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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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ゆらり砂漠下船の旅

砂漠の朝、寒い夜から熱砂の昼へとその支配が移る束の間の穏やかな時間だ。

昼夜の寒暖差が激しい砂漠では、寒さと暑さが丁度よくまじりあって過ごしやすい時間が朝と夕の僅かな時間だ。

この時間帯が人の営みの中でも一番活動に適した気温となるため、俺達の準備もこの時間帯に集中して行われる。


今回のドレイクモドキ追い払い作戦に参加する人数は300人を少し超えるぐらいだという。

内100人は船の運用と護衛に割かれるため、実際の戦力として数えるのは200人ほどだ。

風紋船で輸送される物資の量は人数が増えた分だけ膨大なものとなり、夜が明ける前から船に物資を積み込む作業を行い、日が昇り始めた頃になってようやく船に全ての荷物が納められた。


食料や水、医療品に武器防具といったものはもちろん、船から降りた後に使うラクダも乗っているため、風紋船という巨大な乗り物の積載量は、乗り込んでいる人間の数の割にはかなり圧迫されていることになる。


朝日に照らされて佇む風紋船に、今回の作戦に参加する冒険者や傭兵といった者達が続々と乗り込んでいく。

俺とパーラもこの中に紛れ込む形で船へと乗り込む。

その際に船に上がってすぐの所に立つギルドの職員らしき男性にギルドカードを見せる。

これは参加者に欠員がないかをリストでチェックしているためだ。


俺達も普通にギルド―カードを提示して乗り込み、そのまま大部屋へと向かった。

黄級以上の冒険者や傭兵は一等客室を割り当てられているが、俺達のような白級以下ともなると大部屋での移動となる。

大部屋に入るのが初めての俺と違い、勝手知ったるといった感じでずんずんと進むパーラの後に着いて行き、壁際に開いているスペースを見つけてそこに腰を下ろす。


大部屋には既に大勢の人が待機しており、朝食を摂る者、仮眠をとる者と様々に出発までの時間を過ごしていた。

かなり長い時間大部屋で待っていたが、未だ出発の気配を見せない風紋船に、流石にただ待つだけに飽きた俺は甲板へ上がってみることにした。

パーラも誘ったが、銃の整備をしたいとのことで、俺一人だけで向かう。


甲板に出ると、もうすっかり顔を出した太陽の日差しが俺の目を焼いてくる。

夜明けから少ししかたっていないにもかかわらず、肌に突き刺さる日差しの強さは今日もまた暑くなることを予言しているようだ。

甲板では出航の準備は終えていたようで、タラップを甲板に引き込んでいる船員以外は人影がない。


俺以外の乗客の姿も無いため、出発までの特等席として舳先へと向かい、そこから前方の景色に見入ってしまう。

何度か風紋船で朝を迎えるたびにこうして砂漠の景色を見てきたが、高さもあるおかげでここから見る砂漠はどこまでも雄大だ。


この景色を目にするたびに、どこまでも遠くへと続く大地へと挑む探検家のような、いうなればフロンティアスピリッツのようなものが沸きあがってくる。

世界を見たいというだけでここまで旅を続けてきたが、まだ俺が見れたのはほんの欠片の欠片、もっとこの先を見たいという思いと向き合うこの時間が俺は好きだ。


そうしていると辺りに出航を告げる鐘の音が響き渡る。

やや間をおいて船がゆっくりと進むのを体で感じた。

顔にあたる風が熱風に感じられたところで、そろそろ船内へと避難しようかと思い踵を返した時、俺の方へと歩いてくる人影に気付く。


