仲間を尋ねて三千里
旅立つ空はやはり晴天が望ましい。
そういう意味ではソーマルガは旅立つ際の天候に恵まれやすい国だと言えるかもしれない。
世話になった人達に挨拶を済ませ、桟橋でユノーの見送りを受ける。
「チコニア達が向かった場所までの行き方は覚えたね?忘れ物はないかい?ちゃんと朝食は摂ったんだろうね?」
オカンか。
「大丈夫ですよ。地図もちゃんと作りましたし、生活物資とバイクは飛空艇にしっかり積んでますから」
これから向かう先は手持ちの地図に書き込んだし、飛空艇の地図データにもちゃんと入力してあるので迷う心配はない。
荷物類もきちんと全部積み込んである。
流石にバイクは貨物室に専用のスペースと係留器具を用意した。
長い事旅を共にした相棒は、飛空艇を手に入れたからと言って手放す気にならない。
ユノーの心配をしっかりと解消するのを別れの挨拶とし、俺は飛空艇で飛び立った。
本当ならユノーの他にコンウェルも見送りに来てくれる予定だったのだが、実家の料理屋が突然客足が増えてしまい、その手伝いでこれなくなったそうだ。
そう、俺がパウエルに伝えたカボチャ餅のせいで。
いや、俺としても新メニューはもう少し研究と改良をしてから出すんだろうと思っていたのだが、まさか教えた次の日にすぐ客に出すとは予想していなかった。
その辺りはパウエルの決断力を見誤っただけなのだが、その煽りを食らって急遽店の手伝いに駆り出されたコンウェルには正直すまないと思っている。
飛び立ってからもなんとなくコンウェルからの怨嗟の念を感じないことも無いが、まぁそこは実家の家計が潤うということで許してもらいたい。
さて、これから俺が向かう先だが、フィンディから出ていく風紋船が補給で立ち寄ることのある街の一つだ。
街の名前はコブロ、風紋船が立ち寄る場所ならではの宿場町的な発展の仕方をしているが、同時に周辺に遺跡や魔物の生息地も数多く存在しているせいで、武具の需要が多いという特色を持っている。
そんな場所柄、魔物の素材は武具の制作に重宝されるため、今回のドレイクモドキ討伐の際に出た素材をチコニアが運搬する依頼も発生したわけだ。
フィンディの街から風紋船で三日ほどの距離にあるコブロの街だが、飛空艇であれば一日も掛からずに着くことが出来る。
とはいえ、それだけ急ぐと飛空艇の主機にも相応の負担がかかるため、無理のない範囲で急ぐとしよう。
SIDE:パーラ
ユサユサと体を揺すられる感覚が、眠りの底に合った私の意識を一気に覚醒へと引き上げる。
目覚めた私を覗き込むようにして肩を掴んでいたのはチコニアだった。
「起きた?眠ったばかりのところ悪いんだけど、また来たわよ。迎撃に行きましょう」
「あぁ…はい、すぐに準備します…」
本当に少しだけしか眠れていないし、疲れもとれたとは言えないが、今の状況ではそんなことを気にしている暇はない。
外していた装備を身に着け、眠気覚ましに水を一口だけ飲み、すぐにテントから飛び出す。
テントの外では日除けの布の下に怪我人が横たわっており、慌ただしく介抱に動く人達の姿が目に付く。
雲一つない空の明るさとは一転して、怪我人の呻き声が満ちる村の雰囲気は暗いものだ。
私とチコニアがこの村に来てもう4日になろうとしている。
チコニアと一緒にあちこち旅をしながら依頼をこなす中で、私達はソーマルガの一部族であるギルナテア族に生活物資を届ける依頼を受け、荷物を積んだラクダ六匹と共に村へと向かった。
道中問題も無く、村へと着いてからも無事に依頼品の引き渡しも終え、さあ帰ろうとした段で問題が起きた。
狩りに出ていたギルナテア族の若者数名が怪我を抱えて村へと帰って来たのだ。
彼らは魔物の群れが村へと迫っていることを告げ、それを聞いた村長が村の守りを固めて立て籠もることを決断した。
