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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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カボチャ餅

「だめ、やり直し」

「え~またですかぁ?もういいじゃないですかー」

ベターっとテーブルに身を投げ出し、今日何度目か分からない溜息がついつい漏れてしまった俺。


ここはギルドに併設されているフードコートで、そこにあるテーブルの一つを借りて朝からユノーによる手紙の検閲を受けていた。

現在はもうすぐ昼になろうかという時間帯で、ちょくちょくギルドを訪れる冒険者達による奇異の目に晒されているのだが、ユノーは知ったことかと俺の手紙に対するダメ出しを大声で口にする。


「なんなんだい、この出だしは。『この手紙を見ている頃、俺はもうここにはいないだろう』……バカ!遺書みたいにしてどうすんの!」

「いや、これはあくまでも俺がとっくにフィンディから旅立ってるっていうことの前振りで、一回遺書風に始まることで後の文が明るい雰囲気を醸し出すんですよ」

「そういう余計なことはするなっつってんの。パーラはね、あんたと違って純粋なんだよ。最初に一文を呼んで泣き崩れてそれ以降読まなくなったらどうするんだい」


まるで俺が純粋じゃないような言い方だ。

いや、俺も自分が肉体年齢相応の純粋さなぞ持ち合わせていないことぐらいは自覚しているので、文句はないが。

「じゃあ最初の一文を削ってあとはそのままにします。それでどうですか?」

なんとなくユノーからのダメ出しは想像できていたので、後半の文章は無難な感じで纏めている。

「…まぁこれならいいか。よし、じゃあこれはあたしがコンウェルに渡しとくよ。あんたは準備があるんだろ?」

「ええ、今日は旅に必要な物資を手配して回るつもりです。では手紙はお願いしますね」


その場で修正を加えた手紙を託したユノーと分かれ、俺は旅に必要な物の買い付けに街中を回っていく。

途中、昨夜の打ち上げで顔見知りとなった冒険者達から声をかけられ、挨拶がてら市場の様子とお勧めの店などを教えてもらい、旅の準備は着々と進んでいった。


皇都では金銭的な問題で買えなかったものも、フィンディに来たことで手にしたドレイクモドキ討伐の報酬と、皇都から持ち込んだ品を商人ギルドに卸した売り上げ金のおかげで粗方揃えることが出来た。


珍しい船という認識の飛空艇を見学する人の群れをかき分け、結構な量となった荷物を飛空艇へと運び込み終わった俺は、一仕事終えた充実感と共に船を出ると同時に男から声をかけられた。


「そこの者…そうお前だ。こちらへ来い。少し話がある」

絵に描いたような居丈高な態度で俺を指さし呼び寄せる男は、金色の装飾がギラギラと目立つド派手な服装と背後に立つ護衛らしき屈強な男達の存在から、貴族でろうと推測させる。

不摂生が服を着ていると言っていいぐらいに太った体型は、この暑さのせいで滝のような汗をかいており、放って置くと脱水症状で死ぬんじゃないかと心配になるほどだ。


一応貴族だと仮定して失礼のないように手招きに応えて近付くが、なんとなく次に出る言葉は予想できているため、この時点であまり気分はよくなかった。

衛兵に助けを求めるかとも考えたが、あいにく近くに姿が見えず、仕方なく相手をすることにした。

そして、やはり男の口から出た言葉は俺の予想通りのものだった。


「この船、実に美しい。砂漠の中にあって陽の光を一身に受けて輝く白。しかも、見た目もさることながら空を飛ぶ船だと言うではないか。これほどのものはそれに相応しい人間が持つべきだとは思わないか?」

大袈裟な身振り手振りを交えながら演説でもするかのようにそう言う目の前の男は、要するに飛空艇を寄越せと俺に言っているらしい。


バイクの時も似たようなことはあったが、俺に絡んでくる貴族はどうしてこう肥満体の者が多いのか。

どうせなら美人に絡まれたいものだ。

いや、トラブル自体ごめんではあるが。


「はあ、そうなんですか。それで…話というのはそれだけですか?」

「貴様!ワッド様に対してその態度はなんだ!この方はザロトラッド子爵領の領主であらせられる―」

辟易とした態度を隠さずに話す俺の態度を見逃せなかったのか、後ろに控えていた護衛の男が大声で俺を非難し、聞いてもいないのに目の前の人物が誰なのかを語りだした。

ワッドという名前とザラトラッド子爵ということは分かったが、それ以外は護衛の男が捲し立てる美辞麗句のせいでろくな情報は得られない。


半分以上聞き流してはいたが、ようやく話が終わったのか、静かになった周囲の様子に、俺もワッドへと注意を向ける。

「それぐらいでよかろう。この者は確かに貴族たる私に無礼な態度を取ったが、それもこの船を私に譲り渡せば不問としよう。そればかりか、相応の金もくれてやる。どうだ、悪い話ではあるまい?」

