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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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叙勲

王城へ謁見に赴き、なんやかんやで一泊したら王族の誘拐を防ぐという、今思うと何ともベタな展開に巻き込まれたものだとしみじみした気分になる。

ミエリスタを助けた俺にお礼を言いたいということで、王妃に朝食へ招かれたので、流石に王族の誘いを断れない身としては内心では渋々と、表向きは光栄の至りを装ってお招きに応じた。


王族が使う食堂らしき一室へと侍女に案内されて向かうと、てっきりグバトリアもいるものとばかり思っていたが、テーブルにいるのは王妃と思しき女性とミエリスタの二人だけだった。

王妃と思しきと判断したのは、頭に載せられているティアラの意匠が、昨日見たグバトリアの身に着けていた王冠と似ているからだ。

恐らく対か、あるいは複数個存在するものだろうが、それを身に着けているということは王に近しい地位にいる人物と推測するのは何も的外れではないだろう。


ミエリスタは当然のことながら昨夜見た寝間着姿ではなく、上品に仕立てられた白のドレス姿で座っている。

入って来た俺を見てニコニコとした顔で手を振って来たのだが、それに軽く目礼を返すだけで済ませると、頬を膨らませた不満そうな顔で睨まれた。

何故に?


王女殿下らしからぬ姿に少し動揺するが、視線を逃がすようにして王妃へと顔を向ける。

ミエリスタの左手側、上座にあたるところに座る王妃は髪と目の色こそミエリスタと同じだが、柔和そうな顔立ちは見ている側に安らぎを与えるような穏やかさが感じられる。

着ているドレスも淡いエメラルドグリーンと派手さはないが、随所に施された刺繍が程よく目立ち、おっとりとした彼女の雰囲気とよく合っている。


こうして見ると気の強そうなミエリスタの顔つきはグバトリアから、髪と目は母親からと、両親の特徴を丁度半分ずつ引き継いだとわかる。

昨夜極僅かな時間だけ話した感じだと、性格の方は父親譲りなのではないだだろうか?

そんなことを考えていると、王妃が微笑みながら声をかけてくる。


「よくいらしてくれましたね。さあさあ、お座りになって。すぐに食事が来ますから」

「はっ。失礼します」

王妃が手で指し示した席に座る。

長方形のテーブルでは上座に座る王妃の対面に俺が座る形になったので、笑みを湛えた王妃が観察するのに最適な配置になってしまった。

今も王妃からの興味深げな視線に晒され、なんとも居心地が悪い。


「ん゛ん゛っ。お母様、あまりアンディを見つめるのはどうかと思います」

俺の心境を知ってか、ミエリスタが王妃に苦言を呈す。

助け舟を出された形になったことにミエリスタへと感謝の念を密かに送った。


「あら、そうね。ごめんなさい、緊張させてしまったかしら?武器を持った人間を素手で倒したと聞いていたからどんな人かと思っていたのだけれど、こんな普通の男の子だったなんて驚いてしまって。そう言えば名乗ってもいなかったわね。もう気付いているでしょうけど、私はソーマルガ皇国グバトリア3世が正妃、クヌテミアです。…改めて、娘を助けて頂いたことを感謝いたします」

立ち上がり、軽く膝を折りながら頭を下げるクヌテミア。

上げられた顔からは王妃としての立場と共に、一人の母親として礼を言っているのが伝わってきた。


「あ…私からも改めて礼を言わせて頂戴。アンディ、あなたがいなければ私は今頃どうなっていたか…。本当にありがとう」

母親に僅かに遅れて立ち上がったミエリスタも同じように礼をする。

こちらは真剣そうな顔の母親とは違い、花が咲いたような笑顔で礼を言ったのは年齢からくる無邪気さがその胸を占めていたからだろう。


王族に頭を下げられたことで俺も慌てて立ち上がり、その礼に応える。

「私のような者に頭を下げるのはどうかお止めください。昨夜ミルリッグ卿に申したように、王女殿下をお救いできたのは偶然のこと。既にミルリッグ卿から感謝の言葉を頂いております。王妃殿下方のお礼の言葉は確かに頂戴いたしました。どうかこれ以上の礼は無用に願いますれば」