丁度この村は高い台地の上にあるため、村の入り口へと続く一本道を封鎖してしまえば立て籠もるのに適している。
その一本道に木材や土などを積み上げて簡易の障壁を作り、戦闘可能な村人に私達も加わり、今日まで耐え凌いできたのだ。
当初は魔物の侵攻を防ぎ切り、立ち去るのを待つ予定だったのだが、一日経っても魔物は立ち去る気配を見せなかったため、侵攻の隙を縫う形で近くの街へ救援要請の使者を送りだしたのだが、どんなに急いだとしても助けが来るまで十日はかかる。
それまでの辛抱だったのだが、日に日に増える怪我人によって戦力は減っていき、今では私とチコニアの二人の魔術師が戦力の中核となって迎撃を行っていた。
碌に休息もとれないまま四日経ち、流石に限界も見え始めている。
それでも村にいる戦えない人達を守るために、私は村を囲うようにして建てられている外壁に上る。
外壁の上では既に魔物の迎撃を行っていた村人達が、眼下に迫る魔物目掛けて石や矢で攻撃を続けており、少し離れた場所ではチコニアが魔術による攻撃を行っていた。
連日の魔物による攻撃で、既に村への一本道に築いた障壁は破壊の津波の下にその役割を失い、今では外壁にまで魔物は迫っており、迎え撃つ村人達の目は必死を通り越していっそ悲痛なほどに険しい。
石造りとはいえ、さほど厚みのない外壁を頼りに行う防衛線は、いつ瓦解してもおかしくない。
今防衛に回っている人達がもし倒れた場合、犇めく魔物たちが村になだれ込み、怪我人を含めた非戦闘員はたちまちのうちに魔物の腹の中だ。
背に抱える命の重さと、迫りくる魔物の壁に挟まれた彼らの精神的な疲労は相当な物だろう。
それほどの緊張感の中で、皆自分に出来ることをやっていた。
「遅れました!」
外壁の上から攻撃の先鋒に立っていたチコニアに遅参の詫びを告げながらその隣に立つ。
「待ってたわ。早速いつものやつやるわよ。準備はいい?」
「はい!いつでもどうぞ!」
私の返事を合図に、チコニアが詠唱を始める。
これから私達が行うのは、チコニアの火魔術と私の風魔術を組み合わせた攻撃だ。
発動に詠唱が必要なチコニアがまずは火球を作り、それを魔物の群れに撃ってある程度数を減らす。
燃え広がる火の勢いに被せるように、私が風魔術で旋風を生み出すと、火の熱を吸い上げた旋風が灼熱の竜巻へと姿を変え、周囲にいる魔物を巻き込んで、多くを熱風で焼くか窒息させることで葬っていく。
しばらくは竜巻を私が魔術で制御し、時折火球をチコニアが魔物に放った後の焼け残りを再び旋風に吸収させて魔物を攻撃する。
一度発動させると長い時間に渡って攻め続けることが出来るこのやり方は、戦力に劣るこちら側にはとても有効な戦術だ。
私達の魔術が発動したのに合わせ、外壁にいる村人達もさらに攻撃の手を強める。
魔物が展開する範囲を魔術で蹴散らし、村人達が弓や投石で撃ち漏らした魔物を次々と葬っていく。
このやり方が今ではすっかりと形となって出来上がっていた。
だが魔物も学習するのか、魔術が来ると分かると一斉に散らばるため、今行った攻撃での撃ち漏らしはかなりの数に上る。
「毎度毎度、キリがないわね…。どっからこんだけの魔物が湧いてくるのかしら」
愚痴るチコニアの言葉は、ここにいる全員が思っているものを代弁している。
昼夜を問わず突発的に攻めて来る魔物の群れに、終わりのない闘争を想像してしまうのも一度や二度ではない。
今はまだなんとか戦えているが、いずれ弓矢が尽き、私かチコニアの魔力が回復する猶予も保てなくなってくるときが来れば、残されるのは玉砕覚悟で打って出て、村を蹂躙される未来だけだ。
救援が来るまで持ちこたえることが出来ればいいが、それでも日が経つごとに焦燥感は募り、いずれは心にかかる重みに押し潰される人間も出てくるかもしれない。
