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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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異世界B組 アンディ先生

「画面の右端から左へ向けて指が触れた状態で動かすと…このようにメニューが出てくる。この中から目当ての項目にタップすることで色々といじれるわけだ。項目からさらに分派して色々と細かい設定画面へと移動するわけだが、これはその時々において必要な物を触っていくといい…よし、切りがいいから今日はここまで」

「起立!礼!ありがとうございました!」

『ありがとうございました!』

「はい、お疲れ様でした」


教室となっている城の一室で今日の授業が終わる。

俺の声を皮切りに室内は授業終わりの弛緩した空気へと変わっていった。

この雰囲気ばかりは世界が変わろうとも同じようだ。


室内には教壇を半円で囲むように机が8つ置かれており、全ての机に男女様々な人間が着いている。

年齢は様々だが、上は30代ほどから下は10代半ばぐらいまでと偏りはなく、満遍なく年齢別に人を集めたと推測できる。

タブレットは全員に行きわたるほどの台数は無く、二人で一台を使うという形式をとっていた。


アイリーンが持ち帰ったタブレットの内、研究解析と実際の遺跡での運用試験に回している台数が意外に多く、授業に使える分が少なくなるのは仕方のないことだ。

教壇に立つ俺は教師役として彼らに何度も授業を行っており、今日も無事に終わったことに密かに胸を撫で下ろす。


タブレットの使い方を教える依頼で始まった教師生活は今日で20日目になる。

城の一室で集められた人材との顔合わせをして、その次の日には最初の授業を行ったのだが、流石に彼らもいつでも暇というわけではないようで、大体一日授業をやったら一日二日は空いて次の授業というペースで行っている。


彼らは元々国が保有している遺跡関連の研究機関の人間だったらしく、全く新しい魔道具であるタブレットを最初に扱える人間として教育を受けるとあって実に意欲的だ。

俺を若造や平民と侮ることなく先生として敬意を払った接し方をしてくるのに最初はむず痒い気分だったが、今はもうすっかり慣れた。


教師としての経験などない俺は、まず最初に名称の共有化を図ることから始めた。

タブレットを使う際にタップやスワイプなどの名称が分かっていた方が教える側としては楽だと思ったからだ。

そもそも英語が存在しないこの世界で、英語が由来の単語を教えるのは難しいのではないかと思っていた。

だが研究者である彼らには初めて聞く英語であってもそう言う単語だと頭に入ってしまえばすんなりと覚えられるらしく、特に混乱することなくこれらの言葉は浸透していった。


ただ生徒であり研究者でもある彼らとの認識のすり合わせを行った過程で、この世界にも元から存在する、英語が変化したであろう言葉を知る事も出来たのは思いがけない収穫だろう。

身近なところで言えば『ギルド』という言葉もそうだし、『ランク』や『メニュー』といったものなど、意外に多い。

古い言葉だと数百年前から存在していることから、過去に俺と同じように英語が存在する世界からこちらの世界に来た人間が残した可能性が出てきた。


日常生活で浸透しているこの英語由来の言葉がどこから来たのか予想は出来るが確定は出来ない。

アルファベット自体は存在していないが、それと似た文字は今使われている共通語として残っていることから、長い時間をかけて上手く現地の言葉と融合していったのだろうと推測する。


その可能性を裏付ける大きな要因として度量衡を挙げたい。

普通にメートル法が使われているし、重量もキログラムで計られているのはわかりやすい。

正確に長さと重さが俺が知る元の世界と全く同じかは知りようがないが、それでも俺の感覚とはさほどかけ離れていないようなので、ある程度の信用は出来る。

ここまで元の世界のものと同じとなれば、流石に偶然よりも誰かが持ち込んだものだと考える方が自然だろう。

もちろんこれらとは違うこの世界独自の規格も存在しているが、あまり浸透しているわけではなく、今ある度量衡によって駆逐されたのか、ごく一部の記録に残されるだけに留まっている。