感謝の言葉を受け取ったのでこれ以上の礼は不要というこちらの意図を伝えることで、お礼合戦に発展するのを防ぐ。

娘を助けてもらった母親としては口で礼を言うだけでは気が済まないという思いがクヌテミアの顔からひしひしと伝わってくるが、こればかりは俺の精神衛生上あまり長引かせたくないのだ。


朝食が運ばれてきたのをいいタイミングと見て、全員で食事を摂る。

流石は王族の朝食だけあって、様々な種類の料理がテーブルに並べられていく。


朝から胃に重いものがあまり好まれないのはどの世界も同じなもので、肉などよりも果物や野菜が多く見られる。

勧められるがままに色々と食べてみるが、どれも初めて食べる物ばかりで非常に面白い。

特に果物はこの国でもいろんな種類があるようで、見知った物から色とりどりの代わった形のものまで取り揃えてあった。


見た目は青りんごなのに味はバナナっぽい物や、四角形のマンゴーなど変わったものばかりだ。

特に気になったのは小ぶりのスイカぐらいの大きさに、表面にグルグルとした渦巻き模様がいくつも浮かび上がっている果物で、何となく食べたら不思議な能力を授かる代わりに泳げなくなる気がする。

まあ聞いてみたら普通にスイカだと分かったので心配は杞憂に終わったが。


珍しい果物に舌鼓を打ちながら和やかな食事だったのだが、話が昨夜の賊のことになるとクヌテミアの表情は一気に冷えたものに変わっていった。

先のほんわかした空気から一転したせいで迫力がすごい。


「あの賊のことなら夫とジャンから簡単に聞いたぐらいよ。どこの国の手の者か、私達王族の暮らす後宮にまでどうやって侵入したのかとか。尋問で聞き出したとは言っていたけど、どんな手を使ったのかは知らないし知りたくもありません。話せる範囲でいいなら聞かせましょうか?」

「是非」


黒幕までたどり着けたかはともかく、どこの国の人間か分かったのなら聞いておきたい。

それによっては今後旅で向かう国を選ぶことになるだろうからな。

ただこの場には誘拐されかけた本人がいるため、当人を除いて場所を変えるなりの配慮が必要かと思ったのだが、チラリと見たミエリスタの様子は落ち着いたもので、普通に食後のお茶を楽しんでおり、この様子なら過度な心配はしなくてもよさそうだ。


例の賊だが、今城に滞在しているとある国の大使付きの武官であることは確定している。

実際に大使に面通しをしてもらって確認済みだ。

王族の誘拐犯が他国の大使に関係しているという極めてデリケートな事件であるため、このある国というのがどこの国かは教えられないとのこと。

なので心の中では仮にA国と呼ぶことにしよう。


あの後、捕縛した賊を尋問する傍ら、A国の大使にも事情聴取を行ったが、どうもミエリスタの誘拐はこの大使のあずかり知らぬところで実行されたようだ。

取り調べた騎士によると、見ていて哀れに思うほど憔悴していく様子から、こうなることを想定すらしていなかったようで、賊の口から引き出した情報からもこの大使はあくまでも城に入るために利用されただけと分かった。

大使として外交の手に練達さはあるが、他国の王族をさらうという大それた謀略を張り巡らす人間ではないと判断し、その後の扱いは賊から得た情報の裏付けを行うだけに留められ、今現在は城の一室に軟禁状態だそうだ。


では誰がこの誘拐の絵図を描いたのかというと、どうもはっきりしない。

というのも、この賊は元々雇われただけの人間で、城に入るまでのお膳立てもすべて事前に依頼主側が整えていたため、ほとんど依頼主とやり取りをすることなく実行された。

そのため背後にいるであろう黒幕に関する情報はほとんどないが、それでも手に入った僅かな情報から推理を交えた大凡の筋書きは読み取れた。


まず今ソーマルガに滞在している大使は、A国とソーマルガとのいわゆる貿易摩擦を解決するために訪れた。

現在のソーマルガは穀物の輸入よりも魔道具の輸出で大幅な黒字を得ているため、交易を結んでいる国としてはなんとかして自分の国からの輸出入額の不均衡を調整したい思惑もあり、大使が城に滞在して連日の話し合いが行われていた。