心理的な圧迫感を振り払うように、二度目の魔術の発動を行おうとした瞬間、私達の頭上を巨大な影が通り過ぎる。
外壁から下に意識が向いていたせいで、接近していたのに気付かなかったが、振り向いた先では鳥とも虫ともとれない空飛ぶ物体が村の広場上空に静止していた。
空を飛ぶ魔物のを警戒した私達だが、目に映る白く輝くその姿は、魔物というよりもむしろ天から舞い降りた御使いと言われた方が納得できるぐらいに神々しいものだ。
しかし、その巨体と生物的な特徴が薄い見た目から、どこか風紋船を初めて見た時の感覚に襲われた。
「なんだあれ…」
「空に浮かんでるぞ。新種の魔物か?」
「にしちゃあ村に攻撃を仕掛ける気配はないが…」
それまで眼下の魔物に対して攻撃を仕掛けていた村人達もその手を止め、その白い飛行物体に目を奪われていた。
「皆!手を休めないで!この魔物の群れを押し返すまでもう一息よ!」
私も村人と同じものに意識が向いていたが、チコニアのその声で自分のすべきことを思い出す。
あの空に浮かぶものは確かに気になるが、それよりもまずは目の前の危機を乗り越えなくてはならない。
そう思い、チコニアの火魔術に合わせて、再び私も風魔術を行使する。
何となくだが、あの飛行物体が来たことで事態が好転するような気がしていた。
まるでアンディと初めて会った時のように、危機なぞ知るかとばかりに吹き飛ばす風が吹いたような、そんな気分だった。
SIDE:END
パーラを求めて三千里……などと言うつもりはないが、気分的にはそんな感じだ。
なにせパーラ達は一つの街に長い時間留まることをせず、風紋船で街から街へと旅をしていることが追跡している内に分かって来たのだ。
コンウェル達がパーラのことを思って経験を積ませるという思惑の下に、チコニアが色々と見聞を広めさせようとしているらしかったが、正直追いかける身としては忙しいことこの上ない。
大きな街を二つと町村を一つ辿り、パーラ達の最新の行き先として浮上したのがギルナテア族の村だった。
その情報を得てすぐに飛空艇で飛び立ち、超特急で目的地に到着した俺の目に映ったのは夥しい数の魔物が村の外壁に群がっている光景だった。
遠くからでも蠢いている影が分かる魔物の群れだが、構成している種族は昆虫系統の魔物ばかりだ。
大型のサソリから巨大なコガネムシのような見たことも無い虫まで、かなりの種類がいる。
村に続く一本道で渋滞が起きているせいでそのどれもが一斉に攻め寄せているわけではないが、それでも数がとにかく多い為、こうして遠くから見ただけでも人間の根源的な恐怖をあおるような光景が出来上がっていた。
門のあたりで発生した竜巻は恐らく自然現象ではなく、誰かが魔物へと放った風魔術によるものだろう。
あの村にパーラ達がいるということは聞いていたが、出来ることなら入れ違いで立ち去っていることを祈りたい。
あんな危険な場所に知り合いがいるのは流石に不安になる。
とはいえ、村の危機を見捨てる事も出来ず、俺も防衛戦に加わることぐらいはしてやりたい。
最悪、村人を飛空艇に収容して脱出するのも考えておこう。
徐々に高度を落としながら村へと近付き、飛空艇が降りれる程度の広さを求めて村の広場上空に船体を浮かばせる。
船体の向きを調整して、建物の屋根に気を付けて徐々に高度を落としていく。
かなりゆっくりとした降下だが、万が一にも飛空艇の真下に人がこないように、着地することを気づかせる必要があるためこうした降り方を選んだ。
船の腹が地面に付いたのを体に感じた振動で把握し、外へと降り立ってみると、予想していた通りの注目をされてしまっていた。
