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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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138/457

記念式典

今回は特定の個人の視点ではなく、第三者視点を意識しての実験となります。

読み辛いなどの苦情は受け付けておりますので、今後に生かしたいと思います。

SIDE:―――――





後の歴史にも語られるであろう84号遺跡での大発見。

そこで発掘された飛空艇を一斉にお披露目する式典を明日に控えたこの日、皇都近郊に作られた飛空艇を保管する施設にて、ソーマルガ皇国国王グバトリア一世をはじめ、国の重鎮に数えられる大貴族達が揃って飛空艇の試験飛行を見学する場が設けられた。


楕円を描く競技場のような場所に置かれた2隻の小型飛空艇と1隻の中型飛空艇が、大勢の貴族達が見守る中でゆっくりと浮かび上がっていく。

同時に、潜められた感嘆の声が辺りに響いたことからも、目の前の光景が見学者たちにとっては実に興味深く見られているようだ。


「ほぅ、あれだけの大きさの物が宙に浮かぶというのは中々面白いものだが…。随分ゆっくりとしたものだな」

グバトリアが感心しながらも、どこか落胆が混じったような声音でそう言うのに答えたのは、研究者達を代表して傍に控えていたダリアだった。


「はっ。今あの飛空艇を操っている者達は未だ操縦に慣熟したとは言えず、安全を考えて挙動は一拍遅らせて取るようにと厳命させております。貴重な遺物でありますので、万が一にも壊されないようにとセドリック殿が仰せでした」

「なるほどな。であればあのような動きにもなろう」

大きく頷くグバトリアの様子に、ダリアも微かに笑みを浮かべる。


本来であればダリアのいる場所にはセドリックが立っていたのだが、彼は今回の遺跡発掘の指揮を執っていた身であったため、そのまま飛空艇の試験飛行を取り仕切ることとなり、今現在は少し離れた場所で飛空艇の動きを見守りつつ、細かに指示を出していた。


そのため、調査団内での序列がセドリックに次いで高く、かつ飛空艇の説明を出来そうな人間として、84号遺跡から今に至るまで飛空艇修復の現場指揮を執ってきたダリアに白羽の矢が立てられたわけだった。


ダリアは国王や大貴族を相手にするのに慣れているわけではないが、メイエルや他の研究員達は国王の傍に立つことの緊張感に耐えられないとして固辞し、消去法で選ばれたダリアが説明役となったわけだが、物怖じせずに的確な解説をする姿から、この人選は正解だったと言えるだろう。


一定の高度まで上昇した飛空艇は、次にグバトリア達を筆頭にした列席の貴族達がいる桟敷に沿うようにして緩い弧を描きながら飛空艇を前進させていく。

初めはゆっくりと、しかし徐々に速度を上げていく飛空艇に、見学している面々も興奮の色が混じる表情に変わりはじめる。


何周か飛び回った飛空艇は、次に3隻が横並びで並走するように桟敷の上を通り過ぎる。

桟敷に影を落としながら頭上を通過する飛空艇に、見学者達が歓声を上げる。

グバトリアも愉快そうに笑う中、ハリムだけが首を傾げて考え込む様子にダリアが気付き、目が合ったところで質問がなされた。

「ダリアよ、あの飛空艇はどうやってお互いの船へと合図を送っているのだ?先程我らの頭上を通過する際の動きはどこかで合図が無ければああも合わせられるものでもないだろうに」


「それならばこちらをご覧いただくと分かりやすいでしょう」

そう言って少し離れた所に置いてあった荷物の中から、金属製のランプを取り出し、ハリムの前へと差し出す。

「ふむ、魔道具のランプだな。少し小型だがこれが一体―む?これはなんだ?これでは明かりが周囲へと広まらんぞ」

それを受け取ったハリムがランプを眺め、普通のランプとは明らかに違う点に気付く。


「仰る通り、これは周囲へと明かりを飛ばす物ではなく、この丸く切り取られた部分からのみ明かりが漏れ出るようになっています」

ランプの本来明かりが見えるはずの部分は金属の覆いがあり、唯一側面に丸く開けられた穴以外からは明かりが漏れるようにはなっていない。

ハリムから返してもらったランプを手に取り、ダリアが手元で操作をすると、ランプの丸窓の部分で覆いが開閉する動きを見せ、あたかも明かりが点いたり消えたりするように見える。


