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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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カレーなる食卓

SIDE:パーラ




砂漠の国と呼ばれるソーマルガにあって、午後に差し掛かる時間帯は暑さが最もひどくなる時間帯だと言っていい。

第二市街で商店が立ち並ぶ区画も、朝に比べると人通りは明らかに減っている。

暑いときはなるべく外に出ないというのがこの国の一般的な過ごし方だが、それでも皇都は国の中心だけあって通りは賑わいを忘れることが無い。

そこかしこで商売の交渉に熱を上げている商人もいれば、冒険者と思われる集団が旅装を整えている光景も見受けられる。


今日はギルドへと向かった時間が遅かったせいもあって、目ぼしい依頼はもう無かった。

なので常設の簡単な依頼を午前で終わらせ、午後になる前にアンディに頼まれていた買い物を済ませて帰ることにした。

頼まれているのはいくつかの香辛料と食材だ。


何度か買い物を頼まれている経験で、買い揃えた食材からアンディが何を作るのか予想が出来る。

どうやら今夜はカレーのようだ。

ソーマルガでは多くの種類の香辛料が安く手に入るため、これらを使ったカレーを作るのに材料を集めやすくて助かるとアンディは喜んでいた。


以前マルステル公爵家でこのカレーを振る舞ったのだが、その時から公爵一家から使用人に至るまで全員がカレーに魅了されてしまい、大体5日おきに作ってほしいとアンディに懇願しにくるほどだ。