いやらしさしか感じられないニヤケ面でそういうワッドは、恐らく飛空艇を手に入れたも同然の気持ちとなっていることだろう。


貴族である自分が無礼を不問とし、しかも飛空艇をそれなりの金額で買い上げようというのだから、断られるなど微塵も思っていないようだ。

これで俺が普通の人間であったなら泣き寝入りに近い形で船を献上していたことだが、生憎俺には御上の御免状がある。


「大変申し訳ありませんが、あれはそう簡単に人へ譲り渡すことが出来ない代物なのです。たとえ大金を積まれようともそれは同じこと。なので、諦められた方がよろしいでしょう」

「…子爵たる私が頼んでいるのだぞ?それを断るのか?」

先程までと一変して不機嫌さ丸出しといった様子のワッドは、聞きようによっては恫喝ともとれる台詞を口にしだした。

後ろに控える護衛達からも殺気が混じった視線が俺へと飛んできており、このままでは刃傷沙汰にでもなりかねない雰囲気が辺りに漂いだす。


なので俺は一度断りを入れて船へと戻り、操縦室に設けた隠し金庫から飛空艇所有許可証を取り出し、それを手にワッドの前へと再び姿を現す。

そして、許可証を両手で広げて掲げ持ち、ワッドにも護衛の男達にもよく見えるようにその眼前へと突き出す。

「これは俺がこの飛空艇を所有することを許す旨が書かれた、ソーマルガ皇国国王グバトリア一世陛下と宰相閣下の裁可の元、発行された書面です。もしザラトラッド子爵様が飛空艇を俺から取り上げるとするならば、ソーマルガ皇国が認めた権利を侵害したとみなされますが、いかがお考えでしょうか」


許可証にはしっかりとグバトリアとハリムのサインと印も押されており、子爵の身分にあるのなら書類が本物であり、十分な効力を発揮することも理解できるはずだ。

たかが一冒険者と侮っていた相手が持ち出してきた皇国お墨付きとも言える飛空艇の許可証を目にし、ワッドは驚愕からか体を微かに震わせ、見開いた目で書面と俺を交互に見ている。


「国王と宰相の裁可の書類?偽物じゃないのか?」

「いや、この場で偽物を出すのはいくらなんでも…」

「しかし冒険者がそんなものを持っているのはおかしいだろ」

書面に釘付けとなっているワッドの背後では、護衛の男達が声を潜めて俺の手にある書類の真贋を囁き合っている。

サインと印の真贋を見分けるには、貴族であるワッド頼みということもあり、護衛の男達は動きが取れないようだ。


「……これは確かに陛下と宰相閣下のもの。偽物でもない…」

「ご理解いただけましたか?これがある以上、あの飛空艇はそちらへ譲ることも、ましてや権力に物を言わせて没収などということは出来ませんよ」

ブツブツと呟くワッドの声を拾い、念押しの言葉をかける。


「何故だ!何故たかが冒険者風情が国王陛下の印が入った書類を持っている!」

胸の内にあった疑問の声を堪えることが出来なくなったのか、いっそ悲痛なほどに思えるぐらいの声でそう叫ぶワッドに、もう一つ用意しておいたものを見せる。

「まぁその疑問はごもっともでしょう。その答えはこれです。俺はダンガ勲章を持っていますから、その褒賞の一部に飛空艇の所有を許されました」


この国の貴族ならばこのダンガ勲章がどれほどのものかわかるのだろう。

勲章を目の前に突き出されたワッドは、先ほど以上に目を見開いて驚き、流れ出ていた汗も心なしか増している気がする。

ダンガ勲章に加え、皇国のトップ二人の署名入りの許可証を持つ俺に、果たして子爵の地位にあるワッドはどういう反応をするのかというと…―


「ダンガ勲章…っ貴様があの……。は…ははっ…ははははっ、いやぁ貴公も人が悪い。そういうことはもっと早く言ってもらえればこのような誤解は生まれなかっただろうに。先程の私の言葉は戯れだと思って忘れて貰いたい。おっと、そう言えば用事があったんだった。これで失礼させてもらう」