「このように、明かりの点滅で船同士の操縦席へと意思を伝える道具となっております。点滅の時間や回数などで文字を表し、光の届く範囲であれば簡単な会話程度も可能です」

「ほう!これはまた便利なものだ!そういうものなら飛空艇に限らず地上の伝令にも応用できそうだな。これは飛空艇に積んであった魔道具か?」

「いえ、これはアンディ殿が考えた物です。発想は彼が、製作は職人の手を借りてこの形になりました」


そのダリアの声は妙に辺りへと響き、それとなく聞き耳を立てていたものを含め、この場の貴族達は驚愕でその顔を彩られることとなった。

「…あ奴か。まったく、何でもやる男だ。しかも価値のあるものをこうもあっさりと作られてはたまらんな」

思わず漏れたグバトリアの言葉に、貴族達の大半が同意するように大きく頷く。


遠くの相手との意思疎通というのはこれまでなら馬で直接伝えに行くか、狼煙などで危急を知らせる程度しかなかったのだが、今飛空艇で使われている光を使ったものであれば光が直進して届く範囲内なら今までの比ではない速度と精度で情報のやり取りが出来る。

これは軍事にも経済にも非常に有用なものとなるため、特に大した見返りも求めずにソーマルガにこの技術を残していったアンディという男に対して呆れるのも仕方ないことだろう。


「果たしてアンディはこの技術をソーマルガに必要な物として残したのか、それとも奴自身にとって公開しても惜しくない程度の技術なのか。…一体どちらなのだろうな?ハリムよ」

心底愉快といった感情が隠せないのか、笑みを含みながら尋ねるグバトリアとは対照的に、眉根を寄せて不機嫌そうなのはハリムだ。

「恐らく後者でございましょう。あの者は自分が持つ技術と情報の重要さを理解していない節がままあります。まったく、見返りも求めずこういうことをされては、宰相としてはいらぬ勘繰りをするなというのが無理というものです」


画期的と言っていい光を使った情報のやり取りというものは、一体どれほどの価値があるのか計り知れない。

金に換算しても膨大な額となるだろうし、上手く喧伝できれば勲章が与えられてもおかしくないほどだ。

それほどのものをタダ同然に渡されてしまっては、何か企みを持ってのことかとハリムが思うのは仕方のない事だ。


策謀や駆け引きに触れる機会が多い宰相の立場にあるハリムなら、物事の裏側を読もうとするのは職業病ともいえるものなので、アンディのやったことは色々と混乱を招きかねないものだ。

しかし質の悪いことに、当のアンディは恐らく自分が齎した技術が大したものではないと思っているらしく、特に拡散を止めるようなことを念押ししていなかったことからも、本当にこの技術の対価を貰おうという気はなかったと推測できる。


アンディ本人が不在でありながら、当の本人が意図せずに残していった問題に軽く頭を悩ませるハリムであったが、他の見学者達が俄かにざわつき始めたのに気付き、その原因として可能性の一番高いであろう飛空艇へとその視線を向けると、案の定、空を飛ぶ飛空艇から煙が吹き出し、後方へと線のように流れていくのが見えた。


「煙だ!飛空艇から火が出ているんじゃないか!?」

「すぐに地上へと降ろすのだ!騎士でも使用人でも構わん、手の空いている者を集めて消火作業に出せ!」

「宰相殿!陛下を安全な場所へ!」

上空で煙を吹きながらも飛び続ける飛空艇に焦ったのか、そこかしこで貴族達が大声で喚き出す。

貴重な飛空艇が燃えているのを見て、飛空艇の喪失を恐れるとともに、自分達の頭上へと落ちてくることの恐怖にも駆られ、場が軽く混乱し始めた時、ダリアが声を張り上げて鎮静化を図る。


「皆様、どうか落ち着かれますよう!あの飛空艇に問題は起きてはおりません!あの煙も飛空艇に仕掛けた特殊な機構によるものです!」

浮足立つ貴族達に声をかけて回って落ち着かせたダリアがグバトリアの傍へと戻って来たのを見計らい、ハリムが話しかける。


「ダリア、飛空艇が問題ないことは分かったが、ならばあの煙は一体なんだ?事前に私が受けていた報告にはなかったと思うのだが」

「あの煙は明日の式典で飛ばす飛空艇が、観客を楽しませるためにあのように煙で飛行の軌跡を描いているのです。ああすることで煙が後に残って飛空艇がどう飛んだのか見えますし、あの煙で絵を描くこともできます。あぁ、そろそろです。どうぞ、上をご覧ください」

