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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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パーラの冒険

「……はい、お待たせ。こんな感じでどう?」

「…うん、いいねぇ~。すっごく綺麗。ありがとね、パーラちゃん」

ネイルアートを施された指先を掲げるようにして恍惚の表情で礼を言う女性冒険者から謝礼を受け取り、軽い足取りで去っていくのを見送る。


今私は朝の混雑が解消されたギルドの一角にあるテーブルに着き、時折訪れる女性冒険者のネイルアートの依頼をこなしながらある人物を待っていた。

「パーラ、待たせたな」

立ち去った女性冒険者と入れ替わるようにして私の目の前の椅子に腰かけたのは、赤4級の冒険者にしてドレイクモドキを討ち取ったフィンディの英雄、コンウェルその人だった。

私が待っていた人物とはコンウェルのことで、早速話を聞くために居住まいを正す。


「コンウェルさん、どうだった?」

「すまん、だめだった。ギルドマスターも交えて頼み込んでみたが、捜索隊を出すのは見送られた。…作戦行動中の行方不明者の捜索は不要、規定の日数で戻らない場合は死亡したものとして処理するそうだ」

「アンディは死んでない!絶対生きてる!」

思わずコンウェルに掴みかかりそうになるぐらいの勢いで立ち上がってしまい、蹴り倒してしまった椅子が立てる大きな音が辺りに響いたことで周囲の目を集めてしまった。


ドレイクモドキの討伐から数日経ち、帰還した者達は皆、街中からの喝采に迎えられた。

結局追い払うのではなく討伐となった経緯は街の人達には伏せられ、始めから討伐隊として送り出されたということで話は広まっていた。


勝手に討伐へと作戦を切り替えたことでサザは何かしらの処分が下されることとなったらしいが、何かの力が働いたのかほとんど刑罰らしい刑罰も無い状態で釈放されたらしい。


もちろんそれだけでおしまいとはいかず、サザには商人ギルドからは罰金が課せられたがそれすらもどこぞの貴族が立て替えたらしく、今も悠々と報奨金と貴族からの謝礼で遊び惚けているという。


あいつのせいでアンディは行方不明になったし、死んだ人も決して少なくない。

今の私がサザと遭遇したらどういう行動をすることか…。

きっと持てる魔術の中で最大威力の物をぶちかましてしまうだろう。

お互いのために出会わない方がいいかもしれない。


立ち上がったまま肩で息をする私へと周りから注がれる視線に気付き、頭が冷静になったところで椅子を戻して座り直す。

「…気持ちはわかる。俺だってアンディには生きててほしいと思ってる。けどな、あそこの流砂に飲み込まれて戻った奴はいない。死体すら見つからないんだ。諦めろと言うのは酷だが…割り切れ」

「……でもアンディは生きてるよ。だってあの時笑ってたもん…」


あの時、流砂に飲み込まれる寸前にアンディは泣きじゃくる私を見て笑ったのだ。

まるで、朝出かける時に交わす挨拶の際に漏れる笑みのような、ごく自然で柔らかなものだった。

それを見て私は一瞬アンディが危機に晒されているのを忘れてしまったぐらい、それほどに普段のアンディの様子と変わりなかった。


正直、アンディはとんでもなく頭もいいし、魔術の腕も恐ろしくたつ。

そんなアンディがたかだか砂に飲み込まれたぐらいで死ぬとは到底信じられない。

だから赤級という冒険者の中でも上位者であるコンウェルに頼み込んで捜索隊を派遣することをギルドマスターはじめ、フィンディ行政府へと働きかけてもらっていた。

結果は無情なものになってしまったわけだが…。


「コンウェルさん、あの流砂の底ってどこかに繋がってたりしないの?流砂にはたまにそう言うのがあるって聞いたけど」

「まぁ確かに流砂の中にはそういうのもあるな。あそこの流砂はとにかくデカいし、全く無いとは言い切れんが、数少ない被害者も遺体すら戻ってきていない以上、底に空洞なり砂の通り道なりがあったとしても脱出はまず無理だろう」