甲板上を一直線に俺目指して歩く足取りは迷いなどはなく、明確な目的をもって俺に近付いてきているのが分かる。

日除けのための布を被っているせいではっきりと顔は分からないが、遠目にも分かる長身とマッチョな体型は男性だと思われ、明らかに荒事を専門にしてますといった感じだ。


何となく立ち去るタイミングを失ってしまった俺に、その人物はたった今気づいたといった感じで声をかけてきた。

「…あん?誰だお前。ここは俺の特等席だぞ」

もしかしたら恫喝されているのではないかと思わせるぐらいにドスの利いた声で言い放ったのは、まさかの特等席宣言だった。


確かに今俺が立っているのは舟の舳先も舳先、人が一人立つ分以外のスペースがないため、彼曰くの特等席は俺が占有している状態だ。

「船の甲板に個人の特等席ってのはおかしな話ですが、ここを使いたいならどうぞ、俺はどきますよ」

後から来ていきなりどけと言われて少々不愉快な気分にはなるが、見たところこれから行われる作戦に参加する人だと思われたため、今から不和を作るのもまずいかと大人しく引き下がることにした。


男と入れ替わる形で舳先からどき、その足で大部屋に戻ろうと歩き出したところで、甲板へと姿を現したコンウェルと目が合った。

向こうが軽く手を上げながら俺の方へと近付いてくるのに合わせ、俺もそちらへと歩いて行く。

「おはようございます、コンウェルさん。甲板に何か用事が?」

舳先と船尾の中間辺りに来たところで俺から声をかける。


「おはようさん。いや、甲板にというかお前に用があってな。大部屋に行ったらパーラから居場所を教えてもらったんだ」

「そうでしたか。それで俺に用というのはなんでしょう?」

「あぁ、実は船を降りてからの―」

「よーぅ、コンウェルじゃねーか」


俺達の会話に突然割り込む形でコンウェルに話しかけてきたのは、先ほど舳先の特等席へと向かったはずの男性だった。

ニヤついた顔ではあるが、気軽にコンウェルに話しかけていることから、顔見知りではあるらしい。


「サザ…。傭兵側の赤級ってのはあんたか」

「おうよ。そう言うお前こそ、赤級になったんだって?ずいぶん時間がかかったみてーだな。ちまちま小物狩りでもしてたのか?そんなので赤級に上がったら俺なら恥ずかしくてたまんねーな」

嘲笑交じりの嫌味を吐き出すサザと呼ばれた男が近付いてくるのに対し、コンウェルはその顔を険しくしたまま待ち受けた。


こちらに近付きながら取り去ったフードの下から現れたのは、白髪交じりの黒髪の短髪に伸ばし放題の髭がもみあげでつながっているドワーフと言っても通じるような風貌だった。

まぁ身長はコンウェルと同じぐらいなのでドワーフではないことは確かだ。


「あんたの時と俺の時は時代が違う。黄一級から赤級に上がるのに手間がかかるのが今の時代なんだよ。小物狩りだけで赤級に上がれるほど楽なわけがない」

コンウェルの言う通り、黄1級が赤級に上がるのに必要な昇級試験が昔と比べて面倒になったというのは聞いたことがあった。

このサザという男の年齢はコンウェルより上だと思われるので、今と比べて楽な時に赤級になったというのはあり得るだろう。


「まるで俺は楽に赤級になったって言われてるみたいだな?」

「そう受け取ってもらって構わんさ。あんたは赤4級になって何年になる?俺は黄1級から赤級になるのに3年かかった。その間もあんたはずっと今のランクのままだな。もうあと3年したら俺は赤3級になってるかもしれんぞ」

「…デカい口を叩くんじゃねぇ。赤級は一つ位を上げるのも黄級よりも面倒なんだよ。俺が4級に何年もいるのも傭兵が討伐よりも護衛依頼が多いからだ。簡単に追い抜けるなどと思い上がるなよ」

