては一般常識程度に持ち合わせている。


そんな感覚を持っている関係上、あの状態のアオショウグンに手を出すのは心理的に躊躇われてしまう。

とはいえ、あれは普通の蛇と比べるとあまりにも脅威が過ぎるし、そもそも討伐を目的としてここに来たのだから、目標を見つけた以上はさっさと片付けてしまいたい。


「どうだ、パーラ。頭は狙えそうか?」

「んー…。ちょっと無理かな。頭が向こう側を向いてるし、狙うには大分回り込まないと」

「やっぱそうか。…どうすっかなぁ」


アオショウグンは大きさこそ並外れているが、頭が弱点なのは他の生物と変わりない。

胴体の太さと長さから想像できる通り、多少の怪我は無視して動き回れるだけのタフネスさを備えていた。

頭を集中して狙い、胴体をなるべく傷つけずに倒すのが最良と言われている。


ダメージ効率で頭を狙うのがいいとされてはいるが、もう一つの理由として、アオショウグンの肉が非常に美味な食材として知られているのもまたあり、素材確保の観点から胴体が無事なまま討伐を終えたいという考えもあった。

今回俺達がこの依頼を受けたのも、その美味な肉を求めてのことなので、頭に銃弾一発でかたが付くと喜ばしい。


「仕方ない。とりあえず俺が胴体に一発攻撃を与えて、その反応で持ち上がった頭を狙うって感じで行こう」

「私はそれでいいけど、アンディは大丈夫?結構近付くんじゃない?」

「まぁ確かに多少は近付くが、土魔術で攻撃するわけだからそう危険でもないだろ。んじゃ行ってくる」


気を付けてというパーラの声を背中に聞きながら木の枝から飛び降りると、着地すると同時に目標目掛けて一気に駆け出す。

既に魔術で強化していた脚力によって押し出された体は、障害物の多い森の中を自動車並みの速度で突き進む。

時折地面から膨らむようにして突き出す木の根を飛び越えながら、密集する木々の間をトップスピードのままで通り抜けた先で、アオショウグンを俺の射程距離に捉えた。


とぐろを巻く巨体の周りには、押しつぶされた木々の残骸が散らばっており、その中に飛び込む形になった俺はアオショウグンが鎌首をもたげるよりも早く、土魔術で石礫の高速弾を撃ちだす。

若干手加減して放った石弾は、アオショウグンの肉体を貫通することなくその胴体を激しく叩く。


衝撃を余すことなく体表から浸透させたことで、アオショウグンのギィという耳障りな叫び声が辺りに響き渡る。

自分の身に加えられた攻撃に気付き、敵対者を探すために持ち上がった鎌首を周囲に巡らせた結果、見事に俺と目があった。


舌をチロチロと出し入れさせ、俺を捕食せんとやや首を後ろへと引いた瞬間、アオショウグンの左のこめかみに銃弾が埋まり、その衝撃で右方向へと大きく弾かれるようにして首が流されていった。

続いて二発目、三発目と弾丸がほぼ同じ場所へと撃ち込まれると、グラリと揺らいだ巨体は重力に引かれていき、轟音を立てて倒れてしまった。


ビクンビクンと痙攣するアオショウグンに近付き、だらんと舌を出したままの頭を調べて、完全に致命傷となった銃創を見てみる。

頭部に弾痕が一つのみとなっているように見えるが、傷跡が若干歪んでいることから、二発目以降が角度を変えて同じ場所に飛び込んだというのが分かる。


パーラのいる場所からここまで100メートル以上はあったはずなのだが、初弾が命中した衝撃で動いた頭部に、ほぼズレなく次弾を同じところに命中させているパーラの腕に戦慄を覚えた。