「でも生きてる可能性はあるよね?」

脱出は不可能でも、生き延びて助けを待っているかもしれない。


「…おい、馬鹿なことは考えるなよ。アンディを追いかけて流砂に飲み込まれようなんざ俺が許さねーからな。もしそんなことしようもんならぶん殴ってでも止めるぞ」

「わ、わかってるってば…」

真剣な顔で握り拳を目線の高さに持ち上げたコンウェルの迫力にそう返事を返したが、本心を言えば今すぐにでもあの流砂に飛び込んでアンディを助けに行きたい。


しかし一方で、何の手立ても無しに脱出困難な流砂に飛び込んで帰還できるほど甘い考えは持てない事も分かっている。

アンディが自力で帰ってくるのを信じるのも相棒である私の務めなのかもしれない。

そう考えればコンウェルの言葉も素直に受け入れることが出来た。


「ねぇコンウェルさん。コンウェルさんって今暇でしょ?確かパーティメンバーと別れたって聞いたし」

コンウェルは赤級に上がったと同時にパーティを解散していた。

これは別にコンウェルが自分よりも下位のランクにいるパーティメンバーを切り捨てたのではなく、むしろメンバー自らがコンウェルの実力に見合うだけの成長を求めて独立したというのに近い。

いつかコンウェルと並ぶのに恥ずかしくない成長を遂げたら再びパーティを組もうと誓い合って別れたらしい。

つまり今のコンウェルは単独で依頼を受ける身ではあるが、赤級というのは冒険者の中でも特別扱いされるランクのため、納税は免除されるので定期的に依頼を受ける必要もなく、ドレイクモドキ討伐の報酬で当分は楽に暮らせるのだろう。


「バカ、暇じゃねぇよ。お前らが親父にハンバーグの作り方を教えたせいで店が忙しくてそっちの手伝いに駆り出されてるんだよ。ったく、俺は冒険者であって給仕じゃねーってのに…」

ブツブツと不機嫌そうに呟くコンウェルだが、彼の妹はコンウェルが家の手伝いで長く滞在してくれるのが嬉しいらしく、最近は接客の際に笑顔が更に輝いているおかげで客足を増やすのに貢献している。

「でも最近は新しく人を雇ったって聞いたよ。それで暇になるって」

「確かにそうだが…、そんなこと誰から聞いた?」

「ユノーさんとチコニアさんから。この前ネイルアートをやりに来た時に話してくれたんだ」

「……あいつら、人の家のことをベラベラと…」


ネイルアートに興味を持ったチコニアがユノーを連れて私の所に来た時に、女同士で話も弾んて出た話題だが、私にとっては実に有用な情報だった。

「それでなんだけど…。えー…っと、あぁあったあった。…お願いコンウェルさん!私の依頼をうけて欲しいの!お金はほら、これだけ用意できたから」

そう言ってテーブルの上に金貨が詰まった小袋を置くと、金貨同士が擦れる甲高い音が鳴った。

中には金貨8枚が入っている。

その音に導かれてコンウェルの視線もテーブルの上の小袋に注がれるが、その表情は予想したものと違い、険しいものだった。


「…もしかして足りないの?やっぱり赤級を雇うのってもっと必要だった?」

赤級を雇うというのに半端な金額では無理だと分かってはいたが、それでもここ数日でネイルアートで稼いだ分とドレイクモドキ討伐の報酬、さらに共用口座と個人口座から引き出せるだけ引き出せた金額はかなりのもので、これでも足りないとなると私にはコンウェルを雇うことは到底無理だということになる。

「いや、金額はどうでもいい。というか、見た所十分な額はある。それよりも俺が気になるのはな、パーラ。一体どんな依頼で俺を雇う気だ?」

コンウェルが気にしていたのは金額ではなく、私が雇う目的の方だった。

気になるとは言っているが、その目は私の狙いなどとっくの昔に気付いているように感じる。


「分かってるでしょ。アンディ捜索をお願いしたいの。本当は街かギルドが捜索隊を出してくれたらいいんだけど、コンウェルさんから聞いた話だとどうにも期待できそうにないから…」

「捜索ったってあいつは流砂の底だぞ。何を探すんだ?」

「あのアンディだよ?絶対生きてて今も流砂の底から脱出しようと動いてるに決まってる。きっと手掛かりを地上に届けているはず。なら私が見つけなきゃって思ったけど、一人じゃ探せない。それで一番信用出来て腕も確かなコンウェルさんを雇おうって決めたの。だからどうか…お願いします…力を貸してください」

不意に目から溢れ出てきた涙は止めることが出来ず、拭っても拭っても次から次へと流れ出てくる涙は私の声すらも嗚咽に塗り替え、遂には目からも鼻からも色んな液体が止めどなく溢れてしまった。