そんな中での誘拐事件となったわけだが、この時にさらうのは王族であれば誰でもよかったらしく、ミエリスタが選ばれたのはたまたまだ。


城にいた王族はミエリスタと王妃であるクヌテミア、側室のエインリア、そして王であるグバトリアだ。

王太子であるエッケルドは学園に通っているため城にはいないのでそもそもさらわれるわけがない。


グバトリアは深夜まで宰相とジャンジールとの話をしていたため、警備が緩むことは無いので手が出せない。

側室のエインリアは今現在妊娠中のため特に警備は厳重であり、さらにあの晩はクヌテミアが悪阻つわりのきついエインリアを心配して傍についていたためこれもまたさらうのは難しい。


消去法でミエリスタが一番さらいやすいと判断した賊は、どういう方法でかミエリスタの寝室へと侵入し、眠っていたところを拘束、用意していた麻袋に詰めて城を出ようとして俺に捕まったというわけだ。


もし俺が捕まえなかった場合、ミエリスタは夜のうちに街へ潜んでいた運び屋へと引き渡される手筈だったらしいが、そうするとどうやって街の外へ出るのかという疑問はある。

ハリムが言うには黒幕の狙いが外交交渉を有利に働かせるためと仮定したら、別に街の外へ連れて行く必要はないそうだ。


ミエリスタに顔を見られていない人間が怪しい人物と交戦するという茶番を演じ、何とかミエリスタだけを救い出したと言って城に連れて行く。

その時に自分は今城にいる大使と合流するために来たと言えば交渉も有利に運べるようになるわけだ。


これらを総合して考え、A国の大使はこの事件にはかかわっていないが、A国の政治中枢にいる何者かが黒幕にいるという結論に至ったハリムは、一応国としての抗議はするが大事にはせず、それどころか向こうに大幅に譲歩した交渉を考えているとか。

暗に向こうの企みは看破していると匂わせて、こちらに痛くない程度に譲歩することで後々に響く貸しにするわけだ。


「私がハリムから聞いたのはそれぐらいかしら。まあミエリスタは無事だったわけだし、後は国同士の問題が解決されるのを祈るのみよ」

そう締めくくったクヌテミアの言葉に俺も頷きを返す。


一平民である俺に明かせる情報というのはそれほど多くないはずなのだが、こうしてクヌテミアの口から語られた内容はかなり情報密度が濃いものに感じた。

はっきり言って俺なんかが知るには国同士の思惑が絡んだ、中々に重要な話を聞いた気がする。


話が終わったタイミングでミエリスタが俺を庭に連れ出そうと動いたが、クヌテミアにそれを止められて頬を膨らますという場面はあったが、朝食会は穏やかに終わり、俺は再び部屋へと戻って来た。

少し部屋で休んでいると、ジャンジールが訪ねてきた。

今日これからの予定を話すというので、そのまま部屋へと招き入れ、ソファーに座って話を聞く。


ジャンジールからも昨夜の件でのお礼の言葉を貰い、テーブルの上に並べられた何枚かの紙を見ながらの説明が始まった。

「まずこの書類とこの書類は重要なものだから隅まで目を通しておくように。こっちのは君に与えられる褒賞の概略が書かれてるから、ざっとでも読んでおくといい。この後は諸侯の参列の元、陛下から直々に下賜される褒賞が発表されるからそこに参加してもらう。その時に気を付けて欲しいのは―」

矢継ぎ早に告げられる内容に目をまわしながら何とか飲み込み、いくつかの質問をして話は終わった。


「そういえば今日はオーゼルさんを朝から見ませんでしたけど、やっぱり叙爵の準備で忙しいんですか?」

昨夜夕食を一緒に摂った時に、朝にまた訪ねると言っていたが、朝食を終えて暫く経つも未だ姿を現さないことから、叙爵に関連して色々と動いているのかと予想している。

「そうだね。アイリーンは午後からの叙爵式に向けて色々と準備しているところだよ。あぁそうそう。済まないけど、この叙爵式にはアンディを参加させることは出来ない。今回の叙爵は古式に則った儀式に近いものだから、爵位のない人間は参加が許されないんだ」