「おーいアンディー、無事ー?」

背後から掛けられた声に振り向くと、銃をアオショウグンに向けたままのパーラの姿があった。

殺したという手ごたえはあっても、この大きさの魔物ともなれば、一瞬でも息を吹き返す可能性があるので、近付くのに警戒はしておいて損はない。


「おう、無事だ。流石、いい腕だ、パーラ。きっちり頭に三発、仕留めてある」

「まぁね~。これだけ大きいと狙いも外さないよ」

そうは言うが、同じことを俺にやれと言われても、果たして可能かどうか。

簡単に銃を扱っているようだが、やはりパーラの狙撃の才能はとんでもないものがある。


今俺は中・近距離戦闘を行ったわけだが、長距離からの精密でほぼ無音の高速での攻撃は、この世界での援護としては頼もしすぎるのではないだろうか。


ほんま、鬼に金棒、パーラに銃やで。


「それで、このアオショウグンの死体はどうするの?胴体をほぼ無傷で倒せたのはいいけど、そのせいで持っていくのに苦労しそうだよ」

「いいじゃねーか。頭を潰したおかげで体の傷みは遅くなるんだ。ゆっくり運搬を考えようや」


アオショウグンは倒すのに苦労をする魔物であるため、大抵は胴体に激しい損傷を与えた上で倒す場合が多い。

実はアオショウグンの肉は美味である反面、非常に傷みも早いという性質があった。

そうすると討伐が成功したとしても、怪我を負わせた箇所から傷んでいくことになり、可食部位が時間の経過で減っていってしまう。


今回、俺達の場合は見事に頭以外に出血が無い状態を保っている。

まぁ、俺が石弾を当てた胴体の部分が少し心配だが、ざっと見た感じでは打撃痕のみとなっていたので、大丈夫だとは思うが。

なるべくならこのまま、身を切り分けることなく近くの村まで運搬したい。


「よし、なら近くの村に一っ走りして人と荷車をかき集めて来てくれ。これだけの肉があるんだ。いくらか分けるのを対価にすればすぐに集まるだろう」

「まぁそれが一番いいかもね。んじゃ私が行ってくるから、アンディはここを見張っておいてよ?」

「おう、任せとけ」


というわけで、俺はこの場に残ってアオショウグンの死体を守り、パーラが近くの村へと運搬のための応援を求めに行くことになった。

俺達がこの森に入る前、外縁部に隠してきたバイクを使えば、そう時間もかからず村に行けるだろう。


まず片方の村にパーラ行き、森の外の合流地点を決めたら反対側にある村にも声をかけて集まり、俺の所を目指すという手を取ることになる。

今回の依頼が二つの村の連名で出されたものであるため、アオショウグンの討伐素材も均等に割り振ることが大事だ。

どちらかの村に偏った利益を与えては、後々村同士の関係も悪いものになりかねない。


なので、運搬の依頼も二つの村に出すし、美味とされるアオショウグンの肉も分け方を誤るわけにはいかない。

ただ幸いというか丁度いいというか、二つの村は人口も同じくらいなので、分配量をさほど悩まなくて済みそうではあった。


早速行動に移ったパーラが、バイクを目指して森の中を突っ切っていくのを見送る。

それにしても草の茂っている藪に入ったはずなのに、草の擦れる音がほとんどしないとは、いったいパーラはどれだけの技術を持っているのだろうか?

斥候職として森の中を移動する際に音を消して動く技術はあると知ってはいても、こうして目の当たりにしてみると驚きは隠せないものだ。


それはともかく、パーラがいなくなったことでこの場には俺一人だけとなり、アオショウグンの死体を狙う動物や魔物の襲撃を警戒するため、アオショウグンの半分解けたとぐろを登って、一段高い場所に陣取る。

こうすればどの方向から現れても対処がしやすい。


パーラが森を抜けてバイクを回収し、二つの村を回って集合場所に再び戻り、そこからここに来るまでは恐らく3時間は優にかかるだろう。

その3時間程の間、ずっと気を張り続ける必要があるこの仕事は中々ハードなものになりそうだ。

肉体的なものより、精神的な疲労で倒れないように気を付けなくては。









「いや、これは驚いた。正直、依頼に応えたのが二人だけ、しかも随分若いときて不安だったんだが、見事やってくれたな」

そう言って俺の肩を叩くのは、近くの村の村長の一人で、アオショウグンがほぼ完全な状態で倒せたというのを聞いて、こうして自ら足を運んできていた。


今俺達がいるのは森の外縁部、少し歩けば村があるという地点だ。

ここには二つの村から集まった村人が、すっかり暗くなり始めたのに合わせて篝火を用意しており、ここで解体をして素材の分配作業を行うことになった。


アオショウグンの死体をいくつかの荷車に跨ぐようにして積み込んで運んだおかげで、森からヌッと現れたそのままの巨体を見た村人達の上げた驚愕の呻き声が少しだけ誇らしかった。