止まらない涙と鼻水を服の袖で拭い続け、いい加減顔を擦り過ぎて鼻先と目元に痛みを覚え始めた頃、それまで黙りこくっていたコンウェルが大きく息を吐き出し、口を開いた。

「…はぁあーあっ!分かったよ、その依頼受けてやる。だからもう泣くな。ほれ」

了承の言葉を吐きながらぶっきらぼうに手拭いを差し出してきたコンウェルの好意に甘え、グシャグシャに濡れていた顔を拭っていく。


すっかり汚れてしまった手拭いを畳みながら、依頼を受けてくれたことと手拭いを貸してくれたことを合わせて礼を言う。

「ズビ…ビュジュル…ありがとう、コンウェルさん。でもこの手拭い臭いよ。ちゃんと洗ってる?」

「人の好意をそう言う風に返すんじゃねぇ!あとちゃんと洗っとるわ!」

つい口をついて出た言葉に不機嫌にさせてしまったが、しんみりとした雰囲気よりもこの方が何だか居心地がいいと感じるのはそれだけ私の心が疲れていたせいなのかもしれない。


「はぁ~いパ~ラ~♪また今日もネイル…―あぁああああー!コンウェルがパーラを泣かしてるぅー!いーけないんだ、いけないんだー!」

コンウェルと話し合っていたテーブルに現れたチコニアは恐らく今日もネイルアートを強請りに来たのだろう。

上機嫌で話しかけてきたのだが、まだ涙が滲んでいる私の目を見て突如、大声でコンウェルを非難し始めた。

というか、子供が悪戯を囃し立てるかのようなその言い方は一体何なのか。


「は?いや、違うって。俺は依頼―」

「―ぉの…ゲス野郎がぁあああーっ!」

「―をっふぐぅうっ!」

謂れのない非難だが、チコニアの騒ぎように面倒くささを覚えたらしく、弁解を始めたコンウェルに突然どこからか現れたユノーの飛び蹴りが炸裂した。

丁度座っていたせいでユノーの長身からの飛び蹴りが後頭部に直撃する形となったコンウェルは、まるで彼一人が時間の流れから外れた様にゆっくりとした動きで床に倒れ込んだ。


「ちょっとパーラ、大丈夫!?コンウェルに何されたの!?」

たった今赤級の冒険者を蹴り倒したとは思えないような気楽さで私を抱きかかえて騒ぐユノーだが、アンディのこともあって落ち込み気味だった私を心配して気にかけてくれているので、泣いた跡がある私を過剰な位に心配してくれている。

「ユノーさん、違うよ。何もされてないってば。ただコンウェルさんにお願いを聞いてもらってただけだから」


実際コンウェルは何も悪くなく、よくもまぁチコニアの言葉だけでああも躊躇なくコンウェルを蹴り飛ばせるものだ。

ぺたぺたと私の体を触りながら慰めようとしているユノーだが、それとは対照的にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているチコニアは、恐らくコンウェルに非はないことを知ったうえでふざけたのだろう。


「ってぇなぁ…。おい、ユノー!何しやがる!いきなり蹴りくれやがって!」

「あぁごめん。なんかあたしの勘違いだったみたい」

蹴られた頭を摩りながら立ち上がり、ユノーへと凄い剣幕で文句を言うコンウェルだが、当のユノーはサラッと謝るだけだ。


「おまっ―勘違いで人の頭蹴っておいてその態度はなんだよ!」

「いや、だってチコニアがあんなこというからさ、てっきりあんたがパーラを泣かしたと思って…。まぁ悪気はなかったんだし許してよ」

流石にまずいことをした自覚があるユノーは宥めようとするが、なかなかコンウェルの怒りは収まらない。

そりゃそうだ。

いきなり悪い事もしてないのに自分の頭を蹴られてご機嫌になる人間はいない。

あの怒りも順当なものだ。


「それでコンウェルにお願いって何の話?」

ギャーギャー騒ぐ二人をよそに、チコニアが私の隣に腰かけながら話しかけてきた。

一応チコニアも黄1級の冒険者なので、あの話をすればもしかしたらコンウェルを手伝ってくれるかもしれない。

そんな打算もあり、私はアンディの捜索を依頼したことを打ち明けた。



「なるほどねぇ、そんなことを…。まぁ私も手伝ってあげたいけど、5日後には運搬依頼受けちゃってるんだよね」

「運搬依頼ってもしかしてドレイクモドキの素材?」

「そうよ。ほら、パイドイト伯爵家のとこの代官がフィンディからいなくなったでしょ?そのせいで素材がフィンディ預かりになったから、他所の街に売りに出すらしいのよ。それの運搬を頼まれたってわけ」