そう言って空へと手を向けるダリアが指し示す先では、飛空艇が煙を引きながら飛び回ったことで描かれた絵が地上にいる者達からもはっきりと見ることが出来た。


「おぉ!煙が絵に!」

「あれは…ソーマルガ皇国の紋章か?」

「三角形に収まる二重丸…。簡易だがソーマルガの紋章と言われればそう見えるな」

空に描かれたのはソーマルガ皇国が掲げる国旗に描かれる紋章を思わせる図形だ。


三角形の中で二重丸を描くそれは、細かい意匠を省いて形だけを整えた紋章であり、明日開かれる式典で飛空艇のお披露目の時に観客達を楽しませるためにと密かに計画していたものだった。


今は低い高度で小さな図形を描いただけだが、本番ではもっと高度を上げ、地上のどこからでも見えるほどに大きなものを描く予定だという。


「面白いことを考えたものだ。……待て、まさかこれを考えたのも」

「はい、アンディ殿です。煙を出す装置を積んだ飛空艇で空に絵を描けば地上から見ている人達も楽しめるだろうとのことです」

「次から次へとよくもまぁ思い付くものだ…」

呆れなのか諦観なのか、ともかく一際大きくため息を吐くハリムの言葉は、どこか疲労の色が滲んでいた。


見学者達にも反応は良好で、自国の紋章が空に描かれることが誇らしいといった者がほとんどだ。

ただ、中には渋い顔をしている者もおり、そういった人達は空に紋章を描くことの意義が分からないといった様子だ。

これは本番の規模を目で見て、市民の喜びを肌で感じてもらえば解消される問題だと思われる。


試験飛行も予定を消化し終わり、空を飛んでいた飛空艇は元いた場所へ向けて船体を降ろし始める。

飛び上がった時よりも尚ゆっくりとした様子で着陸する様は、飛空艇を傷付けないようにとのことなのだが、見ている側は欠伸が出そうなぐらいに退屈なものだ。

やがて地面に船の腹が完全に着くと、見学者達からまばらに拍手が鳴り始め、操縦していた者達への賞賛が混じった拍手は徐々に強まっていった。


響く拍手の中、グバトリアがダリアに向けて言った言葉は、今の試験飛行を見学したことで湧きあがった不満と疑問が混じったものだった。

「やはり見ていて思ったのは動きが遅すぎるということだな。アンディが操縦していた飛空艇はもっとキビキビとした発進をしていたし、着陸も滑らかな物だったと記憶しているぞ」

「はっ。それに関しましては些か陛下の認識を改めさせていただくことになりましょう」


グバトリアの認識が間違っていると暗にいうダリアの言葉に、特に不機嫌になることも無く無言でその先を促すグバトリアの目に誘われるようにしてダリアが語り始める。

「飛空艇の操縦に関して申しますれば、かの操縦はかなりの訓練を必要とする特殊なものでございます。先程飛空艇を操縦していた者達がアンディ殿に比べて拙いものだと感じられたのも当然のことでしょう。彼らは訓練を始めてまだ10日も経っておりません」


「10日だと?たった10日の訓練で飛空艇は飛ばせるというのか?」

「いえ、失礼ながら、宰相閣下のお言葉は少々的を外れております。飛空艇の操縦に関しては、適性を見て選抜された者に他の一切の作業を行わせず、10日間操縦訓練のみに専念させた結果が本日の試験飛行を行った操縦士達の技量となります。ですので、10日の訓練で飛空艇を飛ばせたのではなく、10日の訓練で飛ばせるような人間がたまたまいたということになります」


今日の試験飛行に臨んだ操縦士達は決して技術に劣った者達ではない。

むしろ現在ソーマルガ皇国に属する操縦士として見た場合、彼らこそが最も技能に優れた操縦士だと言えるほどだ。


「陛下がおっしゃられたアンディ殿の操縦する飛空艇の動きは、やはり操縦の妙であるという以外ありません。84号遺跡でアンディ殿が巨大飛空艇へと中型以下の飛空艇を運び込むのを私も見ましたが、今飛空艇を操縦していた者達とはやはり比べ物にならないほどに優れていたと記憶しています」