「しかし、まさかこれほど巨大なアオショウグンだったとは…。胴体をほとんど傷つけずに、よく倒せたもんだ」


手早く解体されていくアオショウグンを眺めてしみじみと呟く村長だが、やはり彼の目から見てもこのアオショウグンは相当デカいのだろう。


確かにギルドで受け取った情報では7メートルほどと聞いていたが、実際に目にしたら10メートルほどだったのは一応誤差の範囲だとは言えるものの、それでも想定よりかなり大きい魔物に、巨大生物との戦いとは縁遠い村人達は圧倒されているようではあった。


「まぁこれでも白級ですから、それなりに有効な手はありましたよ。それよりも、こちらの取り分である魔石と皮、それと少しでいいので肉の方もよろしくお願いします」

「おう、もちろんだ。こっちは肉さえ貰えれば文句はない。仕留めたあんたらには一番いいとこを用意させよう」


鱗のついた皮が粗方剥がされ、その下にあった白い筋膜も取り除かれて顔を見せたアオショウグンの肉は、とても蛇のものとは思えないほどに綺麗なサシの入った高級な牛肉かのような見た目をしていた。

運んでいた時から思っていたが、このアオショウグンからは蛇特有の臭い、魚臭いゴムとでも形容できるあの嫌な臭いが全くない。

どこか新緑の草を思い起こさせる爽やかな青臭さだけがその身から感じられ、この点もやはり俺の知る蛇とは異なる生き物なのだろうと思わせた。


蛇と言えばたんぱくな味で有名な食材だが、このアオショウグンは赤身と脂肪が見事に調和した肉として知られており、その味わいは誰もが求めてやまないと言う。

市場で売りに出せば、1キロが大銀貨単位で値が動くそうで、傷みさえ早くなければ主都まで売りに行きたいのだと村長は語る。


アオショウグンの解体も終わり、俺達の取り分である魔石と皮、全体の二割ほどの量の肉を確保できたので、この日は村長の勧めに乗り、村で一晩世話になることにした。

篝火が煌々と照らす村では、アオショウグンという豪勢な食材が振る舞われるせいで、夜にもかかわらず大人から子供まで村の広場に集まっている。


高級食材として知られるが傷みやすいのでなるべく早く消費する必要があるため、こうして祭りのような騒ぎの中でアオショウグンの肉は次々に調理と消費が繰り返されていた。

俺とパーラも食べてみたが、流石は言われるだけあって、途轍もなくうまい。


聞いていた通り、蛇肉とは思えないジューシーさは高級牛肉そのものといった感じだが、意外とサッパリした脂と牛肉よりも臭みがないおかげでいくらでも食べられそうな気がする。


基本的に塩で焼いて食べてはいたが、しばらく経った頃に出された煮込みがまた絶品だった。

塩だけで味付けしたとは思えない深いコクと、スープに溶けだした脂がしみ込んだ野菜で完全にやられた。

ついつい二度もおかわりをしてしまったほどで、これは帰ったら自分でも作ってみたい料理だ。


パーラも料理にはご満悦なようで、先程からわんこそばぐらいの速度でおかわりを繰り返して、給仕に付いている村の女性が完全に引いていた。


その後は村人からアオショウグン討伐の時の話をせがまれ、口をもぐもぐとさせながらパーラが大袈裟な身振りで語る内容は、娯楽に飢えていたであろう村人達を惹きつけてやまず、この日は夜遅くまで篝火が燃やされ続けた。