あのカレーが今夜食べられると考えるだけで足取りも軽くなる。


買った物を手に屋敷へと戻る。

屋敷の門の脇には暑い日でも門番が立っていられるように布を張って日陰が作ってあり、そこにいる門番に挨拶をして屋敷の中に入っていく。

1カ月近く滞在しているこの屋敷にもすっかり慣れ、自分の家とまではいかないまでも、それぐらいの居心地の良さを覚え始めている。


「あら、お帰りなさい。パーラちゃん」

「あ、ディーネ様。ただいまです」

玄関に入る前に横からそう声をかけられる。

何かの作業をしていたのか、右手に持った木桶を玄関脇にある収納箱に入れたディーネと並んで屋敷の中に入っていく。


「買い物に行ってたの?…この匂いは香辛料ね。それも随分たくさん。もしかしてアンディに頼まれて?」

私の胸元に抱えていた買い物袋にスンスンと鼻を鳴らして顔を寄せてくるディーネのその姿は公爵夫人らしからぬ行儀の悪さだ。

「うん。朝に頼まれてたのを依頼が終わってから買ってきたの。今日はカレーの日みたい」

「それはいいわね。カレーならいくらでも食べれちゃうもの。食の細いジャンもカレーだけはお代わりするのよ?」

「わかります。私もついついお代わりが止まらないし」

「……パーラちゃんは食べ過ぎよ。一人で三・四人分も食べるのは貴方だけなんだから」

溜息交じりにそう言うディーネの言葉に私は首を傾げざるを得ない。

美味しいのだからいっぱい食べないでどうするというのか。


そんな具合にディーネと会話をしながら玄関を潜り、抱えていた荷物を通りがかった使用人の人が預かってくれたので、そのまま二人でお茶をすることにした。

暇をしていたというディーネに付き合う形で庭の一角にある屋根付きの休憩所に向かい、ディーネが手ずから淹れてくれたお茶を頂く。


しばらく世間話に興じていると、アンディが私達の元へと現れた。

「あぁ、ここにいましたか。ディーネ様、ただいまもどりました」

「ええ、お帰りなさい」

「アンディ、おかえ―あぁーっ!またエリーが来てる!」

丁度庭へと通じる扉に背を向けるか体で座っていた私はアンディにお帰りの言葉を言うために振り向くが、アンディの隣に立つ人物を見てついつい声が大きくなる。


「やあやあ、また来たよパーラ。ぶすすす」

小バカにするようなその言い方にカチンと来てしまう。

「もー!なんでいっつもいっつもアンディが城に行くとエリーが付いてくるのよ!」

「人をおまけみたいに言わないでよね。たまたまよ、たまたま」

何がたまたまだ。

毎回アンディが城から帰ってくると絶対一緒に付いて来てるくせに。


「エリーってばお姫様なのに城を抜け出して、いーけないんだー」

「うるさいわね。私はいいの。大体今の私はお姫様じゃなくて、謎の貴族令嬢ってことになってるんだから」

「なぁーにが謎の貴族令嬢よ。どうせアンディと一緒に乱暴な手で城を抜け出してきたんでしょ。お転婆エリーって呼ぼうか?」

「ちょっと、誰がお転婆ですって?」

お転婆という呼ばれ方にカチンときたのか、エリーの眉が吊り上がっていく。

この子は意外とこういう挑発に耐性がないのか、言葉でいじると直ぐに乗ってくる。


「二人とも、あんまり騒がないの。アンディ、パーラちゃんが頼まれてた香辛料を買って来てくれたから厨房に顔を出してみて」

「おお、そうですか!では今夜はカレーですね。今から行ってみます。…あぁ、ディーネ様、エリーをお願いしても?」

「ええ、もちろん。アンディもウチの料理人達の監督をお願いね」

「もちろんです。では失礼します」


私とエリーがギャーギャー騒いでる間にアンディが厨房へと行ってしまい、残された私とエリーは、次の動きに移る。

「こうなったらあれで勝負よ、パーラ」

フンスと鼻息荒く庭の片隅にある、土剥き出しの一角へと歩みを進めるエリーに私も続く。

向かった先にある土の地面には大きく円が描かれており、丁度中央に二本の短い線が平行にある。

これはアンディから教えてもらった『スモー』という格闘技の場だ。


仕切り線と呼ばれる中央の線に向かい合った二人が、合図とともに組合って、土俵の外に押し出されるか、足の裏以外の体の一部を地面に付けることで負けとなるこのスモーは、張り手以外の打撃が禁止されていることもあって喧嘩よりも平和的且つ娯楽性が富んだものと言える。

現に私とエリーはこの相撲を会うたびに行っていた。


私とエリーは靴を脱ぐと土俵に上がり、仕切り線に立ったお互いを見合う。

「今のところは8勝3敗でパーラが勝ってたわね」

「そうだね。まあその内の負けもエリーが卑怯な手を使ったせいだけど」

「反則じゃないのだから問題ないでしょう」

シレっと言うエリーだが、その眼は闘志に燃えているようだ。


正直この手の勝負となると、城の中で荒事と無縁の育ち方をしてきたエリーに比べて、冒険者としての活動が長い私に有利なのだが、エリーはその差を知恵で埋めてくるのだから実にやり辛い。

最初の頃は力と速さで押し切っていた私も、最近はエリーが繰り出してくる変則的な手で押し負けることが増えてきた。


「それじゃあ見合って見合ってー」

仕切り線に足を揃えて前傾姿勢になっている私達の横には、相撲の審判役である『ギョージ』としてディーネが声を上げる。

私とエリーのこのスモー対決に毎回付き合ってくれるディーネの存在がありがたい。


目が合った状態でしばし経ち、どちらともなく地を蹴って体ごとぶつかる勢いそのままに、お互いの身に着けていたベルトを取り合う。

アンディが言うには本来であれば『まわし』と呼ばれる布を下着のように腰と股に巻くのだが、ベルトを代用品としても構わないとのこと。


ギュウと握りしめるベルトをやや引き上げ気味にしてエリーの体の重心を崩しにかかるが、そこはエリーもわかっているもので、向こうも私のベルトを引き上げることで対抗してくる。

これでどちらも態勢が定まらず、膠着状態に陥ってしまう。

こうなると体力勝負で、私に分があるため、あとはエリーが疲れるのを待つだけで勝ちを拾える。


そんなことを考えていたのが悪かったのか、次の一瞬で行われたエリーの動きに気付けなかった。

私のベルトの右側を掴んでいたエリーの左手が抜かれ、そのまま私の肩辺りまで持ち上げられると、一気に脇を潜って背中に回された。

何をと思った次の瞬間、エリーの左手が私の背中で暴れ出した。


「うっ!…あひゃひゃひゃひゃひゃっ!いっひぃっひぃひひっ!ちょ、そこはあっはっはっはっはっは」

なんと背中から脇にかけて腕をコショコショと蠢かせ、くすぐり攻撃を仕掛けてきたのだ!