それらとは逆に時間の定義は曖昧なままで、考え方としての時分秒ぐらいは存在している程度だ。

普通の人たちにとっては朝と昼と夜がわかれば問題はなく、少し大きな街であれば鐘の音で街全体に今の時間を知らせる仕組みはあるが、それでも一時間ごとに鐘を鳴らすぐらいが精々で、正確な分単位で時間を計ることは出来てないそうだ。

原始的な日時計や水時計のようなもので時間を割り出しているらしく、これに季節や天候によって変わる時差を専門に計算する役人が存在するほどだ。

一応時計的な魔道具というものは存在しているが、それらはどれも非常に精巧で数も少ない為、あまり一般には出回っていないという。


今回授業で使ったタブレットなら時計の機能もあるのではと思われたが、残念ながらこれには時計の機能は存在せず、それどころかカレンダーとしての機能も付いていない。

これは恐らくタブレット単体に時計機能を搭載せず、無線でネットワークに接続した際に時計や日付の情報が提供されるような仕組みだからだと予想する。

古代の遺跡が稼働状態になれば遺跡内部で使えるネットワークも復活するかもしれないが、その時にタブレット側に提供される情報が今の時代に沿ったものかというと甚だ疑問であるため、あまり期待しないほうがいい。


話は逸れたが、こういった専門用語を浸透させることで授業がスムーズに進み、今いる生徒達のタブレットへの習熟度合いは予定よりも少し早まっている。

これは嬉しい誤算ではあるが、俺が受けている依頼は拘束期間が設定されているもなので、早く終わったからと言ってそれだけ早く解放されるかどうかは依頼主に決定権があるため、どうなるかはその時までわからない。


「アンディ様、お疲れ様です。宰相閣下よりお呼びがかかっておりますので、お迎えに上がりました」

生徒たちが思い思いに教室を去っていく中、教壇で荷物を片付けている俺の元へ侍女が近付いて来てそう話しかける。

毎回授業が終わるたびに宰相が俺を呼びつけるのだが、呼びに来る侍女も同じ顔ぶれのため、今では城の通路ですれ違う時には言葉を交わす程度の仲にはなっていた。

ただ最初に聞く機会を逃していたせいで名前が未だにわからないままなのは少し気になっている。

「今行きます。少し片づけるので待っててください」

「かしこまりました」


いつもの片づけを終え、教室を出ると待っていた侍女が俺の姿を確認して歩き出し、その後ろへと続く。

向かう道すがら城に何度も通ううちに顔見知りになった兵士や使用人と会釈で挨拶を交わし、慣れた道を歩いて行く。

既に何度も訪れている宰相の部屋は、本来であれば閉じているはずの重厚な両開きの扉が解放されており、時折文官らしき人達が出入りしていた。


「失礼します。アンディ様をお連れしました」

侍女が執務机で書類と格闘しているハリムに声をかけるが、よほど忙しいようでこちらを見ることなく応える。

「ご苦労。そっちのソファーに座らせてくれ。それとお茶も頼む」

ついっと左手で指し示した方にある、テーブルを挟んだ対面式のソファーへと誘導するのもまたいつもの光景だった。

「かしこまりました。アンディ様、こちらへどうぞ」

ソファに座って出されたお茶を啜っている間も宰相の元には文官が色んな案件を抱えて訪ねて来るもので、それにあれこれ指示を出している様子は、なんだかデキる経営者を見ている気分だ。