挑発の応酬が激しくなっていくにつれ、サザの目は先程よりも剣呑さを増しているし、コンウェルも険しい顔を崩すことは無い。


「コンウェルー?アンディはまだ見つかんないのかい?」

俺を挟んで睨みあいとなった二人は、まるで今にでも殴り合いになりそうな雰囲気で、どうにかして収めようと思った時、甲板上に響いた声でその場の空気は霧散していった。


声の主はユノーだった。

どうやらコンウェルが戻るのを待っていたようだが、遅いので探しに来たというところか。

「あぁ、いたいた。随分長い―げっ!サザ!なんでここに!」

俺達の姿を見つけたユノーはコンウェル、俺、サザの順に目線を動かし、サザの顔を見た所でそんな声を上げた。


「随分な挨拶だな、ユノー。相変わらずコンウェルの尻について回ってるのか?そんな奴よりも俺に乗り換えろよ。稼ぎもいいし、男としても満足させてやれるぜ?」

「はぁ?寝ぼけてんの?あんたなんかがあたしを満足させられるわけないでしょ。あんまりふざけたことぬかしてると張ったおすよ?」

この二人も顔見知りの様で、サザはいつものことといった感じの軽い調子でユノーを誘っているが、肝心のユノーはサザへの嫌悪感のようなものを隠すことをせず、今にも牙を剥いて襲い掛からんとする猛獣のような雰囲気で言い返していた。


「そりゃ怖い。…どうも俺はお前らに好かれていないようだし、ぶっ飛ばされないうちに退散させてもらうぜ」

ユノーが誘いに乗るとははなから思っていなかったようで、あっさりと勧誘の手を引き、そのまま俺達の前から立ち去っていった。

ユノーはただ見送るだけでは飽き足らないのか、サザの背中に向けて舌を出して見送っていた。


「お二方はサザさんとはお知り合いの様ですけど、あまり関係はよろしくないようですね」

完全にサザの姿が見えなくなったところで口を開く。

「サザとは同郷の誼で付き合いこそあるが、あの通り傲慢が服を着てるみたいな奴でな。あれでもう少し振る舞いに気を配れば赤3級にもすぐなれるんだが…」

「おまけにあいつは女を見る目がいやらしいのよ。今だって舐めまわすみたいに体を見られてたんだから」


散々な評価のサザであるが、傭兵としての腕は悪いものではないらしく、特に部隊を指揮する能力に関しては他の赤級と比べても頭一つ抜けたものがあるという。

未だに赤4級であるのは人物評に問題ありとギルドが判断しているだけであり、今回の作戦のような少数精鋭を率いる場合には適した人選だと思われる。


「そういえばさっきコンウェルさんが言いかけた用事ってなんですか?」

「あぁ、そうだった。とりあえず船の中で話そう。ここは暑すぎる」

天を仰いで照り付ける太陽を睨んで踵を返すコンウェルとユノーの後を追って俺も船へと戻っていく。

コンウェルを始めとした黄級以上の冒険者や傭兵は一等客室を与えられているため、話をするならそっちでということになり、途中でパーラも拾って行こうと大部屋によると、思いがけない人物がパーラにちょっかいを掛けていた。


「女の子ってのはね、可愛いことが正義なのよ。魔術師としてやっていくから別にいいとかじゃなくて、女として忘れちゃいけないものってのがあるんだからね」

「はあ…そうかもしれませんね…」

大部屋の壁際で座り込むパーラの隣には何故かチコニアがおり、何やらパーラに熱弁をふるっているようだが、当のパーラの目からは光が失われかけており、聞くのに疲れているのが遠目にも分かる。


「…あれってチコニアさんですよね。パーラに何を話してるんでしょう」

「多分最初はパーティに勧誘してたけど、段々と女の振る舞いの話に変わっていったんだろう。チコニアは自分にも他の女性にも可愛らしさを求める質だからな」

なるほど、魔術師であるパーラを自分のパーティに勧誘してはみたが、パーラは既に俺とパーティを組んでいるからと断り、そのまま立ち去るのも勿体ないと感じ、せめて仲良くなっておこうと世間話をしているうちに女子トークへとスライドしていったというところか。