いきなり現れた空飛ぶ物体が村の中に着陸し、そこから人が出てきたら気にせずにいられる人間はいるだろうか。いやいない。
「えー…お騒がせしてます。どなたか、この村の責任者のとこ―」
とりあえず、村の中で偉い人を教えてもらおうとこちらを見ている人に声をかけようとしたところ、突然強烈な衝撃が俺の体を襲った。
なんとなく俺に対する不審から誰かが防衛行動に出たのかと思ったし、そうする理由も理解できたので反撃することなくそのまま地面に体を投げ打つままに任せる。
倒れた体はそのまま拘束されているようで、胴に回された腕はきつく絞められて簡単には抜け出せそうにない。
というかすごく苦しい。
どうやらタックルからの地面への引き倒し、その流れで拘束といった感じだ。
完全に絞め技を掛けられているんじゃないかと俺の体の上にある人物を見てみると、見覚えのある頭が胸に押し付けられていた。
黒と藍色が混じった艶のある髪の毛に、白いリボンで三つ編みが結われているその頭はどうみてもパーラのものだ。
ということは、さきほどのタックルは感動の再会に感極まっての行動ということになるのか。
「…よう、久しぶり。元気だったかパーラ」
一カ月ほどしか離れていなかったはずだが、こうして話しかけてみると妙に懐かしい気持ちが胸に蘇る。
そしてそれは向こうも同じようで、コクコクと頷くパーラの顔が当たっている俺の胸元は徐々に湿り気を帯び始め、彼女が涙を流していることが分かる。
顔を起こさないということは泣いている所を見られたくないということだと思い、パーラの頭を撫でて落ち着くのを待つ。
そうしているとチコニアもこちらへと駆け寄り、地面に押し倒されている俺を見て驚きの表情を浮かべた。
「…まさか、本物なの?幽霊とかじゃなくて?」
「もちろん、正真正銘生きてますよ。お久しぶりです、チコニアさん。パーラがお世話になったようで」
チコニアもコンウェル達と同様、俺が生きていたことに驚いているようだが、幽霊かどうかを確認されるのは二度目なので、ついつい笑みが零れてしまう。
「無事だったのは素直に喜ばしいけど、あの空を飛んできたのは一体なんなの?私はてっきり新手の魔物かとおもったぐらいなんだけど」
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません。ですが、ここに来るまでに見た光景が少々急を要すると判断したものですから、こうして強引に広場に降ろさせてもらいました」
普通なら遠くから姿が見えるように接近し、いきなり村の中に降りずに門の外に着陸するという手順を取るのだが、そんなことをしていられないと判断して、こうした押しかける形になってしまったわけだ。
ところでいい加減パーラには俺の上からどいてもらいたいのだが、一向に俺の胴に回している腕の力が抜ける気配がない。
「…パーラ、そろそろいいか?流石に地面に寝ころんだままでいるのはいい加減辛いんだが」
そう語りかけるが全く反応が無く、どうしたものかと思っていると、チコニアが隣にしゃがみこみ、パーラの様子を覗き込む。
「この子寝ちゃってるわ」
「えぇ…。ちょっとそれは困るんですけど。おいパーラ、パーラって」
いつの間にやら俺の胸を枕に眠っているパーラに、起きてもらおうと肩に手をかけた所でチコニアに止められた。
「あ、ちょっと待って。パーラはここのところろくに眠ってなかったからしばらくそのままにしてくれないかしら」
「そのままって、俺はずっと地面に横になってろってことですか?」
「まぁ流石にそれは酷ね。そのままパーラを起こさないようにして立てない?」
そう言われてまずはゆっくりと上半身を起こし、パーラがしがみ付いたまま微動だにしないのを確認してから立ち上がる。