村長の家で一泊し、日もまだ上らない早朝には村を出る準備に取り掛かった。

バイクにつないだリヤカーにはアオショウグンの素材を満載し、特に肉は村長のアドバイスを受け、抗菌作用のある葉っぱで何重にも包んでいる。

これで当分は持つだろうということだが、飛空艇には冷凍庫があるので、そこに入れておけば保管は問題ないだろう。


村人達に見送られて出発し、バイクで飛ばすことしばし。

まずは飛空艇を隠してある丘へと到着し、アオショウグンの肉を冷凍庫の前へと運び込んでいく。

冷凍庫に入れる前に肉の状態をざっと確認してみたが、とくに変色も見られず、匂いや触感はおかしなところはないので、そのまま冷凍庫へと小分けにして詰め込んでいく。


大量にあったため、冷凍庫はアオショウグンの肉で完全に埋まってしまったが、これでいつでも好きな時にアオショウグンを食べられそうで、俺は満足だ。


ふと窓を見ると、太陽はまだ真上には届いていない時間なので、俺達は依頼完了の報告のためにディケットの街へと向かうことにした。


もうすっかり通い慣れた道のりを進み、ディケットの街にある冒険者ギルドで依頼完了の報告をしたのだが、その際に手続きをした男性職員が俺達だけでアオショウグンを討伐したことにひどく驚いていたが、もしかして失敗すると踏んでいたのだろうか?


だとしたら出発する前にもっと強く引き留めてもよかったと思うのだが、よくよく考えたら緊急の依頼ということで押し切る形に依頼を受理させたのは俺自身なので、文句を言う筋合いはない。

まぁ無事に依頼を完遂させたのだし、結果オーライ、終わり良ければ総て良しということにしておこう。


手に入れた素材の内、魔石と皮の殆どを買い取ってもらい、ギルドでするべき用事は全て済んだので、適当な食堂で昼食を済ませると、俺達は学園へと向かった。

この日は蔵書室の利用を申請していた日で、到着した校門で監視カメラに向けてアピールしていると、校舎のある方から厳めしい体付きの人物が近付いてきていた。


「よう、アンディにパーラ。久しぶり…っても10日ぶりぐらいか。聞いてるぞ。蔵書室の利用だな?」

俺を迎えに来たのは褐色の熊…―のような獣人であるケレスだった。


「ええ、そうです。今日はケレス先生が案内役なんですね」

「まぁな。俺は午後の授業を受け持っていないから、この時間の案内は任されやすいんだよ」


ケレスは歴史の授業を受け持っているため、午後の授業はほとんどないと聞いている。

午前だけに歴史の授業をする理由を訪ねたら、昼食を摂った後の眠い時間に歴史の授業は眠気にあらがえないだろうという配慮だと笑いながら語っていたが、どこまでが本当なのかはわからない。


「じゃあ私は時間潰してくるから、夕方頃にここで」

「わかった。あぁ、くれぐれも無駄遣いはするなよ。知らない人にもついていくな。危ない所には行かないこと」

「ちょっと、子供扱いしないでよ。大丈夫だって。少し市場を見て回って、ギルドにでもいるから。じゃあケレス先生、アンディのことよろしくお願いします」

「あぁ、任せろ。お前も気を付けてな。危ない目にあいそうだったら大声をあげるんだぞ?」

「もぅ、先生まで…」


軽く頬を膨らませたパーラがバイクで去るのを見送り、ケレスを先頭に俺は蔵書室へと足を向けた。







何度か足を運んでいた蔵書室では、もうかなりの量の本を読んだ気もするが、全体を見るとそれもほんの一部も一部、まだまだ読書を楽しむのに困らない量がある。

今日読む分を本棚から抜き出し、テーブルに付くと対面にケレスが座った。


「しかし、アンディよ。お前は飽きもせずによく本を読むな。うちの生徒よりも熱心に通ってるんじゃないか?」

「そうですか?スーリアなんかはよくここに入り浸ってたって聞いてますけど」

「あぁ、あの子は事情が事情だったしな。…だとしても、学生でもないのにそれだけ知識を欲するって姿勢は素直に感心するぞ。いっそここに入学してみたらどうだ?ウォーダン教授辺りに相談すれば推薦状ぐらい用意してくれるんじゃないか?」


「いえ、俺は冒険者の暮らしが性に合ってますよ。学園に通うってのはどうも柄じゃないんで」

「そうか?そりゃあ個人の意思が大事だけどな、どうもお前はウォーダン教授となにか似てる感じがするんだ」

「ウォーダン教授と?そうですかねぇ…」

「ま、あくまでもそんな風に感じたってだけだ。あまり深く考えなくていい」


そうは言うが、あの研究バカのウォーダンと俺が似ていると言われるのはなんだか心外だ。

俺はもうちょっと分別のある行動が出来る男だと自負している。

まぁ多少は自分の欲望に忠実な行動をとることもあるだろうが、あれほどではないはずだ。

うん、ないない。


「んん?アンディ、お前歴史書なんか読むのか?」

「は?あぁ、これですか。ええまぁ」


俺の手にある本を見て、ケレスが目を見開いて驚いている。

なんだろう、俺が歴史に興味を持つのがそんなに不思議なのだろうか?