パーラの目が虚ろになってきていることからも、助け舟を出した方がいいと思うが、若干テンション高めで話を続けるチコニアに声をかけるのがちょっと怖い。

あの矛先がまかり間違って俺に向いたらどうしよう。

そんな風に考えていると、大きくため息を吐いたユノーがパーラ達の元へと大股で近付いていく。


「あら、ユノーもパーラを勧誘に来たの?残念だけど、この子もう心に決めてる人がいるみたいよ」

「んなことはどうでもいいわよ。それよりも、小隊長はコンウェルの部屋に集まれって言われてるはずでしょ。あんたこんなとこで何してんのよ」

ユノーの介入により、パーラがチコニアからの話攻撃から一時的に解放されたことで、その目に再び光が灯り始める。

今知ったことだが、どうやらコンウェルに連れて行かれる先には小隊長たちが揃っているようだ。


「集まれって、どうせ大したことないちまちました話し合いでしょう?そんなの全部任せるから決まったことだけ後で聞かせてくれればそれでいいわ。私は将来有望な可愛い魔術師を説得するという大任があるんだから」

そう言ってチコニアがパーラの肩に手を回したことによって、光を取り戻しかけていたパーラの目が再び暗くなっていく。

チラリとパーラから俺に助けを求めるような目が向けられるが、女同士の会話に割り込んでいいことはないと俺は学習しているので、悪いがその目には気づかないふりをさせてもらおう。


「大任って…。あんたねぇ、小隊長としての自覚をもっと持ちな!大体チコニアはいっつもそう!自分がやりたいことしかしたがらないから―」

無責任な発言のチコニアにユノーがクドクドと説教を始めるが、どこ吹く風といった様子で髪の毛を弄るチコニアを見ていると、どうもこのやり取りはいつものことのようだ。


「ユノー、その辺にしとけ。周りを見ろ。目立ってるぞ」

いつまでも説教が続くと思われたが、そこは流石にコンウェルが割って入る。

黄1級の冒険者が同じ黄1級の冒険者に説教をするという光景が珍しいのか、大部屋にいる人間の視線が俺達のいるスペースへと注がれていた。

正直注目されている今の状況は俺としてもあまり歓迎したいものではなく、さっさと一等客室のある階へと行ってしまいたい。


「チッ…仕方ないね。とっとと部屋に行こう。ほら、チコニア。あんたも行くの」

座り込んでいるチコニアの首根っこを掴んで立ち上がらせて、そのまま引きずるようにして大部屋を後にするユノー。

「あぁ!ちょっとそんなとこ掴まないでよ!ちゃんと自分の足で歩くってば!」

遠ざかるチコニアの非難染みた声を聞きながら、パーラが安堵の息を吐き出した。

本当にチコニアの会話攻めから解放されると思って安心したのだろうが、残念ながら俺達はこれからコンウェル達のいる部屋に行くため、解放されたわけではない。


「それじゃあ俺達も行くぞ。アンディ、パーラ。荷物を持ってついて来いよ」

「わかりました。パーラ、コンウェルさんが俺達に話があるみたいだから、今から一等客室のある階に行くぞ。ユノーさん達と同じ部屋だ」

キラキラとしていたパーラの目が一気に濁っていくのを見た。

人は希望を見てから絶望に直面するとこんな目をするものなんだな…。




幽鬼のように力なく歩くパーラの背中を押してコンウェルの後ろに続き、とある一室へと入っていく。

一等客室に入るのはこれが初めてだが、中は想像していたよりも狭く、入り口からみて左右の壁際に備え付けの二段ベッドが二組と、部屋の中央に置かれたソファとテーブル以外は何もない簡素なものだった。

そんな狭い室内には冒険者ギルドで任命された4人の小隊長たちが待っているはずだったのだが、室内にいたのはユノーとチコニアの二人だけで、あとの二人はいる気配すらない。