これにはたまらず、全身の力が抜けてしまい、重心も崩れてしまう。

「隙あり!」

その隙をつかれて、足をからめとられたうえで後ろに倒される形で私は背中を土俵につけてしまった。


「はい、そこまでー。勝者、エリー」

ディーネの上げる勝負ありの声を耳にしながら、思いがけない決着にしばし呆然となる。

よっぽど嬉しいのか、視界の隅では跳ねるようにして喜ぶエリーの姿が映っていた。

経験と力の差を知恵で埋め、卑怯な手・奇抜な手でも即使用するその工夫は、まるでアンディを相手にしているみたいだ。

常日頃から『卑怯だと思う手は即使え』と語るアンディなら、あの状況でくすぐりを仕掛けるという非常識な行動で勝ったエリーを褒めるだろう。

私だって伊達に冒険者をやっていないのだから、あの負け方に文句は言わない。

エリーは反則はしていないし、そもそもそれを予想していなかった私が未熟だっただけだ。


仕切り線に立った私とエリーは向かい合って軽く頭を下げる。

そしてお互いに近付き、握手を交わす。

ここまでの流れはアンディがとにかくこだわっており、勝ち負けを後にまで引っ張らないためにこういう試合後の礼儀は欠かしてはならないと耳の穴が広がるほどに言われていた。


「私の負けだね、エリー。まさかあんな手を使ってくるなんて予想もしなかったよ」

「ふふっ。正面から組み合ってパーラに勝てるとは思えないもの。……パーラ?いつまで握手を―ぃい痛だだだだだっ!潰れるっ…手が潰れりゅぅーっ!」

大袈裟な。

勝者に祝福をしているだ・け・で・しょーがっ!

気持ちを込めて力も込めていくと、エリーの悲鳴も大きくなっていく。


一応チラリとディーネを横目で窺うが、特に止めることも無く微笑んでいる様子から、お咎めもないようだ。

ならば、もう少しあの素晴らしかった勝負に祝福を。

「パーラ!?なんで更に力を込めるの!?」

「勝者への祝福だよっ」

「嘘だ!?あだだだだだだだだっ!本当に潰れちゃうってー!」




昼下がりのマルステル公爵邸から響き渡る悲鳴。

それは聞く人によってはソーマルガ皇国の王女殿下によく似た声だったという。



SIDE:END








厨房で作業をしていると、どこからか悲鳴が聞こえてきたが、音の発生源が庭の方からだとわかり、恐らくまたパーラ達がじゃれ合っているのだろうと思い、特に気にも留めずに作業に戻る。

パーラが買って来た香辛料は結構な量だったが、既に何度かこの屋敷でカレーを作ったことがあったおかげで、個々の料理人にも作り方は大分知られていた。


公爵一家とマルステル公爵邸に仕える使用人たちの分も含めて、夕食用に大鍋で4つほどカレーを仕込んだ。

後はとろ火で温め続けるだけでいいので、そちらは料理人達に任せて俺はチャパティ作りに移る。

カレーと言えばライスといきたいところだが、まだまだ出回っている量が少ない米が他国にまで浸透しているわけがなく、仕方なくカレーに合わせる主食としてチャパティを供することにしていた。


ナンとは違って柔らかさはないが、その分作り方が簡単だし、粉から捏ねるときにオリーブオイルなどを混ぜ込むと風味高いものが出来るのでお勧めだ。

今回は普通に全粒粉に塩と水を混ぜて捏ねていき、フライパンで焼くシンプルなものでいく。

作り方が難しくないとは言ってもなにせ量が多いため、俺一人では手に負えないので他の料理人にも手伝ってもらって無心で焼いて行く。


夕食時になると屋敷内に広まったカレーの匂いに惹かれたのか、自然と食堂に集まって来たディーネ達の前にカレーの盛られた深皿とチャパティが複数枚重ねられた皿が並べられていく。