一杯目のお茶を飲み終わる頃には仕事も一段落着いたのか、大きく息を吐いて席を立ったハリムがこちらへ来た。

傍に控えていた侍女にお茶を頼むと、いつものように授業の様子を聞かれる。

このやり取りもすっかり慣れたもので、今では最初の頃のように肩肘張った話し方はしないようになっていた。


「毎回同じことを聞くが、授業の方はどうだ?問題なく進んでいるかね?」

「ええ、問題ありません。生徒も皆授業についてこれているようですし、今の進捗具合だとあと2回の授業で習得したと判断していいでしょう」

「そうか。ならあと2回の授業をよろしく頼む」

神妙に頼んでくるハリムに俺も同じように真剣な表情で頷きを返す。


基本的なタブレットの使い方は既に教え込んでいるが、この後はトラブルの際の対処法や応用技術などのおまけ要素が強いので、実は遺跡の再調査にはすぐにでも出発できる。

しかし彼らはタブレットをただ使うのではなく、将来的にタブレットの使い方を教える教官としての役割を与えられるので、トラブルシューティングなんかは特に知っておくに越したことは無い。

俺自身、完全にこの世界のタブレットに精通しているわけではないが、前世との共通点の多いこの魔道具に関しては恐らく今の所俺が一番理解しているはずなので、教え込めることは全部教えておこう。

そうすれば俺にだけ注目が集まることが無くなるだろうからな。


「それとこれを見てくれ。意見が聞きたい」

そう言って俺の前へと押し出すようにしてやや厚みのある書類の束が置かれた。

またか、という気分になる。

「…閣下、前も言いましたように、官吏でもない俺にこういうものを見せるのはどうかと思いますよ?」

ざっと見ただけだが、そこに書かれてあったのは城の堀へと注ぐ水路を改修するという内容のものだった。

「構わんさ。どうせ誰も有効な解決策を出せないんだ。ほら、前の時のようにお前の考えを聞かせてくれ」

ニコニコと笑顔でそう言うハリムは、どこかおもちゃをねだる子供の様な目をしており、俺がこれからいうことを楽しみにしているというのを感じる。


こうなったのも以前、授業の進捗を報告した時に宰相としての職責から来たであろう愚痴をポロリと零したハリムに助言したことが発端だ。

その時は砂漠地帯の有効活用を考えていたハリムに、砂地での栽培に適した野菜の存在を幾つか教え、市場で出回っている野菜の中でトマトにアスパラにニンニク、芋類などを推しておいた。


砂地での栽培は農家の間でも意外とポピュラーなもので、砂に十分堆肥をすきこんでおけば意外と幅広い種類の野菜が育つ。

トマトなんかは水を少なくすれば甘く育つし、芋類なんかは大きく育つので重さで換算した場合の収穫量はこちらの方が多い場合も多々ある。


元農家としての知識があってこその助言だったが、ハリムからすれば冒険者で魔術師、そして遺跡にも造詣が深いと思われたようで、こうして授業の終わりには必ず呼び出されるようになり、時折政策に関わることにまで助言を求められるようになって困っている。

ポンポンと解決策を生み出せる打ち出の小槌扱いされてはたまらない。


とはいえ、依頼主であるハリムの頼みであるので、無碍に出来ないということもあって、こうして授業終わりのちょっとした時間に一つか二つぐらいの相談や愚痴を大人しく聞いている。

今のところ無茶な相談というのはないので俺に出来る範囲で応えているが、今日のは一段と重要な案件だと書類を見て改めて思った。


以前ミエリスタを誘拐した賊を尋問した際に、水路からの侵入も計画されていたということがわかり、急遽水路を改修する計画が持ち上がっているようだ。

しかし、この計画にかかる費用が意外と嵩んでおり、提示した金額で応じる施工業者の選定に難儀している。

このままでは水路の改修に取り掛かるのは予算を組み直す来年以降になりそうだが、こと城の保安に関わる案件だけあって、出来るだけ急いで取り掛かりたいという思惑も絡んでいるようだ。


一通り見終わり、軽く息を吐いた俺は、目の前で今か今かと俺の言葉を待っているハリムにいくつか質問をする。

「拝見しましたところ、要は予算がないから施工業者に発注できないといったところでしょうか」

「うむ、まさにその通りだ。今ある予算は全て使い道が決まっているから、急遽決まったこの計画に回す余裕がない。何とか他の部署で削れるところはないかと検討したが、どうにも…ハァ」

