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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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夜闇は企みを隠すが見つかることもある

「ふはははははは!これはいいな!面白い、面白すぎる!」

先程から大声で笑いながらタブレットを弄っているのは誰あろう、ソーマルガ皇国国王グバトリア3世その人である。


先程までいた謁見の間では他の貴族達が騒ぐ声が大きくなりすぎたため、場所を変えることを王自ら発し、オーゼルと俺を王族の使う談話室へと案内するように言うとそのまま下がってしまった。

そのせいで俺は王の姿を見るタイミングを逃してしまい、こうして談話室に来てようやく王の姿を見ることが出来た。


謁見の間から場所を移して俺とオーゼルは城の奥にある王族のプライベートスペースである一室にと連れて行かれたのだが、そこでは長テーブルの上座に着いた国王を挟むような形でマルステル公爵であるジャンジールに宰相のハリムが座っており、俺達が現れるのを待ち構えていた。


グバトリアはジャンジールと兄弟だけあってこうして並んでみると確かに顔立ちは似たものがある。

しかしグバトリアの方が身長もあり、体つきも明らかに鍛え込まれた屈強なもので、眼光鋭い目つきと日に焼けた肌も相まって古の剣闘士のような力強さを感じてしまう。

こちらは聞いていたとおりの40代後半相応の見た目だ。

てっきりジャンジールの見た目があれなので、血縁であるグバトリアも見た目と年齢に開きがあると思ったのだが、そんなことはなく、ただ単にジャンジールが異常なまでに若見えするだけのようだ。


髪の色はジャンジールと同じ薄紫に近い銀髪だが、ジャンジールがサラサラのストレートなのに対し、グバトリアは肩まで伸ばした長髪がハリネズミのようなとげとげしたはね方のせいでライオンの鬣のような印象を受ける。

身に着けている服も王族のそれにふさわしい豪奢なものだが、暑さ対策なのか腕や胸元が大きく露出しているせいで、そこから覗く筋肉質な肉体は戦士のそれと比べても遜色ないだろう。


そして王の右手側に座る宰相のハリムは、見た目の歳は4・50歳ぐらいだと思うが、痩せすぎと言えるほどの線の細さは文官一筋なのを疑う余地がない。

声も張りがあったし背筋もピンとしたもので、神経質そうな印象は受けるがそれも宰相という地位にいるせいで自然と身に付いた空気を俺が感じ取っているせいなのかもしれない。


テーブルに着いている人達それぞれの手元にはタブレットが置かれている。

これはオーゼルが持ち込んだもので、この使い方を俺がプレゼンすることを既に先程指示されていた。

オーゼルは王たちと一緒に席に着き、俺の説明の補足を買って出てくれた。


既にオーゼルから簡単な使い方を聞かされていたジャンジールは手に取ったタブレットを普通に弄っているが、グバトリアとハリムは紙のような薄い板を慎重に手に取ってはしげしげとながめている。

まずは俺がこの国の人間ではないことと、故郷にこれと似たものがあったことを先に告げ、俺も実物を弄りながら機能を説明していく。


このタブレットは発見された遺跡でしか使えないわけではなく、あくまでも汎用性のある端末として同系統の技術が使われている遺跡であれば色んな機能が使える。

パルセア語の翻訳機としてはもちろんのこと、ある程度の遺跡機能の遠隔操作も可能な上、当時の地図が搭載されているおかげで遺跡が出来た年代の地理を知る手掛かりにもなる。


一応俺が知るタブレットとしての機能であるネットワーク接続機能も搭載されてはいるが、回線を中継する機器が残されているとは思えず、事実ネットワークには繋げられないので、これは使えない。

画像の保存に閲覧、音声の保存と再生といったものは出来るようだが、これらはそもそもインプットするデータがこの世界では失われているので、魔道具職人が過去の遺物から復活させるかこれらのデータをこのタブレットに入れる方法を編み出すのを待つしかない。