引き攣った笑いと共に早口で謝罪じみた言い訳を捲し立て、その体からは想像できないほどに素早い足取りで俺の目の前から去っていくワッドを俺はただ見送るだけだった。


遠ざかるワッドたちの背を最後まで見ることなく、許可証を隠し金庫へと戻すために船へと引き返す。

遅かれ早かれ、飛空艇を狙って俺にちょっかいを出してくる貴族が現れるのは予想していたが、まさか皇都を離れてすぐにそうなるとは。


しかし許可証がしっかりと貴族相手でも通じると分かったのはよかった。

ソーマルガの貴族にはもちろん、公的な書類として他国でも通じると思われるので、難癖をつけられて飛空艇を即没収というのだけは避けられそうだ。


旅の準備はある程度整いつつある中で、こういったことで時間を取られるのはあまり嬉しくない。

なので、4日後にと考えていた出発を明日か明後日に繰り上げることも検討したい。

となれば早速知り合いに出発が早まったことを告げ、挨拶を済ませなくては。


知り合いへの挨拶と言っても、今フィンディの街にいる知り合いといえば、コンウェル一家とユノーぐらいのものだ。

ドレイクモドキ討伐の祝いの場で知り合った冒険者もいるが、彼らはまだそれほど付き合いが深いわけでもないので、挨拶も簡単でいいだろう。


だがコンウェル一家には俺の荷物やバイクを預かってもらったこともあって、ちゃんとお礼をしたい。

普通に金や物を渡しても逆に気を遣わせるかもしれないので、何か別の形を考えねば。


そんな風に考えごとをしながら歩いていると、いつの間にか市場の方へと足が向かっていたようで、横合いから売り子から声がかかる。

「兄ちゃん兄ちゃん!あんた他の街から来た旅行者かなんかだろ?この街に来たならこれ買ってきなよ。食っても旨いし、土産にもいいからさ」

変声期を迎える前の少年少女といった感じの声に反応し、声の主へと目線が導かれる。


市場を成している通りの脇には簡易の小屋を使った店舗から、日差しよけの布を高い位置に張っただけの露店の様相を成した店まで様々あるのだが、俺に声をかけてきたのはそんな風な露店で野菜を売っていた少年だった。