溜息を吐くハリムの様子は心底困ったという感じだ。


「依頼する施工業者は決まっているんですか?」

「いや、予算の都合もつかない現状だと話を通すのも躊躇われてな。一応いくつか候補はいるが…ほら、ここに載ってる4人がそれぞれ水路などの工事では競合する業者だ」

トントンと机に置かれた書類を指さす。

それを見て一つ、思い付く。


「では、こうしたらどうでしょう?ここに記載されている業者全員に水路の工事を実際に行わせて、出来を競わせるんです。名目としては城で出す改修工事等の業者の腕を試すとでも言っておけばいいでしょう。その中で秀でていたものに今後一年間、優先的に仕事を発注するという目標を示せば今回の仕事にも手を抜くことは無いと思います」

「…ふーむ…いい考えだとは思うが、それだと選ばれなかった業者から不満が出ないか?」

「いずれも優劣無しと言って4つの業者とも契約すればいいんです。四者に持ち回りで工事を発注すれば不満も抑えられるかと。もちろん、今回タダでやってもらうわけですから、今後の工事の依頼は彼らに利益が出るように多少の便宜を図ってあげてください」

「それぐらいは当然だな。よし、その案を採用しよう」


鼻息荒くそう言ってハリムは執務机に向かい書類を作り始める。

恐らく今言った案にいくつか自分の考えなどを加えて手を入れた草案が出来上がることだろう。

俺が言った案がそのままハリムの琴線に触れる物ならこちらのことなど放って置いて書類作成に夢中になるのはいつもの光景なので、俺は邪魔をしないように部屋を出ようとソファーから立ち上がる。