このパイドイト伯爵家の代官こそがサザにドレイクモドキの素材を持ち帰るのを依頼した張本人で、勝手に作戦を変えさせたことの責任を追及されてフィンディの街から立ち去っている。

一応伯爵家家臣であるこの代官をあまり大っぴらに裁くことは出来ないので、表向きは病気療養のためという名目で他所へと移ったことになっているが、実際は追放同然の処分だったとして噂話が広まっていた。


あのドレイクモドキの素材は膨大な量になるため、フィンディ内部の需要に回される分を除いてもまだかなり余っていると聞く。

それを他の街にも売りに行こうとするのは、ドレイクモドキの討伐で亡くなった人達の遺族への補償に割り当てる額を少しでも増やそうとフィンディ行政府が考えたからだ。


なにせ本来は討伐ではなく追い払いで済ませるはずだったので、今回の討伐で出た死者の数は予想していたよりもはるかに多く、その分補償も増大してしまった。

そのせいで行政の予算にいらぬ圧迫が生まれてしまったのを解消しなければならず、こうしてドレイクモドキの素材が売られる経緯が生まれたわけだ。


「私は手伝えないけど、ユノーなら手が空いてるからきっと喜んで手を貸してくれるかもよ?あの子はコンウェルと一緒にいられるならそれでいいって感じだからね」

そう言ってユノーを見るチコニアに釣られて私もそちらへと視線を向ける。

先程よりは落ち着いたコンウェルだったが、ユノーへの説教は続けているらしく、私達の視線を感じたところでユノーを解放してこちらへと一緒に来た。


そこでチコニアにした話をユノーにももう一度語って聞かせた。

しっかりとコンウェルと一緒にいられることを強調して伝えると、かなり乗り気になってきた。

「へぇー…うん、まぁいいんじゃない?どうせ暇だし。…あ、言っとくけどパーラのためだからね?別にコンウェルと一緒にいられるとかはどうでもいいんだから」

「ツンデレ乙」

ユノーが顔を赤くして言った照れ隠しの言葉についつい反応して呟いてしまった。


「つんでれ…?ってなに?」

そんな私の呟きを耳聡く拾って反応したのはチコニアで、ツンデレという言葉について問い質してきた。

「わかんない。アンディが言ってただけ。普段はツンツンしてるけど、たまにデレっとするのをツンデレって言うんだって」

前にアンディからツンデレという言葉の意味と使う場面について聞いていたので、ついつい反射的に出てしまっただけで、あまり深い意味は分からない。


ただチコニアはその言葉の意味がよく理解できたようで、また人の悪い笑みを浮かべて頷いている。

なんだろう、今無性にユノーを応援したくなってしまった。

「ユノーさん、強く生きて」

「は?あぁ、うん。まぁ言われるまでもないけど、ありがとう…?」

言われたユノーも意味が分からないという顔だが、私もよく分かっていないので気にしないでほしい。


とはいえ、アンディ捜索に心強い人の助けを得られたことは喜ばしい事だ。

私を含めて三人だけの捜索隊だが、頼りになる二人がいるおかげでアンディを探すのに希望を持てる。

きっとあの流砂の近くにアンディに繋がる手掛かりがあるはず。

絶対にそれを見つけ出して見せる。


「あぁそうだ。パーラ、お前は一緒に来なくていいぞ。そうだな…チコニア、暫くお前がパーラを預かってくれ。確か近々遠出するんだろ?一緒に連れてけ」

決意を改めて胸に宿した私に、コンウェルが信じられないことを言いだした。

「そうね。確かに私が預かった方がよさそうね。わかったわ。運搬依頼に私の付き添いってことで同行させましょうか」

「なんで!?アンディを見つけるのに私は役に立つよ!追跡術だって身に着けてるし、それにスコープがあれば遠くまで見えるんだから!」


「そういうことじゃないのよ。パーラ、あんたアンディを絶対見つけるって気が逸りすぎてるわ。そんな奴とあたしは砂漠で人探しする気にはならないね」

「ユノーの言うとおりね。砂漠での人探しってのはどれだけ気力と体力を温存して移動するかが肝心よ。今のパーラだと気力だけで動いて体力が完全に尽きても気付かないで死ぬかもしれないわ」