俺の正面から抱っこ状態でしがみ付いがままのパーラが落ちないように支えながら、チコニアの先導で村の中にある小屋へと足を向けた。
そこで今この村が迎えている危機的状況の説明を受ける。
無論、パーラをしがみ付かせたままでだ。
「―とまぁそんな感じね。救援を頼んだのがもう四日ぐらい前だから、あと六日は絶えなきゃならないんだけど、戦力が全然足りてないのよ。さっきまで攻めて来てた魔物は何とか押し返したけど、多分あともう一回攻めて来るわね」
話を聞く限りでは、どうも今この村は壊滅の岐路に立っているように感じる。
この四日間で実動の戦力が著しく減少した今の状況で、チコニアとパーラの魔術に支えられて何とか魔物を撃退してきてはいるが、いつまでも二人だけに頼った戦いを続けていては、その内破綻を迎えてもおかしくはない。
現にパーラはこうして連日の疲労でダウンしているし、チコニア自身も保有する魔力量は十分な回復期間を設けられないままでいるそうだ。
「そうなると、俺がここに来たのは丁度よかったということになりますね」
「そうね。あなたの魔術の腕はドレイクモドキ討伐の時に見たからね。あの閃光を放った魔術なら魔物の群れも一気に片付けられるでしょう?」
チコニアの言う閃光とは、恐らくレールガンもどきのことだと思うが、確かに威力という点でいれば大量の魔物の殲滅は容易い。
「確かにそうかもしれませんが、あの時の威力を今は出せませんよ。あれは特殊な金属を消費して使った魔術でしたから」
ドレイクモドキの硬い鱗を貫けたのは、高威力長射程を実現できたコッズ鋼の存在あってのことだ。
手元にコッズ鋼がない今、あの時のようにはいかない。
まぁそれでも普通に鉄釘を使ったレールガンでも威力は十分だとは思うが。
「えぇ!?参ったわねぇ…。正直、あれに期待してたんだけど、こうなると別の手を考えないと…」
黄ランクの冒険者だけあって、期待していたものが望めないと分かってもうろたえない辺りは流石だと言える。
「あぁいえいえ、チコニアさん。あくまでもドレイクモドキの時と同じとはいかないだけで、普通に魔物の群れをどうにかする程度の魔術は使えますよ」
「あら、そうなの?」
普通にレールガンもどきで外壁に迫る魔物の群れを蹴散らす事も出来るが、消費魔力を考えると他の魔術を選択したい。
石礫を撃ちだす土魔術は高威力だが、魔物の数が多く、ちまちまと撃つ手間が面倒だ。
水魔術は流石にこの村の水源を使う必要があるため、今後の村人の生活を考えるとあまり派手なものは使えない。
攻撃手段は限られてしまうが、それでも効果的な攻撃方法は幾つかある。
頭の中で使える攻撃手段をピックアップしていく。
「ところでチコニアさん、今この村で戦闘可能な人数と物資の残量を教えてもらえますか?」
「…あまり多くはないわね。初日から戦闘に加わってた人の半分ぐらいは怪我で戦えないし、外壁を頼りにした戦法を取ってるせいで矢がもう尽きかけてるのよね。今は投石に動ける村の人間を交代で動かして何とかしのいでる状態よ」
限界が見えかけている状態での戦闘を続けていたということか。
その状態で村人が自暴自棄にならないでいられるこの状況には、恐らくチコニアとパーラの存在も少なからず関係しているに違いない。
魔術師というのは籠城戦において砲台としての役割を果たし、目に見えて派手な攻撃をすることで士気の低下を和らげるのも期待できる。
「なるほど。では怪我人をどうにかすることから始めましょうか」
「どうにかって、この村には薬師も回復魔術の使い手もいないのよ?村の老人達の知識に頼った応急手当ぐらいしかしてあげられないのにどうするっていうの?」
予想はしていたが、それほど大きい村ではないため、当然ながら教会も存在せず、薬師もいないようだ。