残念ながらこのタブレットにはカメラ機能はあるが撮影する物ではなく、あくまでも端末に視覚情報を読み取らせる手段でしかないため、俺としてはかなり不満がある。

もしかしたら設定を弄ればカメラ機能も使えるようになるかもしれないが、すこし触っただけでは何とも言えない。


ただタブレットに保存されていた書類データを紙をめくる要領でページ移動するという仕組みがグバトリアには面白かったらしく、説明の途中で喜々としてタブレットを弄って発したのが先の言葉であった。

「こんな薄い板に何百枚もの書簡が詰まっているのか!見ろ、ジャン!これなんて色がついているぞ!」

「陛下、あまりはしゃがないでください。まだアンディが説明をしている途中です」

「おぉ、そうだった」

呆れるジャンジールの声も届いているか怪しいものだが、一応声を上げるのを止めて俺の方へと視線を向けたので説明を聞くつもりはあるようだ。


謁見の間の時に聞いていた口調と大分違っているが、こっちの話し方が本来のグバトリアのものなのだろう。

王というのは公の場では自分を出さずに権威を纏って王足らんと演じる必要がある。

この底抜けに明るい話し方を聞くと、先ほどの謁見の間での姿は本来の自分とは正反対に位置するもののはずで、その反動で普段の振る舞いもこうした砕けた物になっているのだと思われた。


宰相もタブレットに夢中の様で、むしろグバトリアよりもタブレットを覗く目は真剣味が強く感じられた。

基本的にタブレットの使い方は直感的なものが採用されており、実際に触りながら説明することで理解度も深められ、一通りの説明がなされたところで質問タイムへと移行することとなった。

とはいえ、グバトリアはタブレットを弄るばかりで、専ら質問をするのはジャンジールとハリムの二人だ。


「するとこれは単体で遺跡の機能を全て使えないということかね?」

そう言うハリムの顔には眉間に皺が寄っており、タブレットの使い道に不安があるようだ。

「必ずしもそうだと断言することはできませんが、これはあくまでも遺跡の機能へと命令を出すものだと思われます。ネットワーク―えー…、魔力のような目に見えない物質を使った連絡のやり取りでこのタブレットと遺跡の中枢機能が連携をするというわけです」

ネットワークという単語がそのまま通じるわけがないので、すこし面倒な言い回しになってしまうが、この世界に存在する魔力を電波に見立てて説明することで何とか伝わるといいのだが。


「流石に全ての機能に命令を出せてしまうと、万が一悪用された場合に困るでしょうから、重要な遺跡機構へはこのタブレットからは操作を受け付けないようになっている可能性があります。これが先程言った、遺跡の機能全てを使えないという言葉に繋がるわけです」

「ふぅむ…。その口ぶりからすると、最低限の遺跡の機能には問題なく命令を出せるということになるのだな?」

「はい、恐らくは。今ある遺跡は現在よりも進んだ文明を誇ったものが多く、このタブレットもその遺跡に暮らす者達全員が持っていた可能性が高いと思われます。利便性を考えればある程度の機能までは誰でも問題なく利用できていたのではないでしょうか」

そこまで言い切ると、ハリムは一度目を閉じて考え込む仕草を見せた。

一度はタブレットの使い道に疑問を抱いたが、俺の説明を受けてその価値はハリムの中で膨れ上がっていることだろう。


「ハリム殿、何か御懸念でも?」

黙り込んだハリムの様子にたまらずそう尋ねたジャンジールは、実の娘が持ち込んだタブレットが宰相を悩ます種になっているのではないかと思ったようだ。

その不安を敏感に感じ取ったハリムはジャンジールに僅かに笑みを向けながら口を開いた。

「いや、ジャンジール殿が不安に思われるようなことではありません。ただこのタブレットの存在で調査済みの遺跡にも再調査の必要性が出てきたことを考えておりましたものですから」