恐らく年が近いと予想して売りつけやすいとでも思ったのか、露店の一番目立つ店先に積まれた野菜の箱を笑顔で指さしている。

そこに白くて丸い物体が山と盛られているのを見たが、近付いてよく注目してみると、どうやらカボチャのようだ。

フィンディにいた時はこのカボチャを見かけなかったのは旬を外していたからだろうか。


大きさこそ俺の知る黒皮カボチャ等よりも小ぶりだが、見た目の白さはいわゆる西洋カボチャに多く見られる特徴の色味と似ており、甘さに期待できそうな気がする。

「カボチャか。これは甘いやつなのか?」

カボチャを一つ手に取り、軽く叩きながら売り子の少年に尋ねる。

わざわざ声をかけて客に売りつけようというのだから、相応の知識も持っているはずだ。


「甘いことは甘いけど、砂糖の甘さを想像してもらっちゃ困るよ。けど果物の甘さなんかよりもずっと柔らかい甘みは、一度食べたら癖になると思うけどね」

「ということはスープ向きか?」

「そうだね。それか、薄く切った物を焼いても甘味が際だって美味しいよ」

それを聞くとバターナッツカボチャかプティーニを想像してしまうな。


「ふーむ…。試食とかは出来ないか?」

「え…。いやまぁ別にいいけど、ここは火を使えないから生でになるよ?」

「構わんよ。薄く切ってくれればそれでいい」

どうやらカボチャを生で食べるというのがこの少年には異様に思えるようで、なにやら俺を見る目は最初の頃より大分温度が違う。


俺も前世ではカボチャを作っていたが、確かに生で食べるというのはそうそうしなかった。

だが何度か生食の機会もあった中で、カボチャの硬い皮を除けば種ですら普通に味は悪いものではなかったと記憶している。


その場で商品の一部を薄切りにしたものを手渡され、迷いなく口に運ぶ。

少年はそれを見て『うわ、マジで食ったよこいつ』というような顔をしているが、そもそも食材なのだから食えないことは無いと言わせてもらいたい。

口には出さないが。


食べた感じではややボソボソとした感じが多いが、すぐにねっとりした部分も主張を始める程度に、食感はちゃんとしたカボチャらしいものだ。

味は少し水っぽい中に甘味が遠くで感じられる程度、しかし風味は大分強いもので、これはこれで好きな人間にはたまらないのかもしれない。

かくいう俺もこの風味は好きなタイプのやつだ。


「うん、いいカボチャだ。これ、箱でもらうよ」

「あ、はい。毎度ありっす」

普通にカボチャを生で食べて、さらには箱で買って行く俺に一瞬面食らったようだったが、すぐに積まれていた箱の一つを俺の前に降ろし、代金と品物の交換を行う。


箱に紐を通して背負い、礼を言って俺は店を後にする。

立ち去り際、試食用に切ったカボチャの残りを手にする少年の姿が見えたが、彼がそれを口にしたかどうかを確認することはしなかった。

物を売る以上は品物を知るという意味で生食は経験しておくのも悪い事ではないが、子供の味覚にはあまりうまいと感じる物ではないだろう。

勿論まずいものでもないので、変な経験として少年に植え付けられることは間違いない。


さて、俺がこのカボチャを箱で買ったのには理由がある。

もちろん気に入ったから箱買いしたわけだが、それだけではなく、これを使ったレシピを世話になったコンウェル一家に教えてやりたいのだ。

ちなみにコンウェルの父親はパウエルという名前なのだが、俺は未だにおやっさんと呼ばせてもらっている。


バイクや俺の荷物を預かってくれていた恩を返すのに、品物や金ではパウエルの性格上、そう簡単に受け取ってもらえそうにないが、新しいレシピという形なら彼の料理人としての好奇心を刺激してお礼も受け取ることだろう。


ということで、俺は早速パウエルが営む料理屋へとやって来た。

現在店は夜の営業に向けての仕込みが一段落した状態で、丁度体の空いていたパウエルに歓迎される形で俺は厨房へと足を踏み入れた。


そこで俺が世話になったお礼としてレシピを教えたいというと、そこは料理人のパウエルはレシピ自体に興味を持ちはしたが、お礼としてレシピを受け取るのに少々思うところがあるようだった。


「世話になったっても俺はただコンウェルからアンディ達の荷物を預かってほしいって頼まれただけだぜ?礼ならコンウェルにしたらいいだろ」

「もちろんコンウェルさんにもお礼はしますよ。それとは別に、おやっさん達には俺のバイクを預かってもらったことのお礼をしたいんです。あれは結構な貴重品ですから、こちらで預かってもらってなければ紛失か盗難もありえましたので」


実際の所、バイクに関してはそこらの宿屋に預けていたとしたら、どこぞの貴族か盗賊あたりに奪われていた可能性があった。

だが冒険者の中でも上位にあたる赤級のコンウェルが実家でバイクを預かるということなら、赤級の戦闘力に腰が引ける盗賊や、半端な権力者程度なんかもバイクを盗むのに二の足を踏むことだろう。

そういう意味でもパウエル達にはお礼をしたいのだ。


「…まぁお前がそうしたいってなら構わんが、本当に大したことはしてないぞ?それでもいいんだな?」

「ええ、もちろんです。このお礼には俺の自己満足も含まれていますから。それにレシピ自体も気に入らなかったら受け取らなくても結構ですし、その際はまた別の形でのお礼を考えますよ」

「だからその別の形のお礼自体を俺は受け取る気はないんだっての。…しかし、こいつを使った料理とは…」

調理台の上に置かれたカボチャを見て腕組をしているパウエルに、レシピの説明を始める。


「カボチャか…。スープに使うってのを聞いたことがあるぐらいで、手を出したことは無かったな」

甘さという観点では果物には負けるし、ソーマルガの一部地域では砂漠の暑い気候柄、砂糖の生産も盛んに行われているため、他国に比べて比較的安価に砂糖を手に入れやすく、カボチャにスイーツ感を求めるという発想はなかったようだ。