「ふーむ…アンディの操縦の腕前はそれほどのものか?」

実際にアンディの操縦で飛空艇が動く場面は見ているはずなのだが、比較対象が今までなかったせいで今一つダリアの言葉に実感がわかないハリムがそう尋ねる。


「はっ。内心を包み隠さずに申せば、アンディ殿には飛空艇の操縦を教える教官として皇都に留まっていただきたかったものです」

「…あいつめ、それほどの腕があることを私に隠していたのか」

ダリアの言葉を聞き、ハリムは恨みでも込めたのかというぐらいに低い声で呟く。

なにやらやさぐれた雰囲気をその身に纏いだしたハリムを無視し、ダリアはグバトリアからの質問に意識を集中することにした。


式典前の飛空艇お披露目に備えた総仕上げとなった試験飛行は、見学に訪れた貴族達の大多数から好評の声を受けて幕を閉じ、翌日に控えた式典のための準備は着々と進められていった。








ソーマルガ皇国国王、グバトリア一世による重大発表という布告が事前に皇都とその周辺地域へと広められ、何事かと皇都内外から人が集まる王城前の広場は、人の群れという言葉が控えめに感じられるほどに詰めかけた人でごった返していた。

普段は城壁に守られた王城前の広場は閲兵式にも使われるほどに広さがあり、この日ばかりは解放された城門を通った人々が今も広場へと集まり続けている。


いつ国王が姿を見せるのか、重大発表とは一体何かを予想して囁き合う人々の声を割るようにして兵士達が声を上げる。

「これより国王陛下のお言葉が発せられる!あちらの露台にお姿を表されるが、陛下がなされるお話を邪魔することなく、しかと拝聴するように!」

そう言って頭上を手で指して人々の注目を上へと向ける。


城の内部へと続く巨大な扉の上へと視線を向けていくと、張り出した露台の上にソーマルガの国旗を持った儀仗兵達が姿を現し、広場へと向けて手に持っていた旗を二本ずつ、振るうようにして突き出す。

一本は豪奢な仕立てで織られた荘厳なもので、細かい刺繍で紋章が描かれたものと、使われている布地は上等ながら、描かれる紋章は簡易な物の旗という二種類が用意されていた。


儀仗兵が旗を振るい、風にはためくのを合図にしたかのように、金と銀の刺繍が煌びやかに施された赤いマントを纏ったグバトリア一世が姿を見せた。


その瞬間、大地が揺れたと錯覚できるほどの歓声が広場を満たす。

普段そうそう見る機会のない国王の姿を見ての反応だが、地を揺るがす程の声の多さが、国民の王への支持の高さを物語っている。


広場に集まる人々の顔を全て見るかのように端から端までゆっくりと顔を動かしたグバトリアが、その口を開く。

『今日―』

張り上げた声ではないにもかかわらず、広場にいる全員の耳に十分届くグバトリアの声は、未だ喧騒の中にあった人々を一斉に黙らせる効果があった。


『我らは新しい翼を手にする。かつて風紋船が世に出ることで砂漠の広さは我等を阻むことも無くなった。そして今、この空が我らの新しい道となるであろう。既に見た者もいようが、諸君らが目に映すは古の伝承に謳われた天翔ける方舟。遺跡の中より見つけ出し、ソーマルガを支える魔道技術によって蘇りし彼の遺物を、余は飛空艇と名付けよう』


グバトリアの声が途切れたのと同時に、王城が背負う湖のある方角からゆっくりと空を進みながら姿を現したのは巨大飛空艇とその周囲を飛ぶ中・小型の飛空艇群だ。

ゆっくりと飛ぶその姿は、見る者に言葉を発することを許さないほどの迫力があり、事実、広場にいる誰もが言葉を口にすることなく見上げるしかできない。


『古代文明が駆りし船を我らは手にし、これらによってソーマルガは新たな時代を迎える。空を駆り、多くの人と物を遠くへと運ぶに足る飛空艇は、この砂漠を狭きものとするであろう。今はまだ数も少なく、自由に往来を許せるものではないが、いずれ誰もが空をその眼で見渡す日が必ず来る。これより後、飛空艇が我が国にもたらされたことを祝う式典が行われる。祝いの席に上座も下座も無粋。皆、大いに楽しむがよい』