「なるほど、確かにその通りでしょう。調べつくした遺跡でもタブレットを使えばまた別の新発見もあり得ます」

「ええ、真に。…陛下、私はこのタブレットの解析と運用を書簡に纏めたいと思いますので、この場を辞すことをお許し願いたく―…陛下?」


ハリムが自分の左隣にいるグバトリアへと目を向けると、そこにはタブレットの操作に夢中になっている姿があり、どうやらたった今投げかけられた言葉も届いていないようだ。

もう一度、今度はやや強めに声をかけると、ようやく意識をタブレットからハリムへと向かせることが出来た。

「ん?どうした、ハリム」

「どうした、ではありませぬ。このタブレットの扱いの件でございます」

先程聞き逃された話をもう一度するハリムは呆れ顔で、自国の王へ対するもとしては些か問題がありそうだが、それもグバトリアの普段の行いがそうさせているのだろう。


現に気まずげに目線を逸らすグバトリアの表情には、ハリムの話が早く終わることを望むような感情が垣間見える。

半ば説教の鬼と化していたハリムが退室の許可をもらって部屋を去ると、露骨に安堵の溜息を吐くグバトリアにジャンジールが苦言を呈す。

「陛下、ハリムの言葉は尤もです。陛下にはもっと普段から王たる者としての振る舞いを心がけて頂きたいと何度も申し上げておりましょう」

どこか出来の悪い子供に言い聞かせるような口調なのは、これまたこの王の日頃の行いのせいか。


「あ~もういいだろ。せっかくハリムがいなくなったんだ。ジャンまでもが説教をくれるな。それに今この場には身内だけなのだからもっと砕けて話せ」

「いたしません。アンディもいます」

「別にいいだろう。聞けばアイリーンとは友誼を結んでいるそうじゃないか。ほとんど身内のようなものだ。な?」

急に王から話を振られて、その場の全員の目が俺へと注がれた。


「はっ。いえ、そのようなこと…」

流石にいきなり王に砕けた態度をとれるわけもなく、困ってしまった俺はオーゼルへと目で助けを求める。

「よろしいのではなくて?陛下直々の仰せですし、それにあなたと話をしたくてたまらないといったご様子ですわよ」

言われてグバトリアの顔を直視すると、その眼は好奇心に溢れていて、俺と目を合わせると畳みかけるようにして話し始めた。

「アイリーンの言うとおりだ。堅苦しい言い方はいらん。俺はお前の故郷のことを知りたい。このタブレットのような面白い物が使われている土地とは一体どこにある?国の名前は?どれほどの人が住むのだ?」

矢継ぎ早になされる質問の勢いの凄さは、それだけグバトリアの興味の強さそのままに感じる。


流石にこの世界とは別の場所の話だとは明かさず、ある程度脚色と虚実を混ぜて質問に答えていく。

そうなると当然俺がどうやってこの辺りへと来たという話もしなければならないのだが、ここは親と一緒に旅をしてきたと誤魔化し、その親が死んだことで一人で暮らしていたという設定を明かした。

オーゼル達親子もこの話には興味があるようで、時折グバトリアの質問に付けたす形で口を開くことも多々あった。


「子供の身で単身森の中を生きたとは…。中々激しい人生を送っているな」

唸る様にそう口にするグバトリアだが、口調は重いものではなく、むしろ感心するような響きがあった。

「この話はパーラも知っていますの?」

「ええ、もちろんです。付き合いが長いですから、そういう話をする機会もありましたし」

パーラとは長い旅の間にそういった話をしたこともあったし、俺としても話して問題ない範囲であれば聞かれたことには結構誰にでも答えていたと思う。


「陛下、そろそろ」

「む、そうか。そろそろ次の予定が詰まってきたようだ。ここで俺とジャンは中座するが、アイリーンとアンディはゆっくりしていけ。…いや、どうせなら今日は城に泊まっていくといい。アンディへの褒美も明日には決まるだろうから、その方が手間が省けるだろう」