扉を潜る直前、背中にハリムの声が投げかけられた。


「なぁアンディ、まだこの国に仕える気にならないか?私の元で学べば、お前ならいずれ宰相の座も夢ではないぞ」

「…前にも申しましたように、俺はしがない平民で冒険者です。そんな人間が城の中枢、それも宰相の薫陶を受ける立場に据えられてしまえばいらぬ混乱を招きます」

「それこそ前に言った、適当な貴族家に養子に入ってしまえばいい。そうすれば表向きには身分を問題にされることは無くなる。なんなら私の母方の実家に養子の口を聞くぞ」


ハリムは宰相であると同時に伯爵家の当主でもある。

そして、母方の実家は侯爵家だ。

そこに養子入りしてしまえば文句を言えるのは公爵か王族ぐらいだろう。

マルステル公爵家とはアイリーンを通して付き合いがあるし、王族もミエリスタを助けた俺に好意的だと聞く。

確かにハリムの言う通りにすれば他の貴族達から文句は出ないだろうが、そもそも俺は国に仕えるというのは気が進まない。


一度冒険者という自由で稼ぎもあり、スリルもほどほどに味わえる仕事を知ってしまうと宮仕えにはどうしても魅力を感じにくい。

なので俺はハリムのこの誘いを何度も断っている。

にもかかわらず執務室を訪れるたびに聞かれるのだからしつこいと思うのも当然だろう。


そもそもこの国の宰相というのは文官の中でも特に優秀な人間を選別に選別を重ねて選ばれるものだ。

血筋や家柄で選ばれることは無く、完全に個人の資質だけが見られる。


ハリムも40代後半という年齢に差し掛かり、真剣に後継者を育てることを考えているらしく、実は俺の他に候補として優秀な文官が何人かハリムの下についている。

いずれも貴族としての身分もあり、しかも優秀な人材だ。

そこに俺がいきなり割り込む形になれば顰蹙を買うだけでは済まない。


「俺は宮仕えには向いていませんよ。返事は前と同じです。お断りさせていただきます」

「まぁそう言うだろうとは思っていた。気が変わったらいつでも言え。最高の待遇で迎え入れるからな」

「はははっ。ええ、その気になりましたら。では失礼します」

一度も振り返らずにそう言って部屋を出ていく。


一国の宰相に対する態度としては不敬の極みであろうが、何度もこのやり取りをしている身としては、懲りない勧誘にそういう態度になっても仕方ない。

ハリムも特に咎めないのでこのやり取りもどこか楽しんでいるのだろうと思う。

現に今も背後からは押し殺した笑い声が聞こえてきているくらいだし。





俺が今日やるべきことは全て終わり、また数日開けて城に呼び出されるまでは自由な時間を手に入れた。

用事が済んだのならとっとと帰った方がいいのだが、実は今の俺は城の通路を通って正門から出ることはできない。

別に平民の身分がそれを許さないとかではなく、単純に俺が通るのを待ち構えている貴族達を避けるためにコソコソとせざるを得ないのだ。

現在は人のあまり来ない通路の脇に身を潜めている。


平民でありながらダンガ勲章を持つ俺は貴族達の間で瞬く間に話題となって広まり、自分たちの派閥へと取り込むための工作として、お茶会やパーティへのお誘いを頻繁にしてくるようになった。

滞在先がマルステル公爵家と明らかになっているせいで、ほとんど毎日のように使いの人間や手紙がやってくるようになっていた。

それらに参加する事を煩わしく感じた俺はジャンジールとハリムに相談し、貴族達に対してその手の勧誘を止めるように周知してもらった。

このことに関しては非常に感謝している。


だが貴族というのは強かなもので、それならばと城で偶然会ったという体を装って繋ぎを取ろうという手段に出るようになった。

一平民である俺が相手ならば多少強引でも誘いを断ることは無いだろうという考えからだろうが、そうだと分かっていれば遭遇を避けるようにすれば問題はない。


実は貴族がそう言う手段に出るということを前もって教えてくれた人物がいる。

俺がこうしてコソコソとしているのもその人物が城の外へと逃がしてくれるのを待っているわけだ。

その人物と思われる忍んだ足音が廊下の向こうからこちらへと近付いているのに気付く。

合流場所であるこの場所に存在を隠して近付くのは件の人物以外ありえない。


「…アンディ、迎えに来たわよ。出てらっしゃい」

声を潜めて俺の名前を呼ぶ声はミエリスタのものだ。

俺に貴族が待ち伏せしている今の状況を教えてくれたのは何を隠そう、このミエリスタその人である。

少し前にハリムとの報告会を開いている時に執務室へと突撃して来てそのことを教えてくれた。

どうもミエリスタは暇を見つけては俺を探していたようだが、その際に噂話程度に拾った話を俺に教えてくれたわけなのだが、それだけではなく城から脱出するのも手伝ってくれるようになっていた。


ミエリスタを助けたことで懐かれたのだろうと推測するが、ぶっちゃけ恋愛感情とかではなく、単純に身の周りにいなかった年の近い俺を友達として見ているだけだというのが本当の所だろう。

「アンディ?…いないのかしら。ハリムのところからはもう出たって聞いたけど…」

おっと、このままでは立ち去られてしまいそうだ。

早いとこ声を掛けよう。


「エリー、こっちだ」

ちなみにミエリスタからは丁寧な態度は不要と本人の口から言われており、さらには自分をエリーと呼べと言われているのでそう呼ぶようにしている。

まあ俺もそっちの方が楽なので助かる。


「あぁ、いたのね。…こっちってどこよ?」

「ちょっと待て。今脱ぐから」

そう言って俺は身に着けていた全身鎧を外していく。

これは城の通路にいくつか飾られていたのを拝借したもので、これを着て人目のある時は置物として立って人がいなくなるのを待ち、人目が無くなった時には歩いてここまでやってきたのだ。