そう締めくくるグバトリアの声が響くと、広場にも徐々にざわめきが波打つように広まり始め、やがて大きな歓声となって露台へと叩き付けられる。


―ソーマルガ万歳


―皇国に栄光あれ


口は違えど皆同じ言葉を放ち、熱狂を巻き起こしながら広場の熱はどんどん上がっていく。

いっそ暴動ともいえるほどの歓声は次の瞬間、頭上を高速で通り過ぎる飛空艇によってかき消される。


2隻の小型飛空艇と2隻の中型飛空艇が、まるで縄張り争いを仕掛ける鳥のように位置を入れ替えながら空を駆けていく。

その光景に人々は呆気にとられ、ただただ空を見上げるのみだ。


不規則に飛び回っていると思われていた飛空艇は、やがて誰かが上げた声によって、天に現れた絵の存在が人々の目に明かされる。

「なんだありゃ?」

「もしかして…絵じゃないかしら?」

「何の絵―…ひょっとしてあれじゃないか?あの旗に書いてある」


一人が指さす先にある、露台から突き出た旗の先には確かに上空に描かれている絵と似ている柄が描かれている。

それはソーマルガの国旗に描かれる紋章で、あくまでも外形と特徴的な模様だけを抜粋した簡易的なものだが、この国の人間なら一度は目にしたことがあり、今も目の前にある城に見本となる旗があることから、空に引かれた煙が何を表しているのかを理解していく。


儀仗兵が普段持つ儀礼用の旗だけではなく、簡易の模様が描かれた物も携えていたのは、今空に描かれる紋章の見本とするという狙いもあったのだ。


飛空艇という存在だけでも驚愕ではあったが、その飛空艇を使って空にソーマルガの紋章を描くという発想に度肝を抜かれた形となった人々は空を見上げ、目を輝かせて空に浮かぶ紋章をいつまでも眺めていた。


空に描かれた紋章が集まった人々の心を鷲掴みにし、その後の飛空艇発掘における論功行賞では、飛空艇をソーマルガへ齎したとも言えるセドリックの登場によって、観客達の喜びはさらに爆発したといえる。


発掘に携わった人間には例外なく褒賞が与えられ、その中でも指揮を執っていたセドリック、ダリア、メイエルの3名にはそれぞれ勲章が、貴族家の出であるセドリックには爵位が与えられることとなった。


実家の子爵家とは別に、男爵位を与えられることになったセドリックは新たに家を興すことが許されることとなる。

新興の貴族ではあるが、歴史ある子爵家の血を引くセドリックは現在皇国内で起こりつつある新興貴族と血統主義の軋轢に新しい風を吹かせることとなり、貴族同士の懸け橋となる期待を寄せていることもグバトリアの宣言にほのめかされていた。


式典がつつがなく進み、最後に国王による閉会宣言によって幕を閉じることとなっていたところに、突然一隻の小型飛空艇が巨大飛空艇から飛び立ち、広場の上空で緩やかな旋回をしたかと思うと、次の瞬間、その飛空艇から大量の白いものが溢れるようにして地上へと振りかけられた。


ゆっくりと風に乗って降りてきたのは白い花びらで、風に吹かれながら広場に集まった人々の頭上で舞い踊り、幻想的な光景を作り出していた。

この国から出たことの無い者は見たことは無いが、それはまるで雪が舞う冬の景色の様で、誰もが声を失ってただただ見惚れていた。


全ての花びらを出し終えたからか、小型飛空艇が最後に広場上空を数周回ると一気に高度を上げ、巨大飛空艇へと戻っていった。

再び轟音にも似た歓声が上がり、拍手喝采が鳴りやまぬ中で式典を終える。


誰もが皇国と国王の名前を叫び、笑顔と笑い声が満ちた広場はまるで皇国の未来に差す光のように明るいものだった。

参加した貴族らもみな満足そうに歓談をしていたが、その中にあってただ一人、渋面を浮かべているのはハリムだ。


「最後のあれはいったいどういうことだ?受け取った進行表にはなかったはずだ」

「しょ、少々お待ちください。ただ今確認して参ります」

不機嫌さを隠すことなく傍に控えていた男の文官に尋ねるハリムに、萎縮しつつも文官が急いで確認のために走り出す。


しばらく経ち、出て行った時よりも幾分落ち着いた足取りとなった文官が帰ってきてハリムの疑問に答えた。

「あの花びらを手配したのはミエリスタ王女殿下でした。式典の締めくくりに相応しいと密かに企んでいたことのようです。殿下とその使用人達、それにダリア殿が関わっていたと思われます。それと、あの花びらを撒くという考えはアンディ殿の発案だという話も聞かれました」