「…メツラとスペストスはどうした?」

流石にいるはずなのにいない人物をそのままには出来ないらしく、ユノーとチコニアに取りあえずといった感じでコンウェルが尋ねる。

「メツラは分からないけど、スペストスなら予想がつくよ。ほら、あいつって朝ダメな奴だからさ、多分船に乗ってから二度寝でもしてるんじゃない?」

サッと片手を上げてコンウェルの質問にまず答えたのはユノーだ。

「メツラなら私見たわよ。なんか若い冒険者の子たちを集めて話してたけど、あれは多分いつもの老人の助言ってやつでしょ」

ユノーが知らなかったメツラのことはチコニアの口から齎された。


招集した小隊長のうち二人がいない状態だが、チコニアも実はすっぽかすつもりだったので、実質ユノーだけが真面目にコンウェルの招集に従ったということになる。

いや、もしかしたらこれはコンウェルとユノーを二人っきりにしようと他の面々が気をまわしていたのかもしれない。

だとするとその友情に感動しそうになるが、肝心のコンウェル達がその真意を見抜けていないので、こうして俺とパーラを部屋に呼ぶということになっているわけだ。


「仕方ない。取りあえず俺達だけで打ち合わせをしとこう」

この場の5人だけでの打ち合わせとなったわけだが、俺とパーラは隊を預かる人間ではないので、実質はコンウェルとユノーとチコニアの3人で話が進められていく。

その内容も、恐らく昨日のうちに決められていたことの確認程度なのだろう。

すぐに打ち合わせは終わり、次は俺とパーラにコンウェルから話があった。


「船から降りたらラクダで目的地点を目指すことになるが、その際に斥候を放つ。そいつらの移動速度をなるべく早くしたい。そこでアンディ、お前のバイクを斥候に赴く連中に貸してやってくれないか?」

なるほど、話があるというのはこのことか。

確かにバイクの足の早さを知っているコンウェルからしたら、斥候を放ってから戻ってくるまでの時間が短い方が情報の鮮度もいいし、対応も早く立てられるのでそうしたいと思うのも当然だろう。


だが、これに関しては難しいと言わざるを得ない。

「止めておいた方がいいでしょう。正直バイクの車輪は砂漠を走るのにあまり向いてませんよ。しっかりと固められた砂地であればまだしも、これから向かう地がそうだと限らない以上、バイクでの移動は危険です」


車輪で走るバイクは、その重さもあって柔らかい砂に車輪をとられてはまってしまうことは十分に考えられる。

これを掘り起こしてまた走れたとして、少し走ったらまたはまったとなれば目も当てられない。

なので移動にはラクダを使った方がいい。

そのことをしっかりとコンウェルに説明すると、顔を険しくしながらも納得してくれたようで、バイクの話はそれで終わりとなった。


その後は打ち合わせもつつがなく進行し、バイクの件が潰れた以外は概ね問題なく話を終えた。

「これ以上の話は商人ギルド側ともすり合わせが必要だな。気は進まんが俺が後で向こうさんのとこに行ってくるよ」

気が重いのを隠さずに溜息を吐くコンウェルの様子に、チコニアが首を傾げる。

「なんで気が進まないの?今回は別に競い合ってるわけでもないでしょ」

「言ってなかったけど、傭兵側の赤級がサザなのよ」

「げぇ…最悪…」

ユノーが告げた事実を聞いて顔を顰めるチコニアを見てしまうと、どこまでサザの評価が悪いのか。


チコニアもサザにはあまりいい感情を抱いていないのが分かるが、事情を知らないパーラだけが不思議そうな顔をしていた。

「アンディ、そのサザって人随分嫌われてるね」

「まぁな。俺もさっき甲板で会ったけど、あんまり仲良くしたいとは思えない人だったよ」

第一声からして横柄なものだったし、その後のコンウェルとのやり取りも常にコンウェルを下に見ている物言いもあって、俺の中では積極的に縁を繋ごうという気になる人間ではない。


サザのことを考えて溜息を吐く三人だったが、それを吹き飛ばすかのようにチコニアが声を上げる。

「サザのことなんてもういいわよ。それよりもそっちの二人のことを聞かせてよ。コンウェルから簡単に話は聞いてたけど、詳しいのは本人も交えて聞いた方がいいでしょ」

「あ、それあたしも聞きたいね。トレント変異種を4人だけで討伐したってのは本当?」

チコニアの言葉にユノーも乗っかり、たちまち俺とパーラは質問攻めにあってしまう。


やはり冒険者というのは未知への好奇心が強いのだろう。

アプロルダ討伐よりもトレント変異種のことを聞きたがっているようで、どうやって倒したというよりも、むしろどんな魔物だったのかに重きを置いた質問が多い。

コンウェルからも聞いていたらしいが、俺とパーラからの違う視点からの話も聞けて満足そうだった。





昼を少し過ぎた頃には風紋船がドレイクモドキのいる岩場から1キロほど離れた場所に到着した。

ここで荷物をラクダに積み替え、徒歩で岩場を目指すことになる。

200人以上の人間がそのまま岩場へと向かうかというとそんなことは無く、物資の追加輸送のために何人かが残り、1荷物を背負ったラクダを引き連れた180人程が船から出発していく。