オーゼルは公爵家の人間だし、功績が功績だからどうしても厳かな場で叙爵を執り行う必要があるのだろう。

俺としてはオーゼルの晴れの場面に立ち会いたいという思いも多少はあるが、身分を考えると理解はできる。


「まあその辺りは別に気にしませんけど、ついでに俺への褒賞も目録だけ手渡して終わりにしません?」

「それは出来ない。陛下は王族を救った功績を諸侯の前で大々的に発表したくてたまらないんだ。王としても父親としてもそれだけアンディに感謝しているということだ。今更やっぱりなしに、とはならないよ」

ダメか。

あんな貴族勢揃いの中で見世物になるのは一度だけで十分なんだがな。


オーゼルが叙爵された後で俺が謁見の間に入場し、そこで国王直々に俺へ褒賞が手渡されることになる。

これは平民どころか貴族からしてもとんでもない名誉なことで、このことをネタに社交界で引っ張りだこになることは間違いないとはジャンジールの言だ。


貴族に目を付けられる面倒の方が嫌な俺としてはあまり有り難いとは思えない。

この辺りの感覚は前世日本人としてのものだろうか?


昼食後、俺は近衛騎士数人に案内される形で謁見の間前室で暫く待つ。

既に先にオーゼルが謁見の間で叙爵を受けており、今はその式が終わるのを待っている。

謁見に際して前日と同じ格好というのが失礼に当たるのではないかと思ったので、一応マントだけ借りて身に着けている。

このマントはアルベルトが手配してくれたもので、本来は近衛騎士が身につけるものだが、ミエリスタを助けた俺になら貸し出すのは惜しくないといって手配してくれた。


淡い黄色一色のマントの背中には近衛騎士が掲げる、水瓶と二股の槍を象った紋章が描かれていて、中々格好いい。

あくまでも貸与の形で受け取ったが、もらえたりしないだろうか。

まあ無理か。


「お待たせしました。これより国王陛下による叙勲式が行われます。お入りください」

文官らしき男性に促され、謁見の間へと繋がる扉の前に立つ。

つい昨日も潜ったこの扉ではあるが、あの時は俺を引っ張るように立っていたオーゼルはこの場におらず、今度は俺がここに呼ばれた形になる。

自然と緊張感が強くなってきた。


大きく息を吐いた俺の様子を見て、扉の脇に控えていた兵士がゆっくりと手で扉を開けていった。

そのまま謁見の間へと足を踏み入れた俺へと注がれる視線の強さは昨日の比ではない。

昨日はオーゼルが前を歩いていたためにその視線の殆どは彼女に集まっていたが、今はこうして俺一人が注目されている。


冒険者としてそれなりの場数は踏んだつもりだったが、それでも今この場に立つ俺の体を支配する強張りは、また別種の恐ろしさを孕んでいた。

気圧されかけて踏み出せない足に気合を込めて歩き、玉座へと続く段差の前で膝を付く。

その際に身に着けていたマントがファサッっと翻ったのがちょっと格好いい気がした。


「面を上げよ」

以前と全く同じ言葉を耳に受け、俯かせていた顔をゆっくりと上げる。

今回はいきなりグバトリアの顔を見ることを事前に許されているので、真っ直ぐに玉座へと目を向ける。

その際に、俺の右手側にオーゼルの姿を見つけた。


正装したジャンジールと並んで立っているが、その恰好はドレスではなく、ジャンジールとは色違いの白いガラビア風の衣装を身に着けている。

こちらは女性仕様なのか、隣に立つジャンジールと比べて幾分かシャープなボディラインを強調させる造りのようだ。

チラリと目を向けただけなのだがしっかりと俺を見ていたオーゼルと目が合い、小さく手を振られたので微かに頷きを返しておいた。


「これより、アンディへの褒賞の授与と勲章の叙勲を執り行う。アンディへの叙勲理由は皆も知っていよう。昨夜、城に忍び込んだ賊の手によりミエリスタ王女殿下がかどわかされるのを未然に防いだのがこのアンディである。本来であれば叙爵相当の働きなれど、出自定からぬ身分故、此度はダンガ勲章を授ける運びとなった」