それだけ言ってさっさと退室していくグバトリアにジャンジールも続いて出て行った。

残された俺とオーゼルはポカンとした顔をするしかなかった。


結局俺達はそのまま城に泊ることになった。

城から屋敷までの距離は大したことは無いのだが、一度城から出てまた来る時の手続きを考えると確かに城に泊まった方が楽ではある。

オーゼルは城に泊まるのは初めてではないらしく、なんと城にはマルステル公爵家が使えるプライベートエリアが王族の使うプライベートエリアと隣り合って存在していた。

俺もそちらにと誘われたが、流石に貴族でもない俺が城の重要エリアに泊まるのは落ち着かないので、別に部屋を用意してもらった。


考えてみれば公爵というのはそれだけ別格の扱いを受けるほどの存在であり、その一家とこうも簡単に平民の俺達が関係を持てるとは、まさに合縁奇縁というものだろう。

屋敷の方にはジャンジールが連絡すると言っていたので、俺達が帰って来ないことでパーラに心配をかけることは無いはず。


警備の問題で俺一人で城の中を自由にうろつくことは出来ないが、オーゼルが一緒にいれば色々と動き回るのに制限はつかないようで、どうせならとこの機会に豪華絢爛な城の内部を色々と見せてもらった。

歴史の浅い国という事前の認識とは違い、城の中にはかなり古い時代の調度品や美術品も見受けられ、これらは遺跡からの発掘品も混じっているらしく、こうした物を見るだけで時間はあっと言う間に過ぎていった。


城に泊まるのだから王族との食事会でもあるのではないかと身構えていたが、どうやらそんなことはなく、こじんまりとした個室でオーゼルと一緒に夕食を摂るだけだったので胸を撫で下ろした。

その辺りを聞いてみると、確かにグバトリアが城への滞在を勧めたのだから食事を共にするのが普通ではあるのだが、今城のお偉方は俺とオーゼルへの褒賞の手配と検討で大忙しらしく、暇な人間は俺達ぐらいなのだという。

なら王妃や王子などといった人達が俺達の相手をするのではないかというと、これもまた微妙に面倒なしがらみがあるらしい。


オーゼルだけであれば王族との食事は全く問題はないのだが、ここに一平民である俺が混ざるとなると、王であるグバトリアがいちいち許可を出さなければならないのが慣例であるらしく、忙しい国王の業務に俺との食事会の許可を挟み込むのは流石に躊躇われたため、こうして俺の相手はオーゼルが務めてくれたというわけだ。

まあ俺としてはこっちの方が気が楽なので却ってありがたいぐらいだ。


夕食を終えると早々に俺は部屋に戻り、特になにもすることのない暇な時間を過ごす。

暇なのでまた城の中を見せてもらおうと思ったのだが、オーゼルはこの後他の王族と会うそうで、同行できないので俺は部屋に引きこもっている。

別に一人で城内を探検してもいいのだが、色々と解説してくれたオーゼルの存在を考えるとあまり楽しめそうにないだろう。









することもないと早々に眠ってしまうのがこの世界で暮らしていく内に身に付いた習慣ではあるが、ふと夜中に目が覚めてしまうのはやはり現代人らしい感覚がまだ多少なりとも残っている証拠かもしれない。