既に食べなれているそのカレーセットに伸ばされる手は躊躇なくチャパティを千切ってカレーに浸し、それを口に運んでは感嘆の溜息が入れ替わりに吐き出される。


「んーおいしいわー。ジャンも可哀想。仕事が無ければ一緒に食べれたのに」

上機嫌でカレーを口にするディーネは、今この場にいないジャンジールを哀れに思っているようだ。

ジャンジールはアイリーンに与えられる領地の選定に関わっているため、今頃は娘と一緒に城で夕食となっているはずだ。

かの公爵殿はカレーに目が無く、今日がカレーの日だと知ればそれは悔しがることだろう。


次の日に残しておけばと思うかもしれないが、衛生環境が現代日本ほど発達していないこの世界でそれは危険なのでやめておこう。

もう一つ、衛生的な理由の他に、俺は二日目のカレーを認めていないというのもあって、その日のうちに消費してしまいたいのだ。


よくカレーは次の日が上手いと言う人間が多いが、俺はそうは思わない。

確かに食材の旨味が時間をかけて溶けだし、口当たりもまろやかになって~ということは理解できる。

しかしカレーはスパイスが命という信条の俺からしたら、二日目のカレーは香りの減衰著しいせいでもはやカレーと呼べないのだ。

さらに言えば、作りたてのカレーは甘味・酸味・辛みがそれぞれしっかりと感じられるが、二日目以降のカレーというのはそれらが混ざり合って単一的な味になってしまっている。

正直、味の複雑さを楽しむなら作りたてこそを食べて欲しいものだ。


少々話が逸れたが、食堂のテーブルに着く面々を見るに、エリーは今回初めて食べるカレーに夢中の様で、一心不乱にカレーを食べているが、それでも流石はお姫様だというべきか、カレーを食べる所作にもどこか礼儀作法の面影を見られた。

パーラの方は言わずもがな、断食明けかというぐらいの勢いでカレー皿を空けてはお代わりを要求するという有様だ。

ただ、時折パーラは俺とエリーの方へと厳しい目を向けることがある。


食堂のテーブルにはディーネとパーラが並んで座っており、その向かいに俺とエリーが並んで座っている。

俺の左隣に座るエリーは笑顔なのだが、ディーネの右隣に座るパーラはやさぐれた感のある顔だ。

「パーラ、どうしたんだ?機嫌悪そうに見えるけど、美味しくなかったか?」

「…カレーは美味しいよ。カレー、は」


その言い方だとカレー以外で美味しくないものがあると言外に伝えてきているのと同じだ。

まあ何となくその原因は推測できるが。

パーラとエリーがここで会うたびに相撲を取っていることは何となく知っていたが、その勝敗で何かを決めていたのではないかとも予想はしていた。


今回は恐らく、勝った者が俺の横で夕食を食べるとかだったのだろうとは、この二人の様子を見れば何となくわかる。

ちょいちょいエリーがここに来るたびに夕食を一緒にという流れになると、俺の隣の席に座るのは大体パーラが多いのだが、最近はエリーがそのパーラの位置を奪うことが多い。

俺に懐いてくれているとはわかるのだが、エリーは何故かパーラを煽るような目で見て、それを受けたパーラはグヌヌとした顔で見返す。

その逆もまたしかり。

俺の隣に座るということに、彼女らにしかわからない価値があるのかも知れない。


ディーネはその辺りを知っていそうだが、聞いたところで曖昧な微笑みを返されるだけな気がしているので、聞くだけ無駄だと勝手に結論付けている。

なので何となくそうだろうなという考えだったが、どうにもこの二人は仲がいいのか悪いのかよくわからん。

まあ歳も同じぐらいだし、こうしてじゃれ合っている姿からも悪い感情を抱いていることはないはずだ。


この二人の俺に対する好意は何となく感じているが、ぶっちゃけそこまで俺に好意を向けるほどの何かがあったとは思えない。

パーラは敵討ちの旅からの流れでそう言う感情を抱くのはあり得るが、エリーの方はどうだろう?