「確かに甘味を欲して果物と天秤にかけることは無かったと思いますが、これはこれで面白い食材なんですよ。早速作ってみますから、店で出すかどうかは試食して判断してください」

「わかった。まずはその料理を楽しみにさせてもらおう」


料理人として目が輝かせているパウエルの視線を手元に感じながらの調理開始となった。

まずはカボチャを切る工程からだが、基本的にへたは固いので避けて包丁の先端を突き刺し、刺した点を頼りに刃物を降ろしていけば刃は通る。

俺が知るカボチャよりもこのカボチャは皮が柔らかいので、少しだけ切りやすいのは助かった。


四分の一ずつに切り分けたカボチャの中綿を取り、さらに細かく切り分けていく。

この際、取り出した種も食べられるのでとっておくといい。

ドンドン細かくしていったものを、皮を下にしてフライパンに並べて行き、浸かる程度に水張って火にかける。

蒸し器がないこの場では、フライパンを使ったこの蒸し方が一番簡単だ。

水が無くならないように途中で足していき、木串が通るくらいに柔らかくなったら火からおろし、粗熱を取る。


手で触れるぐらいに冷めてきたら、カボチャの皮を切り離す作業に移る。

皮も十分に柔らかくなっているので食べられるのだが、今回は初めて作るものなので念のために除いておきたい。

ホクホクかつネットリした身の部分だけをボウルに移し、砂糖を加えて混ぜていく。

程よくペースト状になるように途中で小麦粉を何度か加えて粘り気を見ていき、掻き混ぜる木匙が重さを増してきたら完成目前だ。


最後にほんの少しだけ塩を加える。

この塩が甘さを引き立てるのだ。

次にこれを丸く薄い形に成形していき、その中心に餡子を入れたら包んでいく。

この餡子は本来はフィンディの一般家庭でよく使われている豆の水煮に、砂糖と塩を加えて煮込んで作った物で、水煮の物を使うことで短時間で餡子が作れた。

味は前世での餡子には及ばないが、この世界にある果物のジャムとはまた違う甘さは珍しがられることだろう。


なんちゃって餡子を蒸カボチャで包むようにして丸め、これを最後に熱したフライパンで軽く焦げ目がつくぐらいに焼く。

型崩れしないのを確認したところで完成だ。

フライパンにいくつか焼いたうちの一つを皿に載せ、見学していたパウエルの前に置く。


「こちらがアンディ特製、カボチャ餅です。どうぞそのまま手掴みでお召し上がり下さい」

目の前に置かれたカボチャ餅に目を奪われたのか、まじまじと見つめるパウエルの目は好奇心に溢れている。


このカボチャ餅は俺の死んだ祖母がよく作ってくれていたもので、詳しいレシピを残すことも亡くなってしまったため、俺が作れるのはあの味を劣化コピーした料理に過ぎない。

とはいえ、俺なりにアレンジと工夫も加えられたこれもそう悪くない出来である。

死んだ祖母のカボチャ餅が偉大過ぎるだけの話なのだ。


パウエルの手の大きさのせいでかなり小ぶりに見えるそれに齧りつく。

つくり方を見ていたパウエルは甘い料理だと理解していたはずだが、目を見開いている彼を襲っている衝撃はそれをはるかに超える複雑な甘みだ。


カボチャ自体の柔らかい甘みに、疑似餡子の甘さが順に口の中へ姿を現し、次いでそれらが混ざった混沌とした甘さを彼の舌と脳は感じていることだろう。

「旨い…。俺はもともと甘いもの自体それほど好まん質だが、これならいくらでも食べられそうだ。このカボチャモチってのはただただ甘いだけのものとはまるで違う。一皿に盛りつけられた料理としての価値があるぞ、これは」