暗い室内には窓から差し込む月明りだけが光源となっており、何となくその明かりに吸い寄せられるようにして窓を開けてベランダへ出てみる。

昼間の暑さとは打って変わり、夜の冷え込みは厳しいものだ。


天上に座す今日の月は三日月で、その降り注ぐ光は眼下にある城の庭を薄らと照らしていた。

2度深呼吸をし、部屋に戻ろうとしたその時、視界の端に動くものを捉える。

庭の縁を移動する影はどうやら人のようだ。

僅かに明るい庭は迂回し、建物の影をなぞるようにして歩くその人物はどうも人目を避けているようにしか見えない。


ついついジッと見つめていると、不意に人影の背中がモゾりと動いたのに気付く。

その瞬間、俺はベランダの欄干に乗り上がり、足を中心に体全体へと魔力を張り巡らせる。

強化魔術が肉体の性能を引き上げ、同時に視力も強化されたことであの人影の姿も多少鮮明に見えた。

やはり背中には人一人が入りそうな大きさの麻袋が背負われており、その麻袋が動いている。

まるで脱出しようと抵抗しているかのように。


それだけで判断材料としては十分だ。

俺は欄干を蹴るようにして眼下の庭へと飛び出す。

ベランダから庭までは20メートルほどの高さがある。

欄干を蹴った勢いと重力に引かれる力が合わさり、弾丸のようにして庭に降り立った。

庭の石畳に勢いよく着地したせいで石畳が結構な範囲で割れてしまったが、そのおかげで例の人影の注意を俺に向けることが出来た。


「こんな深夜に城の庭でコソコソと歩いて…。まあ、月夜の散歩というには無理があるよな?」

立ち上がりながら平然とそう声をかける。

着地の衝撃で少々足が痺れており、それを覚らせないように会話をすることで回復する時間を稼ぎたい。

突然登場した俺という存在に人影は警戒するようにして姿勢を低くし、腰の後ろに回した手でナイフを抜いて俺の前に逆手で突き出す。


どうも会話に応じるような雰囲気ではない。

明らかに俺の口を封じようとしている。

出来ればもう少し時間を稼いだ上で相手の口から情報でも引き出したかったが、こうも問答無用で武器を向けられてはそれも難しいか。

ただひとつ明らかになったのは、この時点で相手が善良な一般人という線が消えたことぐらいだ。


ざっと見た感じは全身黒ずくめで、肌が露出しているのは指先と目の辺りだけという、まるで忍者のような出で立ちだった。

外見からはあまり相手の情報が拾えないが、体に沿うようにピッタリとした服装のせいでシルエットだけはくっきりとしており、肩幅の広がり方から男性だということだけは判断できた。