今回の作戦に際して、冒険者組と傭兵組では岩場へと向かうルートが分かれているため、俺達冒険者組は東回りで、傭兵組は西回りで岩場へと向かう。

これは最初に傭兵組がドレイクモドキへと動きを鈍らせる薬品が混ぜられた煙幕を巻いてから俺達冒険者組がドレイクモドキの前を横切ることで囮として注意を引くという作戦となっているからだ。


目的の岩場を見渡せるように、少しはなれば砂丘の上へと身を潜め、傭兵組からの合図を待つ。

砂丘から顔をのぞかせるようにして岩場を見るのは、コンウェルと俺とパーラの3人だ。

「やっぱり立ち去る気配はないか。作戦通りに行くぞ。サザ達からの合図が来たらすぐ動けるように準備しておけ。…それにしてもこのスコープってのは便利だな。アンディ、これ一つ売ってくれよ」

コンウェルには銃から取り外したスコープを貸しており、それを覗き込んで遠くを見るコンウェルは先程から感心しきりだ。


「ダメです。それは予備を含めて手元には二つしかないんですから。欲しいならアシャドルの王都にいる魔道具職人のクレイルズさんという方を訪ねて下さい。その人が作ったものですから」

「クレイルズだな。今度行く機会があったら頼んでみよう」

バイクに引き続き、スコープの存在によりまたもクレイルズの名前が売れていく。

ただでさえ忙しそうだったのにさらに忙しくなったりしたら恨み言の一つも覚悟した方がいいかもしれん。


コンウェルから返却されたスコープを覗き込むと、遠くにある岩場に頭を突っ込んで尻尾だけ出ているドレイクモドキの姿を確認できるが、相変わらず何をしているのかよくわからん。

偵察に出た斥候職の連中も、なぜドレイクモドキがああいう行動をしているのか分からないそうだ。

それが分かれば対応に幅も増えるのだが、俺達は御上の意向で動いているので、ゆっくりと解明する時間がない。


そんな風に待機していると、遠くの方で天に向かって勢いよく伸びていく煙の尾を視認できた。

あれはギルドで支給された、狼煙の魔道具が仕込まれた矢を上に打ち上げることで発生した煙だ。

「合図だ」

コンウェルの言葉に応えるように、岩場の向こうの砂丘から砂煙を上げながらドレイクモドキに騎乗した人影が突進していくのが見えた。


スコープを覗き込むと、サザを先頭に傭兵達が岩場へと殺到していくのが分かる。

傭兵達はそれぞれ片手で手綱を保持しながらもう片方の手に筒状の物体が握っており、あれをドレイクモドキへと投げつけることで容器が割れ、中に充填されている薬液が空気に触れて一気に気化したものがドレイクモドキを包み込み、その動きを鈍らせるという。

作戦通りに始まった第一陣の突撃に合わせ、俺達も囮役の冒険者達に準備を急がせる。

囮役には小隊ごとに選抜した騎乗動物での移動が得意な者達で構成されており、ユノー達小隊長はここに全員加わることになる。

残される部隊の指揮を執るためにコンウェルは残り、俺とパーラもコンウェルと一緒だ。


早速始まったこの作戦だが、順調にいけば日暮れ頃には片がつく。

一杯やるのが楽しみだ。

もちろん、俺とパーラはノンアルコールでだが。

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[一言] 「船から降りたらラクダで目的地点を目指すことになるが、その際に斥候を放つ。そいつらの移動速度をなるべく早くしたい。そこでアンディ、お前のバイクを斥候に赴く連中に貸してやってくれないか?」 簡…
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