ユノーとチコニアが言うこともわかる。


今の私はアンディを絶対に見つけるという決意で限界を超えて動けそうな気はしているが、気力で体力を補うには砂漠という環境は過酷過ぎる。

体力が尽きる前に休むという考えを気力が抑え込んでしまい、気が付くと全く動けない状態になっているということもあり得る。

砂漠は暑さと寒さの両方が人の命を脅かすし、危険な魔物も多い。

冷静に動けない人間はただの荷物よりも質が悪い。


それを理解したがために、私はコンウェル達の言葉に従うことの方に理を感じてしまった。

しかし私はさらに食い下がる。

「じゃあそれならフィンディで待つよ。それならコンウェルさん達が何か見つけてきた時に真っ先に分かるし」

「それもだめだ。お前はじっと待っていたらその内待ちきれなくなって飛び出していきそうな気がする」

「ぅっぐぅ…そんなこと…ないよ…きっと…」

コンウェルの言葉にきっとそうなるだろうという未来が容易に思い浮かんでしまい、否定の言葉もはっきりとしたものを吐き出せない。


「その言葉はもっとはっきりと言えたら信じられただろうよ。まぁどうせ待つのも無理ならチコニアに着いて行けば気も紛れるだろうし、同じ魔術師同士、学ぶことも多いはずだ。アンディが帰って来た時にもう一つ成長したパーラを見せてやれよ。な?」