これで手に持っているのがクナイであったならば俺も『Oh,NINJA』とでも言っただろうが、生憎それは装飾のない無骨なナイフだ。

こうなるとむしろ暗殺者と言った方がしっくりくる。


お互いを視界に収めたまま、睨み合いが続く。

向こうにしたら突然現れた俺という存在を計りかねているし、俺としては特に武器もない状態で飛び出してしまったので困っている。

魔術でも一発撃ち込んで行動不能に追い込んでもいいが、あの背中に背負っている袋の中身が人間だとしたら下手な攻撃は出来ない。


相手は俺など放っていおいて逃げたらいいのだろうが、荷物のせいで動きが鈍るし、かといって捨てるような動きも見せない。

恐らくあの麻袋の中には王族、それも子供程度の大きさであるから王子か王女辺りが入っていると考えられる。

こんな城の奥深くまで人をさらいに来るということは、普段は城から出ることのない立場の人間、つまり王族を狙ったということだ。

王族以外の貴族や使用人などを狙うならわざわざ城に潜り込む危険を冒さずに、 城の外に出た所でさらえばいい。


さらわれた側からすると不幸な目にあったと思うところだが、それでも運が尽きたわけではない。

なにせ俺は良識ある人間だ。

子供をさらうのを見過ごすなど良識ある人間なら到底看過できることではない。

そう、俺は良識ある人間だ。


そんなことを考えていると、黒ずくめの男は独特の脚運びでナイフを振るってくる。

動きの始点と移動の音をほとんど覚ることが出来ないその動きに、俺は一瞬対処が遅れてしまった。

微かな隙をついて的確に俺の首を狙ってくるそのナイフは、鞭のような腕の振りによって十分な切断能力を有していただろう。


しかし強化魔術で視界と反射神経が鋭敏になっていた俺はそのナイフをギリギリで躱す。

それに驚いたような反応が向こうから伝わって来たが、すぐさま次の斬撃が繰り出される。

首が無理だと判断したのだろう、今度は腕を戻す動きそのままに俺の左太腿を狙ってくる。

これも狙われた方の足を後ろに下げながら半身になることで躱すが、手首を返すとナイフの軌道は俺の心臓を狙うものへと変わった。

ここまでのコンビネーションは僅か1秒ほどの間だったが、並の人間では暗闇のせいもあって対処はまず不可能だ。

戦闘のプロと言える騎士にしても正統な剣術ではない、暗殺特化といえるこの技術に抗しうる人間は少ないはずだ。


黒ずくめの中で唯一露出していた目は必勝を確信したのか、先ほどまでの驚愕に彩られていたものから冷え切ったものへと変わっていた。

これで終わり、対象を殺害したら逃げる。

そんな冷静な思考をしていることだろうが、この黒ずくめの男が俺に必殺の一撃を加えようと密着するほどに接近してくれたおかげで俺の勝ちは決まった。


心臓を狙って伸ばされていた相手の腕を下から掬い上げるようにして両手で上へと弾く。

これは強化された腕力で行った為、弾いた瞬間に黒ずくめの男の腕が骨折したのが手応えで分かる。

終わったと思ったところで神速の反撃が成されたことにまたしても驚いているのがわかる。


当然のことながら相手の攻撃を防いで終わりではない。

今度は両手を引き戻すようにして腰横に掌底で構え、相手が逃げる間を与えないように一瞬の内に下から抉りこむようにして肺の辺りを打つ。

ドスンという音と共に相手の肺が圧迫され、それによって肺の中の空気が強制的に口から排出される。

一瞬呼吸を奪われた相手が更に動きを鈍らせたところで鳩尾に一撃、間髪を入れずに顎をチップして意識を刈り取る。


膝から力が抜け、黒づくめの男が倒れようとしたのを受け止め、背中にあった麻袋と一緒にゆっくりと地面に置く。

まずは気絶した黒づくめの男が身に着けていた剣帯を外し、それを使って手足を拘束していく。

男の片腕は折れているので、残った腕と足の拘束を厳重にした。

処置を終えて視線を変えた先にある麻袋はまだゴソゴソと動いており、先程まで背負われていた不安定さとは打って変わった地面の上ということもあって、その動きは大分激しい。


さて、誘拐犯(暫定)から助け出したはいいが、中にいる人物は確実に王族だろう。

となれば面倒なことに巻き込まれる可能性もある。

できることならこのまま放置して自らの足で帰ってもらいたいところだが、気絶しているとはいえ自分をさらった人間を目にしたら恐慌状態になる恐れもないことはない。


そんな具合に迷ったのは一瞬で、結局麻袋から出してやることにした。

ガッチリと固められた結び目を誘拐犯から没収したナイフで切ると、それを待っていたかのように中の人物が袋の口をかき分けるようにして飛び出てきた。

ものが!」

開口一番にそう叫ぶと何故か俺へと目掛けて殴りかかってくる。

つい反射的にその拳を掴むと、お互いに目が合う。


薄暗い庭の中にあってもなお目の前にいる人物はまるで輝くような存在感を放っていた。

ゆるくウェーブを描いて風に流れる金髪は仄かな月明りをまるで全て吸い上げるかのような輝きを思わせ、こちらを睨む釣り目がちな目は先程の威勢のよさををそのまま表した様に力強い。

首元には革紐が下げられているが、これは猿轡か?