「ご心配なく。治療は俺が行います。けが人の所に案内してもらえますか?」
「…嘘でしょ?あなた回復魔術まで使えるの!?」
「正確には水魔術による治療になりますから、回復魔術とはまた別ですね。それと、怪我も骨折や四肢破損ぐらいになると治療できませんから、打撲とか火傷とか切り傷程度が対象になりますが」
「水魔術ってそんなことまで出来たのね…。四肢の欠損した人間はいないし、骨折した人間は少ないから問題ないわ。怪我人がそのまま戦闘に加われるなら、応援が来るまでは何とか持ちこたえられるはずよ」
果たして普通の水魔術の使い手が俺と同じ様に出来るかは分からないが、とりあえずチコニアの勘違いを正す材料に欠ける身としては、まぁそのままにしておいても別にいいかと思っている。
水魔術を使った治療であれば、骨折や重篤な状態ではない限り、短時間で回復させることが出来る。
失われた血を復活させることは出来ないが、それでも傷の痛みと出血を抑えることは出来るので、体力の低下は食い止められる。
人間というのは怪我の治療を満足にしないでいると、精神的な疲労を覚えていく生き物だ。
血液を失うのと共に心身の疲労が重なることで、戦闘を行うのに十分なコンディションを保てなくなっていく。
冒険者や傭兵といった日頃から闘争の中に身を置く人間ならともかく、普段は普通に村で暮らしている人間が置かれている今の状況はその精神的な疲労の蓄積をさらに加速させていることだろう。
治療を行うことで戦力の補充だけでなく、村全体を覆う暗い雰囲気もある程度は解消できるはずだ。
村を守るために戦う人間も、暗い空気を背負うよりは明日への希望に向けて動く人達に背を支えてもらえば奮闘できるというものだ。
早速怪我人の下へと向かおうと立ち上がりかけた俺をチコニアが制止する。
「ちょっと待ちなさい。その前にまずはパーラをどうにかしたら?そのままで怪我人の所に行くわけにはいかないでしょう」
「…そうですね。どうしましょうか?どうにも剥がせそうにないんで、起こした方がいいですかね?」
今なお眠っているとは思えないほどの力で腕が背中に回されている状態だが、流石にそろそろ起こさないと俺も動くのに不自由過ぎる。
「さっきも言ったけど、パーラも疲れてるのよ。どうにかして眠らせたまま下ろせない?」
「いや、無理ですって。これ見て下さいよ。殺しに来てるのかってぐらいに締め付けてるんですから」
パーラの腕が回されているのは丁度革鎧の胸当ての部分なので、締め付けの痛みは何とか耐えられているが、これが生身の部分だったら今頃俺は気絶しているかもしれないほどだ。
「仕方ないわね。ならもう少しだけ待ちましょうか。ちょっとだけパーラを休ませてあげなさいな」
「怪我人の治療はなるべく急いだほうがいいのでは?」
「大丈夫よ。今すぐ死にそうって人はいないから」
チコニアの話を聞いた感じでは、パーラも確かに戦闘に見張りにと忙殺されていた。
俺との再会で緊張の糸が切れ、気絶同然に眠っているのならもう少しだけ眠らせてやりたいというチコニアの思いやりに俺も乗っかろう。
再会の喜びは俺にも当然あるため、こうしてパーラの温度を感じられるのは悪いものではない。
俺の視点からは顔を除くことは出来ないが、きっと笑顔で眠っていることだろう。
離れていた分だけ、今こうして近くに感じるパーラの存在は、以前よりもずっと俺の心を大きく占めるようになっている。
愛おしさと懐かしさの混ざり合った温かな気持ちのまま、その背中を撫でると、くすぐったいのか身じろぐパーラに思わず笑みが漏れる。
帰る家を定めていない身ながら、いつのまにかパーラの隣が俺の帰る場所となっていたようだ。
この瞬間、俺は帰って来たんだという実感を持てた気がした。