ただただ甘いだけのものを作るなら砂糖を大量に使えばいい。

しかしカボチャや豆を使うことで甘さに旨味と風味が付けたされ、一口食べると味覚と嗅覚が一気に刺激されるのは食べていても面白いものだ。

おまけに見た目も黄金色の餅とくれば視覚的にも楽しめるのかもしれない。


甘いものを好まないというパウエルがこれほどに旨そうに食べてくれているのだから、どうやらカボチャ餅は彼のお気に入りとなってくれたようだ。

「いいないいなぁー。お父さんばっかり」

いつの間にかカウンター越しにシャミーがこちらを見ていたようで、パウエルが手にしているカボチャ餅に熱い視線を注いでいた。


「…アンディ、悪いがシャミーにも出してやってくれ」

「ええ、もちろんです。シャミーさんの分もありますからこちらへどうぞ」

「いいの!?やったー!」

カボチャ餅をもう二つほど皿に載せた物をパウエルの隣に置き、そこへシャミーを呼ぶ。

やはり女性にとって甘い物は抗いがたい誘惑なのだろう。

厨房へと小躍りしながら入ってくるシャミーの顔は上機嫌の極みだ。


「…んーまーいー!アンディ君、これすっごくおいしいね!これならいくらでも食べられる…いいえ、飲めるわ!」

一口食べてすぐにキラキラとした目になったシャミーにもカボチャ餅は受け入れられたようだ。

しかし飲めるは言い過ぎだろう。


「だがアンディ、このカボチャモチのモチというのは一体何のことだ?こういう料理の総称か?」

そういうパウエルは、既に食べ終えた餅という言葉の意味に興味が移っていた。

この世界ではパン食が一般的なので、餅というものが存在しなかったため、餅という言葉は彼らにとって全く未知の言葉となっている。


「餅というのは本来はもち米というもの使って作る食品の一種なのですが、今回の場合はこういう丸く形を整えて中に甘い煮豆を入れたものをそう呼ぶと解釈してください」

厳密には今の説明は不足しているのだが、もち米やら漢字をいちいち説明する手間を省くためにそういうものだと理解してもらったほうが手っ取り早い。


「なるほどな。モチか…。よし、これならうちの店でも出せるな」

「食後の甘味としてお客さんにお勧めすればいいかもしれませんね」

「食後と言わず、これだけを食べに来る人も出てきそうよね」

この場で唯一の女性の意見であるシャミーの言葉はある意味で的を射ており、この世界での数少ない和食系スイーツとして売りにするのもいい手だ。


「ところでアンディ君、おかわりないの?」

「もう食べ終えたんですか?さっきので全部でしたよ」

カボチャ餅をペロリと平らげたシャミーはおかわりを催促して皿を俺の方へと押し出してきたが、生憎先程シャミーが食べたので最後だ。


「なら俺が作ろう。さっきアンディのやり方を見てたから、いっぺん作ってみて、悪い所があったら教えてくれ」

しょんぼりと肩を落とした娘の姿に触発されたというわけではないだろうが、パウエルが今度は自分の手で作ると言い出す。

料理人である彼は新しいレシピを自分の物にするのに意欲的で、箱で置かれたカボチャの方へと歩いて行く足取りは浮かれているような気配が感じられるようなしないような。


パウエルがカボチャ餅を作ると聞いて、俯かせていた顔を上げたシャミーは輝くような笑顔で父親を見ている。

なんだかこういうところはパーラとよく似ているよう気がした。

調理に取り掛かったパウエルの傍に俺も移動し、手順に間違いがないかの助言をする。


流石は料理人として店を切り盛りしているだけあって、一度工程を見ただけで作り方はほぼ完璧に覚えてしまっている。

俺が口を出したのは、カボチャの切り方と蒸し時間ぐらいで、あとは流れるようにして調理が進んでいく。

出来上がりの大きさや形こそ俺とは異なるが、中に入れる餡子もパウエルは手早く作ってしまう。

まぁ餡子に使う食材自体は店のものを使ったし、手順もそれほど面倒なものではないので、パウエルほどの料理人なら再現できて当然だ。


そして完成したカボチャ餅の味だが、シャミーがまたしてもペロリと平らげてしまうほどの出来だったとだけ言わせてもらおう。

少し早いですが、12月といえば冬至ですので、カボチャを少しネタにして話中に挿し込んでみました。

今は亡き私の祖母が作ってくれたカボチャ餅を、この季節になるとふと思い出します。


VS.

PCの買い替え時期がまだ未定のため、不定期更新はもう少し続きますことをお許しください。

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