城の中でこれほど目立たないカモフラージュ・スーツは他にあるだろうか?いや無い。


「また変な隠れ方して…。まともな隠れ方で待てないの?」

「まともの捉え方が人によって違うだろ。俺にとってはいかに周りの風景に溶け込むかが大事なのであって、見つからなければそれでいいんだ」

「それを悪いとは言わないけど、あんまり城の備品をあっちこっちに動かさないでよね。その鎧もちゃんと元の場所に戻しておきなさいよ」

「大丈夫、いつものようにヴェル爺さんに戻しておくように頼んでおいたから」


ヴェル爺さんとは城の兵士たちの武器や防具の管理を行っている人で、ミエリスタの紹介で知り合った、俺が城を抜け出すのを手助けしてくれる一人だ。

酒を差し入れるだけで大抵のことは請け負ってくれるので、こうして動かした備品を基の場所に戻すのも彼に頼んでいる。

酒瓶数本で証拠隠滅をやってくれるのだから非常にありがたい。


着こんだ順番とは逆に脱いでいき、地面に並べた鎧のパーツを再び人間の形に組み上げていくと、飾られていた時とほとんど寸分の狂いもない姿が出来上がる。

ほとんどと言ったのは鎧の背丈が俺の身長よりもかなり高い為、外しておいた太腿部分のパーツ分小さくなっているせいだ。

このパーツは鎧が元々飾られていた場所に隠してあるので、この場では完全体とはならなかったが、簡単に付け替えれるので後でヴェル爺さんに直しておいてもらおう。


「よし、いいぞ。今日はどこから抜け出す?」

「こっちよ。庭の方から行きましょう」

来た時と同様にコソコソと二人で通路を抜け、兵士や使用人の目をかいくぐり移動する。

誰がどの貴族と通じているかわからない以上、見つからないに越したことは無い。


「そう言えば初めて会った時みたいなあの代わった服はもう着ないの?」

道すがらの世間話代わりにエリーがそう聞いてくる。

今の俺は浴衣姿ではなく、この国の一般的な服装に身を包んでいた。

「あれは浴衣っていって、俺の故郷の伝統衣装なんだ。国王陛下の謁見のために仕立てた特別なものだから、普段は普通の服を着ているよ」

「残念。あれ、私は結構好きだよ」

嬉しい事を言ってくれるじゃないの。

多分その内服屋で扱うようになるだろうから、興味あるなら買って来てやろうかな。


隠れるようにして通路の角から角へと身を躍らせ、辿り着いたのは以前エリーがさらわれかけた時に助けたあの庭だった。

この庭の縁に向かい、そこから下の方を覗き込む。

眼下には城を囲む掘りが見える。

下までの高さは30メートル程だろうか。


このまま飛び降りれば堀に飛び込むことになるが、俺には強化魔術があるため、地面を強く蹴って飛び出せば弾道軌道で堀を超えられる。

堀の幅は5メートルを優に越えるようだが、今いる高さが俺に味方してくれる。

着地先の堀の向こう側は城と貴族街を隔てるようにして通りが巡っているため、広さは十分にある。

おまけに門からは大分離れた位置となるので人通りも少なく、誰かに見咎められることもなさそうだ。


ということで俺なら問題なく飛び出せるので、早速と身を乗り出した瞬間、エリーから制止の声が上がる。

「あ、ちょっと待って」

「ん?どうした?」

半ば出鼻をくじかれた形となって動きを止めている俺の腰にエリーがロープを括り付けてきた。

何の真似かとそのロープを目で辿っていくと、俺に着けられたのとは反対の端はエリーの腰に結び付けられている。

まるで登山家が滑落を防ぐためにお互いをロープで結ぶように。


「…おい、何の真似だ」

「何って私がアンディから落ちないようにロープで括ってるのよ」

「それは見ればわかる。…俺から落ちないようにって、まさか一緒に来る気か?」

「そうよ。大丈夫、城の方には手紙を置いて来たから」

またかという気分だ。


実はエリーが俺にくっついて城を抜け出すのはこれが初めてではない。