ハリムが声高に言う言葉に居並ぶ諸侯は一瞬息を呑んだが、すぐに安堵したような空気に変わった。

恐らく俺の働きが叙爵相当であることに驚いたが、すぐに身分のことで勲章のみを与えることに決まったのを安堵したのだろう。


ぽっと出の平民がいきなり貴族になるのを良く思う人間はいない。

特に古くからの血筋を誇る貴族などはその思いもより強いはずだ。

なのでこういう形に落ち着いたのは余計な嫉妬からのトラブルを回避する意味でも俺としては有難い。

まあそのかわり勲章は受け取らければならなくなったが、爵位に比べたら責任はずっと軽い。


既にオーゼルは勲章を授与された後の様で、胸元にキラリと光る金色の勲章があった。

俺もあんな感じのを貰うのかと思うとちょっとワクワクする。

なんやかんや言ってもやっぱり男だから勲章という言葉にはどうしても憧れを捨てきれない。


そんなことを考えているといつの間にやら玉座から降りてきたグバトリアが俺の前に立っており、その脇には勲章の乗った小さな座布団のようなものを手にしたハリムの姿もある。

「余自ら授けよう。さあ立つがよい、アンディよ」

威厳たっぷりにそう言うグバトリアは、とても昨日タブレットを弄ってはしゃいでいた人間とは同一人物に思えない。


そんな気持ちは顔に出さず、心の中で思うだけに留め、スッと立ち上がると勲章を手にしたグバトリアが俺へと近付いて来て取り付ける。

俺が今身に着けているマントは近衛騎士の使うものなので、丁度左胸の少し上の辺りに余布が出来る構造のため、そこに勲章が収まった。

安全ピンなどないこの世界では、勲章の裏にあるクリップのような部分で布を挟んで留める。


オーゼルのものとは違って銀製なのか、光を受けて白い輝きを放つそれは、逆三角形の盾形の中に矢を番えた弓の意匠が彫り込まれている。

ダンガ勲章という呼び名はこの弓の意匠のとおり、弓矢の名手であるダンガという古の英雄の名前が由来らしい。


戦場で窮地に陥った王を逃がすために留まり、大半の敵を道連れに命を落としたという逸話からこの勲章は生まれたそうで、王族の危機を救った人間に、その挺身と忠誠を称えて与えられるものだ。


勲章自体が持つ権限としてはオーゼルが貰ったゼルパー勲章とほぼ同じだが、こちらは王族の命を救ったという実績がないと与えられないので、これを持つ者は王族への忠を尽くしたとして一段高く敬われる。

人によっては領地や爵位などよりもこちらの方が価値あるものと捉えるらしく、特に軍関係の人間にはこれを与えられた人間が一族から出るだけで末代まで誇ることができると謳うほどだ。

これを貰っても貴族としての義務も恩恵も無いが、とりわけ騎士達からは羨望の的となるらしい。


胸元に付けられた勲章を居並ぶ諸侯に見せるために、グバトリアが俺の肩を押して後ろを振り向かせる。

その瞬間、謁見の間を盛大な拍手が満たした。

「手でも振り返してやれ」

ボソリと俺にだけそう言うグバトリアの言葉に従い、軽く右手を挙げて応えるとさらに拍手が強まった。

なんだかアイドルになった気がしてちょっと楽しい。


勲章を受け取ったことで叙勲式は終わりとなり、最後にグバトリアから感謝の言葉を貰って謁見の間を下がる。

扉を出た所で侍女の案内を受け、そのまま自室へと戻って暫くするとオーゼルとジャンジールが訪ねてきた。

3人でソファーに移り、まずはお互いにお祝いの言葉を口にした。


「お疲れ様でした。アンディ、叙勲のことをお祝い申し上げますわ。」

「ありがとうございます。オーゼルさんこそ、叙爵おめでとうございます。俺はそっちの式にはいなかったんですが、爵位はどのようなものになるんですか?」

「男爵位ですわ。と言ってもマルステル公爵家の分家という扱いですから、ただの男爵という扱いはされないでしょう。あぁそれと、私も貴族家を興しましたから、オーゼルの名は返上することになりましたの。ですから今後はアイリーンの方で呼ぶようにしてくださいな。パーラにも後で私から言っておきましょう」

「わかりました。ではアイリーンさんと呼んでも?」

「ええ、そのようになさって」


これまで『オーゼル』の名前をそのまま持ち続けていた方が異例だったため、今回叙爵されたのを機に新しく名前を付けることになったわけだが、聞くとこの名前は自分で決めることができるもので、家紋と共に申請することで公的にその名前を名乗るようになるそうだ。