そう言えばケレスは歴史を教えているのだし、気になっていることを聞くのもいいかもしれない。


「丁度いいのでケレス先生に尋ねたいことがあるんですけど、よろしいですか?」

「ん、その手に持ってる本に関連することか?だったら歴史を教えている身としては得意に解説してやるぞ?」

「それは心強い。実はお聞きしたいのは、農業の神の御使いに関してなんですが―」


以前、ベスネー村で知ったこの世界に農業の礎を気付いたとされる五人の御使いに関して、俺は蔵書室の本を読み漁って調べていた。

その五人の御使いというのが俺の知る前世での農業の合間にアイドルをやっている人達ではないかと思っていたのだが、どうも調べてみると民間に伝承として伝わっているものとはだいぶ違っていることに気付いた。

そして、その異なる点の最たるものが、性別だった。


「俺が以前聞いたときは、五人の御使いの性別までは分からなかったんですが、いくつかの文献では女性三人と男性二人だったとか?」

「そうだな。俺もそう記憶している。…あぁ、そういうことか。民間の伝承では性別までは語られていないか、もしくは全員が男性として語られてるんだな?まぁ民間に話が行くときは、どうしても口伝になってしまうものでな、余計なところを削いだり、脚色や変更なんかで分かりやすいように手が加わるというのはよくある。蔵書室でしっかりとした文献を見つけて、その差異に混乱する光景ってのはよく見かけたもんだ」


はははと笑いながら言うケレスだが、俺の方はため息が出そうになる。

てっきりTOKI〇の面々がこっちの世界に来ていたと思って興奮していたのだが、どうやら来ていたのは別人のようで、前世との繋がりが一つ切れたような気分だ。


とはいえ、この世界にある作物の育成方法などには大きな矛盾などは見られないため、相応の農業知識を持った人物達だったことは分かっている。

恐らくだが、何か本来の名前を名乗れない事情があり、T〇KIOの名前を借りたのではないかと予想している。


農業に従事していた身としては、アイドルを兼業する農家には並々ならぬ関心を持っていたものだ。

こちらの世界に来て農業指導を行うにあたり、名前を借りようとするのも分からんでもない。

そこには深い尊敬の念があったに違いないと想像する。


「そういえば御使いの最後についても色々と各地で異なった伝承が残されているらしいな。多いのはやっぱり天へと帰っていったってのか?」

「ええ、俺もそう聞きました。他のはどんなのがあるんですか?」

「そうだな…。大抵はどこかに去っていったってのが多い。面白いのだと現地に残り、子供をもうけて幸せに暮らしたってのもある。酷いのだと、他国からの侵略者に捕まって殺されたってのもあったな」


随分と幅が広いエンディングが伝わっているようだが、こうも違いがありすぎるとどれが本当かは分かったものではない。

なんとなくだが、グッドエンドは一般市民が綺麗に終わらせようと考えたもので、バッドエンドの方は時の権力者が権威を保つ為に色々と捻じ曲げて伝わるように手を加えたのではないかと思うのは邪推だろうか?


「あぁそういえば御使いの一人が最期を迎えたって国があったな」

ボソリと呟かれたケレスの言葉は、聞き逃すにはあまりにも興味を惹きすぎる。


「それは確かなんですか?」

「いや、あくまでもそう伝わってるってだけだ。なんだ、興味があるのか?だったら一度は足を運んでみてもいいかもしれんな。あそこは観光するにもいい国だそうだ」


興味があるかと問われれば無論あると答えたい。

現代日本のある世界から来たであろう人間が最期を迎えた土地ともなれば、俺が行かずに誰が行くというのだ。

パーラとも相談して、次の旅はその国を目指したい。


「ケレス先生、その国の名前は?」

「マクイルーパ王国だ」

ケレスの口から出たのは、過去に少しだけ因縁のあった国の名前だった。

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