「またあいつか…。本当に、本っ当ーに色々と考えるやつだ」

こめかみを揉むようにして頭を抱えるハリムは大きくため息を吐く。


「あの…、進行表になかったことをしたのは確かに少々問題かもしれませんが、式典は大盛り上がりで終えられてますし、特に悩むことは無いのではないでしょうか」

「ばかもの。確かに式典が無事に終わったことはいいが、問題はあの花びらだ。広場を見ろ。あれだけ散らかったものを誰が片付けるというのだ」

「あ…」


広場は本来、玄関へと繋がるいわば城の顔のようなものだ。

そこに今日撒かれた花びらの量は相当なもので、掃除するだけでもかなりの人手が必要になる。

「事前に教えてくれていれば後処理の手配も出来たのだがな」

「…いかが致しますか?」


「いかがもなにも、とにかく人を集めて片付けるしかあるまい。手の空いている者に声をかけてみてくれ。それと姫様はどちらにおられる?まだ陛下たちと一緒か?」

「いえ、それが式典が終わるや否やどこかに走り去ったと使用人が申しておりました」


「チッ、逃げたか。…まぁいい。とにかく、片付けの方を頼む。私は姫様を探す」

「は。直ちにとりかかります」

足早に立ち去るハリムの背中を見送る文官の顔にはどこか憐れみが滲んでいた。

去り際に見たハリムの顔は厳めしいもので、姫殿下はこっぴどく怒られるだろうと予想しての顔だ。

一文官に過ぎない自分には宰相と姫殿下のどちらにも味方することができないため、与えられた職務に励むことで敬愛すべき姫殿下が合う災難を忘れることに努めたい。







一方その頃、城のどこかにある、滅多に人が訪れることがなく死角となっている場所に潜むエリーは、背中に走る寒気に気付き、体を大きく震わせる。

自分がしでかしたことを実は正しく理解しているがためにこうして隠れているのだが、幾度となくハリムから説教を受けているエリーは、恐らく自分を探しているであろうハリムから発せられる怒気のようなものを敏感に感じ取ったのかもしれない。


今エリーが潜んでいる場所は、空箱や使用済みの酒樽などを一時的に保管するために設けられている一時的な物置のような場所だ。

いつだったかアンディが話した秘密基地というものを自分も作ってみようと考え、日々コツコツと整えたこの場所は、今ではエリーにとって格好の逃げ場所となっていた。

ここに潜んでいれば安全だと一時は思ったが、背中に感じた寒気に危機感を掻き立てられ、今は別の場所に移動するべきかと悩み始めている。


あの式典の最後に花びらを撒くという計画を極秘に実行したことで、ハリムには叱られるだろうとは十分に予想できていた。

しかし、アンディから聞かされていたサプライズという言葉の響きと効果に魅せられていたエリーにとって、そんなことは些末事でしかなかった。


それに、彼女は見てしまったのだ。

空から舞い降りる花びらの幻想的な光景、それを見て笑顔になる人々の姿。

アンディが話したサプライズというのは、きっとこういう光景を生み出すための魔術だったのだとすら思えている。


こっそりやったことを反省はしているが後悔はしていない。

今のエリーはきっとハリムに対してもそう胸を張って言えることだろう。

先程の光景を思い出してはニヤニヤとしながら、膝を抱えて空樽の山に潜むエリーの耳に、遠くの方で張り上げられるハリムの声が届く。


「姫様!どこにおられるのです!姫様!今出て来るならお説教は軽く済みますぞ!今だけですぞ!」

エリーを探して城中に大声を上げながら走り回るハリムの声は、とても説教が軽く済ませるような感じではない。


先程の考えは撤回して、やはりほとぼりが冷めるまではこのままここに隠れることを決めたエリーは、今潜んでいる場所のさらに奥の方へと身を潜り込ませていくのだった。



SIDE:END

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