一応いくつか候補はあるが、家族で相談して近いうちに決めるとのこと。


「さて、それじゃあアイリーンは挨拶に行ってきなさい。アンディにする話は私からしておこう」

「わかりました。それでは失礼しますわね」

何やらジャンジールに急かされるようにして退室していったアイリーンを見送る。

「ジャンジール様、さっき言った挨拶というのは?さっき謁見の間にいた諸侯方には既に男爵になったことは知られているはずですけど、それでもまだ挨拶がいるんですか?」

「確かに先程いた諸侯たちには挨拶するのはまだ先でいいんだけど、今向かったのは女性の貴族家当主の方々への挨拶回りだよ。アイリーンはあの若さで男爵家を興すことになったから、同じ境遇の女性当主にしっかりと顔を覚えてもらった方が、後々助言をもらったり便宜を図ってもらいやすいんだ」


ソーマルガにある貴族家で女性が当主の家は多くはないがそれなりの数存在する。

特に下級貴族に女性当主の家は多く、今回の叙爵式に参加していた女性貴族達と交流を持つのがアイリーンの最初の仕事だという。

「父親としても公爵としてもこれからアイリーンを手助けしていくことはあるけど、まずは当主となることをその身に感じてもらいたいという狙いもあるんだ。…じゃあそろそろ今後の話をしてもいいかな?」

「あ、はい。よろしくお願いします」


「まずは我が国から君に指名依頼が出されることになりそうだ。これは例のタブレットの使い方をこちらで指名した人間に教える教導役を頼むためのものだ。どうかな、受けてもらえるだろうか?」

言いながら手渡された書類にはギルドを通して依頼する際の報酬と、生徒となる人間の簡単なプロフィールのようなものが載っている。


タブレットの使い方を一番理解している俺に教師役をさせることで、俺から学んだ人間をさらに下の人間に対する教師役にと広めていく計画のようだ。

俺が受け持つ人数もさほど多くはならず、拘束期間こそ長いが行動の制限も無く報酬もいい。


今のままではタブレットが必要な場面で俺を引っ張り出す必要があるが、俺はこの国の人間ではないし冒険者だ。

いつまた旅に出るかわからない人間を当てにするよりも、自国の人材にタブレットの使い方を覚えてもらった方がずっといい。


俺としても自分だけが遺跡からの発掘品の使い方を独占している今の状況は好ましくないので、さっさと他の人間にもタブレットの使い方を覚えてもらって、俺自身への関心を少しでも逸らせれば幸いだ。

そう言う点ではこの依頼は受けておくべきだろう。


「ええ。そういうことでしたら、依頼の形をとって頂ければお受けいたします」

「そうか、助かるよ。もう少ししたら宰相の方も時間が出来るから、彼と話を詰めてくれ。今日この後は何か予定なんかあったりするかな?」

「いえ、特にこれといった用事はありません。あぁ、そうだ。今日は屋敷の方へ帰るんですよね?」

流石に城に連泊するのは気が休まらないので、多少慣れている公爵邸の方に帰りたい。

パーラも心配しているだろうか?

いや、あいつは意外と気ままに過ごしているかもしれないな。


「宰相との話し合いの進捗具合にもよるけど、今日中には帰れるだろう。やはり城は気が休まらないか?」

「ええ、まあ。俺みたいな一平民が城に長々と居座るのは度胸がないと身が持ちませんし」

「いや、そうはいってもダンガ勲章をもらったことだし、アンディも堂々としてていいと思うが」

確かにジャンジールの言うようにこの勲章をもらったことで俺は城に入るのに必要な手続きが貴族並みに免除されるようになった。

これによって今後は城に来た際には、最上級の賓客として扱われるようになるとも聞いた。


だが俺は一人のんびりと地味ぃーに過ごしたいだけなんだ。

今世話になっているマルステル公爵邸ですら身に余ると思っているぐらいなのだから、今後は出来ることなら城に泊まる機会はなるべく回避していくつもりでいる。

マイルドな言い方にしてそのことをジャンジールに訥々と語っていると、宰相からの使いが俺達を呼びに来たので宰相の執務室へと向かう。

これからする話の内容で俺が留意する点と、向こうに要求する諸々の条件を頭の中で整理しながら案内について行った。

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