精々誘拐犯から助けただけで、それ以外はちょくちょく城を抜け出して一緒に遊んでいるくらいだ。

…いや、改めて思い返してみると、何のイベントフラグだというぐらいに好感情を持つだけの出来事はあったと思わされる。


そんなことを考えていると、エリーが手に持っていたチャパティを取りこぼすのを見てしまう。

ついつい目がそちらを向いた時に、視界で彼女の手元に異常を捉える。

「ん?エリー、なんか手が赤いけど、もしかして怪我してるんじゃないのか?」

エリーの右手にはまるで大蛇に締め付けられた後のような痣が赤く残っており、今チャパティを取りこぼしたのも、もしかしてその痣のせいなのではないかと気になった。


「え?あぁ、これね。別に大した事…―あぁー!痛たたたっ!痛いのを思い出したー、困ったー、これじゃあカレーを食べれないー、アンディ、あーんして食べさせて」

何故か急に棒読み風にそんなことを言い出すエリー。

いや、ついさっきまで普通に食ってたじゃないか。

なんだか急に思いついたように言っているが、それは本当に痛いんだろうな?


「あぁー!ちょっとエリー!何アンディに甘え―」

ガタリと立ち上がってこちらを指さしながら叫ぶパーラの声を受け、エリーが突如右手を押さえて呻き出す。

「くっ!右手が疼く…。このままだと犯人の名前を言ってしまいそう。確かパー…ラ何とかだったような…」

「ぬぐぐぐぐーっ!」

それなんて厨二病?

というか、それはもう名前を言ってるようなもんだ。

パーラもそんな反応をしたら自白したのと変わらんだろうに。


何となく何があったのかを察してしまった俺と、エリーの言葉を受けて怒りに顔を赤くするパーラをよそに、エリーが口をあーんと開けてこちらを向く。

これは食べさせろということですね。

まあ一応手の痣は本物のようなので、仕方なく俺がチャパティを手でちぎり、カレーにチョンチョンと付けた物をその口に入れてやる。

するとモグモグと咀嚼するエリーの顔は笑顔満開、逆にパーラは頬を膨らませてこちらを睨んでくる。


そして一方ディーネはというと、そんな様子を見て微笑みを絶やさず俺達を見守っていた。

いや、出来ればこの状況に助け舟を出すとかしてほしいのだが。

エリーの食事を介助している間は俺が食事を出来ない。

このままではせっかくのカレーが冷えてしまう。

困ったものだ。


だがそこは俺も歴戦の冒険者。

この状況を打破する策をティンと思いつく。

鍵は運ばれてきたカレーに手を付けずにこちらを睨むパーラにある。

「なあパーラ、手が空いてるなら俺に食べさせてくれよ。俺がエリーにしてるみたいにさ」

「…え?あ…、うん!わかった!」

一瞬呆けた様子のパーラだったが、俺の言っている言葉が少し遅れて浸透していったようで、いそいそとエリーの反対側の俺の右に椅子を運んできて俺の皿からカレーをチャパティに付けて持ち上げてくる。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんなのずるい!だったら私が―」

「何言ってるの?エリーは手が痛いからアンディに食べさせてもらってるんでしょ。こっちは私がやるからお気になさらずにどうぞお食べになって?はい、あーん」

先程の状況から一転して、今度はエリーが歯ぎしりをする番となり、パーラが俺にカレーを食べさせるのを悔しそうに見ている。

先程とは打って変わって上機嫌のパーラが差し出すカレーを食べながら、不機嫌なエリーに俺がカレーを差し出す。

ではパーラはどうするのかというと、何とディーネがパーラにあーんをしている。

とっくに食事を終えているディーネが自分から申し出たことだ。


いや、この状況はなんだという気持ちはあるが、一応食事の席でのギスギスした空気が多少は和らいだのでよしとしよう。

決して諦めや逃避の気持ちではない。

断じてない。

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