私の肩を叩きながら諭すような声で言うコンウェルの言葉に、私もゆっくりと頷く。


砂漠の捜索に足手纏いにしかならないであろう私が着いて行くよりも、コンウェルとユノーの二人に任せた方がいいというのはもう今の私にははっきりと理解できている。

悔しいけど、私にはただ待つことも耐えられないだろう。


コンウェルの言う通り、気を紛らわすというわけではないが、確かにチコニアに同行するのも決して悪い事ではない。

もしかしたらコンウェル達が拾えない情報もチコニアと一緒に行った先で見つけられるかもしれないからだ。

「わかった…コンウェルさん、ユノーさん。アンディのこと、よろしくお願いします。チコニアさん、お世話になります」

「ああ、任された」

「ま、見つかるかどうかは分からないけど、力を尽くすわ」

改めてお願いをする私に、コンウェルとユノーは力強い言葉を返してくれたが、何故かチコニアは私の肩を抱き寄せ、椅子から立ち上がらせた。


「んふふふぅー。私と一緒に行くということは、私の指示に従ってもらうことになるわよ?それはわかるわね」

「うん、わかってる。どんなことを言われても私は従うよ」

妙に肩を抱く力が強いと思っていたが、ふと私の顔の近くに寄せられたチコニアの顔を見ると、なんだか気持ちの悪い笑みを浮かべている。

これは、いつか見た顔だ。

そう、あれは確か…


「一緒に旅をするならまずはその野暮ったい服を何とかしないとねえ!さあ、今から服屋に行くわよ!とびっきり似合うのを見つけてあげる!」

「は?いや別に服はこのままでも―」

「ダメよ!私の指示には従うって言ったでしょ!さあさあさあ!」

思いだした。

チコニアのこの顔、この目は以前エイントリア伯爵夫人のセレンに着せ替え人形にされた時に見た目だ。


そう言えば少し前に風紋船の中でチコニアには女の子の服装がどうこうという話を延々と聞かされたっけ。

チコニアもまた、セレンと同じ質を持つ人間だったようだ。

最早地面から完全に足が浮くほどの勢いでチコニアに引っ張られている私は、最後の助けとコンウェルとユノーに目線を送るが、生暖かい目で見送られてしまった。

ただユノーだけは目に少しの怯えが混じっていたので、恐らく彼女もチコニアの着せ替え人形にさせられたことがあるとみた。

ユノーもかなりの美人なので、チコニアが飾り立てたくなるのも少しだけ分かる。


今は私がチコニアに目を付けられているので、下手に止めて自分に飛び火しないようにユノーも見送るしかないのだろう。

ぬぅ…だれか味方はいないのか。










SIDE:コンウェル



チコニアに連れられていくパーラの背中をを見送り、少し遅れて俺はユノーと一緒にギルドを後にする。

個人的な趣味が多く入り込んではいるが、ああして色々と連れまわしてパーラの精神が落ち込むのを防ぐやり方はチコニアならではだ。

彼女にパーラを任せたのはやはり正解だったようだ。


「コンウェル、パーラのことだけど、本当にいいの?」

並んで歩くユノーが俺の方を見ずに口を開く。

こういう言い方をする時のユノーは決まって俺に忠告染みた物言いをしたがる。

「なんだよ、お前がパーラの代わりにチコニアの着せ替え遊びに付き合うか?前にうんざりしたって言ってたくせに」

「そうじゃなくて。…分かってるでしょ。パーラの願いはきっと叶わないってことがさ」

「そのことか。…まぁな」


パーラはアンディの生存を信じているが、俺達はそう思っていない。

直接流砂に飲み込まれるアンディを見てはいないが、パーラから話を聞いた限りでは生存の可能性は高くないことは経験で分かる。

捜索を依頼されはしたが、正直生きている手掛かりよりも死亡したことを決定付けるものを見つけることになるだろう。


「アンディはきっともう生きてない。俺達が捜索に行くのもそれをパーラに分からせるためだ。あいつはまだ若い。死んだ人間に拘っていつまでも立ち止まっているのは本人のためにも、死んだアンディのためにもよくない」

「…あたしらも冒険者やって結構長いからね。正直、この手の捜索じゃあ生きてる人間を見つけるよりも遺体を見つける方が多い。でもアンディはきっとその遺体すらも見つからない。パーラがアンディの死を受け入れて、その先に進めるようにしてあげる手助けぐらいはしてあげたいね」


ドレイクモドキ討伐のあの時、二匹目のドレイクモドキの出現に俺達は全滅も十分にあり得た。

それをアンディは自分の命と引き換えにドレイクモドキを流砂に叩き込んで俺達を救った。

大多数を助けるために命を捧げるその行動に胸を打たれない人間はいない。

現にあの時生き残った人間はアンディに感謝しているし、パーティメンバーであるパーラにも礼の言葉を直接告げていた者も少なくない。


俺もアンディに命を救われた人間として、せめてアンディが安心して眠れるようにパーラを助けてやるのが俺達が出来る恩返しだと思ってる。

捜索依頼を受けたのもそんな思いがあったからだ。

可能であれば形見になるものでも見つけてやりたい。


依頼主であるパーラの意図とは違う目標を掲げて捜索依頼を遂行することになるのだから、当然ながら後で金は返すつもりだ。

パーラが求める結果は望めないとしても、この先生きていくのに必要な区切りを付けさせるぐらいは出来るだろう。


長いこと冒険者をやってると知り合いの死に触れる機会も多くなる。

俺も仲間や友人を失ったのは一度や二度じゃない。

そうなった時に悲しみに暮れる俺を助けてくれたのは、やはり仲間だったり先達の冒険者達だ。


一人で死を抱え込むことの苦しさは知っているし、そこから立ち直ることの大切さも身に染みて分かっている。

だからパーラにも俺がそうしてもらったように、冒険者の先達として、また友として立ち直るための手助けをしてやりたい。

きっとアンディもそうすることを望むはずだ。


「…コンウェル?どうしたの、遠い目なんかして」

「んー…いやな、アンディみたいな若いのが死んで、俺みたいな年嵩の冒険者が生き残るなんて…、と思ってよ」

「仕方ない…って言い方はしたくないけど、誰が死んで誰が生き残るかなんてのは運も絡んでくるからね。でもあの時はどう考えても全滅する場面だったのに、アンディが命を懸けて囮になってくれたおかげで生き残れたんだ。あたしらはフィンディを救った英雄だって持ち上げられてるけど、本当の英雄はアンディさ」


俺達は街を歩くたびに住民から感謝の言葉を毎日のように貰っている。

『街を救ってくれてありがとう』

『ようやく船が動かせる。これで家に帰れる』

『ドレイクモドキの素材はありがたく使わせてもらう』

住民にたまたまフィンディに来ていた他所の街の人、大物の魔物の素材を手掛けることが出来る鍛冶や皮革の職人と色んな人が礼の言葉を口する。


ほとんどの冒険者はその感謝の言葉を誇りとして受け止めているが、俺はその言葉を真に受けるべき人物を分かっているために、いつも複雑な心境に陥る。


別に死んだ人間を蔑ろにしているわけではないのだが、それでも英雄的行動をとった一人の少年のことを俺はもっと知ってもらいたいと思っている。

今はまだパーラがアンディの生存を信じていることもあり、他の冒険者とも示し合わせて大っぴらには語ってはいないが、いずれ全てが片付き、パーラが一人で歩き出せた時、幼き英雄の活躍を人々に語れる日が来るだろう。

その時が来るまで俺は、いや、俺達がパーラを見守ろう。

誰に強制されたわけでもない、ただそれが俺達が受けた恩に報いるための義なのだから。


SIDE:END

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