腕も縛られていたようだが、何とか拘束を解いて猿轡を取ったのも恐らく袋から飛び出す直前のことだったに違いない。


歳は俺と同じかそれほど離れていないぐらいだと思う。

格好はフリルの付いた白っぽいワンピース一枚だが、これは恐らく寝間着だろう。

眠っているところかその前にでもさらわれたと推測する。


「くっ!……んん?あなた…私をさらった人じゃないわね?誰?」

振るった腕を止められてさらに目を険しくしていたが、ぼんやりとした月明りに目が慣れてきたのか、俺の姿を見て首を傾げる。

なるほど、袋詰めから解放された先にいた俺を賊と勘違いしたことで殴りかかってきたわけか。

先ほどの誘拐犯と比べて身長が大分低いことから別人だと分かったようだが、ここで俺が誘拐の協力者だという考えが浮かばないところは世間慣れしていない証拠だろう。


「名乗るほどのものでは…。そのさらった人間とは恐らくあそこで気絶している者でしょうか?」

「あ!そう、そうよ!こいつ!こいつよ!眠ってたらいきなり袋みたいなのに押し込められちゃったのよ!」

倒れている男を指さしてギャーギャー騒ぐ少女だが、近付こうとはしないことからも恐怖心は残っているようだ。

「ご安心ください。賊は既に無力化しております。大変失礼だと存じますが、貴方様のお名前を教えて頂けますか?」

「私の名前?あなた、私を知らないの?ハァ…まったく、どこの家の人間よ。自分の仕える王家の人間の顔を知らないなんて」

どうやら俺を城に詰める貴族の子弟ぐらいに考えていたようだが、生憎俺は貴族でもないしこの国の人間でもない。


一応相手は王族だと予想できるのでなるべく無礼にならないような態度で接した方がいいか。

「誤解なさりませぬように。私はこの国の人間ではありませんので、国王陛下以外の王族の方々のお顔は存じておりません。どうかお名前をお聞かせいただきたく」

「…そうなの?なら仕方ないわね。私はミエリスタ、父の名はグバトリア3世、母はシャイベイダ侯爵家のクヌテミアよ」

なぜ母親の名をドヤ顔で言う?

もしかしてこの国ではそういう名乗りが礼儀なのだろうか?


母親の名前は初耳だが、グバトリアの子ということは間違いなく王女殿下ということか。

目の前で胸を張って宣言したミエリスタとは対照的に、俺のテンションは急転直下の駄々下がり。

これは確実に面倒なことになりそうだ。


だが俺は諦めない。

どうせ明日には城から去る身であるのだから、ここで名乗らずに立ち去れば、後はミエリスタに見つからないようにするだけで二度と縁が繋がることは無いはず。

そう考え、この場を立ち去ろうとした俺の背後からガチャガチャと鎧が打ち鳴らされる音が聞こえてくる。

音の方向へと顔を向けると、宿直の騎士と思われる集団がこちらへと走り寄ってきた。


「いたぞ!ミエリスタ王女殿下だ!」

ドドドという音が聞こえてきそうなぐらいに重量感のある物体が更なる加速で突撃してくるのを見て俺は安堵の息を吐く。

後はあの騎士達にミエリスタを託せば俺はさっさとこの場を立ち去れる。

そう思って振り向いて手でも振ってから立ち去ろうとした瞬間。

「不遜な賊めがっ!」

「え?いやおぶふぅううっ!」

先頭を走っていた一際豪華な装飾が目立つ騎士の一人が俺の腹を目掛けてショルダータックルをぶちかましてきた。

まさか自分の方へと突っ込んでくるとは思わなかった俺はそのタックルを無防備に食らい、まるで自動車事故にでもあったかのように庭の端まで吹っ飛ばされてしまった。


あぁ、そうか。

誘拐されたはずの王女の手を掴んで傍に立っていれば俺が誘拐犯だと間違われるよな。

しかも何の警戒もせずに迎え撃つような立ち方をしていたし、それでは騎士の怒りも加わった必殺の一撃となることだろう。

迂闊だったなぁ…。


タックルを食らって吐き出した胃液が宙を舞い、キラキラと星明りに照らされた幻想的な光景に見とれつつそんな事を考えながら、俺は意識が遠ざかっていった。

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[一言] 「警備の問題で俺一人で城の中を自由にうろつくことは出来ないが」 と当初考えていたのに、どうして 「別に一人で城内を探検してもいいのだが、色々と解説してくれたオーゼルの存在を考えるとあまり楽し…
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