コッソリと城を抜け出す必要のある俺にくっついてちょくちょく城の外へと遊びに出るようになっていた。

一国の王女が単身で城を抜け出すというのは問題なのだが、なぜか俺が護衛としてついているというのを理由に国王夫妻は黙認している。

なぜ俺をそこまで信用出来るのか疑問だが、エリーが言うには王妃であるクヌテミアが保証するのだから問題ないのだそうだ。

なにやら俺の知らないクヌテミアの能力でも発揮されたのかと思ったが、あまり突っ込んでも答えが返ってきそうにないのでそういうものかと飲み込んでおいた。


「んじゃはい、おんぶ」

ニコニコ顔で両手を俺の方に突き出して待機するエリーに、若干の諦めを持つ俺は黙って背中を向けてかがむと、ドンという勢いで俺の背中に乗ってきたエリーの両手が俺の首に回されてしっかりと固定される。

「ぐぇ…しっかり捕まっとけよ」

「は~い」

気の抜けそうな返事を耳に受け、強化魔術を掛けた足を折り畳み、屈伸状態から一気に地面を蹴って弾丸のように宙へと飛び出す。


子供とはいえ人間二人分の重さがあるため、足を重点的に強化して飛び出しの勢いを増した。

弾丸のようなその勢いのおかげで堀も難なく飛び越え、あとは着地に備えるだけだ。

周りの景色が流れるようにして変わっていくのを見てエリーが笑い声をあげる。

「ひゃっはぁーっ!なにこれー!あははははは!」


アトラクションを楽しむ子供のようなリアクションのエリーと違い、俺は着地する地面に視線を集中し、障害物がないのを確認して地面に降り立つ。

その際に限界まで伸ばした足が地面に触れるのとほぼ同時に足首と膝、太腿を連動させて衝撃を出来るだけ吸収し、背中にいるエリーにかかる衝撃を最小限に抑える。


「あー面白かったー」

トンっと背中から飛び降りた様子から怪我などはないと判断してひとまず安心する。

「じゃあ俺はマルステル公爵邸に帰るけど、お前も来るんだよな?」

エリーはいつも遊びに行くときはまずマルステル公爵邸に足を運ぶ。

公爵邸で過ごすか、どこかにいくにしても馬車を手配してもらうために一度そちらに行くことにしている。

最初城を抜け出したエリーが公爵邸を訪ねた時は大騒ぎになったが、二度三度と続くと今ではもう慣れたものといった感じになっていた。


「うん、まあね。今日はお姉様はいないのは知ってるけど、パーラはいるの?」

パーラとは既に顔合わせは済んでいるが、お互いに嫌ってはいないのだけど、何か心の底の方ではライバル視しているというよくわからない関係になっていた。


「今日はギルドに行ってるし、依頼に出かけなくてもその後はお使いを頼んでるから今はいないかもな」

「ふーん…。まあいいわ。それじゃあ護衛よろしくね」

何でもない風を装っているが、この場を立ち去る足が少し速足なのは公爵邸にパーラがいることを期待しているからではないだろうか。

そんなエリーの後を着いて行き、公爵邸へと向かう。


今のところこの街中でエリーに害を与えようという存在とは遭遇していないが、それでも護衛としての役割が期待されている身としては周囲へ視線を配るのを怠るわけにはいかない。

ともすれば怪しい人間は接近する前に無力化させるぐらいの考えで、いつでも電撃を飛ばせるようにと魔術の即時発動を頭の隅で意識しながらの移動は中々神経をすり減らすことになる。

そんな俺の苦労など知らないエリーは軽い足取りでスキップ気味に通りを歩いて行った。

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[気になる点] >アイリーンが持ち帰ったタブレットの内、研究解析と実際の遺跡での運用試験に回している台数が意外に多く、授業に使う分のタブレットが少ないのは ここもなんだか文章が完結してないような…?…
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